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「心に花を」  作者: 長坂 オウ
10/17

3-1

 ――夢を見た。


「どうして母の日にカーネーションをあげるの?」


 母を早くに亡くし、お婆ちゃん子だったサトルさんが、母の日にお婆ちゃんへ贈るカーネーションの花束を用意してたのを見て、まだ幼かった私はサトルさんに尋ねた。


「それは遠い昔の外国でね、カーネーションが好きだった優しいお母さんが死んでしまって、悲しんだ娘さんがお母さんために贈ったのが始まりなんだ」

「お葬式の花なの……?」

「白いカーネーションはそうだね。

 だけど、カーネーションは元々お母さんの愛を表す花だったんだ。だから、今でもお母さんに感謝を込めてカーネーションを贈るんだよ」


 サトルさんが持っているカーネーションの花束は、赤いものと白いものがあった。


「じゃあ、サトルさんが今持ってるカーネーションが赤いのと白いのがあるのは、お婆ちゃんとお母さんに贈るカーネーションなんだね」

「そうだよ。お婆ちゃんにも感謝してるし、お母さんは、もう死んでしまっているけど感謝の気持ちは忘れてないからね」

「女の子と同じだね。サトルさんも悲しい?」

「はは。お母さんが死んだのは、もう二十年以上前だからなぁ。さすがに今でも悲しいって言ってたら……いや、それでも悲しいかな」


 そう言い直したサトルさん。だけど、その目は悲しみに曇っているようには見えなかった。

 それを不思議そうに眺めていると、サトルさんは私に微笑みかけた。


「ツバサちゃん。あのね……」




 ――と、サトルさんが喋っている途中で目が覚めた私は、ゆっくり体を起こした。


「……また、思い出しちゃったな……」


 あの後、サトルさんはサトルさんらしいことを言った。だけど、私には受け入れられない寂しいことで、できれば忘れていたかった。


 ――別れは必ず訪れる。だから、親しい人の死は受け入れて乗り越えないといけない。辛くても、そうしなければならない――


 そのサトルさんの言葉は幼い私には、とても寂しくてとても怖いものだった。あれから数年経っても私は何も変わらないまま、立ち止まったまま、ずっと独りで震えていた……

 だけど、そんな時に店長に出会った。私は今、変わろうと頑張っている。


「――いっけない! 今日、朝から仕事だ!」


 私は勢いよくベッドから降りて、準備を始めた。




 ***




 ――今日は四月二十九日、昭和の日。

 学校も休みでゴールデンウィークが始まる日。とは言っても、花屋じゃ定休日以外の休日は無いけど、何処かにでかける予定もない私には願ったりなことだった。

 まあ、友達には「最近付き合い悪いよー」って言われてるけど……まあ、それは仕方ない。

 朝から仕事を始めた私は、お客さんもいないので『水揚みずあげ作業』の一つ、『水切みずきり』の練習をしようとしていた。


「水の中で茎を切るのは簡単なんだけど……」


 私はポケットから一本のナイフ(・ ・ ・)を取り出した。それは店長から渡されたナイフだった。

 直後、私の背後から男性の声が響く。


「――ツバサ? ツバサじゃねぇか?」

「え……?」


 振り返ると、私と同年代の丸刈り頭の男子がいた。


「……?」


 私は顔をしかめてその男子を見た。

 私の名前を親しげに呼んだんだから知り合いなはずだけど、彼は私の高校とは別の高校の体操着と思われるジャージ姿。丸刈り頭だし、スポーツマンっぽいけど……


「やっぱりツバサじゃんか! すっげぇ久し振り!」

「いや……誰?」


 思いっきり首をかしげた私に、彼はガクリと肩を落とした。


「俺だよ、『コージ』だって! 小五の時に転校した!」

「え……ええ!?」


 思い出した。コージは幼稚園から五年生まで同じ学校で、家も近所でよく遊んでいた幼馴染み。家の事情でコージが引っ越して転校し、それっきりだった。


「嘘でしょ!? コージってあんなチビだったのに!」

「チビ言うな!」


 コージはすかさず反論する。五年生の頃は見下ろすくらい小さかったのに、今では見上げるほど背が高くなってる。なんかムカつくぞ……


「つーか、すぐ気付かねぇほど忘れるってヒドくねぇか? 幼稚園の頃から一緒に遊んでたのに、お前の家にだって遊びに行ってただろ?」

「無茶言わないでよ。ちょうど五年ぶりでしょ? ただでさえチビのイメージが強かったのに、すぐ気付ける訳ないでしょ」


 昔はあんなにチビで可愛かったのに、今はもう見る影もなく……


「だから、チビチビ言うなっての!

 で、お前は何やってんだ? ここ、花屋か?」

「バイトよ、バイト」


 と返事しつつ、私は手に持ったナイフをちらつかせる。すると、コージは少しオーバーに仰け反って反応する。


「おい、俺にナイフを向けるなよ」

「ああ、ごめんごめん。作業の途中だったから」

「花屋がナイフで何するんだよ?」


 と、疑問に感じているコージ。私もあまり花屋の店員さんがナイフを持ってるイメージはなかった。


「これは『フローリストナイフ』っていって、花のアレンジとか水切りに使うナイフなの。水切りは知らない?」

「池とかに石を投げて水面を跳ねさせるアレ」

「その水切りじゃない! そういうギャグはいらないから。

 切り花を花瓶に挿す前に水につけて、そのまま茎の先を切る作業って見たことない?」

「ああ、母さんや婆ちゃんがやってるのは見たことあるな。なんのためにやってるのか、理由は知らねぇけど」

「それは、切り口が乾くと水を吸い上げにくくなるからよ。あとはバイ菌とかで傷んだ切り口を新しくすることも兼ねてるわね」


 切り口が新鮮じゃないと花は弱ってしおれてしまう。花を長持ちさせるのはもちろん、しおれかけた花を復活させる方法としても水切りは有効な方法。


「わざわざ水の中でやるのは、茎の導管どうかんに空気が入らないようにするためなの。

 まあ要するに、水揚げ作業は花を元気にさせる作業なの」

「へぇ。花って、ただそのまま水に浸けとくだけじゃダメなんだな」

「特に花屋の花は売り物なんだから、世話はおこたれないの。

 ただ、まだ私、このナイフの扱いに慣れてなくてさ。今は練習中だったのよ」


 フローリストナイフは自分に刃を向けて使うので、料理で使うナイフやカッターナイフとも違う。おまけに、刃の方じゃなくて切る物の方を引っ張って切る引き切り(・ ・ ・ ・)で、料理好きで刃物の扱いには慣れてる私でも、勝手が違って扱いは難しい。

 慣れてしまえば作業もはかどるんだろうけど、正直、私はまだこのナイフの扱いに抵抗があった。

 苦手意識が顔に出てたのか、コージは私に言う。


「ハサミ使えばいいんじゃないのか?」

「うん。切れ味が良ければハサミで充分らしいけど、ハサミは挟んで切るでしょ? だから導管を潰しちゃうこともあるの。

 それに比べて、ナイフならそういうことがないから、花のためにはナイフを使った方がいいのよ」


 私の説明にコージは真顔でうなる。


「花屋って、そんなに花に気をつかうものなんだな……」

「そうだよ。仕事を始めた時は私もビックリしたわよ。

 花によっては、ナイフで切るより手で折る方が長持ちしたり、お湯の中でやったり切り口を焼くなんて方法もあるんだから」


 店長からの受け売りで説明すると、コージは驚く。


「お湯とか焼くとか、花屋って花売ってるんだろ? 料理する訳じゃあるまいし、大丈夫なのかよ……」

「『湯上げ』、『焼き切り』っていわれる、ちゃんとした水揚げ作業の一つだよ。

 私だって、最初はまさか生花の茎を焼くなんて思ってなかったわよ。ショック療法みたいなものなんだって。

 他にも花束とか、やってみたら難しい作業も多いのよね。花屋のお仕事ってね」

「花束も練習中か。大変そうだな……。でも、その割には楽しそうだな」


 コージが微笑んでそう言った。

 そんなのは当然、優しい店長もいるんだし――なんて、本音は飲み込んで。


「経験してみたら楽しいのよ。自分の手で花を元気に綺麗なままでいさせてあげられるなんて、なんか素敵じゃない?」

「ツバサって……、そんなロマンティストだったっけ?」


 今度は呆れ顔で半笑いしているコージ。からかってるな、こいつ……


「女性に失礼なところは、小学生の時からなーんも変わってないわね。コージ」

「何、いきなり自分を女性呼ばわりして気取ってんだよ」

「女性だからに決まってるでしょ!」


 コージともめてる声が聞こえてしまったのか、奥から店長が出て来た。


「――ツバサさん? お客さんですか?」

「あ、店長。お客さんというか、ばったり知り合いと会っちゃって……。すみません、仕事中に。

 そうだ、紹介します。小学校まで一緒だった同級生のコージ――えっと、『畠耕治ハタコージ』君です」


 一瞬、コージの名字って何だったっけ、と詰まってからすぐに思い出して紹介した。

 コージも「畠耕治っす。よろしく」と軽い口調で挨拶してから、ペコリと頭を下げた。

 すると、すぐに店長が笑顔になってうなずいた。


「畠……?

 ああ、畠さんの息子さんですか」

「ああ、母さんがよく行くって言ってた花屋って、ここだったのか。母が世話になってます」

「え……ええっ!」


 驚く私。そういえば私と同い年の息子がいるって言ってたけど、コージのことは名前ばかりで呼んでたし、畠という名字も珍しい訳でもないし、言われるまで気付かなかった。そっか、畠さんってコージのお母さんだったんだ。

 コージは私の顔を見てニヤニヤと笑う。


「最近、その花屋で可愛いお嬢さんが働きだしたって言ってたけど、今日はそのお嬢さんは休みかー、残念だなー」

「コージ! わざと言ってるでしょ!」


 私とコージのやり取りにクスクス笑いながら、店長は疑問を口にする。


「でも、ツバサさんと畠さんは面識がなさそうでしたけど?」


 店長に笑われたじゃんか! と、にらみつけると、たじろいだ様子でコージは答える。


「父さんが死んでから母さんはずっと働き詰めで、学校行事とかは全部爺ちゃん婆ちゃんが来てたからな」

「うん、お爺さんやお婆さんのことはよく知ってるけど、お母さんには会ったことなかったんです。そうこうしてるうちにコージは転校しちゃうし」

「小五の時に母さんが体調崩しちまってな。ここの近所の父さんの実家で一緒に暮らし始めたんだよ。今はすっかり元気だけどな。

 つーか、なんでツバサがここで働いてんの? お前の家、ここから遠いだろ?」


 そういえばコージは疑問に思っただろう。私が近所にいるとは思いもよらなかっただろうし。


「私もここの近くに引っ越したの。中学生になると同時にね。

 コージの引っ越し先は聞いてなかったし、もっと遠くに引っ越したのかと思ってた。まさかコージも近くに住んでるとは思わなかったわ。すっごい偶然ね」

「まあ、転校の時はドタバタしちまったからなぁ。母さん倒れて爺ちゃんも婆ちゃんも大騒ぎだったから。ゆっくり話す間もなかったんだよな。

 ん? ってことは、中学も一緒だったのか?」

「違うんじゃないの? 私、一貫校の葵原あおいはら学院だし」


 私が通ってる葵原学院高校は、中学と高校の一貫校。ここからだと少し遠く、おそらくコージはもっと近い中学校だと思った。


「なるほど。俺は近くの公立中だったし、今は日向台ひゅうがだいだしな」

「日向台高校って、野球の全国大会の常連校じゃない。やっぱり野球選手目指してるんだ」


 コージは小学生の頃から、将来の夢はプロ野球選手と言っていた。コージは、まだその夢を追ってるんだ。


「店長、コージのお父さんってプロ野球選手だったんですよ。すごいでしょ?」

「それはそれは。コージ君は、お父さんの後を追ってプロ野球選手を目指してるんですね」

「まあ、ほとんど覚えてないんだけどな。父さんのこと。

 今年でちょうど十年なんだ。俺が六歳になる前に死んじまったしな……」


 コージは少し寂しそうに微笑んでいた。

 確か交通事故だったと言っていた。コージはお父さんが野球をしている姿は、記録された映像でしか見たことないと言っていたけど、ずっとお父さんに憧れているようだった。

 そして、畠さんは旦那さんの月命日に墓参りを欠かさない。既にこの前、五月の分も予約を受けていた。


「いいお母さんだね、コージ」

「はあ? ウザってぇだけだよ。

 高校の野球部でもやっていけるように、今日もトレーニングやってんのに、あんまり無理はするなとか言って、母さんは協力的じゃねぇし野球が嫌いなんじゃねぇの?

 父さんが死んだのは野球に原因がある訳じゃないのに、マジでウザってぇんだよ」


 いきなり不満を爆発させるコージ。その様子を見ると、日常的に相当もめてるのだろうか。


「コージのこと心配してるだけでしょ。お母さんのことをそんな風に言うのはダメだと思うよ」

「いいだろ、別に。俺が何を言っても動じねぇんだから。あーだこーだ文句を言い返されるだけだよ。

 いいよなぁ、お前んは。親も自由にさせてくれるんだろ? 今だって立派にこうやって、楽しそうに花屋をやってるみたいだしよ」


 ……私の親は私に興味がないだけで、そういうことでもないんだけどな。と、コージの発言がチクリと胸に刺さった。

 私が言葉を返せずにいると、コージはふと真顔になった。


「でも、お前がバイトって変じゃね? お前の家って金持ちじゃんか。バイトする必要あるのか?

 まさか、『あの事件』で家計がヤバくなったとか?」

「あの事件?」


 コージの言葉に店長も反応した。一番触れられたくないことに触れられてしまった。


「どういうことですか? ツバサさん?」

「あー……。心配しないで下さい。コージも余計なこと言わないでよ、バカ!」

「いや、俺だって心配してんのにバカはないだろ!」

「ツバサさんの家庭の事情を、僕が心配する立場でもないとは思うのですが、何か困ったことでもあるのですか?」


 コージをからかってごまかそうとする私に、店長は真剣に尋ねてきた。店長は本気で心配してくれてると思う。そんな人だ。

 だからこそ、知られたくなかったことがあった……

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