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「心に花を」  作者: 長坂 オウ
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0.プロローグ

 ――西暦二〇六四年・三月。




「ツバサー?」


 私の名前を呼ぶのは友達のユミ。私とお揃いの制服の胸には赤いリボンの花が咲いている。

 今日は私が通う中学校の卒業式。もう式は終わって私達は下校の準備を始めていたところだった。


「あれ? ツバサ。お父さんとお母さんは?」

「今日、二人共来てないんだ」

「来てないって……、今日は卒業式だよ?」


 自称チャームポイントのお下げ髪を横に揺らしてユミが首をかしげた。

 中学校の卒業式は人生で一度きり。クラスメイトは皆、親が来ているみたい。たぶん、それが普通。


「どうしても断れない仕事だって。今はアメリカだったかな。日本にすらいないんだから」

「そうなんだ……」

「ユミが寂しそうにしなくても。いつものことだから、参観日とかも来てなかったでしょ?

 それに、中高一貫校の中等部卒業式だもん。なんか、卒業しましたって感じはしないんだよね」


 と、肩をすくめて笑う私。もちろん、親が来られないことに何も感じない訳じゃないけれど、『いつものことだから慣れている』は本音。今さら、それが寂しいと思うことはなかった。


「ツバサの両親って、どっちも『人造人間アンドロイド』を造ってるんだよね」

「そう。だから、こういう時でも仕方ないって諦めちゃうのは小学生の頃からずっとだし、慣れちゃっててね」


 ――アンドロイドは人型ロボットのこと。人の代わりにキツい作業や危険な作業を手伝っている。人口減少でどこも人手不足の現代では、なくてはならない働き手でもある。

 だから、十五年くらい前から一気に普及し始めたアンドロイドは、そのまま世界を征服するんじゃないかって勢いで世界に溢れ、私達の日常生活にとけ込んでいった。

 そんなアンドロイドを造る会社に勤める両親が忙しいのは当然だと、私はそう思ってる。

 ユミと話を続けていると、私の横を掃除道具を持った作業着姿の男性が、通り過ぎようとする足を止めて私達に軽く頭を下げて微笑む。


「ゴ卒業、オメデトウゴザイマス」


 と、発せられた男性の声は機械的な抑揚よくようの少ない声。その男性は清掃員アンドロイド。

 最近はアンドロイド製造技術も進歩して、一目見ただけでは本物の人間と見間違うほど。だから、きっと学校関係者じゃないと、その男性が本物の人間の清掃員なのかアンドロイドなのか区別はつかないと思う。

 まあ……、しゃべれば口調で丸わかりなんだけど。


「あ、ありがとうございます」


 ちょっと驚いた様子で、そう答えたユミ。アンドロイドが過ぎ去っていくと、笑顔で私に言う。


「ビックリしたぁ。今の聞いた? 先生達が設定したのかな?

 だけど、在校生もいるのにどうやって卒業生を見分けてるんだろうね」


 どうやら、今の男性をアンドロイドと思ってなかった訳じゃなく、お祝いの言葉をかけられたことに驚いたみたい。

 見た目は人間でもアンドロイドは機械だし、設定すれば設定した通りに動く。まあ、どういう設定をしたのか私も少し驚いてる。


「やっぱりすごいなぁ、アンドロイドって。

 それもツバサのお父さんやお母さんが頑張ってくれてるからだよね」


 無邪気に笑うユミ。私も微笑み返すけど、どうしても無邪気になれない。

 私は、どうしてもアンドロイドを好きになれない……そんな理由があった。


「あ、ユミ。ごめん!

 私、帰りに寄りたい所あるから、そろそろ行くね」

「う、うん。じゃあ、またね。

 高校でも同じクラスになれるといいね! ツバサ!」

「だね! じゃあ!」


 用事を済ませるために、ユミと別れて私は駆け出した。




 ***




 ――学校からほど近い住宅街。真新しい家の隣の駐車場にたどり着いた私は足を止めた。

 そこは何の変哲へんてつもない駐車場。でも、その隣の家は、今は新しく建て直されてるけれど、五年前まで私が住んでいた家だ。

 そして、今は駐車場になっているこの場所にも五年前まで家が建っていて、そこで私は大切な人を失った。


「今日、中学校を卒業しましたよ。サトルさん……」


 駐車場の塀に寄りかかり、小さく声に出してみた。だけど、その声がサトルさんに届くことはないんだ。

 筒路聡ツツジサトルさんは、植物に詳しい学者さんで隣の家に住んでいた人。元々はお父さんの知り合いで、両親が留守にしがちだった私を気にかけてくれていた、優しいお兄さんのような人だった。

 休日はいつも遊びに行って、宿題を見てもらったり食事を一緒にさせてもらったり、それに何より世界の植物、特に花の話をよく話してくれて、私はその話を聞くのが楽しくて仕方なく、いつからか私も花が好きになっていた。

 両親がいなくても寂しくなかったのは、他でもないサトルさんのお陰だ。

 でも、そのサトルさんは、五年前に火災に遭って亡くなってしまった。その原因を作ったのが――アンドロイドだったんだ。

 目を閉じれば、今でも鮮明に思い出す。あの日の光景を――




 ――まだ春先で乾いた凍える風が吹く深夜。その日も家に独りだった私は、近所の人に起こされて外に避難した。

 そこでは月も見えない真っ暗な空に、赤い炎が燃え上がって不気味な光と熱を放っていて、周囲に集まった人達の頬を赤く染め上げていた。

 燃えているのはサトルさんの家の裏にある家だ。


「消防車はまだかよ! まだ二階のベランダに取り残される人がいるんだぞ!」


 誰かの声が響く中、私はサトルさんを探した。サトルさんの家はまだ燃えていない。だけど、いつ火が燃え移ってもおかしくないのは見て分かった。

 私がサトルさんを見付ける前に、また、誰かの声が聞こえる。


「アンドロイドが家に入ってった? なんで入れたんだ! あんな旧型のアンドロイド、あの火に耐えられる訳ないだろう!」

「取り残されてる人の助けて(・ ・ ・)って声を聞いて入っちまったんだよ! でも、アンドロイドは燃料電池で動いてんだろ? 少々燃えるくらいは安全じゃないのか?」

「この前、海外でメンテナンス不足のアンドロイドが爆発事故を起こしたって、ニュース見てないのか!

 とにかく、用心してもっと遠くへ避難だ。俺達みてぇな素人しろうとじゃどうにもできねぇ! 消防車は何やってんだよ!」


 その声に、場の空気が変わった。近所の人達は更に遠くへ走り出す。そんなことになっても、私はサトルさんを見付けられない。

 私は誰でもいい、近くの大人を呼び止める。


「サトルさん……、サトルさんを知りませんか!」

「サトル……、筒路さんのことか。確か、お婆さんが足を痛めててまだ家に――」

「えっ……」


 言葉を失った瞬間、私達を激しい光と熱い突風が襲う。

 半分吹き飛ばされるように地面に伏せた私は、恐る恐る顔を上げた。そこで見たのは、爆発によって一気に火の手が広がり、激しく燃え上がるサトルさんの家だった……。




 ――たった今起きたことだと錯覚するくらい、リアルに思い出してしまった。あの時の恐怖を思い出して、心臓が大きく鼓動している。

 思い出したくないのに、忘れてしまえば一緒にサトルさんまで忘れてしまいそうで忘れたくもないあの光景……。

 あれは不慮の事故とされた。アンドロイドの燃料電池が爆発したのは事実だったらしいけれど、それが直接的な原因とも言いきれなかった。

 でも、私は納得していない。結局、機械だし道具なんだから、自動車や飛行機と同じで便利なだけでは済まないことだってある。だから、私は今でもアンドロイドを好きになれない――


 そんなかたくなな気持ちを抱えてうつむいていた私は、ふと、塀と地面のアスファルトの隙間に咲くタンポポの花に気付いた。

 一株だけポツンとあるそのタンポポは、二輪の黄色い花と、一輪は白い綿毛を付けている。何気なくそのタンポポの前にしゃがみ込んだ私は、ふいにサトルさんの声を聞いた。


 ――花を見れば、誰の心にも花が咲くものなんだよ――


 よくサトルさんに言われた言葉。まだ小さくて寂しがり屋だった私を慰めてくれた言葉だ。

 ただの気休めだったのかもしれないけど、それは私にとっての魔法の言葉。


「心に、花か……」


 サトルさんがいなくなってから過ぎていく日常で、それまでと何も変わらないことや、これからも取り戻すことができないことに、どうしても私の心にはむなしさばかり積もっていく。

 タンポポに向かってゆっくり手を差し伸べると、私の周囲を吹き抜けた突風が、タンポポの綿毛をフワリと空に舞いあげた。

 すーっと空を飛んでいくその綿毛を、私はただ呆然と見送る。ただの道端のタンポポの綿毛だけど、風に乗ってゆっくりと空に舞う光景は、優しく私の心を震わせた。


「……綺麗……」


 私はポツリと呟いて、そのまま空をゆくタンポポを眺め続けた。




 ――花を見る度に思うことがある。

 私の中に積もる虚しさもあるけれど、サトルさんも好きだった優しい花のように、いつでも変わらず負けずに優しく生きていたいと。

 私もサトルさんのように誰かの心に、花を咲かせられるように……。

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