人魚の血
人魚だよなぁ……
確かにオレは、人魚がいるって信じて探しにきたのだ。
でも、実際に目の前にすると本当に現実なのだろうかとやぱっりちょっと疑ってしまう。
ついさっき見たはずの満月と湖と人魚との光景が神秘的でみとれるほど美しかっただけに、
よけいにこの目の前で笑顔で手をふるやけに軽い口調の人魚がさっきの人魚だと信じたくないのかもしれない。
でも……
亜麻色の時折金糸が混じっているかのように光るゆるくカーブを描く長い髪に縁どられた綺麗としか言いようのない顔。
青白い月明かりに照らされ、透けるような白い肌。
お母さんの持っているオパールのブロウチみたいに虹色に光る翡翠色の鱗におおわれた下半身。
やっぱり、ついさきほど湖上ではねた人魚なのだろう。
ふっとおばあちゃんから聞いた村の伝説を思いだしオレの頭に疑問がよぎる。
年は?見た目は去年担任だった新任の先生くらいだけど……伝説の人魚なら何歳だ?
おばあちゃんよりずっとずっと年より……
「おばあちゃんって失礼ね。」
「そんなこと言ってな……って頭の中みえる?」
「少しだけね浅い部分なら。言葉は真斗くんの知識を読ませてもらってで使っているの」
「ああ……」同級生の女子たちの口調を思い出した。
人魚のお姉さん?は岸に腰掛けながら手招きをする。
這うようにしてにじり寄った。また左足が痛みだしていた。
痛いってことは、やっぱり夢ではないのだろう。
「ずいぶんはでにこけたのね」
ハンカチをほどきながら人魚は言った。
「傷はすぐふさげるけど、失った血は……。ちょっと我慢ね」
人魚は湖の水で傷口を洗い、傷をなめた。燃えるかのように熱くじんじんとしていた傷にひんやりとした
やわらかな感触。
しみて痛かったけどオレは動かなかった。いや動けなかった。
疲れと、痛みと、ちょっとの安心。
それに多分知らない間に思っているよりたくさんの血が流れでていたのだろう。
頭がクラクラとしてきていた。
「はい、とりあえずこれで良し」
見ると傷はふさがりうっすらピンクの痕がのこるだけになっていた。
「後は、血ね。でもわたしの血には副作用があるわ」
「不老不死とか?」
いやいやそれはまずい、子供のままは嫌だ。
クスって、人魚は笑う。
「不死はないわ。あげるのはほんの少し、だけど成長は少しだけ遅くなる。
わたしほどではないけれど十八才の誕生日以降少しみためが成長しにくくなる。」
「十八才以降……じゃ人魚は何才?」
「そこ、こだわる?でも伝説はわたしじゃないわ。母よ」
「えっ?」意外なこたえに驚いてそれ以上何も言えずにいると
「とりあえず、これ」言って人魚はほっそりとした白い指をかんで差し出してきた。
白い指さきにぷっつりと血がにじむ。おそるおそる顔をよせなめた。味は普通に血の味だ。
いつだったか、手の擦り傷を自分で舐めてみた時と同じ味。
もっと何か違う特別な味じゃないかって思っていたのに少し残念だ。
「しばらくしたら、血が全身にめぐって眠くなるわ。強い薬は毒にもなるから」
「えっ」今はとくになんともないけど。むしろ少し頭のふらつきがおさまったくらいだ。
「大丈夫。2,3日熱が出てもしかしたら……記憶がちょっと混乱するかもだけど」
「ちょっとまって、忘れちゃうの?そんなの嫌だよ」
「こればかりは分からない。でもそう真斗くんが持ってきてくれたこの石」
「涙石?」
「そう、ぴったりの名前ね。これに……」人魚は涙石にも自分の血を一摘そそいだ。
涙石は白色の強い光をはなつ。まぶしくて目が開けていられないくらいだ。
少しして目を開けるとそこには血の色に染まったルビー色のさっきより小ぶりの石が二つかすかに光っていた。
「はい、一つはわたし。もう一つは真斗くん」そう言って石の片方を人魚はそっとつまむ。
「まだ、もう少し時間があるわね。眠ったら森の入り口まで送ってあげる」
「どうやって?」おもわず目線が魚の尾にしか見えない人魚の足へむく。
「あせんないの。まずは、昔話から」
人魚は笑顔でそう言った。