人魚伝説
おばあちゃんの家がある水月村は東京の家から新幹線と電車とバスを乗り継いだ山間の村。
山と田畑がほとんどの田舎の小さな村だ。
オレはから毎年夏休みのはじめに、お父さんお母さんとおばあちゃんの家へきて二、三日過ごしてから帰る両親を見送り、夏休みの一ヶ月あまりの間おばあちゃんの家で過ごしてきた。
もっと小さい頃にはおじいちゃんもいたのだけれど、あまり良く覚えていない。
いつもニコニコしているおばあちゃんと違って、あんまり笑っている顔を見たことなかったなというくらいの思い出だ。
オレは、夏休みの間中友達になった近所の健太、隆、涼たちと一緒に
カブトムシを捕まえたり、ザリガニ釣りをしたりしていた。もちろんDSだってするけれどオレはだんぜんカブトムシの方がいい。
ギラギラと肌を焼く太陽をさけ森の中へ入る。うるさいくらいに響く蝉の声が一瞬だけやみ森をぬける風にさざめく木の葉を見上げると、金色の木漏れ日とわずかに木々の間から覗くどこまでも青い空にすいこまれそうな気がする。
健太たちは、昼間の夏の森なんて暑いだけカブトムシなんて朝か夕方じゃないとなかなか見つからないのだからプールに行くか涼しい部屋で遊ぶほうがいいってボヤいていたけれど……
オレは普段と違うムッとするくらい濃い緑の匂いがする夏の森が好きでよく森へ行こうと誘った。
あれはたしか小学1年の夏休みだ。入ってはいけない森の奥の話を聞いたのは。
ノコギリクワガタをさがしに森にはいった時、健太が言い出した。
「この森のしるしの奥には入っちゃだめだからな。真斗」
オレ達の中でも一番背が高くいつでも真っ黒に日焼けした健太はいつもなんかいばったかんじだ。
「森の奥に湖があるんだって」
といつものように説明担当の隆が後を引き継ぐ。
「えー、湖みてみたい」
だって夏だよ、湖って聞いただけで惹かれるだろふつう。おまけに行っちゃ行けないと言われたならなおさらだ。
「誰もみたことないよ」
涼がおっとりした声でつづける。
「なんで見たことないのに湖があるってわかるんだ?」
「じいちゃんが言ってたんだよ。森の奥に湖があって人魚が住んでるって」
健太のじいちゃん?あの隣のいつも怖い顔したじいちゃんが人魚?
「ぼくは、おばあちゃんから聞いた。人魚に捕まっちゃうんだって」
やけにのほほんとした声で涼が同意してきた。
「そう、一人ぼっちの人魚が仲間にしたくて帰してくれないってお父さんが言ってたよ」
なんだよ理屈っぽく人魚なんて鼻で笑いそうな隆までもかよ。
「だから、だれも見たことないのになんでそんなことわかるんだよ」
「知らないよ。この村に住んでる人ならみんな知ってる話なんだ」
健太が怒り出す。
「とにかく、このしるしより奥に入るなよ」
これ以上聞くなという顔の健太にむかってオレは仕方なくうなずいた。隆と涼もこれでこの話はおしまいだという態度の健太に逆らう気はないらしく、それ以上のことは聞けなかった。
その時はなんだよそれっと不満に思いながらも、慣れない森の奥でみんなとはぐれたら帰れなくなるし一人で薄暗い森に踏み込む度胸も全くなく、ただその木に結ばれた赤いテープをちょっと恨めしく眺めただけだった。
この村の『人魚伝説』は帰ってからおばあちゃんから聞いた。
おばあちゃんの作る全体的に少し茶色っぽいご飯がオレは意外と好きだ。
お母さんの色鮮やかなオムライスとかも、もちろん大好きだけど、おばぁちゃんのつくるあまじょっぱい煮物の味は優しくなつかしい味がする。
おばあちゃんと夕飯を食べながら、その日遊んだことをいろいろと話す。おばぁちゃんはひたすらニコニコうなづきながらオレの話を聞いてくれる。
いつもよりご飯が待ち遠しく感じたその日の夕食時にオレは真っ先に健太達から聞いた入ちゃいけっちゃいけない森のことを話しだした。
「おや、真斗にはまだ人魚の話したことなかった?」
おばぁちゃんは、まるきり普段どうりにおっとりと聞いてきた。
「聞いたことない」
オレだけ知らないなんておもしくなくてちょっとふくれてみせるた。
「そう?小さい頃、寝る前に一度お話し聞かせたと思ってた」
「覚えてないよ」
だいたい一度って無理だよおばあちゃん。覚えてない、そもそももう寝ちゃてた後かもしれないじゃないか。
「そうかい。人魚はこのあたりで昔から語られている昔ばなしだよ。
昔この近くのお城にすんでいた奥方様が飼っていたとっても美しい魚が大きくなりすぎて月夜山の森の奥の湖にはなしたんだって。
その魚が人魚になって一人暮らしているんだって」
ざっくりとしたあらすじみたいだけど、やっぱり覚えがない。
「ふーん。でもそれってただの昔話でしょ?」
「そうだねえ。昔話だと思っている者も多いねえ」
「おばあちゃんは、本当にあった話だと思っているの?」
少し考えるようにしてから、おばあちゃんはまた話だした。
「真斗の曾おじいさん、おじいさんのお父さんはね生きている時ずっと
この村の人魚の伝説について調べていたんだよ。おじいさんとはそれでよく喧嘩になったけど」
そう言っておばあちゃんはちょっと悲しそうな顔をした。
「おばあちゃん?」
「ああ、曾おじいさんは信じていたねえ。ずっと」黙り込んでいたおばあちゃんが少し遠くを見るような目で言った。
「おばちゃんは?」
「わたしは…人魚がいたらいいなとは思うけどね。曾おじいさんは研究を誰にも見せなかったからね」
おばあちゃんは、もとの笑顔に戻る。
「今も残っているの? 曾おじいちゃんの研究?」
「庭のすみの離れの小さい小屋が、曾おじいさんの研究所だったんだけどねえ。おじいさんが曾おじいさんが亡くなった時に鍵をかけてしまってから誰もはいっていないねえ」
物置かなにかだと思っていた小屋が研究部屋だなんてびっくりだ。
「えー、鍵はどこにあるの?」
「おじいさんしか鍵のありかは知らなかったからねえ」
「見てみたい!曾おじいちゃんの研究」
おもしろそうじゃないか人魚の研究なんて。
「そうだねえ。おじいさんも、もう居なくなってしまったし今度さがしておこうかね。」
すぐには見つからないのかと残念だけど、しかたがない。
「約束だよ、おばあちゃん。鍵ぜったいみつけてよね」
それからしばらくは、離れの小屋が気になって何度か覗いたり入れないか試したりしたけれど
しっかり閉じられた戸はびくともしなかった。
あきらめて、健太たちと遊んでいるうちに夏休みも終わり、おばあちゃんと来年までには鍵を見つけておくと約束をして東京に帰ったのだ。
***** *****
「お父さん、おばあちゃんの村の人魚の話なんで教えてくれなかったの?」
会うなりすぐにむくれて言ったオレの言葉に、お父さんとお母さんは顔を見合わせて苦笑した。
「ごめんな、仕方なかったんだよ。親父、真斗のおじいちゃんは人魚が大嫌いでな
少しでも人魚の話がでると怒って手が付けらなくなる」
「そうよ、だから真斗には人魚の話は一切しないでおこうって決めていたの。
うっかりおじいちゃんの前で話ちゃったら大変だから」
お父さんもお母さんもオレが苦―い風薬を飲まされた時みたいな顔になる。
「お父さんは曾おじいちゃんの研究知ってるの?」
「うーん、曾おじいさんはお父さんが真斗くらいの時に亡くなったんだけど生きていた時も
亡くなってからもあの研究小屋には、親父に絶対近寄らせてもらえなかったからなあ。」
「お義父さんは、曾おじいさまの研究のせいで子供の頃から苦労したってずっと言っていたものねえ」
「でも、1度だけ親父のいない時に小屋ですごく綺麗な石を見せてもらったような覚えがあるよ」
「昔私にプレゼントしたかったのにて言てたあれ?」
お母さんが懐かしそうに言った。
「そうそう、人魚好きだっただろ」
「まあ、でも石なんて本当にあるの?5,6歳の頃の記憶なんてあいまいでしょ」
「だって、本当に綺麗だったんだよ」
お父さんとお母さんだけ知ってるなってずるい。
「なにそれ。オレもみたーい」
「本当にあるかどうかも分からないのよ」お母さんが顔をしかめる。
「それより家にしまってある人魚の本みせてあげる」
「人魚の本?」
「そうよ、お母さん若い頃に人魚の本集めてたの。それがきっかけでお父さんに出会ったのよ」
お母さんは楽しそうな顔にもどっていた。よかった、それに人魚の本もなかなか面白そうだ。
お母さんは、次の日には 納戸の奥から集めていたという人魚の本の詰まった箱を出してきてくれた。
箱の中には絵本や絵それに少し難しそうな本までいろいろあった。
「はい、真斗にあげる。本は時間のある時に少しずつ読んであげるわね。それにしても懐かしいわぁ」
ワクワクしてきた。お母さんもすごく楽しそうだ。