プロローグ
小学校の夏休みも後半に入ったよく晴れた8月の昼下がり。
海から遠く離れた山の中、真斗は一人叫んでみる。
「あー、オレなんであんなこと言っちゃたんだー」
その声は空しく周りの緑の木々の間に吸い込まれていく。
「だいたい、ホントはもっと下調べしてからにするつもりだったのにさ……」
ぶつぶつと続く真斗のグチを聞いているのは、木々と時折その間をかけていく
リスなどの小動物たちくらいだ。
清水真斗、ついこの間十才になった小学四年生。
サラサラとしたくせのない薄い茶っこい髪、同じく薄茶の目、
日焼けしたいのに黒くならず赤くなるだけの色白の肌。
小学校も中学年にはいり、この頃女子には良く可愛いと言われ内心ちょっと傷ついている。
背は普通より少し高いくらいで小さくないのに……と本人は不満だが、まあ仕方がない。
自覚はないだろうが女顔なのだ。
***** *****
夏休み前にあった授業で二分の一成人式ってのがあった。
そこでみんな将来の夢の発表をしたのだが……。
今思えばあれが間違いだったのだ。
「オレは、大人になったら人魚に会いに行きます。」
大声で言ったとたん、一瞬しずまりかえった教室がざわめきだした。
「えー、うそー」
「マジかよ」
「まさか真斗くん、伝説信じてんの?」
「ないわー」
「あんなん、ただのおとぎ話だろ」
つぎつぎと、教室のあちこちからあきれかえったような声があがった。
「ほら、みんな静かに。次、鈴木さんの番よ」
助けにはいったのだろう先生の顔も、半分あきれて笑っているようななんとも言えない表情だった。
オレだってバカじゃない。
去年まで通っていた東京の小学校だったらぜったいあんなこと言わなかった。
「大きくなったら、研究員になりたいです」とでも言っただろう。
本当のところは、研究と言っても『人魚』の研究をするつもりだが、
クラスの同級生がどんな反応をするかくらいわかっている。だから絶対そんなこと口に出したりしなかったはずだ。
でもここは違う、この水月村では幼子から大人までたびたび日常会話で人々の口に人魚の話がのぼる村の誰もが知っている『人魚の伝説』のあるここでなら大丈夫かもしれないと思っていたのに……
*****
オレが生まれる前はめっちゃめっちゃ忙しくあちこち飛びまわって仕事をしていたらしいお母さんは、オレが小さい間はそばでしっかり見守りたいと仕事をセーブしてきた。
オレが小学校に行きだしてずっとそばについて無くても大丈夫になってから、お母さんは少しずつ仕事を増やしていき、
オレが小学4年生になった今年の4月から、しばらく海外に行くことになった。本当は海外での仕事はさすがに断わろうかと悩む母さんに、オレは自らおばぁちゃんの家へ行くから大丈夫だと言ったのだ。
少しは寂しく思ったけれど、中学年になって少しは成長したのだとみせたかった。それにオレは男だからお母さんを守りたいし助けたいのだと思っていたけど……もちろん口にだしたりはしない。それでこそ父さんが時々コソッとオレに教えてくれていたかっこいい男ってやつだろ?
お父さんは、オレが小さい時からずっと変わらず忙しい。
それでオレは春から水月村にあるおばあちゃんの家にしばらくあずけられることになり、この山奥の小さな村の唯一の小学校である水月小学校に転校してきたのだ。