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Lily×Monster ~モンスター娘と百合コメです!~  作者: 白猫くじら
続・ロリっ子ヴァンパイア×薄幸の(元)修道女
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目に浮かぶわっ!




 手を取り合った愛の想いが、狂気の願いを吹き散らした。

『フェンリル』を解除し、地に降り立ったエリザとクリスの前には、教会跡のガレキに転がるボロボロのナギがいた。 


「……わたし、まだ、存在して……?」


 ひび割れた体で限界以上を打ち放ち、それでもなお打ち負けた。

 銀炎に呑まれた彼女は、自らの消滅を疑っていなかったのだが。


「わたしたちが望んだのは、愛を遮る存在を滅すること。そして、狂気からあなたを救い出すことですので」


 闇の妖女の真価は、二人の愛を守ること。愛を脅かす存在に対することにある。

 その性質を混ぜ合わせ生まれた『フェンリル』。

 放たれた豪炎が焼き殺すと定めたのは、狂気の顕現たる巨竜の身体と、その原因の妖しき絶刀クサナギのみ。

 二人の愛を守ろうとしてくれた心優しき少女に、外傷を与えることはなかったのである。


「夜の王者の誇りに懸けて、誓った言葉は違えない。それだけよ」

「……そう」


 そっぽを向きながらも安堵の隠せないエリザの言葉を聞きながら、ナギは掌中に視線を移す。

 握りしめていた妖刀は、跡形もなく砕け散っていた。


 そうして倒れるままののナギからは、狂気も闘志も剥げ落ちていた。

 そのための力も、その理由もなくなったからだろう。淡い光がいくつも現われたかと思うと、ツェペシュを筆頭とするヴァンパイアたちが、近くの地面に横たわった。


 見たところ外傷はないようだ。気を失っているだけらしい。

 無事な姿に駆け寄りたくなるエリザたちであったが、弱り切ったナギを放っておくわけにはいかないと、二人はその場を動かない。

 母親や同胞よりも自分を気に掛けるその姿に、ナギの口元に微笑が浮かぶ。


「知ってるよ。あなたたちの温かさ。甘すぎるくらいの優しい心。最期にまみえた仇敵さえも、見逃すくらいのお人よしだもの」

「……! お前、もしかして」

「ただの夢だと思っていたけど。あの温かさは、本物だったんだね」


 自身の一部が垣間見た、虚無の世界での温かなやり取り。

 気付いた彼女は、力なく笑う。


「ありがとう。愛の奇跡を見せてくれて。わたしのこと、助けてくれて。でも、やっぱりダメだよ。こんなの放って、おかあさんたちのところに行ってあげて」

「そんなことできるわけないでしょうッ!?」

「そうですよッ! 儚く微笑む虚弱ロリを、見逃すわけがないでしょうッ!?」


 狂気から救い出してなお、諦念に染まったままのナギの姿に、二人は決死を瞳に宿す。

 狂気だけを祓ったとはいえ、ヤマタノオロチの性質、そして重ねた無理筋により、ナギの体は今にも崩れ落ちんとしているのだ。


 残った力をかき集め、『ヒール』を施すクリスであるが、かけれどもかけれども、その効能は現れない。

 焦燥を浮かべる二人に、ナギは力なく伝える。


「竜玉の破損は、自己治癒でしか回復できない。その治癒力も、崩壊の迫る今の状態では功を奏さない。まずは竜の姿を封じてもらわないと」

「なら、さっさとアッチに帰りなさいよッ!? 力が足りないのなら、援護してあげるからッ!」

「そうですよッ! 転移の力で後押しすればッ!」


 懇願するように急かす二人だが、ナギは一向に行動しようとしない。

 ただ、哀しい微笑みを浮かべたままで荒い息を漏らすだけ。

 

「知ってるよ。この心が、本当に温かくなったこと。救済を望む二人の熱意に、消え散ったはずの喜びが、浮かび上がったこと。こんなわたしへの粉骨砕身。感謝感激、その極み」


 それでもと、その面持ちに浮かぶのは、満面ではなく、儚き想い。


「だけど。それでも、ダメ」

「このあたしにここまでさせてッ! いったい、何が――」




「だって、あの子はいないから」




「……!」


 泣き出しそうになるエリザへと、ナギは申し訳なさそうに語る。


「知ってるはずだよ。大好きの代わりなんて、いないこと。一緒でないと、歩み続けられないこと。自らの生、その意味が、潰えること」


 実感したからこそ、語る言葉のない二人。

 固まる彼女たちに、ナギは続ける。


「あなたたちに出会って。語らいを目にして。思いを交えて。幸せになってほしいなって心底思った。……押しつけがましさの極みだと分かっているけど。幸せになれなかったわたしの分までって」

「そんなの、今から……」


 震える声で紡ごうとした言葉。

 だが、それ以上を、エリザは口にできなかった。

 その激励は、手にした自分たちが、喪った彼女にかけてはいけない言葉であったから。


 食いしばることしかできなくなった二人へと、ナギは儚げに言葉を紡ぐ。


「あの子のためにもって。救えなかった自分だからって。贖罪のために、こうなったわたしだけど。でも、ダメだね。やっぱりわたし、頑張れないよ……」


 焦燥と共に、冷徹を装ったはずの面持ちはもはや崩れ。

 彼女は、大粒の涙を零して吐露する。



「あの子を殺したこのカラダで、生き続けるのは、もうやだよ……ッ!」



 その輪郭が、朧げになっていく。

 このままでは、その存在は散り果ててしまう。


 だが、それでも。


 エリザにも。

 クリスにも。

 彼女が切望した『最愛』を手に入れた二人にだけは、どうすることもできなくて……。


「迷惑かけて、ごめんなさい。どうか、あなたたちは、ずっと、そのまま……」

「そんな……ッ!?」

「こんな、終わりなど……ッ!?」


 悲しみと沈むままに、ましろき少女の存在は――






「はいはーい。その消滅、ちょっと異議ありー」






「「!」」


 突如響く、お茶らけた幼声。

 二人が気を取られる間もなく、変化が訪れる。

 正確には、変化が停止する。


 突如、ナギの身体が硬直。

 しかして、その身に迫っていた崩壊も、そのまま停止したのである。


「ふー。あぶないあぶなーいっと。戻りかけだからこそ、あの子の力が使えてよかったよー」


 安穏と額の冷や汗を拭う彼女。

 その姿は、いつか目にしたメイド服ではなく、神秘的な羽衣に包まれていた。


「お、お前はッ!?」

「そーですっ! あるときはナイスバディな凄腕暗殺者、またある時は幼気な謎メイド、しかしてその実態はー、推して知るべしなゴッドちゃんっ!」


 ぶいっと楽しそうにポーズをキメる褐色肌の少女は、封じられたナギに視線を移す。


「調整はしたつもりだから、こっちの言葉は聞こえてるよねー? ……うんうんっ。大丈夫そうだねー?」


 人形の如く停止したままのナギの瞳を覗き込み、一人、技(?)の懸け具合に満足する。


「そしてキミは見事なロリっ子になりましたなー? ご満足頂けましたでしょーか?」

「え、ええ。それはもちろん感涙ですけど」


 突然のことに戸惑う二人に、羽衣少女はぺこりと頭を下げる。


「それはさておきー。お手伝いできなくてごめんなさーい。ちょっと色々ご用があったものでー。でもでもそれも、望みに応えた、大切なものではあるんだよー?」

「一体なにをごちゃごちゃと……?」


 いぶかしむエリザをおいて、彼女は再度ナギに向き直る。


「約束破っちゃってごめんなさーい。だけど彼女たちへの加勢は、キミの心が本来望んでいたことでもあるし、このごめんなさいはいらないかなー? まーでも、一応ごめんなさーい」


 やっぱりこのままだと不便なので、崩壊だけ停止させてっとー、と少女が何やら力を込めると、ナギの身体に自由が戻る。

 朧げな体のままではあるが、それ以上自壊が進むことはなくなった。


「……なにしに来たの」

「それはもちろん、ハッピーエンドと幕引くためにー」


 悲壮一色のナギとは対照的に、少女は幸せそうに微笑んだ。

 本心からのその言葉に、ナギは一瞬目を丸くする。

 だが、その瞳からは、すぐに光が失われた。


「……そんなの、無理だよ。だって、わたしには……」

「そうだよねー。本当なら、そうなんだよねー」


 くるくると無邪気を装い、その場で楽しげに回った後、彼女はやっぱり楽しそうに言う。


「ところがところがっ! はっぴー無理じゃないんですっ!」

「……え?」

「キミの心の叫びに応え、奮励努力した彼女たち。二人の放った一撃必愛。その中には、救済の想いが籠っていたの」


 三者の前で、彼女は本当に嬉しそうに説明し始める。


「『デス・ストーカー』。トラウマを延々想起させるその力。本来心を壊す残虐な技だけど、キミの幸せを願った彼女たちの強い想いは、トラウマたるモノを現実とするほどの力を含んでいてねー?」

「それが何? そんなものが、一体なんだと――」


 言いかけ、ナギはハっとする。

 続けて少女が現したモノを見て固まる。


 宙に現れたのは、赤い押しボタン。

 既視感のあるソレの後、起きた出来事はなんだったか。

 まさかと予想する前で、少女は声音に真剣さを宿す。


「願いに応えるのは、わたしの仕事だ。幸せを願った純粋さ。これにこそ、わたしは応えたい。……だから、頑張ったんだ」


 おちゃらけた姿を潜めたまま、押し込む。

 果たして、宙に空間が現れ、落下する。


「!?」


 またしてもの絵面に、ぎょっとするエリザ。


「……はぁはぁ」


 慣れからか、少しはぁはぁしかけるクリス。


 そして、


「……そ、そんな!?」


 茫然とし――涙を零し始めるナギ。


 三者三様の反応をする彼女らへ、少女は優しく呟く。


「この奇跡に二度はない。わたしはもうすぐ、望まれ堕ちた邪へと戻るけれど。頼りないかみさまだけれど。願ってくれてありがとう。昔みたいな幸せの後押しをさせてくれて、ありがとう」


 ナギの目に映る、奇跡のカタチ。

 あの時と変わらない、大好きだったその存在。


「……う、嘘。知らないよ……。こんな、奇跡なんて……」


 震えながら、歩み寄る。

 震える手で、拘束を解く。


「……!」


 そして現れた、あの時と変わらぬ面持ち。


「う、う、あああああ……!」




 ――これから先、その道行きに待ち受けるのは、幸せだけではないだろう。

 人並み以上の艱難辛苦に、心折れそうになる日がきっと来る。




 だが、たとえそうだとしても。




 月下に零れる、少女の泣き声。

 それは、絶望に染まったものなんかじゃ、絶対なくて――




***




「いらっしゃいませーッ! どうそお立ち寄りくださーいッ!」


 夜の城下に元気な声が響き渡る。

 真の平穏が戻った街で、彼女はいつものように道行く者らへ声を掛けていた。

 声に釣られるように、客の数は増えていく。


「色々な少女の生き血、取り揃えておりまーすッ! さあどうぞお立ち寄りくださいなーッ!」


 熱の入る客引きの声。

 垂れ目気味な瞳に宿る光は、どうしてかいつもより輝いて見える。


「はーい。プレゼントボトル用のリリィーアレンジメント、お持ちしたわよー? ああんっ。この百合ちゃんたちは一体どんなきゅんきゅんラブの後押しになるのかしらー? ……って、あら? えらく滾っているわね、我らがリーダーちゃん」

「! その声は、百合専門の花屋ッ! レオンハル――」

「だから本名はやめて。れおちゃんって呼んでリーダー」

「わ、分かった。分かったから真顔はやめて」


 迫真の漢の顔つきにたじろぎながら了承する。

 商品を受け取って店の奥に控える従業員に渡してから店先に戻る。

 そして周囲の様子を見計らってから、小声で要求する。


「それなら、れおちゃんもリーダーはやめて。あたしたちはもう、解散したんだから」

「うふふ、まあいいじゃない。あなた、この店のリーダーみたいなものでしょ?」


 れおちゃんは、悪戯っぽく言う。


「ぽわぽわな見た目に似合わぬ快活さに、隠れファンも多いとか。戻ってから、泣いて喜んだに、お手紙たくさんもらってるんでしょー? ねえ、看板娘ちゃん?」

「! そ、それは、その……」

「自分の話となると、途端に照れちゃうんだからもー。そーいうところ、結構イケてるわよねっ?」

「う、うるさいっ! 営業の邪魔なので、お帰り頂けますかっ!?」

「あらこわーい。お客さまにそんな顔していいのかしらー?」

「……ありがとうございますっ」


 差し出された金銭を受け取り、いつも購入していくタイプの血液をボトルに詰めて渡す。


「さて、軽口はここまでとして。他のメンバーちゃんたちとおんなじね? 元気そうでなによりだわ」

「どうも。もっとも、そうじゃない方がおかしいでしょう?」


 視線を上げた彼女は、城下町を望む、月光湛えし古城を見上げる。


「だって、あたしたちの念願は、成就したんだものっ!」




***




 エリザの天寿が尽きかけたことに端を発した、ヴァンパイアたちとツェペシュの陰謀。

 そして、死神ナギの暗躍により、さざ波立っていたヴァンパイア界。


 一件落着した夜の世界には、元の平和が訪れた。

 行方不明となっていた者たちも、隣人の歓喜に迎えられ、元の生活へ戻ることができた。

 姫の命を救おうと奮闘した者たちだ、罰せられることは決してなかった。

 不安を煽らないため、事件の真実こそ秘匿され語られることはなかったが、女王により事件解決は報じられ、夜の眷属の街には本来の活気が戻ったのである。


 その平和を見晴らす一室に、当惑の声が響き渡る。


「ダ、ダメよッ! こんなのおかしいわッ!」


 深夜の古城の一室で、身悶えるのは怜悧な彼女。

 純白のシーツの敷かれた高貴なベッドに、自慢の銀髪を振り乱し、白磁の肌を羞恥に染めて、行為の中止を申し出る。


「お願い、いい子だから落ち着いてッ!? こんなの一時の気の迷いよッ!?」


 禁忌の熱を帯びながらも、どうにか解放を望む。

 闇の王者が、汲み伏した相手への異例の懇願。

 本来それは、天地がひっくり返っても起こり得ぬ事態。

 だが、そうせねばならないほど、今の彼女は焦っていたのだ。

 

「どうして? どうしてそんなこというの?」


 必死の抵抗を叫ばれたのは、幼き瞳。

 しかして宿る感情は、年端もいかぬ肢体に似合わぬ、妖しき劣情。

 胸元をまさぐり、好き勝手しようとする少女へ、その理由となる関係性を強調して、彼女は叫ぶ。


「ダ、ダメに決まってるじゃないッ!? 娘が母に欲情なんてッ!?」


 手籠めにせんと襲い掛かっていたのは、大切な娘。

 この熟れた未亡人の艶やかさを堪能しようとしていたのは、大切な娘なのだ。


「そんなの関係ないもんっ! だってママのこと、大好きだからっ!」

「ッ!?」


 無邪気に抱き着く姿に、胸が高鳴るのを確かに感じる。

 だがしかし、今の我が子は、どうかしている。

 だって、無邪気な顔で邪なことを己が母親にしようとしているのだから。


「ダ、ダメッ! それでも、ダメなのッ!」


 逃れようとシーツの上をもがく彼女。

 だがしかし、その体には力が入らず、されるがままとなりかける。


「お願い、いい子だからッ! いい子だから、ママの言うこと聞いてッ! こんなのダメよッ!」


 伴侶に先立たれた体が熱を帯びそうになる。

 娘などという禁断の相手に弄ばれそうになったからこそ、禁忌の熱に震えそうになる。

 それでも、懸命に口の端を結んで逃れようとする彼女に、しかして我が子はにじり寄る。


「とっても気持ちイイこと、あの子が教えてくれたの。だから、大好きなママにも、おすそ分けしてあげたいの。気持ちよくしてあげたいの……」

「あ、あなた、そんなの、一体どこで……」


 無邪気な瞳に宿った情欲の色。

 未発育な身体に女を宿した危うさに、思わず生唾を呑み込みかける。


「そ、それでもダメよっ! そんな、ケダモノみたいにっ! あなたには大切な子がいるって、嬉しそうに教えてくれたじゃないっ! その子を裏切っても……」


 そこで、気付き、ハッとなる。


「……もしかして、その子から?」


 その子のことはよく知っている。

 聡明で、凛々しくて、愛らしくて。

 淫靡とは無縁な優等生だと思っていたのに、そんな一面があったなんて……。


 気付き、どうしてか早鐘の如き鼓動を感じる自分に気付く。


「あ……は……っ」


 淫らな現実に、どうしてか口元が緩んでいく自分。

 そんな姿に、幼姿がてらりと嗤う。


「ママも、一緒に気持ち良くなろっ? みんなで一緒に、イイコトしちゃおっ?」


 そして二人は、露わとなった獣の心に従って――




***




「だからなにしてんのよオドレらはああああああッ!?」

「きゃああああ〜〜んっ!?」


 突撃してきた幼声が、淫らな空気を吹き散らす。

 馬乗りになっていた幼子――クリスは、断末魔と嬌声をぜにした叫びを残し、補修したばかりの石壁を破って夜の帳へと消えていく。


「ああ、まいどーたーっ!?」


 亜高速にて消失する姿に、思わず驚愕する女性――ツェペシュ。

 そんな彼女の肩を、ぽんと叩く存在が。


「はーいっ。お呼びですかっ? おかあさまっ☆」


 凍り付いた笑顔で微笑みかけるエリザの面持ちに、ツェペシュは冷や汗を隠せない。


「ち、ちち違うのッ! これは違うのです、エリザちゃんっ!」

「うふふっ! ……ナニガチガウノカナー?」

「ぴぃっ!?」


 ガタガタと歯の根を震わせ始めるツェペシュの前で、エリザは氷点下の笑みで続ける。


「夜の世界を乱した死神による騒乱。解決し、平穏の戻った我らの世界。その事後処理に追われるお母様をおいて、騒乱の原因とも呼べるあたしたちだけ、のうのうなどとしてられない。そう思って、この数日、実家であるこの城へ戻っていたあたしです。でもね、お母様?」

「は、はい、なんでしょう、エリザちゃん」

「娘の妃とよろしくする、なんて業務、一体どこにあるっていうのよおおおッ!?」


 激昂を抑えることができなくなったエリザは、遂に母に声を荒げた。


「人の目を盗んで、欲望に任せていったいナニしようとしてたわけッ!?」

「やだもうエリザったら。それはもちろん、くんずほぐれつ、そういう処理をうふっ!?」


 戻ってきた変態を無言で星へと戻す姿で、ツェペシュの震えは殊更となる。

 ガタガタ震えながらも、彼女は必死に弁解する。


「ち、違うの、エリザちゃん。ほんと、そういうつもりじゃなかったのっ!」


 青ざめながら、彼女は語る。


「夜更けの執務室にて、膨大な処理に追われるわたくし。慮った彼女がやってきて、お疲れでしょう、お母さま。少し、お体を休められてはと提案してきて。マッサージでもいかがでしょう? と、寝室に移動して。そのまま流れで……」

「だからどんな流れよッ!? 女王の癖にチョロすぎませんかッ!?」

「女王だって女。誰かの胸の中で、眠りたい夜もあるのです……」

「感慨深げに言ってんじゃないわよッ!? その誰かが問題だから、あたし怒ってるんだけどッ!?」


 娘の妃に寝取られようとする母がいてなるものか。

 そんなもの、そういう小説の世界だけにしておいてほしい。ほんとお願いだから。


「マ、ママだって、一人の女の子だもんっ! 燃えるような背徳の炎に、身を焦がされて燃え狂いたいのっ!」

「そのまま荼毘に付されたらッ!?」


 瞳をウルウルさせて馬鹿げたことをのたまい始めるツェペシュ。

 頭を痛めていると、いつの間にやら戻ってきていたクリスが、真摯な面持ちで間に入る。


「そうおっしゃらないでくださいエリザ。此度の一件、悪いのはわたしなので――」

「ええもちろんそうよね分かってるなら話が早い『動くな』」

「ッ!?」


 早口で肯定し、『チャーム』をかけて身動きを封じたエリザは、硬直させられるクリスを前に、準備を始める。

 闇の妖女状態であるクリスは、動揺から身動きは封じられてしまったものの、絶大な魔力耐性により、発語機能は残っていた。冷や汗を浮かべながら、彼女に行為の意味を尋ねる。


「あ、あの、エリザ。一体どうされたのでしょう? お母様の寝室に飾られている、立派な調度品と化した銀の杭。飾るための鎖を引き千切って、その具合を確かめて」

「昔、お母様に子守唄を歌って寝かしつけてもらっていた時、幼心に、畏怖と憧憬を抱いてたのよねぇ」


 そうしてエリザは、銀の効果にて握る手を赤熱させられながらも、光を消した瞳で微笑む。


「ねえクリス。思いっきりぶち込んだら、お前はどんな声で啼くのかしら?」

「ッ!? え、と……っ」

「だ、だだダメよエリザちゃんっ!? 落ち着いてッ!? ママたちが悪かったから落ち着いてッ!? それ想い出の品だから、そういう風に使わないでッ!? ああクリスちゃんも恐怖と興奮に器用に面持ち歪めないでええええッ!?」




***




「「この度は、本当に申し訳ございませんでしたぁッ!」」


 床に座して、情けなく土下座するクリスとツェペシュ。


 強靭なる夜の覇者を治めるはずの二人の情けなさに、エリザは深くため息を零す。


「ほんとにもう、いい加減にしてよ。解決した途端に、この体たらく。そりゃあ、あの時の心中は察して余りあるけれど……」


 事態の原因であるからあまり強く非難はできないのだが、それでもハメを外しすぎだろう。


「一族を纏め上げる女王がコレとか……。民が知ったら幻滅しますよ?」


 そうしてエリザは肩を落とす。


 事件の後、ツェペシュは女王を退くことを望んだ。

 民を捨て我が子を取った自分には、女王たる資格などないのだと。

 

 だがしかし、エリザとクリス、そしてツェペシュに加担したヴァンパイアたちも、みな一様に反対した。

 あなたほど、女王に相応しい存在はいないと。

 苦渋の末に娘を取ったとはいえ、そこで苦渋したあなただからこそ、民を安んじられるのだと。


 皆からの強い反対を受け、最終的にはエリザが女王になるまでの暫定処置という体で、ツェペシュは王座に留まることを了承したのである。

 このまま退位するのは民を裏切ったことに責任を取らないことになる。

 その信頼を取り戻すために、一層職務に励むのだと。

 もっとも、悪戯に混乱を煽らないために、此度の一件は民たちには内密にするという方針には決まったのであるが。


 そうした経緯の後、涙ながらに決意なされた女王の御姿は、尊敬に値するものであった。

 だのに、娘の目を盗んで、娘の妃かつ娘となった者とよろしくしようとする。これはなんの冗談か……。


「大丈夫よ、エリザちゃん。境に囚われていた時、動揺からこういう姿を民に見られちゃったけど、最終的に『いや、普段の冷酷さとのギャップと考えれば、これはこれでアリでは……? いや、むしろお妃さまとこういう感じで睦み合っていたと考えれば、夢が広がって最高ですわッ!』って、喜ばれたしッ! そもそも、側近たちにもよく見られてるしね?」

「女王が女王なら、民も民か……」


 一応箝口令(かんこうれい)は敷いたけどね、と伝える声を聞きながら、がっくりと肩を落とすエリザ。

 まあ、こんな感じなのも、ヴァンパイアの世界が平和になったからと考えればいいことなのかもしれないが……。


「そして親が親なら、子も子ってね?」

「? そこで、どうしてあたしなのですか?」

「ふふ、クリスちゃんから聞いたわよ? この行い、あなたのためなんだって」

「ちょ、ちょっとお母さまッ!?」


 慌てふためくクリスを放って、ツェペシュは嬉しそうに語り始める。


「エリザちゃん、あなた最近、そーいうことを欲しがって、イロイロ仕掛けているんですって?」

「ッ!?」


 赤熱するエリザを見て楽しそうにしながら、ツェペシュは悪戯っぽく言う。


「身に纏うのを忘れていたわ、とか言って裸エプロンでお料理していたり。な、なに入ってきてるのよっ!? って、怒りつつも、その実、わざとトイレの鍵を架け忘れていたり。ベッドの中では、明らかに艶っぽい吐息で寄り添って――」

「おおおお母さま……ッ!?」


 ふーふの秘密を母に知られてしまった現実に、硬直するエリザ。

 クリスは恥ずかしそうに本心を漏らす。


「そ、その、ですね? わたし、エリザの気持ちにはもちろん応えたいです。いつかは、って思っていました。だけどその、いざってなると、尻込みしてしまって。あなたに満足していただけるか、すごく不安で……。だからですね、その前に、雰囲気の似ているお母さまを使って練習しようと……」

「ば、ばば馬鹿じゃないのッ!? お前、ホンットに馬鹿じゃないのッ!?」


 伴侶を満足させたい真摯さと、だからこそ、ここぞという時に変態が鳴りを潜めてしまうそのギャップ、そして、義母でそういうコトを学ぼうとする倫理に反するその所業。

 色々を含んだ動揺を、エリザは大声に含ませる。


「色々言いたいけれど、お母さま使ってなにしようとしてるのよッ!? 最っ低ッ!」

「いいのよエリザちゃん! こんなわたくしで良いのなら、いくらでも好きに使ってもらってっ! 娘の妃に、淡々と使われてっ! 練習台と、偽りの愛で撫で回されてっ! でも、偽りでもいいのっ! 偽りの悦びでも別にいいのっ! ……きっと、最期には真実と」

「お母さまは黙っててッ! お願いだからッ!」


 道楽に不穏を織り交ぜる母を強く糾弾する。

 エリザは大きなため息をついた後、クリスに迫る。


「あのね、クリス」


 真面目な声音に、道楽で収まらない叱責を受けると思ったのだろう、クリスは己が行いを恥じ入るように消沈する。


「は、はい……」

「あたしも悪かったわ。お前の気持ちも考えずに空回ってしまったから。なんやかんやあっても所詮は幼女好き。押し通せばどうにでもなるでしょって、見下げ果ててた」

「い、いえ。基本は仰る通りですけど」

「……」


 呆れそうになりながら、切り替えるように頭を振って、エリザは続ける。


「ふーふになったからって、それでお互いの全部を知れるわけじゃない。だから不安になってしまうことも、もちろんあるわ」


 些細なことで喧嘩して。

 嫌われてしまったと、涙することもあるかもしれない。


「でも、そんな時は相談して。大切なことも、どんなつまらないことでも。お前が知りたいと望むことなら、あたしはどんなことだって隠さない。今度こそ、絶対に」

「エリザ……」


 力を合わせれば、どんな不幸も引っ繰り返すことができると。

 実感したから、その思いは殊更となった。


「お前にもっと、あたしのことを知ってほしいから。お前ともっと分かりあいたい。じゃないと、居心地悪くてたまらないでしょ?」


 だからと、エリザは羞恥にもじもじしながらも、本心を伝える。


「だってこれから、その……。ずっとっ、ずーーーっと! 一緒に過ごしていくんだものっ!」

「……はいっ!」


 頬を朱色に染めて笑い合う二人。

 そんなやり取りを、ツェペシュは微笑ましそう見つめている。


「それで、その、なんだけど。……ちょっと」


 言おうか言うまいか悩んだ後、やっぱり言うべきと決意したエリザは、クリスをちょいちょいといざなう。


「なんでしょうか?」


 不思議そうに近づく彼女に、やっぱりちょっとだけ躊躇ってから、エリザは耳打ちをする。


「そ、そのね? あたし、良し悪しとか、分からないし。だから、心配なんていらないから」

「?」

「だから、その……。お前の好きなようにしていいから。お前のしてくれることなら、その……全部、気持ちいいからっ!」


 耳まで真っ赤になって言い終えた後、たまらずそっぽを向く。


 クリスはといえば、何を言われたのか理解できず、ぼんやりしていたのだが。


「……ッ!?」


 遅れて気付くと、一瞬で発火。

 顔を抑えて屈みこんでしまった。


「あらあら? どうしちゃったの? あなたたち?」

「べ、別になんでもありませんっ!」

「へぇー?」


 感付いた様子のツェペシュが、にやにやと悪戯っぽい笑みを浮かべるが、エリザは努めて平静を装おうとする。もちろん、無理だが。


「なんでもないの? クリスちゃん?」

「そ、そんなわけありませんっ! ど、どうしましょう……っ! こんなの、もう一回聖女に戻ってもお釣りが……っ!?」

「あら? あのクリスちゃんが生娘みたいな反応を。流石はわたくしの娘、夜の王……ヤるわねっ!」

「そ、そこでそういうこと言わないでくれますっ!?」

「そ、そそそうですよっ! みたいな、じゃなくて、わたし、本当に清らかで……!?」

「ふふっ。……()()、ね?」

「「〜〜〜!?」」


 二人そろって真っ赤になる様を見て、ツェペシュは本当に幸せそうに笑う。


「うふふっ! さてさて、それじゃあわたくしは一人寝に戻るとしましょうか? いくらなんでも、ハジメテのお邪魔は、できないものねぇ……?」


 エリザちゃんの好きな小説に乗ってたオセキハンとやらでも炊いて待っておこうかしらー? などといいながら、ツェペシュは部屋から出て行った。


 そして、残される二人。


「……」

「……」


 お互いの顔さえ、恥ずかしがって見ることができない。

 高鳴る鼓動が嫌に激しく、その度に、心が激しく茹っていく。


 そんなことを自覚し、いやに激しく感じ。


「……ふふっ」


 エリザは、思わず笑みを零した。


「……? どうされました」

「ううん。お前と、まさかこんな風になるなんて、って思ってさ」


 不思議そうな顔をしたクリスに、エリザは苦笑する。


「報復を誓った光の下僕を、娶るどころか、全部あげちゃいたいなんて思うとか、昔のあたしが知ったら卒倒どころじゃすまないわよ」

「それを仰るならわたしもですよ。こんなに愛らしいお方に、全部を求めて頂けるだなんて。血霧に塗れていた頃からは想像だにできませんものっ」


 お互いに微笑み合ってから、決して違えぬ誓いを零す。


「きっと、幸せになりましょう」

「うんっ。二人で……ううん、家族みんなで」


 幸せを胸に抱いたまま、夜の姫君は嬉し涙と宣言する。




「あたしたちの全力で、幸せになる未来が目に浮かぶわっ!」








早くイチャイチャしたいなぁ(内心)「ところで聞いていいかしら?」

わたしたちの幸せはこれからですっ!「? なんですか?」

早「お前、さっきからどうして幼女姿に? それ強力な代わりに制限があるんじゃなかったかしら?」

わ「そうなんですよねー。普段はこうじゃないんですよ。髪と瞳こそ紫に替われど、今まで通りのヴァンパイア姿のはずですのに。なぜか、お母さまといるときには、この姿になっちゃうんです」

早「そ、それ本気で狙われてるんじゃ……(ドン引き)。……というか、その力は愛の前に障害が現れてる時に発動するのよね? ……ということは」

わ「? あの、どこへ行かれるんですか? どうしてクローゼットを開けて」

わたくしもイチャイチャしたいなぁ(マジ)「……や、やっほー」

早「……」

わ「き、奇遇ねー。急に童心に帰りたくなって、ひとりかくれんぼしてたのよー。べ、別に幸福感いっぱいにあなたがすやすやしている横で、女王の莫大な魔力を使って幼女へ変じ、ナイショのお医者さんごっこで誘惑しちゃおうだとか考えてたわけじゃないんだからねっ!?」

わたしたち(意味深)の幸せはこれからですっ!「え、なにそれお母さまマジ高まるッ! それ追加でドクターエリザちゃんの未熟な泣き虫診断とドクターツェペシュちゃんの自信たっぷりな背伸びな診断に挟まれて揺れ動く乙女心こそ診てくださいな欲張りコースを選べたりはしませぐほおおおぁああッ!?」

早「ああもうどいつもこいつもおぉッ!? 絶対絶対、負けないんだからああぁッ!」


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