それでも救えッ!
闇の姫君と呪いの聖女。
最愛と思い合った彼女たちの魂は、悲劇の中で砕け散り、物語はバッドエンドと幕を閉じた――はずだった。
だがしかし、幸せを諦めないと誓い合った二人の心。
そして、その後押しを望んだ者らの尽力により、本当の奇跡が舞い降りた。
彼女たちは、再び番い合えたのだ。
「……そうよ。この回生は、歓喜以外のなにものでもない。神とやらにだって、特別に平伏してやるわよ」
舞い戻った麗しの月夜で。
夜空に揺蕩いながら、エリザはつぶやく。
終わりを迎えるヴァンパイアの身体が灰となる現象、灰燼化。
それにより死に絶えたのが嘘だと思えるほどに、その体は万全。
いいや、万全などでは収まらない。
規格外たちの後押しにより、万全を超すほどの力が漲っていた。
これから自分は、大好きな人と手を取り合って、時を刻んでいけるのだ。
幸せな未来を希求できるのだ。
現世への帰還は、この命と共に朽ち果てるはずだった幸せに歩みだせることを意味している。
それをどれほど夢見たことか。
それがどれほど喜ばしいことか。
そう、本当に、喜ばしいことなのだが……。
「けど、けどねぇ……」
進行形で堪えきれない頭痛を覚え、ぷるぷる小刻みしているエリザは、
「なんで幼女になってんのよおおおおおッ!?」
月下に咆哮を轟かした。
「ほえっ?」
指摘を受け、きょとんと小首を傾げるのは、エリザの傍らに浮かぶ存在。
お揃いのゴスロリ服を身に纏い。
腰まで伸びたゆるふわな闇色ツインテールを夜風に揺らし。
深淵の如き色を湛えた瞳に、あどけなさを宿す。
子供特有の丸みを帯びた肢体で、彼女は――クリスは、幼声で、ほざいてくれる。
「ねーねー、えりざおねーたん。よーじょってなあに? くりす、ねんれいひとけただから、むつかしーことわかんないようっ。えーんえーん」
「誰がおねーたんだ誰がッ!?」
わざとらしいほどの幼女演技に、単刀直入に返答する。
というか、経験してきた年月だけで言えば、そちらのほうがおねーたんだろうに。
だが、性癖はアレでも見た目は美少女。
そんなクリスを色合いと髪型を除き、そのまま幼くしたその姿は、まさに美幼女。
そこにエリザのお気に入りであるフリル満点なゴスロリ服を纏っている姿は、あざとい演技だと分かっていても、心の一部がときめいてしまう。そこが本当に腹立たしかった。
混沌な現状にエリザが頭を痛めていると、演技を止めたクリスがきょとんとする。
「あれ? 今のきゅんきゅん来ませんでした? わたしなら聞き終わる前に食い気味ではぁはぁしちゃいますよ? というか、今まさに、ですのに」
「これ以上救えなさを重ねるなッ! そんなことより、頭の痛いこの展開ッ! 至った理由を聞かせなさいよッ!?」
自分自身にはぁはぁし始めた変態に、何度目かのツッコみを浴びせる。
そうして問いかけたのは、不可解すぎる変化の理由。
シリアスに臨む夜の姫君、その凛々しき御姿をいともたやすく突き崩してくれた、道楽展開に至った経緯だ。
「まあまあ、昂らないでくださいませ。そうおかしなことではないんですよ」
エリザの激昂を軽くいなした後、クリスはその身に起きたことを説明し始める。
「あのですね? 真っ白な世界で回生を願ったじゃないですか? 二人そろって、幸せに生きたいって」
「ええそうね」
「それでですね、わたし、ロリコンじゃないですか? で、幼女×幼女の組み合わせとか、大好物なんですよ」
「ええそうね」
「それで幸せを望む中、その片隅で、ふと思ったんです。もし、わたしが幼女だったらって。幼女に戻ってエリザといちゃいちゃできたらって。そしたら、それはかなり至福だなって! 心の中でなんとなく、そんな世界を描いたのです」
「ええそうね」
「そしたら幼女になっていたんですッ! きゃっほーうッ!」
「いや納得できるかあああああッ!?」
飛び上がるクリスに対し、機械的な受け答え一転、理解できぬと絶叫するエリザ。
ここで突飛な例えをするが、仮にクリスの外見が醜悪な異形と変じても、エリザには愛を貫ける自信がある。
一途に愛する彼女からすれば、伴侶が幼女と変じた程度、障害なんぞになりえない。
姿形がどうなろうと、心が彼女のままならば、共に生きていけると強く叫べる。
だが、この展開は……アレである。
この幼女化は、本当に必要だったのかな?
あの神とやら、確実に采配を誤ったよね?
というかこれ、わざとだよね?
シリアスの中にも、一滴のギャグエッセンスを加えないと不安になるのかな?
なんで悪戯心を覗かせちゃうの? ふえぇ……。
……という感じで。
どこからか、にゃははという笑い声が聞こえてきそうな状況に、エリザはどっと疲れを覚えたのである。
ちなみに、二人の纏うゴスロリ服は奇跡を起こす道すがら、件の彼女がその力で復元させたもので、幼女と化したクリスの分は、その身体に合うように自動的にサイズ調整される便利機能が追加されていた。
「うふふ、かわいいよー。くりす、とってもかわいらしいのはぁはぁ」
頭を悩ます傍らでは、闇の魔力を姿見のようにして具現化し、そこに写り込む幼女となった自分を見て発情する変態が誕生している。
「それではそろそろ、こっちもかわいいか確認を……」
「させるかボケがあああッ!?」
「この一撃、可愛くないッ!?」
スカートをたくし上げようとするのを全力で阻止すれば、クリスは心底口惜しそうに抗議してくる。
「なにするんですかエリザッ!? 羞恥に染まった幼女の一撃ッ! くりす、とってもきゅんきゅんきたのっ!」
「嬉しそうに悶えるなッ! お前ホントいい加減にしなさいよッ!?」
どうしてこうも情欲に素直に生きられるのか。
見た目だけでいえば、エリザにも決して劣らない流麗で神秘的な容姿なのに。
繰り返した転生の果てに、女性としての羞恥心を置き忘れてきたのだろうか。
「少しくらい空気を読むってことをしたらどうなのッ!?」
「申し訳ありません。あまりに愛らしすぎる姿になったもので、動揺してしまいました」
真っ赤になりながらも目一杯の声で糾弾すれば、クリスは珍しく素直に変態を収めた。
「この瞬間、くんずほぐれつするべきは、エリザとわたしではありません。今だけは……そうすると、定めるべきは――」
そうしてクリスが真剣な視線を向ける先には――
***
ナギは、茫然とした顔で夜空を見上げていた。
そこにあったのは比翼連理。
愛に染まった彼女たち。
「なんで幼女になってんのよおおおおおッ!?」
「ほえっ?」
魂が砕け、もはや此岸にも彼岸にさえも居場所のなくなってしまったツガイ達。
そのはずだったのに、彼女たちは復活を果たし、夜空の下で愛を語らい続けている。
「ねーねー、えりざおねーたん。よーじょってなあに? くりす、ねんれいひとけただから、むつかしーことわかんないようっ。えーんえーん」
「誰がおねーたんだ誰がッ!?」
片割れがなぜだか幼女化しているのは、それへの執着の成れの果てだろうか。
正直ドン引きではあるが、この際気にしないように、無心に努め――
「それではそろそろ、こっちもかわいいか確認を……」
「させるかボケがあああッ!?」
――無心に努めるのは、うん、正直無理。
生き返った途端の、この道楽フルスロットル。一体どういう神経してるのこの子たち。
「あの、知ってるの? ここに、あなたたちを害した相手がまだいるよ……?」
呆気にとられながらつぶやいた言葉も、絶賛ぎゃんぎゃん中な彼女たちには届かない。
魂を砕いた宿敵を前に、この無防備さ。一周回って尊敬すらしてしまいそうになる。
「……(ドン引き)」
でもやっぱり、後退りするナギだった。
さておき、未だ夜空で繰り広げられているお気楽劇場を見ていると、いまいちシリアスに身を置ききれないナギ。
そんな彼女ではあったが、いつも通りな彼女たちのやりとりを見ていると、やがてその胸に滲んでくるものがあった。
(幸せに、なれるんだね……)
彼女たちが、再び愛を歌い合える。
その奇跡に、喜びが浮かび上がった。
死神となった立場上、摂理に反する行いは看過できない。
だからナギは、彼女たちに敵対する立場にあった。
感情を殺し、無感情を装い、その前に立ったのだ。
だがしかし、封印具たる赤きマフラーが破られたのを契機に、己が消失のリスクすら足蹴にして、秘奥までつまびらかとしたのは、職務上、という理由からだけではない。
すべては、彼女たちを救うため。
最善ではない。しかして、現状最良と思える悲しみで終わらせるため。
そんな思いからも冷徹を装った。
それでも、心のどこかで思っていた。
思い合う彼女たちが、どうか本当の幸せを謳歌できれば、と。
ひた隠したつもりの内心。
それからすれば、この現状は、待ち望んでいた奇跡である。
ずっと視ていた時のように、彼女たちは変わらぬ道楽を、確かな幸せの空気を、これからもずっと噛み締めていけるのだ。
(……良かったね。一緒に。幸せに。生きられるんだ)
心の底から祝福する。
死神は、命尽きた魂を冥府へと導く者。
だからこそ、エリザのことは、今この瞬間、任務の対象外となったのだ。
どうしてか脳裏によぎるのは、あの天上の存在。
願いを叶えることを宿命づけられた少女のこと。
きっと彼女が、この奇跡の完遂者。
摂理に背くことはしない、傍観するなどと示しておいて、よくもまあ邪魔をしてくれたものだ。
もっとも、責める気などないのだけれど。
さて、夜の姫たちの幸せは、ここに確約された。
もう、死神なんぞの出る幕など、どこにもない。
立ち塞がった自分には、彼女たちに祝福を述べる資格もなし。
封じたヴァンパイアたちを解放し、足早に冥府へと帰還しよう。
(……今度は、わたし、壊さずに……)
胸に覚えた幸福感に、無表情を誓った口の端が僅かに上がる。
それを覚えながら、しかし、想いに従うままとしてみる。
だが。
(……?)
動かない。
ナギの身体は、縫い留められたように動けなかった。
(……なぜ?)
手が、足が、この場から去ることを拒絶した。
使命に忠実たれと誓ったこの体が。
ツガイたちに幸せをと奮戦したこの体が。
既にお役御免なこの状況。
なのに、まったく動けない。
一瞬、復讐に駆られた姫君が『チャーム』でもかけたのかと思考する。
だが、彼女にそんな仕草はない。ナギがいることも忘れ、今も彼女は、道楽合戦を繰り広げている。
(……彼女たちは幸せになれる。憂いなんて、必要ないはず)
そう思うのに。
ナギの身体は動けない。
その視線は、幸せに染まった彼女たちに縫い留められて。
その心は、笑顔を浮かべる彼女たちに、釘付けとされて。
彼女たちは、本当に幸せそうで。
見ていて羨ましくなるくらい、本当に幸せそうで。
そう、本当に。
本当に――壊したくなるほどに。
「……ッ!?」
気付き、戦慄する。
ナギの身体は、動かないのではない。
動けないのだ。
幸せな結末に至ろうとする二人のことを、放っておけなくて。
(そんなのダメッ! 願ったはずッ! 彼女たちに幸せをとッ!)
頭を振って拒絶しようとする。
祝福の心を確かとするため、歓喜の叫びをあげようとする。
なのに、できない。
自覚した途端、自分の中の醜い部分が心を占有せんと膨張していく。
許せないと。
再起することなど、許せないと。
彼女のように手遅れとなってしまったのに。
彼女のように悲しき最期を遂げないのは、認められないと。
そんなの、彼女が救われないと。
(知ってるよッ! そんなこと、思っちゃいけないってッ! それはただの八つ当たりだってッ! 一番みっともないことだってッ!)
必死に否定しようとするのに、声が出ない。
心が醜悪に凌辱される。
(……このッ! クサナギ……!)
視線が縫い留められた中、ナギは掌中の得物に意識を向ける。
それは、彼女の秘奥義。
聖剣クサナギ。
対象の魂を砕くという規格外な能力を持つその剣。
だからこそ扱いが難しいその剣は、確固たる信念を持たずして扱うことはできないのだ。
心がブレれば――やましき思いを抱いていれば、聖剣はそれを見逃さない。
その感情を増幅し、邪念を如実とし、持ち主共々破滅させる。
邪竜の血族、ナギの体内で生成されたその剣は、属性が光であるだけで、その在り様は魔剣と呼んでも差し障りなきものであった。
(くッ! うぅぅッ!)
剣から手を放そうとする。
しかし、吸い付いてしまったかのように、指一本すら外せない。
――否。
外せないのではない。
外したくないのだ。
その手で彼女らの幸せを、摘み取ってやりたいのだ。
(違うッ! 違うのにッ!)
心に浮かび続ける悪しき思考に、ナギは必死で抗おうとする。
だが、溢れ続ける負の感情が、耳元で叫び続ける。
許せないと。
あの子を差し置いて、お前たちだけ幸せになるのは、許せないと。
お前たちだけは、許せないと。
(わ、わたし、そんなこと、思ってなんてッ!?)
心で金切り声を上げ、否定するも、すぐさま憎悪が塗り潰す。
あの子を思った愛に。
深き思いに比例した――破壊衝動が目覚めていく。
「……ダ、メ。彼女たちは、幸せに、ならなくちゃ」
理性で押しとどめんとするも、この手は、剣は、唖然とする彼女たちの魂を砕かんと、獣の如く震え始める。
戦慄を浮かべた彼女たちが、手を伸ばそうとした時には、もう遅く。
「……」
理性が散じるその間際、漏れ出たのは、誰の名前か。
それもすぐ、剣から放たれた光に呑み込まれた。
***
ナギの身体が、聖剣から放たれた光に包まれる。
「「ッ!」」
夜闇を暴くが如く溢れる光に、思わず目を閉ざすエリザたち。
そうしてなお、眩む光は一瞬のこと。
竦む身体を振り解き、開眼したエリザたちは、そこにいた少女の安否を伺う。
「……」
視線の先に彼女はいた。
俯く彼女は、先と変わらぬ装束を身に纏った純白の竜娘の姿。
その背後には同じように清廉となった純白の邪竜たちが従っていた。
「なによ。大仰な所作を見せておいて。壮健そうじゃない」
クリスの豹変に気を取られ、一時、存在を忘れていたことに罪悪感を覚えながらも、エリザは不敵に佇んだ。
クリスとナギの死闘の様子は、虚無の世界から見ていた。
だから、彼女の渦巻く内心も、幾分かは知っている。
加えて、聞かされたばかりなのだ。
「……ヤツらの心配も、杞憂で終わったようね」
変化のない様子に、エリザは不器用な安堵を漏らす。
そして、胸を撫で下ろそうとしたのだが……。
「……」
「? ちょっと、なにか言いなさいよ? 物静かなのは知ってるけれど、このあたしに返答しないとか――」
黙り込む姿に胸騒ぎを覚え、心配を口にしたエリザ。
そんな彼女を見据えた視線。
無感情を装っていたその瞳に、今、宿っていた感情は――
「『クサナギ』」
「ッ!?」
気付くと同時、躊躇なく振り抜かれる聖剣。
描いた軌跡は空を薙ぎ、聖女の秘奥『ルミナス』、それと同等の極光がエリザを襲う。
「エリザッ!」
鬼気迫るクリスが、エリザの前に飛び込んだ。
直後。
闇夜を殺す、鮮烈な光と衝撃。
「……」
救いたいと願った相手へ、暴威を奮う暴挙を成して、ただゆらりと立つナギ。
そんな彼女の見据える先、必滅の後塵には。
「ご無事ですかエリザッ!?」
「え、ええ」
光の凌辱が散じた夜空には、動揺しながらも健在な二人があった。
振り下ろした一撃は、魂を引き裂く御業。
立ち合えば、存在の消滅は免れないはずだが……。
「あ、あんたねぇッ!? 返答しなさいとは言ったけどッ! 返す刀の方じゃなくてねッ!?」
あわや再消滅だったと、おっかなびっくり口撃するエリザだったが。
「……そう。的中か」
向けられたままの視線に気付き、奥歯を噛み締めた。
一撃の直前、垣間見た感情は、残念ながら見間違いではないようだった。
無感情を装い続けた優しい瞳は、今、既になく。
こちらの命を、その存命を呪う憎悪が、殺意が、確かに宿っていた。
「……許さない。わたしは絶対許さないッ! 幸せな未来も、安らぎも、そんなの絶対許せるものかッ! 全て壊れて虚無へと戻れッ!」
心優しき邪悪な少女は、愛を呪う存在に、変貌した。
***
「……きっと、ナギはあなたたちを許さない」
それは、エリザたちが復活する直前のこと。
虚無の世界にて、もうひとつだけと望んだ後、ナギが続けた言葉だ。
「ナギは、あなたたちに幸せになってほしいと願っている。そこに偽りはない。けれど、いざ事が成してしまった時、その過去が、きっと慟哭を形とする」
「それはどういう意味ですか?」
真っ白い世界の中。
神妙な空気の中、尋ねるクリスに彼女は答える。
「生前、ナギには大切な存在がいた。野に咲く花を思わせる、ふんわりとした笑顔が特徴的な、ナギのことを怖がらなかったその少女」
在りし日を思い返すかのように、ナギの面持ちに悲しげな微笑が浮かぶ。
「彼女に出会ってから、ナギの世界は色付いた。他愛のないことも、彼女と一緒なら、虹色に煌めいた。とてもとても大好きで、ずっと一緒にいたかった、人間だった女の子」
「人間……だった……?」
言葉尻の不穏さに気付いたエリザが、恐る恐る繰り返す。
「……」
ナギは、返すことなく口を噤んだ。
しばしの沈黙を挟んだ後、重々しく口を開く。
「ナギたちの幸せは続かなかった。そこに救いは齎されなかった。惨憺たる悲劇は訪れ、絶望の帳が未来を殺した」
「……」
言葉を失う二人の横で、メイド少女は、俯き口を噤んでいた。
「絶望に染まったナギの心。その隙を逃すことなく、その身に宿った祖先の怨霊は、ナギのすべてを怨嗟の薪へと焼べたのだ」
「……そんな」
救われぬ過去に、エリザが悲壮を顔に出した。
「……?」
だが、そこで彼女は気付く。
影差す表情でありながら、しかし、ナギが僅か口元を歪めていることに。
その違和感を指摘する前に、クリスが『ナギ』を看破する。
「あなた、ナギちゃんだけではありませんね?」
「え? それって……」
「そうだ。その祖先こそ、『俺たち』だ」
ナギの姿をした少女は、頷いた。
「ッ!」
驚きを如実とするエリザとは対照的に、メイド少女は嘆息する。
「ふぅ、流石の慧眼だね」
「どういうつもりなのですか?」
追及するクリスに、少女は謝罪の意を見せる。
「誓って悪意はないんだよ。ナギちゃんが心の中でキミたちの幸せを願っていたのは本当。本当の幸せに至ってほしいって望んでいたのも本当。だけど、彼女に宿る諦念が、悲しみの幸せしか齎せないと確信していた。その想いが邪魔をして、そのままではこの世界に呼び出せなかったんだ」
「そこで、俺たちを利用したというワケダ」
ナギとは思えない尊大な口調で、それは同意した。
「今は亡き、冥府の業火で焼かれし災厄の権化。ナギの体に染みついた僅かな残り香、集合意識たる俺たちの賛同を助力とし、混ぜ合わせて形作ったのがこの写身よ。だが、そうと知れば、キサマらの内心は穏やかならんだろう? よって、コヤツは秘匿を望んでいたのだ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよッ!?」
そこでエリザが血相を変える。
「神なんぞの所業に興味なんてないし、理解なんてできないし、方法なんてどうでもいいけどッ! どうしてお前たちが手助けしてくれるのよッ!?」
エリザにはとても納得できない。
直接相対したことがないにしろ、災厄たちの鮮烈さは、しかとその身に刻まれていたのだ。
とある戦いにおいて敗北を喫した直後。
砂漠の地中深くで気を失っていた時だとはいえ、意識を取り戻した後、その肌に凄まじい負の感情の爆発、その感覚が残っていたのだ。
例えるならば、まさに災厄。
そんな存在が、他者の助力など、ましてや幸せの後押しなどしてくれるわけがない。
「その疑問はもっともだろう。気高き夜の姫君よ」
ナギの姿をした少女は――災厄は、深くうなずき胸中を露わとする。
「俺たちは仇なすモノ。生を与えた我が親を、血を分けた我が子を、はたまた己を。欲望のままに滅ぼした人間どもに復讐するため、竜種としての誇りを捨て、憎悪と怨嗟で世に蔓延り続けたのが我が一族だ」
災厄は、写身となった身体に目を移す。
「そのために、幸せを望んだ子孫さえ、蔑み『燃料』として利用したのだ。裏を疑るのは実に当然。心に燃ゆる積怨は、冥府へ堕ちた今でさえ、決して尽きることはない。俺たちが俺たちである限り」
それこそが自らの存在の意味だと。
成した残虐を誇りこそすれ、懺悔することなどないと、災厄は語った。
「当然ですよね。計り知れない人への憎悪。その一心で、幾年月も現世に蔓延り続けたのですから。そう簡単に消えるはずがありません」
「くふふ。流石は俺たちを封じた張本人。よく分かっているではないか?」
対峙するクリスに、災厄は挑発するように言葉を返す。
「……さておき。ええ、それはさておき、です」
「どうした? 悪を屠り続けた者としては、やはり俺たちは見過ごせぬか?」
鋭い視線を浴びせかけるクリスの姿に、災厄は口元を歪ませる。
「ああ、それもそうだろう。俺たちは破壊者。平和の象徴であったようなキサマとは対の存在だ。だが、今は成すべき宿願を抱いた身。たとえ聖女だろうが、こちらも安々と殺らせは――」
「なんだか見てるとむずむずするので、はぁはぁしてもいいですか?」
「聖女は性女ッ!?」
真面目な顔でド直球な下世話発言をぶつけたクリスに、思わず災厄がぎょっとする。
「な、なななにを言っているのだキサマはッ!? 番い合った者のある身で他のメスに劣情を催すか普通ッ!? そういうことをするものではないぞッ!? 伴侶に悪いとは思わないのかッ!?」
「わー。意外に純情さんー?」
手をワキワキさせ始めるクリスの姿に、青ざめて後ずさる災厄。
対岸の火事だからと安穏に感想を漏らすメイド少女。
「……安直な指摘であるはずなのに、なんとも言えないこの切れ味。これはやはり、超常を優に超す闇の力に寄るところが大きいのかしら……?」
本来なら、コンマ何秒という早業で、エリザの見事なツッコみが変態を諫めるところなのだが、災厄という異例な存在の華麗な返しに称賛を抱いた彼女は、無意識の内になにか学ぶことがあるかもと思い、成り行きを見守っていた。
人類の脅威を前に、クリスは恥ずかしそうにしながらも、はぁはぁするのは決してやめない。
「マグロリっ子なナギちゃんの姿でそのような尊大な所作とか……。そんなギャップを見せられちゃったら、ロリコン淑女は誰だって情欲を抱きますものっ。オーケー?」
「マグロリっ子ッ!? ロリコン淑女ッ!? なんだその造語ッ!? 言葉の乱れは世の乱れぞッ!?」
変態に迫られ世の乱れを心配する、世を乱すはずの災厄の化身。
「淑女たるもの、心に瀟洒を留めおけッ! ほら、いつどこで姫君に見初められちゃったりするかわからないだろうッ!? いや、別に二心をと勧めているのではないのだぞッ!? だがその、姫君と禁断のラブロマンスだとか、そういうの、なんというか少し、憧れるだろうッ!?」
「ところがどっこい、わたしの妻はお姫さまっ! ロリくて幼女で幼気でっ! 八重歯が可愛いう゛ぁんぱいあっ! ふっふふーんっ」
「ああそうだったッ!?」
驚愕を露わとする災厄に、クリスは鼻高々に教授してやる。
「ちょっとくらい開けっぴろげな方が、最近はモテるんですよー?」
「そうなのッ!? ……いいなぁ」
「少なくとも、コイツはちょっとで収まらないから」
「災厄にもロマンス夢見る一面が……と。めもめもー」
時代遅れかと何気にショックを受ける災厄に、エリザはため息混じりに答え、少女は面白そうにメモをとった。
その後、発情した性女がギャップに溜まらなくなり、災厄で昂りを処理しようと飛び掛かるのであるが、ツッコみに対する学習欲が収まり、それと反比例するように、遅れてむかっ腹となったエリザの物理的ツッコみで雑に処理された性女は、それはそれでスッキリし、事なきを得たのであった。
そんな実にどうでもいいひと悶着の後、災厄はようやく一息つく。
「あ、危なかったぁ……。ロリコンさん怖いと、ナギが脅えて満足に体が動かせなくて」
「……ふう。それで、どういうお話でしたっけ?」
「あ、ああ、そうだったな」
ボロボロにされながらも、憑き物が落ちた賢者のような顔のクリスに半ば引いた後、災厄は胸の内を語る。
「冥府の業火で焼かれし今も、俺たちの在り様は変わってはおらん。望みは人の世への復讐だけだ。捻り潰した人間どもも、その過程で巻き添えとなったその他の種族の行く末も歯牙にもかけぬ大悪党。復讐こそ、なにをおいても希求する。もっとも、このナギのように、例外たる血族もいたがな」
「例外……」
エリザの脳裏に、とある少女の姿が浮かび上がる。
同じくクリスも思い返したその少女こそ、邪竜でありながら、決して人を害さなかった、どころか、共に歩むことを夢見た存在で。
「ああそうだ。例外たる、かの一頭。その想いの前に俺たちは敗北したのだ」
粛然たる様子で、苦笑すら見せそうな様子で、災厄は語る。
「いいや、そうではない。己が子孫だけならばまだ。ソヤツと結託した、憎むべき人間の想いこそが、我らを滅ぼす鍵となったのだからッ!」
己を滅ぼした仇敵のことを、人間のことを、しかして災厄は面白そうに笑って語る。
「くふふっ! ああ、全くだっ! 全く、今でも信じられんよっ! この俺たちが、あんなひ弱な人の想いに……」
「あのさ」
そこでなんとなく気になったエリザが、災厄へと申し出る。
「? なんだ、姫君よ?」
「そこにさ、もう一人いたんじゃない?」
「ッ!?」
途端、硬直する災厄に気付かず、エリザは頭を悩ました。
「ほらあの子。なんて名前だったかしら。あのチャイナ服? ってヤツを着ていた」
「……いなかった」
「え?」
「そんなの決していなかったッ!」
「いや、でも」
「鬼嫁よりも鬼嫁な、空気読めない幼女の形した悪鬼羅刹なんて、絶対絶対いなかったもんっ!」
「そ、そう……」
ぷるぷると震え、耳を塞いで縮こまる災厄。
エリザの知りうる限り、彼女は見た目通りの愛らしさだった気がするのだが。
よほど何かあったのだろうか。エリザはそれ以上の指摘をやめてあげた。
「ほらほらー。いい加減要点を口にしてよぅー。わたしもう眠たくなっちゃったよー」
「ここにも空気の読めない鬼が一匹いるぅ……」
眠たそうな少女にちょっかいをかけられポロポロ涙を零す災厄の姿を、クリスがじっと見つめる。
「うーん……」
「なによ。涙目幼女はぁはぁ、とか言うんじゃないでしょうね?」
「いや、それは当然の摂理なんですけれど」
「摂理なめんじゃないわよ」
「なんというかその。強大な力を持ってしまうと、そのハンデに内面とかメンタルがアレになってしまうんですかね? ほら、わたしとか、その他にも……」
「な、なによッ!? どうしてそこであたしを見るのよッ!?」
「そーいうとこですよ、エリザ☆」
「だからなによッ!? 言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃないッ!」
「はいはーい。そろそろシリアスムードに戻りたいなー。ほら、漸く協力してくれた核心を語ってくれるみたいだよー?」
少女に促されて注目すれば、災厄は居住まいを正して説明する。
「わが子孫、そして、あの少女騎士……たちの在り様が、俺たちの心になにかを刻んだ。キヤツらに滅ぼされ、より強く刻まれた。だが、在り様が変ったわけではない。ならば、あれはなんだったのか。あの感情はなんだったのか。明言はできなかった。けれど、ここに至り、ようやく理解したのだ」
認められない3人目を、複数形をしめす接尾語でギリギリ許容してから、彼女は得た回答を口にする。
「……愛だ」
「「「愛ッ!?」」」
名人芸の如く、三者が声を揃えて返答する。
意外そうな顔をする三者の前で、彼女は続ける。
「そうだ。愛こそが、なにより強い原動力。不可能を可能とする奇跡の力。ああ、素晴らしき哉」
災厄姿一転、しみじみと語り始める姿は、なんというか、とても胡散臭い。
エリザたちはひそひそ話を始める。
「な、なにコイツ。急になんだか胡散臭くなったんだけど」
「新興宗教の布教員みたいなのですがそれは」
「負けたらギャグ要員かなー?」
「キサマら、聞こえているぞ」
災厄は眉をひそめて口を挟んだ。
「俺たちは再認させられたのだ。立ち上がったのは、誰が為だったかと。この身を堕としたのは何故だったかと。それは、愛した者たちの為だった。愛した一族の為だった。愛した己の為だった。愛が故、怨嗟の炎は燃え上がったのだ」
その身を燃やした復讐の炎。
当たり前となったからこそ、いつしか忘れていた、種火となったその想い。
思い返したと災厄は語る。
「愛こそが、憎き者らを打ち滅ぼす力となった。愛こそが、祖先の業を忘れ、安穏と生きる者どもを焼き尽くす刃となった。愛こそが、残虐を返し、血潮を吹き散らかす覚悟を与えた。目的を果たす力となったのだ」
「愛こそ、力に……」
「そうだ。キサマにも覚えがあるだろう。我が依り代に、無謀にも挑んだキサマにはな」
実感するエリザの前で、災厄は続ける。
「そして、それはか弱き者らにも力を生み出した。強者足る俺たちを――全てを復讐に捧げ、無二の力を手に入れた俺たちを、打ち滅ぼす牙となったのだ」
超常を超える力を持つ、王者の復讐の対象として。
敵とさえ認められず、ただただ蹂躙され、果て続けるだけだった仇たる弱小たち。
その牙が、この喉元に突き立った理由。
語る顔は、しかして晴れやかで。
「人間どもへの怨恨も、憎悪も決して消えはせぬッ! だが、キヤツらの抱く愛は、その他の者が抱く愛には、俺たちは敬服してやろうッ!」
叫ぶ言葉には、確かな憎悪と。
「その慈愛はッ! 友愛はッ! 永愛はッ! 我らが血族に抱いたものと、なんら変わりなきものなのだからッ! だからこそ、我らを打ち破る力となったのだからッ!」
そして、確かな尊崇が宿っていた。
彼女らの復讐の道。
その始まりがどうであったとして、その残虐は決して容認できない。
聖女として、人を守り続けたクリスにも。
愛を知り、それを守りたいと思い始めたエリザにも。
「怨嗟を誓ったまま、憎悪を吐き散らしながらも、愛を望む者どもの協力者となってやろうッ! それこそが、愛を思い出した復讐者、我らが災厄の進む道であるべきだッ!」
だが、その在り様には。
一族の仇と憎悪しながらも、その感情を認めたその在り様には。
在りし日の王者の風格を偲ばせる度量の深さが感じられて、畏敬の念を抱いてしまうのであった。
「……つまり、わたしたちに協力するのは」
「そうだ。思い合うふーふの愛。その輝きに賛同したが故だ」
偽りなく語った後、その顔元になんとも言えない感情が宿る。
「……愛を完遂できなかった、我が子孫への餞別と、特別なる贖罪でもあるがな」
しばらく黙り込む災厄。
「……」
その内心に潜む彼女は、何を想うのだろう。
「……ともかく、そういうことだ。そして――」
「だからこそ、きっとわたしは、あなたたちに牙を剥く」
文字通り人が変わって、沈着な幼声が耳朶を打つ。
「……ナギちゃん」
今までのやり取りを聞いていただろうに、ナギは淡々と説明する。
「『クサナギ』は心の闇を見逃さない。魂を砕く、苛烈な剣であればこそ。再起したあなたたちを見たら、きっと、わたしは闇落ちする。気を付けて。クサナギに呑まれたわたしの一撃。かすっただけでも存在消滅」
「……ふん。まあ、そうでしょうね」
「本当は優しい夜の姫と、わたしみたいな子が好きで、正直もったいないからどうしよう、どうにか生かして色々して遊びたいなぁぐへへとか気持ち悪いことを本気で考えてそうな、悪いこと言わないから早く冥府に逝った方がいいロリコンさん」
「おおっと、この流れでなぜかダメ出しっ?」
もちろんウェルカムですけどっと、はぁはぁし始めるクリスにドン引いてから、ナギは続ける。
「知ってるよ。だからこそ躊躇うって」
「……なんのことかしら?」
予想し、わざととぼけるエリザ。
しかし、ナギはまたも淡々と告げる。
「わたしを滅すること」
「「……」」
「その甘さ、きっと命取りになる。知ってるはずだよ、わたしの力。『わたしたち』の力。我を忘れたわたしの振る舞い。まだアレよりもタガが外れる。想像さえできない、恐怖の極み」
「そうですね。さしものわたしも、あれだけ元気いっぱいな幼女とか、正直持て余しそうですもの」
「だから、躊躇しないで。あなたたちの愛の力で、悪いわたしをやっつけて」
「……だけど、そんなこと」
「子供のオイタじゃすまされない。そもそも、悪いのはクサナギじゃない。クサナギは、心の暗部を引きずり出す。わたしの心に、幸せな人を呪う、悪いところはあったんだ」
己が非を真摯に認め、ナギは、二人に悲しく微笑む。
「……だから、わたしを――」
「それでも救えッ!」
「「ッ!」」
強く否と叫ばれる。
それは、エリザの口からでも、クリスの口からでもなく。
ナギ自身の口から溢れた、熱の籠った尊大さだった。
災厄は、ナギの救済を強く叫ぶ。
「悪しきを持たぬ者がどこにいようかッ!? 聖女と呼ばれた者でさえ、救いようのない幼女狂いだったろうがッ!」
「シリアスを崩す幼女からの罵倒ッ!? ああさいっこうッ!」
「そ、それ見たことかッ! こんな不自然の塊に比べればナギよッ! キサマの在り様くらい可愛いものだッ! 番いを持たぬ者が番い合った者に嫉妬を抱くッ! 子孫を残す生き物として、生殖間近な者らを妬むことなど、本能からみればよほど自然なことだろうがッ!」
「だ、だだ誰が生殖間近よッ!? 勢いに任せて変なこと言うなバカああぁッ!?」
羞恥に爆発しそうになるエリザを無視し、災厄は、なおも叫び続ける。
「姫君よッ! 愛を知ったが故、他者を蹂躙できぬと女王に語った言葉は嘘だったのかッ!?」
「……!」
「そこな幼女好きの救えなさよッ! おいいつまで発情しているか話を聞けッ!? 常々叫び続けた幼さへの想いはその程度かッ!?」
「……!」
「愛を夢見た幼子一人救えぬと、キサマらは消沈するのかッ!? その程度の力量かッ!?」
「……へぇ? キミが熱弁奮っちゃうんだ?」
意外な展開に、メイド少女がにゃははと笑う。
だが、災厄は立ち止まらない。
「ああ、分かっているともッ! そも、見過ごしたのは俺たちだッ! 力も貸さず、ナギとその傍らに巻き起こる悲劇を、手をこまねいて看過したのはこの俺たちだッ! 永きに渡り、クサナギとやらの力を利用し、人間どもを滅する呪いと変えて纏って利用したッ!」
言い終わり、一瞬黙り込んだのは、思い返したナギが歯噛みしたからか。
それとも、この災厄が子孫へ処した凌辱に、一抹の罪悪感を――
「だが俺たちは頭を垂れぬッ! あの行いは、復讐のために必要だったからな、うんッ!」
「……え、えー」
ドン引くメイドを歯牙にもかけず、災厄は続ける。
「だがな、それでも言うしかあるまいッ! ナギを後押しできる存在が、この場に誰も居ぬのならばッ! ナギすら己を救わぬならばッ! 現世と戻れば、俺たちの意志は霞み消え、冥府へと牢じられるッ! ああ、だから今、言ってやるともッ!」
矛盾も非難も全てを認め、それでも声にこもった熱は消えない。
彼女たちは高らかに吠え猛る。
「この俺たちが懇願してやるッ! それでも救えッ! 復讐を誓った俺たちと違い、ナギはその動力とさせられていただけッ! 否応なく使われただけだッ! 進んで愛を砕いたことのない彼女には、未だ愛を見る資格があるのだッ! 幸せに至る権利があるのだッ! だから救えよッ! 救ってみせろよッ!?」
誇り高き復讐者が放つ、異例の懇願。
「……災厄さん」
その熱意に、蟠りを抱えているはずのナギが、言葉を失う。
そして、立ち上がるのは。
「ったく。言ってくれるわよね。災厄如きが、このあたしに対して呆れるほどの不遜の立て続け」
「不遜? 幼女からの叱咤激励とか、ご褒美の間違いじゃないですか?」
闇のふーふは、不敵を滲ませる。
「言われるまでもないわ。あたし、屈辱は忘れないもの。頼んでもないのに、蘇生してやるとかなんとか言ってくれたのよ? そんなもの、相応の報いを受けて当然よね?」
「罪には罰を。善行には祝福を、ですよねっ。あ、元主、この聖女っぽさ、もうここに捨てていきますので。わたしの使い古し、しっかり回収してはぁはぁ『使って』くださいねっ」
「あ、あっははー。調子出てきたね、クリスちゃん。あ、でも、まだ聖女成分は残ってるし、だからその、一応まだ主だし。えっと、何が言いたいかっていうとね? 下剋上とか良くないよーっていう話で。その、手をワキワキしながら、はぁはぁして近づいてくるのは、やめてほしーなっていうお話で……。え、えっと、言葉通じて」
「ぱっくん☆」
「はにゃあああぁ〜〜〜ッ!?」
聖女が神に反旗を翻し、神が嬌声染みた悲鳴をあげるのを、闇の姫はあえて見逃した。
永久に縛った彼女への、彼女なりの仕返しのようなモノであろう。
しばし好きなようにさせ、しかし取り返しがつかなくなる前に引き剥がす。
引き剥がす際、ヴァンパイアの全力を発揮して、どうにかこうにかだったのは余談である。
「ま、待たせたわね。えっと、要するに、何が言いたいかって言うとね……」
息を整え終えてから、彼女たちは不敵な笑みを浮かべる。
「ふん。その程度? あたしたちには役不足よ」
「いいえ、むしろ役得過ぎですッ! 大義名分なきゃっきゃうふふっ! 頼まれなくても喜んでッ!」
並び立った闇のふーふは、決意も新たに宣言した。
怨嗟に塗れた醜悪な邪竜「くふふっ! 恐れ慄け矮小な人間どもッ! この俺たちこそ、復讐に焦がれし災厄の化身ッ! さあッ! 一息で灰燼に帰してやろ」
中二はもう間に合ってまーす「そういうのいいからー。というか、女王さまとカブってるからー。明るさを求めるみんなのために、もっとコミカルな感じのくださーい」
怨「そ、そっか。最近はこういうの古いのか……。というかその、こみかるって?」
狂うのも結構しんどい「知ってるよ。残虐に隠れたオトボケ感。それを発揮すればいいだけ」
怨「な、なるほど。じゃあ、えっと。こ、こほんっ!」
だーく☆どらごんっ!「おさるさん崩れのみんなーっ? こんにちはーっ! わたし、やまたんっ! みんながおしえてくれた、どすぐっろい、らぶりぃーぱわーで、せかいを残酷でそめちゃうぞっ! いえぃっ☆」
だ「……こ、こんな感じでどう――」
中「な、なんか、あざとすぎて引いちゃうなー……?」
狂「知ってるよ。年増が若作りする姿。一番みっともないことだって」
赤っ恥、だとッ!?「キ、キサマらだって年増だろうがッ!? 俺たちだって、好きで道化と堕ちたわけでは――」
?「(ぽんぽん)」
だ「なんだッ!? 誰が肩を叩いているッ!? 今取り込みちゅ」
どうも、ロリコンです「やまたん可愛いっ! 頑張る姿がとっても素敵っ! ぱっくん☆」
だ「ぎゃああああぁーッ!? 災厄相手に発情とか悪食がすぎるーッ!?」
急募・ツッコみの上手い奴「……ねえ、お前たち。ツッコみの負担、考えたことある?」
だ「たすけてー! たーしゅーけーてーっ!?」
急「……はぁ」




