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Lily×Monster ~モンスター娘と百合コメです!~  作者: 白猫くじら
続・ロリっ子ヴァンパイア×薄幸の(元)修道女
55/58

爆☆誕、ですッ!



 クリスは消滅した。

 聖なる剣の一撃が、その身諸共魂を砕いた。


 この身を包む感覚は、経験してきた仮初の死とは違う。

 穏やかな虚無へと至る、安息の気配。


(そっか……。わたし、やっと終われるんだ……)


 現世とも冥府とも違う、一面純白の虚無の世界で。

 消滅までの僅かの名残か、自意識を維持したまま、クリスはほっと息をついた。


 遥かな昔。孤独な死に耐え切れず、その間際に強く願った。

 応じ、その身に宿ったのは奇跡の力。


 だが、人の身に過ぎた力を手にした、その代償は大きくて。

 頑張っても頑張っても、主が望む、真の平和などもたらせなくて。

 永遠の生に絶望しても、その身に終わりは訪れなくて。

 人並みを外れた少女には、人並の死という安息すら許されなかった。


 永すぎた聖なる呪い。

 その檻から、自分はやっと自由になれる。


 喜ばしきことに、与えられたのは、死ではなく、消滅。

 魂を砕かれたのだ、もう二度と転生することも、自意識を持つこともないだろう。

 それはとても幸せなことだ。


 もはやあるのかないのかすら分からない身体。

 瞳のあったところから、安堵が雫となって溢れそうになり――




『ずっと、大好きだよ……』




(……!) 


 脳裏をよぎった悲しき最期。

 尊大な彼女に相応しくない、弱弱しき末期。


(……ダメ。まだ、終われないッ!)


 切迫し、焦燥を漏らす。

 

 待ち焦がれていた真なる消滅。

 渇望した自身の終わり。


 だが、それは自分がひとりぼっちだったから。

 永久の旅路を、ただ一人歩み続けていたから。


 今の自分は、一人ではなかった。

 傍らには、こんな自分を愛してくれた少女がいた。

 全てを賭けて、こんな自分の幸せを願ってくれた少女がいた。



 この安息に流されるまま沈むということなど。

 愛した彼女を救えないということなど。

 


 認めることなど、決してできないッ!



(終われないッ! 終われるものかッ! わたしはまだ、終わるわけにはいかないんだッ!)


 ないはずの身体から、確かに決意が叫びと轟く。


 一瞬でも惑わされた愚かな自分に怒りを覚える。

 最期の時、絶望に染まったままで終わったことを思い返し、羞恥を覚える。


 悲劇のヒロインとして膝を抱える自分はもういない。

 諦めない強さを教えてくれた彼女のために、クリスは再び立ち上がる。


「エリザと一緒に、生きるんだッ!」


 内に溢れていた渇望を露わとする。

 彼女と幸せを享受したいと叫ぶ。

 なくなったはずの身体が光を帯び、ゴスロリ服を纏った自分が現れた。




「……でも、どうやって?」




「エリザッ!?」


 なにもない、ただただ純白だけが広がる空間の中。

 エリザだけが現われる。

 自分の愛する唯一の存在。

 なぜだかウェディングドレスを纏っている彼女は、沈痛な面持ちで涙していた。


「わたしたちは、もう、終わったのに……」

「終わったなんて……!」


 愛する声音は、悲しみに染まりきっていた。

 また聞きたいと望んでいたのは、そんな声ではなかったのに。


 再会の歓喜に捻じ込まれた悲哀の感情に、思わず動揺するクリスだったが、その様子を見たエリザは、なぜだか表情を一転、あわあわとし始める。


「い、言っておくけどッ! そういう意味の終わったじゃないわよッ!? 命尽きてもあたしはお前一筋だからッ! こんな衣装を着込んでいるのも、心はずっと初夜気分的なッ!?」

「え、えっと。その衣装、そういう意味だったのですね? わたし、もっとこう、神聖な意味合いがあるのかと……」


 シリアスな雰囲気を一変させてのワチャワチャしたその本音は、きっと失言だ。

 もっとも、聞いているクリスとしては嬉しくなるけれど。

 内心、あとで羞恥に染まるのだろうなとクリスが心の片隅で冷静に推測する中、現在進行形で黒歴史を作り出しながら、エリザはなおも失言を続ける。

 

「あたしはこんなに一途なのに、お前ったらなによッ!? その衣装で打ち止めなわけッ!? 普段存分にはぁはぁぺろぺろしておいて土壇場でソレ止まりだとかッ! 根性なしもいいところじゃないッ!? 夢幻だか死に際の謎世界だかよく分かんないけど、せっかく再会できたのよッ!? ほら、もっとがっついてみなさいよッ!?」

「え、えっと、ですね……」


 雰囲気にのまれそうになりながらも、クリスは思いを口にする。


「もちろん、ウェディングドレスだって素敵です。ですけれど、わたしにとって一番特別なのは、この衣装。エリザと二人、お揃いの幸せに踏み出すことができた、その象徴ですから」


 この世界で当人の思いが衣装を形作るのなら、自分がこの衣装を纏っているのは当然だ。


 聖女と変じ、手を差し伸べるばかりだったクリス。

 その行い自体には後悔なんてしていない。もともと自分の望んだことだ。

 聖女とは力無き民衆を救う存在。手を差し伸べる存在だ。

 永劫の聖女として、彼女はずっと、手を差し伸べ続けてきた。


 聖女への畏敬から、尊崇から、差し伸べる側となる者など、人間の中にはいなかった。

 クリスに差し伸べられたのは、邪悪なる者たちからの、憎悪と殺意だけだった。


 関わりに人知れず傷ついても。

 時に心を擦り減らされても。

 絶望に人となりを崩されても。

 

 それでもずっと、彼女は手を差し伸べ続けてきた。

 ずっと、伸ばす側でしかいられなかった。


 そんな彼女に、初めて差し伸ばされた。

 恥ずかしがり屋で、不器用で、だけど、本当に優しい小さな手のひら。


 いつまで光の下僕の衣装を纏うの? 

 とっても見苦しいから、特別にあたしのお古を譲ってやるわよ、と。


 自分の運命を変えてくれた夜。

 押し付けてくれたのがこの衣装だった。


 それが、意地っ張りな優しい嘘だというのはすぐに分かった。

 月光を受け、使い古しとはとても思えない光沢を放っていたから。

 未だ起伏の兆しも見えない、できればずっと立て板の見本市そのままでいてほしいつるぺたボディをほしいままとする彼女の使い古しにしては明らかにサイズが豊満で、隠れて採寸したかのように、自身の身体にぴったりだったから。意識を失っている間にロリっ子に好きにされたのかと思うと、心底はぁはぁした。

 なによりも、新品だというのは一見して分かっていたのだが、お古という言葉に反応し、これでもかと鼻先を押し付けてワンチャンロリっ子の元気ハツラツな汗の香りとか、しくしく悲しい涙の匂いとか、初めての一人遊びの後の得も言われぬ高揚と罪悪感の残り香などなどを楽しめないかスンスンし続けても、全く感じられなかったのがなによりの証拠だったから。

 もちろん、その後に追及を受け、素直に行いの意味を説明した後、真っ赤になった彼女に激昂されたのだが。


「それにこれは、大好きな人からいただいた、初めての服ですもの。特別でないわけがありません」

「……!」


 クリスの言葉に、途端、真っ赤になるエリザ。


「……お揃い」


 ポソリつぶやいた彼女の衣装が、瞬きの間にゴスロリ服へとチェンジした。


「ベ、便利ですね、この世界……」

「と、ともかくッ!」


 クリスの言葉と、先に予想した通り、失言のオンパレードだったことに気付いたのだろう、エリザはこれでもかというほど真っ赤になった。

 しかして彼女は、すぐさま悲しみと共に言い捨てる。


「今のあたしたちは、泡沫(うたかた)の夢より儚き存在。この再会だって、消滅の刹那、その夢想のようなものなのでしょう」


 零した後、儚い微笑みを浮かべる。


「それでも、もう一度会えて良かったわ」

「ッ!」


 儚げな令嬢のような微笑に、クリスは歯噛みせずにはいられなかった。

 彼女に似合うのは、そんな笑顔などではない。

 幸せを抑えきれない照れ笑いこそ、浮かべさせてあげたいのに。


「もう一度だけで終わりませんッ! わたしもエリザも、もっとずっと、一緒に生きていくんですッ!」


 エリザの命を奪ったのは自分だ。

 優しい彼女は決して認めることはないだろうが、それこそが真実。自覚している。


 だが、今は謝罪などしている場合ではない。

 耐え切れぬ罪悪感も、切実な悔恨も、後ろ暗さは不必要。


 たとえ無意味とそしられようと、今、ここに必要なのは、幸せを願う希望のはず。

 その想いこそが、かつて奇跡を呼び寄せたのだから。


 泡と消えかけている奇跡だけれど。

 それでも、だからこそと。


 未来を信じて叫ぶクリス。

 しかし、エリザは哀愁を漂わせるだけ。肩を竦めて苦笑する。


「道楽の裏に秘めていた情熱か。そのギャップは素敵だけれど無意味なのよ?」

「無意味だろうとなんだろうとッ! エリザと幸せになれないこんな結末ッ! わたしは絶対認めませんッ!」

「お母さまだって言っていたでしょう? 取り乱すのは良くないって。ほら、せっかく奇跡が起こったのよ? 終末を、共に二人で穏やかに……」

「この残酷は、あなたにとって心地よいとッ!? こんなの奇跡と呼べるのですかッ!? ほんとの奇跡は、あなたと二人で――」




「うるさいッ!」




 虚無に響く悲しみの叫び。

 たおやかな悲哀の仮面は剥がれ落ち、慟哭の面持ちが露わとされる。


「幸せな未来を口にしないでッ! 腰砕けな幸福を叫ばないでッ! あたしだって、お前と生きていきたいわよッ!?」


 体裁を捨て子供のように泣き喚いたのは、心の底に隠していた叶わぬ希望。

 感情に触発されたエリザは、勢いのままクリスを押し倒す。


「愛を語って甘い思いに浸りたかったッ! 夜半に陶然と睦み合いたかったッ! その果てに、新たな命を宿したかったッ! 愛した者と、その子たちと、無意味に不敵に微笑み合って過ごしたかったッ!」


 叶わぬ願いを叩きつけ、悲しみで真っ赤になった瞳で、クリスを見つめる。


「でもそれは、あたしのカラダではできなかったから。だから、お前の幸福だけでもって願ったの。必死に思いを押し殺して、あたし以外の女と一緒になれって、願ったのッ! お前には幸せになってほしかったからッ!」


 微笑の裏に秘めていた女の情念。

 はばかることなく少女は漏らす。


「でも、それも叶わなかったッ! なんにも、ひとつもッ!」


 滂沱しながら、エリザは頭を振る。


「叶わない叶わない叶わないッ! 望んだ願いは叶わないッ! 幸せはみんな逃げていくッ!」


 ままならぬ世への悲しみを漏らし、愛しい者と生きられない現実を恨む。

 子供のように漏らすワガママは、しかして悲しみを生む世界へ向けられていた。


「愛ってなんなのッ!? 願っちゃダメなのッ!? 財宝が欲しいとかじゃない、名誉が欲しいとかでもないッ! ただ普通の、どこにでもあるはずの幸せを願っただけなのにッ!」


 叶わぬ願いに翻弄されて、エリザは子供に戻って縋り付く。


「あたし、間違ってないわッ!? 間違ってなんていないッ! 間違ってなんかいないのにッ! いないのに……ッ!」


 愛する少女の慟哭に、クリスも涙を抑えきれない。

 彼女をそっと抱きしめる。


「生きたいよ……。クリスと一緒に、生きたいよ……」

「わたしだって、エリザと一緒に……」


 人知の及ばぬ虚無の中。

 真っ白い世界で肌を寄せ合う悲しみの逢瀬。

 二人の願いは言葉となって、ようやく重なった。


 だがそれは、このままでは、決して叶わぬ届かぬもので。

 夢想が終われば、二人は大好きを言い合えない。


 永遠と呼びたい刹那の中での、悲しき抱擁。

 交わした後、エリザはクリスから身を離す。

 うるんだ瞳で、クリスを見つめる。


「……本当の奇跡を起こせない。果てに待ち受けたのは、悲しい奇跡。……なら、せめて」


 エリザは服を脱ぎ捨て、生まれたままの肢体を晒す。

 灰になどなっていない、瑞々しい、ずっと見せたかった肢体を露わとする。


「エ、エリザ……?」


 突然の展開に押され、狼狽えるクリスへと、火照ったままに馬乗りとなった。


「せめて、愛したあなたに。最期まで、あたしを感じさせたまま……」


 赤面するクリスの腰の上で、陶然としたエリザは、そのまま、微振動を始めようとし――




「…………そ、そーいう、ゆうべはお楽しみでしたね的イベントは、ハッピーエンドの向こう側でしてもらえるかなー?」




「「ッ!!」」


 突如聞こえた困惑の声に飛び上がる二人。

 揃って視線を向ける先には、メイド服を纏った褐色肌の少女が、引きつった顔で立っていた。




***




「い、いい、いつからそこにッ!?」


 人知及ばぬこの世界に佇む貴様は何者か、という疑問より先に、口を出たのはそれだった。

 いったい、どこから見られていたのか。

 いつだか出会ったメイド少女が気まずそうにする前で、エリザはゴスロリ服を纏い直そうとするが、慌てふためいているせいで上手くいかない。瞬時に衣装を纏えるこの世界の機能も、動揺から思考の外である。


「ずーっといたよ。空気を読んで、姿を隠していただけで」


 クリスの背に隠れて顔だけ覗かせるエリザに、少女は気まずさを抑えきれない様子である。


「だけど、こんな謎空間とはいえ、ナニやってもいいってわけじゃないからねー? 騎乗とか、その果ての腹上の果てとかー、ちょっとお控えなさってくれるー?」

「何の話よッ!? お馬さんとか、お腹とか、今そういうの関係ないでしょッ!?」

「……え。そういうことに関してはホントに見た目通り、だと……? えっちぃご本だって読めない癖に、自然とそーいうことができるとか、末恐ろしいってレベルじゃ……」


 なぜだか引き気味になるメイド少女。

 その様子に不服を抱きながら、エリザは本来真っ先に投げ掛けるべき問いをようやく向ける。


「そんなことよりッ! お前一体何者よッ!? ただの童女が、ふーふの語らいの邪魔なんてできるわけ――」





あるじです」





 予期せぬ方向から答えたのは、無感情な声。

 虚を突かれるエリザが視線を向ける先で、黙り込んでいたクリスが言葉を繰り返す。



「わたしの主。わたしを聖女に変えた張本人。――かみさまです」



「なん、ですって……」


 愕然とするエリザを背後に、クリスは俯いたまま言い切った。

 そこで、エリザはようやく気付く。

 頂点を超える甘い火照りと、へそ下辺りのむず痒さにご執心でドッキドキで全く気付けていなかったが、言われてみれば確かに、今のメイド少女から感じるのは、聖女のクリスをも優に超える、他に類を見ない凶悪と呼べるほどの神聖さであった。


「久方ぶりだね、クリスちゃん」


 先とは変わり、言葉少なとなる彼女。

 褐色肌の幼い面持ち。

 そこに浮かんだのは、悲しみの感情で――


「お前がッ!?」


 途端、疾風より早く飛び出したエリザは、まだ下着姿だったのも構わずに少女を押し倒す。


「お前が悲しみを浮かべるなッ! お前のせいでッ! お前のせいでクリスはッ!?」


 心に誓った一見必滅は嘘ではないと。

 愛する彼女を生き地獄へと貶めた張本人の細首を、激情のまま締め上げる。

 

「……そうだよ。その子の不幸()、わたしのせいだ」


 自身の細首がきしむ音を聞きながら、しかして少女は抵抗することもなく、絶え絶えの声で肯定を示すだけ。

 昏い面持ちに宿す憔悴は、少女自身に向けられていた。

 その様が、加害者の癖に悲哀に染まるその面持ちが、エリザの激情を助長する。


「ッ! そんな顔をすれば許されるとでも――」

「やめてくださいッ!」


 そこに叫ばれる制止の声。


 一言では到底表せない鮮烈。

 宿したクリスが、そこにいた。


 怒りを抑えられないエリザは牙を剥いて叫ぶ。


「止めてくれるなどうして止めるッ!? コイツのせいで……。コイツのせいでお前は……ッ!?」

「やめてください」


 再び寄越されたのは、静かなる制止の声。

 眼下には首を絞められながらも、無抵抗のメイド少女。


 

『ありがとう』



「……!」


 エリザの脳裏に思い返される光景。

 数日前、人間の街、その外れにあった丘の上。

 エリザがクリスへの想いを語り、幸せにすると語った時、なぜだか関係ないはずの彼女が零した言葉。


 ただし、含まれていた感情は言葉通りではない。

 後悔や懺悔、慟哭など、昏く渦巻く負の感情。

 常人には伺い知れない複雑な思い。

 

 それでも、そんな中でなによりも際立っていた感情は――言葉通りの感謝だった。

 疑問を覚えつつも、あの時は聞き流してしまっていたが―――


「……くそッ!」


 エリザは悪態をつきながらも、締め上げる手の力を緩めた。

 敵愾心(てきがいしん)は保ったまま、クリスの後ろでゴスロリ服を着直す作業に戻る。


 メイド少女は咳き込んだ後、意外そうな顔でクリスを見据えた。


「どうして?」

「聖女の力を与え、それっきりだったあなた。どれほど侮蔑を叫んでも、姿を露わすことは、遂にありませんでした」

「……そうだね」

「ようやく出会えたこの機会。叫ぶ獣の心のままに、あなたを蹂躙できたなら、永劫の辛苦に比例する莫大なカタルシスだって得られましょう。待ち望んだ絶好だと、叫ぶことはできましょう」


 聖女とされたクリスではあるが、その心は完全な聖人なんかではない。

 人の身では決して経験できないほどの絶望を、永劫の時の中、これでもかと味わい続けてきたのだ。

 たとえこれが夢幻だとしても、復讐をしてやりたいと叫ぶ声が聞こえているのは嘘ではない。


「……けれど。けれど、それだけ。そうしたところで、なにも解決なんてしませんから」


 だが、クリスは思いを押し込め、理性に準じて言い切った。

 その言葉も、彼女の偽らざる本心であったのだ。


「光に堕としたのは他ならぬあなた。ですが、そもそものはじまりはわたしの願いです」

「……」

 

 かつて、幼いクリスは願ったのだ。


 このまま、なにもしらず、だれにもひつようにされないまま。

 さみしさしか、しらないまま。

 ひとりぼっちで、おわりたくない。

 ねんれいひとけたで、おわりたくない。

 

 もっと、いきたい。

 ずっとずっと……いきていきたい。


 

 クリスは確かに願った。

 その願いを聞き届けた彼女により、クリスは聖女と変えられたのだ。

 もちろん、ここまでの苦難を与えられるとは思いもしなかった。

 それでも、それこそが、そもそものはじまりだから。


「だから。すべてをあなたになすり付けるのは、虫のいい話です」

「……本当に、それでいいの?」


 瞠目し、悔悟し、断罪を求めるような複雑が入り乱れた声で。

 少女は縋るように確認する。


「あなたには、わたしを殺す権利がある。咎める者も、憎む者も、この世界のどこにもいないよ?」

「……」


 それは、害される自分自身を含めてと。

 少女は、そう言い切った。


「この世界には、あなたたちだけ。だから、その思いが優先される。たとえ他の誰かがどんな思惑を抱いていても、今だけは、二人の行いを邪魔などできない。わたしの最期の邪魔などできない」


 少女は、自身が終わることを、なんでもないように語った。


「なにも解決はしなくても。心に沈んだ永久のおり、流せばきっと、少しくらいは世界が変わるよ?」


 復讐は何も生まないと、新たな憎悪を生むだけだと、誰かが言った。

 その言葉を、人外の頂点が、真っ向から否定する。


 超常の存在かつ、己が仇敵からの後押しの言葉。

 凶刃を奮うことに躊躇いも憂いも、全て要らないと伝えてくれた。



 だが、それでも。



「……必要、ありません」


 クリスは、獣を抑えて、笑顔を浮かべる。


「だって。わたしの世界は、もう変わっているのですから。変えられているのですから」

「……」

「……クリス」


 少女が目を丸くし、エリザが微笑む。


 だが、その世界は、既に事切れた。


 現状を思い出したエリザの微笑は、哀しみへと滲んで染まる。


 それでも、クリスの言葉は変わらない。

 己が人生の恩人で、同時に人生の仇である少女。

 震える彼女の瞳を直視したまま、決して瞳を逸らさない。

 その言葉に、二言はないと。

 何があっても、この幸せを離さない、と。


 その場に、長き沈黙が満ちる。


「……そっか」


 そうして、少女は一言漏らした。

 常人には伺い知れない、哀しさの混じった一言だった。


 その空気をあからさまに無視するように、クリスは、からっと尋ねる。


「さておきです。今になってまかり越されるなどと、一体どのような吹き回しなのでしょう?」

「そうよッ! 一体何の用なのよッ!? 今から消えるあたしたちを、笑いに来たってワケッ!?」


 クリスに重ねて問いかけるエリザ。

 あえて重ねたのは、仇敵ながら、暗いものを覗かせた少女への配慮もあるのだろう。


「あの時、あんなアドバイスをくれたのも、無様な敗北を見越してのものだったのでしょうッ!? よくもやってくれたわねッ!?」

「あの時?」

「な、なんでもないッ! 聞き流しなさいッ!」


 きょとんとするクリスと、真っ赤になるエリザ。

 彼女らの挙動に肩を竦めた少女は、ひょうひょうとした態度へと戻る。


「いやいや。あれに悪戯心なんて微塵もなくー。あんな面白――もとい、残念な結末に至るなんて思わなかったよー」

「そ、その口ぶり。まさか見てたのッ!?」

「キミたちの動向、気になってたからねー? 彼女と一緒にご視聴しましたー」

「お、おのれッ!? あんな醜態存分にッ!? クリス、やっぱりコイツ、仕留めても――」


 言いかけたエリザだったが、気になる単語に気付き、言葉を止める。


「? 彼女って誰よ……?」

「ああ、そういえばそうだったー。もう出てきていいよー?」


 そういって、明後日の方向に呼びかける少女。

 しかし、ここは純白の世界。エリザたち以外に何も存在しておらず、どこからも反応はない。


「いっけなーい。ドジっ子しちゃったー。こうやっても聞こえないんだったよー。では、ぽちっとなー」


 わざとらしく失態を示した後、少女は何もない空間に突如浮かび出た赤いボタンのようなものをプッシュする。


 すると、中空の一か所が扉のように開き、同時に何かが落下した。




「むーっ!? むむーーっ!?」




 目隠しと猿轡(さるぐつわ)で拘束。

 手足を縛られた幼女が、転がった。




「「ッ!?」」


 突然の犯罪臭に、ぎょっとする二人。


「き、騎士さーんッ!? 来てーッ!? 早くこっち来てよーぅッ!?」


 思わず涙目幼女と化して慌てふためくエリザ。

 ロリ好きとはいえ、流石にアレ過ぎる光景に、クリスでさえドン引きする。


「あ、あの。こういうのは、そういうプレイで同意の上に行うからいいのであって、ですね……? ブラックロリコン淑女発言、した覚えはありますが、実際目にしてみると、これは過剰なサービスだと……」

「誤解しないでねー? わたし、どっちかというとー、するよりされたいほうだからー」

「ッ!?」


 見た目ロリからの被虐性欲発言に思わず動揺するクリスを無視して(彼女は気付かないが、これは翻弄を尊ぶ少女の出鱈目発言である)、少女は拘束を解いていく。


「摂理の守護者とか邪竜だ災厄だとかの前にー。彼女も一人の女の子だからー。百合っ百合なヒメゴトとか、ちょっとアレかなって思ってねー?」

「……! それって」


 少女の発言により、クリスたちは拘束されていた彼女の正体にようやく気付く。



「…………きょ、恐怖の、極み」



 拘束を解かれてぷるぷると震えるのはナギだったのだ。

 角や翼などを完備したドラゴン娘姿のナギに、少女はひょうひょうと謝罪する。


「怖がらせてごめんねー? でも、そのおかげで見ないですんだよー? かみさまだってドッキドキなふーふの語らいー。見ても聞いても卒倒ものだしー」

「知ってるよ。そんなものより急に真っ白な世界に呼び出され、訳も分からず困惑する中、突然背後から襲われて、自由を奪われ、何も見えない、聞こえない、体をくの字から動かせない状態で、狭い空間に押し込まれる方が、よっぽど卒倒ものだって……」

「あ、あはは……」


 光の消えた瞳で実体験から語るナギの姿に、敵対した相手でありながら、さしものクリスも同情を禁じ得なかった。

 ナギのトラウマ具合はいかほどかとと問われれば、貴重なノーハイライトなお目目の幼女なのに、このクリスがはぁはぁできないほどであった。

 

「お前たち、ホントに一体なにがしたいのよ? お願いだから、最期くらい邪魔しないでくれる? 少しくらい浸らせてくれても……いや、もう台無しだけど」


 仇敵の揃い踏みでありながら、脱力せざるを得ない空気感に心底うんざりしたエリザは、本音を押し隠すことも忘れ、いじけた様子だ。

 虚無の世界の地面を人差し指でいじり始めたエリザに対し、少女はぺこりと頭を下げる。

 

「ごめんなさーい。でもでも大目に見てほしいなー? だって最期にさせたくないんだもーん」

「え?」

「ど、どういう意味です!?」


 驚愕する二人を、少女は強く見据え、




「生き返らせる」




「「ッ!?」」


 彼女は、心から言い切った。


「望んだよね? 願ったよね? 愛する者と生きたいと。心の奥の奥のほう。仕舞い込んでいた本当の想い。本当の悩み。溢れさせて煌めかせたよね」


 驚きに声が出ない二人に、少女は伝える。


「その願い、わたしがきっと叶えてみせる。ハッピーエンドの向こうへと、未来へ向かう奇跡の大橋。わたしがきっと、架けてみせる」


 嘘でも出鱈目でもない、真剣な声音。

 憎むべき光の存在。その頂点と呼べるモノ。

 そんな者が行うと言ったのは、自分たちが望んで止まない奇跡の提案。

 

 願ってもない僥倖に、矜持を捨てて首肯したいところ。


 だが。


「ふざけるなッ! よりにもよって、その口でッ!?」


 エリザは途端に拒絶した。


 傍らのクリスを慮る。

 のたまった少女の力により、かつて絶望を経験し続けたその体は、計り知れないトラウマに震えていた。


 青ざめるクリスを瞬時に庇いながら、エリザは少女を牽制する。

 尋常ならざる殺意を纏う姿に、少女は神妙に頷いた。

 

「ごめんなさい。配慮の足らないことだっていうのは分かってる。だけど、今回だけは容赦してほしい。あなたたちの願い、叶えるために」


 真剣な声音を見せるも、憤怒が消えるわけがない。

 そもそも、そのような所業、簡単に成せるわけがない。

 切に願っているがゆえ、その提案が許せないエリザは睨みつけながら語る。


「黙りなさいッ! そもそも、そんなことできるはずがないでしょうッ! あたしもクリスも、もう死んだのだからッ! いいえそれ以上ッ! この魂は砕けたのだからッ!」


 戦闘により命が尽きたのであれば、蘇生アイテムや蘇生魔法などで復活することは可能である。


 だが、今回は違う。

 二人の命はもとより、その魂は砕けてしまったのだ。

 そこから再起する術なんて――


「できるよ。今ならできる」


 しかし、少女は確信と共に断言する。


「本当なら、こんなことは誰にもできない。魂まで砕けているんだ。そんな存在を救い出すなど摂理に大きく反する行い。神様にだってできるものか」

「……ほら、そうでしょうが」

「けれど、今回だけは違う。完全とまではいかないけれど、昔の姿に戻れているわたし。平和を愛し、人々を愛し――未来を愛した、超常を希望と滾らせていた、わたし」


 胸を張って宣言しながら、その言葉尻には自嘲が含まれていた。

 それも、すぐに掻き消し、彼女は高らかに続ける。


「そして、心の底から愛する人との生を望んだ二人。通じ合った心は、奇跡への扉を現出させる。……そして」


 視線を向けたのは、瞳に強い光を宿しているナギだった。


「死の代行者。彼女の心が死した魂の逆行を望んだ。摂理の守護者がそれを捻じ曲げる未来を望んだ。未曽有の災厄の異例の助力。尋常ならざる存在の、強靭な意志が後を押した。その想いは、不可能をこじ開ける鍵となる」

「……このわたしは、わたしの心の一部。本体ではない写身のようなものだけど、わたしは確かに願っている。できるなら、あなたたちには、幸せを感じて生きてほしいって」

「……お前」


 本体と同じく、表情の乏しい彼女ではあるが、これも同じく心に宿した温かさは隠せない。

 優しく願う彼女の姿に、エリザは言葉を失い感じ入る。


「あなたたち二人が、最期に会いたいと心の底で願っていたから、この空間は作り出せた。幸せを望む写身を呼び寄せられた。これは本当に無二の機会だ」

「……だと、しても」

「その提案、受けさせてもらえますか?」


 渋るエリザの後ろから、澄み切った声が響く。

 凛とした立ち姿を見せるクリスがそこにいた。


「待ちなさいッ! お前、本当にいいのッ!?」

「あなたと二人、一緒に生きていける可能性が少しでもあるのなら、迷う理由などありません。そんなもの、ないのです」

「でも、アイツには前科があるのよッ!? もし、また永劫を生きることになったら」

「あれは、わたしの弱さが産んだ結果。孤独な心が至った結末。だから、今ならきっと大丈夫です」


 確信めいて語るクリス。


「わたしは、あなたと生きていきたい。……だから」


 だが、体の震えを隠すには、永劫の苦難は重すぎて。


「……!」


 その手に、温かいものが触れる。

 視線を上げるクリス。


「今度こそ誓うわ。たとえどうなろうとも、あたしはお前から離れてやらない。愛するお前を、孤独なんぞに犯させるものか」

「……エリザ」


 震える瞳を、エリザは直視する。


 脅えても、竦んでも、諦めるという選択肢はクリスにない。

 エリザと一緒に生きるため、懸命にトラウマに向き合っているのだ。


 だから、今だけは、そっぽなんて向いてやらない。


 愛からの決意を受け、クリスの瞳から感情が零れそうになる。

 クリスは、慌てて俯き、目元をごしごしと擦った。


 そうして、すーはーと大きく深呼吸をする。

 そしておちゃらけた様子で苦笑する。


「いけませんいけません。照れ屋なロリっ子ヴァンパイアからの突然の愛の告白だとか、一瞬心臓が止まっちゃいましたよー」


 先までの深刻さに素知らぬ顔をするように、クリスは背を向けてうーんと伸びをする。


「そうですねー。まあ、もし失敗したとしても、そこはそれ。世界一可愛いロリっ子をずーっと独占、全身くまなくペロペロし続けられるとか、ご褒美過ぎて最高ですし。いや、むしろ失敗したほうが良いのではないでしょうか?」

「お前ねぇ」


 悪戯っぽく視線を向けてくるクリスに、エリザは苦笑した。

 そして、クリスは何でもない様子でエリザへと向き直る。


「エリザ」

「なによ?」


 彼女は、染み入るように、口元を綻ばせていた。


「……ありがとうございます」

「うんっ」


 そうして互いに微笑み合った。


「決まったみたいだね」


 揃って頷く二人を前に、少女は真剣な眼差しを向ける。


「これより、魂の再構成、現世への帰還を執り行います」

「お願いします」

「特別に従ってやるわよ」


 向かい合おうとする二人に、ナギが近寄る。


「……その前に、謝らせて。ひどいことして、ごめんなさい」

「ふん。お前が謝る必要はないわよ」

「こっちこそ、ひどいことしてって謝るべきなのでしょうね。お仕事の邪魔してしまってって。もっとも、今だから言える、虫のいい謝罪なのですが」

「……ううん、いいよ。でも、あと、もうひとつだけ――」


 そうして、ナギは二人につぶやく。


「――」


 そうして語られた言葉に、二人は驚きを隠せない様子を見せる。

 そうして、幾度か言葉を交わした後。


「ふん。その程度? あたしたちには役不足よ」

「いいえ、むしろ役得過ぎですッ! 大義名分なきゃっきゃうふふっ! 頼まれなくても喜んでッ!」

「……ありがとう」


 ナギは、微笑を湛えて感謝を零した。


「それじゃあ、そろそろ始めるね」

「あたしたちはどうすればいい?」

「想い合って。大好きな人との幸せを。至りたい日常を。強く、強く、はち切れんほどに。希望を諦めない強さこそ、奇跡を引き起こす力になるから」

「分かりました」


 少女の指示に従い、二人は向かい合って指を絡める。


「エリザは、もし生き返ることができたら、何がしたいですか? わたしにできることならなんでもしますよ? ううん、させてくださいお願いしますはぁはぁ」

「息が荒いし気持ち悪いッ!?」

「そういいつつも、絡めた指は離さない優しさ、わたし、素直に達してしまいそうですッ!」

「この緊迫の場面でそーいうこと言うッ!?」


 ぶるりと震えるクリスに鋭くツッコんだ後、エリザは苦笑する。

 これは、不安を押し隠すためのあえての普段通りの行い。

 他の誰が気付かなくても、自分だけは気付いてあげられる。

 通じ合った彼女のことなら、お見通しなのだ。


「まあ、でもそうね。このあたしをここまで好き勝手に弄んでくれたわけだし……」

「はぁはぁ……! ついにロリっ子に、理性ある者としての尊厳が失墜するほど、性的に滅茶苦茶にされるという大願が……ッ!?」

「そういうこと口にしてる時点で、尊厳なんて既にないわよッ!?」


 やっぱりただ発情しているだけかもしれない。

 だらしない顔をする彼女に頭痛を覚える。

 

「にゃ、にゃはは。今更だけど、出遭ったっていうのはクリスちゃんのことだよねー。……弟子ちゃん、よく無事だったなぁホント」

「……やっぱり、鬼嫁ちゃんより、すっごく怖い」


 近くには、神威を奮いながら口元を引きつらせる少女と、真っ青になって震えるナギ。

 エリザは、心底、心中で土下座した。

 

 強く咳払いした後、エリザは真面目な面持ちとなる。


「誓いなさい。生き返ることができたなら――」

「ええ、喜んで。生き返ることが、できたなら――」




「「二人で一緒に、幸せをッ!」」




「幸福へ向かう架け橋に、わたしは絶対、なってみせるッ! 今は、絶対、違えないッ! 純なる願いに応える御業、御覧じろッ!」




 


「さあ、今こそ見せてみよッ! ……愛は、奇跡を起こすって……!」



 ナギの口から尊大と懇願が響く中、虚無から未来が溢れていく。

 

 

 

***




 優しい語らいを、見た気がした。


「……!」


 はっとして、ナギは辺りを見回した。

 だが、周囲には優しさも奇跡も溢れてはおらず。

 無機質な夜風が、戦いの名残であるガレキの砕けた粉塵を、闇に溶かしているだけだった。

 

 早すぎる死の運命に翻弄されながらも、最期まで想い人の幸せを願った優しき闇の姫君も。

 希求した人並を投げ捨てて、永遠の聖に戻ってまで、姫を救おうとした苛烈なる少女も。


 もはや、見る影もなく。

 彼女たちが確かに生きていた証は、この場にひとかけらも残ってはいなかった。


「……ううん、違うよ。知ってるよ。確かに、ここに、残っている」


 思考した後、影差す顔で一人つぶやく。


 この手に握られた、光り輝く清廉な剣。そこに残った感触と。

 無感情を装う面持ちを強く苛む、計り知れない罪悪感。


「それこそ、証。わたしが、彼女たちを――終わらせた」


 自分は正しい選択をした。

 彼女たちの苦渋を断つことができた。


 最善ではない。

 だが、選べる最良の手を下したのだ。

 



 あの時みたいに。




「……!」


 覚えた眩暈は、戦いの疲労だけではきっとない。

 それを証明するかのように、無表情を装い続けたその面持ちが、今、はっきりと崩れていく。


「うう、ううう……! うあああ……!」


 崩れ落ちた彼女は、声を上げて慟哭する。

 

「わたしは、また壊したッ! 壊したッ!」


 繰り返したバッドエンド。

 思い合う少女たちを、また救えなかった無力感。


 彼女は、確かに心を痛めて涙していた。


「それしかできないッ! 壊すことしか――終わらせることしかできてないッ!」


 摂理の守護者なんて大層な存在と変わっても。

 残された力を贖罪と奮っても。


 それが一体何となる。

 救えなければ、幸せをもたらせなければ、そこにはなにも意味がない。


 一刻も早く冥府へ戻らなければ、封を施してもらわねば、自分の身体は消滅する。

 だが、そんなことを気にすることなどできないほど、ナギは憔悴しきっていた。



「■■、ごめんね……。わたし、また――」


 夜風に掻き消されたのは、誰の名前だったのだろうか。

 しかして、応える者などこの場にはなく。

 落涙は、夜を悲しみに染め上げる。


 この夜を終わらせることができる者など、どこにも――




「だから、幼女がそういう顔しちゃいけませんって」




「!」


 思わぬ声に、身を震わせる。

 聞こえるはずのない声に、顔を上げる。


 それは夜空の中心に。

 暗雲に隠された満月が、雲間から執念深く顔を覗かせた瞬間に、月を背後に屹立す。



 夜闇に妖しく輝く影は、もちろん二つ。



 夜風にはためくゴスロリ服。

 袖を通すは、闇の姫君。

 月光を受け輝く銀髪は、夜の闇を装飾として、きらめきを増す。


「いつもなら、またロリコン発言かと、唾棄するところなんだけど。今回ばかりは同意してあげるわ」


 再起に燃える双眼は、絶えない決意の如き紅色に輝き。

 絶望こそを嘲ると、白磁の肌の幼い口元を歪ませる。


 そんな彼女が目配せするは、最愛を誓った存在。

 愛しの少じ――


「…………え」


 そこで、絶句する。

 変化に気付き、破竹の勢いを一瞬で停止させられ、唖然とするばかりの姫の隣で、力を滾らす存在が一人。


「バッドエンドは認めませんッ! 再起した漆黒の闇ふーふが、ブチ砕くと誓いましょうッ!」


 その身に纏うは、揃いのゴスロリ服。

 しかし、光からの決別を意味するかのように、溢れるような金髪は、奈落の如き紫と変わり、腰まで伸びるはツインテール。

 碧眼は、くりくりとした真ん丸な紫の瞳に。

 

 肢体に収まりきらない闇の力を決意と変えて滾らせるのは、豊満な肢体を晒す少女――ではなく。



「全世界のロリコンの皆様、お待たせしましたッ! ぷにぷにもちもちっ! 闇の幼女で妖女なクリスちゃん、今、ここに爆☆誕、ですッ!」



 なぜだかつるぺた幼女と化した、ロリコンだった。



「いや誰よお前ええええぇッ!?」



 奇跡の再誕を披露した直後とは到底思えないツッコみが、夜闇を裂いて響き渡った……。




モブ厳を回避した奇跡の売り子「えッ! なぜにッ!? ここでどうして幼女化するのッ!? 脈絡無さすぎにもほどがないッ!? どうしてどこぞの誰かが自分の嗜好を展開無視して捻じ込んだ感じになってるのッ!?」

心は乙女の黒一点「うふふ。まだまだ甘いわね、リーダーちゃん」

モ「そ、その声は、我らが反抗グループ黒一点、心は乙女のレオンハルト――」

心「本名はやめて(迫真)。れおちゃんって呼んでリーダー(目力)」

モ「そ、そうだったわねごめんなさい。ところで、れおちゃん、あなたはこの展開に疑問がないと?」

心「むしろ、この脈絡のなさこそ必然よね。目の前で幼女と化した愛しい妃。衝撃の変貌に、もちろん姫様は戸惑うの。だけど、見た目は替わっても、その心は変わらないまま。よその女に脇目を振らず、情愛のすべてを一身に注いでくれていた、あの子のままなのッ!」

モ「……ッ! つ、つまり……」

心「そう、姿形なんて関係ないッ! 変貌への驚愕は、二人の愛を殊更とする薪へと変わるのッ! あまあまないちゃらぶは、さらに加速していき……ッ! ああんっ!」

モ「そこに気付くとは流石れおちゃんッ! ああ、見えるわッ! あたしにも見えるッ! 姫様たちが、もっとゆりんゆりんする未来が見えるぅぅぅッ! モザイクの向こう側あああぁッ!!」

心「……と、それはそれとしてなんだけど」

モ「? なにかしら?」

カリスマな余も今は昔「……あ、ああ、ああぁあ……」

心「女王様、どうされたのかしら……? 頭抱えて呻き声上げてるけれど」

モ「いや、それは当然よ。どんより絶望の鬱展開から、大勝利待ったなしの覚醒展開、狭間より抜け出られるのも時間の問題となった今、先の末期が気になっているのよ。あんな醜態を披露された手前、合わせる顔が粉微塵なのよ」

心「あ、ああ、なるほど……。アレは流石にアレすぎたものねぇ……」

カ「……うふふ」

心「あ、あら? なにしてるのかしら。やおら立ち上がって、胸元から何かを取り出して……って、え、あれ、銀の杭」

カ「よーし、死ーのうっと☆」

モ&心「「ちょおおおぉッ!?」」

カ「止めてくれるなどうして止めるッ!? ええい放せッ! 放せええぇッ!」

モ「落ち着きましょう女王様ッ!? 現世の娘さんが悲しみますよッ!?」

心「そ、そうよっ! 早まらないでくださいなッ!?」

カ「あんな醜態晒した手前、素知らぬ顔で再会できるかああぁッ!? 冥府のあなたッ! 熟れた肢体を持て余す夜更けの未亡人、ツェペシュが今、参りますわっ!」

モ「いや参らないでッ!?」

心「目の前で女王様見殺したとか、国のみんなに八つ裂きにされちゃうッ!?」

カ「らめッ! もうらめなのッ! エリザちゃん、こんなママ、見ちゃらめええぇぇえッ!」

モ「とめどなく増幅するは黒歴史ッ!?」

心「ご乱心、ご乱心よおおおおぉッ!?」


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