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Lily×Monster ~モンスター娘と百合コメです!~  作者: 白猫くじら
続・ロリっ子ヴァンパイア×薄幸の(元)修道女
53/58

はぁはぁしないでね?


「どうしてッ!? どうしてよおおおおおおおッ!?」


 悲しみが終わったはずの教会跡に、少女の慟哭が響き渡る。

 

 救ったはずだった。

 救えたはずだった。


 この地で。

 この場所で。

 

 全てを捧げて愛しい彼女を救い出した。

 あの時、確かに救い出したはずなのに。


「なんでッ!? なんでお前はッ!? また……溢れてッ!?」


 今にも果てんとする壊れかけの身体。

 掛かる負担など忘れ、絶叫する。


 感情の先に立つのは、愛する彼女。


 美貌を湛えるその肢体に、捧げてあげた闇はなく。

 お揃いだったゴスロリ服は、無残に吹き散り。

 聖なる光にて衣裳替えした彼女の肢体は、いつかの修道衣へと包まれていた。


「言ったのにッ! 戻らないって、言ったのにッ!?」


 信じたくない。

 信じさせてほしくない。


 なのに、この身に感じるのは、いつかの感覚。

 この弱り切った死に体の体でも確かに感じられるほどの、類を見ない神聖さ。


 目の前に立つのは、ようやく人並の幸せを掴みとれるようになった彼女ではなく。

 聖なる呪いに縛られて、永久に転生することを定められた、神の下僕。


「あ、ああ……。あああああぁああッ!?」


 頭を抱えて絶叫する。 

 どうして彼女は戻ってしまったのか。


 ようやく、これから幸せになれるはずだったのに。

 ようやく、確かな生を重ねていけるはずだったのに。

 また、神なんぞの手足に――歯車とも呼べない欠陥品に、戻ってしまったのか。


 それは、自分のせいだ。

 彼女を幸せに導く力が、自分になかったから。

 小さな手のひらから、彼女の幸せが零れ堕ちて。


「……ーーーッ! ―――ーーッ!?」


 言葉にならない絶叫。絶望。

 壊れかけの体からは、もう、涙すら流れない。

 

 これだけ捧げて。

 全てを賭して。

 それでもなお、大好きな彼女を救い出せない。

 大切な人を、死ぬよりつらい場所に、戻してしまう。


「…………ごめん、なさい」


 好きな人一人、幸せにできないまま。

 少女の意識は、暗闇へと沈んでいく。




***




 絶叫し、錯乱し、発狂し。

 あらん限りの負の感情に苛まれエリザは、こと切れるように倒れ込んだ。


 その肢体を支えたのは、クリスではなく、ナギだった。


「……かわいそうの、極み」


 開いたままの瞳を、そっと閉じさせる。


「まだ、魂は壊れていない。耐え切れなくなった心が、強制的に閉ざされた」


 死神の能力で魂の僅かな健在を見抜きながら、彼女は優しくエリザを横たえさせた。

 

「……何をしたのか、分かっている?」


 一転、抑えきれない怒気を含ませ、クリスに対峙する。

 傷つくエリザを想う姿が、彼女がただ奪うだけの存在などではないと表わしていた。


「……ええ」


 クリスは手のひらを見つめ、握って開く。

 感じるのは、永きに渡って己を縛った聖なる力。


「ヒール」


 ぽつりと唱えたのは、初級の回復魔法の名。

 本来ならば、多少の切り傷程度しか回復できないその魔法で、クリスの深手は全快する。

 潰れた内臓まで完治させるその異常さが、本当に戻ったことを自覚させた。


「体の中でせめぎ合う、光と闇。その波が光に傾いた瞬間を見計らい、ヴァンパイアの力を応用。本来光を相手取るはずのそれで、闇の力を濾過(ろか)させました。そうして補助してやれば、恥知らずな光が息巻いて、この通り」


 戻ったのは、使い慣れた忌避した身体(ちから)

 二度と戻らぬと誓ったはずの呪いの人型。


「ですが。これで、ようやく――」


 瞬間、クリスの姿が消える。

 ナギが驚き、目を見張った瞬間、


「あぐぅッ!?」


 拳は、既に腹部にめり込んでいた。


「――やっとマトモにりあえる」


 剛撃に吹き飛び、教会の石壁を崩落させるナギを見ながら、確かめるようにつぶやいた。


 たとえ何を犠牲にしても。

 今の自分の最優先は、エリザのことだけ。

 そのためならば、なんでもする。

 躊躇いなんて、微塵もない。


「……そんなこと、聞いてるわけじゃ、ない!」


 瓦礫を吹き飛ばし立ちあがったナギは、傷を負った身を顧みることも、土埃を払うことも忘れて激情を宿す。


「彼女を本当に思うなら、今、あなたが一番とすべきは、あなた自身のはずッ! そのくらい分かってよッ!?」

「分かっています。……それでもわたしの一番は、自分よりも、彼女だから」

「そういうのッ! 分かってるって言わないッ!」


 無感情を脱ぎ捨てたナギは、転がったままとしていた大鎌を無造作に拾い上げる。


「あなたがどうなったところで、彼女の魂を救う術は残虐の他に存在しないッ! 万が一、世の果てにあったとしても、試行する時間なんて残っていないッ! なのにあなたは、どうして彼女を苦しめることばかり……ッ!?」

「たとえそうだとしても、諦めることなんてできません。だってエリザは、わたしを救ってくれたんです。そんな彼女をむざむざ死なせることなんて……できるはずがないでしょうッ!?」

「そんな彼女が信じた希望をッ! 大事な人の幸福をッ! その手でむざむざ死なせた癖にッ!」

「……ッ!」


 正論に胸が痛くなる。

 確かに、ごく僅かな可能性に己がすべてを捧ぐより、彼女たちが言うように、未来へと向けて歩んだ方がいいのかもしれない。

 

「……だとしても。わたしは、エリザをッ!」


 クリスにとっての幸福は、彼女と共に歩むことだけだから。

 大切な彼女と、微笑み合うことだけだから。

 たとえそれが、一時のものとなろうとも。

 大事な彼女を失って、自分だけがのうのうと生きることなど、決してできない。


「彼女の最期、看取らせるべきだと思っていたッ! だから今まで看過したけど、これ以上は容赦無用ッ! あなたも狭間で反省してッ!」

「エリザは絶対逝かせません。全て捧げて救うのですからッ!」



 一対一。


 邪魔する者のいない地で、聖女と死神は、その激情をぶつけ合う。




***




 エリザを救い出すための障害、死神のナギ。

 聖女に戻るという救いがたい愚行に走ってようやく、クリスは彼女と戦えていた。


 永年纏い、慣れざるを得なかった自分に戻り、本来の戦いを行える。

 聖女としての力を完全に発揮した戦闘は、熾烈を極めていた。


「逝ってッ!」


 クリスの得意とする近接での戦い。

 何度かの打ち合いの後、見計らったナギが大鎌を奮う。


 一撃受ければ即敗北。

 対象を異界へ送ることに特化したその得物が、クリスに迫る。


 その一撃は、確かに鋭い。

 身の丈を超える大鎌を手足のように扱うその技量は、永年戦いに身を置いたクリスからしても、感服に値するほどだ。


 だが、それでも歴戦に戻った彼女には通用しない。


「そのイッてはいらないとッ!」


 連撃に乗せられた見事な振り下ろしを前に、クリスは後退することなく、刃を恐れず鋭く踏み込んだ。


「だあああぁッ!」


 密着せんほどの踏み込みによる、大鎌ゆえの内側の射程外。

 鎌が空切る音より早く、空振りの挙動に入る隙を逃さず、先に打ち据えた腹部目掛けて豪快な拳を唸らせる。


「ッ!?」


 しかしてナギも縋り付く。

 回避不可と見るや、振り下ろした腕を無理やり体ごと丸める。

 受けるままとなるはずだった大気を唸らす拳を、大鎌の持ち手と両肘を重ねて防御。

 攻撃の勢いを殺さずに、衝撃を使ってそのまま宙返りして距離を取ろうとする。


 そうして宙を舞うナギ。

 付随して、ひらひらと揺れる純白のスカート。


「やっぱり黒おおぉッ!」

「〜〜ッ!?」


 死闘の最中にも関わらず、中を見通して獣の咆哮を上げる姿に、ナギは遅れてスカートを抑えた。

 

 だが、その挙動こそ、クリスの渇望。


「『パニッシャーッ!』」

「ッ!?」


 突き出した腕から放たれたのは、着地の間際を狙った完璧な一撃。

 防御姿勢が遅れる彼女に、凶悪な光の奔流が襲い掛かる。


 闇夜を引き裂く激しき閃光。

 直撃させることができたのは、クリスがさんざっぱらシリアス場面でもロリっ子に発情するという奇行を見せつけ続けていたからであった。

 もっとも、それは素直に発情していただけで、後の攻防で不意を突く布石という意図などなかったのだが。


 ともかく、聖女渾身の御業は、特効のある魔物も、それ以外の存在も、一撃受ければ本来再起不能となる威力であった。


「……今のは、効いたよ」


 だが、その直撃を受けながら、ナギは未だ健在だった。

 手傷を負ってなお、闘志を剥き出しに立ちあがる。


「あれを受けて立ちあがりますか。流石は死神というべきでしょうか」


 死神は不吉などというイメージを生者はどうしても描いてしまうが、魂を運び、転生させるということは、新たな命につなぐということ。

 連綿と続く命の運び手とは、すなわち希望の使者でもある。


 畏怖される死、その代行。

 魂を転じさせる命の運び手。


 よって死神は闇と光の両方の属性を合わせ持っているのである。

 

 ナギが健在であるのは、持ち合わせる光の力が、聖女の攻撃に抵抗を見せた結果であろう。


(それとも、ナギちゃんだからというべきなのでしょうか……)


 経験に基づく後半の類推は口に出さず、置き留めるのみとする。


 表向きひょうひょうとした態度を見せるクリスに、ナギは憐憫混じりにつぶやく。


「あなたは、本当に戻ったんだね。不干渉が通用しない」

「無駄ですよ。ちいちゃなお口からのえっちぃ発言で戦意を失わせようとしても。むしろヤル気が出てくるだけです」

「……あの。どこかおかしなセリフがあった……?」


『不干渉』に反応するクリスに、ナギは理由が分からずとも引き気味となる。


「ホントにそうなのか、あの手この手で色々シたくて、すぐかせたくなるでしょうッ!?」


 躍り掛かるクリス。

 道楽ゼリフとは裏腹、聖女が瞳に宿すのは、慈悲ではなく残酷だ。


 この場に立つのは、聖女ルミナス。

 神の祝福を一身に受け、名も知らぬ者たちの幸せのために永遠戦い続けた、聖女という名の修羅の顕現――ッ!


「という訳で、まずはわたしからイきますねッ!」


 一部分不適切に聞こえるのは気のせいだろうか。

 ともかく宣言通り、クリスはナギを目掛けて一直線に突っ込んでいく。


「! 調子に乗ってッ!?」


 死の代行を前に対して真正面から突っ込む無防備、それが不快だったのだろう。

 大鎌を手に、ナギは疾走してくる。


 相容れない許せぬ存在。

 両者が互いに思えばこそ、交錯までに刹那も要らぬ。


 跳躍し、かたや拳、かたや得物を振りかぶる。


「死神相手に真っ向勝負なんて、愚かの極みッ!」


 先んじて激情を漏らすナギ。

 今度は外さぬと、必滅の一斬をクリスへ見舞う。


「そんなもの、知ったことではありませんッ!」


 対するクリスは構うものかと、輝く拳を唸らせて――



「――って、言うと思いますよね?」



 突如、したり顔で笑いかけた。


「ッ!?」


 息を呑むナギ。

 両者の交錯地点。そこに突如現れたのは光り輝く扉。

 勢いそのまま、クリスは開かれた扉の中に飛び込んだ。


 閉ざされると同時、消失する光。

 大鎌は空しく宙を斬る。

 

 不意を突かれたナギは、姿を消したクリスの行方を捜し、視線を巡らせようとする。

 だが、その挙動は許されない。


「『パニッシャーッ!』」

「ッ!?」


 間を置かず叩き込まれる光の奔流。

 死角からの一撃に、成す術無く直撃を許す。

 

 諸共に砕けた地面が土埃を上げる中、夜空高くに開け放たれているのは光り輝く扉。

 神聖さとは裏腹、砲撃台とされたその中から、クリスがふんわりと舞い降りる。


「聖女の癖に汚いよ――だなんて、おっしゃらないでくださいな? むしろ、だからこそ、ですので」


 弱きを救うための存在。

 それ故に、直面するのが対等な事態ばかりのはずがない。

 天秤が邪悪に振り切った事件になんて、数えきれないほど遭遇した。


 救うために思考を欺き、心を乱し、不意を突く。

 真っ向から挑むような青臭さなど、とうの昔に捨てていた。


「……そんなこと、言わないよ」


 土埃の中から現れたナギは、不意打ちにより負傷していながらも、なぜか胸を撫でおろしていた。


「さっき不意を突いたこと。そして再びの食わせ者。確信した。すべては見越した上だったんだね」


 彼女は己が油断を恥じ入るようにつぶやく。


「尋常ならざるちびっこ大好きさは変態の極み。だけど気持ち悪さのすべては、ここぞのための懐刀。相手の油断を誘うため。必滅の暗器で穿つため。すなわち、常在戦場の心意気」


 許せぬ敵でありながら、しかしてあっぱれとナギはクリスに感心する様を見せていた。

 

 ……だが。


「え?」


 クリスは、思わずきょとんとした。

 

「え?」

 

 予想外の反応だったのだろう、ナギもきょとんとしてしまった。

 その後、彼女はうっすらと冷や汗を浮かべながら尋ねてくる。

 

「あ、あの。どうして、『え?』なの?」

「いや、対象の排除に手段をえらばないのは仰る通りですが。わたし、演技なんかでロリっ子好きじゃありませんよ?」

「…………え」


 あっけらかんと伝えるクリスの言葉に、ナギはしばし硬直する。


「う、嘘。そんなわけ、ない」


 やがて、青ざめた顔となる。


「架空の存在だと信じたい、計り知れないちびっこ好き。あれは、迫真の演技。今、知ったよ?」


 全身を震わせながら、ナギは懇願すら込めてクリスに迫る。


「安心したよ? あのヴァンパイアたちは騙せても、死神の目は誤魔化せな――」

「いやいやだから違いますって。ロリコン淑女はわたしの矜持。幼女を見てはぁはぁすることが、わたしのライフワークでありますので。生きがいとも言えましょうか?」


 もちろん、最優先はエリザですがと、強く付け加える。

 さも常識であるかのように語るその異常に、ナギはもはや縋り付かんばかりの勢いだ。


「ち、違うッ! そんなはずないッ! 殺意なんかより、よっぽど怖いぬめぬめはぁはぁした感情ッ! 命を取られるよりも恐ろしいナニカを感じていたのは気のせいだって、わたしは安堵したッ! よかったよかったって思ったッ! わたしのほっこりッ! 嘘だなんて言わせないでッ!?」


 もはや涙すら浮かべているようなナギである。

 だが、そのような顔をされてもギャップ萌えこそすれ、己が嗜好は変わらない。

 正直エリザの命のかかった差し迫る事態であるのだが、このままではなんとなく気まずい。

 一時休戦とばかり、クリスは大きくため息をつく。


「まったくもう、仕方ないですね」

「! ここで、壮大なネタバラしが――」


 期待したナギは、瞳に光を取り戻しかけるが――




「〇×▽◇●‘*――ですッ!」




「ッ!?」


 突如轟いた大音声に、硬直した。


「このような出会いをしていなければ、わたしはナギちゃんの可愛らしい●●●●●●を濡れそぼ●●●●●して、■■■■をこねくり▽▽▽▽することを所望し、実行し、陶然とする予定でしたッ!」


 あまりの妄言に世界が危機感でも覚えたのだろう。

 ツェペシュが本のタイトルを語った時の非ではないほど、クリスの発言にはノイズが混ざり、常人にははっきり聞き取れない。


 だが、この世の埒外であったばっかりに、ナギの耳には聞き知れないねっとりした成人指定の単語たちが、直にモロにぶち込まれていく――ッ!


「あ、あ、あ……ッ!?」


 脅えて耳を塞ぐことすらできないナギに、一瞬で発情したクリスは熱弁を奮う。


「いえむしろッ! ぷっくりとした●●●●■なんかを、こう、ちゅっちゅちゅっちゅと、タコさんちゅーちゅーで■■■■を■●▽×して●●●●してみたりッ!?」

「知らない……ッ! そんな言葉、いらないッ! いれないで……ッ!」

「××××が×■▽で、耐え切れず涙ぐむロリっ子にわたしもたまらず×××で●●●●なぐへへ■■■■」

「…………助けて」


 開廷せずに即処刑しても、万人が涙を流して快哉を叫ぶほどの欲望を存分に垂れ流した後、クリスはほっこりつやつやした顔で身をくねらせる。


「――とまあ、こんなことをわたしは常々考えちゃったりしてるわけなのですよぅっ! 自分でいうのもなんですが、これほどの熱の籠りよう、ただの演技でできるわけが――って、おや?」

「…………(ドン引きの極み)」


 元から正気だったクリスの前には、座り込んで怯えきり、光を失った瞳でガタガタと震えるナギがいた。


「……ロリコンさん、怖い。……鬼嫁ちゃんより」

「え? なんですって? ナギちゃん?」

「!」


 そこでクリスの呼びかけを聞いたナギは、正気に戻るより早く飛びのいた。


「あらら?」


 きょとんとするクリスの前で、ナギはがくがくと震えていた。


「信じたくない。信じられない。でも、あなたはここに実在している。そのちびっこ好きは、本物なんだ。」

「いえ、だから最初からそうだと言って」

「あなたのような存在、このまま解き放つわけにはいかないッ! あの娘という首輪が外れた今、あなたは、今、ここで――!」

「なんだかよく分かりませんが、負けられないのはこちらも同じッ!」


 なぜだか背水の陣の如く決意を燃やし始めたナギに疑問を覚えながらも、クリスも負けじと相打った。


 そうして激戦は続いていく。

 摂理の守護者たる死神にクリスの攻撃はなおも通用し続ける。

 それはひとえに聖女が摂理の埒外たる存在だから。

 半端に力が残っていた先ほどまでとは違い、完全に聖女となった今、クリスの攻撃は減衰されることもなく十全にダメージを与えることができていた。


 相対するナギの技巧は卓越の極みであるが、クリスはそれを優に呑み込む。

 束になっても敵わなかったナギに、クリスはただの一人で優勢となっていく。

 ナギの顔に焦りの色が見え隠れし始めたのがその証拠であった。


 光を纏った拳と蹴り。

 人には出せない超火力の浄化の一撃。

 的を絞らせず死角から不意を突く、光の扉での転移の技。

 己が寿命を惜しむことなく、聖女としての力を用い、クリスは死神を追い詰めていく。


(漲り溢れる光の力ッ! これなら、わたしの命が尽きる前に――ッ!)


 クリスの聖女化とは、何をせずとも自然に発動するものであった。

 転生すれば、やがて聖女として覚醒する。

 その力の強さは、その際の彼女自身のモチベーションに多分に比例する。


 だが、神より賜ってしまった使命。幾度となく繰り返される転生。

 心が擦り減り、感情を徐々に失い、人としての在り様からも外れていく。


 転生の晩年(という表現が正しいかは分からないが)、憔悴しきった彼女は、エリザと出会ったあの時のように、他者の悪意により自我を失う聖女化を繰り返し、無様な死に様を何度も晒していた。


 だが、此度の聖女化は、そんな転生時とはまったく違う。

 使命感に燃えていた、その時よりもなお強い意志により開放された、究極の光と呼んで差し支えない、強靭なものであった。


 そうして徐々に戦局が傾き、ナギが消耗していくのを間近とする中。

 しかし、クリスは穏やかとなれずにいた。


 この一戦にエリザの未来がかかっているというのもある。

 奇跡が舞い降りたとしても、自分が彼女に寄り添えられないというのもある。

 

 だが、一番の懸案事項は別のところ。


(最初から疑問だったのですが。この子、本当に死神ですか……?」


 それは、死神ナギ。

 彼女の存在そのものに対しての疑問。

 

 

 実は、以前にもクリスは死神を見たことがあったのだ。 

 それは、アルラウネの挙式の場で、合法ロリなラミアをペロペロする時、せめぎ合う聖女の血によりナギがぼんやり見えていたが、正直よく分からない人型の霧のようななにかと、なぜか宙に浮いているアダルトブラックなんかより、ぺろぺろできる目前のロリですよねきゃっほーうとはしゃぎ回っていた時ではない。


 摂理の輪より外れた、完全に聖女だった頃。

 人々の死に立ち会った時に、舞い降りる白き御遣い。

 その仕事を目にしたことがあったのだ。


 今を生きる者を悪戯に恐れさせないための、存在を不干渉とする力。

 生を諦めきれず冥府を恐れる魂を、柔らかく諭し、温かく導く優しき心。

 死後の裁きを恐れ、逐電する重罪者の魂を、防御無視して強制送還する大鎌の一撃。


 此岸に降り立ち、世を去った者の魂を冥府へ導くのが彼女たち。

 それこそが彼女らの使命であった。


 摂理を外れ、神のもたらした力により転生し続けるクリス。

 管轄外なのだろう、その死に際には決して舞い降りなかった彼女たち。

 人の道を外れたクリスには、その温かくも厳しい力は羨望の的であった。

 

 しかしてそれらの力と引き換えに、彼女たちには戦闘向きの力がない。

 当然と言えば当然、仮に害を成さんとする者がいたとして、生きている者は彼女たちのことを見ることすらできず、霊体であれば特効持ちの大鎌で一撃で無力化できる。

 逆に彼女らが害を成そうとしても、本来生きている者に大鎌の一撃は何の効果ももたらさない。そもそも、その刃は潰してある、ぶっちゃけて言えば見掛け倒しなのだ。


 戦う必要のない彼女らが戦闘経験なんて積むはずもなく、トレーニングなんてもっての外。

 その力の偏り方は、幻の魔物ハウンドドッグが、ある特別な力のみに特化した代わりに、民衆並みに非力であるのと少しだけ似ているかもしれない。


 かつての経験から、死神は魂を奪うのではなく導くだけの存在ということをクリスは実感している。

 だからこそ、ナギの存在が疑問だったのだ。

 

 彼女が普通の死神の力を持っているのはいい。

 だが、戯れとはいえ、ヴァンパイアの姫君のツッコみを幾度となく受けても健在だったクリスの体を、ただの一撃で損壊させたあの力。


 指揮系統を一定時間放棄したとはいえ、自動制御となったジェヴォーダンと、隊列を組んだブラッドアーミーを、あの僅かな時間で壊滅させる戦闘のセンス。


 そもそも、クリスに危害を加えたことや、ツェペシュやヴァンパイアたちを狭間に送るような芸当を見せた――生きる者に干渉したこと。


 それらは、まっとうな死神には、まかり間違っても行えない所業である。


 彼女は、ただの死神ではない。

 その推測が、優勢となっても気が抜けない最大の理由であった。


 ただ、彼女に悪意はなく、真にエリザのことを思ってくれているのは、溢れ始めた感情がなによりの証拠とするところではあった。


「ッ! これでッ!?」


 何度目かの『パニッシャー』直撃の後。

 捨て鉢とでもなったのか、ナギは大鎌を投擲する。

 轟音を伴い、凶器となって飛来するそれだが、クリスは難なく回避する。


「もらってッ!」


 その一連は、先の攻撃への意趣返しか。

 回避したところに躍り掛かってくるナギ。


 しかし甘い。

 こちらは大きく飛び退ってもいないから、既に着地済み。

 戦局が傾き感情が逸ったのだろう。それは完全な悪手であった。


「『パニッシャー』ッ!」

「……ッ!?」


 息を呑む声ごと、眼前で掻き消す。


 鉄砲水のような光の奔流は、ナギを呑み込み、うねりをあげる。

 激闘の最中どうにか建っていた元教会へぶち当たり、倒壊させて瓦礫の山に変貌させた。


「激レア幼女からの、もらってなどと願ってもないプロポーズ。ですが、わたしはもう人妻ですので」


 冗談めかした言い捨ての中でも、決して未亡人などとは言わない。

 救済の決意を宿したままの瞳で、クリスはすぐさま次の展開に臨む。


 自身のロリコンゼリフに、すぐさまツッコみや震えなどで相対していたナギからの反応はない。

 何度目かの『パニッシャー』の直撃を受けたのだ。

 蓄積したダメージで、再起までに時間がかかっていると見ていいはず。


 だが、油断はしない。

 その戦術は理解している。

 今のは、その身を犠牲にしてのブラフだ。


 本命は背後に跳んだ大鎌。

 さながらブーメランのように旋回して意表を突いてくるのだろう。


 予想して、クリスは背後を仰ぐ。

 回避行動を即座に取れるよう、重心を考えた足運びを意識する。

 そうしたクリスであったが、別の意味で意表を突かれた。


 風を鳴らす豪快な音が止んでいたのである。


 確かに背後に跳んだはずの大鎌は、どこにもない。

 高々と宙を飛んでいるどころか、地に落ちていることも、木々の合間に引っかかっていることもなかった。


 もしか、深読みのし過ぎなのか。

 本当に攻撃を外して、どこか遠くへ飛んでいてしまっただけなのだろうか。


 そうして、思考を惑わせていた刹那。

 クリスの身が戦慄する。




 突如感じた――忘れようもない巨悪の気配に。




「ッ!?」


 虚を突かれながら振り返る。

 しかし、そこにあったのは、崩れ落ちた教会の瓦礫の山だけ。

 脳裏をよぎったあの巨体は存在していなかった。


 もしか、気のせいなのか。

 むしろそうでなくてはならないのだが、今、この身に感じた感覚は、紛れもなく――


 冷や汗を浮かべ、思考するクリス。

 そこで見計らったかのように、無防備な背中が打ち据えられた。


「かはッ!?」


 巨人が巨木をフルスイングしたかのような量りようのない衝撃。

 大きく宙を舞ったクリスは、やがて地面へ叩きつけられ、訳も分からぬままに地面を転がる。

 成す術無く存分に土の味を堪能した後、敷地の端でようやく止まる。


「ゴフッ!? カハッ!?」


 構えることもできずモロに受けた衝撃に、貧弱な体が吐血する。

 不意を突く一撃、地面に打ち据えられた衝撃に、全身が悲鳴を上げていた。


 霞む視界の中、襲撃者を捜す視線が捉えたのは武骨な鈍色。


「なん、で……?」


 そこに大鎌が現れていた。


 今舞い戻ってきたという意味ではない。

 文字通りの表出。

 まるで透明にでもなっていたかのように、空間から滲みでてきたのだ。


 一仕事を終えたかのように転がるそれが、雪を欺く手に拾い上げられる。

 

「……ちょこっとのお土産、教えてあげる」


 満身創痍を体現したかのように、肩で息をするナギ。

 それでも勝者の義務とでもいうように、精一杯立って、転がるクリスに説明する。


「その鎌、『イガリマ』。透明になったそれが、あなたを襲った」


 図らずも死の呪文と同じであるのは、なにか関連性があるのだろうか。

 そんな疑問を浮かべるのすら必死なクリスの前で、ナギはわずか首を傾げる。


「ううん、ちょっと違った。正確に言えば、透明化で包んで襲わせた」


 言い換えられたところで、クリスには理解できない。

 分かっているのは、攻撃を受けた背中から、自身の身体が光の粒子に変わっていっていることだけ。


「……待って、ください。不干渉は、わたしには」


 聖女と戻ったクリスに、死神の持つ不干渉の力――透明化、聴覚遮断などは通用しないはず。

 そもそも、今の今まで大鎌を透明化させたことはなかった。

 戦いの最中、切っ先を自在に透明化すれば、戦局は違ったかもしれない。

 その身を危険に晒すような真似もしないですんだかもしれないのに。

 

 それに付け加えるなら、死神の鎌に物理的な攻撃力はないはずだ。

 今の一斬は、ツェペシュを襲った時のそれとは何かが違った気がする。


 思い返せば、巨大な打撃、そして体が蕩けるような斬撃の二種類を受けたような……。


 ナギは激戦の中で千切れ掛けた赤いマフラーを揺らしながら口にする。


「今のは、『わたしたち』の力だから。それとベツモノ」

「……え?」

「これ以上は、ナイショ」


 言った後、ナギはそっぽを向いた。


「これで、あなたも終わり。その身を捧げた意味もない。……そもそも、最初からなかったのに」


 ナギは倒れ伏すエリザの元へと歩み寄りながら言い捨てる。

 

「仮にわたしを退けられても、彼女の魂は、もう元には戻らない。そのための術はありはしない。説明したのに。理解していたのに。分かっていたのに」

「だから、諦められるわけ、ないでしょうが……。わたしは、あの子と、ふーふだから……」

「……だからこそ、祈ってあげて。彼女が安らかとなれるように」


 その手に握られた大鎌。

 その一撃で、苦しむ魂は解放される。


「……エリ、ザ」


 激しい激痛、そして、それを上回る心が揺蕩うような甘い感覚。

 包まれながら、光となって消えゆく体。


 死神の鎌を受けた聖女は、今、偽りの安寧に包まれる。




***




 我が身をブラフとしての一撃で、聖女を決した直後。

 ナギは、大鎌を手にエリザの元へと歩み寄る。


 気を失ったままの彼女。

 一見安らかと見えるが、その内では果ての無い絶望が廻り続けているのだろう。

 目を覚ました時、彼女はきっと、我を忘れて魂が砕けるまで狂乱する。


「……ごめんね」


 ぽつりと零す震え声。


 それは、彼女を本当の幸せに導けない懺悔の言葉。

 

 幸い、エリザの魂は未だ健在。

 今のうちに、早く冥府へ送ってあげなければ。

 自分にできるのは、ただそれだけだ。


 袖口で目元を拭った後、大鎌を振り上げる。


「……生まれ変わったその時に、もう一度ロリコンさんと出会えるよう、頼んであげるから」


 字面だけみれば犯罪補助とでも断じられそうな言葉だが、実際その通りだから仕方ない。文句はあの幼女好きに言ってほしい。

 

 ともあれ、闇の存在でありながら心優しい彼女には、そのくらいしてあげてほしいと、ナギは自身の主人に願った。


 その時に、果たしてクリスの心が保たれているのかは、定かではないけれど。


(……どうなったところで、結局わたしは、壊す側の存在だ)


 本当ならば、埒外で転じるクリスの魂も救い出せたらよかったのに。

 自身の主人にさえできないことを理解しながらも、彼女はただただ自分を責める。

 そうして果てない雫を零しながら、せめて自分にできることをと、導く使命を強く望む。


「……一緒に、逝こ?」

 

 そうして振り下ろされた大鎌は――跡形もなく砕け散った。



「だから幼女が、物騒なこと言っちゃいけませんって」



 振り上げられた、聖女渾身の拳によって。




***




「ッ!? どうしてッ!? あなたは、確かに……ッ!?」


 大鎌を砕くクリスの姿に、ナギは目に見えて動揺していた。

 回復と引き換えに置いてきた吐血を背後に、息も絶え絶えながらクリスは虚勢を張る。


「ええ。確かに受けましたとも。いやぁ、ロリっ子渾身のクリティカル。本来なら、果ててあげるべきですけれど、今回は特別です」


 果ててをなぜか強調したクリスに、そこは無視してナギが尋ねる。


「特別も何もッ!? そもそもあの一撃を受けた時点で、あなたは狭間に送られているはずッ!? なのに、どうして縋り付いてッ!? 今だって、その身で、刃先に触れて……ッ!?」

「いやぁ確かに応えましたよ。消失を前にしての安寧の感覚。わたしは知りませんけれど、あんなに幸福感に満たされる死ってあるんですねー。流石は死神さんですよ。もっとも厳密にいえば、さっきのは死ではないんでしょうけど」


 かつての転生の間際の記憶を振り払い、クリスはひょうひょうと語る。

 

「ともかくあの一撃は、対象者を別の世界へ転送する力でしょう? ならば簡単な話。転送される力が働くと同時、自分自身をこの世界に転送し続ければいいんですよ」


 戦いの最中、クリスが発動した力の一つ。現出させた扉による空間転移。

 あれを応用し、この世に縋りついてみせたのだ。


 しかして消耗したクリスは、完全に狭間に渡ることはできない。

 世界の移動には、精密な技量が求められる。万全でない状態では危険であるのだ。

 だからこそ、ツェペシュたちを救いに行くことはできなかった。

 暗くなりそうになる思考を切り替えるように、笑顔を浮かべる。


「と、いうわけで。今度はこちらが意表を突く番ですね!」


 言うや否や、ナギの体をどこからともなく現れた光が拘束する。


「……これはッ!?」


 ロープの形をとったそれは、回避する隙すら与えない。

 それは戦闘の最中、ナギの体に入念に仕掛け続けた奥義を見越した前菜。


「幼女を拘束とか、ちょっと絵面がやばいですけどッ! これは必要に駆られた結果ッ!? 他意などありませんですから、捕まえないでくださいませッ!?」

「……誰に言ってる?」


 どこに向かってか青ざめて言い訳するクリスに、ナギは明らかに肩を落とした。

 だが、そのような場合ではないとすぐさま切り替えたらしく、身悶える。

 必死に拘束を解こうとしているが、彼女が振り絞れば振り絞るほど、色々なところに食い込んでいく。


「……んっ! ……んくぅ!? ……はぁ、はぁ」

「はぁはぁ」

「どうしてあなたが息を荒げるッ!?」

「緊縛幼女を前にして、はぁはぁしないのはマナー違反でしょうッ!?」

「そんなマナー冥府にもないけどッ!?」


 あなたの場合、存在自体がマナー違反と付け加える彼女のツッコみは、なんだかエリザに影響された感もないではなかった。ずっと見ていたという弊害だろうか。


「それでは、わたしの奥の手、お見せしますッ!」


 拘束を逃れようと身動(みじろ)ぎするナギの前で、クリスが叫ぶ。


 気合と共に中空に収束するのは光の結晶。

 それらはやがて形を成し、巨大な弓を顕現させる。


「聖なる呪い、その名を頂くこの一撃ッ! いかなる巨悪も穿つこの矢が、摂理の守護者に、今反逆すッ!」


 号令と共に、弓の大きさに比例する巨木より巨大な矢が番えられる。

 口元から血を流しながら、それでもクリスは発動を止めない。



 此度穿つは、彼女の未来を拓くため。僅かな希望に縋るため。

 あの時みたく、愛する者を害すのではない。

 強制された心ではなく。確かに自分の心のままに、この一撃は愛する彼女を救うために。

 





「『ルミナスッ!』」





「ッ!?」



 闇夜を走る流星は、死神諸共地を穿つ。




***




「ごふッ!?」


 びちゃびちゃと、地面に吐血が溢れていく。

 奥義の代償に多量の血液と寿命を失いながら、クリスは肩で息をした。

 

 聖女の血とヴァンパイアの血が体内でせめぎ合う中、闇の奥義であるジェヴォーダンを無理やり発動。

 死闘を繰り広げて消耗した後、聖女へ戻った身で今度は光の奥義を発動。

 死神でなくとも、寿命が僅かとなったのは簡単にわかる。


「どうにか、なりましたか……」


 本来なら負担の少ない『パニッシャー』のみで打倒したかった。

 保身のためなどでは断じてない。

 少しでも己の寿命を残し、エリザを救う術を捜す時間を増やすためだ。


 自分がどうなろうかなど、今更どうでもいい。憂慮なんて必要ない。

 そんなものより気にするべきは、一撃の行方だ。


 辺り一帯にもうもうと土煙が立ち込める。

 徐々に晴れていく先に現れてきたのは長大なクレーター。

 その規模といえば、ツェペシュの巨大な城だって優に呑み込めるほどである。


 自分で放った奥義の威力を目の当たりにし、クリスは胸を撫でおろす。

 これほどの一撃を受けたのだ。さしもの彼女もただではすまないだろう。

 

 ひとまずの危機は去った。

 今のうちにエリザを連れ出し、その魂を救う術を、残されたわずかな時間の中、可能性に懸けて――






「冒涜が、本当に好きだよね?」






「ッ!?」


 聞こえるはずのない声に、クリスは思わず目を剥いた。

 

「自分の命も、彼女の魂も。どれだけ軽んじれば気が済むの?」


 クレーターの底の底。

 土煙が晴れた底に、彼女は立っていた。


 しかし、その身は万全とは程遠い。


 長髪は焼き切れ、セーラー服には大穴が覗き、純白の衣装は鮮血で染まり。

 のぞく素肌は焼け焦げ、泥まみれ。肉が削げている場所も複数あった。

 雪の妖精と見まごう姿は鳴りを潜め、その身に負った傷も手伝い、さながら幽鬼の顕現かと言わんばかりだった。


 だが、あからさまな敵意を持って睨みつけてくるも、しかしてそれは所詮強がり。

 聖女の奥義、その直撃を受けたのだ。そうあってしかるべきである



 ――そう、断じたかったのに。



「……だけど、その救いがたい命知らず。そのおかげで、いいものが見られるよ?」


 そうして彼女が指し示したのは、とあるモノ。


 頭の上からつま先まで、まるごと純白に包まれた髪の毛や衣装の中。

 強烈な違和感、アクセントのように存在していたその装飾。


 口元、首元を隠す鮮血色のマフラー。


 多分に漏れずズタズタとなったソレ。

 そこから感じる嫌な予感。


 まるで、封じられていたナニカを、呼び起こしてしまったような。


 その戦慄は、間違いではなかったとすぐに示される。


「聖女のあなたと『わたしたち』。時空を超えて再会しよう?」

「それは、どういう……」


 クリスが目を見張る先で、ナギは邪悪な笑みを浮かべると、どうにかぶら下がっていた片腕で、マフラーの断片をむんずと掴んだ。


「……ぐ。ぐぅううッ!?」


 途端、肉の焦げるようなにおいが充満する。

 断片をはぎ取ろうとするナギの手が、焼け焦げ始めたのだ。


「な、なにをッ!?」


 冷や汗を浮かべるクリスに答えることなく、ナギは苦悶の表情で、やがて鮮血の布地を引き千切った。


「……はぁ、はぁ。これっぽっち残った程度で、抗した途端にこの効果。腐っても、冥府の主」


 嫌そうに顔をしかめるナギの口から飛び出た冥府の主なんて気になるフレーズ。

 だがその興味は、ナギの秘密に気付いた途端、消し飛ばされる。


「……ッ!? ナギちゃんッ!? それはッ!?」

「今からはぁはぁしちゃうけど、あなたは、はぁはぁしないでね?」



 そうしてナギは、そのモノに。




 喉元に隠れていた――逆さ鱗に、触れる。




「――おいで」




 刹那。

 暴発するような邪悪が、空気を殺す。




「……ッ!?」


 忘れもしない、その感覚。



 怨念と、怨嗟と、殺意と。

 ありとあらゆる負の感情をごちゃまぜにして永遠に煮込み続けたような、この世に在ってはならない狂乱の気配。



「……あぁぐぅッ!? あッ!? ああぁああッ!?」


 苦悶に喘ぐナギの中から……待ちかねたとばかり、溢れ出す。

 小さな肢体が変貌していく。


 粉雪のような純白の長髪は、闇の底のような純黒となり、竜尾のごとく複数毛先で反り返り。

 頭頂には、悪魔の如き一対の角。

 セーラー服を突き破って背部に飛び出したのは、夜の帳よりなお昏き、隆起した王者の双翼。

 未成熟な臀部からは、愛らしいそれに似合わぬ、鱗塗れの鋭利な尾。


「……禁じ手を残していたのは、あなただけじゃないんだよ?」


 やがて、クリスと同じく戻った彼女は、己が真の名を口にする。





「――ヤマタノオロチ。知っているよね? 巨悪の妄執。常闇の極みを」





 既にこの世にないはずの、禁じられた災厄の名を。 






二人っきりをありがとネッ!「はっくしょんっ! なんだか、噂された気がするヨ。それもとっても不名誉な」

追い詰め厳禁少女騎士「あれ? 大丈夫? 風邪かな?」

二「ううん。そうじゃなくて、噂を――!」

追「ん? どうしたの?」

二「……そう、風邪なのヨ。風邪を引いてしまったのヨー。ああ、なんだかクラクラするネー」

追「うわわっ! 急にしなだれかかるとか、本当に大丈夫?」

二「ダイジョブジャナイヨー。オネツアルネー。モウダメヨロシー」

追「急に棒読みッ!? これは本当に大変じゃッ!?」

二「だ、大丈夫ヨ。風邪の特効薬、知ってるネ。これヤったらすぐに万事解決ヨ!」

追「! それ教えてッ! あなたたちの為ならば、こんなわたしも頑張れるからッ!」

二「あ、ありがとネ……」

追「それで、特効薬って?」

二「そ、その、風邪は移すと治るって言うネ」

追「……?」

二「だ、だから、その…………キス」

追「ちゅっ」

二「ッ!?」

追「……そ、その。これで大丈夫、かな?」

二「〜〜〜!」

追「って!? 倒れるのッ!? ホント大丈夫ッ!?」

二「ま、まさか本当にしてくれるなんて……。どうせ『や、やだよッ! 風邪もらって拗らせて死んじゃうかもしれないしッ! わたしの命が一番大事―!』って断られると思ったのに。ヤマもオチもないとか何事……」

追「わたしの思考読まれすぎッ!? いや、まあ正直ちょっとよぎったけど、でも、ふーふだもんッ! あなたたちに限っては保身の例外だもんっ!」

二「ああ、こんなに立派に育って。ママは嬉しいネ……」

追「いやママってなにッ!? というか幸せそうな顔で気を失ってッ!? ねえ、大丈夫ッ!? 大丈夫なの〜〜!?」


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