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Lily×Monster ~モンスター娘と百合コメです!~  作者: 白猫くじら
続・ロリっ子ヴァンパイア×薄幸の(元)修道女
52/58

捧げるほどに

 

最愛を冥府の遣いより守るため、現出したのは闇色の巨獣ジェヴォーダン。


 それは、ヴァンパイアの秘奥。

 並みの存在でなくとも相打つことなど敵わないヴァンパイアの奥義である。


「……それでも、ダメなのよ」


 救い出したが故に、クリスが纏えるようになった凛々しい闇の衣。

 伴侶の晴れ姿に感ずるものを覚えながらも、エリザは纏う諦念を消すことはない。


「『ダメだなんて……! そんなの、やってみないと分からないじゃないですかッ!?』」


 ジェヴォーダンの奥深く、内包された空間にて。

 広くもあり狭くもあるような、妖しい炎に照らされた薄暗い空間で、巨獣の眼球を通し映し出された妃の悲しみを、クリスは打ち消さんと猛りを上げる。


「『まずはこの子にご退場いただきッ! あなたを救う手を模索するッ!』」


 その感情に連動し、再び咆哮するジェヴォーダン。


「……これ以上、無駄な仕事はしたくないけれど。邪魔立てするなら、仕方ないよね?」


 無感情ながら、明らかに肩を落とした後、ナギは大鎌を手に疾走を始める。

 身の丈に合わぬ巨大さとはいえ、巨獣とも、その両爪とも比べるべくもない大きさ。

 しかしてどのような力か、彼女はただの一刀で、この装甲ごとツェペシュの胸を切り裂いたのだ。


「……」


 何かを見通す力もあるのだろう。ナギは、内包され姿を確認できなくなっているクリスの瞳を、確かに見つめて迫ってきていた。

 だが、今までクリスにはぁはぁされていたのが焼き付いていたのだろう。


「……(ふるふる)」


 その視線は、なんだかちょっとブレブレだった。


 ともあれ、このままでは相打つことなく、一撃で沈められてしまうだろう。

 同じジェヴォーダンとはいえ、クリスはヴァンパイアに成り立てだ。

 王族の血を受けたことで発動こそできているが、ツェペシュのソレとは雲泥の差。

 その彼女を破ったナギとは、このままでは勝負にならない可能性が高い。


 ヴァンパイアの異能の力も、現状、訳あって使用が難しい。

 エリザには黙っていたが、それであの森の時も体術のみで鎮圧したのだ。

 使用難度の難しいジェヴォーダンが扱えたのは、愛ゆえの咆哮、その奇跡のようなもの。二度はない。


 本当なら、今までの経験の生きる体術で張り合いたいところだが、あの鎌の間合いに入るのはリスクが大きい。


(……だからこそッ!)


「無駄吠えの後は、思考停止? 正直、ガッカリの極み」


 思考の間に、至近に迫っていたナギが高々と跳躍し、大鎌を振りかぶる。


「その身に纏うは必滅必敗。殴り返せるとでも?」


 吐き捨てるように零した後、月光に煌めく鈍色は、クリスを目掛けて振り下ろされる。



 果たして、赤黒い血飛沫が夜空を染めた。



「ッ!?」


 光景を前に、エリザの瞳が見開かれる。


 だが、それだけではない。


「……なッ!?」


 ナギの瞳も、唖然とばかり開かれていたのだ。

 

 それも当然。

 彼女の鎌に手応えはない。

 そもそも、彼女は対象を傷つけていないのだ。


 及ぶより先に、巨獣は自らの剛爪を己が肢体に突き立てたのである。


「初手より愚行ッ!?」


 思いがけない自傷行為に、思わず宙で身を返し、翻る。

 距離を取りもたつく彼女の視界に移る、巨獣の腹部から滝のように溢れ続ける多量の血液。


「グルルルル……」


 痛みを堪えているのか、剥き出しの牙を引き結ぶジェヴォーダン。

 自傷により損傷する姿に、エリザが思わず声を荒げる。


「お前ッ!? 一体なにをしているのッ!?」

「『本当ですよね。破られて血を流すのは、エリザのおててでと決めていましたのに』」

「〜〜ッ!?」


 真っ赤になるエリザを愛らしく思うのも束の間、ドロドロと流れる大量の赤を見ながら、呼吸を荒くするクリス。


 セリフこそ意味深であったが、これは興奮しているのではない。

 ジェヴォーダンが受けた痛みは、術者自身に連動するのだ。

 それを知っているからこそ、エリザは動揺を露わとしたのである。


 クリス自身の身体は、見た目こそ無傷ではあった。

 しかして脇腹を斧かなにかで両断されたような激痛に失神しそうであった。

 

 だが、クリスは食いしばって意識を保った。

 

 かつてエリザも、同じ道を通ったのだ。

 黒い思惑の傀儡と化したとき、諦念に囚われていたときに、クリスを救い出すため、その身をていして戦ってくれたのだ。


 だから今自分が体を張るのも、彼女を救い出すのも当然なのだ。


「『みなさん、出番ですッ! 我らが姫君を守るのですッ!』」


 猛った言葉。

 応じ、蠢き出す血液。


 ナギは既視感のままに、その技名を口にする。


「ブラッド・アーミー……!」


 それは、ジェヴォーダンの特性。防衛機構。

 流れ出した血液を、過去その血族が吸血した人間、それをコピーした人型と変え、対象を襲わせる特技である。


 ナギの刃の前に成す術なく敗北したツェペシュのジェヴォーダン。

 それが流血せずに消滅したことを間近にし、クリスはナギの一撃を受けることは愚策だと判断。

 カウンターとしての発動を除外。

 機先を制する方策を選択し、自傷行為に走ったのだ。


「『本当は多勢に無勢。無双する側が、わたしの立ち位置なのですけれど』」


 謙遜するような言葉をしながら、その実、強者の風格を漂わせるクリス。


 彼女に誘われ、でましたるは無数の尖兵。

 司祭や聖騎士、勇者など、ありとあらゆる上級クラスをかたどりし軍団は、一体一体が一騎当千の勇士たち。


「「「ッ!!」」」」


 声にならない声で叫ぶのは、己が武勇に裏打ちされた、未来を予知した勝鬨かちどきか。

 無数の強者は、術者の幸福を開闢せんと、一気呵成になだれ込む。


 一対無数。


 目前に迫るは、絶望的な戦力差。

 刹那の蹂躙は、本来、違えようのない残酷。


 しかしてそこに立つのは、ただの幼女ではなく――死神。


「無駄だよ」


 ナギが、ぽつりと零す。


 直後に殺到する無数の攻撃は、儚き幼女を下すには十分に過ぎるはずだった。

 

 しかして、殺到した剣閃も、多数の矢も、魔法の波動も。

 

 

 害成すすべては、ナギの体を擦り抜けた。



「『……くッ!』」


 顔をしかめるクリス。

 渾身が空振りと終わり、血の軍勢にも動揺が伝播していく。

 

 しかし、そこは名のある勇士の写身。

 すぐに立て直し、ナギへ向かってあらゆる方法で攻撃を継続する。

 しかし悲しいかな、そのすべては無為となり続ける。


「謎を残したままでは彼女が気になって旅立てないだろうから、これもお土産」


 全ての渾身を擦り抜けながら涼しい顔で立つ様は、波打たぬ湖面の虚像のよう。

 無駄撃ちを笑うこともなく、ナギは淡々と語り始める。


「これは死神の基本能力。此岸と彼岸を渡る力。意識はそのままに、体だけをあちらの世界へと移動させている。今、わたしの実体はあちらにある。だから、こちらの世界に存在する者から干渉を受けることはなくなっている」


 そうして語っていたナギの体が、今度は跡形もなく消え去った。


 ブラッドアーミーたちが、無用の長物となってしまった得物を手にキョロキョロ周囲を見回す中、夜の静寂に無感情だけが響いていく。


「今度は声だけを残している。聴覚の干渉だけ許している。だから、あなたたちには姿が消えているように見えるはず」

「『……流石は摂理の守護者というだけはありますね。トンデモな力をお持ちなようで』」


 やっぱり幼女は強くありませんと、と軽口を続けるクリスだが、ブラッドアーミーたちと同様に、その視線はあらぬ方向を向いていた。


「……もっとも、例外はいるけれど」


 ぽそりと小さな声を零した後、黙したのか、はたまた聴覚の干渉すら遮断したのか、ナギの声はしなくなった。


「……」


 エリザが俯き黙す中、しかしてブラッドアーミーたちは諦めない。

 

 無駄だとしても身を挺し、エリザの周囲を固める者。

 諦めなければ一撃くらいと、何もない空間に手当たり次第に攻撃を続ける者。

 あ、これもう無理。万策尽きたと、得物を投げ捨て円を組み、トランプに興じ始める者。


「『隠れる幼女を思いのままに追いかけても、牢にブチ込まれることのない、大義名分を得た状況。本来垂涎必至のはずですのに、これはちょっと無理難題が過ぎませんかねッ!?』」 


 各々がそれぞれ奮戦する中、ジェヴォーダンを駆るクリスも、辺りに炎を噴射したり、かぎ爪で薙いだりするが、手応えはない。


「……そろそろ、あきらめる?」

「『舐めないでもらえますッ!? というか舐めるのはわたしの特権ッ!』」


 声の発信源目掛けて猛撃を奮うが、手応えのない結果に終わる。

 たとえそこにいたとして、彼女の能力により、攻撃は素通りしてしまうのだ。

 そもそも今の一撃も、方向は合っていたが、惜しくも変態の視線に震えるナギからは外れていた。


 歯噛みするクリスの耳に、再びナギの声だけが聞こえてくる。


「かつての時代の猛者たちであれ。わたしたちに対しては、その武勇もただのお飾り。当たらなければ意味などない。そこで素振りでもしてるといい。……トランプは、ない」


 一瞬だけ現出したナギが、鎌を振り回して円坐するアーミーらを血霧に帰した。

 気付いた者らが思わず快哉を叫ぶ。

 その後、我に返り刃を振り下ろすも、あえて避けずに攻撃を素通りさせてから、ナギは再び消失する。

 

 あたかもそれは、死神に抵抗など無意味だと再認させるように。


「『……く』」


 焦りを露わとするクリス。

 今この瞬間も混乱する自分たちを尻目に、ナギは使命を果たさんと邁進し続けているのだ。


 それは、邪魔立てするクリスにか。

 それとも、諦念に包まれたエリザにか。


 代行者は無感情に忍び寄る。


「抵抗は無駄。諦められないだろうけど、諦めて。そしたら、ちゃんとお別れを言う時間くらいはあげるから」

「『そんなの必要ありませんッ! わたしたちは、まだ幸せな今を生きるッ!』」

「グルアアアアアアァッ!」


 激情に連動し力を溜めたジェヴォーダンは、迫る絶望を焼き尽くすと、闇色の火炎を噴射する。




***



 それはたまさかだろう。

 打ち放たれた獄炎は、姿を消しているナギの元へと向かって来た。


(……む)


 あまりの勢いに、人知れず身構えるナギ。


 しかし、それは無駄な挙動だ。

 今の彼女には、どのような暴威も達しないのだから。


 だからこそ、ナギは涼しい顔で歩を進める。

 己が使命のためにと、散歩をするような足取りで歩みを見せる。


 やがて、到達する炎。

 その身を呑まれるも、効果はない。

 その体は、あちらの世界に移動させているのだから。


 だが、どうしてか。


 その体に感じるのは。

 この仮初の器を焦がす、邪悪な熱量で――

 

「……ッ!」


 一歩遅れて炎から飛び出る。

 続けざまに、ナギは息を呑む。


 反射的に身をよじる。

 そこに迫ったのは、その場ではなく、確かに彼女を襲う別の一撃。


 光が、溶かす。

 避けきれなかった、一筋の純白の長髪を。


「……なッ!?」


 そこに立つ者に目を見張る。


 僅か距離を取って立つのは、異常の光を放った相手。

 それは、その他と変わり映えしない、血でできた人型。

 摂理の守護者たる死神を前に、何もできずにデクとなっていたその一体であるはずなのに!?


「ッ!」


 思わずエリザに視線を向ける。

 彼女は、何が起きているのか分からない顔つきをしていた。


(存在を移した死神に干渉できるのは、姿を消したわたしを捉え、攻撃をぶつけられるのは、今この場に、あの子だけのはずッ!?)


 死神に関わることができるのは、この世を去った存在だけだ。


 エリザは未だ、世を去っていない。

 だから本来は、刃に敗れたツェペシュやあのヴァンパイアたちのように、ナギが望んで姿を見せなければ、姿を捉えることも声を聞くこともできないのである。


 だがしかし、今のエリザは特例。

 本来死しても無傷なはずのその魂が、尋常ならざる無理筋により、砕けんばかりにひび割れているのが原因となり、生きながらにして世を去った者と同じ存在のようになっているのである。

 だからこそ、人外がむれなしたあの森で、彼女だけが姿を消しているナギを捉え、声を聞くことができたのだ。

 

 ともかく、そのエリザが攻撃を繰り出した様子も、クリスにナギの位置を聞かせた様子もない。

 彼女は迫る死を受け入れ、諦念に包まれたままなのだ。


 そもそも、言って聞かせたところで、今を生きるクリスの技で、死神を傷つけられるはずがないのにッ!?


 思考の刹那にも、数を増した同型たちが居並び、攻撃を開始する。

 透明化したナギを視界に捉えているとしか思えない態度で、陣形を組み、襲い来る。


 連弾として放たれる光の波。

 刃物のように鋭い拳。

 巨木を折り砕ける蹴りの連撃。


「グルアアアアァッ!」


 加えて、こちらも偶さかなどとはもう評せなくなった精度で、ジェヴォーダンが遠距離から闇の炎を放ち続けてくる。

 光の一団ほどではないとはいえ、あの炎も、先に確かに僅かばかりのダメージを与えてきた。


(……一体、どうなっているのッ!?)


 それらをあしらい、獄炎により身を撫でられるのをどうにか回避しながら、ナギはその不条理にただただ混乱するばかりだった。


(……! もしか……!)


 窮地にあっても、すぐさま閃きが走るのは、彼女が死神だからか。

 

 それとも――




***




「……ロリコンさんッ! あなた、見ているねッ!?」


 姿を消したつもりでいるナギから、上擦った断定が叫ばれる。

 少し胸の空くものを覚えながら、クリスはいい笑顔で叫び返す。


「『イグザクトリィッ! 誰よりもロリコン淑女たらんと自負するわたしが、あなたみたいな激レア幼女をか――見逃すはずがないでしょうッ!?』」

「今、視姦って言いかけたわよねッ!? そもそも言い直しても不穏なんだけどッ!?」

「『……おっと、思わず本音が』」


 思わずツッコみを入れるエリザの言葉に続き、涎を啜るような音がジェヴォーダンの中から聞こえてきたのは気のせいだと思いたい。

 単語の意味こそ分からずとも、自身の体に再び迫った変態の魔の手に、ナギは幼児退行した時のエリザを見習わんばかりにぶるぶるしていた。


 だが、それでも迫る攻撃を回避し続けるナギは、疑問がゆえか、完全に姿を現して投げ掛けてくる。


「でも、どうして……!? こちらの世界の存在では、力を発揮した死神には対抗できないはずッ!? 触れられないはずッ! 世の摂理にッ! その輪の中にいる存在に、対抗できるはずが――」


 そこまで叫び、ナギは言葉を止める。


 そうして視線を向けるのは、対抗し始めたその人型。

 続き、火炎で舐めたジェヴォーダン――その中の人。


 ナギは、氷解した疑問がゆえに、無感情を取り戻す。


「……そっか。あれは、聖女のヒトガタ。昔のロリコンさんのコピーなら、例外足らんとあれるよね。だって、摂理の輪から外れているもの」

「『大正解ッ! ナギちゃんは賢いですねー! 花丸な投げキッスあげちゃいますっ! チュッ☆』」

「そんなのいらないッ!?」


 花丸型に打ち出した闇の炎という豪快すぎる投げキッスを、ナギは全力で回避した。

 その挙動には負傷を避けるためというよりも、精神衛生上、是が非でも当たりたくないという意思が大半だった。


 息を切らせて回避した後、ナギは軽蔑しきった瞳でクリスを見る。


「……見えない演技して不意を突くとか、いやらしさの極み」

「ばれちゃいましたー? そうです、わたしたちはロリっ子を陥落させるためならば、こんないやらしいことも平気でしちゃう頑張り屋さんなんですよっ? ナギちゃんも気をつけないとダメですよー? もっともその必要も、もうなくなりますけどねッ!」


 お気楽な言葉の中に、隠せぬ殺意を織り交ぜて攻撃するクリスの操るジェヴォーダン。

 そして襲いかかるブラッドアーミー。


 しかし、直近の動揺はもはや遥か彼方。

 既に態勢を立て直したナギは、お返しとばかり、クリスの見せたくないところを悪戯に狙う。


「……でも、おかしいよね? そのヒトガタはいいとして、今のあなたはヴァンパイア。そうでないと彼女に報えないはずなのに。一体どうしてわたしを見てるの?」

「……!」

「隠れたわたしたちを看破できるのは、世を去った存在だけ。例外は、魂が砕けかけ、それに類する存在となった、そこの彼女だけのはず」


 反応するエリザに気付きながらも、ナギはあえて続ける。


「もし、もうひとつだけ例外があるとすれば、それは摂理の埒外――その輪から外れた存在だけ。……だけばっかりで、困惑の極みだろうけど、そのはず」


 言い切るナギに、エリザは顔面蒼白となってクリスを見る。


「……まさか、お前……。……聖女に?」


 震える唇で口にした後、耐え切れず膝をつくエリザ。


 その脳裏に反芻される、引っかかり。



 ロリコンなのに、なぜか成熟した存在の中のツェペシュにだけは発情したこと。

――命短しと自覚し、邂逅できない未来のエリザと姿を重ねたから。


 あれだけあからさまな褥の誘いを、あのロリコンがスルーしていたこと。

――転生に瀕したクリスと特別なことをした結果、去った後にエリザに引きずらせないようにするため。


 色々と理由をつけて吸血をさせてくれなかったこと

――行えば聖女の血に気付かれるから。


 ツッコみを行った際に吐血したこと。

――ギャグの返しなどではなく、聖女に戻ったことで病弱となったため。





 そして、夜の森で花摘みが云々の時に、せせらぎで手を洗ったなどと言ったこと。



――ヴァンパイアは、流れる水に踏み入れない。



 バラバラのパズルがカッチリとはめ込まれるも、浮かび上がったのは残酷すぎる現実。

 最愛の身に降りかかった、あり得ないはずの絶望の再来に、エリザは愕然とすることしかできない。


「……そ、んな。……お前の、幸せは……」

「『落ち着いてくださいエリザッ! わたしは、ヴァンパイアのままですッ!』」


 絶望に果てようとするエリザを、ナギを相手取りながらクリスが鼓舞する。


「『そもそも光の象徴たる聖女に、闇の秘奥義ジェヴォーダンを扱うことは叶いませんッ!」

「……。……それは」


 僅か光の戻った瞳へ向けて、クリスはまくし立てる。


「『確かに今、わたしの中に僅か残った聖女の血が、ヴァンパイアのそれとせめぎ合っていますッ! あれだけの感動シーンを経た後に、未だ永らえているとか、ほんと恥知らずにもほどがありますけどねッ!』


 かつてこの地で巻き起こった死闘の果て、最愛の彼女から頂いた誓いの吸血。

 思い出すだけで幸福感に腰砕けになりそうになるあの場面。

 本来空気を読んで完全消滅するのが筋だろうに、厚顔無恥にもほどがある。

 これだから神の力はいけすかないと、クリスは嫌悪感と共に吐き捨てた。


「『ですが、否応なく僅か残ったのは摂理の埒外ッ! だからこそ、隠れたナギちゃんのことも、ぼんやりとですが見透かすことができてしまいましたッ!』」

「……ふぅん。ぼんやりだったんだ」


 優勢な事実を知り、ナギが再び姿を消す。


「『ですがセーラー服もぼんやりだったので、その中にあるギャップがすごいアダルトブラックが見えて興奮しましたッ! ひらひら感が服にお揃で、ディ・モールトグラッツェッ!』」

「ッ!?」


 衝撃の事実(くろレースみたの!?)を知り、ナギが慌てて姿を現す。


「「「―――ッ!!」」


 聖女タイプのブラッドアーミーたちが快哉を上げ、万雷のスタンディングオベーションを轟かせている。


 それはきっと、東の国のことわざでいう、かえるの子は蛙(変態版)だから。

 とんびたかむ――もとい、変態が常識人を生むことはないのである。


「……へんっ……たいッ!」


 遅まきながら思わずスカートを抑えるナギの頬は、真っ赤である。

 無感情な彼女が初めて見せた羞恥の涙目。

 あまりの意表に、その他のブラッドアーミーたちも、気勢やら寄声やらを上げて殺到していく。


「〜〜ッ!」


 激怒したナギの手により、ブラッドアーミーたちが手当たり次第に散らされていくのを尻目に――ちょっとだけ羨ましく思い視界の端に収めようとして、どうにか振り払い――クリスはエリザを真摯に見つめる。


「『ここ数日、この身をむしばむ聖女の力に苦しめられて、ナイーブになっていたことは認めましょう。お義母さまを、出会えないかもしれない未来のあなたと重ねてしまい、はぁはぁしたのはそのせいですごめんなさいッ! 吸血させてあげられなかったのも、あなたにバレるのが怖かったからですッ! そして不安にさせたくなかったのですッ!』」


 その胸に隠していた秘密を、クリスは全て打ち明ける。


「『空気を読まずに襲い来る吐血の感覚に、一生懸命振り絞ったあなたの誘いを、お茶目に誤魔化し袖にしたこともありましたッ! あのファッションショーの時も、その時以外もッ! 森でお花摘みなんて誤魔化したこともッ!』」

「……!」


 やはり誘っていたことに気付かれていたのだと知り、それはそれで恥ずかしくなるエリザ。

 

 その他にも、ツェペシュの『チャーム』を無効化できたのは、聖女の波が強い時だったからとか、ファッションショー前、エリザの『チャーム』にかかったのは、ヴァンパイアの波が強かった時だったからとか、あのヴァンパイア戦で格闘のみしか扱わなかったのは、同じくヴァンパイアの波云々だとか。


 エリザが疑問に思っていそうなところを包み隠さず白状した後、クリスは締めくくりに確かに伝える。


「『でも、このせめぎ合いももうすぐ終わり。抵抗する聖女の力も徐々に弱まり大人しくなってきましたし。このままいけば、完全なるヴァンパイアと至れることは確信できています』」


 クリスは、己が決意を確かに伝える。


「『安心してください。わたしは聖女に戻ることはありません。あなたが宿したこの命。捨て去ることは、絶対ありませんから』」

「……そう」


 偽りなく伝えられ、エリザは涙ぐむ。


「『わたしを永久に苦しめ縛った絶望の光。せいぜい最後はわたしたちの幸せのため、存分に使ってやりましょう』

「……よかった」


 流す涙に含まれるのは、想い人の幸せの門出を祝す感情。

 事ここに至っても、己が身を顧みず、エリザはクリスの幸せのみを考える。

 闇の化身にしては優しすぎる彼女に、クリスは切に伝える。


「『何度も言うようですが。わたしの幸せは、あなたとでなきゃダメなんです。あなたがわたしだけだと言ってくださったように、わたしもあなたとでないと、幸せになれないんです』」


 ジェヴォーダンを自動操作と変更。

 ほの暗い空間から飛び出し、ジェヴォーダンの口腔を経由し、跳躍。


 ナギの相手をジェヴォーダンとブラッド・アーミーに任せ、エリザの元へと駆け付ける。

 そして、巨獣を通してではなく、面と向かって思いを伝える。


「わたしは、あなたをお慕いしてます。大切だと感じています。そして……あなたとずっと共にありたいと、願っています」

「……でも。あたしは、もう……」


 再び悲しみに染まるエリザの手を取り、クリスは努めて明るく振る舞う。


 彼女が自分を想ってくれる。

 そして、自分も彼女を想っている。


 この温かな感情で、かつて彼女は自分を救い出した。

 その頃よりも、自分は遥かに彼女のことを想っている。


 だから、奇跡に二度目があったって、いいではないか。


「今からでも遅くはありません。共に生きる道を探しましょう?」


 たとえ、残された時が僅かだとしても。

 二人が愛を抱き、切に共にありたいと願うのならば、きっと幸せは訪れる。


 だって、諦めなければそうなれると教えてくれたのは、諦念に沈む自分を救い出してくれたのは、他ならぬエリザなのだから。


 だから、今度は絶対、自分が彼女を救い出す。


「大丈夫、世は広いのです。延命の方法だって、きっと……ッ!?」


 瞬間、脳が焼き切れんばかりの激痛が全身を襲う。

 それに気を取られる暇もなく、





「共食い」





「……え?」


 突然の物騒な言葉に耳を疑う。

 その一瞬が、隙となる。


「がッ!?」

「クリスッ!?」


 勢いの乗った回し蹴りをもろにくらい、石畳を転がされるクリス。


「……カハッ!?」


 存分に転がされた後、目を見開いて吐血する。

 聖女の血が騒めいている作用だけではない。


 今のは、完全に内臓がイった。


 奇しくもこの地で謀った悪党をなぞるように地に伏せる姿は、此度の悪こそは己だと、クリスを糾弾しているかのようだった。


「放してッ! 放してよッ!? ……『放せッ!』」


 腕を掴んで邪魔するナギに、狂乱しながらエリザが『チャーム』で厳命する。

 しかし、紅の瞳を直視したというのに、ナギは全く動じない。


「……もう、それだけの力も残ってないんだね」

「……ッ!」


 指摘に青ざめる姿が、真実だと表していた。

 そんな彼女の側に駆けつけて、不敬の死神を蹴り飛ばしたいのに、クリスの体は言うことを聞かない。


 運ぶことのみに特化した死神から受けると思わなかった、臓腑をも潰す強烈な一撃。

 そしていつの間にか撃滅させられているジェヴォーダンからの強烈な痛みのフィードバックにより、息をするのがやっとの状況だった。

 ブラッドアーミーも壊滅させられ、今、ナギに刃向かえる手合いはいない。

 

 エリザに思いを伝える時間くらい稼げると思ったのに。

 この圧倒的な力、ただの死神とは思えない。

 

 クリスの思考を読んだようにナギは答える。


「わたし、本当に死神だよ? でも、新人だけど、わたしだって歴戦の猛者。絶望の底でお休みしてたけど、狂乱の音がうるさくて、苦しくて、眠れなかったから」


 思い出したくない暗部を垣間見せるように、ナギの顔に虚無が浮かぶ。


「ずっと見てた。ずっと……見てたから。このくらいできる。どうってこと、ない」

「……あな、たは」


 内側の血のせめぎ合い、そして、むくろとされたジェヴォーダンの激痛のフィードバックを受け、絶え絶えになりながら、クリスは見上げる。


「……!」


 そんな景気はないのに、今までの行いだろう。

 スカートを抑えて頬を染めるナギの姿は可愛いが、気にしている余裕がないのが、クリスが追い詰められていることの証左であった。


「それで。さっきの物騒な単語は、どういう意味ですか……?」

「言葉の通り。この子が延命する方法。それは……共食いをすること」

「……!」

「……思い出したかのような顔、してるね?」


 はっとなるクリス。


 聖女として長き時を生きた際、ヴァンパイア界隈で大戦があったことがある。

 その際、風の噂でまことしやかにささやかれていたことがあったのだ。


 ヴァンパイアたちは、共食いをしている、と。


 時が移り、現代となり。

 エリザに連れられてヴァンパイアの生活を知るようになり、拷問器具も埃を被った調度品とされているような平和な世界に、そんなことは嘘だと思っていた。


 だが、それは噂などではなく、真実。

 唖然とするクリスに、ナギは伝える。


「今の世では、もちろんない。凄惨な過去と共に忘れられたことだから。でも、この子を救うため、女王ツェペシュ、そして一部の者たちは、それを執り行おうとしていたの」


 思わずエリザを見る。


「……」


 俯き黙す姿が、それは真実だと告げていた。


 それで、全てがつながる。


 ツェペシュも、そして、あのヴァンパイアたちも。

 大切なエリザを救い出すために、己が命を差し出そうとしていたのだ。


「この子はずっと黙っていた。最期の時まで、あなたに幸せでいてほしかったから」

「……!」

「このくらい、分かるでしょう? 他に方法があれば、とっくに試している。ロリコンさんに、助力だって申し出ている」


 ナギは、悲しそうに眼を伏せる。


「あなただって、分かっているはず。だからこそ、それだけ躍起になっているんでしょう? 自棄になっているんでしょう?」


 ナギは俯き、無感情だった顔に影を落とした。


「……だからわたしがここにいるって、わかってよ」


 彼女の言葉は正しい。

 エリザのことを救う手立ては、現状ない。

 エリザが黙っていたことから、既にそのことは察していた。


 だが、それでも諦められなくて。

 諦めることなど、できなくて。


 そこに湧いて出た、共食いという禁忌の方法。


 だが、そんなこと、彼女にさせられない。

 させられないと理解し、拒絶し、うろたえる。


「……あのね、クリス」


 そんな彼女を絶望の底へ叩き落す最後の一手を打ったのは、他でもないエリザだった。

 雰囲気が変わったのを理解し、拘束を解いたナギの傍らに立つ彼女は、悲哀に染まる。


「……あたしの秘密、教えてあげる」


 そうして、おもむろに服に手をかけ、躊躇いなく素肌を晒す。

 静寂にいやに映える衣擦れの音。

 普段ならば大興奮の燃料投下としかなりえないそれが、どうしてか今は、得体のしれない恐怖の足音としか思えない。


 見たくないのに、動かぬ視線。

 最愛の生まれたままの姿という待ち望んだ桃源郷を前に、しかし、クリスの頭に浮かぶのは、絶望を前にした戦慄だけ。


 そうして、やがて晒されるのは。

 身構えていてなお、心が裂かれる、絶望の死に装束。





 灰。


 



 そこには、灰が存在していた。

 

 月光を受け、艶めくはずのもちもちの未成熟。

 クリスの嗜好を捉えて離さぬ、平坦でいて蠱惑的な肢体。


 それは、すでに見る影もなく。

 衣装に隠れていた大部分は、エリザの身体は、灰となっていた。


 もはや灰が立っていると言い換えてもいいくらいの、悲しいくらい無機質な姿。


 通り過ぎる夜風。

 頬を撫でる程度のそれで、ぽろぽろと零れ堕ちるその体。

 

「驚かせてごめんね。本当は見せるつもりなんてなかった。綺麗な身体、見せたかった。でも、お前に諦めてもらうには、やっぱり、こうするしかないなって思って」


 絶句するクリスの前で、エリザは悲しそうに笑う。


「知ってる? 灰燼化かいじんかっていうんだって。果てのおとなうヴァンパイアの身体に起こる現象」


 灰燼化。

 エリザの口にした通り、最期を迎えるヴァンパイアの身に起こる現象。


 聖女として永久を転じ続けていたのだ、いやがおうにも知識は蓄えられている。

 だが、知っているが故、その絶望は増大される。



 そうなったヴァンパイアが、助かる術は――



「あたし、お前のことが大好きよ。心の底から愛してる。いつもは照れて言えないけれど、お前が望むことならば、なんでもしてあげちゃえるくらい」


 そして、彼女は涙しながら微笑みかける。




「ねえ、お前は命じてくれる? 愛する民を食い殺せって」




「ッ!?」

 

 手が、震える。

 呼吸が、止まる。



 今、自分が命じれば。

 『チャーム』などではなく、ただ、彼女にお願いすれば。



 自分たちは、二人で、生きていける。



 多数の屍を、礎として。

 多くの悲しみを、振りまいて。



 ずっとずっと、手を取り合って、生きていける。


 だが。


「……ッ」

「……ごめんね。そんなこと、お前が言えないの、分かっていたのに」


 大粒の涙を零すエリザ。


「そんなお前だから、あたしは尽くしたいと、思ったのに……!」



 たとえ、そんな手立てで救ったとして。

 そこに、幸せはあり得ない。



 愛する民を手に掛けた時点で、心優しい彼女の心は壊れてしまう。


 後に残るのは、肉人形となり果てた彼女と、そんな彼女の肢体を使って、ぐちゃぐちゃの思いを処理し続ける、闇に堕ちた救えない女だけ。


 だから、現状彼女が助かる術は、ありはしないのだ。

 だけどそれでも、どうにか彼女を救いたいと焦るクリスは、別の禁忌を口にしてしまう。


「……そうだ、エリザ。わたし、思いつきましたよ」

「……え?」

「蘇生です。あなたのこと、蘇生すればいいんですよ」


 絶句するエリザに、クリスは狂気に駆られた瞳をする。


「ほ、ほらッ! 一回、エリザが死んでしまった後、わたしが蘇生しますッ!」

「……ッ!」


 自身の死を、愛する人の口から出され、エリザが震える。

 その表情にも気付かず、クリスは取り憑かれたかのような面持ちで、躊躇の外れた顔つきで口走る。


「色々試してッ! 遺灰を研究してッ! どれだけ時間がかかっても成し遂げて見せますッ! 決してなくならないように、掘り出されないように、普段は雪山の洞穴の中に、壺に入れて埋めておくんですッ! そうして色々研究してッ! 焼いたり蒸したりとかもしてみちゃったりしてッ! ほ、ほらッ! まだ見つかってない秘薬とかも、あるかもしれな――」






「冒涜ッ!」






「……!」


 かつてない激しい猛りに、クリスは固まった。


 ナギは、今までの無感情が嘘のように、クリスのことを睨みつけていた。


「なにを言っているのか理解しているッ!? 死期を悟り、それでも精一杯、あなたのことを幸せでいさせようと、恐怖を堪えて懸命に、普段と振る舞い、捧げ続けた彼女の気持ち、理解しているッ!? 最期の灯に必死に縋る者の前で、蘇生するとか、研究するとか、ふざけたことを抜かさないでッ!」


 肩で息をしてぶちまけたナギの言葉に、クリスはハッとする。

 その傍らで、俯いているエリザの姿に気付き、茫然自失とする。


「……この子の寿命は、もう尽きるの。これは、変えようのない事実なの。幸いなどと言いたくないけど、あなたは最期に立ち会える。だから、せめて、笑顔で見送ってあげよう?」


 他人事だというのに、ナギは声を震わせて、泣いていた。

 


 もしか、彼女の無感情は、露わとして、旅立つものを惑わせないようにするための――



「……だけど……わたしは……」

「それとも、彼女に共食いをさせたいの? 心優しい彼女の心を殺してでも、生き永らえさせたいというの? 生き地獄に貶めたいの?」

「……」


 返す言葉を持てないクリスに、黙していたエリザが顔を上げる。


「……あのね、クリス。あたし、お前と出会えて、本当に幸せだったのよ?」


 そこに在ったのは、死に逝く間際の未練でもなく、存在の消失への怨嗟でもなく。

 どんな満開の花にも負けない、面はゆい笑顔であった。


「幼女とみれば飛びつくし、幼女でなくても見た目ロリなら飛びつくし。ほんっとサイテーな性癖だったけど……。でも、そういうさがを持っていたから、お前はあたしに興味をいだいてくれたのよね? その点は、まあ、感謝するべきなのかしら?」

「や、やめてください、エリザ……。そんなこと……」


 照れ屋で意地っ張りな彼女から、包み隠さない本心が伝わる。

 それは、本当に最期だと自覚しているようで。


「ちょっとよそ見が多くて、幼女にだらしなくて、庇いようのないくらい変態だったけど。でも、あたしのこと、本当に愛してくれたわよね? うん、わかる。だって死神にだって立ち向かってくれたのよ? 頼んでなんていないのに。下手打てば自分が連れられるかもしれないのによ? 本当お前、いざってときは頼りになるわよね。正直、嬉しかった」

「いやです……。エリザ、言わないで……」


 二人のやり取りに、ナギは口を挟まない。

 ただ、顔を俯かせ、最期の別れを待っている。


「あたしさ、お母さまみたいな立派な女王になるんだーって頑張ってた。でもね、本当は空回りばっかりで。ほら、すぐ泣くし、すぐ逃げるし……これは本当にナイショだったんだけど……たまに夜、おもら――ううん、やっぱりこれはダメッ! 正直知られているかもしれないけど、ここは教えられないッ! だって、好きな人に幻滅なんてされたくないものッ!」


 エリザは慌てて手を振った後、まあ、今更かもしれないけどねと、苦笑する。


「お母さまも、民のみんなも、それでもいい、大丈夫だよって、言ってくれていたけど……。でもあたし、恥ずかしくて。そんなこともあって、逃げるように今の居城に移り住んだの。傍から治世を見る為、なんて理由もあったけど、正直、そっちのが大きかった」


 プライドの高い彼女が決して聞かせるはずのなかったはずの胸の内。

 そのすべてを語る姿に、クリスは涙することしかできない。


「こうして何も成せないまま、空回り続けて、長命な寿命を無駄にするんだって、よくふさぎ込んでいたわ。……そんな時、お前に出会ったの」


 過去に思いを馳せ、瞳に希望を灯すきっかけとなった日を思い出す。


「どうしようもない幼女好きで、高貴なヴァンパイアだと知っても構わずやんちゃしてくるド変態。最初は八つ裂きにしてやろうって思っていたわ。……でも、こんなあたしが。自信のないあたしが。誰かを幸せにしたいって、一緒に幸せになりたいって、初めて思ったの」


 そして、エリザは区切りをつけるように――最愛の者を、想い涙す。


「クリス。あなたを救い出せたこと。それがあたしの誇りです。あなたが生きてくれたなら、あたしは死ぬことだって怖くない。どうか、ずっと、幸せになって。あなたは、そうならなくてはならないの。そうなるだけの権利があるの」

「ダメですッ! エリザッ!?」

「あたしのことなんて、さっさと忘れてしまいなさい。いい相手を見つけて、赤ちゃんを産んで。そうして家族に囲まれながら幸せに生きるの。あなたが幸せに生きてくれること、それこそが、世を去るあたしへの一番のはなむけだから」

「エリザッ! エリザぁぁぁッ!?」

「ありがとう。あたしのこと、見初めてくれて。……一緒にいられなくて、ごめんね?」


 そうして、最期までクリスのことを思いながら。


「……ッ!」


 涙に濡れる死神の鎌は、心優しき少女の御魂を、冥府へ誘う。




***




 振り下ろされた大鎌は、弾けて、跳んで、転がった。


「……え」


 身に受ける覚悟をしていたエリザは、存命している現実に、疑問と隠せぬ喜色を覗かせる。


「……どうして、あなたは……ッ!?」


 戦慄の声音に、俯かせた顔をふと上げる。

 そこには、得も言われぬ感情を宿し、愕然としたナギが立っていた。

 

 彼女の様子は疑問であるが、窮地の自分を救ってくれる存在は、あの子以外にあり得ない。


 あれだけ言い含めたのに、死に体で立ちあがったのか。

 執着してくれるのは嬉しいが、しかし、それはもうやめてもらわなければ。


 嬉しさ半分。寂しさたくさん。

 エリザは、しんみりとした微笑を湛え、顔を上げる。


「……まったくもう。ほんとにお前ったら、あたしのことが好きなのね。でも、いい加減にしなさい」



 そして、そこにいるモノに、エリザは、凍り付く。



「――ッ!?」 



 そこにいたのは、クリスだった。

 その事実に、違いはない。




 だが、そこにあったのは、見る者をかしずかす高貴な闇ではなく。




 違えようもない――清廉が過ぎる、膨大な聖。




「……そん、な……。どう……して……」


 崩れ落ちるエリザ。

 彼女の耳に届くのは、希望の福音によく似た、絶望の鐘音。






「ええ。あなたを愛しています。――わたしの未来すべて、捧げるほどに」







 光の聖女が、そこにいた。

 最愛のみを救うため――己が未来を、投げ捨てて。


 



実は結構ドエムだわんっ!「わんわんっ! ボクはジェヴォーダン、ご主人様たちの最後の切り札、そして忠実な下僕だわんっ!」

実は結構ドエムだわんっ!「ある時は洗脳されたお妃さまを目覚めさせるために断末魔を上げ、またある時は不意を突く激流からカップルを守るために肉壁となり、はたまたある時は最恐な親子喧嘩の武器たらんとするも不意を突かれて一撃KOされるのだわんっ!」

実は結構ドエムだわんっ!「ああ、どれもとっても気持ち良かったわんっ。気持ちの籠った剛撃で、骨ごとブチ砕かれるあの瞬間が、ボクは一番好きなんだわん。過労死大歓迎だわ〜んっ!」

実は結構ドエムだわんっ!「……けど、これじゃあ必滅必敗なんて言われてもしょうがないわん。本当はボク強いんだわんっ! だけどいっつも相手が悪いわん……。くぅーん……」

実は結構ドエムだわんっ!「でも、ボクめげないわんっ! ご主人さまたちがこれ以上、夜の王(笑)なんて言われないためにも頑張るわんっ! そのために、今こそリニューアルの時わんっ! わんわおーんっ!」

心はそのままドエムだわんっ!「……ふぅ。どうわんどうわんっ!? お妃さまが大好きなロリっ子? 姿になってみたわんっ! 大きなお目目に、もちもちお肌。頭に黒耳、お尻にフリフリ尻尾。自分で言うのもなんだけど、これはかなーり可愛いわんっ! こんなにか弱可愛い姿なんだから、誰も倒そうなんて思えないはずっ! 生存フラグ、びんびんわんっ!」

キャラ被りとかユ・ル・サ・ナ・イ「……そのフラグ、早速回収してあげる」

心はそのままドエムだわんっ!「……ハッ!? な、なにわんっ!? 今の堕ち切った聖騎士みたいな声はっ!?」

キャラ被りとかユ・ル・サ・ナ・イ「畜生如きがあの子の真似をするとか、何様のつもり……? もちろん、耳も、尻尾も、その細首も、削いで砕いていいんだよね……?」

心はそのままドエムだわんっ!「初めましてでさようならッ!? なにわんっ!? コイツ、人の形した化け物じゃ……!? く、来るんじゃないわんッ! やめるわんッ!? ぬっ、ぬっ、ぬわあああ〜〜〜〜んっ☆」



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