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Lily×Monster ~モンスター娘と百合コメです!~  作者: 白猫くじら
続・ロリっ子ヴァンパイア×薄幸の(元)修道女
51/58

……わたしが、ただのロリコンでいられるうちに

 

 闇夜の教会跡地にて、再び顕現した禁忌の獣。

 

 救済と信じた咆哮は、届くことなく闇へと散った。


「「おかあさまッ!?」」


 悲鳴と共に駆け出したエリザとクリスは、地鳴りと共に巨体を沈めたジェヴォーダンへと飛び付いた。

 切り裂かれた頭部より零れ出たツェペシュを、どうにか受け止める。


 外部からは伺い知れぬ巨体の中、そこに術者がいることを見通し、狙い済ましたとしか思えぬ一撃。

 胸を裂かれた瀕死のツェペシュは、今にもこと切れそうな様子であった。


「……何者かの暗躍があることは、知っていました。彼女たちから、同胞が失踪していると聞いていたから」


 エリザの為にと禁忌を破って活動していた一団。

 表立って援助することなど、ツェペシュにはもちろんできなかった。

 偶然手にした『聖女の生き血』を、個人的に裏から手を回し、彼女らが手にすることのできるようにと取り計らったくらいだ。

 彼女たちから連絡が途絶えたことを鑑みるに、きっと、既に――


「職業も年齢も違う、失踪者たちの共通点。それは、全て彼女たちの同胞だったということ。エリザちゃんのことを、救おうとしていたということ。それを、何者かが阻もうとしていると、推察できた」

「……!」


 エリザに関する喜べぬ事実の一端。

 クリスが顔色を変える横で、ツェペシュは己が不出来を悔やむ。


「事を起こせばまろると、予期していたはずなのに。このような結末に至るなど……」


 弱弱しく呟く彼女は、惨憺さんたんたる大戦を終わらせた実力者だった。

 そのことに胡坐をかいていたわけでは、もちろんない。


 人気ひとけのないこの場を決戦の地と選んだのは、前述したように、エリザたち二人の運命の場所であったから。

 ここで彼女らの運命を再び変えるという意味合いを持たせ、自身の決意を鈍らせないようにするという意味が一つ。


 もう一つは、出し惜しみなく全力を奮うため。

 周囲の被害を考えることなく、他に誰も巻き込むことなく、エリザたちに――そして現れるだろう黒幕に対処するためという意図があったのだ。


 しかしそんな思惑も、全てが無為となった。


 夜の女王をただの一刀で沈めた白き幼女は、誇ることもせず、人形のような表情で、得物たる大鎌を月光に光らせる。


「わたしの刃は摂理の証。たとえ夜の女王だろうと、此岸を生きる者ならば、防ぐ術などありはしない」


 どのような仕業なのか、鈍色にびいろの一撃を受けたツェペシュの胸からは血液さえ流れ出ず、代わりに、傷を始点に光の粒子となって体がじわじわと消失していく。

 それを確かに感じながら、ツェペシュの頭は驚くほど冷静だった。

 

 エリザを救うと立った時から、自身の行く末は理解していたのだ。

 このような無為な最期となるとは、予想だにしていなかったけれど。


 二人に抱かれ虫の息のツェペシュを前に、幼女は変わらず無表情ながら、感服するような所作を見せる。


「でも、その手腕はお見事の極み。こちらが一太刀する間に、的確に首を三回も薙いだ。相手が『わたしたち』で無ければ、落命は確実だったと断言できる」

「そうね。そこが本当に残念だわ」

 

 無傷の首元に手をやった幼女に、ツェペシュは悔しそうに返す。

 胸を裂かれながらも、せめて諸共にと急所を入念に薙いだはずだったのに、全くの手応えがなかったのである。


 この無様を晒した理由は、おそらく幼女が『彼女たち』の一人であるから。

 多くの同胞を見送ってきたツェペシュではあるが、『彼女たち』のことを視認したことは一度もなかった。



 それはきっと、本来、去りゆく者にしか視認できないモノ。



 だが、生きる者の最期に現れるその存在を、葬送の場にて感じたことはあったのだ。

 

 肌を舐めたのは、ツェペシュでさえ決して敵わないと、諸手を上げざるを得ない感覚。

 ツェペシュの放つ、圧倒的な力量さにて相手を委縮させるようなプレッシャーなどではない。


 それは、ただ、居合わせただけ。

 

 馴染みの店で買い物をしている時に、同じように商品を求めて来店した見知らぬ客。

 同じ客たる自分に興味があるわけではない。

 ただ淡々と、買い物を済ませて退店するだけ。


 なのに、それなのに、ただ同じ場に居合わせているだけで。


 こちらを視ないでほしいと。

 早く立ち去ってほしいと。

 決して、わたしに興味を示さないでほしいと。


 強者としての振る舞いで、愚者を脅えさせようと示威しているのではなく。

 敵意すら見せず、ただそこに在るだけで、周囲の者に白旗を上げさせる。

 そんな、不可思議で、絶対な特効を、生きる者に対して放っていたのだ。


「こうやってあのたちも消していったのね。常識はずれな気配隠蔽。目撃者が居ないのも頷けるわ。あの親友()並みのその力。熟練の暗殺者でさえ度肝を抜かずにはいられないでしょう」

「暗殺者なんて心外の極み。今のわたしは摂理の守護者。……ただ、それだけ」


 乏しい表情で告げた後、もはや興味もないというように、幼女はツェペシュから目を離した。

 そうして彼女の視線が僅かに動いた先は――


「……ぐっ」


 その手から守らなければならないのに。

 胸を裂いた裂傷から感じるのは、痛みではなく、安らぎにも似た甘い感覚。

 ツェペシュの体はだんだんと脱力して、動かなくなっていく。


「お母様ッ! お母様ぁッ!?」


 大粒の涙を流す最愛を前に、ツェペシュの胸を切なさが満たす。


「愛しい娘にそんな顔をさせるなんて。わたくしには、あなたに泣いてもらう資格なんて無いというのに」


 微かな声で零す感情。

 傍らでは、もう一人の娘が、手を尽くそうと面持ちに焦燥を浮かべていた。


「ッ! ダメですッ! 消失が……収まらないッ!」


 聖なる存在だった時に知り得た経験と知識を活用し、ツェペシュを救う術を検討する彼女。

 懐から取り出した様々な回復の秘薬。惜しげもなく使用するも、効能はゼロであった。


「ダメよ、クリスちゃん。そんな高価なもの、無為に消費しちゃ」

「無為でもなんでもッ! 娘は、おかあさんに孝行するものなんですッ!」

「……そうね」


 親子の情が分からないなどと卑下していたが、そんなことはない。

 是が非でもツェペシュを助けようと、額に汗して奮闘する表情は、母を想う娘以外の何物でもなかった。


 だが、その健闘も空しく、ツェペシュの体はだんだんと色素を失っていく。

 半透明となりゆく姿に、エリザが青ざめて半狂乱となる。


「いやぁッ!? お母様ッ! お母様ぁッ!?」

「おやめなさいエリザちゃん。ヒステリーなんて、一番嫌われるのよ? 王族たるもの、いつ何時も、慎ましく、していなきゃ」

「うるさいッ! あなたが言わないでよッ! 慎ましさの欠片もない、救いようのないNTR好きがぁッ!」

「うッ!?」


 最期の時に受けると思えなかった否定できない侮蔑の言葉に、ツェペシュはショックを隠しきれなかった。


「……だから。だからッ! もっと生きて、挽回しなさいよッ!? プライベートも誇れる母なんですって、言わせてみなさいよッ!? このままじゃ、NTR好きのダメ母で終わっちゃうのよッ!?」

「ふふ。そうね。それはちょっと、残念かな……」

「なに笑ってるのよッ!? ばかッ! ばかぁッ!」


 力の入らない体で、どうにか苦笑してみせるツェペシュに、エリザは大泣きして縋り付く。

 その傍らに立つクリスへと、ツェペシュは、ふと目を移し――


「……ッ!?」


 不退転の決意に、思わず見開く。

 

「……わたしが、ちゃんと、戻れば。そうすれば……」




「黙りなさいッ!」




「……ッ!?」


 踏み出そうとする彼女に、ツェペシュは旅立とうとしている者とは思えないほどの激昂をぶつけた。


 それは違えようもなく、子を想う母の怒り。


 ツェペシュは体にどうにか力を込めて、クリスに厳命する。


「それだけは、ダメ。娘たちを悲しませることなんて。わたくしは絶対に許しません」

「おかあさまッ! ……ですがッ!」


 追いすがろうとするクリスに、ツェペシュは柔らかな笑みを見せる。


「親は子より先に逝くが道理。そこまで骨を折ってもらう必要はありません。……捧げる相手、あなたには、他にいるでしょう……?」

「……!」


 食いしばり感涙するクリスに、柔らかな視線を向ける。


「……! あぅくッ!?」

「「おかあさまッ!?」」


 突如感じる感覚に、思わず喘ぐ。

 

 激痛などは微塵もない。

 この身に感じるのは、怖いくらいに穏やかな安息の気配のみ。

 

 だが、いまだ僅かに今を生きるこの体が、微睡まどろみの中から我に返り、住み慣れた世を去ることに対して、恥ずかしげもなく駄々をこねるように。

 言葉にできない感覚に、意識が恐怖を覚えたのだ。


 徐々に朧気となっていく視界。

 縋り付いて涙する娘たちに、ツェペシュは愛おしさを込めて囁く。


「こんなことを、願う権利なんて。わたくしには、きっと、ないでしょう。ですが、どうか、願わせて」

「もういい、もういいからッ! お母様、もう、喋らないで……」


 慮り、必死に遮ろうとするエリザと、初めて覚えた母の温もり、その喪失を前に、ただ瞳を揺らすことしかできないクリス。


 娘たちの腕の中で、ツェペシュは絶え絶えに声を絞り出す。


「これだけは、どうかお願い……」

「「おかあさまッ!」」



 きっと、これが最期の言葉になる。

 多くを伝える時間は残されていないだろう。


 彼女らの未来を願う、さきわいの言葉か。

 悲哀の中でも前を向くことを願う、叱咤の言葉か。


 とても一言では伝えきれない思いが、この胸にはある。

 だがしかし、今の自分に残されているのは、一文を放つ程度の力。


 どのような言葉を贈るべきか思考する中。

 ツェペシュは、走馬燈を垣間見る。

 最期を迎える者への情けか、他の者にとっては一秒に満たない間に、数百、数千、それ以上の思い出が流れていく。

 


 誕生。喜び。悲しみ。興味。撮影。慟哭。戦慄。発狂。血塗れ。

 即位。誕生。再会。焚書計画。暗躍、等々。

 

 

 そして――現在。



 喜びも、悲しみも、全てはこれより水泡と帰す。

 その前に、自分が彼女たちに伝えるべきこととは――



(……ん?)



 そこで、ふとツェペシュは立ち止まった。



(……うん。待って。ちょっと待ちましょう)



 思い返した記憶の中。

 なんだか、妙なワードというか、ものというか、そういうのがあった気がする。


 もちろん、この一瞬で膨大な時の全てを思い返したのだ。

 ちょっと違和感のある部分だってあるかもしれない。


 だが、それにしたって、違和感の大きすぎる、決して見逃してはならない箇所が――それも、なんというか、生き恥を感じるナニカがあったような気が……。



「……ッ!」



 そこで、ツェペシュはガバリと飛び起きた。


「「「ッ!?」」」


 突然の息の吹き替えし様に、涙していた二人は愚か、静かに見守っていた白い幼女さえ目を剥いた。


「お、お母様……?」

「……して」

「は、はい?」

「だから……ん……して」


 俯き何事かつぶやくツェペシュに、二人は聞き取れず首を傾げる。

 なんだか気になった幼女も、こっそり耳を澄ませる。


「あ、あの。お母様? 今、なんと」

「ッ! だ、か、らッ!」




「処分してって言ったのよッ!」




「「「ッ!?」」」


 今から世を去る者とは思えぬ猛り方に、三人は思わず飛び上がった。

 予期せぬ大音声に思わず鼓膜の無事を確認する三人の前で、ツェペシュは羞恥に染まって叫びを上げる。


「わたくしの部屋の本棚ッ! そこに紛れさせたとある本ッ! どうか、必ず処分してッ!」

「……え?」


 予想外の言葉に、真顔になるエリザ。

 残り二者がきょとんとする中、ツェペシュは亡き後に恥をかくよりはと、生き恥を晒すことを承知でまくし立てる。


「企画倒れになるはずだったそれッ! 怖い者なしの幼きわたくしが、チャームを使い描かせたッ! 人間どもの法に照らせば、単純所持で間違いなく牢にぶち込まれるその代物ッ! 生き恥アングル満載な、存在しないはずの次回作ぅッ!」

「……!」

「あ、あの? お母様、本当に何を言って……?」


 なぜだか戦慄するクリス。

 その傍らで困惑するエリザと、ちょっと距離を置いたところできょとんとする幼女の前で、母は黒歴史の名を口にする。




「『この世、最大の神秘――なんかより、絶対わたくしの方が神秘的っ! ツェペシュ●才っ! いっしょーけんめー、背伸びしましたっ☆』」




「「…………は?」」


 耳を疑う。


 このシリアスな状況に相応しくない文字の羅列を聞いた気がする。


 とうとう聴覚までおかしくなってしまったのだろうか。

 はたまた、脳が機能不全を起こし始めたのだろうか、と。


 エリザが困惑し、幼女が戦慄する。

 対照的に、クリスが「やったぜ狂い咲きぃぃッ!」とはしゃぎ回るカオスな現場で、母は後悔と共に口にする。

 

「あの頃、わたくしも若かった。術にかけていたから、製作した当事者たちさえ知らぬ、その魔本。あんなものを作り出し、捨てればいいのに、もったいなくて、捨てられず……。迫真の演技さえして、隠し通したオンリーワン……」

「お、お母……様……?」

「でも、ずっと残しているわけにはいかないでしょ? だから、事を起こす前には処分しようって思ってたの。だけど、その、エリザちゃんたちが来たの、急だったじゃない? あなたたちのせいにしてはいけないけれど、それで処分するの忘れちゃって……」


 後悔と共に口にするツェペシュ。

 その魔本とやらの内容は、名前から、なんとなく想像がつくだろう。


 そう、まさにその通り。

 それ以上でも以下でもない。

 

 それは、世に出回ったモンスターの幼女図鑑。その巻末にあった袋とじ。

 その中身よりさらにマズイ、ツェペシュオンリー写生本。


 幼き彼女にフューチャーした、明らかに黒歴史確定の、これでもかと肌色で網羅させた……。

 

 いや、むしろ肌色しかないような――。


「ッ!? あああああぁああッ!? いやぁあぁッ!? 死ぬッ! 死んじゃううぅぅッ!?」


 耐え切れぬ羞恥に、顔面を覆って地面を転がるツェペシュは、まかり間違っても死に体のそれだとは思えないが、残念ながらそうである。


「お、おかあさま……?」

「だ、だいじょう――」



「だ、か、らッ!」



「「ぴぃっ!?」」



 思わず心配するエリザと幼女を、血涙を流す顔芸未遂で脅えさせる。

 立場も忘れて抱き合う二人に、ツェペシュは必死に懇願する。


「だからお願いッ! どうかあの魔本ッ! あなたの手で微塵と変えてッ! おかあさんの最期の願いッ! どうかッ! どうかぁッ!?」

「あ、あの、お母様? その、他に、あたしに伝えたいこととか、なにか……」

「ああ、良かった思い出せてッ! 駆け巡った走馬燈に感謝しなきゃッ! ……あ、ヤバ、もう消えそう。あ、そうだ、エリザちゃん、どうか、気を付け――」


 そうして、付け加えるかのように娘を案じる言葉を残し。


 稀代の女王は、横たわる獣と共に、光となって消えていった……。




***




「ちょッ!? え、嘘でしょお母様ッ!? 最期のセリフがそれでいいのッ!? 遺言がそんなのでいいのッ!? あたし、一体どんな顔すればいいのッ!? どんな顔で送り出せとッ!?  ちょっと、ウソッ!? マジかコレッ!? ねえ、お母様ッ!? おかあさまああああぁああッ!?」


 悲痛な叫びなのか、それともただのツッコみなのか。


 断定したくはないが、きっと後者の成分が強いのだろう。

 エリザは親の死に目に相応しくない絶叫を上げて動揺する。


 場にそぐわない展開に、強敵オーラを漂わせていた幼女はと言えば。


「……(ドン引き)」


 己が使命さえ忘れ、立ち尽くして絶句していた。


 そんな感じで、混沌が場を支配する中、クリスが息を吹き返す。


「……ハッ!? 驚愕すぎる事実に、乱舞しすぎて酸欠で気を失っていましたッ! そんな場合ではないというのにッ!」


 興奮のあまり失神していた彼女であったが、すぐさま己が身を顧みて反省。

 遅まきながら事態に対処すると身構えた。


「そ、そうね。お前の言う通りだわ」

「た、確かに。感謝するね、ロリコンさん」


 彼女に触発され、エリザも幼女も我に返る。

 今はこんなことをしている場合ではないはずだ。


 互いに気持ちを切り替え、眼前のシリアスに対峙する。

 再度決意し、彼女たちは向かい合おうとするのだが……。


「ツェペシュちゃんの元気いっぱいの艶姿ッ! しかと堪能しませんとッ! 禁じられた魅力を前に、果たしてわたし、正気を保っていられるでしょうかッ!?」

「保つも何も、すでに狂気に染まっているわよッ!?」

「穿つ拳が太鼓判ッ!?」

 

 しかし、変態がそれを許さない。

 妄言をぶちまけながら飛び立とうとするクリスを、骨格を保っていられるのが奇跡の一撃で撃墜させてから、エリザは激昂する。


「いくらなんでもいい加減にしなさいよッ!? そんな場合じゃないでしょうッ!? この緊迫の場面でいつも道理のその胆力は、ある意味頼もしいけどねッ!?」

「も、申し訳ありません。待望の本の現存を知って、我を忘れてしまいました。確かにエリザの言う通り。楽しみは後にとっておきましょう」

「いや変態の取り置きなんてしてほしくないんだけどッ!?」

「いやよいやよも好きの内ッ! 処分してなんていいながら、本当は後生大事に仕舞っておいてほしいんですよねッ! 安心してくださいッ! おかあさまのこと、わたしちゃんと分かってますからねっ!」


 いやそこは言葉通りで受け取ってッ!? 


 ……と、この場にツェペシュがいれば間違いなく絶叫したことだろう。


 勘違いが過ぎることをクリスが強く決意していると、白き幼女は、おずおずと進み出る。


「あの。盛り上がっているところ悪いけれど。あなたたちの母親は、ご存命だよ?」

「……え?」


 突然の吉報に、きょとんとするエリザ。

 だが、彼女はすぐさま幼女に噛みつく。


「冗談にしては悪辣すぎるッ! キサマがその手で屠ったのだろうがッ! それも、我らが眼前でッ! 光の粒子に、変えて……!」


 何もできなかった無力さに、拳を握る。

 あのような最期ではあったが、しかし、愛する母が目の前で消えていったのは、紛れもない現実であった。


 しかし、エリザの悔恨を無視するように、幼女は無感情に返す。


「そう。だからこそ、生きている」

「ッ! なおも許せぬ虚言を弄すかッ!?」

「灰」


 飛び掛からんとするエリザに、幼女がぽつりと零したワード。

 今の自分に関連深いその単語に、思わずエリザの動きが止まる。


「……なに?」

「ヴァンパイアが力尽きるとき、その体は灰となって崩れ落ちる。死因は関係ない。例外なく、灰となって散る。だからこそ、あのような散り様は、あり得ない」

「……あ」


 言われて気付く。


 急展開と道楽展開が混ざり合って、つい流されてしまっていたが、彼女の言う通り。

 対峙したことのない聖職者などは勘違いしているが、ヴァンパイアが息絶えた場合、遺骸などは残らない。ただ灰の山がそこへ築かれるのである。

 そこに例外はない。

 さらに言えば、光となって消失するなどという、言ってしまえば神秘的に傾倒するような消滅法など、ヴァンパイアには絶対に起こりえないはずなのだ。


「他ならぬわたしが断言する。彼女は無事。一時的に彼岸と此岸の狭間の世界へ転送させてもらっただけ。無碍な扱いもしていない」


 エリザが思考していると、幼女はさらに驚くべきことを口にする。


「その他諸々もすべて無事。事が終われば、全員ちゃんとお家へ帰してあげるから、安心して」

「! 全員といいましたか?」


 驚いたクリスが思わず尋ねれば、幼女は深くうなずいた。


「闇夜に暗躍した夜の眷属。お仕事の邪魔になる者たちを、順番に狭間に転送した」

「! あなたが失踪事件の黒幕……!」


 ちまたを騒がした失踪事件。

 思わぬところでの犯人との遭遇に、クリスは目を丸くした。


「あんな真似、認めるわけにはいかなかった。……あんな、命への冒涜」


 無感情に嫌悪感を含ませたのは気のせいか。

 クリスが眉根を寄せているうちに、違和感は消えていた。


「ただ、あの森で一件を起こされたのはちょっと誤算だった。……ロリコンさんに身震いして、ちょっと一人で深呼吸してて、気付くのが遅れて」


 確かに怯えを口にした後、幼女は続ける。


「対象以外の魂に干渉するのは、摂理に抵触する行い。だけど、せずにはいられなかった」


 僅か、歯を食いしばったのは、やはり気のせいか。

 

「……そもそも、普通はできないらしいらしいけれど……そこは、こちらの事情なので気にしないで」


 言葉の内に少し気まずさを含ませて言った後。


「語るべきことは、既に語った。母親も、民の無事も、確かに伝えた。……だから」





「いっしょに、こ?」





「ッ!」


 声が心を鷲掴む。

 あまりの無感情に、エリザが虚を突かれる。


 刹那、迫った大鎌が、その魂を導くと、その身に振り下ろされ――


「ッ!?」


 響いたのは、空を切る音。

 幼女が僅かに瞳を揺らめかせる前で、クリスはエリザを抱えて飛び退っていた。


「大丈夫ですか?」

「う、うん……」


 お姫様抱っこするという屈辱を味わわせてくれながらも、それを不問としてやれるくらいの凛々しさを見せるクリスに、エリザはドキドキが隠せない。


 間近で感じる安堵の吐息に、こんな場面でありながらも、エリザの胸はバックバクである。

 乙女思考に陥りかけていることなど露知らず、胸を撫でおろしたクリスは、敵対姿勢を見せる幼女へと向き直る。


「まったくもう。やんちゃな姿は幼女らしくて結構ですけれど、ちょっとオイタが過ぎますよ?」


 不意打ちをかわされ、たたらを踏む幼女に、クリスはやんわり注意する。


「逝こ? などと、物騒な言葉も使うものではありません。同音異義な、はぁはぁする方にチェンジしてくれるのなら、むしろばっちこいですが。いえ、むしろ喜んでお供しますけど目くるめく気持ちいいお花畑にっ!」

「……? どういう意味?」

「聞かなくていいッ! ただの妄言だからッ!」


 きょとんとする幼女に、真っ赤になって指摘する。

 ちょっとドキドキすれば、すぐこれだ。

 恥ずかしくなったエリザは、すぐさま変態の手から逃れるように飛び降りる。


「ああ!? もちすべな太ももたんの感触がッ!?」

「凛々しい顔の裏側で、お前そんなこと考えてたのッ!? 最っ低ッ!」


 ひた隠した低俗に気付かず、無邪気にドキドキしていた自分も最低だ。

 いつも通りぎゃあぎゃあやりあう二人を前に、幼女はきょとんと首を傾げたままだ。


「まだ、現世に縋る……? 悪戯に守られることを許すのは、未練ゆえ……?」


 エリザを視認し、一人思考した後、幼女はポンと手を打った。


「そっか。そういえば、ちゃんと自己紹介をしていなかった。これは、伝えるべきお土産だよね」


 見当はずれな納得をした後、幼女はぺこりと頭を下げる。


「遅まきながら、初めまして。わたしはナギ。新人だけど、死神だよ。終わりを迎えた魂を、滞りなく冥府へと送り届けるのが、わたしのお仕事」



 死神。



 それは、生きとし生けるもの全てが、命の最期に邂逅するといわれている、御遣(みつか)いのこと。

 魂を死後の世界へと導くのがその使命であり、送られた魂は、そこに鎮座する主により、生前の行いを量られ、応じた苦楽を与えられるといわれている。


「……!」


 違わず伝えられたその言葉に、人間ならば四散を免れないほど激しいツッコみを続けていたエリザの体が硬直する。


 それは、予期していたこと。

 到来は、覚悟していたこと。


 しかし、いざ伝えられると……。


「……!」


 黙すエリザの手のひらに、優しさが触れる。


 自然握ってくる伴侶の手。

 普段ならば、その温かさに、心安らげるのに……。


 俯き、隠し、唇の端を引き結ぶエリザ。

 その様子に気付いているからこそ、クリスは普段通りの口調で、ナギに対する。


「……死神、ですか。やはり、そうなのですね。穢れを知らぬ幼女のような真っ白ひらひら。ゆえに思い思いの色に染めちゃいたくなるそのコスプレ衣装。見覚えがあると思いましたが」

「あなたみたいなのに覚えてほしくないって、きっと先輩たちは思ってるよ。そして、コスプレじゃない。これはわたしたちの制服」


 マフラーはアレンジのようなものだけどと、ナギは引き気味に伝えた。


「ですが、それにしてもおかしいですね。今、ナギちゃん自身が仰られたとおり、死神とは、命尽きて初めて舞い降りる者。瀕死であったとしても、今を生きている者とは、まかり間違っても邂逅しないはずでしょう?」


 追及した後、クリスはふやけ切った表情をする。


「もしかしてハジメテで間違えちゃいました? うふふ、大丈夫ですよ? そういう初々しさ、わたし大好物ですしっ!」

「だから気持ち悪い言い方しないで。そのにへにへ顔、軽蔑の極み」


 心底イヤそうな雰囲気で拒絶を口にするナギ。

 その拒絶を相手取ることなく、クリスはナギに撤退を促す。


「残念ながら、ここにはドジっ子ナギちゃんのお仕事はありません。ですので、早いところお義母さま方を解放していただき、大きなおめめをうるうるして、こびっこびの頭ぺこぺこを見せてくださいなっ! あ、望まれるのならその小さなカラダをこれでもかと使われてそれ以上のコトをされても、オールオッケーですよっ? まあ、ともかくわたしの要求モノをごっくんした後に、本来の仕事場へお戻りくださいなっ」


 いつも通りの変態言葉な長台詞をちらつかせた後――


「……わたしが、ただのロリコンでいられるうちに」


 彼女は、瞳に炎を宿す。


 普段のクリスらしからぬ険しい顔つき。

 脅し文句こそ残念風味ではあったが、匂わした感情は明確な殺意。

 ただの幼女はまだしも、歴戦の勇士でさえ粗相確定な激情を前に、しかしてナギはうろたえない。


「……評す言葉もない、激情。悪をほふり続けていたのは、伊達じゃないんだ」

「! あなたは、どこまで――」


 過去を見透かすような口ぶりに、クリスが僅かに動揺を見せる。


「知ってるよ。さといあなたが、今、気付いてしまったことも。これでも一応、神の名を持つ存在だから。分析、お見通しは得意になった」


 道楽な発情ゼリフに見せかけた失態への希望と、隠しきれなくなった敵意による恫喝。

 それらすべてを、彼女は次なる一言で、切って捨てる。




「その魂。もう、限界だよ?」




「……!」

「ロリコンさんの言う通り。本来ならば、わたしはこの場に現れない。だってまだ、誰も亡くなっていないのだから。五分前集合は、マニュアル外」


 変わらずの無表情で小さく吐息を零すナギ。


「だけど。今回は別。特例中の特例。だって、そのままではその魂は、命を終える前に砕け散ってしまうのだから」


 断言に青い顔となるエリザを、クリスは背に庇う。


「そこまでは気付いていなかった? ううん、それもそう。普通、死んだことなんてないはずだもの。死に臨む際の魂、その違和感とか、分からないよね?」


 歯を食いしばるクリスへと。

 その背で庇われるエリザへと。


 残酷な真実は、尚も語られる。


「魂は、冥府にて裁かれる。良い魂は天国でぽかぽかした後に転生し、悪い魂は罪を償うため、憚られるような地獄を味わい続ける。けれど、冥府へ辿り着くまでに砕けてしまえば、転ずることも、裁かれることもなくなってしまう。その魂は、そこで終わってしまう。それは、摂理の代行者として、見過ごせない」


 だからこそ今、ナギは舞い降りたのだ。

 散りゆく者に、本当の終わりを与えないために。

 死神としての矜持を、使命を果たすために。


「……どう語ろうと、今を生きる者にとっては、わたしたちは嫌われ者。でも、それは承知の上。絶対認められないだろうけど、これはあなたのためだから。わたし、一歩も引かないよ?」


 彼女に悪意のないことは理解できたとして、その言葉の通り、忌避の対象であることは変わらない。

 死とは、この世を生きる者にとって、残酷な真実としかなりえないのだ。

 命の前に魂が砕けるとか、死した後の世界とか、そんなこと、今のエリザには考えられない。



 自分は、ここで死ぬ。



 再認した、その事実。

 それ以上でも以下でもない。


 冷たい現実を、これから起こる最期を、確かに告げられ、心が震える。

 止めどない悲しみに、壊れそうになっていく。


「これでも、粘った方なんだよ? 本当はすぐにでも連れて行きたかったけど、あなたたちは、本当に幸せそうだったから。できるだけ、味わってほしかったから。魂の限界、そのギリギリを見極めて、少しでも一緒にいられるようにって、ずっと見ていた」


 無感情の瞳に僅かな憐憫が宿る。


「でも、泡沫の夢は、もう御終い。これ以上は、その魂が持たないから。だから、お迎えにあがったの」


 じっとエリザを――その中にある魂を分析するように見据えながら、ナギは事実を述べた。

 

 その平坦な言葉には、一切の虚飾が含まれない。

 自らの使命に忠実であれと誓ったが故の宣言に、誰も返す言葉を放てないほど。


「……まったくもう、まだ言われますか」


 しかし、クリスは反論せずにはいられない。


 なぜなら、彼女が連れて行こうとしているのは、クリスの最愛であるからだ。

 永久の果てに、愚かな自分を救い出してくれた、わが身よりも大事な存在だからだ。


 語られた言葉が真実だと気付きながら、気付いた思考を殴り殺し、平静を装ってクリスは対する。


「そんなわけがないでしょう。エリザはもっと、長生きします。わたしを看取った後も、ずっとずっと長生きして。彼女をずっと大事にしてくれる方と、巡り合って。そうして今のろりろり姿から、いずれ美麗なアダルトレディになるんです」


 しかし、偽りの平静も長くは続かない。

 聖女として培ってきた強靭な精神力だって、最愛の喪失を目前に、なんの意味もなさない。


「あのお義母さまにだって引けを取らない、素敵な女王様になるんですッ! ロリコンなわたしだって、思わずはぁはぁしちゃうくらい、素敵に成長しちゃうんですからッ! ……だからッ!」

「……ううん、それは無理なのよ」


 涙を散らして咆哮するクリスを制したのは、他ならぬエリザだった。

 庇われた背から歩み出た彼女は、もう、震えていなかった。


「無理だなんてなにを言っているんですかッ!? ぽっとでのロリっ子の言葉にホイホイ騙されてッ! 幼女に惑わされていいのは、ロリコンだけなんですよッ!?」 


 死を間近にして戦慄していた彼女を強がらせているのは、すべて自分が至らないせいだ。

 感情をひた隠せずに動揺した結果、エリザに振る舞わせていることに、クリスは自己嫌悪を抱く。


「悔しいけれど。自分の体のことは、自分が一番分かっているもの」


 哀しさをぐっと押し隠すために、エリザは皮肉めいた微笑みを浮かべる。


「嬉しいでしょ? お前の記憶の中で、あたしはずっと成長しない。お前の大好きな幼女姿のままで、生き続けるの」

「……な」

「あたし、これでも寛容な妃のつもりだから。もし、どーしても堪えられなくなったら、記憶の中のあたし、その、好きにしても……構わないし」

「……る……な」

「でも、ちょっとは手加減してよ? ロリコンの並々ならぬ昂りとか、耐え切れないかも。小さいから、壊れちゃうかもしれないし――」




「ふざけるなッ!」




 激しい怒声が、偽りの微笑を引き剥がす。

 エリザの肩を強く握り、クリスは涙でぐちゃぐちゃになった顔で猛る。


「記憶の中なんていらないッ! 知らないッ! 絶対、離したくないッ! そんなのよりも現実でッ! わたしの側でッ! 一緒に生きてくださいよッ!?」

「ふふっ。このあたしに命令するとか、お前も偉くなったものね?」

「わたしとあなたはふーふですッ! 一緒に今を生きるんですッ! そのためなら、多少の無礼もお小言も、言わせてもらうものなんですッ!」


 クリスはエリザから視線を切る。


 そうして睨みつけるのは、未だここより立ち去らず、ふーふの語らいを覗き見る不逞ふていの輩。


 たとえ幼女の形をしていようと、実年齢本当に一桁だろうと、今だけは性癖の埒外。

 愛する彼女を守るため。その諦念を吹き散らすため、粉微塵と挽くべき外敵……ッ!


「秩序の守り手、摂理の守護者、大いに結構ッ! そんな相手がろりろりしいのもポイント高いッ! 本来ならば、髪の毛一本、小指の爪まで、余さず、くまなく、色々使って、ぐへぐへはぁはぁするところですが、今回だけは例外ですッ!」

「……ッ!?」


 知らず身に迫っていた変態からの仕打ちに、極寒の雪山かとばかりに真っ青になって震えるナギを前に、クリスは声高に宣言する。




「生きとし生ける摂理に背くは、唯一捧げる者がためッ! 夜に似合わぬこの純愛。嗤わぬなれば、この場に猛よッ! 『ジェヴォーダン』ッ!」




 決死の咆哮と共に、現われた闇に包まれるクリス。

 聖女だった頃から想像できない、対極の闇を纏った姿。

 

 

 それは、愛する少女から贈られた、闇色の花嫁衣裳。

 

 

 

「グルアアアァッ!」




 再び教会に現れし巨獣は、今度も愛しきを救うため、月夜に誓いを轟かす。






死神さんは物知りです「知ってるよ」

夜姫さんは怖がりです「うわ、びっくりするじゃない。突然なによ?」

死神さんは物知りです「ジェヴォーダン。それは、悲しみの獣。顕現した瞬間、その敗北は揺るがぬものと決定される残念賞。負けフラグの実体化」

夜姫さんは怖がりです「ちょッ!? 失礼なこと言わないでくれるッ!? あれこそは我らがヴァンパイア、秘奥中の秘奥ッ! 限られた者にしか扱えぬソレは、敗北の二文字など決して似合わぬ――」

死神さんは物知りです「……」

夜姫さんは怖がりです「に、似合わぬ……」

死神さんは物知りです「……」

夜姫さんは怖がりです「……にあ、わ……あわ、ぬ……」

死神さんは物知りです「……」

夜姫さんは怖がりです「…………あわ、あわ」

死神さんは物知りです「……ジェヴォーダン。それは、悲しみの――」

夜姫さんは怖がりです「あ、あうう……。次の展開、怖いよぅ……」


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