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Lily×Monster ~モンスター娘と百合コメです!~  作者: 白猫くじら
続・ロリっ子ヴァンパイア×薄幸の(元)修道女
49/58

期限だよ


 朱色の太陽が地平線の彼方へと沈んでゆく。

 まもなく、夜がやってくる。


 穏やかな睡眠に興ずるためにと、カーテンをした暗室の中。

 彼女は伴侶に先んじて、一足早く目を覚ましていた。


 今宵、彼女たちには赴かねばならぬ場があった。

 

 本来ならば、郷愁と共に訪れるべきそこへ。

 覚悟と決意をもって臨まなければならなかった。


 語らいの時は終わりを告げた。

 これより彼女が向かうのは――


「……」


 衣擦れの音と共に、小さな肢体を覆うネグリジェを脱ぎ捨て、生まれたままの姿を晒す。

 すぐにでも訪れたかった気持ちを堪え、万全の状態で向かうためにと、休めた体。

 その甲斐もあってか、調子がいいような気がする。

 

 年相応の起伏の乏しさに辟易しつつも、気を引き締めるためにもと、お気に入りの下着に着替えなおす。


「……」


 その前に、不備を認識する。


「……そっか。もう、ここまで」


 小さく吐息を漏らす。


 嘆息か、諦念か、はたまた哀愁を漏らすべきなのだろうに。

 どうしてか苦笑が漏れる。


 彼女なら、こんな姿を目にしたとしても、気持ちを高揚させたりするのだろうか。

 そんなことを思いながら、しかし、実際にしてみせるつもりは、決してない。


 その時まで、どうか悟られませんように。

 優しい夢の中で、少しでも彼女に幸せをあげられますように、と。


「……ごめんね」


 愛する者だけを案じながら、想いながら。


 知られてはならない秘密と共に、彼女は一人、袖を通した。




***




「あら、どうしたの? こんな夜更けに。それも、えらく改まって」


 豪奢な扉を叩くと、顔を覗かせたツェペシュが口を開いた。

 並び立つエリザとクリスを前に、彼女は不思議そうな顔を見せる。


「こんばんは、お母様。執務の邪魔をしてしまうこと、どうかお許しくださいませ」

「邪魔なわけないでしょ? 大切な娘ふーふのサプライズ訪問なのよ?」


 国政を取り仕切る多忙な身でありながら、突然の来訪に対しても余裕たっぷりな姿を見せる。

 母として、そして女王として、いくら尊敬してもし足りない優雅さである。


「さ、こんなところではアレだわ。どうぞ入ってちょうだいな」

「はい、感謝します」

「ありがとうございます」

「……ああ、でも、欲を言えばクリスちゃんだけのが良かったわ。……先日のらぶらぶふーふっぷりは、真実だけど、だけじゃなかったの。『娘さんのこと、本当に愛しています。でも、どうしてもあなたの温もりが忘れられないんですッ!』 そう言って飛び込んできた彼女は、嫌がるわたくしを青い欲望のままに手籠めにしようとするのですッ! 『だ、ダメよッ! あなたには、あのがいるでしょうッ!? こんなことおかしいわッ!』  そういって拒絶の姿勢を見せるわたくし。でも、彼女は期待に濡れるわたくしの瞳を見逃してはくれなくて――」

「……お・か・あ・さ・ま?」

「というのは場を和ませようとしたお茶目な女王の小粋なブラックジョークですッ! 決して口が滑ったとかじゃないんだからねッ!? ああでも流石わたくしの娘ッ! 凍えるような殺気に、お母さんタジタジよッ!?」

「い、い、か、らッ! ホンットこんなところではアレだからッ! 早く入ってッ!」


 冷や汗ダラッダラになる女王を、エリザは部屋の中へと半ば強引に押し込んだ。

 次いで、口に手を当てて「や、やだ……☆』なんて、乙女とは程遠い妄言で乙女顔でキラキラするクリスを、室内の壁にめり込ませる勢いで蹴り入れた。

 

 尊敬の念を一瞬で侮蔑へと変換し、バカ二人を雑に処理する。

 部屋前で警備していた衛兵たちは苦労を偲んでくれたのだろう、力強くエリザへと敬礼してくれていた。恥ずかしいのでやめてほしかった。


 衛兵たちの視線から逃れるように、感情のままに扉を強く閉め、立ち入ったのは女王の執務室。

 他の部屋同様に豪奢な調度品が据えられている。

 天井に大きな天窓がこしらえてあるのは、目一杯の月光を一身に浴び、爽やかな心持ちで仕事に臨めるようにという意図からだ。日中には日光を防ぐことができるように、当然カーテンなどの仕組みも取り付けてあった。


 エリザだって滅多に立ち入らない、母の仕事場。

 ヴァンパイアは夜行性の種族。

 この時刻、母が仕事に当たっていることは知っていた。

 普段ならばその邪魔にならないよう、来訪は控えていたのだが、今日はその戒めを破ってでも、逸早く耳に入れなければならない重要事項があったのだ。


 ツッコみに入ったままの気持ちを切り替え、ぶち抜けた石壁の外から戻ってきたクリスと共に居住まいを正す。

 そうして呼吸を落ち着けてから、エリザは母に対した。

 

「え、えっと、ですね。その、あたしたち、お母様に大事なお話があって……」

「ッ!」


 躊躇いがちなエリザの様子に、何か察した様子のツェペシュは、突如疾走、扉を開け放つ。


「……? お母様?」


 きょとんとするエリザの前で、彼女は、まぁたなにかやらかしたのかと、あからさまに怪訝そうな顔をする衛兵に、その様を糾弾することもなく、コショコショと耳打ちをする。


「……! 御意にッ!」


 言葉を受けた兵は、一瞬驚いた表情を見せるも、すぐさま平伏し、夜空へと飛び立って行った。

 なぜだかその横顔は、喜色に溢れていたような……?


「あ、あの、お母様? 一体何を命じたの……?」


 おずおずと尋ねれば、ツェペシュは夢見心地な表情でご満悦である。


「もぉっ! 決まってるじゃないエリザちゃんっ! 揺りかごにガラガラ、オムツに生き血っ! 国中上げてサポートするからねっ! ハジメテでも、だいじょーぶっ! お母さんに、みーんな任せなさいっ!」

「ッ!?」

「……ん? えっと、何の話……?」


 まったくもって推測できないエリザに対して、クリスは何かを察した様子をみせる。

 驚天動地のクリスへと、ツェペシュは喜びを溢れさせながら両手を差し出した。


「ありがとう、クリスちゃんッ! この子、こんな感じで意地っ張りでしょう? だから、好意を伝えるのがとっても下手で。わたくし、本当のところ半ば諦めていたのです。……でも、あなたは成してくれたッ! ここに奇跡を授けてくれたッ!」

「こちらこそありがとうございますお義母さまッ! こんなに可愛いお嬢様を下さってッ! 共々に、わたし、きっと幸せにしてみせますッ!」


 ひしと交わされた力強い握手、からの、熱い抱擁。


 瞳からキラリとした涙を零す二人。

 エリザは、何が何だか分からない。


「え、えーっと……?」


 困惑するエリザを他所に、彼女らのやり取りは続いていく。


「……あっ」

「ッ!? なにッ!? どうしたの、クリスちゃんっ!?」

「……今、動きました」

「えッ!?」


 そうして見ていると、頬を染めたクリスは、己の腹部へと手をやり――慈愛に満ちた、母の顔になる。


「……わたしとエリザの、赤ちゃん」

「ヤダホントッ!? ちょ、ちょっと聴かせてッ!? うふふ、おばあちゃんですよー? こんにち――」

「んなわけあるかああああぁッ!?」

「わあああぁあああたくしの初孫おおおおぉぉッ!?」


 全力の腹パンにより、ツェペシュの前から亜高速で消えるクリス。

 動揺しつつも無為に母の仕事場を壊してはならないと感情の刹那に気にしたエリザ絶妙のコントロールで、寸分違わず壊した壁の穴を潜り抜け夜空へと飛び出でたのだ。

 身に覚えのないオメデタ発言にエリザが肩で息をしている間に、すぐさま飛び出したツェペシュがあっという間にクリスを連れ帰ってきた。


 腹部を抑えてうずくまるクリスに、ツェペシュは青い顔で安否を尋ねる。


「大丈夫ッ!? 大丈夫なのッ!?」

「……わ、わたしはだいじょうぶです。でも……でも、聞こえないのッ! あの子の鼓動がッ!? ままー、早く会いたいよーって囁いてくれていたベイビーボイスがッ!? 赤ちゃんッ! わたしたちの赤ちゃんがッ!?」

「そ、そんな。小さな命が……。お願い、死なないでッ!? 元気に生まれてきてッ!? でないと、子供が生まれて幸せムードに浸る娘ふーふに、舌舐めずって混沌をもたらすというわたくしの大願が――」

「そんなもの元からいないでしょうがッ!? その葬式ムードをいい加減やめろぉぉッ!?」


 雰囲気に充てられ、存在しないはずの罪悪感に包まれそうになりながら、エリザは全力でツッコみをぶつけた。


「……え? そうなのエリザちゃん?」

「嘘ッ! 嘘ですッ! あんなに深く愛し合ったのに、あなた認知しないつもりなのねッ!? わたしとは遊びだったってことッ!? ひどいッ! ひどいわッ!」

「やっかましい目を覚ませえぇッ! お前それ何役よッ!? そもそもあたしは責任は果たす女よッ!?」


 ぜえぜえと息を切らしながらも、全霊のツッコみでバカ二人にかかった思い込みを消し飛ばす。

 思い早った二人は、恥ずかしそうに頬をかいた。


「ご、ごめんなさい。あまりに真剣な面持ちだったから、お母さん、てっきりそうだと……」

「ご、ごめんなさい。あまりにお義母さまが嬉しそうだったから、わたし、てっきりそうだと……」

「想像オメデタとか、本当に大丈夫なの……?」


 あまりにありえない想像をした二人に、エリザは深く肩を落とした。

 あと、何やら不穏なことを母がのたまっていた気がしたが、きっと気のせいに違いない。うん、きっとそうである。もうこれ以上ツッコむのも面倒なのでそうだと思い込もう。


 二人に辟易しながら、エリザはぽつりと本音を漏らす。


「ホント、ありえないでしょう。そもそもあたし、産んでもらうよりも産んであげたい方だし……」

「「……え!?」」

「ッ!? な、なななんでもないわよッ!? なにも言ってないんだからねッ!?」


 顔を真っ赤にする二人を前に、迂闊に飛び出した本心をどうにか誤魔化そうと本題に入る。


「そ、そんなことよりッ! お母様の耳に入れておかないといけない、大事な話があるのですッ!」

「うふふ、もう、エリザちゃんったら……。恥ずかしがらなくてもいいのよ? 愛しい者の赤ちゃんを授かりたいなんて、普通のことだもの。あまり知られてはいないけれど、女の子同士で赤ちゃんを授かれる方法だって、ないわけではないのだし。どちらに宿ってもらうかで、ちょっとした喧嘩になるふーふだっているようだけどね? わたくしの時だって――」

「そのッ! 先日、あたしの命を貰うって、襲い掛かってきた者たちがいたのですけどッ!」

「……!」


 エリザの言葉に、和やかな雰囲気が一変する。


 ツェペシュの様子が打って変わる。

 それは、穏やかだった母親から、絶対者たる女王へと。



「……少し、場を変えようか?」




***




「さて。まあ、この辺りまでくれば良いでしょう」

「……お母様、ここは」


 ツェペシュに連れられて辿り着いた先。

 廃墟となったそこに降り立ったエリザ、そしてクリスは、疑問を隠すことができなかった。


 そこは、特別な場所。

 二人が出会い、道楽を繰り広げ、拒絶し、別れ、救うために、不可能に抗い。

 そうして、結ばれた場所――あの修道院、その跡地であった。


「その話、他の者に聞かせたくないのでしょう? 顔に書いてあるわ。まかり間違ってもと、念を入れたのよ」

「ご過分な配慮、痛み入りますお義母さま。ですが、何故ここに――」




「運命の場所」




「「!」」

「キサマらにとっては、ここがそうなのであろう? なればこそ、その命運を左右する審判、下してやるならば相応しかろうと思うてな? 愛娘たちへの、せめてもの情けというヤツよ。さあ、感涙に咽ぶがよい」


 その底知れない冷徹な声音に、息を呑む。


 母親ではない。

 今、この場に立っているのは、紛れもないヴァンパイアの女王。

 

 罪には罰を。

 罪人への容赦など一切持ち合わせない、冷徹な女王が、そこにいた。


「……ご存知、なのですか?」


 襲い掛かってきた相手に情けをかけ、見逃したことを。


 凍り付くような殺気に蝕まれながら、どうにかクリスが尋ねれば、ツェペシュは睥睨する。


「敵対者と対峙した。なれば、無念の返り血を浴びるのが道理。あの醜悪なドロドロとした感触、匂い。そう簡単には離れてくれぬからなぁ?」


 遥か過去を思い返し、面白そうに口元を歪める女王。

 その冷徹な瞳が、再び二人を見定める。


「……だというに。これは一体何事か? 我が血を継ぎし娘、そしてその娘が認め、つがった女。なればこそ、情けも容赦も持ち合わせぬは自明の理と思うたに。反抗するもの殺戮せぬなど、どのような了見をしておるのか?」


 一族の長、絶対女王。

 その身一つで、ヴァンパイアたちを一纏めにしてきたのは伊達ではない。


 圧倒的な圧力に、指先一つを動かすことでさえ、至難の業。

 しかし、エリザたちは引くわけにはいかなかった。

 震えを押し隠し、女王の双眼を凝視する。


「お言葉を返すようですが、これは我らが種族、その末永き繁栄を願ったが故の快挙なのです」

「……快挙、だと?」


 愚女と見下げる視線に潰されそうになりながらも、言い切ったエリザ。

 その言葉をクリスが引き継ぐ。


「はい、お義母さま。罪には罰を。それは最もであると同意いたします。それも此度の一件は、王族の命を狙った行い、決して許されるものではございません」

「左様。それを理解していながら、キサマらは――」

「であるからこそ、あえて見逃し、生き永らえさせるのです」

「……なにを」


 理解できないと眉根をひくつかせるツェペシュへ、エリザは進言する。


「愚か者どもの命を絶つことなど、赤子の手をひねるより容易なこと。ですが、命を絶つということは、それらの同胞の復讐心を悪戯に煽ることとなるでしょう。さらなる襲撃を誘う芽になるやもしれません。だとしても、その芽が絶えて果てるまで、撃滅し続ければよいだけのことですが」

「その過程で、我らが同胞たちの血が流れることは否定できません。王族に忠誠を誓う守るべき民。傷つけることは本意とするところではないでしょう」

「その点については同意してやろう。だが、それとこれとが――」


 言いかけた女王の目に驚きが宿る。


「いや。もしや、キサマら――」


 その機を逃さず、エリザ、そしてクリスは畳みかける。


「はい。命を絶てば、ただ殺されたという事実が伝わるだけ。しかし、あえて見逃してやることで、ソレらは同胞たちへ、その身に受けた残虐を、文字通り生きた言葉で伝えるのです」

「そうすることで、仲間を殺された復讐心ではなく、瀕死となって戻った生き証人から、絶対的な恐怖心が伝播してくのです」


 死に体の仲間。

 生きているのが不思議なほど残酷な姿に、眼球が震え。

 心の折れた口から放たれる体験に、耳を塞ぎたくなり。

 骨ごと砕かれた裂傷から漏れ出る痛々しい血の匂いに、嗅覚が麻痺し。

 治療にあたろうと触れる手に、生温かい鮮血と、零れた内臓がねっとり触れる。

 

 肌に感じることで、恐怖は容易く伝播する。

 そして、反逆などという愚かしさは、永劫に断たれるのだ。


 結果、王族は決して敵わない存在だと、不穏分子は理解し、手出ししなくなり。

 兵士も民も、悪戯に傷付かずにすむという、先を見据えた対応策であるのだ。


 ……と言っても、あの森で彼女らを見逃したのは、そこまで深慮したのではなく、個人的な理由から。これらの意見は後付けであった。


 彼女らはただの愚かな襲撃者ではなく、命を賭けてでもと、エリザに戦いを挑んだ勇士。

 それに、エリザのことを敬愛していたのは確かだったのだ。

 どうにか彼女らを極刑から免れさせる手段はないかと二人で思案し、導き出したのがこの結論であった。


 彼女らが捕らえられてからでは体裁が悪い。そのため、エリザたちは先んじて女王の下を訪れたのだ。

 

 内なる思惑を秘めたまま、最期の一押しと、二人は凛々しさを湛えたまま告げる。


「よって、此度の我らの行いは、愚行などではありません。快挙なのです。我らが繁栄を模索した、新たな道。お母様、処断は、どうか成果を確認したうえで」

「彼女らを無罪放免にと懇願しているわけではございません。頃合いを見計らって捜索し、この身に変えても必ず一同捕縛いたします。その後には仕置きをするべきでございましょう。ですが、命を絶ってしまえば同じこと。我らが画策、水泡と帰してしまいます。次代も揺るぎない繁栄をと深慮したがゆえの此度の行い。どうか、理解していただけますよう」


 言い終えて、深く礼をするエリザたち。

 平静を保ちつつも、その背にはかつてないほど冷や汗が浮かんでいた。


 自らの存命も、彼女らのソレも、すべては次の一言にかかっている。

 場に満ちる静寂が、痛いほどにその身を苛んでいく。



 そうして、永遠とも思える時間が過ぎた後。



「……キサマらの思惑。確かに理解した」



 女王は、異例の酌量を口にした。

 吐息を漏らすような温かさを確かに含んだ同調の言葉に、エリザたちは瞳を輝かす。


「……! お母様!」

「ありがたき幸せに存じますッ!」

「なるほど。終ぞ思い浮かばなんだ新たな手法。なかなかに面白い。殺してしまえばその場で終い。だが、あえての存命を与えてやり、命尽きるまで、我らが恐怖に震わせる……ククッ! なんという愉悦ッ!? よき嗜虐よなぁッ!?」

「え、えっとお義母さま。そういう個人的嗜好を満たすために導き出したものではなくてむぐッ!?」

「ええッ! そうでしょうッ!? 戦いの最中、思い浮かんだ際には、心が躍るのを抑えられませんでしたものッ!」


 指摘しかけたクリスの口を塞ぎ、母の意見に全面同意するエリザ。

 ここで機嫌を損ね、覆されてはたまらない。


「なるほど、流石は我が娘といったところかッ!? 滂沱し、月夜に雫を漏らし、幼子と化して逃げおおす姿ばかり目に付いていたが、残虐を好みし一族の血、確かに引いていると再認させられたぞ!?」

「お褒めに預かり恐縮ですッ!」


泣き喚いた理由の大半は、お前たちのせいなんだけどッ!? 

……と、ツッコみたいのをどうにか抑え、口元をピクつかせながらも、エリザはどうにか平伏した。


 ひとまず、これで彼女らの命は保障された。

 あとは、母に主導権を握られて、苛烈な拷問に掛けられることがないよう、うまく取り計らなければならないが、そこは、案を出した自分たちの手腕を見るために一任してくると思われるので問題ないだろう。

 こう見えてクリスは頭が回る。

 いずれは理由をつけて彼女らを放免することも不可能ではないはずだ。


(そうでないと報われないわ。いいえ。どうしたって報われない。だって、あたしは――)



「――しかし、だ。その妙案、此度は先送りとしようぞ」



「ッ!」


 あの森での襲撃、その思惑に気付き、沈んでいた心が跳ね上がる。

 突然の手のひら返しに、エリザは目を見開いた。


「なぜですかッ!? 理由をお聞かせくださいッ!」

「待て待て。斯様にいきり立つな。まあ、それも若さよな」


 若干下ネタに取られかねない言葉で命じる夜の女王。


 だが、エリザにはツッコむ余裕などない。

 先送りとするとは、つまり、今まで通りの法に照らすということ。

 ならば、王族に牙を剥いた彼女らの行きつく先は――


「僭越ながら。女王様ともあろうお方が軽々しくお言葉を翻されるべきではないかと。その御言葉は、国の意志。治世の乱れを生むこととなります」


 どうにか冷静さを取り繕い進言するクリスに、ツェペシュは深くうなずく。


「誠、そなたの申す通りよ。しかし、此度だけはどうか許せ。私情を挟ませるがよい――キサマらのようにな」

「「ッ!」」

「なにを驚くことがあろう。永きに渡り、人ならざる者たちの国を治めてきたのだぞ? 急ごしらえの舌先三寸、語る若輩の内心程度、読むことができんでなにが女王よ? 特に……」


 動揺する二人に――主にエリザに視線を向けながら、女王は年季の違いを見せつける。


「しかしまあ、舌先三寸は言葉が過ぎたか。先の提案、まさに妙案。今後の治世の検討には入れてやろうぞ」

「……言えたことではありませんが。先のお言葉の真意、お聞かせ願えませんか?」

「ああ、そうであったな。なに、簡単なことよ」


 促すエリザに、ツェペシュは口を開き、





「――アヤツらをけしかけたのは、であるからな?」





 信じたくない事実を言い放った。


「……え?」


 今、女王は、なんと口にした……?


 けしかけた? 

 娘に……なにを?


「命じたのは余である。決定したのは余であるのだ。ならば、その責は余に向けられるべきもの。よって、キヤツらは罪に問わぬ。当然の帰結よ」

「……一体、何を言って……」


 確かに放たれた言葉を、意味の持たない音としか頭が理解してくれない。

 茫然とするエリザの前で、ツェペシュはひょうひょうと種明かしを始める。


「あれはそう、失踪の件に留意するようにと、キサマの城を訪れるより前のこと。はかりごとを察知した衛兵らが、一党を捕縛してきたのだ。もちろん、すぐさま処断してやろうと思うておった」


 それこそ女王として当然の振る舞い。

 悪事を断じてきた夜の女王として当然の判断である。


「しかしアヤツら、無礼にも余を睨み返し、高説を垂れてきおったのだ」


 そこで予想外のことを聞かされたとツェペシュは示す。


「この余ですら、踏み入ることに苦慮する事柄。だのに、一切を捨て、命を賭けた程度で達してみせると言い切りおった。馬鹿者よ。ククッ! とんでもない大馬鹿者よッ!」


 侮辱の言葉を並べ、嘲り笑うのは、王者にのみ許されし特権。

 遺憾なく発揮しながら、ツェペシュは謀略を潜ませていた胸襟を惜しげもなく開いていく。


「キヤツラ程度に成せるはずがない。そう思いはしたのだが、これも一興。キサマらへの賑やかしになればと縛を解いてやったのよ。思惑を成すことについては、成就できれば儲けもの、くらいに考えておったがな? そちらについては、予想した通りとなったようだが」


 罪悪感などみじんも見せず、ツェペシュは血の繋がった我が子を襲わせたと告白する。


「そ、そんな……」


 彼女が何を言っているのか、エリザには理解できなかった。


 冷徹な女王。

 しかして、政務の傍ら、決して片手間にならないようにと、自身を育ててくださって。

 早くに伴侶を失いながらも、悲しみを押し隠し、溢れんばかりの愛情を、自らに注いでくれていた。

 あの姿は、偽りだとは思えない。決してそうではなかったはず。


 なのに、今、自身の前に立つ彼女は――否、立ち塞がる彼女は。

 その心ごと砕き折ると、傲岸不遜な立ち居振る舞いを見せている。


「エリザッ! しっかりしてください、エリザッ!」


 いち早く我に返ったクリスが、エリザの心を救おうと、必死で呼びかけを続けていた。

 らしからぬ必死の形相で、愛する人の名を呼び続ける。


「わたしなんかには想像できないと思いますッ! わたしは親子の情なんて知らないからッ! その悲痛は、きっと理解できやしないッ!」


 理解してあげたいのに、分かち合えない。

 歯噛みしながらも、クリスはエリザを叱咤する。


「でもッ! それでもしっかりしてくださいッ! たとえ実の母だとしても、我が子の生涯に立ち塞がるだなんて、幸せの道を潰すことだなんて、許されないからッ!」

「……」


 しかし、エリザは戻ってきてくれない。

 光を失った瞳で、ただただ立ち尽くしているだけだ。


「耳に痛いことを言ってくれる。だが、綺麗ごとで収まるのなら、誰も苦労はしないというものだろうが」


 嘲笑うツェペシュ。

 クリスはエリザを庇いながら、彼女を睨みつける。


「……」

「クク。冷酷な女王から、最愛を守ろうとするその雄姿。本来ならば嬉しいところであるが……今は、鼻につくな?」


 不満を口にした直後、紅色の双眼が妖しく輝く。



「『地に伏せよッ!』」



 そうして下される、女王の勅命。

 それが、無防備に瞳を直視した愚か者に向けられた。


「ッ!?」


 果たして、場に漏れる小さな声。

 だが、それは苦痛に呻く声ではなく。


「……馬鹿なッ!?」


 あり得ない状況に、驚愕を漏らす声だった。


「……」


 何も変わらず、エリザを庇い、しかと地に立つクリスの雄姿に、ツェペシュは動揺を露わとする。


「キサマッ!? なぜ両の御足を見せつけているッ!? 月夜に映える艶やかなニーソをッ! すらりとした美脚をッ!? どうして遺憾なく見せつけ続けているッ!?」


 若干クリスに毒された感がないでもないが、それはあり得ぬ事態に臨んだ動揺が故と流しておこう。


 女王であるツェペシュは、当然ながら強大な力を持つ。

 ヴァンパイアであるならば、彼女の『チャーム』に従えない者などいないはずなのだ。


 であるはずなのに、クリスは依然、ツェペシュを睨み続けている。


「……そういえば、胸躍ったあの夜もッ!? いやよいやよも好きの内という言葉を生み出した東方の民族に、内心で喝采を送りながら、お願い本心に気付いてと、はしゃいでいたあの夜もッ!? そうだ、既にあの時からッ!」


 一部不適切な本音が漏れ聞こえたが、ツッコみ担当のエリザがそれどころではないので、ここも流しておこう。


 女王モードのカリスマを自ら崩御させたツェペシュは、そうとは気付かず一人推察する。


「まだありありと見せつけるだと……!? このようなことが、あり得るはずがない。なぜキサマは。キサマはなんだ。キサマは我が娘らの献身により、我らが同胞と化したはず。生の脈動を知らせる真紅は、確かに我らのものと――」


 ツェペシュは、突如目を見開く。


「いや、そうなのか……? もしか、そうであるのかッ!?」

「……お義母さま。冗談はネトラレ好きだけにしてください。そんな悪逆非道、あなたには似合いません」

「い、いやあの……。キサマにだけは、嗜好についてとやかく言われたくないのだが……」


 抑えきれぬ怒りを言葉に込めていたのだろう。

 クリスの瞳には確かな炎が宿っていた。

 しかし、この場面にどうやったってそぐわない非難の言葉に、ツェペシュの毒気は抜かれざるを得なかった。


 確かに脱力を自覚した後、ツェペシュはどうにか取り直して女王の顔に戻ろうとする。


「と、ともかく! キサマごときが、余のなにを理解しておる? 余こそ夜の王、その頂点に立つ者。なればこそ、悪の権化と呼ばれても過言ではなかろう?」

「確かにそうかもしれません……。でも――」


 そこで、クリスは視線を移す。


「……」


 自らの腕の中。

 そこには、信じていた母親に敵意を向けられ、動揺すらできずに固まる、大好きな人の姿が。


「あなたは、女王である前に母親でしょうッ!? どうして娘の幸せに水を差すんですかッ!?」


 強い非難の言葉に、ツェペシュの顔が曇る。


「……忘れたことなど、一時足りとも。だからこそ、わたくしは――」

「先に口にされた結婚初夜だってそうですッ! 新婚ホヤホヤ、幸せに浸るわたしを、ピッチピチな内にネトってやろうと、エリザを思わせる顔つきを巧みに利用し誘ってきてッ! アレ卑怯ですよふざけないでくださいッ!」

「いやそんなつもり微塵もなかったのだけどッ!? というか、押し倒してきたのはクリスちゃんよねッ!? ノせてきたのもクリスちゃんよねッ!?」

「……ぎゅーぅッ」

「あだだだッ!? ごめんなさいッ! どさくさに紛れて責任転嫁しかけちゃいましたッ!? 許してエリザ、本当に反省してますからあああぁッ!? そしてカムバックありがとうですうううぅッ!」


 エリザに右側の臀部を千切れんばかりにひねられて、悶絶するクリス。


「……はぁ。ホントお前、いっつもブレないわよね……?」


 エリザは、軽蔑し、ため息を漏らす。

 しかしながらエリザは、そのどうしようもなさに心の中で感謝する。

 きっと今のは、わざと見せたどうしようもなさ。

 消沈する自分をなんとかして救い出そうと、手段を講じてくれたのだ。


「……はぁはぁ。ホントは擦るような感じのが良かったですけど。でも、千切れんばかりにちいちゃいおててで折檻されるのも、これはこれでいいプレイなような……」

「……」


 いや、ただ欲望のままに走っただけなのかもしれない。

 しかし、案じる声は聞こえていたし。

 まあ、一応感謝すべきなのだろうかなどと、エリザはいらぬところでまた頭を悩ませる。


 そうしてシリアスな空気に相応しくない様子を見せる二人に対し、ツェペシュは口元を引きつらせずにはいられなかったようだ。


「キ、キサマら、こんな時でも相変わらずなのだな……」

「お義母様、その言葉、そっくりそのままお返ししますね?」

「何故にッ!?」

「自覚、なかったのですか……? もしかお義母さま、わたしよりもアレなんじゃ……」


 きょとんとするツェペシュの姿に戦慄を見せるクリス。

 エリザが我を失っていた間に、しょーもないやりとりをしていたのが容易に推測できるのが、本当に辟易ものであった。

 大きなため息を漏らした後、エリザはやれやれと軌道修正に入る。


「普通なら悲劇に沈んで本領すら発揮できずに、ただただ蹂躙されてしまうんでしょうね。でもお生憎様。コイツを娶ったばっかりに、こんな感じよ」


 後悔なんて、するわけないけど。


「……」


 嫌ではない辟易を零した後、エリザはツェペシュの目をしかと見た。


 女王の双眼を見据えること。

 すなわち、『チャーム』に掛けられるリスクに踏み入ること。

 

 絶対女王の命令チャームには、エリザだって逆らえない。

 それを知り得ながら、彼女はあえて直視した。


 それは、絶対に屈さぬと、母に離別を叫んだのと同義。


「……ッ!?」


 理解したツェペシュが、たじろぎを見せた。

 その在り様を視認しながら、エリザは『彼女』に問いかける。


「そんなあなたはブレブレよね? お母様なの? 女王様なの? 今のあなたは、いったいどちら?」

「……」


 問われたツェペシュが、沈黙する。

 そして、ポツポツと独白する。


「……そうね。自分でも、分からくなっていたわ。あの日、エリザちゃんとお話ししてから」

「……話?」


 興味を惹かれる文言に、クリスがエリザに視線を移す。


「……」


 苦しげな顔で歯噛みするエリザへと、ツェペシュは続ける。


「あの日、聞かされたあなたの決断。大切なあなたが決めたこと。ならばこそ、口を出す資格など『余』にはない。民を守るという使命。この身に宿していればこそ」


 一体何の話なのか。

 見当がつかず、二の句を待つクリスの横で、全てを知るエリザは、人知れず拳を握りしめていた。


「……だけどッ! だけど『わたくし』はッ! あなたにそんなこと、望んでほしくなんてなかったッ! 悪いことだっていうのは分かってるッ! あなたの意思に反すること、行わせたい願いが、許されないことだって、分かってるッ! それでもわたくしは、大切なあなたを……ッ! あの人が残してくれた、愛するあなたを……ッ!」


 慟哭し、子供のように涙を流しながら、彼女は――ツェペシュは感情を露わとする。


「……お母様」


 唇を噛む。

 肉親の悲哀に誘われ、躊躇いそうになる。


 許されぬもう一つに、踏み出しそうになる。



 でも。

 それでも。



「……」


 傍らを見る。

 愛する人がいる。


 幸せにしてあげたくて、手を尽くして、すべて捧げて。

 そうしてようやく、永劫の不幸から救い出せた、彼女がいる。


「……エリザ」


 状況は理解できずとも、言い知れぬ不安に惑いそうになりそうでも。

 それでも、自分のためにと、たじろがず、強く立っている彼女。


「……」


 その手を、強く握る。

 惑わぬようにと。

 貫くためにと。


 しっかりと、指を絡める。


「……」


 無言で握り返してくれる彼女に、感謝を覚え。

 そして、心の中で――謝罪を唱え。


 エリザは、口を開く。


「計り知れない悲しみを生むでしょう。立ち直れない傷を創るでしょう」

「……ならッ!?」


 一縷の希望。

 ありえないソレを瞳に宿し、どうにかハイライトを形作ろうとするツェペシュ。


 そんな『彼女』へ――『母』へ、変わらぬ決意を、伝える。



「それでもあたしは、貫き通す。これが、あたしの決めた道。その証が――」



 ここに、確かに残っていくから。



「……そう。そう、なのね」


 クリスの手を強く握る姿に、母は静かに頷き――声もなく、雫を零す。


 痛々しい姿。

 

 女王としても。

 そして、母としても。


 あんなに惨めで、弱弱しくて……崩れそうな彼女を目にしたことなんて、なかった。


 だが、エリザは目を逸らさない。

 それは、自分の決断に、責任を持たないことになるから。


 エリザが謝罪を抱きながら見守る先で。


 やがて糸の切れた人形のように、ぺたりと、膝をついた。


「……昔っから、そうだった。言い出したら聞かないところ。あの人にそっくり」


 そして母は、力なく、過去を回想する。


「……でも、そんなところも可愛くて。わたくしの真似をしようとして、やらかして、すぐに泣いちゃうところも可愛くて。すべて、すべてが愛おしかった」


 手を伸ばしても、決して届かない思い出に縋るように。

 絶望の中、それだけを拠り所に生き続けているかのように。

 彼女は、愛娘のことを思い続ける。


「わたくしの大切な、愛しい、愛しい、宝物……」


 力なき者ならば、ただ、慟哭し、ままならぬ現実に甘んじる他ないのだろう。

 枯れ果てても、悲しみを流し続けることしかできないのだろう。


 しかし、彼女はそうではない。

 彼女は女王。


 そして、何より――エリザの母親。


 だからこそ、このままで終わらない。

 終わるわけがない。

 だからこそ、彼女は、きっと今、この場に。


 その予想が正しかったと証明するように。




 突如、膨れ上がる――気配。




「「ッ!」」


 予測し、身構えていたというに、後退あとずさりそうになる。

 怖じそうになる身を奮い立たせ、どうにか対峙するエリザたち。

 


 彼女らの前に、ヴァンパイア族、最強の彼女が、立ち塞がる。



「……だからこそ。わたくしは、ここにいる」



 涙に濡れた瞳に、決死を宿し。

 愛する娘と同じように、自分自身の我を貫き通すと決意する。


「民から石を投げられようと。十字と縛られべられようと。……あなたに恨まれ、憎まれようと。歩みを止めるつもりはない」


 ここに立つのは女王ではない。

 愛する娘を思う、一人の母親。


「既に、女王は崩御した。ここに立つのはただの女。愛する娘のためならばと、伸ばすかいなは、その我が子にさえ望まれぬ」


 行きつく先を理解しながら、許されぬ所業だと理解しながら。


「しかして決して止まらないッ! 願いを我欲で貫き通すッ! 悲哀の渦を予期していながら、それでも歩みを止められない、ただの愚かな一人の女ッ!」



 そして、母は娘のために、その娘に牙を剥くと、彼の獣の名を咆哮す。



「ジェヴォーダンッ!」


 現れ出でた闇が、彼女に殉じ、荒ぶり猛る。

 さながらそれは、その女の心の内を映し出す鏡。


 常識も、理性も、守るべき民も。

 そのための障害となるのなら、全てを捻じ切り、屠って散らす。


 叫ぶように膨れ上がり、怒涛となって彼女の周囲を蝕んでいく。


 そうしてやがて、もはやそれだけではとどまらないと。


 主の命に従って、まずは目前の最愛に剥くと。

 そこに立つ、母の体を覆って集う。


 膨れる気配はより邪悪に。

 秩序など唾棄して潰すと嗤うように。


 溜める力は限りなく。

 そのためならば何でも捧げると、後先を捨てるように。


 我が子が見据える先で、母は獣へ変じていく。



 そうして、ソレは顕現する。



 誇り高き夜の王。

 中でも力のある者にしか発動できぬ、闇の衣。

 月夜に吠える、強靭な巨体。



「グルァアアアアッ!」



 それは、事成す前の決意の叫びか。

 それとも、心を手折る、我が子への先なる贖罪か。

 此度のソレは、誰より強靭。


 目前にして、改めて気付く。


 母は、本気なのだということを。


「『さあ、あなたも纏いなさい。その願い、成就したくばッ!』」

「……ええ。言われるまでもありません」


 促されるまでもなく、エリザは力を奮う覚悟を固める。



 その時だった。








「ううん。そんな行い認めない」








「「「ッ!?」」」





 闇夜に響いた、澄んだ声。

 そして浮かび上がった、白いソレ。


 その姿を捉えると同時――いいや、それより早く。



「グルアアアァアッ!?」


 

 轟く絶叫。


 遅れて気付く。

 その一刀。


 闇夜に顕現した強靭な巨体。

 ただ一刀の元に切り伏せ、光の粒子と消失させゆく。


「……カハッ!?」


 違わず急所を貫かれたツェペシュが、目を見開いて息を漏らし。


「「おかあさまッ!?」」


 エリザたちが、悲鳴混じりに声を上げる。



 あり得てはいけない状況を起こしたのは、あり得てはいけないはずの存在。



 雪を欺く柔肌を、純白の衣装と長髪で彩って。

 雪夜に飛沫く、血桜のようなマフラーをはためかせ。



 そうして、彼女は降り立った。





「期限だよ。今にも砕けんその魂。今宵、頂戴に伺いました」





 幸せな今生に、今、別れを告げさせると。




 白き先触れ――死神は、今宵、闇夜に舞い降りる。





アンニュイな死神さん(黒幕)「はぁあ……」

やっぱりお約束には勝てませんでした(自滅)「あら? どうしてため息なんて零しているのかしら?」

アンニュイな死神さん(黒幕)「しんどい」

やっぱりお約束には勝てませんでした(自滅)「いや、しんどいって……。思わせぶりな登場シーンを繰り返し、やっときちんと登場できたんじゃない? このわたくしを切り倒すなんて、衝撃シーン引っ提げて」

アンニュイな死神さん(黒幕)「そこは満足。でもその結果、次回、間違いなく彼女たちとひと悶着だよね?」

やっぱりお約束には勝てませんでした(自滅)「幕間を挟んだ後になりますけどね。まあ、それはそうでしょう。展開的にあなたがこのお話のラスボスでしょうし。……はぁーぁ。余じゃなかったのかぁ……」

アンニュイな死神さん(黒幕)「流石あの娘の母親。膝を抱えて地面いじいじとか、カリスマ総崩れもいいところ」

やっぱりお約束には勝てませんでした(自滅)「だ、だれがそんな無様を晒していますかッ!? 描写されていないからって適当なこと仰るのやめてもらえないかしら!? 後ろ手を組んで、小石を蹴っただけじゃないッ!?」

アンニュイな死神さん(黒幕)「それも相当だと思うけど」

やっぱりお約束には勝てませんでした(自滅)「えッ!?」

アンニュイな死神さん(黒幕)「閑話休題。あなたの娘はいい。でも、問題はもう一人。あのロリコンさん。あんなのとやりあわないといけないなんて、考えただけで気が滅入る。……もう帰りたい」

やっぱりお約束には勝てませんでした(自滅)「あら、それはダメよ」

アンニュイな死神さん(黒幕)「だよね……」

やっぱりお約束には勝てませんでした(自滅)「それはウチの娘の十八番だもの。真似してもらったら困りますわ?」

アンニュイな死神さん(黒幕)「知ってるよ。そしてギャグで言ったワケではなく……。ああもう、ほんとヤダ」


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