わたしにいい考えがあるー
新婚初夜に、伴侶が不貞を働いた。
となればもう、その先に待つのは、地獄すら生温いと思えるほどの壮絶な修羅場である。
愛しさ余って憎さ百倍。
幸せに浮かれていた空気は霧散し、愛情に比例した惨劇の幕開けである。
刃傷沙汰に発展しても、なんらおかしくはないのだ。
今、とある古城の中で、そんな愚か者に対し一つの沙汰が下されようとしていた。
「も、申し訳ッ! 申し訳ありませんでしたッ! なにも考えずに浅はかにッ! 愚行に走ったわたしが間違っていましたッ!」
仕置きの苛烈さに、クリスは身を震わせ、心底から許しを乞う。
ガクガクと震える青白い顔。
額からは球の汗がつらつらと流れ落ちる。
浮かび上がった汗で、下着がべっとりと肌に張り付いていた。
だが、そんなことに気を払っている余裕などない。
その命がかかっているのだ。
「何卒ッ! どうか何卒ッ! お慈悲を下さいませッ!」
全身全霊、命がけの謝罪を行うクリス。
だが、その相手は人でなく、ヴァンパイア。
人外の姫に許しを乞うのだ。
たかだか命を懸けた程度で、受け入れられるはずがない。
「黙りなさい。懺悔だなどと目障りな真似、見せないで。虫唾が走る」
冷ややかな視線で、エリザはクリスを見下した。
闇に生きるモノを前に、懺悔などという神を彷彿とさせる行いを見せるなど、浅はかが過ぎるというものだ。
「エ、エリ――」
「『黙れ』と言ったのよッ!」
「ッ!?」
追いすがろうとしたクリスが、パクパクと青い顔で口を動かす。
『チャーム』により、言葉を封じたエリザは、怒りに染まった深紅の瞳で、クリスを見据える。
「このあたしをあれだけコケにしたのよ? 許されるわけないでしょう……?」
「!」
幼姿に似合わぬ、圧倒的なプレッシャー。
幾度も死線をくぐってきたクリスさえ、硬直せずにはいられなかった。
「……だけど、そうね。あたしは寛大よ。だから一つだけ許してあげる」
彼女が冷徹に微笑むと同時、クリスに掛かった『チャーム』が解除される。
「……あ……あ……」
発語機能を取り戻したクリスであったが、恐怖に唇が動かない。
震える彼女を見下しながら、エリザは冷徹に告げる。
「口が利けないと、感想が聞けないもの。それじゃあ面白くないでしょう……?」
「……!」
凶悪に口の端を吊り上げる彼女に、クリスは戦慄せずにはいられない。
彼女は言ったのだ。
命を削って狂乱し、愉悦に一役買うがいい、と。
「お、お願いしますッ! お願いしますッ! どうか、どうか許してくださいッ!」
「懺悔はいらぬと言ったはずよ? その頭はどうなっているのかしら? ああ、それとも耐え切れず、既に壊れてしまったのかしら?」
不満を漏らすエリザだが、それでもクリスは謝罪を続けずにはいられない。
「そうですッ! 壊れてしまいますッ! 壊れてしまいますからッ! ですからどうかお許しをッ! どうかお慈悲をッ!」
「ダメよ。全て見せるまで許さない」
「そこをどうか、どうか許してくださいッ! だって、だってこんなの反則ですものッ!」
クリスは打ち震えながら、瞳をカッと見開き、エリザを見る。
その視界に映るのは、戦慄せずにはいられない、驚愕の姿――
小さな頭に戴く、純白のプリム。プラス猫耳。
慎ましく愛らしい肢体に纏う、黒白入り混じったエプロンドレス。スカートは膝上。
ニーソックスとスカートの間に作り出されたマシュマロふとももの領域は、絶対と呼びたいほど神聖。
使用人の衣装――メイド服に身を纏ったエリザは、居丈高に振舞いながらも恥ずかしそうに頬を染め、スカートの裾をきゅっと握る。
「ふ、ふぅん……。その、それは、なぜかしら? え、えっと、……ご主人さま?」
「かぶりつきでエリザ・オンリィ・ファッションショウッ! なんて見せられ続けたら嬉しさのあまり死んでしまいますから言わせないでください分かりきったことおおああ最高うううぅギコギコキュイィイイイインッ!」
……。
…………。
………………?
***
事の起こる数時間前。
活気づく街の中を、エリザは一人歩いていた。
「ああもう、ホンット信じらんないッ!」
満点の太陽の下、日傘を差して歩む。
歩調は荒く、全身から怒りが発露していた。
白磁のごとく透き通った肌に、紅色の瞳、愛らしい相貌。
ゴスロリ服に身を包んだ彼女は、一見しただけで人々を魅了する。
いいところのお嬢様にしか見えない容姿に、お近づきになりたいと願う民衆たちの視線が刺さる。
だが、それだけ。
愛らしい容姿に似合わぬ憤怒の形相に、人々はただ遠巻きに様子を伺うだけであった。
そんな視線など意に介さず、エリザは怒りを漏らして進む。
「ホントになんなの!? 馬鹿なの!? 阿呆なの!? 尻軽なの!? いや全部なんでしょうけどッ! ええ、分かってはいたけれどッ!」
こんな真昼間から外を出歩くなんて、滅多と行わないことだ。
日に当てられて灰になるほどの雑魚ではないが、気分は良くないからである。
しかし、溢れる怒りの感情に、居ても立っても居られなかったのだ。
昨晩、結婚式の直後でありながら、妃のクリスはエリザの目を盗んで不貞に走ろうとしていた。
しかも、その相手はよりにもよってエリザの実母、ツェペシュだったのである。
その場で一通りの制裁を加えはしたが、しかし、どうにも腹の虫が収まらない。
いつもいつも好みの幼女を見かける度に暴走するクリスではあるが、今回は流石にアレだったと思い直したのか、居城に戻ってきてからは平謝りを続けてきた。
だが、どうしても許せなかったエリザはそれを無視。
いっそお母様と結婚し直せば? と突き放し、ついて来ようとするクリスを拒絶して、白昼の街中へ飛び出してきたのである。
あんな浮気者のことなど知ったことか。
それより、趣味の読書に興じたほうが千倍マシだ。
そんな風に思い、いつもは夕暮れ時の閉館前に立ち寄るお気に入りの図書館へ足を運んでみるも、どうにも集中できない。
普段は、なかなか話の分かる司書の女性と文学トークに花を咲かせるのだが、どうにもそんな気分にもなれなかった。
察した彼女が相談に乗ろうとしてくれたのだが、気恥ずかしくて早々に立ち去り、現在に至るのである。
どれだけ振り払おうとしても、頭に浮かぶのはクリスのことばかり。
腹が立って腹が立って仕方ない。
「これだけあたしの中を好き勝手して、自分はヨソで好きに勝手に……ああくそッ!」
何度目かの不満を漏らしながら、エリザはあてどなく歩き続けていた。
そうしているうちに、彼女は本通りから外れた細道の方へと入り込んでいた。
それに気付かず構わず、怒りを原動力に足を進め、薄暗い路地裏を歩んでいく。
「ホント、相も変わらず尻軽なものよねッ!」
そうしてエリザは感情露わに歩き続けていた。
ふと、その足が止まる。
「……」
人気のない路地裏。
自信満々なその顔に、似合わぬ影が差す。
「……ねえ、お前は知らないでしょ? あたしは……」
不意に覚えた、夜の王に相応しくない感情。
それが一体なんなのか、彼女が自覚する――その前に。
コツンと、靴の先に何かが当たる。
「……ん?」
見れば、真っ赤に熟したリンゴが転がっていた。
日の当たらない路地裏に似つかわしくない、瑞々しい果実である。
なんとなく疑問を覚えたエリザだったが、すぐに気付く。
「あららー。りんごは地べたに落っこちたー」
視線の先に、しゃがみ込む少女の姿があった。
転がったリンゴを拾い集め、抱えた紙袋の中へ、せっせと仕舞っている。
「……ほら」
エリザは、足元のリンゴを拾い上げ、ハンカチで汚れを拭った後、彼女へ差し出した。
「にゃにゃ?」
少女はエリザに気付くと、目を丸くする。
「わー。ありがとー。そっちにも転がっちゃってたんだー」
無邪気に笑う少女。
エリザは無視し、しゃがみ込むと、散らばっていたリンゴを集めてやった。
「……まったく。このあたしの手を煩わせるとか、飛んだ身の程知らずもいたものだわ」
「そう言いつつも、一個一個きれいにゴシゴシしてから返してくれるんだねー。優しい子ー」
「ふ、ふんっ。ただの気まぐれよ」
素直な言葉に思わず顔を背けると、少女はぺこりと頭を下げた。
「うん、ありがとー。気まぐれおじょうさまー」
そうしてまた無邪気な笑顔を浮かべる少女。
子供からのまっすぐな言葉は、どうしても面映ゆくなってしまう。
見た感じ、まだ年端もいかないといったところだろうか。
見た目だけで言えば、エリザと同じか、ちょっと下くらいである。
肩まで伸びる夜空のような黒髪に、健康的な褐色肌。
身に纏っているのは使用人の衣装、いわゆるメイド服というものだろう。
リンゴ拾いを終えた後、少女は改まって礼を述べた。
「このたびは、どうもありがとー。お使いに出てまして、近道だーって、びゅんびゅん走ってたら、落っことしちゃったんだー」
「まったく。気をつけなさい? 落とし物もだけど、こんな人気のないところ、子供一人で歩くものじゃないわよ? 治安が良くて、事件なんて滅多に聞かないと言っても」
「はーい。気を付けまーす。でも、おじょうさまも気を付けてー。メイドさんなんかより、よっぽど狙われそうだよー?」
「あ、あたしは大丈夫よ! というか子供扱いするな! これでもあたしは、齢200を超えて――」
言った後、失言だったかと思うエリザだったが、少女は冗談だと思ったようだ。
態度を崩さず、朗らかに笑う。
「ぶっぶー。嘘つきはダメでーす。お尻ぺんぺんされちゃうよー?」
「う、嘘じゃないわよ! いくら子供だといえ、人間風情がこのあたしを侮辱するなんて、いい度胸――」
「そんなことよりー」
「そんなことより!?」
あまりのマイペースさに虚を突かれるエリザへ、少女は語りかける。
「気まぐれ優しいおじょうさまに、お礼なんてしたい気分でーす。愚痴があるなら聞いちゃうぜー? さあさ、望んで臨んでー?」
「は、はぁ?」
「なんだかおじょうさま、お悩みモードに見えるからー。話すだけならタダですぜー?」
「そうなっているのは、お前のせいよッ!」
「じゃなくてー」
捲し立てる声も気に留めず、少女はクルクル回りながら言う。
「そんな表面上でなくー。もっと奥のメラメラのほうー。うんうん悩ます問題の方ー」
「……!」
思わず息を呑むエリザ。
態度こそふざけているが、この子供、底知れない。
感じる気配は確かに人間のもの。
だというのに、この観察力は……。
いや、子供だからこそ、感情の機微に聡いのかもしれないが。
「ふ、ふんっ! 子供に気を遣われるほど落ちぶれてなんていないわよっ!」
警戒心と単純な怒りにて踵を返そうとするエリザに、少女は追いすがる。
「まあまあそう言わずにー。見ず知らず、なんにも知らない子供だからこそ、気兼ねなく愚痴を言えたりしないー? 解決にはならないかもだけど、やってかないー?」
「……」
エリザは立ち止まる。
自分が悩みの渦中にいるのは事実。
強がってはいるが、誰かに話を聞いてもらいたいのは本当の所。
しかし、不貞を働かれたなんて恥ずかしい話、知り合いにはとても話せない。
だから、司書の女性は元より、親友のアルラウネに相談しなかったというのもあるのだ。
そもそもアルラウネは、恋愛関係では頼りにならない初心な子であったし。
「安心してー。意地悪するつもりなんてないよー? ただただ、悩める優しい子羊おじょうさまのこと、少しでも安らかにしてあげたいかもーって思っただけだもん」
「子羊などと呼んでくれるな。虫唾が走るわ」
光の眷属を思わせる物言いに語気を強め、口を噤む。
だが、それ以上の拒絶を、エリザは見せなかった。
得体の知れない子供ではあるが、彼女から害意は感じない。
ただ単に、エリザへお礼がしたいだけなのだろう。
そも、エリザは誇り高きヴァンパイア。
歯向かう者は、圧倒的力をもって、闇の底へと沈める者だ。
もしか策を弄そうとも、それ毎、微塵と絶やせばいいだけだ。
警戒などは、弱者の所業。この自分には似合わぬことだ。
あの尻軽妃のせいで、珍しく及び腰になっていたのだろう。
それに、自分は次代の王となる者。
たとえ相手が人間だとしても、庇護すべき弱者である童の礼を無下にすることはできないだろう。
結論づけたエリザは、やれやれとため息をついた。
「……まったく。仕方ないわね。このあたしの悩み、頭を垂れて拝聴するがいいわ」
「うん、ありがとー。優しいおうじょさまー」
了承を伝えると、少女は無邪気に笑ったのだった。
***
場所は変わり、街外れにある丘の上。
そこに立つ大木の木陰にて、エリザはメイド少女に思いの丈をぶちまけていた。
「――というわけなのッ! 恥知らずもいいところじゃないッ!? 結婚初夜に不貞とか、死んで詫びられても許せないレベルよッ! これは親友の話なんだけどッ!」
「そうだよねー。大好き同士だから結婚したのに、すぐに他の人とイチャイチャとか、勝手が過ぎるよねー」
「べ、別に大好きとかそんなんじゃなくてッ!? その、あの、拾ってやっただけよッ!」
「おじょうさまの親友がー?」
「……ハッ!? そ、そうよッ! 親友がッ! まったく、見る目がないにもほどがあるわッ!」
誤魔化すように、市場で購入したトマトジュースに口をつける。
その傍らで、メイド少女はエリザが押し付けたアップルジュースを、のんきに飲んでいた。
愚痴を聞かせてやることを了承したエリザであったが、よくよく考えてみれば、その内容はあんまりにあんまりすぎた。
結婚初夜に思い人に裏切られるとか、その相手がまさかの実母だったとか、他者に語って聞かせるのは、そのプライドが許さない。
だが、誰かに聞いてもらわずには、この胸の怒りが収まらない。
苦肉の策として、自分の親友に起こった悲劇であり、それに共感し、激怒しているという体に見せかけているのだった。
「大体なによッ!? お前の好みはつるんつるんなぺたんこ幼女たちじゃなかったのッ!? もしくは未成熟な童顔女、合法ロリとやらじゃなかったのッ!? なに急にストライクゾーン広げてるのよッ!? 大人の女に目覚めているのよーッ!?」
「え、えーと……。それは、喜ばしいことなんじゃないかなー……」
相手がお母さんだったのはあれだけどー……と、引き気味の少女のことを放って、トマトジュースを煽るエリザ。
「もうほんっと……。ホンット信じらんないッ! ……ばかっ! ばかぁーっ!」
「あ、知ってるー。これ、泣き上戸って言うんでしょー? でもおかしーな? それただのトマトジュースだよねー?」
「ううぅっ! これが呑まずにやってられるかぁー! これはしんゆーの話だけれどぉー!」
「いやだからトマトジュースだよねー? というかもう、色々無茶苦茶だよねー?」
悪い酔い方をする酒飲み状態となったエリザを介抱し、どうにか落ち着かせてから、メイド少女は、アップルジュースを飲み干した。
「……はぁあ。なんか、安請け合いするんじゃなかったかもー。……底の方じゃ、なかったし」
「なにか言ったぁー?」
「なんでもなーい。……はあぁー」
少女は大きくため息をついた後、切り替える様にエリザへ向き直る。
「お話は分かりましたー。そして、そういうことなら、解決方法は簡単だよー」
「? どうしてよぉ?」
トマトジュース片手に鼻水をすする酔いどれヴァンパイアに、少女はきっぱりと進言する。
「簡単簡単。ほら、わかれちゃえばいいんだよー」
「!」
一瞬で酔いの覚めるエリザへ、少女は子供らしい無遠慮な即断を続けていく。
「知ってるよー。結婚の反対は離婚っていうんでしょー? 愛想が尽きた人同士が、お互いに新しい生を歩むために行う船出ー。ほら、そうしちゃえば、簡単簡単。お悩み解け――」
「どうしてそんなこと言うのよッ!?」
「にゃにゃッ!?」
血相を変えたエリザは、瞳を見開き愕然とする。
「そんなはずないッ! そんなこと、アイツが望んでるはずないッ! 愛想なんて、絶対尽きていないんだからッ!」
少女に詰め寄り、涙しながら思い人のことを反芻する。
「浮気者だけど、いつも大好きですって、優しく囁いてくれるの……。頼んでもいないのに、好意と愛情、注いでくれるの……。あれが嘘だったなんて……思いたく……ううぅ」
「ご、ごめんねー。考えなしが過ぎましたー。だから泣かないでー? よしよしー」
頭を撫でてくる不敬を拒絶する力もないほど日和りながら、エリザは何とか付け加える。
「な、泣いてなんていないわよ……。そ、それと、これはあくまで」
「親友のお話、だよねー?」
「そ、そうよ。このあたしが、そんな愚か者を娶るわけ、ないんだから……」
エリザは流れた涙を、手首の内袖でゴシゴシ拭う。
そして、泣き腫らした瞳で、自身の慕う者のことを、ぽつりぽつりと語り始めた。
「こ、このあたしに選ばれたアイツはね……? 救いようのないヤツだったの」
「そうなのー?」
「初めは憤怒しか抱かなかった。欲望を満たすための玩具として、片手間にこのあたしを弄んで……。八つ裂きにしてやろうって思ってた」
夜の散歩中、ふと立ち寄った修道院。
窓から覗いた美麗な姿に誘われ、立ち入って。
姿とは裏腹なロリコンな思考、行いに恥辱を受けた。
夜の王に対し、不敬すぎる所業。
報いを受けさせると強く誓った。
「制裁の機会を伺って、何度も会いに行ってやったわ。でも、その都度、語るのも憚られる屈辱的な所業に、望まぬ道楽の嵐。どんどんペースを握られて……。やがて、怒りは別の感情に替わった」
「はーいっ。それは、恋心、だよねー? おじょうさま、ほだされちゃったんでしょー? きゃーっ。あまいあまーいっ」
「……憐憫よ」
「……え」
予想だにしない単語に、黄色い声を上げていた少女が虚を突かれる。
エリザは俯きながら続ける。
「真実を知った。アイツはただのロリコンじゃなかった。民のために身を粉にして働いて、でも、ずっと報われなくて……。望み絶えても、世に別れを告げることはできなくて……。ずっと、呪われた聖の輪に縛られていた」
「……!」
聖女ルミナス。
それが、遥か昔孤児だった少女が、神に見初められ、変質した姿。
人の域を超越する絶大な光を奮える、神の代行者。
しかし、その代償に、若くして死に至ることを宿命づけられ、世界が真の平和に至るまで、記憶を保持したまま延々と転生することを定められる。
「でも、それは自らが望んだ道。ならば、報いもなにも、受け止めるべきだから。歩まされたとしても、そもそも自分が選んだ道。なら、アタシにはなにもできない。せいぜい、憐れんでやることくらい」
「……」
神妙な顔で話を聞く少女。
さっきまでのお調子者感は鳴りを潜め、話の行く末に注視している。
「……だけど」
少女へ、そして、今はここにいない彼女へ、エリザは思いの丈をつまびらかとする。
「だけど、なぜかしらね? 捨て置けばいいはずなのに。どうしてかあたし、手を貸してやりたくなってしまったの。救い出してやりたくなってしまったの」
「……!」
「アイツを救済することは、即ち神へ一矢報いることになるから? 救い出して、その上で絶望の底に叩き落したら愉快そうだから? ……ううん、そうじゃない。そうじゃないの」
」
エリザは、大切なものを抱きしめるように、胸の前できゅっと手を合わせる。
「幸せにしてあげたくなったの。闇とか光とか関係ない。これだけ頑張ってきたんだもの。なら、幸せにならなくちゃ、やっぱり辻褄が合わないでしょう?」
気の遠くなるほど長い間、全てを投げ打って、人々を救おうと邁進してきたのだ。
例え、勅命が果たせなくとも、永劫の時、他者のためにその身を捧げ続けてきたのだ。
いい加減、彼女自身が救われたっていいはずだ。
ハッピーエンドに至らなければ、おかしいはずだ。
「神がアイツを不幸にするのなら、このあたしが幸せにしてやる。茨の道でも構うものか。このあたしを相手取るのよ? そのくらいでないと、役不足だわ」
彼女には伝えたことのない、本心。
それは、これからも直接伝えられることはないだろう。
このいじっぱりで、だけど真心に溢れた愛情で、婉曲的に伝わっていくはずだから。
「……ありがとう」
「え?」
「んーん。おじょうさま、やっぱり優しいおじょうさまだなーって」
「べ、別にそういうんじゃないわよッ!? あたしは、その……」
わたわたするエリザに、少女はぺこりと頭を下げた。
「さっきは意地悪しちゃってごめんなさーい。今度はぐっじょぶな名案、お知らせしちゃうー」
「名案?」
「うんうん。わたしにいい考えがあるー。ちょいとお耳を拝借ぷりーず」
そして少女は、こしょこしょとエリザに耳打ちをした。
元邪神はメイドさん「たっだいまー! 謎メイドちゃんは無事にミッションコンプリート! お使いレベルが1上がったー!」
元冷酷姫は百合狂い「おお、戻ったか。ご苦労ご苦労」
元邪神はメイドさん「といっても。ちょっと気になる子たちがいるから、またお出かけするんだけどねー?」
元冷酷姫は百合狂い「そうか。気を付けるのじゃぞ? して、所望したものは」
元邪神はメイドさん「お買い得だったよー? 色もいいし、みずみずしいしー。まずは手洗いうがいしてー。そしたらウサギさんにしてあげるねー? はーい、ぴょんぴょんでーきた!」
元冷酷姫は百合狂い「おお。瞬く間に皿の上に無邪気なウサさんりんごが!?」
元邪神はメイドさん「ふっふふーん。器用でしょー? 謎メイドはすごいんだぞー?」
元冷酷姫は百合狂い「――そう、ウサリーヌとウサトワネット。彼女らは女の子同士。両親の反対を押し切り、禁断の道を貫くと出奔したのだ。多くを失い、それでも、傍らには愛する者が。だが、密かに慕っていた幼馴染、ウサジェンヌが、ハイライトを消して追いかけてきて――うふふ、ドロドロな百合園、それもよいっ!」
元邪神はメイドさん「あー……。果物でさえ、そういう妄想できるようになっちゃったかー。そっかー。姫様の頭も、器用に変貌しちゃったよねー? 悪い意味で……」
元冷酷姫は百合狂い「ダ、ダメッ! わたしは、ウサリーヌを愛しているのッ! だから、あなたの思いには答えられないッ! 口に咥え、振り下ろされる鉈。それを耳で真剣白刃取りながら、ウサトワネットは懸命に訴える。それでも、愛に狂ったウサジェンヌは、涙しながら思いの丈を――」
元邪神はメイドさん「わー。東洋の秘術まで持ち出すんだー。世界観どうなってるのー? ホント、この人の相手退屈しないよねー? 疲れるけどさー」




