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一人じゃないから


 再起し、宙に浮かんだ三人は、ヤマタノオロチを睥睨する。


 身命を賭けた宣戦布告が効いたのだろう、ニコラの名乗りの途中、ヤマタノオロチの毒気は抜け、硬直した。


 災厄の邪竜すら怯ませる、ニコラの新たな姿。


 聖と邪。

 相反し、決して手を取り合うことのないはずの光と闇が、身体の中にある。

 纏った鎧はそれを如実に表現する、純白と漆黒が仲良く入り交ざった仕様。

 あるところは鋭く、あるところは滑らかに。

 ゲヘナとクォンの限界突破の姿を意匠した鎧は、アンバランスなはずなのに、しかし、温かな親和性を不思議と発揮していた。

 また、背には白黒それぞれの翼が生え、自由な飛行を可能としていた。

 

「うむっ! その姿、とってもめちゃカワっ! あーんど、クールっ!」


 隣に浮かんだゲヘナが、喜びのままに抱き着いてくる。


「俺だけでなく、クォンの力をも手にしたかッ!? 人の身に過ぎたその傲慢、まさにめちゃカワッ! さすが俺の花嫁よっ!」

「ちょ、ちょっとッ!? なに独り占めしてるカッ!? ニコラはクォンのお嫁さんでもあるのヨッ!?」


 慌てて抱き着いたクォンが、嬉しそうに見上げてくる。


「ありがとネ、ニコラッ! クォンのこと、もらってくれてッ!」

「……ありがとうは、わたしのセリフだ」


 ニコラは涙ぐみながら二人を抱き寄せる。


「寄り添ってくれて、ありがとう。それだけで、わたし……」

「うむっ」

「ほあちゃっ」


 抱き寄せられた二人は、再び並び立てる奇跡を噛み締めるように、瞳を閉じた。


「ほっほっほ。どうやら成功したようじゃな。気張った甲斐があったわい」


 声が聞こえ、ニコラたちは背後を振り向く。

 そこには、うすぼんやりとしたアダマンタイト・ジャイアントたちの姿があった。


「ニコラ、コイツらって……」

「マスターストーンに憑りついていた霊のみなさん。わたしが屠ったアダマンタイト・ジャイアントさんたちだよ」

「わ、わたしが屠ったって……」


 ぎょっとするクォンを尻目に、ゲヘナは事情を把握した様子だ。

 正面に立つ、顔の傷が渋いナイスミドル風の一体を見る。


「……そうか。キサマらが俺たちを救って」

「違うのう。確かに後押しはしたが、すべてはその子の想いの結果よ。共に生きたいと強く願った強い想いが、この奇跡を引き寄せたのじゃよ」


 上級職であるはずで、これ以上、上へのクラスチェンジはないはずだった。

 だが、未来を望んだニコラの想いが、竜と龍と心を結んだ強い想いが、この奇跡を引き寄せた。


 前代未聞、歴史の闇にすら存在しない、上級クラスを超える存在。


 神龍と邪竜を共にした、破格を超える破格の存在。

 神・竜騎士とでも呼ぶべきクラスである。


 そのクラスチェンジの際に生じた莫大な生命力が、瀕死のゲヘナとクォンから暗き怨念を消し飛ばし、死の淵から救い出したのだ。


「ふははっ! そうか。ならば知らぬ」


 ゲヘナは快活に笑う。


「だがどうしてか、この俺はキサマらに礼を言いたい気分だッ! だから頭を垂れてこう叫ぼうッ! 礼を言うッ!」

「ありがとうございますッ!」

「感謝御礼ヨッ!」


 三人が揃って頭を下げる。

 そんな姿に、アダマンタイト・ジャイアントたちはくすぐったそうにした。


「まったく、良いと言うたのに。じゃがせっかくじゃ、頂戴するとしようかのう」

「だけど、こう改まって言われると、こっぱずかしいな……」

「う、うん……」

「一族以外に、ましてや人間なんかにお礼を言われることなんて、なかったしねぇ……」

「でもでもッ! 悪い気分じゃないわよねッ!?」

「ああ、確かにッ!」


 彼ら彼女らは口々に笑い合い、嬉しそうな様子を見せた。

 そうして盛り上がる群れの様子とは対照的に、顔を上げたクォンは心配を浮かべる。


「だけどその。あなたたちは……」


 言いかけた時、ニコラたちは気付く。


「!? 身体が、透けて!?」


 アダマンタイト・ジャイアントの霊たち。

 その姿が、更に透け始めたのだ。

 急速に弱まっていく姿に慌てるニコラへ、ナイスミドルは穏やかに笑う。


「どうやら気張りすぎたようじゃの。このまま昇天コースじゃわい」

「そ、そんなッ!?」


 マスターストーンの使用回数は、一個につき一回。

 ニコラの手にしていたそれは、本来竜騎士へと至った後、すぐさま砕け散っているはずだった。


 しかし、ニコラたちが幸せを迎える姿をこの目で見たいと望んだ、半ばおせっかい、半ば野次馬根性を一致団結させたアダマンタイト・ジャイアントたち一丸の願いと根性により、無理やり形を保っていたのだ。

 

 そして、先のニコラたちの窮地を前に、更に一致団結。

 アダマンタイト・ジャイアントたちは、その魂を賭け、更なるクラスチェンジを無理くり行わさせた。

 さらに本来ならばあり得ない、上級クラスから超上級クラスとでも呼ぶべきクラスへの転身を遂げさせたことで、存在にガタが生じ始めたのである。


 二度目のクラスチェンジをさせたこと、それが反則技であると疑っていたクォンは、自身の予想が的中してしまったことを知る。


「どうしてそんな、無理をしてまでッ!?」


 泣きそうになるクォンの頭を優しく撫でる仕草を見せながら、ナイスミドルは語る。


「無理なんかであるものかいの。そこな少女の熱さを見れば、たとえ無理だったとて、滾らずにはおられぬよ」


 背後にて同じく消えかける者たちが一様にうなずく。

 彼ら彼女らの言葉を代弁するように、その紳士は語る。


「むしろワシらの方が礼を言いたいくらいなのじゃ。幸せの後押しができたことにの」

「ミ、ミドルさん……」


 涙ぐむニコラに、その紳士は優しく微笑む。


「ほっほっほ。短かい間で立派な顔になりおって。我が子の成長を喜ぶと言うのはこんな気持ちなのかのう。ワシには子がおらんくてなぁ」

「まさか命を奪われた敵に対して、こんなふうに思うなんてねぇ」

「でも、それも情ってやつなんじゃねえか? 悪に生きた俺たちが知らなかった」

「……かも、しれないわねぇ」


 口々に言い合いながら、そして満足げに消失へ向かう。

 そんな優しいモンスターたちへ、ニコラは他意なく強く叫ぶ。


「必ずッ! 必ず幸せになってみせますッ! だから……ッ!」


 拳を握る彼女へ、モンスターたちは手を振りながら消えていく。

 しっかりやれよ、ハッピーをゲットしちゃいなさい、などと、声援を送ってくれて。

 

 そうして最期に消え逝くナイスミドルはつぶやく。


「マイワイフよ。ワシはお主のお陰で、信じる正義を……」


 そう幸せそうにいいながら、やがて宙へと溶けていった。


「……」


 しばらくの間、ニコラは瞳を閉じ、静かに涙を流していた。

 他者の消失に対し、悲しみを抱き、冥福を祈ること。

 これも、彼女が変わったことの証明、その一つかもしれない。


 やがて、ニコラは瞳を開き、宣言する。


「……勝つよ。わたしたちは、絶対勝つッ!」

「優しい想いに応えるためにッ!」

「たとえ何が阻もうと、消して散らして蹂躙するッ!」




「「「ハッピーエンドを迎えるためにッ!」」」




「シャッ!? シャアァッ!?」


 そしてようやく意識を取り戻し、キョロキョロするヤマタノオロチに向かって、三者は怯むことなく突撃する。



***


 ヤマタノオロチは、驚愕していた。


「おはようオロチな邪竜さんッ!」

「だけどグッナイ再びネッ!」

「底の知れない死の安寧、そこへ沈んで二度と覚めるなッ!」


 復活し、先よりも力を漲らせた少女たち。

 想いを一つとした強き少女たち。

 彼女らの怒涛の連撃が、無敵を誇るこの身に傷を与え始めたのだ。


「ギジャアアアァッ!」


 応戦し、その呪いにより、人はもとより、莫大な威力にて竜すら落命確実の炎を放つ。


 放射状に放たれた、避けようのない豪炎の津波。

 先に命を絶たれたそれに、しかして邪竜と神龍は、臆することなく立ち向かう。


「今度はさせんヨッ!」

「万全を超えた俺たちに、防げぬものはないと知れッ!」


 二人は自然に手を握り合うと、呼吸を合わせて片手を奮う。

 手中に凝縮した聖と邪を、息を合わせて振り抜こうとする。


「分かるッ! だけど今回はッ!」


 そんな二人の前に割り込む影。

 身の丈を超える巨槍を携えた白黒の鎧。

 纏う少女が吠えて叫び、真っ向から死へと挑む。


「わたしが、守るんだあああああッ!」


 背に生えた両翼にて、迫る炎の勢いよりも速く、突進を仕掛けてくる。

 そしてその穂先と炎はぶつかり合い、せめぎ合う。


 かと思えば、炎を裂き切り、攻撃を全て無効化する。

 

 両断された炎が空を虚しく殺す中、彼女は息を切らすこともなく、そこへ凛然と浮いていた。


「むー。ありがとだけど、見せ場を取らないでほしかったヨ」

「ふははっ! まあいいではないか。空気を読まずにいいとこ取りッ! その傲慢な優しさ、めちゃカワよッ!」


 守られたクォンとゲヘナは、表現する言葉こそ違うが、ともに嬉しそうな様子を見せる。


「ありがと。守れてよかった」


 安心を如実に表し、胸を撫で下ろすニコラ。

 彼女の姿に、ヤマタノオロチは恐れを覚えた。


 龍と竜、本来手を取り合えないはずの聖と邪。

 両者を繋ぎとめ、あまつさえその力をも手にした人間。

 

 大切な存在を守るため、染み付いた臆病さに素知らぬふりをし、死を前に逃走を捨てた姿。

 彼女の存在が、ヤマタノオロチにとって、とても目障りに思えてきたのだ。

 

 ただ、その力もそうだが、それより、なにより。

 

 

 彼女が粋がれば粋がるほど、あの鬼嫁たる神龍が活気づいてしまうと気付いてしまったのだ……ッ!



「ジャ、ジャアアァ……」


 それだけは絶対に阻止せねばならない。

 だからと、ヤマタノオロチは決意する。


「ジャアアァアッ!」


 再び放つ死の炎。

 放射状に放つ、回避不可の攻撃。


 しかし、彼女らは慌てない。

 回避できたとして、もう必要などないと、待ち構える。


「今度こそッ!」

「俺たちだッ!」


 手を握り合ったクォンとゲヘナは、空いたほうの手を振り上げ、力強く振り下ろす。


 応じ、牙を剥くのは、聖なる力にて武装した、火、風、水、雷の強力な攻撃。

 加えて、祖先たる自身らさえ一目置いた、望むものを焼き殺す闇の力。


 信頼し合い、支え合うように混ざり合った怒涛の剛撃が、容易く死を弾け飛ばす。


「ジャアアアッ!?」


 それだけにとどまらず、悠然と構えていたヤマタノオロチの体を深く貫いた。

 絶叫し、もんどりうって地へと巨体を沈ませる。


「ふははっ! 気の置けない新妻同士の合わせ技、思い知ったかッ!?」

「し、知ったカッ!」


 ふふんと胸を張るゲヘナに、クォンは、恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに合わせる。

 しかし、クォンはその後、眉根を寄せてつぶやいた。


「……だけど、なんだかそれでもアレヨ。呆気なさすぎないカ?」

「む?」

「いや、確かに今、会心が決まったと思っているネ。でも、手ごたえがなさすぎるネ。クォンたちの二人分、手にしたニコラは、今よりもっとせめぎ合ったヨ? なのに今は、ヤケにあっさりぶち抜けた気が」

「……それは、確かに」


 疑問を覚える両者。

 いくらなんでも、あっさり決まりすぎた気がしたのだ。


 そして、その疑問は正しかった。


「うむっ!?」

「ほあちゃっ!?」


 突如として、にじみ出た球体が、二人を周囲ごと覆い、閉じ込めた。

 しかも、何重にも渡って、厳重に捕えてしまったのだ。


「今さら、こんなのッ!」


 激痛など恐れない。

 すぐにぶち破ってやると気合を入れるクォン。

 だが、気付いたゲヘナは叫ぶ。

 

「……違うッ! 狙いは俺たちではないッ!」

 

 振り仰ぐ背後、佇むニコラの眼前で。

 いつの間にか現れたソレは、月明かりに光っていた。

 何もなかった空間から、突如現れた。


「ギジャアアッ!」


 打ち放たれた矢の如き首が、その身に触れんばかりの位置に、現れていた。


「ッ!」


 ニコラは、目を見開いた。

 だが、全ては手遅れである。


 気付ける可能性はあったのだ。

 

 例えば、ヤマタノオロチの攻撃に、ゲヘナとクォンがあっさり打ち勝てたのは、油断を誘うために肉を切らせたせいであったとか。

 それだけでなく、弱めた力を、別の攻撃手段に充てていただとか。

 その手段が、この土壇場での隙をつく、まさかの搦手であったとか。


 気付ける可能性は、十分にあったのだ。

 なのに、気づくことが出来なかった。


 その狙い――竜たちをまとめた厄介な人間を、先に仕留めること、に。


「「ッ!」」


 今となっては、もう遅い。


 焦燥する竜たちの手助けは、僅か届かず。

 不可視の力にて、巨槍ゆえの射程外たる手許深くまで入り込んだ搦手の首は、もはや避けようがなく。


 ニコラに残された道は、諦め、人を殺す呪いに触れ、終焉に沈むことだけだった。


 要たる人間。

 それを屠れば、竜も龍も、その心は砕けて折れる。


「ジャジャジャッ!」


 もはや勝利は目前だと、ヤマタノオロチは、嘲笑する。

 

 

 だが。

 ニコラは、諦めなかった。



 槍では捌ききれない。

 そう見るや、彼女は。


「このッ!」


 槍を手放し、瞬時に握り。


「拳でえええぇッ!」


 振りかぶった拳で、迷うことなく、ぶん殴ったのだ。


「ジャアアァッ!?」


 思いもよらぬ行動に、ヤマタノオロチは呆気にとられる。

 ただの一撃で、極太の刺客は穿たれ、消失した。


 だが、その代償は小さくない。

 ニコラが躊躇なく殴りつけたのは、触れた人間を炭化させる呪いを抱いた首。

 それを徒手にて叩き潰してしまったのだ。


 迫る火の粉を振り払うため、他に手段がなかったとはいえ、それは蛮行。

 今のヤマタノオロチの呪いの力は、尋常ではない。

 たとえその身を邪竜の力で覆い、神龍の力をも受け取って、竜族に近い存在となっていたとしても、人間である彼女に、抵抗する術などない。


「ぐうぅぅッ!?」


 殴りつけた右腕は、触れた箇所から炭化し始め、じわじわと肩口目掛けて浸食していく。

 伝説たちの力を得たことで、並みの人間よりも蝕まれる速度は遅延しているが、それでも間も無くの落命は免れない。


「「ニコラッ!?」」

「大丈夫……ッ! 大丈夫、だから……ッ!」


 真っ青になる二人に、ニコラは心配いらないと、強く示した。




 その姿に、ヤマタノオロチは驚愕する。




 呪いに侵され、死へと近づき、それでも彼女は泣き喚かない。

 こちらを睨み、敵意を燃やし、未来を掴むと生きている。


「ジャアアッ!?」


 一体なぜだと、理解不能な姿に怖気づくヤマタノオロチ。

 見て取ったニコラは、激痛に呻きながらも宣言する。


「言ったはずッ! 命以外は捧げるとッ! それ以外なら捧げるとッ!」


 その背に生えた翼が、応じてはためく。

 未来を決して諦めない、きっと辿り着くと示す様に。


 そして彼女は手にした槍を振りかぶる。

 たった今、放った言葉を実行する。


「たかだか腕の一本程度ッ! 望む未来に比べればあああぁあッ!」


 ニコラは浸食される前にと、右肩目掛けて槍を振り下ろしたのだ。


「「……ッ!」」


 その覚悟も、決意も、すべては二人と生きるため。

 だからこそ、その不退転は、ゲヘナにも、クォンにも止められはしない。

 二人にだけは、止められない。


 だが、この場にいるのは、彼女ら三人だけではなかった。

 その覚悟を邪魔する者が、ここにはいたのだ。


「ジャアアァッ!」


 ヤマタノオロチは咆哮すると、炎弾を吐き出した。

 それがニコラが奮う槍に直撃し、中空へと弾け飛ばしてしまう。


「ぐッ!?」


 不意を突かれるニコラ。

 その間にも浸食は広がり、右肩を超えて心臓に迫っていく。


「「「ッ!」」」


 ゲヘナとクォンが息を呑み、ニコラは悔しさに歯噛みする。

 

 しかし。

 浸食はそれ以上進まなかった。

 

 ニコラを蝕んだ呪いの炭化は、心臓直前で停止。

 いや、それどころか。


「……治って、いく?」


 まるで時間を戻すように、人の皮膚の色を取り戻しながら、腕の先目掛けて戻っていき始めたのだ。

 やがて指の先まで到達し、何事もなかったように右上半身が完治する。


「一体、どうして……?」

「ジャアアァ」

「……ニコラよ、祖先が言っている。『礼を失した行い、許すがいい』と」

「……え?」


 訳したゲヘナの言葉に、ニコラは驚愕した。

 そして、ヤマタノオロチの姿を見て、それは更に大きくなる。


 ヤマタノオロチは、深く頭を垂れていたのだ。

 垂れ流された邪悪な気配は影を潜め、代わりに真摯さを表出させていたのだ。

 



 ヤマタノオロチは思っていた。

 人間たちは、卑劣だと。

 生前も、そして怨霊となってからも。

 卑怯で、愚鈍で、矮小で、その様が癇に障って許せなかった。


 


 ……だが。

 今、自身に歯向かったこの人間。


 誰よりも臆病で、誰よりも情けない、人間共の暗部を殊更とさせていたこの人間。

 それが、今この瞬間、刻んだのだ。


 執念塗れのこの心に。

 憎悪と復讐を誓ったこの心に。

 

 

 確かに、なにかを刻んだのだ。



「もしかして、あなたがコレを?」


 舞い戻る槍を掴み、右腕を示すニコラに、ヤマタノオロチは大きく頷く。


「ジャアアアアァ……」

「『キサマの勇猛さ、剛胆さ、まさしく勇者。情けなき姿から、よくぞここまでなり果てた。敬服してやろう』」

「ジャアアウッ!」

「『搦手はもはや一切弄さぬ。呪いの力も、なにもかも』」


 語ったヤマタノオロチ。

 その瞳には血走った殺戮の意志はなく。

 ただ純粋に、討ち果たしたいと願う、騎士の誓いにも似たなにかがあった。


「「『次撃に、我が全てを注ぐ。惑いも呪いもその全ては、限界突破の薪と焚べよう。真正面からの全力で、圧倒的な力量のみで、キサマの命、葬って散らそう』」」


 二種の竜族が声を合わせて翻訳する。


 示した通り、ヤマタノオロチは特殊能力を全て捨てていた。

 あれだけ放っていた人への呪いもなりを潜めていた。


 力を滾らせるヤマタノオロチ。

 ソレは、ゲヘナの中から、ニコラの行いをずっと見ていた。

 普段の彼女ならば、はい分かりましたと応じたフリをし、しかして生き残るために卑怯な真似を取るだろう。

 命こそ全てと、誇りも何も捨てて、汚い手段に胸を張るだろう。


 だが、今の彼女は違った。


「……分かりました」


 その顔つきに、ヤマタノオロチは息をのむ。

 彼女は凛々しく清々しい面持ちで笑ったのだ。


「決して許せぬあなたですが、あなたがいなければ、ゲヘナちゃんは生まれなかった。だからこそ、わたしも小細工なしでぶっ殺したい。災厄なんて、愛の力で吹き飛ばせる。それを見せつけてやりたいですから」


 真摯に応えたその瞳は、ただただ澄み渡っていた。


「……ジャアア」


 ヤマタノオロチは深々と頭を垂れた。



 そうして、両勢力は対峙する。



 かつての戦いで覚えたことのない高揚感を覚えるヤマタノオロチ。

 滅ぼすべき勇者たちに敬意を表しながら、己の全てを賭けた一撃を臨む。

 

「ギジャアアアアッ!」


 巨大な霊体、その端々まで意識を集中。

 決して出し惜しんだりなどしない。

 この打ち合いで、消滅しても構わないと。


 範囲を広げる必要はない。

 真っ向から迎え撃つと誓ってくれた。



 だからこそ、火力は一転集中。

 絞ったことで、存分に増した最高火力をぶっ放す、その用意ができるッ!


「ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、ジャッ……」


 かき集めた力に巨体を蠕動させ、構えるヤマタノオロチ。 

 それを眼下に確認しながら、ニコラたちは宙に居並び覚悟を決める。


「二人とも」


 つぶやくニコラに応えるのは、小さく、温かく、頼もしい掌。

 もはや言葉は必要ないと、左右に並んだ妻たちは、優しく微笑み、握ってくれた。

 それがとても嬉しくて、ニコラは涙ぐみながら、想いを零す。


「幸せになろうねっ?」

「うむっ!」

「ほあちゃっ!」


 微笑みかけるニコラに、二人はしかと頷いた。


 そして、三人は瞳を閉じる。


 強く願う。

 自分たちは絶対に負けない。

 この幸せを、もっとずっといっぱいに、噛み締めて味わっていきたいから。


 繋がれた手から、想いが伝わる。

 同じ思いだと、黙っていても分かる。



 だから、力が溢れる。

 強くなれる。



 神・竜騎士の持つ特性。

 力を貸してくれる竜と龍。

 彼女らを想えば想うほど、互い同士の力は増幅していく。

 さらに、両者に直接触れ、想いを同じくすることで、それは爆発的なまでに増加。

 伝説を超える力を溢れさせることが出来るのだ。


 手から伝わる優しい熱さ。

 目一杯感じ、膨らせて、三者は同時に瞳を開く。


「掴もう未来をッ!」

「いちゃらぶな明日をッ!」

「明るい家族計画ネッ!」


 三人は手を強く握り、浮かんだ中空から、床を蹴るように上方へ飛翔した。

 そうしながら体を宙返りさせると、背に生えた翼から力を放出し、急降下。

 三位一体となってはためき、進路の先に佇む槍に足を乗せ、想いのままに急降下する。


「「「うおおおおおおおおぉッ!」」」

「ギジャアアアアアアアァッ!」


 見定めたヤマタノオロチは、ため込んでいた力を、一気に放出。

 引き絞った全力の一撃にて、迎え撃つ。


 ぶつかり合う生と死。

 せめぎ合う衝撃に、大地が砕け、山が割れ、地形すら変貌していく。


 敗者が露と果てるまで終わらぬせめぎ合いは、ここに幕を開けたのだ。

 


「ジャアアアアアアアアアアアアァッ!」

「「「だあああああああああああッ!」」」


 叫び合う両者。

 譲れないとぶつかり合う咆哮。


 その死闘、終わりを告げるのは――響き渡る断末魔では、きっとなく。

 

 

 ――幸せを希求する、嬌声にも似た、歓喜の叫びッ!




「「「愛を感じて、一緒に生きていたいからあああああッ!」」」





 強い想いが、重なり、交わり、響き合い。

 爆発した甘い願いは力と変わり。


「ジャアアアアアアアアアアアァッ!?」


 莫大な愛を乗せた巨槍の一撃は、その災厄を食い破った。



***



 死闘を制したニコラたちは、勢いのまま空を裂いた。

 巨槍は地へと突き立ち、その反動にて中空へと投げ出された三者は上手に身を翻し、並び立って器用に着地する。

 

「じゅってんっ!」

「れーヨっ!」


 ポーズをとったゲヘナとクォンは、笑い合ってハイタッチを決めた。

 無邪気に喜ぶ彼女らに、ニコラは嬉しさのまま笑いかける。


「うんっ! やったね、二人ともっ!」

「うむうむっ!」

「とーぜんヨっ!」


 そうして喜び合う三者の背後。

 そこには、巨体に大穴を開けたヤマタノオロチが佇んでいた。


 存在に支障をきたすほどの一撃だったと言うのが分かる。

 覗いた穴の奥、巨大な竜玉が、粉微塵に砕け散っていた。

 その巨体は端から徐々に闇夜へ溶けるように消えていく。


「シャアアアァ……」


 まるで吐息を零す様に、ヤマタノオロチは大きく身を震わせた。

 それは、憎悪に塗れたものではなく、言いしれぬ充足感に包まれたようで。

 血走っていた瞳には、柔らかな光が宿っていた。


「『見事だ愚かな勇者ども。よくぞ災厄たる我ら怨念を討ち果たした。感服してやろう』……だと」

「ふんっ。勝手なこと言って。カッコつけてんじゃないネ」

「シャ、シャアッ!」


 鼻を鳴らすクォンの姿に、ヤマタノオロチは途端に震えあがった。


「『ひ、ひぃぃッ!? そんなつもりは毛頭ないッ! 心の底より謝罪するッ! だから、とって食べてくれるなああぁッ!?』……と、言っているよね?」

「ニコラ翻訳できるようになったのネッ!? というか、今のは強敵への労い的な言葉ヨッ!? どうしてそこまで萎縮するネッ!? ちょっとショックヨッ!?」

「シャアアアッ!?」

「『許してくださいなんでもしますからあああぁッ!?』」

「なんネそれッ!? というか聞こえてるネッ! お前イチイチ翻訳せんでいいヨッ!?しかも特技が増えたってドヤ顔しながらッ! 余計腹立つネエエェッ!?」

「ぎゃああぁッ!? 許してくださいなんでもしますからあああぁッ!?」


 真っ赤になったクォンが飛び掛かり、ニコラがいつものように命乞いをする。


「あはははッ!」


 それを見て、ゲヘナは笑わずにはいられない。

 こうして幸せないつもを楽しめるのも、すべては降りかかる火の粉を払えたからだ。

 正確に言えば、戦闘中に楽しんでもいたが、まあ、それはそれだ。


「ゲヘナちゃんッ! 笑ってないで助けてよおぉッ!? 一難去ってまた一難ッ! 愛するわたしの命の灯が、今とても弱弱しくうぅッ!?」

「大丈夫ヨ。もうすぐ見たことないくらい燃え上がるネ」

「命の輝きもロウソクみたいに消える間際が一番激しい、すぐに証明してあげるってッ!?」

「おお、よく分かったネ?」

「ぎゃあああぁッ!? 以心伝心なバイオレンス関係ッ!?」


 ぎゃあぎゃあやりあう(というか、ニコラが一方的にやられているが)二人をよそに、ゲヘナは幸せを噛み締めた。


 そうしてほんわかしながら、ボロボロになっていくニコラのことをきゅんきゅんしながら眺めていると、突如声がかけられる。


(し、幸せそうな顔をしているな、我が子孫よ……)


「うむ?」


 ヤマタノオロチが話しかけてきた。

 なぜだか少し、口元を引きつらせている。

 まるでゲヘナの様子にドン引きでもしているような様子だ。

 

 もはや半分以上体積を減らし、今なお闇に溶け続けていくそれは、咳払いのようなものをしたのち、切り替えるように言葉を漏らす。


(まったく、人を憎む我らが血族として形を成しておいて、そのように緩み切った顔で、よりにもよって人に心を許すとは。一族の恥さらしめ)


 ゲヘナの在り様を糾弾する言葉。

 だがその口調には棘はなく、まるで苦笑しているようだった。


「そんなこと知らいでか。この俺は、この俺のしたいことをするだけだ。望むがままに、愛するがままに」


(……くふふっ! その強情さ、まさしく一族のそれよッ! まったく、キサマが手さえ貸せば、人間どもの世を恐怖で満たすこと、他愛なかったというだろうに)


 ヤマタノオロチは、まったく残念だと、おかしそうに笑った。


(だが、叶わぬことを言っても仕方のない。無理筋を通し、浮世に縋りついていた。その報いを受ける時が来たようだ)


 そうして、神妙に語る。


(生きるためでなく、享楽にて多くを殺めた。快楽にて命を嘲けた。怨霊となった我らであるが、我ら自身、多くの妄執に祟られている。報いだ。我らが魂は転ずることなく、地獄の業火で永久に焼かれることだろう)


「……」


(くふふっ! なんだその顔は? ざまあないと、嘲り笑い飛ばすがいいッ! まったく、やはりキサマは我らが一族にはふさわしくないッ! その優しさ、目障りだッ!)


 そうして、ヤマタノオロチは背を向ける。


(こんな腑抜けの顔など、もう見たくもないッ! 決して見たくないぞ、ああ絶対にッ! たとえ死して魂となっても、決して我らが元に顔を見せるなッ! せいぜいヤツラと共に嫌というほど生きた後、天の国へ至るがいいッ! ああそうだ、それがいいッ! 魂が転じた後も、せいぜい巡り合えるよう、地獄の底から念じ続けておいてやろうぞッ! くふふッ!)


「! キサマ……」


(……その幸せとやら、存分に謳歌するがいい。さらばだッ!)


 そうしてヤマタノオロチは傲慢に笑い。

 闇夜へ溶けて、消え去った。


「……言われるまでもないよ、もう」


 なぜだかこみ上げる熱い滴を、ゲヘナは指の腹で拭い去った。

 そして、ぼんやりと空を見上げる。



 そこに浮かぶのは、一つの天体。

 遥か過去より姿を変えない、一人ぼっちの呪いがかかった、悲しき球体。



 だけど、それは実は間違いで。


 その天体の周りには、にぎやかに笑う、小さな星々があり。

 その天体の光は、温かな昼間の天体が、背を押してくれた証であり。


 仮に呪われていたとしても、そんなもの、わたしたちが忘れさせてあげる。

 一緒に笑って、ずっとそばにいてあげる。


 そんな声が、ゲヘナには聞こえた気がした。


「……大丈夫だよ。あなたもきっと、一人じゃないから」


 そうして、しみじみと、ゲヘナは夜空へ綺麗な笑顔を零したのだった。




 ……それはさておき。


「あの、ゲヘナちゃんッ!? なんだかお取込み中のところ、水差すのは申し訳ないんだけどねッ!? そろそろホントに止めてくれないッ!? まだ折檻が止まらないのッ!?」

「ほあちゃっ♪」

「というかむしろね、激しくなってるのッ!? なんだかクォンちゃん、危機が去って安堵して、いつもどおりに折檻できるのが嬉しいみたいで、我を忘れて暴走してるのッ!?」

「ほあちゃっ♪ ほあちゃっ♪」

「ホントね、このままじゃマジにヤバいのッ!? だからお願い、早く助けてッ!? というかクォンちゃん、顔はやめてッ!? アイドルじゃなくても、顔はやめてえええぇッ!?」



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