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きゅるきゅるりんで、ふわふわりんヨ……


「ほあっちゃあああッ!」

「うおおおおおおおッ!」

「でええええええいッ!」


 熱く滾った雄たけびが、夜闇を切り裂き秘境に響く。

 翼はためく、伝説の邪竜、そして神龍の幼女。

 そして、手にした槍から噴出させた炎で宙を飛ぶ、幻のクラス、竜騎士。


 傷だらけの彼女らではあるが、奮う力は常識の枠から外れた無慈悲な力。

 しかも信頼からの連携が、その力を何倍にも効果的にしていた。


 そんな、どんな超難度の討伐クエストだったとて、一瞬で解決できるほどの異常な力を奮いながらも、対する相手は未だ朽ちて倒れない。


「ギジャアアアァッ!」


 混合邪竜ヤマタノオロチ。

 互い同士の逆鱗に食らいつき、理性と引き換えに、圧倒的力をより圧倒的としたその異様。

 巨大な一首の竜となった化け物は、普通ならば無事では済まないはずの攻撃を何度もその身に受けながら、しかし全くの無傷であった。

 ただ、先のニコラの奇襲の技を警戒し、巨体に似合わぬ短い翼を必死に動かし、どうにかホバリングに成功している姿は、ちょっとだけ愛らしくもある。

 ともかく、圧倒的に無事であると、叫ぶ奇声が示していた。


 健在すぎるその姿に、神龍クォンは苛立ちを露わとする。


「ああもうクッソやかましいネッ! そんな金切り声でなくッ! 早く断末魔を聞かせろヨッ! 歓喜に震わせるのに一役買えヨッ!」

「クォ、クォンちゃん、言い方……」

「やっかましいネッ! バーサーカってたお前だって、こういうこと言ってただろうガッ!?」

「あ、あうう。でもその、自分のお嫁さんがギャンギャン言ってるのを見ると、ちょっとくるといいますか……」


 萎縮するニコラを気遣いつつも、ゲヘナはクォンに同意する。


「しかし、実際その通りだ。伝説の全部乗せを受け続け、傷一つつかぬとは。傲慢がすぎるというものよ」

「ホントにホントヨッ! こちとら早く、ニコラと色々シたいのにッ! ああもうクッソ萎えるッ!」

「うむ? 色々シたい? なあなあニコラ、クォンの奴は一体なにを――」

「お願いしますオロチさんッ! 早く倒れてくれませんッ!? でないと、鬼嫁の方の新妻の、言葉遣いと鬼嫁度合がドンドン果てなく際限なくううぅッ!?」

「……ギジャァ」


 ヤマタノオロチは、そっと目を逸らした。


「『もう手遅れじゃね……?』 だそうだぞ?」

「いやまあ、そっちはそうだとしてもですねッ!? 純真無垢な方の新妻に、とっても悪影響ですから――」

「おいなに人の事見下げ果ててるカゴラアアアァッ!?」

「オロチさんザッツライトオオォッ! ていうかどうしてわたしだけええぇッ!?」

「『いや一言多いからだろう……』か。うむうむっ! だがな祖先よ、その愚かさこそ、コヤツのめちゃカワなところなのだぞっ?」


 ゲヘナは零す。

 そして、人間太鼓となったニコラでクォンがパッション溢れるバイオレンスリズムを奏で始めたのを見て、きゃあきゃあ喜び合いの手を入れ始める。


「それそれっ♪ はいはいっ♪ よいよいよーいっ♪」

「……」


 新妻たちの一切色気のない過激な初夜の過ごし方に、ヤマタノオロチはただただ関わりたくないと素知らぬふりを続けた。


 やがて、息を切らしたクォンが襤褸太鼓を放り捨て、ゲヘナがきらめく笑顔でスタンディングオベーションをしたのを見届けた後、ヤマタノオロチは何事もなかったかのように臨戦態勢を取る。


「終わるまで待ってるとか律義じゃないカ? さあ、今度こそお前に引導渡してやるネッ!」

「ジャ、ジャアアアァッ!」


 たった今伴侶に引導を渡しかけた鬼嫁の言葉に、ヤマタノオロチは震えながら吠える。

 そんな邪竜を、ボロボロになったニコラが恨みがましい目で睨みつけた。


「な、なんで待ってたんですか……? 空気読まずに割って入ってくれればここまでには……」

「ジャ、ジャアアア……」

「『あ、あまりの剣幕に体が硬直して……。関わりたく、なかったし……』だそうだぞっ!」

「ウチの鬼嫁の気迫は、怨霊さえ怯ませるッ!? というか理性はないんじゃなかったのッ!?」


 ニコラはぎょっとした。


 だが、ヤマタノオロチはそれ以上にぎょっとしていた。


 ここまで何合も交わしたことで、この三者よりも自身の方が格上であると理解していた。

 どれほどのコンビネーションを見せつけようと、自分には敵わない。

 たとえ万全であったとしてもだ。


 だがそれとは別に、その本能は感じていたのだ。

 

 


 鬼嫁は、怖い。




 あの神龍は怖い。

 力がどうとかではなく、その性根が怖い。


 最初に対峙した時、涙ぐむ姿に立場を忘れて心配すれば、同情するなと激昂してきた。

 もう少しで討ち果たせると思ったら、タダでは死なぬと狂乱し、こちらの心を殺しに来た。

 バランス崩してぶっ倒れ、起き上がろうと奮闘してたら、無視してイチャラブ告白タイム、甘い空気を見せつけてきた。


 そんな狂った性根のソレが、神龍なんて聖の化身だというだけで、そのアンバランスさはこちらの精神にかなりくる。


 力量だけなら圧倒的にこちらが上、逆鱗に触れ、限界だって折り砕いた。

 敗北を喫す可能性など、万に一つもないのである。


 しかし、それでも恐ろしい。


 きっとないのに、もし負けたら。

 そうしてしまえば、きっとされる。

 

 

 尊厳を踏みにじられ、魂を足蹴にされる、拷問よりも拷問な、圧倒的な折檻を……!



 今、目にしたものでさえ怖かった。

 そもそも、どうして我が子孫は、それを見て楽しそうに笑っていたのか。

 魂の内からいつも見ていたが、正直そういうところは我ら以上に邪竜だと思っていた。

 マジドン引きというやつだった。


 ゲヘナとクォンは、暴走するはずの限界突破を、愛の力で見事に御した。

 対してヤマタノオロチは、ただただクォンへの尋常でない恐怖心にて、一度暴走したにも関わらず、理性を取り戻したのだ。

 

 破壊衝動だけでは心もとない。

 理性と知性を用いて、自身に出来るすべてを用いて、確実にあの神龍を屠らなければと。

 何をしてでも、強引にでも、絶対、捻じ伏せなければならないと。

 怨霊としての尊厳を、守るために。


「ジャ、ジャアアアアアッ!」


 ヤマタノオロチは、次で決める覚悟をした。

 早く人間共に復讐したいという思いもあった。

 だが、なによりもう、この神龍と対峙しているのは限界で、ガクブルだったのだ。

 粗相すらしてしまいそうだったのだ。


 ……そんな怨霊の情けない心中はともかくとして。


 ヤマタノオロチ、その圧倒的な力は本物。

 勝敗を決すと決意した巨体は、溢れだす力に総毛立つ。

 大気は震え、大地が喚き、世界さえも恐怖に怯える。


 天変地異の前触れかと錯覚する強烈なプレッシャーに、対する三者は戦慄する。


「な、なにをするつもりなのッ!?」

「どうやら早急に終わらせたいようだ。なにかに臆しているようだが……」

「ほあちゃ? あんな化け物が、一体なにを恐れると……?」


 チラリとクォンが顔色を窺うと、ヤマタノオロチはビクッと震えた。


「ジャ、ジャアアアッ!?」

「力の高まりを更に確認ッ!? ど、どういうことネッ!?」

「……」

「……」

「おいなんネッ!? お前ら言いたいことがあるならはっきり――」





「グルナバゲモノオオオォッ!」




 心の底からの恐怖を叫びながら、ヤマタノオロチは声のようなものを発した。


「いやお前が喋るネッ!?」


 そうしてクォンのツッコみをかき消しながら、放たれる。



 空一面を一遍に射程と収めることができるほどの、極太で極大な獄炎による、膨大な一撃がッ!



「というか、化け物って一体誰を――」

「ま、まずいッ! 躱すぞッ!」

「う、うんッ!」


 ぽつねんと浮かんだ疑問をかき消すように、ゲヘナの声に応じるニコラ。


 真っ向勝負こそを良しとする強大なゲヘナでさえ、これは回避せずにはいられないと判断する、それほどの一撃。威力も範囲も桁違いであった。


 だが、自身らの機動力なら、危なげにも回避することはできるはず。

 ニコラたちはすぐさま宙に軌跡を描くように空を駆け、迫る炎を寸前のところで回避する。


「シャアアアァッ!」


 だが、ヤマタノオロチは執念を見せるように、首を急速に逸らす。

 そしてバランスを崩し、巨体が地に転がるのをも無視するほどの速さで動かしたことで、夜空を瞬時に扇状に焼き尽くし、神速を見せたニコラたちに追いついた。


「え」


 突如迫った死の炎。

 一目で分かる、ニコラの纏った炎など、一撃で溶かす、凝縮された呪いの力が含まれていると。


 迫る死を現実と思えず、思わず硬直するニコラ。


「ニコラッ!」

「危ないネッ!」


 呆気にとられる彼女の前に、ゲヘナとクォンが飛び出した。

 なりふり構わず盾となり、持てる力の全てを放ち、その身を庇った。


「!? 二人ともッ!?」


 捨て身の行動に、ニコラは青ざめる。


「や、やめてッ! そんなこと、しちゃダメだよッ!?」

「来るんじゃないネッ!」

「下がっていろッ!」


 思わず、宙を駆け寄ろうとするニコラだったが、動向を察した二人によって行動を封じられる。

 激流の竜巻、漆黒の炎の渦による二重の拘束。

 身を案じるがゆえの厳しき牢獄に囚われ、しかしニコラは安らかとなれない。


「!? ダメだよッ! ダメッ!」


 視線の先で繰り広げられる光景。

 自身のことを死の炎から必死で守ろうと奮闘する思い人たち。


 ヤマタノオロチ、決死の業火の破壊力は凄まじく、邪竜と神龍が限界を超えても、押し留めるのがやっとであった。

 だが、それも長くはもたず、徐々に防御は突破され、見たことのないような獄炎が、小さな体を焼き尽くそうと迫っていた。


「ぐうううッ!?」

「ああああッ!?」


 灼熱に身を焦がされ、苦悶の叫びを上げながら、それでも二人は決して退かない。


 この炎に少しでも触れれば、心を結べた大切な彼女が……ッ!


「死んじゃうッ! このままじゃ、死んじゃうよッ!?」


 絶叫するニコラ。

 存在の消滅を、不幸への転落が迫っていると、滂沱しながら警告する。

 それなのに、二人は決して逃げ出さない。


「そうネ。このままじゃ死んじゃうヨ……!」

「俺たちの、大好きな人が……ッ!」


 二人は、思っていた。


 ニコラは、自分たちを救ってくれた。

 絶望に沈んでいたこの心に、あたたかさを教えてくれた、と。

 

 呪われたこの身では手が届かないと思っていた幸せを。

 裏切りに記憶ごと諦めた、温かな日常を。


 彼女が与えてくれたのだ。


 他の者からすれば、頼りない世界一のゲスだけど。

 自分たちにとっては、世界一、大好きな人なのだ。


 なにをしてでも守りたい。

 なにものにも代えられない、とっても大好きな大切な人。


 

「だからここで、俺たちが……ッ!」

「たとえ、死んでも……ッ!」




「「――退くものかああああぁッ!」」




「だめえええええええぇッ!」


 夜空に木霊す、互いに譲れぬ強い願い。

 邪竜の炎は、他愛もないと呑み込んだ。

 


 そして、地へと落ちていく、流星が一筋。



「ジャ、ジャアアァ……」


 見届けたヤマタノオロチが首をぐったりと地面へもたれさせる。

 無理な角度に動かしたことで、若干寝違えたっぽくなっていたが、それも勲章。

 邪竜が充実感を覚えて脱力する中、夜闇の中に悲痛な叫びが響き渡る。


「二人ともッ!? 二人ともしっかりしてよッ!?」


 荒野と化した砂漠の上で、ニコラは、傍らに転がる二人を激しく揺さぶっていた。


 全身くまなく酷い火傷を負い、瞳を閉ざした小さな体。

 容赦のない獄炎に焼かれ、小さな身体のところどころは炭化し、見るも無残な姿になっていた。

 その身を呈し、ニコラの命を守り切ったのだ。


「返事をしてよッ!? ゲヘナちゃんッ!? クォンちゃんッ!?」


 もはや物言わぬ彼女たちへ、ニコラは必死に呼びかけ続ける。


「そ、そうだッ! 確か、ここに……」


 ニコラは鎧の内に手を入れ、まさぐると、あるものを取り出した。

 それは真っ赤に煌く二枚の葉。

 

 フェニックスの滴と呼ばれる、蘇生効果を持ったアイテムである。


「お願いッ! 二人を助けてッ!」


 縋るような気持ちでアイテムを使用する。

 二人の体の上に乗せたソレは、淡く切なく燃え尽きる。

 すると、同時にその体を淡い光が優しく包み込んだ。

 

 戦闘により命を落としてすぐであれば、傷を治癒させたちまち復活させる蘇生アイテム。

 効果の程は確かであり、使用した今、彼女たちは何事もなかったかのように微笑みかけてくれるはず。


 そのはずなのに。


「……なぜッ!? どうしてッ!?」


 アイテムはただ消失しただけで、救わなかったのだ。

 その身の傷さえも癒すことなく、彼女たちは息を吹き返さない。


「いやだよッ! そんなのいやだよッ! ゲヘナちゃんッ! クォンちゃんッ!」


 もう動かなくなった彼女たちに触れながら、悲嘆に暮れることしかできない。

 そうして嗚咽し続け、悲嘆に暮れて。


「……」


 ニコラに残ったのは、絶望だけだった。

 光の消えた瞳で、彼女は受け取る者のいなくなった言葉を零す。


「……わたし、思えるようになったんだよ? 初めて守りたいって、思えるようになったんだよ? 一緒にいたいって。一人きりの平穏じゃなく、三人一緒の平穏を、望むようになったのに……」


 大切なのは自分の命。ただただ平穏に生きること。

 助かるためなら、成す為ならば、身内すら屍にしても構わない。

 そんな最低な人間が、やっとマトモに近づけたのに。

 守りたいと切に歌える、愛する人たちに出会えたのに。

 

「死なないでよッ! 死んじゃいやだよッ! わたしと一緒に生きて行こうよッ!? わたしを一人にしないでよッ!?」


 だが、応える声はどこにもなく。

 辺りには、気怠さと充足感に包まれた、ヤマタノオロチの安らかないびきが響いているのみであった。


「……」


 そんな中で、ニコラの胸に、初めての思いが去来する。


 自身がもっとも忌避し、なにを犠牲にしてでも回避を望んだ事象。

 それへ、絶望した心が手を伸ばす。


「……意味、ないよ」


 光を失った瞳で、ニコラは力なくつぶやく。

 そして、手にしていた長槍を、首元へとあてがった。


「……一人きりじゃ、意味がない」


 今まで正直分からなかった。

 新聞でよく見た、愛故の悲劇。

 どうしてそんな、恋愛程度で掛け替えのないものを台無しにするのかと、馬鹿げてると思っていた。


 だけど、いざ直面してみたら分かった。


 心が死ぬのだ。

 愛する人に代わりなどなく、誰も代わりにはなりえない。

 だから、死んでしまうのだ。


 二人はもう、自分に笑いかけてくれない。

 幸せを、くれない。

 あげられない。


 だから。


「待っててね。わたしもすぐ逝くよ……?」


 ニコラは、ためらうことなく喉笛に穂先を振り下ろす。



 ***



 愛する人たちを失った。

 絶望した彼女は、終焉を望んだ。


 躊躇なく首筋に奮った刃。

 止める者などいやしない。 

 すぐさま真っ赤な血潮が溢れ、迸り、命が零れて尽きて散る。

 それは自明の理に思われた。


 だが。

 刃は、動かなかった。

 

 長槍ミルクトゥースXDは、主人の命に背き、触れた首筋からそれ以上動こうとしなかったのだ。


「! ど、どうして……!?」


 いつもなら、自身の命を嬉々として奪いに来る、魔槍であるはずなのに。

 ニコラの剛力に逆らって、槍は頑として動かない。


「動いてよッ!? 言うこと聞いてよッ!?」


 ニコラは泣き散らしながら魔槍へ叫ぶ。


「ゲヘナちゃんとクォンちゃんが死んじゃったッ! だからもう、生きていても意味はないのッ! わたしもすぐ、追い駆けないとッ! 追い駆けないといけないのッ!」


 必死に叫びながら魔槍を喉に突き立てようとするも、動かない。


「……隙ありッ!」


 ならばと自分から飛び込んで行ったが、魔槍は器用に躱してくれた。


「ごふっ!?」


 無様に頭から砂地へ転がる。

 そしてニコラはすすり泣き始めた。

 

「あうう……。どうして。どうしてわたしを、死なせてくれないの……?」





「それは、おぬしにそうして欲しくないと、願っているからではないかのう?」





「!」


 突然の声。

 驚き、ニコラは顔をあげる。


「まあ、それはワシらもなんじゃがな?」


 そこには、巨岩が人型として形を成したようなモンスター、アダマンタイト・ジャイアントたちの群れがいた。


 溢れる涙で視界不良となっていて分からなかったが、渋い声をした一体は、動かぬ槍、その意思に力を貸す様に、柄の端を指先でつまんでいた。

 

「ひいいぃッ!?」


 途端、青ざめたニコラは反射的に槍を奮った。

 すると槍は、今度はニコラの意に従い、宙を裂き、触れていた一体の腕を砕き折った。


「ぎゃああぁッ!? 腕がッ!? 旦那の腕がアアァッ!?」

「モザイクッ! 誰か今度こそモザイクかけてええぇッ!?」


 群れの仲間に激震が走る中、当の腕を折られた一体は悠々と応える。


「ほっほっほ。相も変わらず気持ちのいいくらい容赦のない一撃。もっとも、動揺ゆえに、し損ねたようではあるがのう」

「あ、ああ当たり前じゃないですかッ!? だ、だって、そんな、ゆゆゆ、幽霊が、急にッ!?」


 動揺と共に指差したアダマンタイト・ジャイアントたちの体。

 それらは薄ぼんやりと透き通っており、背後の景色が見て取れるようになっていたのだ。

 

 くわえて、この渋い声をした顔のような箇所に傷を持つ、渋い声もナイスミドルな一体は、確かにニコラが微塵に刻んで絶命させた相手。

 他のモノらも、その手で命ごと砕いた者たちなのだ。


 自分が殺した者たちが幽霊となって化けて出たのだ、動揺しないほうがおかしいだろう。

 そんなこんなでガクブルのニコラへと、ナイスミドルは軽い調子で言ってくる。


「幽霊ではない。安心せよ」

「……え? じゃあ、なんなんですか……?」


 尋ね返すニコラへ、ナイスミドルは明るい調子で応える。


「怨霊じゃよ、怨霊」

「なおタチ悪いいいぃッ!?」


 震えあがるニコラを前に、ナイスミドルは、ほっほっほと笑いながら続ける。


「と言っても、今は違うがのう。取って食うたりはせんから安心せ――」

「悪霊退散ッ!」

「ぎゃあああッ!? 今度は旦那の足があああぁッ!?」

「物理攻撃で除霊かよッ!? 相変わらず容赦ねえよこの女ッ!?」


 再びのスプラッタに群れの仲間が悲鳴を上げるが、しかし当のナイスミドルは楽しげに笑った。


「活きがいいのう。若さとは羨ましいものじゃ」

「いやそれだけッ!? たしかに俺たち死んでるから痛みもないし、これ以上死ぬこともないですけどねッ!? でもちょっとくらい怒ってもよくないですッ!?」

「ほっほっほ。若者の無法、時には受け止めてやるのも大事じゃて」

「いや受け止めきれずに手足取れましたけどッ!?」


 きゃいきゃい言いあうアダマンタイト・ジャイアントたちを前に、ニコラは一人、目を据わらせる。


「……今なら、いける。隙ができてる。効果もあった。たとえ怨霊の群れだろうと、目算、五秒以内には……」

「ってまたコイツ物騒なこと言いだしてるしッ!? 待て待てッ! 呪ったり祟ったりする気なんて、これっぽちもねえからよッ!?」


 はいどーどーとアダマンタイト・ジャイアントたちが必死に宥めすかす。

 だが、ニコラは決して信じない。

 

「……そんな言葉、信じられると思う? わたしだったら、平穏を奪った相手を許せない。死してなお、怨霊となって祟り続け、一族郎党、未来永劫、死ぬよりつらい目にあってもらうよ……?」

「おいやっぱこいつ怖えよッ!?」

「怨霊より怨霊っぽくないかッ!?」

「安心してッ! 今の言葉で、反逆を永劫に断てるわよッ!?」


 アダマンタイト・ジャイアントたちの命がけの説得に、ニコラは多少気勢を押さえた。


「……それじゃあ。なにしに化けて出たんです……?」

「ああ、やっとまともに話が出来そう……」

「対話フェイズBに、シフトしないでよかったよぅ……」


 アダマンタイト・ジャイアントたちは、その身の無事を喜び合う。

 まあ、死んではいるのだが。


 安堵する群れを代表し、ナイスミドルの一体が進み出た。


「初めにじゃな。見ての通り、わしらは皆、お主の手に掛かり殺された者たちよ。怨念を抱き、人知れずお主に憑いて纏っていたのじゃ。丁度媒介もあったことじゃしのう」

「媒介?」

「ほれ、あったじゃろう? 石ころが二つ。一つは放り捨てられてしまったようじゃが……」


 言われ、ニコラは無い胸の谷間に未だ奇跡的に挟まっている、物理法則を無視したそれを取り出した。


「マスターストーン……」

「そうそう、それじゃそれじゃ。そのうちに我らは怨念として籠っておったのじゃ」


 握られたマスターストーンを前に、説明は続く。


「精整、だったかのう。それがされていないうちは我が半身と同じ。零れ落ちたそれへ、あんな終わり方納得いかないと叫ぶ者たちと共、入り込んでいたのじゃ。だとて、なにができるというわけではない。せいぜい、くらすちぇんじ? なるものを失敗させる程度しかのう」


 マスターストーンとは別にアダマンタイト・ジャイアントたちのみからドロップするわけではなく、他のモンスターたちからもドロップする。

 もしかしたら、精整をしていないと何が起こるか分からないのは、このようにモンスターたちの悪意が残っていたりするからなのかもしれない。


 一人思考するニコラへ、別の一体が言う。


「まあ、あのゲヘナって邪竜は気付いていたみたいだけどね? 大したことはできないと分かっていたから、手出しはしてこなかったんでしょう」

「そ、そうなんですか……」


 知っていたなら教えてほしかったと思うニコラ。

 いや、知ったら知ったで恐ろしくなって気を失っていたとは思うが。


「それでまあ、お主の悔しがる顔を見て、せいぜい楽しんでやろうと思っておったんじゃがのう……」

「でもわたし、クラスチェンジできましたよ?」


 ニコラは疑問を口にした。

 邪魔をするというのなら、対ヴァンパイア戦の土壇場でのクラスチェンジ。

 あれは絶好の機会だったはずなのに。


 首を傾げるニコラに対し、ナイスミドルは参ったというように吐息を零した。

 

「気に入ったのじゃよ」

「え?」


 意外な言葉に目を丸くするニコラに、ソレは楽しそうに説明する。


「お主のことを気に入ったのじゃ。あれだけ保身に走り、ワシらを倒してからも、まざまざと見せつけてくれよったというに。愛する者のために命を懸けて戦う姿。あれに心を打たれてしもうてのう……」


 同意するように、群れの仲間たちはうなずき合う。


「ホントよホントッ! おばさん年甲斐もなくキュンキュンしちゃったわあぁッ!」

「そうだよなッ! 種族の壁を越え、呪いをも超えて、魅力ゼロの絶壁をも超えてッ! 障害をこれでもかとなぎ倒していく姿ッ! ああもう見てるだけで幸せになっちまったッ!」

「まったくだ。てめえは憎き敵だって言うのに。だが、控えめに言っても……泣けたぜッ!」

「まあ、愉悦しながら命を砕く、狂気に染まったベルセルクっぷりだけは受け入れられなかったけどね……」


 一様に興奮する群れの仲間を代表し、ナイスミドルは語る。


「皆、お主の姿にほだされてしまったということじゃよ。つい力を貸してしもうた。怨霊であったはずが、まったく、これでは守護霊よ」

「……」


 唖然とするニコラへ、高らかに笑いかける。

 そうしたのち、真剣な雰囲気で言葉を紡ぐ。


「……じゃからこそ。自らで、などという愚かしい真似は、してほしくなかったのじゃよ」


 本心からの案ずる声に、しかし、ニコラは俯いた。


「……だけど、わたしにはもう、生きる理由が」


 傍らに倒れる、大好きな二人。

 自分のために身を呈し、そして、命を失った大切な存在。


 生きる意味を失ったと消沈するニコラへ、ナイスミドルは言う。


「……そうじゃ。その子らを救うためにも、わしらは顕現しよったのじゃ」

「……え!?」


 突如もたらされた希望の言葉に、ニコラは思わず顔を上げる。


「た、助かるんですかッ!?」

「世を離れた我らには分かる。息はしておらん。鼓動も止まっておる。じゃが、まだ取り戻せる。怨念でその身を十二分に焼かれてしまい、通常の蘇生の術ではもはや助かりはせぬが、しかし……」

「どうすればッ! どうすればいいんですかッ!?」


 ニコラは縋りつき、頼み込む。


「なんでもしますッ! 望むとおりにいたしますッ! わたしにできることならなんだってッ! この命を奪ってもらってもかまいませんッ! だから……ッ!」

「あれだけ保身に全力を注いだお主が、命をときたか……」


 感じ入るようにつぶやいた後、ナイスミドルは優しく言い聞かす。


「お主が死んでしまっては、仮に助かっても意味はないじゃろう。お主がそうされたようにな? そこは違えてはならぬぞ?」

「そ、それは……」


 その瞬間を思い出し、言葉に詰まるニコラを優しく見つめて(目はないがおそらく)、ナイスミドルはつぶやく。


「願うのじゃ」

「願う……ですか?」

「そうじゃ。強く願うのじゃ。お主が望むことを。望む未来を。どうしたいのか、そのためには何が必要なのかを」

「そうすれば、僅かばかりではあるが、俺たちが助太刀してやるよ」

「ええ。いいものを見せてもらったお礼にね?」

「そしたら、もしかしたら、もしかするかもよ?」

「もしかじゃねえッ! させるんだよ、無理くりでもなあッ!?」


 明るく、そして力強く決起するアダマンタイト・ジャイアントたち。


「……み、みなさん」


 元は敵同士、しかも、抵抗空しく虐殺されたというのに、力を貸すと言ってくれる。

 その優しさに、ニコラは思わず涙した。感謝を述べずにはいられない。


「ありがとうございますッ! そしてごめんなさいッ! もっと上手に葬ってあげるべきでしたッ!」

「いや謝るとこソコッ!?」

「あれ以上の手際ってなにッ!? 苦しむことなく、すぐ命果てたんだけどッ!?」

「気付いたときには死んでたよ俺ッ!?」

「死神よりも死神だったけどッ!?」


 深々と頭を下げるニコラに、モンスターたちは噛みつかんばかりの勢いでツッコんだ。


 その後、ニコラは強く願う。

 瞳を閉じ、ただ願う。


「……わたしの願い。わたしの望む未来」


 ありえてほしかった、幸せな未来。


 そこには、傲慢だけど、尽くしたがりで、甘え上手な彼女がいて。

 スパルタで恐ろしく何度も死ぬより恐ろしい目に遭わされた――もっともそれは自業自得だから仕方ないが――恥ずかしがり屋で、耳年増で、でも本当に優しく可愛い彼女がいて。


 そんな彼女たちと一緒に、この命が果てるまで――できるならば命果てても――平和に過ごす。

 ただただ睦まじく、ただただ安らかに、いつまでもいつまでも、あったかく。


 それこそが、ニコラの望み。

 自身の平穏以外、なにもいらないと語っていた少女が抱いた傲慢。


「ゲヘナちゃんと、クォンちゃんと、平穏無事に生きて生きたい。そうして、最期の瞬間に、ああ、幸せだったなあって思いながら、眠りにつきたい。それが、今のわたしの願い」


 だがその夢は、今のままでは叶わない。

 二人は倒れ、その命は失われつつある。


 そして、今のままでは敵わない。

 視線の先、いびきすらかき始めた、怨念の塊。

 恨みつらみに満ち満ちた、邪悪の化身。


 あれを打倒しなければ、望む未来は絶対訪れないッ!


「死にたくないッ! 生きたいッ! わたしだけでなく、みんなでッ! 誰も欠けることなく、三人でッ!」


 強く叫び、決意を表す。


「幸せな未来をッ! それを阻む障害を、蹴散らす力をッ! そのためにならわたしは……命以外、なんでも捧げるッ!」

「心得たッ!」


 同時、手にしていたマスターストーンが輝き始める。

 凛々しく応じたナイスミドルの体が発光し始める。


「臆病を脱ぎ捨て、勇への道を誓った者よッ! 愛のため、決死を歌った少女よッ! 汝に今、授けようッ! この魂を賭け、成してみせようッ! 不幸を散らす、愛の奇跡をッ!」

「だから誓って幸せをッ!」

「愛を抱いて離さないでッ!」




「「「「「汝の手で、この絶望に終焉をッ!」」」」」




 声をそろえたアダマンタイト・ジャイアントたち、その体も光り輝き。


 そこを起点にすべては優しく、しかし強く、夜闇を蹴散らす様に、煌き広がる。



***



 ヤマタノオロチは、すやすやと眠っていた。


 積年の怨念とともに、邪竜の内から顕現したその怨霊は、本来なら命果てるまで暗き想いを吐き出し続ける。

 力の限り人里を襲い、街を襲い、歯向かってくる身の程知らずを蹂躙し、憎き人間どもを血祭に上げる。

 それこそが大願。それこそが念願。


 不安定なその身は、数日のうちに自壊する。

 乗っ取ろうと画策した子孫の身体は炭と果て、使用不可となってしまった。


 よって休んでいる暇など本来ない。

 この秘境から一刻も早く、人里へと降り立たなければ。


 だが、今ソレは、安堵を覚えてしまったのだ。


 立ち向かってきた憎き人間と子孫たる邪竜。

 それを今無力化した。

 だが、そんなことよりも、一番の厄介者、神龍を葬り去ったことで、ソレは安心してしまったのだ。


 聖なる力を持ち合わせていようと、例え限界を超えようと、逆鱗に触れ、天井知らずとなったこちらの力に敵うはずなどない。

 実際そのとおりで、先の一撃で、神龍は荼毘に付された。


 だが、そんな戦闘力的な問題はどうでもよく。

 先に示した通り、彼女の計り知れない鬼嫁さが、その本能に恐怖を抱かせていたのだ。


 ありえないけど、折檻は嫌だと。

 負けたら魂ごと嬲られると。


 そう恐怖に震えていたからこそ、神龍を打倒でき、とてもほっこりしたのだ。


 限界の限界を超えるバーストにて、確実に葬り去った。

 幸い、死体は炭と変じただけであり、危惧していたような邪龍化はしていない。

 まだ人間は生きているようだったが、脅威にはなるまい。あとで軽く殺してやればいい。


 そう思い、今は目下の脅威を排除したことに胸を撫で下ろし、安眠体勢に入っていたのだ。



 もうこの場に脅威はない。

 いいや、世界のどこを探しても、自身を止められるものなどいるものか。


 溢れる力に基づいた傲慢を抱きながら、ヤマタノオロチは安心しきっていた。



 だが、



「……ッ!?」



 ソレは突如、悪寒に震えた。

 ありえないはずの感覚を覚えたのだ。


 この邪竜を恐れさせた、唯一無二の相手、その気配を……ッ!


 確かに消し去ったはず。

 確かに息の根を止めたはずッ!


 なのに、この胸がざわめくのはなんだ……ッ!?


 そういえば、周囲がやけに明るくなっている。

 先まで深夜だったはず。それほど休んではいないはず。

 それなのに、こう昼間のように光が溢れているのはなぜなのか。


 

 何事かと、ヤマタノオロチは体を起こす。



「……シャアアッ!?」



 そして、驚愕する。



 夜空のど真ん中に浮かぶ者。

 浮かぶ三つの影を視認した。



 居並ぶ三者。

 右端に浮かぶのは、漆黒の翼を愛にて丸いフォルムとした、子孫たる存在。


「祖先どもよッ! キサマらを滅すため、地獄の底から這い上がってきたぞッ!」


 それはいい。息を吹き返し、全快しているのもどうでもいい。


 中心。

 邪を携えるのみだったのに、聖なる力をも受け止めて、先よりも莫大な力を放ち始めた者。

 白黒入り混じった鎧を纏い、竜と龍の力を放つ、少女の姿。


「わたしが願ったッ! 二人が願ったッ! そして彼ら彼女らが、魂込めて象ってくれたッ! だからできちゃった奇跡の形ッ! この力で、きっとあなたを討ば――」


 なにやらごちゃごちゃ言っているが、それもいい。

 先よりも心が沸き立ち、こちらへ宣戦布告している。それもどうでもいい。



 だが、その左側。

 そこにいる者の存在が、ヤマタノオロチを恐怖の底へと突き落す。


 純白の翼を携えた肢体、その全てを殺意に震わせる鋭利なフォルム。

 常人から遥かにかけ離れた狂った思考を体現したかのようなそれは、視認しただけで嘔吐を覚え、発狂を誘い、相対者を精神崩壊へ誘う。

 きっと地獄の底で悪魔と取引をしたのだろう。その身は万全と戻っていた。

 そんなソレは、隣で吠え立つ人間をどう折檻してやろうかと考えているのだろう。

 頬を上気させ、目を爛々と輝かせ、へそ下辺りを押さえ、息がとても荒かった。

 

 そんな風に怨霊の集合体に思わせ、絶対的な恐怖、戦慄を抱かせたソレは、言葉を漏らす。

 

「カッコ、イイ……。きゅるきゅるりんで、ふわふわりんヨ……」


「ジャ、ジャアアアアアァッ!?」


 意識が理解を拒む言葉に、ヤマタノオロチの鼓動は、その瞬間、確かに止まった。


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