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Lily×Monster ~モンスター娘と百合コメです!~  作者: 白猫くじら
駆け出し冒険者×お姉さんミミック
4/58

恋をしました

「はあ、はあ、はあ……」


 薄暗い森の中を、ミューは必死で駆けていた。

 昼間だというのに鬱蒼と茂った木々が太陽の光を阻む。

 

 そんな薄闇の中、少女に迫るのは、複数の足音と下卑た笑い声。


「鬼ごっこか! いいぜ、あたしこういうの得意だし!」

「ほらほら、早く逃げないと怖いお姉さんたちに捕まっちゃうぜー?」


「くっ……」


 ミューは後ろを振り返ることなく、前だけを見て必死で駆けていく。

 先ほどまでは小さな体躯を生かし、茂みに隠れ、小刻みに走り回り、どうにかやり過ごしていたのだが、道を誤り、開けた一本道に出てしまったのだ。


 だが、ミューは諦めない。

 懐に入った財宝は、母の命と等しいのだ。

 なんとしてでも持ち帰らなければ。


 これがあれば、母に薬が買える。

 そして母は、無理な仕事をしなくてもよくなるはずだ。

 明らかに薬代以上の財宝を手渡してくれた優しいモンスターの女性。


(その好意を無下になんて、どうしてできる!)


 決意を胸に、ミューは走る。

 息を切らせ、足がもつれそうになるのを堪え、

 ただただ前へと。

 前へ前へと走り続ける。

 

 やがて、森の出口が見えてきた。

 その先、草原を超えたところには、母と暮らす街の姿が小さく見える。

 あそこまでたどり着くことができれば。

 ミューは必死で足を動かした。


「もう少し。もう、少しで……!」

 そんな彼女をあざ笑うように、


「スタン!」


 その背を襲う稲妻。

 突然の衝撃に、ミューは勢いのまま地面を転がった。

 体中をすりむきながら転がり続け、木の根にぶつかって停止する。


「く、あ……」


 痛みに襲われるミューの耳に、女たちの歓声が聞こえてくる。


「さっすが姉御! 迅雷のボルト様! ガキ相手にも容赦ねえ!」

「あちしらには到底真似できねえ芸当だ! よっ! 冒険者崩れの鏡!」



 冒険者崩れ。

 それは、冒険者としての能力を悪用し、犯罪に走る者たちのことだ。

 ただのゴロツキとは違い、モンスターを討伐できる力を持った者たちの集まりであり、その取り締まりに国は騎士を派遣するほどなのだ。


 そのような凶悪な存在にとって、駆け出しで財宝を持ったミューのような者は、経験値を豊富にもった雑魚モンスターと変わりない。お買い得商品というやつだ。


 歯噛みするミューの前に、一際眼光の鋭い女が歩み出る。


「当然よ。俺を誰だと思っていやがる」

 

 歓声に応える女。

 ボルトと呼ばれたその女の手には、樹木で出来た細身の杖が握られていた。


「冒険者。その上位職の一種、マジックナイトだぜ?」

 

 剣と魔法を自在に操る強力な戦士。

 どう間違ってもミューに勝ち目などない。


 ミューは母とお姉さんのためにも逃げ出そうと体を動かそうとするが、稲妻のぶつかった背中を起点に体全体が麻痺し、指一本動かすこともままならない。

 

「鬼ごっこは楽しかったかい? ま、それもここで終わりよ」


 ボルトはぼさぼさの髪をかき上げながら歩いてきた。


「安心しなお嬢ちゃん。俺は優しいからな。抵抗しない限り、命を取ったりはしねえ。どこぞに売り払ったりする気もねえ。そういう商売は当の昔に、お国にぶっ壊されちまったからな」

 

 ボルトはミューの胸元をじっと見る。

 まるでそこにある財宝に気付いているとでもいうように。


「見えるぜ。俺の特技トレジャーハントが、隠してある財宝を嗅ぎ付けた。さあ、それを寄越しな」


 ボルトは、薄汚れた手をミューへと伸ばす。


 ミューはその手に噛みついた。


「痛ッ!」


 思わず怯み、手を引っ込めるボルト。


「てめえ姉御に!」

「ぶっ殺されてえのかクソガキが!」


 飛び交う怒号、悪意、そして殺意。

 荒れ狂う手下たちを、ボルトは涼しい顔で制す。


「よせやい。ガキのやることだ、見逃してやんな」

「あ、姉御がそう言うんなら……」


 手下たちを落ち着かせてから、ボルトは再びミューに向き直る。

 先ほどは財宝にしか興味を示さなかった鷹のような瞳。

 しかしその目は、今度はミュー自身をも捉えていた。



「威勢のいいガキだな。気に入った。お前、俺の女になりな」



「ちょっ!? 姉御、それロリコぶっほあお!?」


 言いかけた手下の顔をぶん殴り、ボルトは赤面して弁解する。

 

「ち、違うわ! 将来だよ! 将来! いい女になりそうだから、子飼いにしようって意味だよ! なんだ、俺が奇特な趣味持ってるとでもいいてえのか!? ああ!?」

「いやでも必死になるところがますます怪しぐぅええ!」


 腹に渾身の一撃を受け、うずくまる手下。

 ボルトはハアハアと息を切らし、今度はミューに弁解しようと向き直る。


「ガ、ガキ、違うからな!? 安心していいからな!? お前を抱くのは、十分育ってからだからな!? ……って、あれ?」


 しかしそこにはミューの姿はない。

 手下の1人が声を荒げる。


「姉御! あっちです! あのガキ、姉御がバカやってる間に逃げ出そうとしています!」

「いやそれテメエらが言う!?」

 

 思わずボルトはツッコみを入れた。


「……逃げ、ないと……」


 多少麻痺が改善したミューは、たった1枚持っていた薬草――麻痺治しを使用し、ボロボロの体を引きずって逃げ出そうとしていた。


 うっかり買い間違えていたのに今気付いたが、こんなところで役に立つとは。

 薬草と麻痺治しを間違えるなんてと、あのミミックがいたら呆れかえられるだろう。

 焦りながらも、ミューは少しだけ苦笑する。


「姉御、まずいですよ! この先の草原は経験値稼ぎに丁度いいから、駆け出したちが集まることが多いっす! あまり人目が多いと、流石に手出しできねえっす!」

「まあ焦んな、俺の特技を忘れたか?」


 ボルトは焦る様子もなく、杖をミューへ向ける。

 

 そして狙いを定め、


「ベルスタン!」


 叫ぶと同時、杖の先から轟音と共に強力な雷がほとばしり、ミューにぶつかり激しく爆ぜた。


「ぐあッ!?」


 強力な魔法に撃ち据えられ、ミューは枯れ葉のように弾け飛ばされる。


 地面で何度もバウンドし、成す術もなく転がった後、勢いのまま、巨大な石に撃ち据えられる。


「カハッ!」


 吐血し、青い顔で倒れ込むミュー。

 彼女はしばらくぴくぴくと痙攣するように動いていたが、



 やがて、動かなくなった。



「おっと。ちぃとばかしやりすぎちまったか?」


 ぽりぽりと頭をかくボルト。

 そんな彼女の姿に、手下たちは歓喜の声をあげる。


「なんの躊躇もなく更に強力な雷魔法を!? さっすが姉御!」

「ひゅー! 最高だぜ!」

「よっ! このロリコン!」

「ま、伊達にてめえらのお頭はやってねえって誰だロリコンって言ったやつはごらああ!」


 額に青筋を浮かべ、糾弾するボルト。

 とりあえず手下たち全員を殴り飛ばした後、ボルトは転がるミューの下へ歩み寄った。

 

 近づくにつれ、その惨状が目に入る。

 雷をくらった背中。

 そこにあった服は黒炭となり、のぞいた肌は赤く焼けただれている。


 肉を焦がしたようなにおいが、ボルトの鼻孔をくすぐった。

 

「ったく。ほんとはこんなことしたくなかったんだぜ? 大人しくしていればこうはならなかったものを……。これは不可抗力ってやつだ」


 言葉とは裏腹、嬉しそうに口元を歪めるボルトは、ミューの髪を乱暴につかむ。

 そして、そのまま宙ずりにした。


「あ……う……」


 ミューは、わずかに息をしていた。

 その目はうつろであり、焦点が合っていない。

 だが、その小さな体があれだけの雷魔法を受け、しかしてまだ生きているというのは、奇跡であった。

 

 今にも命果てそうな様子に、ボルトは興奮する。

 

「いいねえ。痛みつけられた女の顔っていうのは。いつ見てもそそるものがあるぜ」

「騎士様あああ! ここにロリコンの変態がっは!」

「さっきのはてめえか! てか冗談でもそういうこというんじゃねえよ! ホントに出てきたらどうすんだ!?」

 

 大声で叫ぶ手下の腹を蹴飛ばし、ボルトは冷汗だらだらで言い放った。

 

「い、いや、冗談じゃないっすよ。流石に幼女への淫行はドン引きなんで」

「そ、そうっすよ。いくら冒険者崩れとはいえ、やっちゃなんねえことはありますよ。人として」

「しねえから! テメエら、ちったあ自分たちの頭を信用しろよ!」


 息を切らせた後、ボルトは気を取り直すようにミューの胸元へと手を伸ばす。


「ったく。じゃあ、お宝をいただくとするかねえ」

「姉御! 姉御!」


 小袋を取り出そうとしたボルトへ、手下の1人が声をかける。


「ったくなんだよ」

「あれ見てください! あんなところに宝箱が!」


 興奮した様子の手下が指差す先には宝箱があった。

 茂みに隠れて一部しか見えないが、その輪郭から、大きなものだと判断できる。その上、豪華な装飾までしてあった。

 

「ほう。なかなかいい感じじゃねえか」

「ってことはレアなお宝が!? いやっほう! 今日はついてますね!」


 思わず駆け出そうとする手下を、ボルトが制す。


「待て。ミミックかもしれねえ」


 用心するに越したことはない。

 ボルトはトレジャーハントの特技を発動。

 宝箱に意識を集中し、その中身を透視する。

 

 やがて見えたのは――黄金の鎧。


 感じるのは、宝の気配だけだ。


「大丈夫だ。かなりのレアものみたいだぜ? 俺は今気分がいいからな、発見したテメエにプレゼントしてやんよ!」

「いやっほう! さっすが姉御! 話が分かるぅ!」


 手下は喜びに飛び上がると、すぐさま駆け出し、茂みの奥へと入っていった。

 他の手下が羨ましがる声を聴きながら、ボルトはミューへと向き直る。


「さて、それじゃあ俺も……」


 そして、再び胸元へ手を伸ばしたときだった。



「ひ、ひぃいいいいい! やめろ! あ、あちしを喰っても……ぎゃああああああ!」



 手下の絶叫が、森の中に響き渡った。


「な、なにぃ!?」


 突然の悲鳴。

 ボルトたちは動揺する。


「ちっ! どういうことだ!?」


 いち早く我に返ったボルトは、ミューを地面に放り捨て、茂みの奥へと駆け出した。


「ま、待ってくださいよ姉御!」

「置いてかないでくだせえー!」


 そんな彼女に、怯えた様子の手下たちが続く。

 そして、茂みをかき分けた先には――



「こんにちは。冒険者崩れの皆さん」



 蓋の開いた宝箱の中から、黄金の鎧が飛び出していた。


 上半身のみを現した鎧。

 その前にできた鮮やかな血だまりの中には、手下の短剣が転がっていた。

 


 それは、宝箱に潜み、愚かな冒険者を襲う存在。



 戦慄と共に、ボルトはその名を口にする。


「ミ、ミミックだと!? 馬鹿な!? 俺のトレジャーハントは、確かにお宝の気配だけを――」


 捉えたはずだ。

 そう言い終わる前に、鎧が行動する。


「ふふ。これでどうかしら?」


 黄金の鎧を脱ぎ捨てると、扇情的な服装に身を包んだ美女が姿を現した。


「ド、ドストライク……」


 状況を忘れ、ボルトは恍惚としながらつぶやいた。


「姉御違う! 今ボケはいらないっす!」

「わ、分かってんよ!」


 手下の1人に諭され、ボルトは再びトレジャーハントの特技を発動する。

 すると、今度は確かにミミックの反応だ。

 脱ぎ捨てた鎧からはちゃんとお宝の反応だけが――


「ま、まさかその鎧……!」


 驚くボルトに、ミミックは頷く。


「ご明察。これには気配遮断の魔法が掛かっていてね? トレジャーハントによる透視を防ぐの」

「て、てめえ! 卑怯な真似を!」


「うふふ。ありがとう。わたしたちミミックにとって、最高の褒め言葉よ」 


 涼しい顔のミミックの前で、ボルトは思わず歯噛みした。


 財宝の特殊能力で敵を惑わすミミックなど、初めて見た。

 確かにそういった手法をとったなら、さらに多くの冒険者たちを欺くことはできる。

 だが、そのような存在にボルトは今まで出遭ったことがなかったし、同じ稼業の仲間たちからも、そんな話を聞いたことがなかったのだ。

 そのため、ヤツラにもなにかしらの矜持があるのだろうと思っており、トレジャーハントに絶対の信頼を置いていたのだ。


 実際、その考えは正しい。

 普通のミミックは流儀に反すると、そんな行動をとらないのだ。

 しかし、今ボルトたちが相対しているのは、普通ではない、風変わりなミミック。


 そして、今の彼女は手段を選ぶつもりがないのだ。 


 そんなことを知る由もないボルト。

 冒険者崩れとはいえ、パーティのリーダーとして仲間を救えなかったことに責任を感じ、歯噛みする。


「ち、ちくしょう……。俺としたことが……」

「あ、姉御! そんなに落ち込まないでくだせえ!」

「そうだそうだ! 姉御は悪くねえ! あのミミックが悪いんだ!」


 気落ちするボルトを励ます手下たち。

 ボルトは感動してしまう。

 

「て、てめえら……」


 泣きそうになるボルトをさらに勇気づけようと、手下たちは、口々にミミックを糾弾する。


「おいそこの化物! よくも姉御をコケにしてくれたな!?」

「そうだ化け物! あたしらはテメエを許さねえ!」

「待ってろよ、その首、今に叩き落して――」




「徒党を組んで女の子をいたぶる、お前たちこそ化け物でしょう……?」



 整った顔を憤怒に歪め、ミミックは殺気の籠った眼光でボルトたちを射抜いた。


 手下たちは愚か、歴戦のボルトでさえ怯んでしまう。

 

 と、そこで手下の1人が気勢をあげた。


「う、うるせえ! ぶっ殺してやるよ! くそミミックが!」


 手下は大剣を振りかぶると、一刀両断してやろうとミミックに迫る。


「不意さえつかれなきゃ、ミミックなんてただの雑魚モンスターだろ!? 死ねやああ!」

「おいよせ! はやるんじゃねえ!」


 飛び掛かる手下をボルトは制するが、しかしもう間に合わない。



 確かに、ミミック最大の脅威は物欲に駆られ、隙ができた冒険者を狩るという点だ。

 だから、不意さえ突かれなければどうということはない。

 ミミックに相対したことのない冒険者の中には、そう思う輩もいるそうだ。


 実際ボルトの手下たちも、トレジャーハントのおかげで、今までミミックに出遭ったことがなかった。

 そのため、ミミックの脅威を身をもって痛感したことがなかったのだ。


 そのため、不用心にミミックに攻撃を仕掛けても、仕方ないかもしれない。

 それは愚行としか言いようがない。だが、たとえば経験の浅い低レベルミミックが相手なら、勢い任せで討伐することができたかもしれない。


 しかし今、この場に鎮座するのは――



「インフェルノ」



 ミミックがぼそりとつぶやく。

 すると、飛び掛かった手下の眼前に小さな火の玉が現れた。


「え?」


 ぽかんとする手下。



 次の瞬間、火の玉は火柱となり、轟音と共に手下の体を飲み込んだ。



「ああああああ! 熱い! 熱いいいいいいいい! 焼ける! 焼けるよおおおお!」


 

 絶叫する手下。

 ボルトが助けに入る間もなく、彼女はその身を一瞬で灰にされた。


「まずは、1人」


 怒りに燃える目で、ミミックはぽつりとつぶやいた。



 眼前で巻き起こった地獄のような光景に、手下たちは震えあがった。


「高レベルミミックは凶悪な炎の魔法を操る。くそ、バカ野郎が」


 辺りを舞う灰を横目に、ボルトは吐き捨て、杖をミミックに向ける。


「あら?」


 口元を歪め、小首を傾げるミミック。

 その様は、窮鼠の抵抗をあざ笑う獅子のよう。


 ボルトは恐怖を押し隠し、力強く叫んだ。


「サンダーストーム!」


 それは、マジックナイトの扱う、最大の攻撃魔法のひとつ。

 その名の通り、雷魔法の扱いに長けたボルトと一番相性のいい必殺魔法であり、広範囲を巻き込む強大な雷の嵐を引き起こす。


 杖の先からほとばしった雷光は渦を巻き、ミミックを包み込んだ。

 鼓膜が破れそうな轟音と共に、雷光が連続で咲き乱れる。

 雷光の暴力が弾け続ける中、ボルトは手下たちへ向き直った。


「撤退だ! 早くここからずらかるぞ!」


 相手はミミック一匹。対してこちらは数人。

 多勢に無勢ではあり、冷静な指揮をとることができれば、なんとかなるかもしれない。


 だが、ミミック、それも高レベルのものを相手にするのは下策中の下策だ。

 インフェルノという凶悪な炎魔法もだが、その他にも凶悪な特技を持っている。

 

 戦えば、さらに犠牲者が増えるのは、間違いない。

 

 尋常でないボルトの声に、手下たちは我に返り、一様にうなずく。

 その様に少し安心しつつ、ボルトは彼女らを勇気づけた。


「幸い、ミミックの足は速くねえ! 全力で逃げ出せばきっと助かる!」

「わ、分かりやした! じゃ、じゃあガキのお宝だけでも……」


 手下の1人がミューの胸元に手を伸ばす。

 それに気づき、ボルトは悲鳴交じりに叫んだ。


「やめろ! 手を出すんじゃねえ!」

「え?」

 

 しかし、間に合わない。



「うふふ」



 その手下の眼前に、サンダーストームに囚われていたはずのミミックが現れた。

 まるで、強欲な愚か者を逃がさないというように。


「え、嘘――」


 呆気にとられる手下。



「そんなに好きなら、あなたが財宝におなりなさいな?」



 断末魔を上げる猶予すらなく、女は宝箱の中に引きずり込まれた。

 凍り付く冒険者崩れたち。

 

 その眼前で、蓋を閉じた宝箱は不気味に振動する。

 まるで、何かを咀嚼するかのように。


 戦慄するボルトたちの前で、宝箱はやがて停止する。

 そして、重々しい音とともに蓋が開かれ、



 ゴトン。



 大きな音を立てて吐き出されたのは、飲み込まれた女そっくりの金の像だった。


 その顔は恐怖に歪み、泣き叫ぶように大きく口を開いていた。

 まるで、生きたまま像にされたとでもいうように。


「高レベルのミミックの特技、ゴールドラッシュだ。宝箱を開いたミミックの前で財宝に手を伸ばした瞬間、呼応して移動。その者を呑み込み、財宝に替えちまう」


 背筋に怖気が走るのに気づかぬふりをし、ボルトは気勢をあげた。


「てめえら! 命が惜しけりゃ助かることだけを考えろ! 散り散りに逃げるぞ! 撤退! 撤退だ―!」

「は、はい!」


 ボルトに促され、冒険者崩れたちは背を向け、逃げ出そうとするが――



「1人だって逃がすものか。わたしの大切な人を傷つけた代償、その薄汚れた命じゃ足りないけれど……」



 次の瞬間、ボルトたちは闘技場のような場所に立っていた。


「な、なにぃ!?」


 驚愕するボルト。

 周囲を高い壁に囲まれ、出口などどこにも存在しない。


「しまった! ドリームか!?」


 幻惑魔法にかかったことに気付く。

 幻惑魔法は冷静であればあるほどかかりにくい魔法だ。

 色々なことが起き、心が乱されすぎたか。

 だが、後悔してももう遅い。



「許さない許さない許さない許さない」

「後悔しろ後悔しろ後悔しろ後悔しろ」

「呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる」



 誰もいない客席から、怨嗟の声が響き渡る。

 それは、命を絶つのに助力してやるとでもいうように。


「ひいいいい!」

「いやだあああ! 助けてくれええええ!」

「もうやだ! もう死ぬ! 死ぬからああああ!」

「ごめんなさい! ごめんなさいいいい! いやあああ!」

 

 赤子のように泣き叫ぶもの。

 震える手でナイフを握り、喉元に向けるもの。



 生を切望する声と、死の安寧を得ようとする声が入り混じり、阿鼻叫喚に包まれる手下たち。


 彼女らをどうにか落ち着かせようと、ボルトは叫ぶ。


「落ち着けお前ら! これは幻惑だ! 現実じゃねえ! このままじゃヤツの思うつぼだぞ!」


 震えあがりしゃがみ込む部下たちを勇気づけようと駆け寄るボルト。

 多少乱暴でもいい、まずは落ち着かせなければ。

 ボルトは痛みで我に返らせようと、取り出したナイフで手下の腕を切りつけようとする。


 瞬間、手下たちは、うつむいたままボルトの手を取った。

 

「お、おいどうした?」


 驚くボルト。

 振り払おうとするが、しかし、それは不可能だ。

 

 なぜならその手は、人間離れした怪力を発揮していたのだから。

 

「ま、まさか……」


 戦慄するボルト。

 その前で、手下たちがゆっくりと顔をあげる。



 その顔は、あのミミックのものだった。



「ひぃっ!?」



 ――高レベルミミックを相手にするのは危険だ。

 

 凶悪な炎魔法であるインフェルノ。

 強欲な愚か者を彫像へと変えてしまうゴールドラッシュ。

 幻惑のドリーム。


 そしてなにより、対象を死へと誘う――



「「「「「イガリマ」」」」」



 次の瞬間、ボルトの背後に黒衣をまとった骸骨が現れ、振りかぶった鎌を――


***


「う、ん……」


 ミューは、ゆっくりと瞳を開いた。

 ぱちぱちとまばたきを繰り返すと、ぼんやりとした視界が徐々にはっきりとしてくる。


 どうやらここは、あの宝箱の中の異世界らしい。

 先刻滞在した家の中。ミューはそこにあるベッドに寝かされていた。


 どうしてここに、なんて疑問をミューは抱かない。

 激痛に意識を失う直前、優しく抱きかかえられた感覚。

 あの優しさは彼女のものだと、触れられた体が囁いているから。


「……我ながら、恥ずかしいことを」


 ミューにしては珍しく、恥ずかしそうにつぶやいた。

 そんな彼女は現在ベッドにうつ伏せに寝かされており、傷の治療のためだろう、上半身を露わにされていた。

 ふと、ミューはその背になにかが乗っているのを感じる。

 あれだけの大怪我を負った直後だというのに感覚があるのか。

 そもそも、激痛を全く感じない。

 不自然に思いつつ、ミューは背中へと手を伸ばした。

 そして手にしたものを見て、ミューは目を丸くする。


「これ、エリクサー?」


 エリクサー。

 それは、致命傷をもたちどころに治癒させる幻の薬草。

 高レベルダンジョンの奥地にのみ自生すると言われる、自然が作り出した秘薬である。

 その希少さゆえに、ボス戦で戦闘不能に陥りかけた際であっても、しかし使用を躊躇う者たちが多いという、本末転倒な薬草でもあった。


 そんな多少残念な薬草ではあるが、効果は折り紙付き。

 直接見て確認はできないが、痛みがないことから、背中の傷も完治しているのだろう。


 と、そこで家の扉が開く。

 目を向ければ、両腕一杯にエリクサーを抱えた扇情的な女性、ミミックが飛び込んでくるところだった。


「これだけ、あれば……」

「……市場価格、大暴落?」

「違うわよ!? いやまあ実際売りに出せばそうなるかもしれないけど! 秘密裏に栽培に成功したし! そうじゃなくて、お嬢ちゃんを助けられそう――って、お嬢ちゃん!?」

 

 驚いたミミックはエリクサーを取り落とす。


「うん。ご無沙汰してま――」


 軽口を叩こうとしたミューを、ミミックはひしと抱きしめた。 


「良かった……。本当に、良かった……」


 強く、暖かく、そして優しく込められる力。

 それは、ミューが確かに存在していると確認するようで。

 ミューは、なんだか嬉しくなった。


 やがて回されていた腕が離れる。

 ミューは少し名残惜しく思ったが、口には出さなかった。

 それよりも、今は彼女に言うべき言葉がある。

 上着を貸してもらってから、口を開く。


「お姉さん、ありがと。ミューのこと、また助けてくれた」


 救ってもらった礼を言うミュー。

 だがその言葉に、ミミックがびくりと震える。


「も、もしかして、見てたの?」

「む?」


 ミミックは少しためらった後、観念するようにつぶやく。


「だ、だからその……わたしが、ミミックの本領を発揮したところ……」


 冒険者崩れたちを恐怖と絶望で蹂躙したところを。

 問われたミューは、こくりと頷く。


「激痛に視界が霞んでいた。でも、見た。この両の眼で、しかと見据えた」


 ミミックは愕然とした後、申し訳なさそうな顔になる。


「そ、そう……。ごめんなさい、怖かったでしょ?」


 だが、ミューは大きく首を振る。


「恐怖なんて、抱かない。だってお姉さん、ミューを思ってくれてたから」


 彼女はミューのために怒り、戦い、救ってくれたのだ。

 感謝と憧憬を抱きこそすれ、恐怖など感じるわけがない。


「とっても綺麗だった。ちょっと、ドキドキした」


 そんな答えが返ってくるとは思っていなかったのだろう。

 ミミックは唖然とした後、頬を朱で染めた。

 

「そ、そう。ありがとう」


 だが、すぐにかぶりを振り、神妙な面持ちになる。


「でもね、お嬢ちゃん。わたしにはお礼を言われる資格なんてないの」

「どういう意味?」

「だって、お嬢ちゃんをあんな目に遭わせたのは、わたしなんだから」


 ミミックは、泣き出しそうな顔で告白する。

 

「? 具体的に、いい?」


***


 小首を傾げるミューに、ミミックは事のあらましを説明した。

 別れ際、財宝の取り扱いに気を付けるように忠告したこと。

 それを通りかかった冒険者崩たちに盗み聞かれたこと。

 結果、ミューが酷い目に遭わされたこと。

 

 ミミックはミューを救うため、必死で冒険者崩れを追いかけたのだが、そもそもミミックというモンスターは機動力が低く、後手に回らざるを得なくなり、結果ミューが大怪我を負ってしまったのだ。

 そもそもあの時、ミューをテレポートさせていれば、こんな風には。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい……」


 ミミックは深々と頭を下げた。


「ふむ……」


 ミューは少し考え込んでいたが、

 嘘が嫌いな彼女は、


「まっち、ぽんぷ?」


 思ったことを素直に言い放った。


「うっ!?」


 的確に罪悪感を撃ち抜かれ、ミミックは膝をつく。


「ごめん。ちょっと違った」


 ミューは訂正し、言い直す。


「お姉さん、ミューのことを思ってくれてた。だから念を押した。それで失敗したかもしれないけど、でもミューは、その気持ちがとても嬉しい」


 ミューから優しい言葉が投げかけられる。

 だがしかし、それをミミックは拒絶する。

 

「そんなこと言わないで! お嬢ちゃんは、わたしを許しちゃダメなの!」


 忠告は誰にも盗み聞かれない宝箱の中だけに留めておくべきだったのだ。

 高レベルダンジョンに入り込む人間は少なく、辺りには誰もいないだろう。

 だから、きっと大丈夫だ。

 心のどこかで、そう油断していたのだ。

 

 結果、彼女の身を案じた行動が、真逆の事態を引き起こしてしまったのだ。

 ミミックは浅はかな行動をとってしまった自分のことが許せない。


 だが、ミューは首を振る。


「ん。許す必要はない。そもそも、お姉さんは悪くない」


 驚くミミックに、ミューは続ける。


「悪いのは、あの女たち。ミュー、感謝してる。ありがとうって、お姉さんに思ってる」


 その言葉に、ミミックは声を荒げる。


「お嬢ちゃん、あなたほんとにおバカさんね!? 分かっているの!? 死んでたかもしれないのよ!? もう2度と、会えなかったかもしれないのよ!?」


 ミミックは思わず言い放った。

 押し隠していた本心が、ミューへとぶつけられる。


「もう来ちゃダメよって言ったけど! でも本当はまた来てほしかった! 無警戒に宝箱を開けたあなたにお仕置きして、目を回すあなたに呆れかえって! そして、一緒にたくさんお話しして! 笑い合いたかった!」


 自分に、初めての気持ちを教えてくれた少女。

 その彼女を失う。

 そう思うと、ミミックは恐ろしくてたまらない。

 その恐怖はなによりも大きく、体の震えが止まらなくなる。

 

「それが、それが2度と叶わなくなるところだったのよ!? わたし嫌なの! そんなの、嫌なのよ!」


 泣き崩れるミミック。

 大粒の涙を流し、顔を手で覆ってしまう。


「ううう……。わたし、わたし……」

「……」


 そんな彼女を、ミューは優しく抱きしめた。

 図らずもそれは、母を思って涙したミューを慰めた構図と逆になる。

 ミミックは思わずドキリとしてしまう。


「お、お嬢……ちゃん?」


 泣き腫らしたミミックを、少女の愛らしい瞳が見つめる。

 体の奥底から熱くなってくるような感覚に、ドギマギするミミック。

 

 恋とは大変だ。

 相手を思うあまりに涙したり、しかし見つめられるだけで嬉しくなったり。

 その脅威にミミックは心の隅で溜息をつく。


 ミューはミミックに笑いかけ、


「歯、くいしばる?」

「え?」


 大きくのけぞると、渾身のヘッドバットを繰り出した。


「ッ!?」


 ゴツンと鈍い音が響く。


 そして、バタンと大きな音を立て、

 

 地面に倒れ伏す……ミュー。

 

「ちょ!? お嬢ちゃん!?」


 無傷のミミックは慌ててミューを抱き起した。

 真っ赤な額を抑えるミューは目を回している。


「し、失敗。ミューは、いきり立ってミューを襲った……」

「なにやってるの!? 物理防御の高いミミック相手に!」


 ミミックは手近にあったエリクサーをその額に張り付けた。


「さ、流石は幻の薬草。養殖でも天然モノと変わりないのか、痛みが一瞬でなくなっていく……」


 元気を取り戻したのを見て安堵し、ミミックは呆れ顔でミューに尋ねる。


「お嬢ちゃん、どうしてこんなことしたの? 頭、痛かったでしょうに」

「ミュー、励ましたかった」

「励ます?」


 疑問符を浮かべるミミックへ、ミューはこくりと頷く。


「お姉さんにこうされると、ミュー、必ずぶっ倒れた。HP、1桁になった」


「ぶっ!? い、いや、でもあれは……」


 言い訳しようとするミミック。

 ミューは分かっていると頷く。


「でもあれは、優しさ故の行動。愛ゆえの加虐。お姉さんにこうされると、ミュー、嬉しくなった。……ひぎゃくせいよく? は、ないよ?」

「あの、どうしてそういう言葉を知っているのかしら……?」

「母様のおかげ。夜の父様はそれを持ち合わせて、とっても可愛かったのよと、よく懐かしんでいるから」

「ほほう……。お元気になられた暁には、娘さんの教育方針について、真正面から話し合う必要がありそうね……?」


 物理も辞さないとミミックは決意を露わにする。


「? よく分からないけど、続ける。ミュー、母様のために、早く財宝を手に入れなければならなかった。とても焦っていた。でも、お姉さんとお話ししたい。優しさにもっと触れたいって、思っていたのも確か」


 ミミックは驚く。

 そんな風に思ってくれていたのか。

 

 ミミックは以前、ミューは母のために財宝を得ることができず、心の中で泣いていたのだと思い、それに気付けなかったことを強く悔やんだ。

 しかし、彼女の思いはそれだけではなかったらしい。

 どうやら自身は他者とあまり関わらないせいで、感情の機微に疎くなっているようだ。

 多少は勉強しなければと、ミミックは己を恥じた。


「お姉さんとお話ししてると、ミュー、とっても嬉しくなった。そんな優しいお姉さんに、泣いてほしくなくて。早く元気になってほしくて。考えた結果、お姉さんの優しさ、励ましが一瞬で伝わった手段を実行した。そういう話」

「そうなの……。ありがとうね、お嬢ちゃん」


 ミミックはミューの頭を優しく撫でた。

 ミューはくすぐったそうに目を細める。


「元気、出た?」

「うん。お嬢ちゃんのおかげよ?」

「……そう」


 ミューはしばらくされるがままになっていた。

 気のせいか、その頬が少し赤くなっているように見える。


「あら? お嬢ちゃん、大丈夫? もしかして風邪でも引いたのかしら?」

「ち、違う。大丈夫」


 逃れようとするミューを、しかしミミックは逃がさない。

 

「だーめ。お熱があったらいけないでしょ? ほら、おでこ貸して? こっつんしてみるから」


 ミミックは屈み、ミューと高さを合わせると、額で熱を測ろうとする。


「……ッ!」

 

 だがなぜか、ミューは大きくのけぞると、再びヘッドバットを繰り出した。

 

「お嬢ちゃん!?」


 昏倒するミューをミミックは助け起こす。


「そ、その後、ミューの姿を見たものはいなかった……」

「なにおかしなこと言ってるの!? ああもう! ほらこれ使いなさい!」

「エリクサーの大盤振る舞い。駆け出しで、冒険者の夢が叶うとは……」


 三度の使用に戦慄しつつ、ミューは全快した。

 突飛な行動をとるのは彼女の専売特許だが、しかし今のは少し不自然な気がした。


「ねえ、お嬢ちゃんいったいどうしたの? やっぱりお熱があるんじゃないの?」

「……違う。ミューは、観念した」

「観念?」

「ほんとは、母様が元気になってからにしようと思っていた。でも、もう辛抱たまらなくなった」


 何を言おうとしているのか分からないが、やはり家庭訪問するべきだとミミックは決意する。


「なんのこと?」

「……。ヘッドバットだけでは、伝わらないこともある……か」

「いや、しみじみ言ってるとこ悪いけれど、それは当然よね?」


 さて、今度は一体どんなおバカな発言をしてくるのだろう。

 ミミックは斜に構えてミューの発言を注視する。


 ミューは一拍置いてから、ミミックの目をしっかりと見つめ、



「大好き」



 満面の笑みで、告白した。


「……え?」


 この子は、今なんて言ったのだろう。

 混乱なんてしていないはずなのに、なぜかミミックは理解できなかった。

 戸惑うミミックへ、ミューは再び告白する。



「だから、大好き。ミュー、お姉さんに恋をしました」


 言葉を失うモンスターへ、冒険者の会心の一撃が炸裂する。


「う、嘘……」

「ミュー、嘘だけはつかない。それにこの気持ち、どうやったって偽れないから」


 ダメ押しの攻撃に、ミミックは崩れ落ち、大粒の涙を流し始めた。


「お姉さん、泣いてる? でもミュー、その涙、止めたくないって思ってる。どうして? かぎゃくせいよく?」

「ち、違うわ。そんな言葉使わないで。だってわたし、嬉しいから。嬉しいから泣いているの」


 ミミックは泣きながら、そして笑った。


「うん。わたしも大好きよ、冒険者ちゃん」


***


 ダンジョンから離れた草原にて。


 なんだかテレポートで一瞬で帰還させるのがもったいなくて。

 そしてそれはミューも同じだったようで。

 ミミックは温かな余韻を楽しみながら、ミューに付き添いここまでやってきていた。


  街が近くなり、ミューは付き添ってくれたミミックに礼を言った。


「ご足労、痛み入った」

「気にしないで。大好きな人を守ることを、苦労なんて思わないもの」


 ちょっとだけ恥ずかしく思いながら、ミミックは言う。

 もしかして彼女も照れてくれるかななんて、期待しながら。

 だが、ミューは照れるどころか焦った様子を見せる


「しっ! お姉さん、それは危険」

「え? どうして?」


 小首を傾げるミミックへ、ミューは耳打ちする。


「年端のいかない少女への恋愛は犯罪。即、牢獄行き」

「ぶっ!? し、仕方ないじゃない! 可愛すぎるあなたが悪いのよ!?」


 どこかで聞いたような、言ったような言葉の当事者となり、ミミックは思わず吹き出してしまう。

 だがこの気持ちは誤魔化したくはない。

 開き直るミミックに、ミューは感慨深げに頷く。


「ふむ。正直に生きるお姉さん、カッコいい」

「ふふ。お嬢ちゃんを見習って、わたしも自分を偽らないって決めたから――」



「あ、騎士様」



「ひゃあ!?」


 ミミックは反射的に宝箱の中に隠れる。

 その様子を見て、ミューはくすりと笑った。


「嘘。びっくりした?」


 宝箱をうっすらと開けると、中でガクガクと震えているミミックへ声をかけた。


「も、もうっ! お嬢ちゃん、嘘だけはつかないんじゃなかったの!?」

「なんか、こういう嘘はいいかなって思って」

「あのね、お嬢ちゃん。世の中には言っていい嘘と悪い嘘が……」

 

 抗議しようとしてミミックが飛び出そうとした時。

 ミューは宝箱の中に上半身を滑り込ませ、



 薄闇の中で、触れた。



「!!」


 開きかけた宝箱が動かなくなる。

 やがてその蓋が開き、真っ赤な顔をしたミミックが姿を現した。


「な! な! な!?」


 唇を抑え、声にならない声をあげるミミック。

 彼女の慌てっぷりを見て、ミューは悪戯っぽく笑う。


「安心して。そこなら誰にもばれないよ?」

「……!」


 燃焼の状態異常にかかったかのように、限界まで真っ赤になるミミック。

 そんな彼女が可愛いくて、ミューはさらに続ける。


「ご所望なら、もっといちゃいちゃ、する?」

「い、いい! わたし、捕まりたくないもの!」


 捕まったら可愛い恋人と離れ離れになってしまう。それだけは絶対に嫌だ。

 遠慮するミミックに、ミューは言う。


「だいじょうぶ。そもそもそれは、人間の法。モンスターには適用されない」


 ミューの言葉にミミックはぱあっと顔を輝かせた。


「そ、そうね! そう、そうだったわ! わたしはモンスターだもの! だからお嬢ちゃんにこんなことしても捕まらないもの! ぎゅー!」


 ミューを抱き寄せ、可愛さを堪能するミミック。


「ああもうお嬢ちゃん可愛い! 可愛いよぅ! この可愛さ、イガリマ級だわ!」

「可愛すぎて死んじゃいそうって意味? ありがと」


 若干照れつつ、ミューはそっぽを向く。

 そんな様子が可愛くて、ミミックの行動はエスカレート。


「ああもうお嬢ちゃーん!」

「あ!? ちょっと!?」


 ミミックはミューをがっちりと掴むと、そのまま宝箱の中へ引きずり込んだ。


***


「……そして、いたいけな少女は、モンスターの魔の手にかかり」

「そういう言い方やめてくれる!?」


 しみじみとつぶやくミューの様子に、ミミックは思わず声を荒げた。


「なんか罪悪感がすごいのだけど!? わたしそんなひどいことしたかしら!?」

 

 ミミックは自身の行動を思い返す。

 ただ、可愛いよ可愛いよーっと、なでなでして。

 そして大好き大好きと、ぎゅーっと抱きしめただけなのだが。


 隣でソファに腰かけるミューはくすっと笑う。


「ふっふっふ。嘘」

「もう、また嘘ついて!」

「お姉さん、可愛いから。ちょっとだけ、意地悪したくなる。こういう嘘ならいいよね?」

「う、うう。そう言われると、何も言えないのだけど……」


 照れるミミックを見て、ミューはほほ笑む。

 そうしてしばし甘い時を楽しんだ後、ミューは立ち上がった。


「そろそろミュー、お暇したい。母様に、お薬買ってあげないと」

「え!?」


 思わず声を出してしまったが、ミミックは取り直す。

 そうだ、そもそも彼女はそのために危険を顧みず冒険者になったのだ。

 ここで引き留めることなど、出来はしない。


「そ、そうよね。うん。そうだったわね」

「そんな顔しないで。安心して。ミュー、またダンジョンに会いに来るから」

「えーと、それは嬉しいのだけど。今度はレベルを上げて来るのよ?」

「嫌。そんな余裕ない。お姉さんに、早く会いたい」

「もう嬉しい! いや、でもやっぱり駄目よ!?」


 思わず許してしまいそうになるが、彼女の身を案じればそれはできない。

 ミミックは忠告するが、しかしミューは聞き入れない。

 

 いっそ、彼女の家の隣にでも引っ越してやろうか。

 ミミックが頭を悩ませていると、ミューは声をかける。


「お姉さん、最後に一ついい?」

「なにかしら?」

「お姉さんには、名前がないの? もしあるのなら、教えてほしい。大好きな人のことは、名前で呼びたい」


 大好きな人。

 そんな言葉を向けられる日が自分に来るなんて。

 嬉しすぎる申し出に、ミミックの胸が暖かくなる。


「う、うん。そうね、そうよね!」


 胸が弾むのを感じながら、ミミックはミューに向き直る。


「わたし、ローザ。ミミックのローザよ」

「いい名前だね、ローザ」


 名前を呼ばれただけなのに、体中が幸せを感じる。

 駆け出しのくせに魅了なんか使ってくれちゃってと、ミミックのローザは嬉しい悲鳴をあげそうになった。


「ローザのこと、大好き」

「うん。わたしも大好きよ、ミュー」


 そして見つめ合った後、どちらからともなく唇を重ね、


「じゃ、じゃあ外へ送るわね! ついてきてもらえる」

「了承。行こう」


***

 

 赤い顔をしつつ、ミューを促す。

 そして異世界を後にし、ローザが宝箱の口をうっすらと開けた時、


「でやああ!」

 

 威勢のいい掛け声とともに、輝く聖剣が振りかざされた。


「ひゃあ!?」


 ローザは思わず宝箱の中に閉じこもろうとするが、聖剣が差し込まれ、蓋を閉じることができない。


 眼前に迫る切っ先に震えるローザの耳に、宝箱の外から凛々しい声が聞こえた。

 

「わたくしは聖騎士! 所用で近辺を歩いていた時、駆け出しと思しき冒険者たちから、いたいけな少女がミミックに呑みこまれたと報告を受けました! 化け物め! 覚悟いたしなさい!」


 そういえばと、ローザは後悔する。

 衝動のまま、ミューを宝箱の中に引き込んでしまったが、ここは街の近辺でそれほど強い魔物もいない、経験値稼ぎに適した場所。

 人目がないほうがおかしいというものだ。


 過ちに冷汗を浮かべるローザに対し、ミューは、ぽんと手の平を打った。


「なるほど。いちゃいちゃしてもいいけれど、パックンしたら、ダメだよね」

「冷静に分析してる場合!? ミュー! あなた、誤解を解いて頂戴!」

「!? 見ず知らずの人に、恋人同士だって言うの? て、照れる……」

「なんでこういう時だけそういう反応!?」


 頬を染めるミューにツッコむローザ。

 箱の外からはしびれを切らしたような声が聞こえてくる。


「なにをごちゃごちゃ抜かしているのです! さあ、出てきなさい! 討伐してさしあげましょう!」


「ふれっふれっローザっ。頑張れ頑張れローザっ。正義の騎士さまだーからっ、、殺しちゃうのはだーめだよっ?」

 

 後ろではミューがふりふりと可愛らしく歌って踊り始める。

 こんな状況でなければ、心置きなく萌えられるのに!


「ああもー! こうなればやってやるわよ! 覚悟しろ聖騎士がああああ!」


 可愛い恋人と、これからも一緒にいるために。

 ローザは、再び凶悪なミミックと化すのだった。


書き終えました!

次回、ツンデレロリ吸血鬼×薄幸()の修道女の予定です。

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