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大好きなんだよ?(※繰り返し)


「キシャアアアアァッ!」


 人知れず、秘境の奥地に災厄の権化が躍り出る。


 伝説に縋り、矜持に拘り、死してなお、この世に留まる怨念の塊。

 混合邪竜ヤマタノオロチは、人間どもに呪いあれと暴威を奮う。


「やっかましいネエエエッ!」


 対するは、モンスターでありながら、神聖さにて神と崇められた存在。

 守っていたはずの人間たちに裏切られ、絶望により自らを封じ。

 しかし、後に人間の少女に救われ、恋をした者。

 神龍クォンは、彼女の生に幸せをと、出し惜しみなく対峙する。


「世を隔ててなお縋りつこうとかッ!? ホンット諦め悪すぎないネッ!? いつまでもいつまでも執着してッ! そーいう粘着質、嫌われるヨッ!? スッパリ諦めて身を引けヨッ!?」


 クォンは勢いのままに叫んだ。

 だが、そこで自分自身の言葉にハッとなり、思わず下方の地面を見る。

 そこには、幼女姿のゲヘナを、優しくお姫様抱っこをする想い人、ニコラの姿が。


「……ぐっす」

「キシャアアァ……?」


 思わず涙ぐむクォンの姿に、ヤマタノオロチが戸惑いを見せる。

 怨念の塊とはいえ、そこは元ドラゴン。

 相手は龍であり、しかも聖なる者。

 しかし、同じ竜族の幼女の涙に、心配せずにはいられなかったのだろう。


 だが、攻撃の手を止めるヤマタノオロチに対し、気付いたゲヘナは真っ赤になる。


「な、なに同情してるカアアアァッ!?」

「シャアアァッ!?」


 怒りの神威塗れの激流をぶっ放され、理不尽だとヤマタノオロチが動揺した。

 クォンは一切容赦せず、続けざまに力を見舞う。


「ふっざけんじゃないネッ! なに憐みの目を向けてるヨッ!? 邪竜如きが調子に乗ってんじゃねえヨッ!? ああんッ!? ほあちゃああんッ!?」

「よ、幼女が邪竜にガンくれてる……」


 その凄まじい勢いに、ニコラはただただ怯えることしかできなかった。


 だが、そこで戦闘を一任していることに気付いたニコラは、空を舞うクォンへ叫ぶ。


「って、クォンちゃん無理しないでッ!? 待っててッ! 今、わたしも加勢にッ!」

「来ちゃダメヨッ!」


 攻撃の手を止めぬまま、クォンは強く拒絶する。


「どれだけ竜の力を使えようと、ニコラの体は人間ヨッ! 人に死を振りまくコレに近づけば、途端に人生ジエンドネッ!」

「ッ!?」

「それに、ここにいればソイツもヤバいネッ!」


 そうしてクォンが指し示したのは、ニコラの腕に抱かれたゲヘナの姿だった。


「はぁ……はぁ……」


 苦しそうに瞳を閉ざし、小さな胸を必死に上下させる彼女。

 立て続けの死闘、限界を超えた力の解放、さらに身の内に巣食っていた怨念との激闘。

 それにより、さしもの伝説も、今は見た目通りのいとけなさしか発揮できなくなっていたのだ。


 絆を結んだ親友の衰弱に心痛しながら、クォンはその身に迫る危機を明示する。


「確かな反逆を叫び、弱り切った今ッ! もし、もう一度憑りつかれてしまえば、今度は心ごと奪われるかもしれないネッ!」

「そんなッ!?」


 動揺するニコラへ、クォンは知識からの推測を口にする。


「ヤマタノオロチは怨念の集合体、いわば怨霊ヨッ! だけど霊体は不安定で、本来あれだけのエネルギーを内包することなんてできないネッ! そのままいれば、いずれ力に耐え切れず自壊する。だから、邪竜で子孫で相性のいいソイツの肉体に戻ろうとするはずヨッ! より多くの人間たちを滅ぼすためにッ!」


 ヤマタノオロチの目的は、憎き人間共に復讐すること。

 だがここは、人里離れた秘境の奥地。

 数日すれば自壊してしまうというのに、人里までは距離があり、辿り着くまでにかなりの時間をロスしてしまう。

 より多くの人間を害したいと欲するならば、このままの状態でいることは得策ではない。

 それはヤマタノオロチ自身分かっているだろう。

 

 だからこそ、ヤマタノオロチが真っ先に狙うべきは、ゲヘナの肉体。

 人間に危害を加える意思もなく、殺戮の呪いすら失った木偶の坊な子孫の全てを奪い取り、人里へ降り立つことこそ、取るべき最善なのだ。

 

(そんなこと、絶対させないネッ!)


 クォンは歯を食いしばる。

 そんな悲劇、認めてなどやるものか。

 人間を愛する彼女の身体で、そんな暴虐許してやれるわけがない。


 やっと奇跡が起きたのだ。

 やっと彼女は幸せに生きられるようになったのだ。

 呪いから解き放たれ、心からニコラと結ばれ、想いのままに幸せになれるようになったのだ。

 そしてそれを、なにより大好きなニコラが、望んでいるのだッ!



「だからッ! ここからッ! マイターンッ!」

「シャアアッ!?」


 クォンは重い一撃を打ち放ち、ヤマタノオロチを怯ませる。

 その束の間に振り返り、ニコラを説得する。


「今の内に逃げるがいいネッ! 早くッ!」

「だ、だけど……」

「クォンの望みはッ!」


 二の足を踏むニコラへ、クォンは叫ぶ。


「クォンの望みは、ニコラに生きてほしいってことだったッ! 厳しくしてたのも、すべてはそのためッ! だけど今は、だけじゃないッ!」


 彼女の手に抱かれたゲヘナを見ながら、本心を零す。


「通じ合ったソイツとッ! 救い出したソイツとッ! 末永く睦まじく、ずっと幸せに生きてほしいッ! それこそが、クォンの望み。クォンの切望ッ!」


 そしてクォンは背を向け、臨戦態勢を取るヤマタノオロチに対して構える。


「本当の加勢は、ここで一緒に戦うことなんかじゃない。逃げて逃げて生き延びて。そうして、ソイツと一緒に、安らかに幸せに生きていくこと。その礎になれるのなら、クォンにはなんの悔いもないッ!」

「……クォンちゃん」

「……なーんて、大袈裟に言ったけどネ? 心配なんていらないヨ。憎悪に狂った駄竜程度、クォン一人でちょちょいのちょいネ。こちとら神龍、舐めんじゃないネ」


 心配をかけまいと、わざと軽く笑って見せる。

 クォンは取り繕いながら、ニコラに背を向け、邪竜に対する。


「さあ、分かったら早く行くネ。まさか臆病騎士なお前が、この折檻大好きスパルタ幼女の命令、違えようなんて思わないよネ?」

「……それは、もちろんだよ」

「うんうん。懸命な判断ヨ?」

「ッ!」


 やがてニコラは振り切るように、歯を食いしばりながら、ゲヘナを抱いて走り出した。


「……」


 そしてクォンは、ヤマタノオロチへ向き直る。


「……シャアアァ」


 複数の鎌首をもたげる巨大な邪竜。

 血潮を怒りに沸き立たせ、凶悪に光る眼光すべては、クォンのことを射抜いている。


 その瞳には、逃げていく獲物への焦りはない。

 今この瞬間、ヤマタノオロチは、邪魔をする神龍を葬ることにのみ、心血を注ぐと誓っているのだ。


「まったく。なしてお前が首ったけヨ……」


 クォンは自嘲するようにつぶやいた。


 ヤマタノオロチは、確かにクォンのことを警戒している。

 だが、それは神龍たるクォンが格上であるということを意味しているのではない。


 ヤマタノオロチの力は、正直限界を超えたクォン以上。

 先にゲヘナを呪いから解放しようとした際、闇落ちしたニコラが雑種と扱き下ろしていたが、それはあながち間違いではない。


 ヤマタノオロチはいくつもの邪竜の怨念が混合し、形を成した化け物。

 そうではあるのだが、その全ては人の世に災厄をもたらした、邪竜中の邪竜たち。

 言い方は妙になるが、最上級の雑種とでも評すべきか。


 今は顕現したばかりで、出足を掴み損ねているようだが、徐々に調子を取り戻している様子。それを察していたのもあって、ニコラはクォンだけを置いていけないと二の足を踏んでいたのだろう。


 ヤマタノオロチの力には、さしもの神龍も及ばない。

 そう理解しながらも、この邪竜は、不安要素は先に排除しておくべきだと判断したようだ。

 

「こちとら手負いだっていうのに。そこまで警戒されるとは。本当、痛み入るって感じよネ? いやあどうもありがとネー?」

「ッ! シャアアァッ!」


 皮肉を零せば、それが癇に障ったのだろうか。

 ヤマタノオロチたちは牙を剥いて吠え立った。


 それだけで、死に体の身が怖じる。

 やめておけ、敵うはずなどないと、本能が警告する。


 だが、そんなもの、聞いてやる気などない。

 無視するためにもと、クォンは軽口を叩き続ける。


「しかもその用心深さ? まーるでアイツみたいじゃないネ? ほんともう、人がせっかく諦めようと誓ったのに、ツンツンツンツン刺激して。……お前、そんなに死にたいカ?」

「シャ、シャアアアァッ!?」


 怒り滾らせるクォンの姿に、ヤマタノオロチはビクッとした。

 だが、怖じらせたところで、戦いに入ってしまえば、圧倒されるのはこちらだろう。

 結果は見え透いている。


 それでも、クォンには逃げる気などない。


(……結局、言えずじまいだったけど)


 小さな胸に秘め続けた、初めての感情。

 今の彼女には、もう、届けることができないけど。

 でも、いいのだ。


(幸せにするのは、クォンじゃない。そうするのは、アイツの役目。だから、これで正解ヨ)


 なによりクォンが望んだこと。

 彼女のことを守ること。


 そう誓った自分にとって、この状況はまさに、うってつけ。


「……望んだことは守ること。彼女の幸せを守ること。おまけに今、大切な親友も守れてるッ! だからこれは、花丸満点ッ!」


 強く叫び、気合と共にクォンは邪竜へ立ち向かう。


「これ以上は、バチが当たるッ!」


 暗雲より出でた落雷を、自身目掛けて直撃させる。

 そうして纏った雷に、全身の力をありったけ込める。

 

 天の怒りの如き雷に、紅蓮の炎が交わる。

 冷酷な激流は化粧となり、厳しき颶風にて彩られる。

 

 神龍の全力が狙い定めしは、砂漠にそびえる巨悪の妄執。

 なにを賭しても、誅し滅する、ただの障害ッ!


「死に絶えろおおおおぉッ!」


 叫ぶと同時、増幅させた力がはじけ飛ぶ。

 空を裂いて迸る、凶悪な属性攻撃。

 長大広大な怒涛の荒波が、ヤマタノオロチを呑み込んだ。

 

「キシャアアアァッ!?」


 耳をつんざく亡者の如き叫び声。

 神龍渾身の猛撃に、混合邪竜は反撃も出来ずにのたうちまわる。


 だがクォンは決して油断しない。

 渾身の力を込め続け、その身を滅すると奮い続ける。


「砕いて絶やすッ! 絶命させるッ! すべては、二人の幸せのためにッ!」


 血の味を覚えながら吠え叫び、限界を超えた力を放出し続ける。

 そうしてヤマタノオロチを神聖な猛撃にて苛み続ける。

 

「キシャッ!? シャァッ!? シャアアアァッ!?」


 猛撃に包まれ、視認できなくなったヤマタノオロチ。

 その存命を伝えるのは、耳朶を打つ不快な絶叫のみ。


 だがやがて、それもか細くなっていき、聞こえなくなる。

 それでもクォンは入念に力を放ち続けた。


「はぁ、はぁ……ッ!」


 そうして十分に過ぎるほど放出したのち、クォンは荒い息をつく。


「これだけやれば、成果があっても……ッ!」


 そう思えるくらいに奮った力。

 その痕跡を視認する。


 もうもうと煙が立ち込める。

 伝説の限界を超える、悲劇的なほど容赦のない連撃。

 それを受け続けた地点には、もはや砂粒一つすら残っていない。

 広範囲に渡って深々と蹂躙されたそこは、荒々しい岩盤が顔を覗かせ、存命している者がいるなどと、正常な思考では思えない。


 ヤマタノオロチの姿は一かけらもない。

 蒸発し、消し飛んだと思われた。


「……やったカ?」


 遠目にて十分すぎるほど確認した後、クォンはそこへと降下する。

 そうして目を皿のようにして、近場から確認を続ける。

 

「……やった、みたいネ」


 どうやら、本当に成したようだ。

 遠くから確認している時、あの恨みに満ちた禍々しさは感じなかった。

 近くで確認しても、それは同じ。


 相手が本領を出し切る前に押し切ることができたようだ。

 クォンは、ほっと息をついた。


「……守った。幸せを、守れた……」


 安堵に、全身が脱力する。

 ぺたんと座り込み、クォンは去って行った二人に思いを馳せる。


 もう会うことは決してない。

 二人とも大切で、大好きだから。

 だからこそ、彼女たちとは、いられない。

 二人の幸せの障害に、自身はきっとなってしまうから。


「二人とも、幸せに生きて……」


 様々な感情を含みながら、それでも一番大きいのは祝福する気持ち。

 零し、クォンはどこへなりとも去って行こうと立ち上がる。



 その時だった。



「ッ!?」


 心臓を食い破られんと錯覚する、猛烈な殺意。

 突如感じた巨悪の気配に、クォンは真っ青な顔で振り返る。


 そうして視認する岩盤の一点。

 そこにあったのは、一つの球体だった。


 距離が離れているというに、はっきり視認できるそれは、おそらく巨岩ほどの大きさがあるだろう。岩盤の亀裂、その間に挟まっているそれは、人型のクォンの背丈より遥かに大きい。

 その球体の色は、あのヤマタノオロチのような闇色。

 それが、憤怒の炎を再燃させるように、明滅し始めたのだ。


「ッ!」


 瞬間、本能的に察知したクォンは、力を奮う。

 砕かねば、きっとまずいッ!


「ほあ、ちゃあああぁッ!」


 大技にて疲弊した体から放たれた一撃は、先のものに遠く及ばない。

 それでも、威力は十分にあった。


 だが、それは球体の内からにゅるりと現れた竜の首に、なんなく弾き返される。


「くッ!?」


 顔をしかめるクォン。

 疲弊した彼女が歯を食いしばる前で、球体の内から続々と竜の首が現れ、そそり立つ。

 そうして幾筋も現れながら、同時に球体を肉付けするように闇が溢れていく。

 そうするうちに、再び顕現する傷一つない怨霊の集合体。


「キシャアアアアアァッ!」


 闇夜を引き裂く再起の咆哮が、クォンを絶望の底へと突き落す。


「無茶苦茶ネ……ッ!」


 戦慄と共に、クォンは思い出す。

 遥か昔、どこかで、おそらく竜族の仲間から聞いたこと。



 ヤマタノオロチ。

 怨念でできたその邪竜に出遭った時、取るべき行動はただ一つ。


 逃げるのだ。


 逃げて逃げて、血反吐に塗れ、無様に生に食らいつけ。


 邪に対するは聖なる龍、それを超える高位の神龍。

 だとしても、一体だけでは殺される。


 そそり立つ極太の首共、それらは混合前、生前の力をそれぞれ持ち、様々な邪技にて襲い来る。


 巨体こそ本体、そこに埋まる竜玉こそ魂。

 それを仕留められなければ、首共は幾度も再生。

 決して果てず、命を食らうまで滾り続ける。

 

 歯向かうことは愚かである。

 一度受けた属性と、その方法に対し耐性を持ち、効果は減衰してしまう。

 

 だからこそ、まともにぶつかるのは下策中の下策。

 数日すれば自壊する。なればこそ、逃げ切ることに命を懸けろ、と。


「先人の教え、馬鹿にできないネ……」


 自身がどれほどの無茶をしているのか、クォンは今さらながら肌身で感じた。


 さらに言えば、現在クォンが対峙しているこの個体。

 それは、竜族の中でも最も執念深い、悪しき邪竜一族の怨念、その集合体。

 自身らを屠った人間への憎しみにて形を成し、それを呪いと発し、人間が近寄れば途端に炭化させる力を持つのだ。

 そんな化け物中の化け物は、疲弊したクォンへ容赦なく躍りかかる。


「シャアアアァッ!」


 連携を取って伸びあがった何本もの首が、クォン目掛けて死の火炎を放射する。

 他の数本は、あわよくば生きたまま踊り食ってやろうと食らいついてくる。


「くっ!?」


 紙一重のところで躱すクォン。

 しかし、息つく間もなく、構えていた別の首が、本体から抜け出て宙を飛ぶ。


「キシャアアァッ!」


 極太の首を波打たせながら、全体に鋭い刃を生やすと、宙を走り、裁断しようと迫ってくる。


「邪魔ネッ!」


 それを颶風と激流で押し返すも、まるで追尾機能のついたブーメランのように、飽くことなくクォン目掛けて飛んで戻ってくる。


 どうにか直撃を避け、回避し続けるクォンであったが、火炎を散らす咬撃、執念の刃撃によって、機動力を封じられていく。

 そうして知らず、滞空地点が狭くなっていった。


「ほあちゃッ!?」


 気付いたときには、クォンの体は周囲の空間ごと丸い球体のようなもので覆われていた。

 何の前触れもなく発生したそれは、首の一つが持つ、望むものを透明にする力、それによって不可視とさせた邪悪なる拘束術が、クォンのことを捕らえたのだ。


「こんなものッ!?」


 すぐさまクォンは脱出しようと攻撃を奮う。


「うぐッ!?」


 しかし、力を奮おうとした瞬間、全身に耐えがたい激痛が走り、思わず倒れ込んでしまう。


「聖を封殺する結界カッ!?」


 ヤマタノオロチ。

 それはさきに示したように、複数の邪竜の怨念が結集した集合体であり。

 蠢く首たちはそれぞれの生前が得意とした能力を使用できるのである。


 さらに、能力を表出させない代わりに、裏方に回って火力の底上げをすることができ、生前よりも遥かに強化された力を発することができるのだ。

 よって天敵であるはずの神龍に対し、十二分以上に渡り合うことができているのである。


「邪悪の満漢全席カ。まったく、胃もたれものよネ……」


 囚われの身となってしまったクォン。

 その絶好の機会にも関わらず、あれだけ執拗に迫っていた攻撃は止み、首たちは本体へと戻って行った。


 しかし、それが意味するのは、もちろん戦いの終了ではない。

 同士討ちを避け、一斉攻撃の準備に移ったということである。


「……シヤアアアアァッ!」


 首たちは屹立すると、溢れそうになる力をため込むように振動。

 そして、膨張しきった首、その口から、一斉に死を纏う爆炎がうち放たれる。


 狙うは憎き聖なる存在。

 大願を邪魔しようとする神龍の命。


「舐めんじゃ、ないネエエエエッ!」


 クォンは痛みに耐えながらも、好き勝手はさせないと今放てる全力で相手取る。

 一瞬早く届いた邪悪な一撃が、捕らえていた牢獄を簡単に粉砕する。


 そして激突する聖と邪。


「くううぅぅッ!?」


 歯噛みしながら力を打ち放つクォンであったが、しかし、邪竜の凶悪さの前に成す術はなく、攻撃はどんどん押し返されてしまう。


 ゲヘナとの応酬にて、疲弊したせいもあるかもしれない。

 先の全力の一撃で、出し切ったせいもあるかもしれない。

 そして今、力を一時的に弱められた影響もあるかもしれない。

 

 だが、そうだとしても、逆鱗に触れ、限界を超える力を手にしているはずなのに。


(命をかけても、クォンは大好きな人たちを、幸せにできないのカッ……!?)


 悔しくて、クォンは涙さえ流せない。



 身に迫る極太な死の炎。

 押し切ることは叶わない。

 回避しようにも、しきれない。




 だから、もうすぐクォンは死ぬ。




 灼熱に包まれ、魂ごと焦がされ、この命が終焉に染まる。

 それはもう、避け得ない。


 この命の全てを、血肉、魂、存在の全てを、愛した人のために捧げられる。

 それは、この上のない喜び。

 だから、死ぬのは全く怖くない。


 だが、このような最期、認められない。

 このままでは、ただの犬死。

 今ここで息絶えれば、ヤマタノオロチはすぐにニコラたちに追いついてしまう。

 休息さえできなかった傷だらけの彼女たちを、束の間の幸せごと呑み込んでしまう。




 それだけは、絶対許せないッ!




「だから、タダでは死なないネ……ッ!」


 剣呑な言葉を放つ。

 クォンの身体が、執念に燃える。

 

 これだけの、想いがある。

 命を捨て去る覚悟さえある。



 ならば、きっと成れるはず。


 

 眼前に佇む、憎き巨悪の怨霊の如く。

 この身を呪いに染め、魂を恨みに焦がし、身体を無くしても縋りつくッ!


「高笑いなんてさせると思うカッ! 汚い口から漏らすのは、勝利の凱歌などではないと知れッ! 苦悶、絶望、断末魔以外ありえないッ!」

「しゃ、シャアッ!?」


 幼女がしてはいけない顔つきで叫ぶクォンに、優勢なはずのヤマタノオロチは腰を抜かしそうになる。


「クォンは絶対、死んでも死なないッ! この身が塵と果てたとしても、路傍の石と蹴り上げられても、この魂は潰えないッ!」


 もはや眼前に迫る業火を前に、クォンは口元を歪めて凶悪に叫ぶ。


「胸に宿った憎悪の炎、絶やす術などあるものかッ! その喉笛を掻っ捌くまで、血反吐に塗れて何度でもおおおおおおぉッ!」




「ありがとう。でも、ダメだよ?」




「……!」


 突然聞こえた柔らかな声。

 聞き知ったクォンは、目を丸くした。


「せええいッ!」


 続け様に、剛撃が振り下ろされる。

 拳から放たれた一撃は、地割れとなり、衝撃波となってヤマタノオロチを襲う。


「シャアアアアァッ!?」


 足を置いていた地面が割れ、体勢を崩したヤマタノオロチは、轟音と共に地に倒れ込んだ。

 結果、獄炎はなにも殺せず、虚しく夜空を撫でるに終わる。


 何が起こったのか分からず、茫然とするクォン。

 その背後から、彼女は歩み寄ってきた。


「頑張ってくれてとても嬉しい。でも、早まらないで」

「ニ、ニコラッ!?」


 そこにいたのは、大好きな彼女だった。

 どうしてニコラがここにいるのか。

 確かに彼女は、先ほどゲヘナを抱えて逃げ出したはずなのに。


「どうしてッ!? どうして戻って来たヨッ!?」


 彼女の機転により命を救われたクォンだったが、しかし、お礼など言えなかった。


 命を懸けて、魂を穢してでも守ると決めたのに。

 どうして言いつけに背いたのかと、その心は荒立っていた。


「逃げるネッ! すぐに逃げるネッ!」

「大丈夫。体を覆った炎で、呪いを焼き尽くす様に設定してる」


 取り乱すクォンに、ニコラは説明する。


「それに、ゲヘナちゃんには今、ミルクトゥースXDさんがついてくれてる。元々ゲヘナちゃんの素材から出来てるらしいし。絶対守るって意志、強く感じられたから大丈夫」


 だが、そんな説明では納得できない。

 いいや、どう説明されても納得できない。


「そんなこと言ってるんじゃないヨッ!? ニコラはここに来ちゃいけない、そう言ってるネッ! お前がいるべきはアイツの傍らッ! 愛する人と一緒にいなきゃッ!」


 ニコラが今ここにいる。

 自分のことを心配して戻ってきてくれた。

 本当は嬉しいのに、許せない。

 だからクォンは、声を荒げずにはいられない。

 

「心配なんて微塵もいらないッ! なのにノコノコ戻ってきてッ! クォンなんて捨てときゃいいのにッ! いつものように利用して、人柱にして逃げればいいのにッ!」

「そんなこと、もうできないよ」

「なしてネッ!?」





「だってわたし。クォンちゃんのこと大好きなんだよ?」





「……え?」


 瞬間、時が止まる。

 クォンは茫然とし、死闘の最中だというのも忘れ、ニコラに見惚れてしまう。


 優しく微笑む彼女。

 そのつややかな唇から、今、待ち望んでいた言葉が漏れて――


「って、ふっざけんじゃないネええぇッ!?」

「ぎゃあああッ!? 感動とキメ顔が台無しッ!?」


 クォンは怒りに絶叫し、とどめを刺すほどの勢いでニコラに折檻し始める。


「死闘に割り込んで言うことがそれカッ!? 人をからかいに戻ってきたカッ!? ていうかアレカッ!? アイツの時のの使いまわしカッ!? 自然に優しいエコロジーカアアアァッ!?」

「ごふッ!? ま、待ってクォンちゃごへッ!? 冗談なんかじゃなぶへええぇッ!?」

「だとてッ! ならばッ! なおタチが悪いネッ! 新婚早々不貞に走るカッ!? 幼女姿の二号さんゲットかこのロリコンがッ! ううん、ペド女あああッ!」

「ち、違うッ!」


 いつもならばやられるばかりのニコラだが、今回ばかりはと立ち上がった。

 押しのけられて地面へ倒れ込んだクォンへと、いわゆる床ドンの形で顔を寄せる。


「ほあちゃッ!?」


 動揺するクォンに、ニコラは真剣な表情で叫ぶ。


「わたしは本気だッ! 本気でクォンちゃんもお嫁さんにしたいんだッ!」

「〜〜!?」


 ヤマタノオロチが巨体のわりに短足な四肢を懸命に動かし、よちよちと起き上がろうと頑張る姿を背景に、ニコラは正面切って想いを伝えた。

 真実としか思えないその熱量に、クォンは真っ赤になってしまう。


「な、なな、なに言ってるカッ!? そんな、クォンなんて、ただのスパルタ幼女ヨ?」

「うん、そこは否定しない」

「ほあちゃッ!?」


 冷め切った声で答えるニコラに、謙遜していたクォンは涙目になった。

 だが、ニコラはすぐさま熱い瞳で語る。


「でも、そこがあなたの良さ。本当はいつも感謝してたの」

「し、信じないネッ!」


 クォンは真っ赤になってそっぽを向いた。


「お前、言ってたネッ! アイツのこと大好きになった理由ッ! 臆病なお前を受け入れてくれたからだってッ!」


 それは、先のヴァンパイア戦にて、ニコラがゲヘナへ告白した際の言葉。

 遠くに隠れていたクォンは、なんとなくやってみて成功した読唇術にて読み取っていた。


「だから、それならクォンは……」


 正反対だと言いかける。

 そんな彼女に、ニコラは優しく頷いた。


「うん。確かにそう言った。でも、こうも言ったよ?」

「え?」

「こんなわたしを見捨てずに、一緒にいてくれた……って」

「……あ」


 そういえば、あの時何か言いかけていた気がした。

 前者の理由を読み取った後、自分は当てはまっていないと落胆し、目を潤ませた。

 その後に、ニコラはそう言っていたのだ。


 ならば、確かにずっとニコラを見捨てなかったクォンには、とても当てはまる条件だ。

 しかし、どう反応すればいいのだろう。

 思いがけない状況に茫然とするばかりのクォンへ、ニコラは気恥ずかしそうにしながら心中を吐露する。


「保身に走るわたしに呆れつつも、怒りつつも。それでもあなたはわたしのこと、絶対に見限らなかった。そんな優しいあなたのこと、いつの間にか好きになってた」

「そ、そうなのカ!?」


 そんな仕草、微塵も見せなかったと言うのに。

 いや、ヴァンパイア戦の前、クォンのことを可愛いと言って頬を染めたようなことがあったりなかったりしたかもしれないが!?


 それはともかく、というか、逆に。


「いやそれ絶対嘘ネッ!? だってお前、何度もクォンをモンスターの群れの中に置き去りにッ! 好きな子にそういうことするわけないネッ!?」

「いや、それはその、好きだからこそ悪戯したっていうか……」

「おいアレ悪戯ってレベルかお前えええぇえッ!?」

「ひぎゃあああぁッ!? ごめんなさい嘘ですううぅッ! ただ身代わりにしただけですうぅぅッ!? あの頃は胆力が足りなくてええぇッ!? 恋人よりも自分が好きな、ナルシストなお年頃でええぇッ!?」


 折檻され、涙しながら釈明するニコラ。

 そして、解放された後に語る。


「あ、あうう……。それで、その。ずっとクォンちゃんのこと、好きだったんだけどね? 絶対嫌われてるって思ってたから、言い出せなくて……」

「そ、それは……」


 確かにクォンは基本スパルタで、しかも気持ちを口に出すのが恥ずかしく、結構照れ隠しできつく当たっていた気はするから、そこはしょうがないかもしれない。


「だからその、割合望みのありそうなゲヘナちゃんに先にアタックしよっかなーって画策して、後になったといいますか……。クォンちゃんは、あわよくばって思ってたといいますか……」

「……お前、自分がゲスなこと言ってる自覚はあるカ?」

「ひいぃッ!? ごめんなさいいぃッ!?」


 鋭い眼光に、ニコラは咄嗟に土下座した。

 そうして命乞いの姿勢を見せながらも、想いを零し続ける。


「分かってますッ! ゲスなのは分かってますッ! でも、それでもわたし、二人とも大好きになっちゃってッ! ゲヘナちゃんとは結ばれたけど、でもクォンちゃんのことも諦め切れなくてッ!」


 そこで、ニコラは震える声でつぶやく。


「……だってクォンちゃん、死んじゃいそうなんだもん」

「!」

「クォンちゃん、わたしのこと守るって、よく言ってくれてたけど。それに甘えて、言い出さなかったけど。怖かったの。自分のこと、簡単に犠牲にしそうで……」


 ベクトルは違う気がしたけど、あの目はお姉ちゃんと同じだったと、ニコラは続けた。


「おこがましいのは分かってるッ! 二股なんて、最低なのも分かってるッ! でもわたし、好きな子たちに不幸になってほしくないのッ! 犠牲になってほしくないって、守りたいって思えるようになったのッ!」

「ニコラ……」

「それでもわたしは臆病で、立派な騎士みたいに、みんなを守ることはできやしない。震えあがって、肉壁にしようとすることも、多いと思う。でもわたし、頑張るからッ! 頑張って臆病を黙らせるからッ! 大好きな二人を、守るためならッ!」


 そしてニコラは、凛々しい瞳で宣言する。


「わたしの夢は、平穏無事に生きることッ! ゲヘナちゃんとクォンちゃんと、三人一緒に生きることッ! 一緒に笑って、愛し合ってッ! 死ぬまで平和にイチャイチャすることッ! この夢、叶えさせてはもらえないかなッ!?」

「……はあ」


 クォンは大きくため息をつき、苦笑する。


「ほんっとにお前、最低ネ。愛の告白してるのに、他の女の名前を平気で出すし。二股宣言してくるし。外道もここまでくると、清々しくも思えてくるけど」

「ご、ごごごめんなさいッ! その、やっぱりダメだよねッ!? うん、分かってましたッ! だけどお願い折檻しないでッ! あと、クォンちゃん、これだけはお願いッ! 自分を大事にして生きて行って――」

「いいヨ」

「……ほえ?」

「聞こえなかったカ? もう、しょうがないネ」


 耳を疑うニコラへと、クォンは近づき。




 その頬に、口づけをした。




 ゲヘナが触れさせたのとは反対側に。

 優しく唇をあてがったのだ。


「ッ!?」


 目を白黒させるニコラの様子を面白そうに見つめながら、既に唇を放していたクォンは頬を染めて笑う。


「恋愛難聴なお前でも、こうされれば分かるよネ?」

「そ、それじゃあ……」

「うん、いいヨ。クォン、ニコラのお嫁さんになるネ」

「……!」


 驚く彼女の前で、クォンは照れ笑いながら思いを零す。


「クォンだってニコラに負けないヨ? だって、ずっと想ってたもの。お前と出会って、一緒に過ごして。胸の想いが、大きくなって……」

「……」

「……おい。ちょっとここ、いいシーンヨ? なにお口あんぐりしてるネ?」

「いや、念願叶ってアレだけどね? いったいどこに、わたしのことを好きになる要素があったかなって」


 得体の知れない者を見るような目で見た後、ニコラはハッと口に手を当てる。

 そうして震えながら口にする。


「も、もしかしてマゾなのッ!? 人柱にされて興奮するような、救いようのない被虐性欲をッ!?」

「うんッ♪」

「ヴェッ!?」

「そうだよ、クォンはマゾなのヨっ! とっても気持ちがいいんだから、ニコラにも教えてあげたいネっ! だからお前が目覚めるまで、袋叩きでエンドレスネエエェエッ!」

「ぎゃあああッ!? 一人で袋叩きとかどんな神業ぁああッ!? ごめんクォンちゃんッ! 許してッ! 許してエエェエッ!?」


 神龍の身体能力を遺憾なく発揮し、質量を伴った残像がニコラをボカスカ痛めつける。

 そうして彼女をぼろ雑巾にクラスチェンジさせてから、クォンはぷいっとそっぽを向く。


「ふんっ! 乙女を貶めた罰ネッ!」

「だからって、乙女をタコ殴りにしてもいいの……?」

「ともかくクォンはニコラが好きヨッ! だからお嫁に行ってあげるネッ! ほらこれで満足カッ!? ハイオッケイヨッ!」

「な、なんだこの展開……」


 感動もへったくれもあったものではないと、ニコラが滂沱する。


「ふふっ」


 だが、これでこそ自分達らしいと。

 ボロボロの彼女を見ながら、クォンは人知れず微笑みを浮かべたのだった。


 そうして二人が二人らしく通じ合った後、立ち上がったニコラはなぜか顔を青くした。


「あ、でも、どうしよう……」

「? なんネ?」

「い、いやその……。二股しちゃったから。ゲヘナちゃん、やっぱり怒るよねって思って」

「大丈夫ヨ。アイツ、相手がクォンなら重婚させてもいいってウキウキしてたものっ」

「そ、そっかぁ……。よかったぁ……」


 そうしてニコラは胸を撫で下ろす。


「き、きしゃあぁ……」


 そこで、丁度体を起こすコツをつかんだヤマタノオロチが起き上がった。

 内心立ち上がれてちょっと嬉しいヤマタノオロチ、それを二人は見定める。


「だけどネ、ニコラ。アイツを殺らなきゃ、全ては水泡、水の泡。ハーレムエンドは露と果てるヨ?」

「分かってる。普通なら、奇跡が起きても叶わぬ願いが叶ったんだ。このくらいの不幸、立ちはだからなきゃつり合い取れないよ」

「まったく、言うようになったネ」

「当然。だって、スパルタ幼女に鍛えられたんだよ?」


 微笑するニコラに、クォンは口角を吊り上げる。


「ふんっ! ならその成果、見せてみるネッ!」

「もちろんッ! 余すとこなくッ!」


 そして二人は並び立ち、手を取り合って死闘に臨む。



***



 人に即死を与える怨念の猛撃が眼前に迫る。

 だが、臆病を胸に抱きつつも、未来を掴み取ると駆け出す彼女に、そんなもの効きはしない。


「うおおおぉぉッ!」


 雄たけびを上げながら接近するニコラに、そうはさせじと暴れまわる首たち。


「キシャアアアアァッ!」


 放たれる、邪悪に塗れた呪いの攻撃。

 憎き人間を滅するとヤマタノオロチは猛攻を見せる。


「気を付けるネッ! 間接的な呪いは纏った炎で焼き尽くせても、直接注がれればきっと防げないッ! 触れられれば炭化し終わるッ! 大胆に、でも慎重に行くネッ!」

「分かってるッ!」


 打ち放たれた炎の隙を縫い、近づくニコラに迫る素っ首の振り回し。

 回避しながら、ニコラは拳に力を込める。


「焼きつくせえええぇッ!」


 そうして拳を奮うと、その先からゲヘナの力、業火が溢れ出る。

 呪いを滅すと放たれた攻撃。

 

「シャアアウッ!」


 それを、ヤマタノオロチはいくつもの首を盾にするように編み込んで、防ぎきる。


 望むものを焼き尽くす、邪竜の力。

 それによって首たちは跡形もなく焼き尽くされたが、しかし、すぐさま再生し、攻撃を放ってくる。


「ちッ!?」

「させないネッ!」


 迫る攻撃を、クォンの神威が食い散らかす。

 怨念に満ちた力は、愛する者を守るためにと放たれた、聖なる力の前に膝をつく。


「ありがと、クォンちゃん」

「どういたしましてネ。支えること。これも妻の役目ヨ?」

「うん、助かりますっ」

「ほあちゃっ♪」


 優しく微笑んでから、クォンは憎々し気に相手を睨む。


「にしても。ホントにコイツ、しつこいネ。首が何度も何度も復活するヨ」

「うん。手早く本体を叩きたいのに、邪魔してくるし。オマケにこっちはバテ気味だし……」


 手を変え品を変え、クォンは攻撃を続けていた。

 清流をそのままぶつけたり、無数の水の刃として降らせたり、業火を結晶、風を剣、雷を球体にモーニングスターが如く叩きつけたりなどなど。


 もちろん首の生える本体、そこに埋まる竜玉を狙っての攻撃なのだが、しかしそれは全て首たちの絶妙なコンビネーションにより封殺されてしまうのだ。

 大技で一気に攻めたいところではあるが、正直それだけの余力はない。


 ニコラもクォンも、死闘の直後。

 このヤマタノオロチという化け物は、万全であったとしてまともに刃を交えるべき相手ではない。消耗している今は猶更であるのだ。


 ヤマタノオロチは数日すれば自壊し果てる。

 ニコラはそれをクォンから聞いた。

 

 しかし、今の状態では逃げきることはできないだろう。

 誰かを囮にでもしない限りは、可能性すら現れない。


 だが、ニコラにもクォンにも、そのつもりはない。

 誰かが欠けては意味がない。

 なぜなら二人は誓ったのだ。


「それでもわたし、絶対に諦めないッ! 必ず三人で幸せになるんだッ!」

「う、うん……」


 雄々しく叫ぶニコラの姿に、クォンは人知れず腰砕けになりかける。

 だが、それはまだ早い。

 それはこの忌々しい化け物を倒してからの、秘密の夜のお楽しみだ。

 ちょっとだけハアハアするクォンに、ニコラは気付かない。


「……」


 ただ一体、気付いたヤマタノオロチが絶句していることにも気付かない。


 ともかくとして、二人は攻めあぐねていた。

 だがそれは、ヤマタノオロチにとっても同じであった。


 即死たらんと猛撃を打ち付けても、ニコラたちのコンビネーションは、体を同じくとし考えを即座に理解できるヤマタノオロチの首に引けを取らないほど至高であり、器用に生き残ってくれるのだ。

 そうして一合、二合と相対するうち、気付けば月は中天を明け渡し、傾き始めていたのだ。


 これでは埒が明かない、何もできず、ただただ自壊の時を待つだけである。

 だからこそと、ヤマタノオロチは決意した。



 不可逆となっても、と。



「キシャアァアッ!」


 ニコラたちの目の前で、ヤマタノオロチは、突如信じられない異様を見せつけ始めた。


「ほあちゃっ!?」

「お互いの喉笛をッ!?」


 ニコラたちはぎょっとする。

 首たちは互い通しの喉笛に容赦なく食らいつき始めたのだ。


「シャアアグッ! ガブッ! グブウブベッ!」


 どす黒い血液を垂れ流しながら、仲間の血で塗れた口で、その口を狂気に染める。


「な、なんでこんなことッ!? 自分から死に走るようなッ! 喉笛にッ!?」

「………喉ッ!?」


 そこで気付いたクォンが血相を変えて叫ぶ。


「ニコラ、アイツは自決しようとしてるんじゃないネッ! ヤマタノオロチだって竜族ッ! なら、その喉元にあるのは当然――」

「! まさか、逆鱗ッ!?」


 気付く二人。

 その予想は正しかった。


 ヤマタノオロチの首、それぞれには、一般的な竜族と同じ逆さ鱗が生えていた。

 そして、その特性も、一般的なものと同じ。

 

 つまり、引き起こされるは……。



「「「「「「「「キグゴブベギャシクゲルアアィスゲゲゲゲッ!!」」」」」」」」



 この世の者には発すことのできない奇声を放ちながら、首たちは震え始める。

 そして激しくのたうち回り、空を、大地を蹂躙するように暴れていく。

 まるで亡者が生者を妬み、地の底から手を伸ばす様に、呪いに満ちたで叫びで、周囲を蹂躙する。


「ヒイィッ!?」


 思わずニコラが怯え、彼女の気を確かとさせてあげるため、クォンはその手をしかと握った。


 ――そもそも、どうして竜族は逆鱗に触れられると暴走するのかと言えば。

 

 逆鱗の下、そこには竜玉と呼ばれる宝玉が埋まっており、それこそが竜族の莫大な力を生み出す大元である。

 そしてそれは急所でもあり、だからこそ竜族は、その直上である逆鱗に触れられると、命の危機を感じ、限界以上の力を発し、滾ってしまうのである。

 

 ヤマタノオロチの竜玉は、それぞれの首の竜玉が結集して巨大となり、体内深くへと入り込んでいる。

 その大きさで喉元にあれば、気道を塞いで窒息してしまうし、なにより体内にあったほうが再生する首にて攻撃から守りやすいためだ。

 そのため、逆鱗の下には重要な物はないのだが、生前の習性から、逆鱗に触れると暴走してしまうのである。

 


 そして、逆鱗に触れるという秘奥を繰り出したヤマタノオロチは変化する。


 

 どす黒い体は、よりどす黒く。

 牙や爪など、獰猛な部分はより獰猛に。

 その巨体はさらに大きく。


 そしてなにより、巨木の如き首たちは、互い同士で共食いをするかのように食み合い、交わり、血塗れになって同化していき、一本の巨大なそれへと変化した。


「ギジャアアアアアァッ!」


 やがて月すら覆い隠す異様となったそれは、全てを滅ぼすと声をあげる。



***



 眼前に出でた化け物を超える化け物の姿に、ニコラは思わず取り乱した。


「な、なんなのッ!? なんであんなデカブツにいぃぃッ!?」

「逆鱗に触れたことによる、限界を超える暴走のせいネ。理性を捨てたヤツラにはもう、正常な判断能力は残っていないヨ。だからもう、アイツに憑りつこうとはしないはず。だけど……」

「ギジャアアアアァッ!」


 そこで長大な首は、ニコラたち目掛けて爆炎を放った。


 ――いいや、それはもう、爆炎などでは収まりきらない。


「ッ!」

「わわッ!?」


 咄嗟にクォンに抱きかかえられ、離脱させられるニコラ。


 その眼下にはあった。

 圧倒的な力による、踏みにじりの跡が。

 爪痕などという生易しい言葉では形容できない。




 滅。




 砂も、地層も、ただの一撃で滅されて、元からそうだったかのように、果てのない巨大な穴が、そこには出現していた。


 先のような変幻自在は見せつけない。

 ただ破壊さえできればいいと。

 複雑な能力を捨て、火力のみを切望した一撃は、なによりも傲慢で、圧倒的だった。


「……目に付くものも、つかないものも、その全てを力任せに破壊する。捻じ伏せる。そういう存在になったのヨ」

「アバババババッ!?」


 規模こそ違えど、


「アバババババッ!?」


 いや、一般的な魔物たちから見れば、破格の力とはなりはするが、


「アバババババッ!?」


 逆鱗に触れたゲヘナも、クォンも、本来ならばあのような化け物になっていた。


「アバババババッ!?」


 過去の所業を思い返し、それを目の前の化け物と重ね合わしながら、クォンは唇を噛む。


「……ホント、哀れで――」

「アババババババババ――」

「やかましいッ!」

「アボベッ!?」


 クォンはニコラを放り投げ、その腹部に蹴りを入れた。

 そして落下する彼女の下へ追いつき、その身を抱いて受け止めた。


「なにするのクォンちゃんッ!? 死闘の最中にヴァンパイア戦のラストを彷彿とさせるわたしリスペクトな妙な折檻ッ! わたし吹っ飛ばされたことに文句言えばいいのッ!? それともふんわり抱き留められたことにお礼言えばいいのッ!? ティーチミィーッ!?」

「うるっさいネッ! 怯えるのも無理ないとは思うけどッ! だけどやかましすぎるのヨッ!? アバババアバババ乳がほしくて駄々こねる赤子かお前はッ!?」

「違うよッ! 欲しいのは幸せッ! クォンちゃんたちを幸せにして幸せになることッ!」

「……そ、そっか。それはその、どうもありがと――」

「ギジャアアアアァッ!」


 赤面するクォンに向かい、ヤマタノオロチが再び攻撃する。

 すんでのところで回避した彼女は、今度は怒りに真っ赤になる。


「ああもうお前もやかましいッ!」

「ギジャッ!?」

「ふーふの水入らずを邪魔すんじゃネェッ! 今はクォンの独り占めタイムなのにッ! 汚い口を今すぐ閉じろッ! 潰すぞ砕くぞぶっ殺すぞゴラアアアアァッ!?」

「ギ、ギジャー……」

「し、新婚なのに、いきなり鬼嫁だよぅ……」


 とんでもない剣幕に、彼女を愛する妻たる少女も、理性なく破壊を繰り返すはずの化け物も、たじたじとなって怯えを見せる。

 気付いたクォンは、すぐさま取り繕う。


「……ハッ!? ち、違うのヨ、ニコラッ!? クォン、鬼嫁なんかじゃないネッ! 確かに尻に敷くとは思うけど、ベッドの中では大サービスッ! 別の意味で尻に敷――」

「ジャアアアアァッ!?」

「くッ!?」


 それ以上は言わせないと、暴威を奮うヤマタノオロチ。

 それを再び回避するクォン。


「このッ!」


 避け様に全力の雷を放ってはみるが、しかし、そのすべてをヤマタノオロチは防御も見せずにマトモに食らい、無傷であった。


「竜族同士だから、お互いに力は効果抜群な特攻で、おまけにこっちは闇と相対する光の力を放ってるのに。それを受けて無傷とカ……!?」




「まったくだ。あんな化け物がこの身に巣食っていたなどと、怖気が走る」




「!」


 声に驚き振り返る二人。

 そこには翼をはためかせた傷だらけの幼女、ゲヘナがいた。


「ゲヘナちゃんッ!? どうして来たのッ!? ダメじゃないッ!?」

「そうヨッ! お前、死にかけてたのにッ! おとなしく地面と仲良くしとけヨッ!?」


 驚愕と心配の入り混じった声を、しかし小さな王者はにべなく切り捨てる。


「なに、多少は動けるようになったのでな? それに、アレは我が祖先の業。ならば子孫たるこの俺が、素知らぬふりなどできようものか」

「だけどッ!?」

「それにな?」


 噛みつかんばかりの二人に、ゲヘナは嬉しそうに微笑んで応える。


「死に体の分際で、この俺を守ろうと傲慢に叫ぶ愚か者が、親友と妻がいるのだ。異例のめちゃカワさを発揮していると言うに、眠りに興じているのはもったいないだろう?」


 ゲヘナが手にしていたミルクトゥースXDをニコラへ向けて放り投げる。

 おとなしく手中に収まったそれを握りながら、ニコラはつぶやく。


「……ゲヘナちゃん」


 その隣では、クォンが呆れたような様子で、どことなく嬉しげにそっぽを向いていた。


「……まったく。勝手にするネ」

「ふははっ! 当然ッ! この俺の決意を遮ることは、この俺にだってできぬと知るがいいっ!」


 二人に並び立った後、ゲヘナはクォンに向き直る。


「ああそれと。油断はできぬ場面ではあるが、これだけは言っておかねばな」

「なんネ?」


 眉根を寄せるクォンに、ゲヘナはとびっきりの笑顔を見せる。


「おめでとうだ、クォンよっ! これで俺とおんなじ新妻仲間っ! ずっと一緒に、ニコラに尽くし続けようなっ♪」

「!? こ、こんな状況で、お前一体なに言ってるネッ!? 時と場所を弁えろヨッ!?」

「え? クォンちゃんだってさっき、時も場所も弁えず、死闘のド真ん中でわたしといちゃいごほえっ!?」

「む? どうしたニコラ? なぜ急に腹を押さえるのだ?」

「こ、この子、遂に不可視の折檻すら会得したよぅ……」


 邪竜の感知すら擦り抜ける神域の折檻に、ニコラはただただ愕然としていた。

 やり取りを意に介す様子もなく、クォンはただ恥ずかしげにそっぽを向く。


「まったく、なに指図してるカッ! ……言われるまでもないってものヨ」

「おお、それは悪かったな。許すがいいっ♪」


 照れるクォンに、ゲヘナは無邪気に謝罪した。

 そうしてお祝いを終えた後。


「……さて。祝辞が済んだところで、だ」


 ゲヘナは未だかつてない鋭さを持った視線を、ヤマタノオロチへと向けた。


「潔くせず、怨念に染まり、亡者となってもこの世を荒らすゲス共がッ! 祖先であろうとなんだろうと、その暴虐は目に余るッ! この俺たちが食らいつくしやるッ!」


 神龍と邪竜、本来手を取るはずのない聖邪。

 それらを繋いだ臆病で勇敢な騎士。



 異例のパーティが、災厄となった執念を、うち滅ぼすと夜闇に煌く。




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