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な、なぜそこでイチャラブ……?


 アダマンタイト・ジャイアントというモンスターは、鉄壁である。


 モンスターの中でも防御力はトップクラスであり、物理攻撃で討伐することは難しい。

 魔法攻撃ならばまだ効果はあるほうだが、優秀な防具の素材として名高い希少石、アダマンタイトの塊で構成された体に傷をつけるには、腕に覚えのある魔法使いクラスでないと望み薄であった。

 また、巨体に似合わず、攻撃は速く、威力は凶悪。

 巨岩の拳の猛撃は、並みの冒険者ならば一撃で戦闘不能に陥らせるのだ。



 そのような凶悪モンスターが出現する夜の秘境で、大切な人が消息をたった。



 不安に駆られ、後悔に苛まれ。

 しかし、そんなものは二の次だと、友に背を押され。

 真紅のチャイナ幼女、クォンは、前を向き、走った。


「クォンは! クォンはお前の事――!」


 無事を祈る思いに、再会への歓喜に、奥底の思いが溢れそうになった。


「……!」


 だが、砂煙が晴れ、眼前に広がった光景に、彼女は言葉を失い、膝をついた。




 あったのは、絶望。




 千切れた体。

 砕けた拳。

 砂に埋もれる、何だったか分からなくなったナニカ。



 物言わぬ屍が、バラバラになった体の部品が、そこら中に転がっていた。



「あ、あ……!」


 非情な現実を前に、ただただ震えるクォン。



 視線の先に、それはいた。



 砂丘の一つに屹立し、月光を受けた全身をえらく粘った液体で輝かせ。

 その手に無骨な得物を握り。

 瞳の光を消し、一切の情け容赦を捨て去った、死神。



「こ、この子!? 命をなんだと思っひぎゃあああ!?」

「お、おばさん!? てめえよくもぎゃあああ!?」

「あああ!? なんなのよ!? あんた一体何なのよおお!?」


 それは――凶悪モンスターたるアダマンタイト・ジャイアントたちに取り囲まれながら、圧倒し、進行形で屍に変え続けている、狂気に染まった漆黒は――




「わたしはニコラ。騎士ニコラ。平穏な日常に舞い戻るため、邪魔する者は、すべて血錆に変えるんだよ……?」




「お、お前キャラ代わりすぎネエエェエ!?」


 ヘタレ騎士、ニコラの変わりように、クォンは絶叫することしかできなかった。


***


 幼女の全力のツッコみが秘境に響き渡ることとなる、しばし前。

 断末魔の調べが奏でられる夜の砂漠にて、惨殺劇が繰り広げられていた。


「逝けええぇええッ!」 


 夜闇を切り裂く、撃滅の咆哮。

 黒髪の騎士ニコラは、先ほどまで命乞いしていたのが幻だったかのように、別人のように、一切の躊躇なくアダマンタイト・ジャイアントたちを絶命させ続けていた。


「ぐぎゃあああ!?」

「ひいぃ!? い、一撃で!? また、ただの一撃で命を……!?」


 ただの騎士とは思えない、尋常ならざる身のこなし。

 凶悪モンスターの群れを圧倒し、槍の一突きで、的確に確実に息の根を止めていく。

 人ならざる残虐に、生き長らえている者たちから恐怖が溢れ出る。


「ど、どういうこと!? アイツ騎士よね!? 魔法使えないはずよね!? どうしてただの槍で、物理攻撃で、あたしたちを微塵と変えられるのッ!?」

「そんなの分からないわよッ!? だけど、その槍が特別なんじゃないのッ!? ハアアッ!」


 仲間の恐怖に応えつつ、一体が巨岩の弾丸を放つ。

 別の一体を屍と変えていたニコラは、迫る巨岩に即座に反応し、槍を奮う。


「効くと、思うなあああぁッ!」


 獣と聞き違うような咆哮と共に突き出される槍。

 その一撃で、最上級防具の素材ともなるアダマンタイトの巨岩は、スポンジケーキのように容易く両断された。


「そ、そんなッ!?」

「怯むなッ! 怯えを見せたら終わ――」


 怯える一体を、攻撃を無効化された一体が激励しようとする。


 だが、その一瞬が、冥府への入口。


「――り?」


 その首元に、投擲された漆黒の槍が寸分違わず突き刺さる。

 そして貫通し、ずしりと落下する――首。


「ヒィッ!? ヒイィィッ!?」


 またも防御力最高クラスのモンスターを一撃で仕留めたニコラ。

 彼女は、自身目掛けて魔法のように一直線に舞い戻ってくる槍、その穂先を躱し、なんなく握り直し、歓喜に震える。


「化け物だって人間と同じ。頭を落とせば一発だね? うふふふっ!」

「お、お前のほうが化け物だろうがあああ!?」


 嬉しげに微笑む彼女に、一体が壮絶にツッコんだ。


「ち、ちくしょうッ! だとして、このままやられるものかよッ!?」

「おうよッ! 凶悪モンスターとしての本領、見せてやらあッ!」

「死亡フラグだと、高を括らないでもらおうかッ!?」


 数体の若者たちが、ニコラ目掛けて一気呵成に突撃する。

 それを見た壮年のアダマンタイト・ジャイアントが、慌てて制止をかける。


「ま、待ちなさい! そんな、無暗やたらに仕掛けてはッ!?」


 死に逸るだけだと長年の経験から警告する。

 だが、若者たちは止まらない。

 

「やたらだろうが、めったらだろうが、今動かなきゃダメなんだよッ!」

「恐怖と絶望に屈する前に、希望を胸に立ち向かわなきゃッ!」

「退路はない。ならばこの身は、前へ向かって進むのみッ!」


 全身の震えを武者震いだと思い込み、正面切って駆け出して行く。

 

 退路がないと言ったのは文字通りの意味だ。

 アダマンタイト・ジャイアントたちは、現在、闇色のドームに閉じ込められているのだ。


 先ほど、ニコラが初めの一体を屠った直後のこと。

 混乱するアダマンタイト・ジャイアントたちの中、彼女は追撃を駆ける前、流れるような動作で槍を地面に突き立てた。

 すると、その穂先を起点とするように、広大な砂漠を切り取る禍々しい半球が出現、誰一人逃がさぬというように、ニコラもろともアダマンタイト・ジャイアントたちを閉じ込めてしまったのだ。

 

 そのドームは、アダマンタイト・ジャイアントの剛腕をもってしても砕けぬ闇の檻。

 どころか、触れた部分から業火に抱かれるように焼け落ちてしまうのだ。

 しかもドームは球体であるらしく、地中内にも続いているようで、臆病風に支配され、逃げ出そうと地下を進んだ者は、断末魔を残して消滅してしまったのだ。


 つまり現状、アダマンタイト・ジャイアントたちが生き長らえる唯一は、術者たるニコラに立ち向かい、打倒する他ないのである。


「この命、惜しむものかよおおッ!」


 突撃した一体が叫ぶ。

 同時、若者たちは散開し、ニコラを取り囲む組と、そのまま突撃する組に分かれた。

 さらに、散開した者らは、岩石を打ち出す組と、『ロック・バベル』にて、足元を崩しにかかる組に分かれた。


「!」


 飛来する巨岩の弾丸、地を裂く無数の巨塔。

 それらを切り伏せ、躱し、飛び退り、ニコラは器用に生き残る。

 だが、息をつかせぬ連撃により、彼女はその場へ縫い留められた。


 それでも、このままでは決定打に欠ける。

 だからこそ、その身を弾丸に、猛然と邁進する者らがいるのだが。


「ぐッ! さすがは俺たちと言ったところかッ!?」


 突撃する一体へ、巨岩によるフレンドリーファイヤがぶち当たる。

 弾丸も、塔も、そしてその身も、すべては同じ材質、耐久性のアダマンタイト。

 それらがぶつかり合った結果どうなるのかは、砕け散る破片が示していた。


「……ッ!」


 援護射撃していた者らが、悔しさと謝罪を押し殺す。

 だが、突撃する者たちは気にも留めず、ただただ命を燃やし続ける。


「もとより承知ッ! 無傷で嵐に突っ込もうなんざ、都合が良過ぎてちゃんちゃらよッ!」


 幾十幾百もの弾丸が舞い飛び、地中からは針山のような岩の塔。

 そんな死地に足を踏み入れ、標的へ向けて突き進んでいるのだ。

 射線上に入る以上、誤射など先から承知の内。


 当然援護する者らも予期していた事態であった。

 それでもやはり、心は痛む。


 だが、攻撃は止めない。

 止めるわけにはいかない。


 すべては、明日を繋ぐためなのだ。


「そうさ! こんくらいしなきゃ、ヤツはぶっ倒せねえよッ!」

「腕が飛ぼうが、足がもげようが! すべてはこの世の平和のためッ!」

「あの暗黒騎士に、ここで必ず終焉をッ!」


 砕ける体と引き換えるように、決意に燃えたつ心。

 その勇敢な言葉に、見ている者らが涙する。


「ちっくしょおおおッ!」

「ううあああッ!」

「ありがとうッ! ありがとおおおッ!」


 その覚悟に食いしばりながら、生き長らえた者らが次々援護射撃に移った。


「ふッ! 礼はこっちのセリフだぜ……ッ!」


 突撃するリーダー格がニヒルに笑う。


 そうしてニコラの周囲を覆う、決死の大嵐。


「ッ!? 小癪なッ!?」


 視界不良となるニコラ。

 それでも攻撃を躱し、叩き伏せ続ける。


 無数に繰り出される弾丸と巨塔の中、周囲をうかがう。

 そろそろ突撃してきた者らが、自身の元へと辿り着くはず。



 だが、猛進してきていた者らの姿は、どこにもなかった。



「……え?」

 

 目を疑う。

 その驚愕の刹那、そこをこそ狙うように。


「ぐッ!?」

 

 彼女の体は、地中から生えてきた巨腕に捕らえられた。


「捕まえたぜ、死神さんよお?」

「なかなかどうして。骨を折らせてくれちゃって」


 現れたアダマンタイト・ジャイアントたち。

 その巨腕にて、二重、三重に身体を拘束される。


「ぐああぁあッ!?」


 人外の怪力に軋む体。

 骨が軋み、手から槍が零れ落ちる。

 その得物を、アダマンタイト・ジャイアントたちは数体がかりで受け止める。


「ッ!? 手が、溶けるッ!?」

「だとてッ! 絶対に放さねえッ!」

「放すわけにはいかねえものよッ!」


 赤熱する槍にて欠損していく体を理解し、しかして無視し、重ね合わせた手で拘束する。


 団結した決死の前に、奮う暴虐も神速の機動も封じられたニコラ。


 その周囲が、突然暗くなる。


「……!」


 覚えのある光景を前に、ニコラは瞳を見開き、上空を見る。


 そこには、『ロック・バベル』にて、巨体を天高く打ち上げ、振り上げた拳に力を溜めながら、落下してくる者らの姿が。


「これで終いだあああッ!」

「諸共は癪だが、だとしてもッ!」

「この拳、当たると痛いじゃすまねえぞおおおおッ!」


 そして、いくつもの命を犠牲に、殺戮を消し飛ばす猛撃が振り下ろされる。



***



 爆炎のように砂が舞い飛ぶ中、生き残った者たちは泣き咽ぶ。

 

「ありがとう……」

「あなたたちのおかげで、わたしたちは、明日へ向かえるのよ」

「……ちくしょう。ちくしょう……ッ!」


 涙ながらに夜空を見上げる。

 邪悪なドームは既になく、夜空をキャンバスに星々が輝き、満月が煌いている。

 しかし、命が消え去ったのは幻などではない。

 

「……」


 激戦の繰り広げられた地点へ、援護していた一体が歩を進める。

 辺り一帯には、物言わぬ高級素材と化した勇者たちの輝石が転がっていた。


「……ありがとう」


 万感を込め、深々と頭を垂れる。


「……あ、うう」

「!」


 そこで聞こえる声。

 目を見張り、見据える先。


 数体が、生きていた。

 その身はボロボロで、今にも崩れ落ちてしまいそうだが、生きていたのだ。


「よ、よかった……! 本当に!」


 喜びのまま、背後を振り返り、仲間たちへ大きく手を振る。


「みんな! みんな早く来てくれ! まだ生きてる者たちが!」

「だ、ダメだッ。呼ぶんじゃ、ないッ」

「早く、逃げ、ろッ!」


 しかし、どうしてか瀕死の者らが血相を変える。

 その様に疑問を覚え、小首を傾げる。


「なぜ? どうし――」





「――それは、こういうことだよ……?」




 瞬間、背筋をはい回る怖気。

 体に走る、衝撃。


「――て?」


 気付けば、その体は粉々に砕け。

 首が、落ち葉のように零れ落ちていた。


 落命の刹那、彼が目にしたのは、


「うふふっ! 釣れた釣れたっ!」


 嬉しそうに笑いながら、徒手にて頑強な体を砕き上げた、ありえない人間の姿だった。


「……いやいや待て待て。それはさすがに、無茶が過ぎるぜ……?」


 呆れを通り越した断末魔を零し、彼は冥府へと旅立った。


***


「嘘だろ!?」


 視線の先で繰り広げられた光景に、生き残った者たちが、恐怖よりも何よりも、驚愕に目を見張る。


 確かに死んだと思われたニコラが生きており、油断して近づいた者を、生き残った者らに見せつけるように背後から殴りつけた。

 そして、砕き割り、絶命させたのだ。


 アダマンタイト・ジャイアントは、最上級防具の素材、アダマンタイトでその身を構成されている。

 物理攻撃はほぼ無効。有効打となるのは強力な魔法攻撃のみ。


 人間魔物問わず一目置かれているとはいえ、騎士は魔法の使えない下級クラスだ。

 そんなニコラが善戦できた理由を、手にした禍々しい槍、その効果のせいだと群れの全員が推測していた。

 槍自体が特殊であり、チートな魔法を生じさせるとか、身体強化をするとか。


 だが彼女は今、槍を手にしていなかった。奪い取られ、装備から外れていた。

 両手を覆うガントレットも砕け散り、素手が露わとなっていた。


 つまるところ、丸腰で、自身の攻撃力のみで、頑強に過ぎるモンスターを絶命させたということになるのだ。


 呆然とするアダマンタイト・ジャイアントたちに対し、ニコラは平然とした様子を見せる。


「この激痛、骨が折れたかな? 砕けたかな? 肩も脱臼してるっぽいし。さすがに無理くりが過ぎたかも……」


 彼女は冷静に分析しながら、だらんと垂れた右腕をさすっていた。


「だけど、命を前に、骨折なんて安いものっ! 激痛なんて安いものっ! 生きてることを喜ぼーっ!」


 嬉しげにはしゃいだ後、彼女は左腕で右腕を力任せに引っ張った。

 ゴキンと嫌な音が響いた後、確かめるように肩を回す。


「あいたた……。うん、まあ動くし。とりあえず、脱臼はこれでよし。さて、それでは……」


 彼女は舞い戻った槍を握り直すと、至近に倒れ伏す生餌としていた者らへと向き直る。

 そして、冷酷を露わとする。

 

「逝くがいいッ!」

「いや最初ツッコみ忘れてたけどねもうそれ騎士のセリフじゃぎゃああッ!?」


 そして用は済んだとばかり、彼らの命を流れ作業のように刈り取り始めた。


「み、みんなッ! みんな、どうにかして逃げるんだッ! こいつ、こいつ人間じゃねえッ!?」


 あまりの恐怖に体を縫い留められる群れの仲間たちへ、生餌とされ、死の順番を待つだけとなった一体が、震えながら叫びをあげる。


「怪力を超える怪力で拘束から逃れると、上空からの最大級の一撃を、徒手空拳で迎え撃ち、真正面からうち破りやがったッ! ただの拳で、物理攻撃に無敵を誇る俺たちを、粉微塵にしやがったんだッ!」

「な、なんだとッ!?」


 傍で見た生き証人の言葉と恐怖、そして先ほど見せつけられた光景が、その言葉が真実だと証明していた。

 もはや茫然とすることしかできなくなった群れへ向けて、身動きを封じられた一体は叫び続ける。


「あの破壊力、聖騎士レベルだッ! だのに腐ったこの性根ッ! 放っておきたくはねえッ! ここで打ち倒すべきだとなおさら思うッ! だけど、だけどこんなの無茶苦茶だッ! みんな早くッ! 早く逃げぎゃあああああ!?」

「〜♪」


 鼻歌でも歌わんばかりの様子で命を刈り取るニコラ。

 その様子に、計り知れない感情を覚えるモンスターたち。


「お、お前……! お前、どうして!?」


 その在り様、手にした強さ、様々な疑問を覚え、思わず問いただした震え声に、ニコラは応える。


「どうして……? それは、死にたくないからだよ?」


 そして、光の無い瞳のままで語る。


「わたし、言ったよね? 何を犠牲にしても、自分だけは生き残るって。生きて生きて生き抜きたいって。そのために、インドアながらも鍛錬だけは欠かさなかった。平和に暮らしたかったから。なのに……」


 ゆらりと彼女は向き直る。


「あなたたちは、わたしのこと助けてくれなかった。殺そうとした。だからわたしは生きるため、仕方なく牙を突き立てた」

「仕方なく、だと!?」


 確かに仕掛けたのはアダマンタイト・ジャイアントたちである。

 しかし、これだけの虐殺劇を仕方なくで切り捨てる。

 その表現が、彼女が異常であることを殊更にする。

 

「そうだよ? だってわたし、実力行使なんて恨みを買いそうなこと、イヤなんだから」


 彼女は胸の内を語り始める。


「降りかかる火の粉を払うこと。不快な相手に噛みつくこと。望む人は多いけど、みんなは本当に出来ているのかな? その先に待つ脅威への覚悟が」

「ど、どういう意味よ?」

「その時は、それでいいかもしれないよ? 目先の脅威がなくなるから。でもね、ちょっと考えてみて? その後に、揉めた相手、殺した相手の肉親、友人、知人に復讐される可能性はゼロじゃないよね? ……うん、ゼロじゃない……ッ!」

「ヒッ!?」


 鬼気迫る様子に、アダマンタイト・ジャイアントたちは気圧される。


「可能性にゼロはないのッ! いつ襲われるか分からないのッ! 誕生日に結婚式に出産の直後に幸せの絶頂にッ! 『願ったり叶ったりッ! してやったりイィィーッ!』 って、殺されちゃうかもしれないんだよッ!?」


 ニコラは震え怯えて身をかき抱く。


「だからわたしは喧嘩なんてしたくない、競争なんてしたくない、殺し合いなんてしたくない。相手がなんであったとしても。嫉妬に震え、恨みに怯え、恐怖しながら暮らすのなんて、生きた心地がしないから」

「そ、それは……」

「誇りも矜持も名声も、わたしはいらない、欲しくない。ただ平穏に生きて死ぬ。それだけなの。なのに、それを邪魔するというのなら――」


 瞬間、一陣の風が吹く。

 だがそれは、涼やかな夜風に混じった、冥府からの颶風。


「あっ」


 聞き入っていた一体が、断末魔すら残せず絶命する。

 反応すらできず、驚くばかりの者たちへ、舞い戻る槍を手にしたニコラは言う。


「――恨みを買って、ぜーんぶ狩って、その全てを根絶やすの。すべて、すべて、血祭にあげて。わたしは平和に死に向かう」


 そのために、一族郎党根絶やすと、騎士は微笑みを浮かべる。

 それが狂言などではないことは、辺りに転がる屍の山が示していた。


「幸い、ここにいるのが親類縁者のすべてと言った。優勢な状況、嘘をつくとも思えない。これだけの数の相手は、流石に骨が折れるけど、安らかな最期のためだから……」


 そして彼女は、にたりと笑う。


「お姉ちゃんみたいに強くはないけれど。それでもわたし、精一杯頑張るよ……?」


 豹変したように見えたニコラ。

 だが、初めからなにも変わってはいなかったのだ。


 保身に全力を注ぐのが、彼女の基本姿勢。

 自身の安全を確保することこそ望むこと。


 基本の命乞いスタイルが通用しなくなり、頼りとできる者も傍らにはなく。

 その身を剣とすることしか、助かる道はないと判断したからこそ。

 

 全ての不安要素を潰し、安らかとなるための残虐。

 これは、保身の最終形であり、基本形なのだ。

 

 

 ただまあ、その瞳が、ノー・ハイライトである必要は、まったくないのたが……。



「頑張らないで!? というか妹要素強調しないで!? なんとなしにサイコ度が増すからッ!?」

「こいつを超える姉ってなによ!? 目を合わせただけで絶命するんじゃないの!?」

「いやそれもう人間じゃないわよね!? メデューサだって石化で済ませてくれるわよ!?」

「そういやさっき、姉が聖騎士だとかなんだとか……。人間の世界、本当に大丈夫なの!?」


 心からの虐殺を誓う騎士の姿に、アダマンタイト・ジャイアントたちの正気が持っていかれる。

 臆病風に包まれ、震えあがる群れを前に、ニコラは仕切り直すように槍を握り直す。


 手近のすべては葬った。

 ならば、残る獲物は……。


「うふふ?」

「ヒ、ヒィィッ!?」


 視線を向けられた一体が、悲鳴と共に背を向けた。


 逃走を阻むドームは先に破れた。

 それはアダマンタイト・ジャイアントたちによる上空からの攻撃、それと偶然時を同じくして行われた邪竜の突撃の結果であったのだが、それは知る由もないこと。

 何だとして、逃走を阻む障壁がなくなったということには違いない。

 

 逃げるのならば、距離の離れた今しかない。

 そう考えるのは、妥当ではあるのだが――


「三十六計逃げるに如かずううぅうぅ!」


 逃げ出し始めた一体は、死に物狂いで足元に剛腕を奮う。

 そして巻き上がった砂で目くらましをし、地中深くへ消えていく。


「ね、ねえ!? 待つのよ!?」


 思わず感じた嫌な予感。

 危機的状況での野生の勘に、仲間が制止をかける。


 だが、それに応えるのは望みの相手ではない。

 

「待てと言われて、待つ人はいないよね?」


 砂煙の中から亡者のような声が聞こえたかと思うと、槍を携えたニコラが迫っていた。


「だからわたしは、追いすがる」

「ヒィッ!?」


 硬直するアダマンタイト・ジャイアントの一体。

 顔を庇いうずくまる命には目もくれず、その体へ跳ね上り、踏み台としたニコラは、隣で立ったまま硬直する一体の頭部へ飛び移った。


「く、来るな!? 来るなよおお!?」


 パニックに陥り、振り落とそうと暴れ回る。

 だがニコラは強靭な体幹とバランス感覚を発揮し、揺れを無視し、迫る腕を難なく回避する。


 そして彼女は、跳躍する。


「鏖だと、先に誓ったッ!」


 高所より跳躍し、しかし以前と違い、一切の怯えを捨てたニコラ。

 彼女は槍を大きく振りかぶると、何も変化の見えない砂地、その一点目掛けて投擲した。


「でええぇいッ!」


 漆黒の槍が、風を鳴らす。

 一直線に放たれたそれは、瞬く間に地面へと接地。

 それだけでは不服とばかり、槍はアダマンタイト・ジャイアントの猛撃よりも激しく、砂丘を弾け飛ばした。


「ぐあああああッ!?」

「嘘だろおおぉッ!?」


 スコールの如く砂が降りしきる中で、人外としか思えぬ力技に、度肝を抜かれる人外たち。

 綺麗に着地したニコラは、確かな手応えと共に、成果に目を向ける。


 はじけ飛んだ砂丘は、大きく地層まで抉れていた。

 隕石が落下したとしか思えない、クレーターのようになった逆半球、その中心。


「こ、こんなこと、ありえな、い……」


 そこには、漆黒の槍にて寸分違わず頭部を貫かれ、体をくの字に折り曲げて、ピクピク痙攣する者の姿があった。


「逃げるルートは目に見える。だってわたしも臆病だから」


 舞い戻る槍の穂先を躱し、柄をしかと掴んだニコラは、頬を上気させた。


「そして、これでようやく半分……! また一歩、平穏に近づいて……! うふっ! うふふふっ!」

「こ、この子!? 命をなんだと思っひぎゃあああ!?」

「お、おばさん!? てめえよくもぎゃあああ!?」

「あああ!? なんなのよ!? あんた一体何なのよおお!?」


 阿鼻叫喚に包まれるモンスターたちの命を刈り取りながら、ニコラは宣言する。


「わたしはニコラ。騎士ニコラ。平穏な日常に舞い戻るため、邪魔する者は、すべて血錆に変えるんだよ……?」


 直後、遠くから幼子の驚愕が聞こえた気がしたが、それは砂漠の風に溶かされてしまった。


 その代わりではないだろうが、アダマンタイト・ジャイアントたちが命を賭してツッコむ。


「どこが!? どこが騎士なのよ!? ちゃんと騎士してる子たちに謝りなさいよ!?」

「死神よ! 死神の顕現よ!?」


 パニックに陥る群れ。

 その中から、一体が叫ぶ。


「うろたえるんじゃござーせんわッ!」

「ね、義姉さん!?」


 真っ先に伴侶を失った一体が声をあげた。

 彼女は毅然と立ち、群れの仲間へ檄を飛ばす。


「気をしっかり持つでござーます! こんな暗黒騎士、俗世へ戻してなんてござーませ!? 世に混沌がはびこりますわ!?」

「そ、それは……!」

「己のため、欲望ため、多くの血を流してござーました、極悪が過ぎるワタクシたち。この手は既に、血塗れでござーます……!」


 背負った罪は消えやしない。

 それでもと、彼女は拳を強く握り、地を踏み鳴らす。


「ですがッ! 世界を救いたいと願うッ! この胸に灯り始めた思いには、偽りなんてござーせんッ!」

「囀りは、どうぞあの世でッ!」


 そこへ、空気を読まないニコラの一投。

 士気を上げられるのは厄介とばかり、彼女の首級を手にすると、槍は迫る。


「義姉さんッ!?」

「危ねえッ!?」


 悲鳴に包まれる。

 その身を庇おうと駆け出す者もいる。



 だが、それは届かない。



 ――いいや、必要ない。



 悲劇の足音など、今の彼女には聞こえやしないのだからッ!



「ふんッ!」


 首筋に迫った、反射を超える死の槍。

 それを、彼女は素手で掴んで止めてみせた。


「なッ!?」


 敵味方両方から驚きの上がる中、握った槍ごと、彼女は熱く拳を握る。


「新たにした胸の思いこそ、なにより熱い、真の炎ッ! それを阻むことなど、誰にもさせなーでござーますッ!」


 生じる魔力に手を焼け焦がしながらも、構うものかと、顕現する死を握り潰したのだ。


「そ、そんなッ!?」


 砂丘の砂と消える槍の姿に愕然とするニコラを尻目に、盛り上がる群れの仲間たち。


「さ、流石ッ! 流石ですわ奥さんッ!」

「歪みを、矯正したッ!」

「今ここでこう言うのは色々と不敬で罰当たりなんだけど、言わずにはいれないのでせめて小声で……。未亡人、なんて魅力的なの……!?」


 湧き上がる歓喜に、戦局が変わる音がする。

 だがしかし、そこで彼女は頭を垂れた。


「叫んだ思いに嘘はない。ですが、後悔がないわけでは無いのでござーます」


 彼女は、ぽつぽつと懺悔するように零す。


「ワタクシがアレを見つけなければ。一族の繁栄は、保てていたのでござーます。ハズバンを失う、ことだって……ッ!」

「奥さん……」

「それに、悲しみにくれるままとしていたため。我に返るのが遅れたために、多くの仲間たちまでも……ッ」


 悲嘆に膝をつきそうになる彼女。

 その体を両脇から支える者がいた。


「そんなことはないぜッ!」

「ええ、そうよッ!」


 それは、彼女の実弟と義妹夫婦だった。


「一族の繁栄が一体なんだよ? 保守するってそんなに大事か? そんなもんより大切なモノがあるって、姉ちゃんには気付かされたんだ。俺には感謝しかねえよ?」

「旦那さんとみんなを失ったのは、確かに大きすぎる痛手。悔やんでも悔やみきれない悲しみだわ……。でも、それは義姉さんが悪いわけじゃない。義姉さんのせいじゃない」


 支え励ます両者。

 群れの仲間たちからも温かな声援が続く。

 

「そうそう! あんなカモネギ……の皮被った化け物だったけど、今そこはいくて……モンスターなら襲わずにはいられないって!」

「初めに見つけたのが俺たちでも、襲い掛かってたぜ!」

「ボーナスバトル、不可避!」

「実態は強制負け確だったけどな。しかも、コンテニュー不可避……」

「生きるってしょっぱいわぁ……。でも、だとしてもッ!」


 明るい雰囲気に包まれる群れの姿に、熱いものがこみ上げる。


「……みなさん」


 口々に言いあい、団結する仲間の姿。

 思わず涙し、咽びながら天を仰ぐ。


「ハズバン……。見てくださってござーますか? ワタクシたちには、こんなに素晴らしい仲間たちが……」


 束の間、感じ入った後、彼女は気持ちを切り替える。


「ええッ! ならばやってござーましょうッ! この世界の平和のためッ! 散った者らの手向けのためにッ! すべてを懸けての大一番ッ! 美しく、命を燃やしてござーましょうッ!」

「ヘヘッ! 言われずともにッ!」

「やってやるわよッ!」


 身構えるアダマンタイト・ジャイアントたちを、光の消えた瞳で見据えるニコラ。

 

「残念だけど、命はここで滅するよ?」

「いやホントあんた死神然として来たわよね……」


 一体が呆れながらツッコむ。


 得物を失い、負傷しているニコラだが、しかし、滾る殺意は一向に消えない。

 むしろ煌々と、さらに激しく燃え上がっていくのが分かる。

 残虐性はさておき、拳を構え、強く握り、未来を信じて気勢を上げる姿。


「あーた……」

 

 最期の決戦を前に、伴侶を殺されたというのに、彼女には感じ入るものがあった。


 怯え、震え、抵抗し。

 命運尽きんとした際に、開き直り。

 切に歌った彼女は、決して諦めず、戦いに臨んだ。

 

 平穏に生き長らえることだけが望みと、彼女は語った。

 

 それは、生物としての本能。

 従った彼女の、なんと強いことか。

 

 強大な力に胡坐をかき、美しさやダンディさなんて装飾を第一とし、他者を蹂躙してきた自分たちが敵わないのは当然であった。


「ふふ。それが、生物としてあるべき姿なのでござーますわね……」

「ちょ!? 義姉さん!? しみじみしながらなに言ってるの!?」

「あんなのばっかりだったら、この世は既に終わっているぜ!?」

「歪みは、伝染する……?」

「……堕ちた未亡人……。背徳的だわッ!」

「いやいやいや! そうではござーせんわ!? みなさんが思っているような意味ではなくてでござーまして!?」


 しばき倒したくなるような言葉が混ざっていたのは気のせいだろうか……?

 パニックに陥りそうになる仲間たちを、彼女は慌てて落ち着かせた。


「ですが、仔細を語る時間はござーせんわね。すべてを語るのは、アレを打倒してからにござーましょう!」

「簡単に言ってくれるぜ。だがまあ、仕方ねえ」

「こんなモヤモヤしたまんま死ぬなんて、御免被りたいしね!」

「だからこそ、いざ参るのよぉッ!」


 気炎万丈なモンスターたち。

 対して、ニコラは鋭い氷のように目を細める。


「空気なんて読まないよ? すべては、わたしが生き残るために……ッ!」


 そして、駆け出す死の化身。


「負けはしないでござーますッ!」

「この思いを、拳に乗せてッ!」

「南無三ッ!」


 迎え撃つモンスターたち。



 今の自分達では、とても敵うとは思えない。

 だが、そうだとしても。



(この信念を、思いを貫ける可能性が――)


「一パーセントでも、あるのならあああッ!」



 そうして、誇りを抱いた命は、輝き、燃え尽きようとする。





 刹那。

 激突せんとした両者の間に、暴力的な炎弾が炸裂した。





「なッ!?」

「なんでござーますッ!?」


 爆炎に吹き飛ばされ、砂地を転がされるニコラ、アダマンタイト・ジャイアントたち。


 両者一様に驚き、すぐさま方向を逆算し空を仰ぐ。

 そこには――




「ふははッ! なかなかに愉快なことをしているではないかッ!?」




 高らかに声を上げ、快活に笑う王者がいた。



***



 驚愕するニコラとアダマンタイト・ジャイアントたちの視線の先。


 満月を背に夜空に浮かぶ者。

 紫色のシースルーなサリーを爆風にはためかせ、幼姿でありながら、圧倒的プレッシャーを放つ者。


「あ、あーたは……ッ!?」


 驚き竦むアダマンタイト・ジャイアントを睥睨しながら、ニコラの傍らへ降り立ったのは、長きに渡り、邪竜として封じられていた存在――ゲヘナだった。


「ほう? この俺のこと、知っているらしいな? 鉱物モンスター、無駄に長生きというわけではないようだ」

「知っているもなにも、あーたのような左巻き! 類を見ないでござーせんかッ!? 結果、聖女に封じられるなどと……! 噂にならない訳がなーでござーましょう!?」

「ふはは! まあ、確かにそうだな! 自分で言うのもなんだが、ドラマティックが過ぎる生き様だろうよ!」


 楽しげに笑うゲヘナ。

 彼女へと、アダマンタイト・ジャイアントたちが牙を剥く。


「なんだか知らねえが、やる気かてめえ!? 上等だ、かかってくるがいいぜ!」

「そうよ! いくら伝説だからって、なんでも思いのままにできると思わないでよ!?」

「……知っている。ままならぬことなど、今だって」


 影を宿した姿に、アダマンタイト・ジャイアントたちは虚を突かれる。

 だが、すぐに気を取り直したゲヘナは、傲慢な王者の顔になる。


「さておきキサマらよ。この俺がこの場に来たのには意味があるッ!」

「な、なんでござーますか?」



「決まっているッ! 俺のを迎えに来たのだッ!」



「……は?」


 頬を染めながら胸を張る邪竜。

 突然の言葉に、意味することが分からないモンスターの面々。


「あ、あの。どういう意味でござーましょう?」

「意味もなにも、一つしかないだろうっ」


 頬を膨らませたゲヘナは、ニコラにぴょこっと飛びついた。


「俺のニコラを迎えに来たのだっ。ここまで言わせねば分からぬか、もうっ♪」

「「「は、はあああああ!?」」」


 きゃあきゃあ悶える、恋人モード・カンスト邪竜の姿に、モンスターたちは素っ頓狂な声をあげた。

 それを尻目に、ゲヘナは甘えきった声で言う。


「ニーコラっ♪ 寂しくさせてすまなかったなっ? ああもうっ、こんなに全身汚し回りおって! 子犬かキサマはっ! だがそこも愛らしいっ! すりすりっ♪」


 尋常な精神状態でとてもできるとは思えない行動とセリフに、モンスターたちは愕然とする。


「子犬なんて可愛いものか!? 化け物を超えた化け物だよソイツ!?」

「あーた正気でござーますの!? いくら邪竜だからとて、その子をそんな、傍らにだなんて!? 正気の沙汰ではござーせんわ!?」

「考え直しなさいって! そいつ自分の保身しか考えてないのよ!? あんた絶対騙されてるって!?」

「ツレの勘はよく当たるんだ! なあマジでやめとけよおい!?」


 青ざめるモンスターたちに、ゲヘナは鼻高々な様子を見せる。


「ふふんっ。ニコラがあまりに魅力的だから、嫉妬に狂っているのだろう? だが、聞く耳など持ってやるものかっ! 俺とコヤツは、既に比翼連理なのだからっ♪ なあ、ニコラっ♪」

「ゲヘナちゃんどいてッ! 動揺しまくってる今なら、アイツら容易く根絶やせるッ! 十秒あれば殴殺できるッ! この機を逃してなるものかあああッ!」

「どこが比翼連理!? 引き千切れて墜落してない!? 枯れ果ててない!?」

「ダメだ聞いてねえよ!? 目をつぶってすりすりモード全開だよあの邪竜!?」

「ねえ聞いて!? ソレさっきから何の反応もしてないわよ!? 抱きつかれても眼中無くて、アタシらに殺意フルパワー続行中よ!? 恋は盲目とは言うけれど、これは流石に酷すぎない!?」


 うろたえる声に、ゲヘナは頬を膨らます。


「犬が好きな者もいれば、猫が好きな者もいる。可愛さの基準など、それぞれだろう? 俺はニコラが好きなのだっ。そしてこの、一人襲われ、生き残るのに必死になるあまりの、外道を超えた外道っぷりっ! ああもうっ! めちゃカワすぎてどうしようっ!?」

「ダメだこの子も頭おかしいッ!?」

「邪竜の懐は底なしかッ!?」


 モンスターたちに驚愕が走る中、一体がおずおずと言う。


「さておき、言い分は分からなくもなーでござーます」

「ほう?」


 ゲヘナがやや嬉しげに目を輝かす。

 しかし、対した者は、同調をすぐに消し肩を落とした。


「だけど、あーたの力は……」

「……食い下がったとて、一切の妥協などないと知れ。さあ、逢瀬の邪魔だ。どこへなりとも消え去るがいい」


 ゲヘナはしっしと、アダマンタイト・ジャイアントたちを払いのける。


「いや、話はまだ……」

「聞き入れぬ。疾く失せよ。気の変わらぬ、今のうちに」

「! あーた、まさか……」


 目を見開くアダマンタイト・ジャイアントに、ゲヘナが意味深な目配せをする。



 まさに左巻きとなったその所業。なによりの手向けとなるだろうて。

 

 

「ッ!?」


 そんな囁きが届いた気がして、彼女は涙ぐみながら背を向けた。


「てめえ、ドラゴンだか伝説だか知らねえが、居丈高が過ぎやしねえか!? こっちはマジの親切で言ってぐほおえ!?」

「いいから! ほら、さっさと行くよ!?」

「お、お前だって、さっき同じようなこと言ってなかったっけ?」

「さっきとは事情が違うのよ! ほら、早く!」


 小声で耳打ちしたのち、一体はゲヘナへ目配せする。


「……ありがとね」

「ふふんっ? 夜風が何事か囁いたか?」


 素知らぬふりで甘え続けるゲヘナの前から、アダマンタイト・ジャイアントたちが仲間の亡骸を手に去っていく。


 そこで伴侶の亡骸を抱えた一体が振り返る。


「……別れは辛いでござーます。でも、それに勝るのが、愛する者との温かな日々。だから……」

「この俺に対し先達ぶるか? ふははっ! なかなかどうして!」

「……。礼は言わなーでござーます。それはすべて、行いで……」


 そして、アダマンタイト・ジャイアントたちは、今度こそ去って行った。


 

 だが、それを許せない者がいた。



「そんなッ!? 逃げちゃうッ! 逃げちゃうよッ!? 一族郎党、殲滅しないといけないのにッ! 老いも若きも、例外認めずッ! 露と変えなきゃいけないのにッ! わたしの平穏のためだけにッ!」


 物騒なことを本心から叫びながら、ニコラが暴れ回ろうとしていた。


「相も変わらず、外道が過ぎるその思い……。めちゃカワだぞ、ニコラ」

「ごめんゲヘナちゃん今は放して! わたしアイツら殺すからッ!」

「いいや、その必要はないぞ? ヤツらに敵対の意志はもうないのだ。……必要ないと、知る者がいたからな」


 しゅんとするゲヘナだが、今のニコラに他者を気遣う余裕など――よく考えれば、元からありはしなかったが――いつにも増してありはしなかった。


「よく分からないけど放してッ! ゲヘナちゃんの言うことでも、こればっかりは譲れないのッ!」


ニコラは取り乱しながら叫ぶ。


「鏖だと誓ったッ! もうたくさん絶命させたッ! このままじゃ、わたしの未来に不安の影がッ!? 復讐の炎で燃え尽きちゃうッ!?」

「この俺が保証する。万が一再燃することがあったとて、お前にはこの俺がついている」


 心強い邪竜の説得に、勢いが多少収まる。

 しかし依然、怯え震えが止まらないニコラ。


「だ、だけどッ! だけど、それでも……ッ!?」



 その体を、ゲヘナが優しく抱きしめた。



「!?」

「お前のことは、この俺が命を懸けて守り切る。たとえ何が起きようと、ずっとずっと、離れはせぬ。だから心配など、微塵もいらぬ」


 小さな彼女の体では、ニコラを胸に抱き、包み込むことはできない。

 だが、その優しい気持ちは、とても大きく。

 確かにニコラの事を、包み込んでいた。


「だから安堵するがいい。安らかとなるがいい。この俺は、邪竜ゲヘナは、生涯キサマのためにだけ生き続けると、誓ったのだから」

「……あ」


 その言葉に、ニコラは返答できず。

 頬を朱に染め、瞬きをし。


「……」


 ただただその身を預け、瞳を閉じて、答えたのだった。







そして。


「な、なぜそこでイチャラブ……? ギャグ展開じゃ、なかったネ……?」


 砂漠の隅で出所を失ったクォンは、ただただそこへ立ち尽くすのだった。





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