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一族郎党、鏖だよ?


「いいやあああッ!? 誰かあああぁッ!? 誰か助けてええッ!?」


 夜の帳に包まれる秘境の高山。

 そこに少女の悲鳴が響き渡っていた。


 いわゆる騎士と呼ばれるクラスの少女、ニコラは、いわゆる騎士と呼ばれるクラスには似つかわしくない行動である、全身全霊をかけての逃走の真っただ中だった。


 彼女は度を越した臆病者であり、自らの保身を第一とするような、とても騎士には似つかわしくない性根の腐った人間だ。

 躊躇せずに敵前逃亡する恥さらしであり、その点は本人も自覚するところではあるのだが、しかし、今回ばかりは多少擁護してやってもいいのかもしれない。


「なんなのなんなの意味わからないッ!? なんでローパーが追いかけてくるのおおぉッ!?」

「ギュググググッ!」


 涙でぐちゃぐちゃになりながら疾走する彼女の背後には、粘液でぐちゃぐちゃの触手をフルスロットルで動かし、追いすがってくるモンスター、ローパーがいたのだ。


 ローパーとは危険なモンスターではない。

 植物系のモンスターだが、植物系お得意の状態異常にさせる特技はもっていない。

 ただただ何十、何百本もの触手をもち、何の意味もない粘液を噴出させるだけである。


 ジメジメしたところを好み、ひっそりと生活。

 外敵に襲われれば、その触手で相手をペチペチ叩く。しかし、弱くて負ける。

 それだけのモンスターだ。


 だが、戦闘力がどうとかいう問題でなく、そのグロテスクな見た目から、たいていの女性冒険者は対峙を望まない。生理的に受け付けないと忌み嫌うのだ。


 そんな、不遇のモンスターとも呼ぶべきローパー。

 それらは戦闘を好まない種族であり、相手が逃げるのなら追いすがることもせず、普通ならばひっそり生活にリターンするのだが……。


「話が違くないッ!? 追いかけてくるよッ!? 追いすがってくるよッ!? 親の仇とばかり、わたしのことをロックオンなんだよおぉぉッ!?」

「ギュウウウゥッ!」


 一体ニコラのなにがローパーの琴線に触れたのか、もしくは堪忍袋の緒を叩き切ったのか、ローパーは追跡の手を緩めない。


 さておき、ニコラ必死の逃走劇の舞台は、森の中から、隣接する砂漠に移っていた。


 砂漠地帯でゲヘナたちに空から自身のことを捜してもらおうと計画したニコラにとって、移動できたことは幸いなのだが、しかし、このような形でなんて望んでいなかった。


 彼女に追いすがるローパーは、粘液まみれの体を砂まみれにしながら、相当動きづらいだろうに、一向に諦めようとしない。必死に触手を動かしている。

 本当に、一体なにが彼女(?)をそうさせるのだろうか。

 もしかしたらあの卵の母親で、それを無下に扱う場面を目撃されていたのだろうか?


「ああもうなんでッ!? なんだか最近、ねちょねちょぐちょぐちょに好かれてないかなッ!? わたしなにか悪いことしたああぁあッ!?」


 邪竜の唾液まみれになったり、粘液まみれのローパーに襲われたり、ニコラのねちょぐちょ指数は、現在急上昇中である。


「もしかしてこれは神さまの悪戯!? 本懐を遂げようとするわたしに、にゃははは笑って悪戯してるの!?」


 もし神が介入しているのなら、悪戯ではなく、さんざっぱらチャイナ幼女を無下にしたことに対する天罰なのだろうが、ゲスなニコラの思考には、そんな考え微塵もなかった。


「ちくしょうッ! させるかッ! させるものかッ! たとえ神にだって、この覇道を阻むことッ! できないんだからあああああッ!」


 巨大な煌く岩石が転がり始めた砂漠地帯を、絶叫しながら駆けるニコラ。

 セリフこそ大仰であるが、実態は、騎士が弱小モンスターから逃げ回っているだけである。


「ギュウウゥッ!」


 それにツッコみを入れたわけではないだろうが、ローパーは触手を鞭のようにしならせ、拳大ほどある粘液の塊を放ってきた。


「ひいぃッ!?」


 反射的に身をかがめて回避するニコラ。

 その頭上を飛んだ粘液の塊は、前方にあった煌く岩石に当たってはじけ飛ぶ。


「ひやああぁあッ!? らめッ! 乙女にそんなのぶっ込んじゃらめええぇッ!?」


 先に述べたように、粘液は粘性を持っているだけで無害であるのだが、生理的な嫌悪感が、ニコラの正気度をガリガリと削っていった。


 彼女の覇道とやらは、弱小モンスターの手で、既に虫の息であった。

 

「助けてッ! 誰でもいいからわたしを助けてッ! なんでも、なんでもするからああぁッ!」


 助けを求める彼女。

 だが、辺りには人どころかモンスターの姿すらなく、懇願は砂漠の風と消えるだけ。

 

 そのはず、だったが、



「オホホ! 今、なんでもするっておっしゃいまして?」



 突如聞こえる、高飛車な声。



「え!?」


 まさか返答があるとは思わず驚くニコラ。

 間を置かず、地面が揺れる。


「きゃあああ!?」

「ギュギュギュ!?」


 立っていられないほどの衝撃、地響きに、思わず地面へ倒れ込むニコラ。

 突然の地鳴りに、ローパーも戸惑いを隠せない。


 一体何事かと、ニコラが辺りを見渡した、その直後。


「どっこいしょおおおッ!」


 野太い掛け声とともに、突然、辺りが暗くなった。



 瞬間、ニコラは疑問を覚える。


 今は日没後、満月が出ているとはいえ、元から暗かった。

 その暗さが、急に増した。


 空に浮かぶ月に雲が差した?


 いや、それにしては、ニコラたちの周囲だけが、局所的に暗くなっている。


 それこそ、ニコラを目掛けて、巨大な何かが降ってくるが如くで――


「……!?」

 

 ハッとなり、上空を見上げるニコラ。



 その頭上に、夜空を覆い隠す巨岩が迫っていた。



「ひゃあああああぁッ!?」


 気付くと同時、命欲しさに反射を超える速度で飛び退くニコラ。

 地面へ滑り込み、砂まみれになりながらも、どうにか回避に成功する。


「ギュグベッ!?」


 だが、回避の遅れたローパーは、断末魔すら残せず、あえなく巨岩の下敷きとなってしまった。


「ぎゃああぁッ!? ね、粘液が、粘液がああぁッ!?」


 その際、飛び散った粘液が、見事ニコラへクリーンヒットする。


「乙女なわたしがあられもない姿にいいぃ!? このままじゃマニアックな絵のモデルになっちゃうよおぉ!? らめ! こんなわたしを見ちゃらめえええ!?」

「な、なんなのでござーますか、この女は……」


 謎の声がドン引く中、ニコラは涙したことで多少落ち着きを取り戻した。


「気持ち悪いよぅ。お風呂入りたいよぅ……。で、でも、結果的には助かったよぅ……」


 粘液と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、ニコラは周囲を見回し、声の主を捜す。

 しかし、辺りには誰もいない。月光に煌く複数の巨岩が、ゴロゴロ転がっているだけであった。


「ううん?」


 思わず小首を傾げる。

 だが、誰かの手によって、この身を救われたのは事実である。


 ならば、感謝を口にするべきだろう。

 彼女は両手を口に当て、感ずるままに思いを叫ぶ。


「どこのどいつか存じませんが! 危ないところに危ないところを重ねてくださり、マジで死に腐――こ、こほんっ! た、助けていただき、どうもありがとうございました!」

「オホホホッ! いーえいえ、お礼なんて必要ござーせんわッ! そう思っているからこそ、先の暴言は許してさしあげますわー? ……ええ、本当はむかっ腹でござーますけど」


 ほぼ口を滑らた謝罪に、高飛車そうな声が答える。

 どうやら恩人は女性のようだが、しかし、その姿は一向に見えない。

 なにか事情があって、姿を隠しているのだろうか?

 

 そのようにニコラが不思議がる中。

 

 

 変化は、突然だった。



 ニコラの眼前、先ほど落下してきた巨岩。

 それがガタガタと揺れ始めたかと思うと、立体玩具のように、巨岩の中から巨岩でできた腕のようなものが現れ始めたのだ。

 かと思うとその反対側にもう一本の腕が生え、足が生えと、見る見るうちに変化が大きくなっていく。



「あわわわわ……!?」



 そう、姿ならそこにあったのだ。

 だがそれは、恩人などと呼べる存在では決してなく、



 変化を終え、ニコラの前に立ちはだかったのは、



「むかっ腹も太っ腹へ! なぜならワタクシ! 今から、あーたの命で美しさに磨きをかけてござーますからッ!」



 アダマンタイト・ジャイアントと呼ばれる、凶悪モンスターだったのだ。



***


「あばばばばば……!?」


 日没した砂漠。

 満月が唯一の傍観者の中、騎士ニコラは窮地に陥っていた。


 彼女の前に立ちはだかった凶悪モンスター、アダマンタイト・ジャイアント。

 その名の通り、巨大なアダマンタイトの塊で出来たモンスターは、嬉しそうに言う。


「まあーったく、人間なんてお久しぶり! それも騎士だなんて、もーっとお久ぶり! 嬉しいったらござーせんわッ!」


 手足を生やした巨岩から声が漏れる。

 良く通る高飛車なマダムのような声の主には、目も口も顔を構成するものは存在していないのだが、ニコラには、確かに笑っているように見えた。

 それも、凶悪に。


「そーしてそして! そーんな嬉しさのまま、あーたの命を奪い取るッ!」


 その予想が正しいというように、アダマンタイト・ジャイアントはニコラ目掛けて、巨岩の拳を振り下ろしてきた。


「ひゃわあああッ!?」


 巨体に似合わぬ高速の一撃。


 ニコラは跳躍し、暴撃を危なげに回避した。

 狙いを外した一撃は、轟音と共に砂漠へめり込み、砂丘を弾け飛ばす。


「オホホホ! よけてはダメじゃござーせん? 粉と挽かれてござーせんと?」

「よけるよッ! 逃げるよッ!? だってッ! だって、死にたくないんだからああああッ!?」


 ニコラは泣き叫びながら背を向ける。

 そんな彼女の様子に、アダマンタイト・ジャイアントは呆れるように言う。


「まあまあ、騎士の恰好をしてるというに、対峙もせずに敵前逃亡。なんとも残念なハズレ騎士でござーせんか……」

「なんとでもッ! たった一つの命を前に、誇りなんているものかあああッ!」

「き、騎士がこんなので、人間の国は大丈夫でござーますの!?」


 一点の曇りもない残念発言を前に、アダマンタイト・ジャイアントがうろたえる。

 そこをチャンスとばかり、ニコラは逃走の足を速めるが、


「――だったとて。その願い、叶うことはござーせんのよ?」


 彼女が言うと同時に、大地が激しく振動した。


「あわわわッ!?」


 全力疾走していたニコラは、突然のことにバランスを崩し、転倒する。


 この振動には、覚えがあった。

 それも、直近に。


「ま、まさか……!?」



 絶望を覚える彼女の前。

 いいや、前と言わず、後ろ、右、左――周囲。



 辺りに転がっていた煌く巨岩、その全てに手足が生え、動き始めた。



「ほっほっほ! ワイフよ! なんとも楽しげなことをしているではないかね?」

「もう義姉さんったら! 抜け駆けはよしてくださいますっ!?」

「ま、まあ落ち着けお前。可愛い顔が台無しだぜ?」

「あらやだ奥さん聞きまして!? とんだノロケですわよ!?」

「ええ聞きましてよ!? まあまあまあ! 人目をはばからずなんて情熱的なのかしら!?」


 軽口をたたく巨岩たち。

 その数、二十体超。

 

 

 大小の差こそあれ、そのすべては、アダマンタイト・ジャイアントだった。



「う、嘘でしょ……!?」


 たった一体だったとして、冒険者たちが苦戦を強いられる凶悪モンスター。

 知らず逃げ込んだ先は、その群れの中だったのだ。

 

 絶望が過ぎる光景に、ニコラは息をのむことしかできない。

 呆然とする彼女の前へ、最初の一体が進み出てくる。


「オホホ! 嘘なんかじゃござーせん! これは現実! あーたにとっては、悪夢でござーしょうけどねえ!?」

「ほっほっほ! ワイフの言う通りじゃ。残念ながらお主の冒険は、ここで終わってしまうというわけじゃよ?」


 楽しげに続ける夫婦と思しき者たち。


 その余裕さは理解できる。

 このままでは生還は絶望的なのも理解できる。


 だが、ニコラはどうしても死にたくない。


「ま、待って!? 待ってください!? 話し合おう! 話し合いましょう!? 拳で解決させるのは、最期の手段にしてくれませんか!?」


 ぶるぶる震えながら、命乞う。

 

 しかし、思いは響かない。

 モンスターたちは首を振る。

 

「無理に決まってるじゃござーせんか? ワタクシはモンスター。あーたは人間。それだけで、戦う理由は十分でござーせん?」

「人間がモンスターを倒したら経験値を得られるように、モンスターも人間を倒すと強くなれるのじゃよ? それはモンスター同士で戦い合うよりも、経験値効率が格段に良くてのう?」

「さらに騎士のクラスだと素晴らしくてな? たとえどれだけ低レベルだったとしても、驚愕するほどの経験値を獲得できるんだぜ?」

「経験値最低のシーフクラスだったなら、見逃してあげたかもしれないけど。まあ、運が悪かった思うことね?」


 この秘境にあって珍しい、人間というご馳走。

 しかも、それが騎士という極上のクラスで着飾ってきたときた。


 そんなカモネギ、逃がさない。

 アダマンタイト・ジャイアントたちは、口々にそう言っているのだ。


「あーたを殺せば、ワタクシの美しさは、輝きは、さらに上質なものに……。ああ、心が躍るでござーせんか!?」


 盛り上がるアダマンタイト・ジャイアントたち。

 しかし、そんなものお断りだ。

 どうしても生き長らえたいニコラは、精一杯の命乞いを見せる。


「だとしても! だとしても見逃してください! そ、そうだ! いい話があるんですよ!」

「いい話? なんのことでござーましょうか?」


(かかったッ!)


 興味を示すモンスターたちへ、ニコラは、ここぞとばかりに主張する。


「わたしのことを、探している者がいるんです!」

「……連れ、でござーますの?」

「そう! 連れです! 仲間です! それも二人! しかも可愛い幼女ですよ! 幼女!」


 ニコラは身振り手振りも最大限に使って続ける。


「ええと……。それがどうしたというのじゃろうか?」

「二人とも、騎士なんてものよりとっても珍しい子たちなんです! きっと経験値たんまりもらえると思います! わたしを助けてくれたら、その二人を差し上げます!」

「……え?」


 静まり返るアダマンタイト・ジャイアントたち。

 その只中で、ゲスな騎士は目論見を惜しげもなく披露する。


「わたしが囮になって二人を誘導。油断しきったところを後ろからバックリって寸法ですよ皆さん! これなら確実にヤれること間違いなし! 安心、安全、被害ゼロ!」


 言い切り、自身に満ち溢れた顔をするニコラ。


「そ、それはそれは……」

「なんという、話だ……」

「し、信じられないわ……」


 モンスターの群れが、静まり返る。

 


(ふふふ! これはどうやら、効果バッチリだったみたいだね!?)


 ニコラは内心ほくそ笑む。

 

 邪竜だったとして、モンスターに代わりない。経験値量は不明である。

 そして、クォンはただの幼女。

 少々不思議な点はあったにしても、だ。

 

 よって、経験値の面からすれば、それは口から出まかせの言葉。

 だが、二人は確かに存在し、自身の事を捜しているのは事実。

 

 まったくの嘘でなく、虚実入り混じったものであったからこそ、モンスターたちの動揺を誘えたようだった。

 

 

 ともあれ、これで、どうにかこの場面だけはやり過ごせそうだ。


 だが、相手は経験値に飢えた秘境の魔物。

 二兎を追おうとして、約束を反故にするかもしれない。

 

 だが、外道なニコラがそれを想像しないわけがない。


(だとしてもいいの! 重要なのは、まずこの状況を脱することだからッ!)


 二十体超の凶悪モンスターの籠の鳥なこの状況では、逃げ出せる確率は無に等しい。

 そちらに躍起になるよりは、ゲヘナたちを捜索する最中、もしくは遭遇し、彼女らに向かっていくモンスターたちの隙をつく方が、遥かに生還率は高い。


(生き延びるためなら、なんでも利用して羽ばたくのッ! 平和に向かって自由な空へ……! そう、それでこそわたしだからッ!)


 ゲスな自覚は十分ある。

 普通でない自覚も十分ある。

 だが、これこそ、騎士ニコラの生き様だった。


(ごめんねゲヘナちゃん! クォンちゃん! だけどわたしは振り返らない! すべては、平穏なる生活のために!)


「ふふ! ぐふふふふふっ!」


 思わず凶悪な笑みを浮かべるニコラ。

 騎士たる彼女のそんな様に、アダマンタイト・ジャイアントたちはドン引きする。


「ワ、ワイフよ。本当にいいのか? こんな外道を倒して、その経験値でワイフがゲスくなってしまわないか、心配なのじゃが……。ここは、ワシに任せては……?」

「ま、まあ、確かに二の足を踏みそうではござーますけど……。今回、ワタクシ燃えておりますの! 愛するハズバンッ! 力を貸してござーせんこと!?」

「そうか……。愛するワイフがそのつもりなら! いざ共に燃え上がろうぞッ!」

「あらやだ奥さん! お熱いことで!」

「ほんとほんと! うらやましいわあ! わたしも燃えちゃうわよー!」


 きゃいきゃいと叫ぶアダマンタイト・ジャイアントたち。

 囃し立てられた夫婦らは恥ずかしそうに頭をかいた。


「ほっほっほ! 囃し立てるのはやめたまえ!」

「そ、そうでござーますわ! 恥ずかしいじゃござーせんか!?」

「――っていやいやいやちょっと待って!?」


 盛り上がるモンスターの群れに、ニコラは血相を変えて叫ぶ。

 水を差されたようで、アダマンタイト・ジャイアントたちは不満げだ。


「もーなんでござーましょう? あとにしてござーせんか?」

「流れ変わってないんですが!? わたしを経験値化する流れのままなんですがそれは!?」

「そりゃあ、あーた。騎士なんて経験値潤沢な相手、みすみす逃すのは馬鹿のすることでござーましょう?」


 当然の結論との返答に、ニコラは必死で食い下がる。


「いやいや、だとしてもですよ!? 騙されたと思って、泳がせると思って、二人を見つけるまでは生かしておいてやってもいいんじゃないですか!? ねえ!?」

「そう。そして、なによりそこでござーます」

「え?」


 きょとんとするニコラへ、アダマンタイト・ジャイアントは、肩を落とすように巨体を沈ませる。


「あーた、いくら命がかかっているとはいえ、少々性根が腐り遊ばされてござーせんこと? いくらなんでも幼子たちを身代わりになんて、外道のすることでござーますわよ……?」

「うむ。子は世の宝。それはモンスターであれ、人であれ、変わらぬというものじゃ。一体全体、どのような育ち方をすれば、そのようになり果ててしまうのやら……」

「ほんとよねえ。親の顔が見てみたいわあ」

「これが社会の歪みが生んだ闇……ッ!」


 井戸端会議をするように、口々に持論を展開するアダマンタイト・ジャイアントたち。

 扱き下ろされたニコラは、逆上するように叫ぶ。


「し、しかたないじゃないですか!? あなたたちみたいな化け物の群れに囲まれて!? 命の灯消えかけて!? なりふり構っていられなくなることの、一体どこが悪いんですか!? 保身に走るのは、生物として当然の本能でしょう!?」

「その本能に打ち勝つための理性を持つのが、人間という生き物じゃろう?」

「そうそう。それに、誰よりも誇り高くあるべき騎士がそれを言うのはどうかと思んだがなあ?」

「どうしてこんな外道が騎士なんてやっているのよ?」

「野放しにしておいたら、それこそ社会の損失に違いねえぜ!」

「歪みは……矯正するッ!」


 逆上するように叫んだ外道の言葉は、モンスターたちの正義感に火をつけたらしかった。

 アダマンタイト・ジャイアントたちは、思いを共に、いきり立つ。


 臨戦態勢となった凶悪モンスターの群れの中で、縮こまりそうになりながら、ニコラは必死に叫ぶ。


「ま、まま待って!? ホントに待ってください!? 経験値ならある! あるんです! あの子たち二人じゃ足りないのなら、お姉ちゃん連れてきます! お姉ちゃん聖騎士だから、きっとたんまり、がっぽり、ぐへへ! ですよ!?」

「み、身内まで売り渡すのか……」

「ああそれでもダメ!? じゃあお金は!? モンスターだってなにかと入り様だったりしません!? いくらでも払います! 実家の両親が! だからどうか、命だけは!?」

「ホント、救いようのない外道でござーせんか……」


 懸命に命乞うニコラだったが、しかし、へつらえばへつらうほど、モンスターたちの決意は固くなっていった。


「美しさのため以外の理由で。世のためなんて、それこそ騎士然とした理由で。人間を狩りたい、倒したいなどと思ったの、ワタクシ、初めてじゃござーせんか?」

「ほっほっほ。わしもじゃ。幼子の明るい未来のため、一肌脱ぐとするかのう!」

「あれおかしいな!? わたし正義の騎士だよね!? 相手凶悪モンスターだよね!? なんだか立ち位置逆じゃない!?」

「それもすべては、あーたの生き様の招いた結果でござーますわ、よッ!」


 言葉と共に、剛腕が振り下ろされる。


「あきゃああああ!?」


 受け身すら考えず回避するニコラ。

 結果、回避することに成功したが、間髪入れずに別の者からの蹴りが迫る。


「フウンッ!」

「うきゃあああ!?」


 必死に身を翻し、その攻撃も回避する。

 だが、アダマンタイト・ジャイアントたちの猛攻は、やむことなく続く。


「「「「ならば時間差でえぇッ!」」」」」


 一瞬ごとにタイミングをずらした、拳の連撃がニコラを追尾する。


「ひっぎいいいぃぃッ!?」


 ニコラは泣き叫びながらも、生への執着を見せつけ、必死に駆け、飛び、辛くも生き残る。

 涙と鼻水と粘液でぐちょぐちょの体を砂まみれにしながら、彼女は絶叫する。


「死んじゃう!? こんなの本当に死んじゃうってえええ!?」

「それこそワタクシたちの総意でござーます! 腐りきってござーますが、それでも騎士でござーましょう!? ちょこまかせず、最期くらい潔くするでござーますわああ!」

「知ったことかあああッ! 何を犠牲にしたとしても、わたしだけは絶対に生き残るんだからああああッ!」

「よ、よくもまあ威張って言えますこと!?」


 包み隠さぬ本音を叫ぶニコラに辟易しつつも、世の平穏のため、アダマンタイト・ジャイアントたちは攻撃の手を緩めない。


「ああどうしようどうしようどうしよう!? こんなの絶対まずいよう!? も、もうここは、覚悟を決めるしか……!? で、でもやっぱり怖いし……!」


 号泣しながら背負った得物入りの革袋に目を向け、しかし、恐怖から二の足を踏むニコラ。

 彼女を依然追い詰めながら、最初の一体が叫ぶ。

 

「それにしても運が良かったじゃござーせんか! 驚異的な逃げ足と回避率、ワタクシ一人だったら既に逃走されてござーますもの。家族、友人、知人、一人残らずみーんなみんなで連れだって、ピクニックに来ていたときで本当によーござーした!」

「……え?」


 ピクリと反応するニコラ。


「う、うん。それなら、多少はやりやすいかな……? というか、この状況、そうしなくちゃ助かる道は……」


 大きく深呼吸し、眼尻に涙を浮かべながら、彼女は革袋へと手を伸ばす。

 と、その足元が突如隆起する。


「屹立せよッ! 『ロック・バベル』ッ!」


 一体が両手を地に叩きつけており、それに呼応して、ニコラの足元から、巨岩の塔が盛り上がったのである。


「カハッ!?」


 不意を突かれ、上空高く弾け飛ばされるニコラ。


「ナイスですわハズバンッ! さあみなさん、特大のモノを見せつけようじゃござーせんかッ!?」

「おう、任せなッ!」

「フィナーレにすべてをさらけ出すわっ!」

「おばちゃんだって頑張っちゃうわよー!?」


 掛け声に合わせ、アダマンタイト・ジャイアントたちは、両腕をニコラへと向ける。


「行きますわよー!? どっこいしょおおおお!」


 そして、手のひらに穴が開いたかと思うと、そこから巨大な岩石が砲弾のように連射され、ニコラ目掛けて飛んで行った。


「……ッ!?」


 中空に飛ばされたニコラが目を見張る。



 直後、響き渡る轟音。



 何十、何百もの岩石たちがぶつかり合い、裂け、割れ、砕け、夜空に砂ぼこりが舞い散った。



***



「オホホホ! やりましたわ! ワタクシたち、やりましたわよー!」


 悪しき外道を見事葬り去ったと、アダマンタイト・ジャイアントは諸手をあげて喜んだ。

 その周囲では、家族、親戚、友人、知人たちが、同じように喜びを露わにしている。


「いえええい!」

「ひゃっほう! やったぜ! 俺たちはやったんだ!」

「久方ぶりの大勝利! この味は、甘く蕩けて癖になるぅー!」

「当然よ! 途方もない外道だったんだもの。カタルシスは大きくなるものよお?」


 そんな彼ら彼女らを見て、さらに喜びを大きなものとしていると、その肩を叩く者がいた。


「ワイフよ……」


 それは、長年連れ添った伴侶たる存在。

 顔に入った亀裂が素敵な、老いてなおダンディさを発揮するナイスミドルである。


「ハズバン……」


 それ以上の言葉は不要。

 アダマンタイト・ジャイアントは、瞳を閉じ、ひしとその巨体を抱きしめた。


 触れ合えばゴツゴツする巨体。何度も触れ合ったゴツゴツ。

 だが、とても安心する。


「……ハズバン」

「……ワイ、フよ……」


 喜びを噛み締めながら、感情を込めて伝える。

 それに応える夫の声は、とても、苦しそうで……。


「……え?」



 苦しそう?

 ……なぜ?



 違和感を覚える。


 なぜそんな声をしている?

 なぜ呻くような声をしている?


 そういえば、何度も愛し合ったその体。

 すべて知り尽くしているそれに、違和感がある。


 ちょうど抱き合っている下腹付近。

 こんな、槍のような出っ張りは、近頃なかったはずだ。

 


「若い頃だって、ここまで元気じゃ――」


 思わず漏らしつつ、そこに目を向ければ――




 闇色の槍が、生えていた。




「ヒッ!?」


 比喩などでは断じてない。

 その身を貫き、妖しく光る凶器を前に、思わず口元を押さえる妻。


「ん? どうしたの義姉さん?」

「なんだなんだ?」


 周囲がどよめき始める中、伴侶は苦しげに言う。


「ワ、ワイフよ……。逃げろ……逃げるのだ……」

「ハ、ハズバンッ!?」



 悲鳴交じりに呼ぶと同時――その体は、砕け散った。



「……え」


 何が起こったか分からず、茫然とする妻。

 その周囲にいた者たちは、目を見張り、悲鳴をあげ始める。


「だ、旦那ああああッ!?」

「え、え!? ど、どうしたの!? あ、あれ? どうして岩や砂利が舞い飛んで……?」

「見ちゃダメよ! こんなグロテスク、見ちゃダメええええ!」

「モザイク! 誰かモザイクかけてえええ!」


 飛び散る岩石の破片、砂利、砂ぼこりを前に、阿鼻叫喚に包まれるアダマンタイト・ジャイアントたち。


 そんな中で、茫然とする妻は、伴侶のいたところを、ただただ見ていた。



「……」



 佇むのは、漆黒。

 夜の帳の降りた中。

 そこにて、なお昏き、闇の具現と錯覚するほどの、漆黒。



「……すぅ」


 ソレは、小さく息を吸う。

 背で二つ縛りにされた、闇色の髪が夜風に揺れる。


「……はぁ」


 ソレは、小さく息を吐く。

 その身を包む漆黒の鎧が、鈍い音を立てる。


「……」


 ソレは、構え見定める。



 その手に握った――愛する者を微塵と変えた狂気の槍が、ギラリと光った。



「……あ、あ、あ!? う、嘘!? こんなの、嘘でござーますわッ!?」


 状況を理解し、しかして信じられるものかと、発狂しそうな頭を、必死にふる妻。


「ううん、これは紛れもない現実。あなたにとっては、悪夢だろうけど」


 ガクガクと震える妻を前に、ソレは悠然と構え、言う。



「わたしは平和に暮らしたい。ピンピンコロリな老衰コースへ、一直線で駆け抜けたい。その邪魔は、誰にもさせない。だから――」



 ソレは――瞳の光を消し、溢れんばかりの殺気を纏ったニコラは、槍の穂先をモンスターたちへ向け、




「一族郎党、ミナゴロシだよ?」




 惨劇の幕開けだと、宣言した。



「あ、あーた!? 一体なんなのでござーますかあああああああ!?」


 秘境に、当然のツッコみが、響き渡った。


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