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Lily×Monster ~モンスター娘と百合コメです!~  作者: 白猫くじら
駆け出し冒険者×お姉さんミミック
3/58

最高のお宝をありがとうね

 ミューが姿を見せなかった、その翌日。

 ミミックは1人焦燥感を覚えていた。


「お嬢ちゃん、いったいどうしたのかしら?」


 結局、昨日は眠れず(人間ほどではないにしても、モンスターにも睡眠は必要である)、一晩中ミューのことを待っていたが、結局姿を現さなかった。


 きっとあの子はようやく自身の愚かさに気付き、身の丈に合った場所へ冒険に繰り出すようになったのだ。

 だから、自分が心配する必要などない。


 そう、きっとそうだ。だから、喜ぶべきなのだ。


 そう何度も自分に言い聞かせていたが、しかし納得できない。


 なぜなら、


「……だってあの子、おバカさんだし。学習能力、鶏以下だし」


 ミミックはため息交じりにつぶやいた。


 そんな子が、今になって改心する?

 いやいやそんな御冗談を。

 改心するような聡い子なら、そもそも初めからこんなところに通い詰めてくるものか。


「きっとあれよ。道端に落ちてたパンを美味しそうだからって拾い食いして、お腹を壊しちゃったとかそういう話よ。ああ、でもそれならそれで心配ね。今度、お腹に優しい薬草入りのお粥さんの作り方、お姉さんが教えてあげちゃおうかな?」


 モンスターではあるが、簡単な料理くらいできる。

 振舞う相手がおらず、ちょっと寂しいなんて思うこともあったのだ。

 料理教室とか、一緒にご飯とか、なんだかちょっと楽しそうだ。


 と、ミミックが心を弾ませていると、


「……」


 いつの間にか宝箱の蓋が開けられており、眼前にミューが佇んでいた。


「……ハッ!?」


 ミューは無言でナイフを引き抜き、ミミック目掛けて突き出した。


「ひゃあ!?」


 ミミックはすんでのところで宝箱に身を隠し、回避した。

 ガキンと、ナイフが宝箱を切りつける衝撃が伝わってくる。


 ミミックはバクバクする心臓の音を聞きながら、うっすらと蓋を開けて言う。


「い、いったいどこから聞いて――じゃなくて、良かったわお嬢ちゃん! わたし、切々と心配していて――」


 再びミミックを斬撃が襲う!


「ひゃう!?」


 ミス! ミューはミミックにダメージを与えられない!


 再び宝箱に隠れ、斬撃を回避するミミック。

 しかし、なおもミューの攻撃は続く。


 ミス! ミス! ミス! ミス! ダメージを与えられない!


 宝箱をガッキンガッキン攻撃する金属音が絶え間なく響く中、ミミックは理解する。



 うん、これ最初から聞かれてた感じだわ……。



 自らの愚行を悔やみながら、ミミックは耳を塞いでガタガタ震えた。


「あうう……。こ、怖いんだけど……」


 これは相当お冠だ。


 きっと、おバカさんだし誤魔化せるんじゃないかしらなんて考えたのが火に油を注ぐ結果を招いたのだろう。

 


 神様、もし下賤なモンスターであるわたくしのお願いを聞いていただけるのならば、どうか時を戻してくださいませ……。


 

 ミミックは涙ながらに祈りを捧げた。

 

 その祈りが通じたわけではないだろうが、剣戟音が止む。

 ミミックは、おそるおそる蓋を開け、隙間から様子をうかがった。

 

 ミューはぜーぜーと肩で息を切らしていた。どうやら体力を消耗したようだ。

 

 彼女が後先考えない駆け出しのおバカさんで助かった、なんて再び剣戟の嵐を呼び込むようなことを言いかけた口をつぐみ、ミミックはおそるおそる宝箱の中から姿を現す。

 そして口を滑らせる前に謝罪の言葉を口にする。


「ご、ごめんなさい! でも本当のことじゃない! この数日の行動を言い聞かせたら、100人中100人がお嬢ちゃんのことおバカさんだって答えるわよって違ったあああ!?」


 緊張と恐怖のあまり、口から洩れる油まみれの失言。

 このままでは確実に駆け出し冒険者の経験値と化してしまう。

 ミミックは慌てて訂正する。


「違う、違うのよお嬢ちゃん! お嬢ちゃん嘘が嫌いなんでしょ!? だからわたし、自分に正直にいようってこれも違って!?」

 

 出るわ出るわ失言の嵐。

 今この瞬間、おバカさんなのは間違いなくミミックである。


「うふふ。もうこれ駄目だわー。確実に経験値化決定だわー。ねえ、お嬢ちゃん。一体何レベルくらいアップしちゃうと思う? そーね、わたしは50くらいじゃないかなーって思うなー。うふふふ!」

 

 半ばやけくそに言い放つミミック。屈強な冒険者たちを退けてきた自分が、まさかこんなところで倒されるなんて。


 でも、血なまぐさい感じじゃなくてこんなバカげた感じの最期も悪くないかもなんて、心のどこかで思ってしまう自分もいる。

 そうしてミミックは柔らかな諦観に包まれていたのだが。


「……」


 なぜかミューは攻撃してこない。

 体力を消耗したとはいえ、一撃くらい打ち込めるだろうに。

 いぶかしんだミミックは、彼女の様子をよく観察した。



 その目には、涙が浮かんでいた。



「……お嬢ちゃん?」


 ただ事ではない様子に困惑する。


 ミューは声をかけられてビクッと震えたが、しかしナイフの切っ先をミミックへと向け直した。


「……ミミック。あなたを倒して、財宝を持ち帰る」


 少女は、もう後がないとでも言うように。

 瞳に、悲壮な決意を宿らせて、言い放つ。

 

「お嬢ちゃん、どうしたの? 訳を聞かせて――」


「はああ!」


 その声に耳を貸すことなく、ミューはナイフを突き刺そうとする。


「……くっ!」


 ミミックは光の威光に怯みながら、しかし、今度は隠れなかった。


 隠れてはだめだ。

 きっとそれは、この少女を見捨てることに――!


 迫るナイフ。それを持つミューの手首をつかみ、攻撃を防ぐ。

 ミューはそれを振りほどこうともがく。


「離せ! 離せ化け物!」


 聞きなれたはずのその言葉。


 しかし、どうしてかミミックの胸が痛む。

 だが、今はそんなことどうでもいい。訳を聞かなければ。

 

 聞いて、力になってあげたいのだ。


「……昨日、ここに来なかったのと関係あるの?」


 優しい声音で尋ねるミミック。


「……!」


 瞬間、ミューは動きを止める。

 そうして黙り込んでしまった。

 

 ミミックは手を離してあげた。

 ミューはナイフを振りかざすこともなく、しばらく俯いていたが、やがて重い口を開いた。

 

「……母様が。母様の具合がとても悪くて。昨日はずっと看病してた」

「お母様が?」


 意外な言葉に驚くミミック。ミューは頷く。


「……ミューの家は、貧乏なの。昔は、その、お金持ちだった。でも、悪い人に騙されて……嘘、つかれて。お屋敷とか、財産とか、全部奪われて……。父様は、自分の責任だって悔やんで、そうして体を壊して亡くなった」

「……」


 静かな洞窟の中に、少女の独白が響く。


「お嬢様育ちで働いたことなんてなかった母様は、昼も夜もなく働いた。食堂や酒場、街の清掃。そうしてミューと妹たちを必死で生きさせようとしてくれた。だけど……」

 

 ミューは俯く。


「母様も、体を壊した。お金をかき集めて、お医者様に診てもらった。結果、重いけど、治らない病気ではなかった。でも……」


 その声が震え、涙が零れる。


「薬は、とても高くて。街のお店で働いたお給料くらいじゃ、とても買えなくて。働いてお金が溜まるころには、母様は……」


 冒険者は、命がけの危険な仕事だ。

 だが、高難度のクエストや、ダンジョンでの財宝発見などで、金銀財宝を得ることも夢ではない。

 だから少女は母のために冒険者となり、その命を救いたい一心で財宝の眠る危険なダンジョンに飛び込んだのか。


 少女自身が倒れてしまえば元も子もない。

 我が子を失った母親は、きっと瞬く間に衰弱し、力尽きてしまうだろう。


 確実に助けたいのなら、経験値稼ぎから始めるべきだ。

 だがきっと、その猶予すらなかったのだろう。


 この数日、ミミックは少女と過ごす時間が楽しいと思ってしまっていた。

 だが、望みを果たせぬ少女は、きっと心の中で泣いていたに違いない。

 ミミックは気付けなかった自分が悔しかった。


「だから、だからミューは……」


 ミミックは、泣きじゃくるミューをそっと抱き寄せた。


「……!」


 ミューは一瞬驚いた様子を見せたが、その身を預けて大声で叫ぶ。


「もう、嫌なの! 大好きな人を失うのは、もう、嫌なの……!」


 そうして泣きじゃくる少女をミミックは優しく撫で続けたのだった。


                       ***


 泣きやんだミューは、ミミックに申し訳なさそうに謝罪した。


「……ごめんなさい。ミュー、お姉さんにひどいことを」

「いいのいいの。実際わたしは化け物。勇敢な冒険者も一呑みにできるミミックさんだもの」


 胸を張った後、ミミックはぽりぽりとほっぺたをかく。


「ま、まあそんなこと、したことないんだけど」

「そうなの?」

「だ、だって気持ちが悪いじゃない! こう、パーソナルスペースっていうの? そこに見ず知らずの赤の他人を引き入れるなんて……! ああもう、考えただけで身の毛がよだつ!」


 ミミックは体をかき抱いた。それを見てミューが笑う。


「お姉さん、変わり者なんだ」

「ええそうよ。おかげで仲間のミミックたちもこのダンジョンには近寄らないし。お前みたいなのと一緒にされちゃ、ミミックの沽券にかかわるわ! ってね。ま、別にいいのよ。わたしは、わたしらしく生きるだけだから」


 初日にミューに対して他のミミックに出会ったら死んでいたと言ったのは嘘ではないが、そもそもこのダンジョンにミミックは自身のみ。

 その自身が危害を加えない以上、彼女に危険はない。

 あれは彼女をここに立ち入らせないための方便だったのだ。もっとも、効果はなかったが。


「お姉さん、カッコいい。よっ、一匹ミミック」

「ありがと。でも、なんか語感が微妙よね……」

「不満? ぼっちミミックのがいい?」

「いや、さっきのでいいわ」

「そう?」


 今の方がいいと思ったけどと、小首を傾げるミュー。

 ミミックは苦笑する。


 なんというか、この少女はつかみどころがないというか。

 年下なのは明らかなのに、初めて会った時から翻弄されまくりだ。


 だが、それも嫌ではないのだけど。


 ミミックはミューへ右手を差し出す。


「お嬢ちゃん。ちょっと手、貸してもらえる?」

「む? ぼっちは寂しい? ひと肌恋しい?」

「いや、それはもういいから」


 ミミックはミューの手を取った。

 ちょっとだけドキドキするのを気付かれないよう、平静を装う。


「お嬢ちゃん、目を閉じてもらえる? ぐるぐるするから、気分が悪くなっちゃうかもしれないし」

「了解。でも、どうして?」


 疑問を抱きつつもミューは目を閉じる。

 あまり警戒せずモンスターの言うことを聞く姿に不安を覚えつつ、しかし嬉しいなんて思いながら、ミミックは意気揚々と宣言する。


「さあ、行くわよ!」

「え? 行くって、どこに?」


 瞬間、ミューの体は宝箱の中へと飲み込まれていった。


                       ***


「ここは、どこ……?」


 驚くミュー。


 一瞬前まで洞窟の中にいた彼女は、現在なぜか一軒の家の中に佇んでいた。

 豪華ではないが、質素でもない。一般的なものだ。

 ベッドや食器棚、調理台に保温庫などなど一通りの家具がそろっている。

 窓の外を見れば鮮やかな景色が広がっている。

 青々した木々が生えた林があったり、遠くには海まで見えたりしている。


「ふふ。ようこそ、お嬢ちゃん」


 声を掛けられそちらを見れば、扇情的な衣装に身を包んだ女性が立っていた。


「お、お姉さんなの?」

「ええ、そうよ」


 ミューは、その女性のある一部分を見て驚いた。

 ミューの眼前に立つのは紛れもなくあのミミックだ。

 だが、闇しかないのかもと思われていた下半身には、傾国の美女顔負けのすらりとした美脚が生えていた。この瞬間、彼女は人間の女性と何ら変わりはない。


「足、生えてたんだ」

「びっくりした? 足が見えちゃうとただの人間に間違われるでしょ? 一応わたしにもモンスターとしての矜持ってものがあるから、ダンジョンの中ではあの姿をとっているのよ」


 ミューの目はミミックに釘付けだ。


「綺麗な足。豊満なぼでぃーらいん。ミューも大人になったらそうなれる?」

「そ、そうね。お嬢ちゃん可愛いし、きっとなれるわよ」

「ん。その時は、どっちが美人さんか競争しよう」


 ほほ笑まれ、ミミックは照れてしまう。


「……あ、でもミューが大きくなるころには、お姉さんからおばあさ――」


 ミミックの口をふさぐ攻撃!

 ミューは口をふさがれてしまった!


「言わせないわよ!? というかならないから! まだまだピチピチのままだから!」


 その手の中からすり抜け、ミューは間違えちゃったと言わんばかりに頭をかく。


「一足飛びに間違えた。お婆さんじゃなくておばさ――」

「ええいそれも間違いよ! まったくもう!」

 

 そうしてしばらくじゃれた後、ミューが話を振ってくる。


「それで、ここはどこ?」

「ここはわたしのいる宝箱の中、その異世界にあるわたしのお家」

 

 そう言ったところで、ミミックは慌てて付け加える。


「で、でもお嬢ちゃんを取り込んだとか、不気味な異世界に転送するとか、そういうわけじゃないから安心して! 一時的にお招きしただけだから、用が済んだら出してあげる。体にも害はないから大丈夫」

 

 が、当のミューはどこ吹く風。

 彼女の興味は別のところにあるらしかった。


「ここなら、借家代とか土地代とか、固定資産税もろもろ納めなくてもいい?」

「え、ええ。ミミックが作り出した異空間だから」

「ミュー、ここに住みたい!」


 ミューはきらきらと瞳を輝かせた。

 金欲にまみれているとはいえ、子供の笑顔は見ていてまぶしい。


 背負っているバックグラウンドが重いだけに、にべもなく断るわけにもいかず、ミミックは苦笑する。


「あ、あはは。考えておくわ……」

「ん。善処、じゃなくて善、善、善処してほしい!」


 ここぞとばかりに押してくるミュー。

 とりあえず、この話は保留だ。ミミックは逃げるように話題を替える。


「ほ、本題に移りましょう。お嬢ちゃん、ついてきてもらえる?」

「もちろん。お供いたしますわ、お嬢様」

「あの、ぞわぞわするからその言い方はやめてもらえるかしら?」


 きらきらと瞳を輝かせるミューをつれ、ミミックは家の外へ。

 道すがら、ミューへ話を振る。


「突然だけどお嬢ちゃん、ダンジョンの中に宝箱があるわよね」

「うん。ミュー大好き」

「そ、そうね。その宝箱って、一体誰が用意していると思う?」


 ミミックの問いに、ミューは首を傾げる。


「考えたこともなかった。……冒険者のモチベーションを高め、ギルドの依頼を積極的に解決してもらい、国の平和を維持するために国王が国費を使って財宝を豪商たちから定期的に購入し、騎士に依頼して秘密裏に設置している……とか?」


 少女のとても具体的な回答に、ミミックは気圧される。


「な、なかなか難しいこと考え付くのね。名推理だけど、違うわね」


 ミミックとミューは家の隣にある、小屋の前へとたどり着いた。


「正解はね……こういうことなの」


 言葉と共にミミックは小屋の扉を開く。

 その先にあった光景を見て、ミューは息をのんだ。


 部屋の中央には大きな炉が設置してあり、周囲にはハンマーやペンチなどの器具が整頓されて壁に掛けられていた。


 そしてなんといっても部屋のあちこちに、金銀財宝が無造作に置かれていたのだ。


 それは金のロケットからプラチナの皿、さらには美しい宝石がついた指輪などなど。

 それらの財宝に、ミューは見覚えがあった。


「もしかして……お姉さんたちが?」



「そう。ダンジョンにあるお宝は、わたしたちミミックが設置したものなのよ」



 ミミックは手近にあった黄金の剣を手に取った。


「ミミックは、本物の宝箱に混ざって、油断した冒険者に襲い掛かるモンスター。その性質上、財宝が入った本物の宝箱が存在しないと、騙される者はいなくなるわ。当然よね」

「うん。宝箱がミミックばかりだったら、誰も開けなくなる」

「そう。だからわたしたちは自身の潜む宝箱の中にある異世界、そこの工房兼鍛冶屋で、財宝を制作するの。本物の宝箱を用意、または制作し、財宝を入れ、冒険者たちの物欲を煽る。あれも財宝だろう、あれも財宝だろう。だ、大丈夫、さっきも財宝だったんだ、だからきっとこれも財宝のはずだ……って。そうして引っかかった愚か者を……パックン!」


 ミミックは両手をぱちんと合わせた。ミューはびくっとしてしまう。

 ごめんなさい、怖かったわよねと、ミミックはミューに謝ってから話を続ける。


「……っていうのが、一般的なミミックのやり口ね。さっき言ったけど、わたしは他人と密着するのが嫌っていうのがあって、パックンしないけど」

「ふむ。ぱーそなるすぺーす、狭いんだね」


 ミューはふむふむと頷いた後、ふと気づく。


「? じゃあ、どうしてミューを?」


「そ、それは……! そ、そんなことより! 質問とかないの!?」

 

 顔を真っ赤にするミミックに首を傾げつつ、ミューは尋ねる。


「パックンするのが普通のミミック。それが目的。じゃあ、パックンしないお姉さんは、どうしてるの?」


 なかなか鋭いところをついてくる。先ほどの宝箱についての推察といい、この少女、おバカさんなどではなかったのかもしれない。


「戦って、戦闘不能に陥った冒険者の持ち物とお金を半分貰い、それから彼ら彼女らを直前に立ち寄った教会までテレポートさせるかな。ほら、生きてたらまた財宝を持ってきてくれるかもしれないし。で、その財宝はそのまま宝箱へ。またはちょっと手直ししてレアな感じにしたり」


「ほうほう。泳がせるってやつ。お主も悪よのう?」

「そんな言葉、どこで覚えたの……? えっと、後はお金を貯めて、この姿で街へ行き、金や銀、プラチナなどを購入、それを加工して新たな財宝を作って設置したりもするわね」


 冒険者はモンスターの住むエリアに侵入し、そこにあるモンスターを討伐し、経験値を得、発見した財宝を己の物としてもよい。


 だが、同時にモンスターに同じ目に遭わされたとしても、それは仕方のないことである。ミューはギルドでそう説明を受けていた。


 ミミックたちも冒険者たちと同じように、討伐されるリスクを背負い、冒険者というモンスターと戦って戦利品を獲得しているということなのだ。

 当然ながら、モンスターにはモンスターの社会があるということである。

 その話に、なんだか感動を覚えるミュー。


「あと、ミミックの加工技術はレベルに比例するの。高レベルダンジョンに行けば行くほどレアなお宝が多いっていうのは、そういう訳」

「なるほどなるほど。目からウロコ」


 ふむふむとミューは頷く。だが疑問を覚え、手を挙げる。


「それ、お姉さんに旨みある?」


 普通のミミックなら冒険者をパックンするという目的があるが、このミミックはそれをしない。一体、なんの目的でこんなことをしているのだろうか?

 問われ、ミミックは考える。


「うーん、そうね。冒険者を驚かすのは楽しいからね。ミミックの性ってやつかしら?」

「それだけ?」

「ええ、それだけ。あ、食事はお金を使って人間と変わらないものを食べているわよ? まあ、あなたたちとはエネルギー効率が違うみたいで、三か月に一回程度でいいんだけどね」


 他のミミックたちは、パックンするから食事にはいかないらしいけど……とミミックは続けた。



「なんだかお姉さん、ミューたちと変わらないんだね。モンスターなのに」


 話を聞いたミューは、自然と言葉を漏らしていた。

 言った後、はっとした顔になる。失言だったと後悔しているのだろう。

 ミミックは苦笑する。


「気にしないで。事実だもの。そしてそのモンスターだからこそ、お嬢ちゃんの力になれるんだから」

「え?」


 どういうことかと聞こうとするミューの前で、ミミックは小さな革袋の中に指輪や宝石など、持ち運びやすく隠しやすい財宝を詰めていった。そうして紐の口を縛ると、それをミューへと差し出した。


「受け取って。これでお母様に薬を買ってあげなさい」

「……いいの?」


 驚くミューに、ミミックは満面の笑みで答える。


「もちろんよ。楽しい時間を過ごさせてもらったお礼。それに、一度出したものを引っ込めるなんて恥ずかし――」


 ミミックが言い切る前に、ミューは小袋をかすめ取った。


「ありがとお姉さん! 大好き! お宝!」

「あ、あはは……。どういたしまして」

「どうやって奪い取ろうか算段してたけど、その必要なくなって嬉しい! 大好き!」

「まったく、あなたって子は……」

 すり寄ってくるミューの頭をミミックは優しく撫でたのだった。

 


                       ***


「お姉さんありがと! ほんとにありがと!」


 洞窟に戻ったミューは、ミミックに見送られダンジョンを後にしようとしていた。

 ミミックはテレポートで街まで送ってあげようとしたのだが、財宝をもらったうえ、そこまでしてもらうのは申し訳がないとミューは断ったのだ。


 手を振るミューに、ミミックは宝箱の中で何度も注意したことを繰り返す。

 

「いい? それは懐に隠して、誰にも見られないようにすること。一つの店で全部売るんじゃなくて、いろんなお店で少しずつ売ること。屈強な冒険者なら悪いヤツに襲われないだろうけど、お嬢ちゃんみたいなのはいいカモだから」


 換金できる場所には、客を装ってそういう輩がいることがある。気を付けるに越したことはないのだ。

 心配するミミックに、ミューは自信満々に答える。


「抜かりはない! 当座の薬代を換金したら、少しずつ、少しずついろんなところで換金するようにするから!」

「うん、分かっているならいいわ。さあ、じゃあ行きなさい。ここにはもう来ちゃだめよ? 冒険者なんて危険な仕事はやめて、家族仲良く、幸せに暮らすこと。いいわね!」

「ありがと! お姉さん、しーゆー!」


 ミューは投げキスをすると、元気よく出口へ向かって駆けて行った。



 

 そうして、静けさを取り戻した洞窟の中で、




「まったく……。嵐みたいな子だったわね」


 ミミックは、1人ほほ笑んでいた。


 この数日は、とても楽しくて、嬉しくて。

 得難い経験をさせてもらった。




 同時に、甘酸っぱく、ほろ苦い経験も。




 二度と会うことはない。


 そう気付いた瞬間、ミミックは理解した。


 自分が、焦がれていたということに。

 

「初恋は実らないっていうけど。まったくそのとおりだわ。どうして人間の女の子なんかに恋しちゃうかなあ、わたし」


 思わず苦笑する。

 感じたことのない切ない痛みに、胸が痛む。

 零れそうになる涙。

 ミミックは咄嗟に箱の中に戻った。

 

 人間なんかに、なんていってしまったけど、本当は後悔していない。

 少女と出会えたのは、とても幸運なことだった。


 こんな気持ちを味わえたのは、きっとどんな財宝よりも大切な宝物。


 だから、涙を零してはいけない。


 そうしたら、それは出会ったことを後悔してるみたいだから。

 

 ミミックは1人だけの異世界にこもり、気持ちを噛みしめた。



「最高のお宝をありがとうね、お嬢ちゃん……」


 そうして、彼女が切なさを笑顔で誤魔化そうとした――


 そんな時、



「へへ、聞いたか? さっきのガキ、なかなかいいもんもってるらしいじゃねえか?」


 宝箱の外、遠くからかすかに聞こえた話し声に、ミミックは嫌な予感を覚えたのだった。


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