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考えてないヨおおおぉぉッ!?


 とある高山地帯の奥。

 秘境と呼ばれるような、歴戦の冒険者でさえ滅多と立ち入らない場所のひとつ。

 

 そこに存在する広大な砂漠の一か所、そそり立つ断崖絶壁の途中に、ひとつの洞穴があった。

 人の身では立ち入ることのできない、昇り始めた朝日に照らされる洞の中。

 そこに、子気味よい音が響いていた。


「~~♪」


 鼻歌交じりに包丁を握るのは、ドラゴンの幼女、ゲヘナ。

 邪竜として長年封じられていた彼女は、数日前に解けた封印から解放され、かつて住まいとしていたこの場所に舞い戻っていたのだった。


 数百年もの間、封印され、意識を失っていたため、未だ本調子とはいかないが、料理するには支障ない。


「踊れ~♪ 踊れ~♪ 我が掌中で~♪ 成すがままに~♪ 絶品となれ~♪」


 紫色のシースルーなサリーの上からエプロンを纏い、まな板の上に乗せた山菜や木の実を猫の手で押さえ、慣れた手つきで刻んでいく。

 

 ご機嫌な様子で料理をしていた彼女だったが、ふと手を止めた。

 そうしてエプロン姿のまま、台所を離れる。


 人間の営みを真似してみようと、洞の中に設えられた家具の数々。

 時間を経たこともあり、かなり古ぼけてはしまったが、これはこれで味がある。

 ヴィンテージというやつか。


 その一つ、寝具として使用するベッドにて、静かに寝息を立てる者がいた。


「すー……すー……」


 彼女の名はニコラ。

 少女の身でありながら、一目置かれる騎士のクラスに身を置く人間だ。

 しかし、そうでありながら、その性質は度を越した残念さであり、命乞い第一主義、保身の塊、といった言葉がジャストフィットする。


 そのような者、普通ならば悪感情しか抱かれないだろう。

 騎士だというのにどうしてそんななのだ、詐欺じゃないか、と。


 だが、ゲヘナにとって、ニコラは宝石以上の存在だ。

 なぜならゲヘナは、人間の負の部分に、愚劣さ、矮小さ等に瞳輝かせ、心打たれるような性質をしていたのだからだ。

 

 とはいえ、ニコラは人間であるのに加えてのその性質だ。

 彼女にとって、邪竜であるゲヘナなど、恐るるべき対象でしかない。

 よって、普通に考えれば、その邪竜たるゲヘナの巣の中で、臆病な彼女がぐっすり快眠するというこの状況は、ありえないはずなのだ。


 それなのに、どうしてこうなっているのか。



 それは、通じ合ったからだ。



 昨日、食料採集のため、巣を飛び出していたゲヘナは、偶然ニコラと相まみえた。

 愚劣さをこれでもかと凝縮したその生き様に心打たれた彼女は、いけないとは思いつつも、ニコラを客人として巣に連れ帰ってしまったのだ。


 そこでまあ、あれよあれよとさらけ出される無様さ卑劣さ人として最低な様の数々。

もう彼女に骨抜きにされてしまったゲヘナだったのだが、自身は封印されるような邪竜。思いが叶うはずなどないと、叶えてはいけないと、思っていた。


 だから、せめて数日の間だけでも客人として、もてなそうと思っていた。

 だが、その矢先のことだった。



『ゲヘナ様! あなたのすべて、わたしにください!』



 思い出せば熱くなる、思いのすべてを込めた一撃。


 瞬間、頭のてっぺんからつま先までを衝撃が走り、あり得ぬほどの歓喜に、腰が抜けそうになった。


 しかし、それこそあり得ぬこと。

 人間が邪竜に愛を語るなどちゃんちゃらおかしい。

 

 当然の疑惑を抱き、噛みつくゲヘナであったが、しかし、その勢いを上回るほどの力をもって、ニコラは猛烈なアタックをしかけてきたのだ。


 邪竜だと知っている、理解している。

 そんなあなただからいい、と。


 身の丈に合わぬ願いだと、分かっている。

 だけど、それでもと。


 臆病な彼女は勇気を振り絞り、告白してくれたのだ。


「~~!」


 思い返し、持ったままだった包丁片手に剣の舞でも舞いそうになったゲヘナだったが、ニコラが就寝中であることを思い出し、内心でキュンキュンするだけでどうにか抑えた。


 だが、やはり抑えきれず、言葉が漏れてしまう。


「……ほんとに、めちゃカワだぞっ?」


 小声でつぶやいた後、台所へと戻り、充足間に包まれながら、料理を再開する。


 材料を切り、邪竜たる力で口から噴出させた火の粉で種火を作り、熱する。

 そうしてしばらく煮立たせ、お得意のスープを完成させたり、サラダを盛りつけたり。


 何品か作り終え、出来に満足し、朝食が完成した。



 この料理に、彼女は満足してくれるだろうか?

 いや、自身の料理に満足せぬ輩などいるはずがない!



 ……そう思いつつも、ちょっぴりの不安を覚えながら。



「ふふっ。早く目覚めよっ。料理が冷めてしまうではないかっ?」



 ゲヘナは内心ドキドキしながら、愛しい少女の目覚めを待つのだった。


***


 同時刻。ゲヘナが朝食を作っている洞の外。

 広大な砂漠を見渡せる、洞の外の僅かばかりの足場にて、朝日に照らされる者の姿があった。


「はああぁあ……」


 屈みこみ、三角座りでため息を漏らした幼女の名はクォン。

 大胆なスリットが入った、赤色のチャイナドレスがトレードマークである。


「どうするネ……ほんと、どうするヨ……」


 彼女の心には、深い谷のような不安が押し寄せていた。



 ヘタレ騎士と俺様ドラゴン。

 その両者の間に生じている誤解こそが、その悩みの種なのだ。



『ゲヘナ様! あなたのすべて、わたしにください!』



 思い出せば眩暈を覚えるような、思いのすべてを込めた一撃。

 騎士ニコラが真剣な面差しで、邪竜ゲヘナへ送った言葉である。


 その瞬間、その場面だけを見れば、臆病な少女がなけなしの勇気を振り絞った愛の告白としか思えないだろう。


 だがしかし、その他の事情を加味すれば、意味は変わってくる。



 騎士ニコラは、どうしようもないクズである。

 そのクズっぷりといったら、保身のために、旅の共たるクォンを軽々と犠牲にしようとするほどである。

 そんな彼女はなんらかの目的のために、仮想の存在とされるドラゴン、その喉元に生えているとされる『竜の逆鱗』と呼ばれる逆さ鱗を捜していたのだ。

 彼女と珍妙な出会いを果たしたクォンは、協力してやることにし、朧げな記憶を頼りに、ドラゴンの伝承の残る各地へ彼女を案内していた。


 いや、クォン自身のことは今はいいとして。


 ここで宣言しておきたいのは、そんなどうしようもない外道で臆病者のニコラが、邪竜たるゲヘナへ愛を語るはずなどないということである。

 

 結局のところ、あの告白めいたセリフは、正真正銘『竜の逆鱗』であると証明するため、逆鱗ごと彼女のことを手に入れるための、やけっぱちになったがゆえの妄言だったのだ。


 しかし、その言葉をゲヘナは額面通りの愛の告白と捉えてしまった。

 だが、彼女もバカではないらしく、あり得ぬことだと疑問を抱き、噛みついていた。


「うん。そうヨ。なのにネ……」


 思い返し、深くため息をつく。


 なんの因果か、その後のニコラとゲヘナのやりとりが、絶妙に噛み合ってしまったのだ。

 その絶妙さといったらもう、相互理解を妨げる呪詛かなにかでもかかっているかのようで、目の前で繰り広げられるトンデモ展開に、クォンはただただ呆然とするしかなかったのである。


 結果、ニコラはゲヘナが所有物となることを承諾してくれたと勘違いして感動。

 ゲヘナはニコラが愛を告白してくれたと勘違いして感涙。


 そして、昨晩のパーリィーナイトの後、今に至ると。


「ホントもお、意味不明ヨ……」


 思い返し、頭を抱えるクォン。


 そのような誤解、即座に解きたい。

 今回のような、両者の将来設計に関わるようなものは、それこそ一刻も早く、傷が大きくならないうちに、解いておいたほうがいい。

 個人的な感情を抜きにしても、クォンはそうしたいと思っていた。


 だが昨晩、誤解を解こうとした刹那、




『……違えたならば、キサマの命、露と果てるだけだからな?』




 と、ゲヘナは言い放ったのである。


「……さすが邪竜ネ。とんでもないアバズレヨ」


 裏切りイコール即死刑とか怖すぎる。

 あの見た目でヤンデレとは恐れ入った。

 一番関わり合いになってはならない種類の女ではないか。

 あんなの、身近にいちゃいけない。


 ともあれ、危なかった。

 あれで、もし、ゲヘナの宣言の前に、



「てへっ! 実は誤解だったんだぁー☆」などとのたまっていれば……




『……ウソツキ』




「That is YANDEREッ!?」


 まな板の上でさばかれていたのは、木の実なんかでなく――。

 鮮血舞い飛ぶ血みどろ劇場を想像し、ニコラよろしくクォンは震えた。


 ともかく、今クォンの成すべきことは、両者に誤解だと気付かれずに現状を維持すること。

 そして名案を思い付くまで、惨劇を回避し続け、事態を解消することだ。


「ニコラにもバレちゃまずいヨ。バレてしまえば、きっとやけっぱちで許してって懇願するに決まってるネ。そしたら、即デッドエンド。血を見ること、明らかヨ……」


 とりあえずニコラは、しばらくは行動を起こすことはないようだ。

「ゲヘナちゃんの考えが変わっちゃいけないし、今のところは彼女のしたいようにしてもらおう。念には念で、ご機嫌とっておかないと!」とのことらしいし。


 あんなのだとして、クォンはニコラのことを守ると誓ったのだ。

 だから、惨劇なんて、絶対に引き起こさせない。



 クォンの望みはただ一つ。



 希望の鐘の音鳴り響く、小さな教会。

 たたずむ二人。

 

 そうして交わされる、誓いの……。



「! ほ、ほあちゃああ~~~!」



 幸せな未来を想像し、真っ赤な顔で思わず地面を叩きのめした後、クォンはぐっと拳を握る。


「ああもうっ! やるネッ! やってやるヨッ! きっと尻に敷くんだろうけど、でもいいヨッ! 子供は一姫二太郎ネ! クォン、幸せになるんだヨーッ!」


 そうして、若干暴走気味ではあるが、一人の幼女は必勝を誓ったのだった。


***


「いええぇすッ! 純白のドレスで、式場へごーごーヨーッ!」


 洞の中でゲヘナが穏やかな時を感じていると、クォンが扉を開け放って戻ってきた。

 なぜだか上機嫌である。酒でも煽ったのだろうか?


「戻ったか。その様子、考え事とやらは解決したようだな?」

「万事オッケーネ! ううん、解決はしてないけど、クォン、今からガンバルヨー!」

「ふふっ。そうかっ。俺も応援してやろうっ。頑張れっ、頑張れっ」

「うん! ありがとネ!」


 元気一杯なクォンに微笑んだ後、ゲヘナは人差し指を口に手を当てる。


「だが、静かにするがいい。いまだニコラが就寝中でな?」

「ああ、それはゴメンヨー。クォンも、シーする――」


 言いかけ、クォンは目を丸くする。


 そこには、寝入り込むニコラに膝枕をしながら、その頭をナデナデしているゲヘナの姿があったのだ。


「な、なななにしてるヨッ!?」

「ううん……?」

「……ッ!」


 ニコラが身じろぎしたのを見て、クォンは口を手で塞ぐ。

 そうして足音を殺し、そろりそろりとベッドへ近づくと、怒りの形相を再顕現。

 就寝中のニコラを慮り、小声でゲヘナに抗議する。


「な、なにしてるかっ。人の目盗んでなにしてるかーっ」

「うむ? そのようなつもりなどなかったが、結果としてはそうなったのか?」


 小首を傾げた後、ゲヘナは説明する。


「見ての通りよ。朝食の支度が済んだというに、こやつ、一向に目覚めて来ぬのだ。しかして揺り起こすのは可哀そうでな? よって、目が覚めるまで至高の枕を提供してやろうと思ったわけだ」


 ゲヘナはニコラの髪を優しく梳きながら語り掛ける。


「ニコラよ、キサマは幸せなのだぞ? 邪竜たるこの俺の膝を枕と敷いて眠りに興じるなど……。人の身に過ぎた贅沢なのだぞ?」


 ゲヘナの声音が熱を帯びる。


「だが俺は、キサマにならばなんでも……」

「な、なに女の顔してるかっ。してるかーっ」


 指摘され、ゲヘナはきょとんとする。


「女の顔? なにを言っている? 俺は女なのだ、するしない以前の話だが?」

「そ、そういう意味じゃないネっ。そうじゃなくて……」

「要領を得ぬな? なあ、ニコラよっ?」

「ま、またっ。またその顔ネっ」

「むう、気になるな。どうやらその顔とやらは、ニコラを愛でているときに出るようだな?」


 気づいたゲヘナだが、すぐに眉根を寄せる。


「とは言え、あいにくここには鏡などない……。そうだっ」


 ゲヘナはニコラを起こさないようにそっと離れると、台所らしき料理道具の据えられたところへと向かい、あるものを手に戻ってきた。


「ふふふっ!」


 あるもの――包丁を手に、ゲヘナは笑った。


「YANDEREEeeeッ!?」


 脳裏になにかよぎったのだろうか、途端尋常でない恐れを浮かべ、クォンはニコラを庇うように仁王立ちした。


「さ、させないネッ! あの世で永遠の愛をなんて、誓わせるものかヨッ!」

「なんのことだ? 俺はニコラを愛でながら、包丁に映った自身の表情を確認しようと……」

「どっちにしろ危ないネッ! 片付けるヨッ!」

「分かった分かった。分かったから、うろたえるなっ。ニコラが起きてしまうではないかっ」

「ふーっ、ふーっ」


 小声で威嚇してくる声を背に受けつつ、ゲヘナは包丁を片付けた。

 そうして戻り、残念そうな様子を見せる。


「しかし、これでは女の顔とやらを確認できぬではないか?」

「そんなに気になるネ?」

「うむ、気になる」

「……」


 しばらく押し黙っていたクォンだったが。


「そ、その……クォンに、名案があるヨ?」

「うむ?」


 まるで欲望に押し負けたとでも言わん様子で、彼女はおずおずと申し出たのだった。


***


「ふ、不束者ですがっ。お、お願いします、ヨ……?」


 覚醒しかけているニコラの意識に、愛らしい声が波を立てる。

 おずおずとしつつも、期待に胸を躍らせているような声音である。


「ほう、三つ指ついて頭を垂れるかっ。いつもと違い、ちょいカワだぞっ」


 褒めそやす無邪気な声に、声は照れつつ返す。


「う、うるさいネっ。お前にギャップ萌えなんて望んじゃねえヨっ」

「OKっ。ニコラだなっ。お前はニコラに求めて――」

「……なにか、言ったネ?」

「な、なんでもないぞっ。……じゃ、邪竜たる俺にトラウマを植え付けたか……。末恐ろしき幼女よ……」


 誰かがガクブル震えているのが推察された。

 と、思っていると頭が持ち上げられ、なにか柔らかなものに据えられた。


 ニコラは思案する。

 なんだろうか、頭に据えられると言えば……枕か?

 だがこれは、人肌程度に温かで、程よく弾力がある。

 実家の枕は大層な高級品だったが、しかし、これはそれよりも気持ちがいい。


 覚醒しかけていた意識が、快感に身を委ねたいと駄々をこね、ニコラは再び微睡みに揺蕩い始めた。


「……ッ!」


 と、そこで、枕――ということにしよう――がブルリと震えたのが分かった。

 なんだろうかと意識の端で考えると、誰かが疑問を代弁してくれた。


「お、おうっ!? キサマ、乗せただけで蕩けんばかりの表情ではないかっ!? 分かったぞ、それが女の顔だなっ!?」

「ち、違うネっ! そ、そんな簡単になるわけないヨっ! こ、これは、乙女の顔ヨっ!」

「そ、そうか? 乙女というにはえらく品にかけている気がせんでもないが……。ともあれ、先の俺も、ここまで表情を崩してはいなかったと思うし……。あいわかったっ。続けるがいいっ」


 やり取りの内容までは微睡む意識には届かない。

 ただただ広がっていくのは気持ちいいという幸福感だけ。

 ニコラが満足に蕩ける中、やりとりは続く。


「じゃ、じゃあ、続けるヨ……? はぁ、はぁ……んっくっ……」

「お、おいっ。よだれが、よだれが垂れているぞっ!?」

「! し、知ってるヨっ!」


 じゅるりと何かを吸い込むような音が聞こえた後、息を整えるような音が聞こえる。

 なんだか疑問がとめどなくあふれるが、それもこの気持ちよさには敵わない。


「き、気を取り直して……そぉっと……」


 と、頭に触れる柔らかな感触。

 それは、最初は壊れ物に触れるかのように、慎重に。

 おっかなびっくり、ちょんちょんと、触ってきた。


「だ、大丈夫ネっ? こ、壊れちゃたりしないネっ!?」

「幼女のさわさわで壊れるほどならば、人間なぞとうの昔に滅んでいると思うが……?」


 呆れるような声の後、意を決したかのように触れ方が変わる。

 それはよしよしと、ニコラのことを愛おしむように、撫でてくるようで……。


 なんだかそれが嬉しくて、思わずニコラは微笑んでしまう。


「あっ! 今笑ったっ! 見たカっ!? ニコラ、笑ったヨっ!?」

「知っている。知っているから、ボリュームを落とすがいい」

「こ、こほんっ。ニコラ、嬉しいカ? 撫でてもらって、気持ちいいヨ?」


 自身へ向けての、優しい声音。

 名を呼ぶ声に、ニコラの意識に波が立つ。

 

 なんだかこれは、聞き覚えのあるような……?


「……ニコラが、クォンの手で喜んで……。クォンが、気持ちよくさせて……んっくっ!?」

「お、おい、大丈夫か? なんだか目が虚ろだぞ? 息が荒いぞ!?」

「喜ばせて……悦ば、せてっ! んっくぅ!? へそ下辺りが、むずがゆく……んっ!?」

「お、おいっ!? ホントに大丈夫かっ!? 詳細を言えないくらい、とんでもない顔になっているぞ!? これが、これが、女の顔だとでもっ!?」


 尋常でない声に、ニコラの意識が覚醒を促される。


 気持ちよさに浸っていたい。

 だが、どうやら見知った誰かの窮地のようだ。



 そしてニコラは思う。

 

 自身はその誰かに世話になりっぱなしだったと。

 自信は確かに臆病だ。


 だが、たまには恩に報いることくらいしてもいいのではないか……!


(うんっ! そうだよねっ! 頑張ってみても、いいよねっ!?)



 胸に抱いた決意のままに、ニコラは、微睡みを振り払い、意識を覚醒させ――



「クォンちゃんッ!」



 無意識にその名を呼び、開眼する。


「どうしたの!? 大丈――」



「違うヨ……? これは、メスの、か――お?」



 ……そして、頬を上気させ、へそ下辺りを押さえる、乱れ切ったを通り越したクォンと目が合った。



「クォン……ちゃん?」

「…………あ」


 言葉を失う両者。



 ベッド上で眠りについたニコラ。

 彼女に、クォンがはあはあしながら膝枕をしていた。

 その横では、珍しく焦った様子のゲヘナが、どうすればいいかおろおろしていた。



 視界に広がるその状況を、ニコラが脳で把握するより先。


 クォンの顔には、いろんな感情が現れては消え、現れては消え。



 そうして最後に残ったのは――燃えるような羞恥。



「あ、あ、あ、あ……!」



 小刻みに震えるクォンが、手近にあったランプスタンドを手に取った。


「ちょ!? え!?」



 瞬間、ニコラの飛び抜けた防衛本能が、生命の危機をアラートする!



 状況は理解できない。

 なにが巻き起こっているのか、寝起きの頭では判断できない。


 だが、今するべきことは、分かる。

 取るべき行動は、理解する。



 取るべき最善。

 それは、このアラートに従うまま……土下座することッ!



「すみませんでしたああああぁあッ!」


 体のバネを全力で使い、ベッドから飛び起きたニコラは、寝起きの体に掛かった負荷など考えず、床へ降り立ち、続けざまに土下座した。


「まったくもってわたしの不手際ッ! 申し開きもございませんッ!」


 今必要なのは、クォンを落ち着かせることでも、話し合うことでもないッ!

 ただただ、許しを乞うことだッ!


「なにとぞッ! なにとぞお許しをッ! 命だけはお助けをッ!」


 自身に非があるのか、彼女に非があるのか。

 さすがに寝た状態で怒りを買うような行動はニコラにだってとれないだろう。

 だから今回のこれはクォンに落ち度があるはず。


 しかし、だからこその最善は、ニコラから最上級の謝罪を見せることである。

 こちらが本気の本気で謝罪を見せれば、火の勢いだって多少は収まるはずなのだ。


 クォンには加虐性欲などない。

 だから、ヒートアップすることはないはず!

 短い付き合いではあるが、彼女の事は多少理解しているのだから!


 推測しつつ、ニコラは額を床へと擦りつける。


「申すようにいたしますッ! 望むことなら、なんでもッ! ほんとにもう、なんでもいたしますからッ!」

「……!」


 その言葉に、雰囲気が変わるのを察し、ニコラはこっそりと頭をあげた。


「な、なんでも……?」


 腕を振り上げていたクォン。

 その手がゆっくりと下がり始め、瞳に羞恥以外の感情――期待が浮かんでいた。



(――勝機ッ!)


 あな攻め時ぞッ!


 心に響いた決戦の声に、ニコラは全身全霊で従った。


「そ、そうだよっ!? なんでも! できることならなんでもしちゃうっ! 限界突破のリミットブレイクッ!」

「オーバー、ドーズ……!」


 感極まったとでも言わんばかりに、クォンは瞳に涙を浮かべる。



(や、やったかッ!?)


 思わず心で喝采を叫ぶニコラ。


 だが、それが、フラグとなったのか。


 突如、ハッとした顔になったクォンは、再びランプスタンドを振り上げ、


「クォ、クォンは……!」

「え? ちょ、待っ――!?」



「クォンは、えっちなことなんて、考えてないヨおおおぉぉッ!?」

「誰もそんなこと言ってないってえええええぇッ!?」


 頭部に受けた衝撃に、ニコラは意識を失ったのだった。





 ***


「うぅん……」

「目覚めたか、ニコラよ」

「う、うん……。ゲヘナちゃ……ハッ!?」

「どうかしたか? 突然飛び起きおって……」

「だ、だって、い、今、膝枕を……!?」

「うむ。していたが、どうしたか?」

「あ、ああ!? ああああ!?」

「むう!? 突然部屋の隅へと飛び込み、膝を抱えおっただと!?」

「コワイコワイよく分からないけど膝枕コワイヤダヤダタスケテ……」

「むう……。至高の寝具、膝枕にトラウマを植え付けるとは……。末恐ろしき幼女よ……」

「うッ!? ご、ごめんヨッ! ニコラ、本当にごめんネッ!?」




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