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Lily×Monster ~モンスター娘と百合コメです!~  作者: 白猫くじら
ヤンデレ聖騎士×暗殺者ハウンドドッグ
21/58

黙らせればいいよねッ!

 とある異世界の家。その一室にて。


「おしおき、れっつごー」

「です!?」


 頭部に衝撃を受け、ゼロワンは覚醒を余儀なくされた。

 痛む額を抑え、目を開ける。

 どうやらここはミミックにあてがわれていた寝室であるようだった。


「もう、一体何事ですか?」


 事態が呑み込めず、身を起こしたゼロワンは周囲を窺う。


「ごろごろごろごろ……」


 見れば、自身が横たわっていたベッドの横で、額を抑えて床を転がる少女の姿があった。


「……あの、ほんとに何事です?」


 思わず心配して声をかければ、少女の傍らに立つ女性、ミミックが肩を落とした。


「寝込んでいたあなたに、止める間もなくこのおバカさんがヘッドバットをくらわせたのよ。まったくもう」


 ミミックは懐から薬草を取り出した。


「ごめんなさいね。これ、使ってちょうだい」

「ど、どうもです」

「ほら、あなたも」

「か、感謝」


 ゼロワンと少女は薬草を額に張り付けた。

 ひんやりとした感触が心地よく、思わず目を細めるゼロワンの横で、ミミックは少女へと向き直る。


「あのねえ、突飛な行動はあなたの専売特許だけど、流石に今のはどうかと思うわよ? いくらエリクサーで傷が癒えたと言っても、さっきまで瀕死だった相手に対して」

「ごめんなさい。でも、きっとこのままお休みタイムは、ワンワンの望みではないと推察した」

「瀕死? お休み? ゼロワンの望み?」


 聞こえてくるおかしな単語に、ゼロワンは小首を傾げる。


 寝起きの頭を頑張って動かし、そもそもどうしてここで休んでいたのか考える。

 ここは、自分ともう一人の少女にあてがわれた寝室。

 だが今、ここにその少女の姿はない。


 なんだろう。なにか大変なことがあったような……。

 

「……ハッ!?」


 頭を巡らせれば、脳裏にさきほどの光景が浮かび上がる。

 悲哀に染まった顔で自身を斬り伏せ、血にまみれた少女の姿が。


 救ってもらったらしいが礼を言うのも忘れ、ゼロワンはミミックに詰め寄った。


「お願いします! ゼロワンのお願い、聞いてほしいのです!」

「あら、血相変えて何かしら」


 やけに穏やかなミミックの対応を歯がゆく思いながらもゼロワンは懇願する。


「ゼロワンをテレポートさせてほしいのです!」


 その言葉に一瞬驚いた様子を見せるミミックだったが、すぐに穏やかな様子に戻った。

 いや、演じたように見えた。


「テレポート? それはまた突飛なお願いね。いったいどういう目的かしら?」

「とぼけないでください! ゼロワンは全部お見通しなのです!」


 いるべきでないゼロワンがここにいて、いるべき彼女がここにいない。

 きっと彼女はゼロワンの代わりに――


「暗殺の依頼主、その人が座す王城へ! ミリアをテレポートさせたでしょう!?」


 全身から嫌な汗が噴き出すのを自覚しながら問い詰めれば、ミミックは今度こそ驚きを露わにした。


「なるほど。本当にお見通しみたいね」

「当然です! だってゼロワンは、ミリアの恋人なんですから!」


 恋人。

 その言葉に、長きに渡って覚え続けていた罪悪感はひとかけらもない。


「そっか。今度はホントの……ね」


 その口ぶりから察するに、どうやら今まで偽りの関係を演じていたのはばれていたようだ。さらに彼女は恋人としての先達故か、ゼロワンの感情の機微、思いの変化を悟ったようである。


 ミミックは、嬉しそうな顔をしたように見えていたが、


「……え。ホントに?」


 すぐに、顔を青くする。


「あ、あのねお嬢ちゃん? 思い直すなら早い方がいいわよ? あなた若いんだし、きっとこれから出会いだってたくさんあるから。マトモな精神の人とお近づきになるチャンスなんていくらでも――」

「どうしてそういうこと言うんですか!? いや気持ちはとってもよく分かりますけど! でも思いが通じたんですから、当人同士がそれでいいって思ってるんですから、お祝いの言葉一つくらいあってもいいと思うですよ!?」

「そっか、それもそうよね。うん、お祝いよね」


 ミミックは言葉を考えるように悩み、そしていい笑顔で口を開く。


「あなた絶対ロクな死に方しないわよっ☆」

「どうしてそういうこと言うんですか!? あああああ!」


 ゼロワンが涙ながらに背伸びして肩を揺さぶろうとしたが、届かなかったので胸をわし掴んで揺さぶれば、ミミックは真っ赤になりながら謝罪した。


「ご、ごめんなさい! つい口が滑って! 謝るから! 謝るからそんなところ揺らさないでー!」

「ワンワン、めっ! 『この女の身体、骨の髄までオレのもの。手付金? 払ってるぜ』?」

「……え」


 ドン引くゼロワンの様を見て、少女はなぜだか満足げに胸を張った。

 そしてミミックに微笑みかける。


「ネトリワンワン退けた。褒めて褒めて?」

「何言ってるの!? おバカさんじゃないの!? ああもうまたあの人変な言葉教えて!?」

 

 ミミックは嘆いた後ゼロワンへ弁解する。


「誤解だから! 確かにこの子とわたしは恋人同士だけど、そんなただれた関係じゃないから! ピュアピュアだから!」

「ほ、ほんとですか?」

「事実。『今日はわたしが妹ちゃんだもんっ。だからお姉ちゃんにゃでにゃでして? にゃでにゃでほしいよー』って、二人っきりの時に甘えてくることがあるくらい、とってもぴゅあぴゅあ」

「……え、それは」

「そ、そそそんなことないもんっ! わたし妹ちゃんじゃないもんっ! お姉さんミミックだもんっ!」


 ミミックは真っ赤な顔で取り繕おうとするが、その、言葉尻が……。


「こ、こほんっ! そんなことより! ミリアのところに行きたいんでしょ!?」

「そうでした! お願いできますか!?」

「ダメ!」

「です!?」


 この流れでどうしてそうなるのだ!?

 てっきり恥ずかしさに耐え切れず願いを聞いてくれると思ったのに!

 驚くゼロワンへ、ミミックは頬に朱を残しながら、事情を説明する。


「こうなった経緯はミリア本人から聞いているわ。だけど、もしお嬢ちゃんが目的に気付いても協力しないでくれって頼まれているの」


 ミリアがゼロワンを拒む。

 それはありえないこと。


「そもそもね、お嬢ちゃん。どうしてミリアのところに行きたいだなんて思えるの? あの子に斬り殺されかけたのでしょう?」


 ミリアがゼロワンを傷つける。

 絶対にありえないこと。


 それらを引き起こしたということは、そうせざるを得ない事情があったということだ。


「全部お見通しって言ったです。殺そうとなんてしてないです。ミリアは、ゼロワンを助けようとしていたのです」


 ゼロワンは、自分たちが置かれている状況を説明する。


「ゼロワンとミリアはホントの恋人同士になれたです。でもそれで、『はいっ! はっぴーえんどっ!』…… という風には、残念ながらならないのです」

「ヤンデレさんへの、暗殺依頼?」

「そうです。それをどうにかしない限り、ミリアに安息は訪れないです。ここにいても、いつかは居所をつかまれるでしょう」


 実際既に露見しているが、彼女たちを徒に不安にさせたくないので、それは黙っておく。


「だからゼロワンは、依頼自体を暗殺しようと思ったのです」


 そうすることができれば、ゼロワンとミリアは何の憂いも無く、心置きなく思い合える。

 だが、そのためにはいくつもの難関を越えなければならなかった。


「でも、それはとってもとっても難しいのです。依頼主がいるのは王城です。国の一大拠点のそこには騎士や聖騎士、他にも色々なクラスの強い兵士たちがゴロゴロたむろってるです」


 侵入に成功したとして、一度発見されれば個々が強力な数の暴力に襲われる。

 それは事の失敗を意味する。対応しているうちに、依頼主が逃走させられてしまうからだ。


「発見されることなく辿りつけたとしても、相手はもちろん説得に応じないでしょう」


 消し去ってしまいたいと強く思い、行動を起こした者に、どのような説得も無意味である。


「だから、実力行使に移るしかないのです。でも、それは不可能との戦いの幕開け。きっと、そこにはいるのです。凄腕の暗殺者が。ゼロワンの師匠が」

 

 暗殺者、ムー。

 ゼロワンの師匠でもある彼女は、真の凄腕。

 その正体、その能力、共に不明。

 しかし、実力は凄まじく、いくつもの難関任務を簡単に達成している。


 彼女は一度受けた依頼をキャンセルすることはない。

 そして任務達成の障害となるものを、躊躇いなく排除するのが暗殺者という生き物である。立ち向かってきたのが愛弟子であったとしても、彼女は一切容赦しないだろう。

 きっと、力と力のぶつかり合いになる。

 いや、それは希望的観測だ。

 ゼロワンが十全の力を発揮したとして、ぶつかり合いにすらならないかもしれない。

 

「それでも、ゼロワンは立ち止まりたくなかったのです。……この命、全部使えば、あるいは……なんて、思っていたのですよ」

「ワンワン……」

「でも、そんなのミリアはお見通しだったみたいです。だから、ざっくりされちゃったです」


 何を言われても止まる気がないこと。

 命を投げ打って思いを遂げようとしていること。

 それらをミリアに見透かされていた。


「何より優先するゼロワンの願いだから、見届けようとしてくれたです。でも、できなくて。死地に向かわせるのが許せなくて。だからミリアは、ゼロワンを実力行使で引き留めたのです」


 ここには瀕死の重傷をも一瞬にして回復させるエリクサーがある。命を失うことはきっとない。だからミリアは心を痛めて、何より大切な存在へ刃を向けたのだ。


「ミリアはゼロワンが死ぬつもりだったこと、気付いていたのです。……気付かないわけ、なかったのです」


 あんな風に意味深なことを言って、気付かないわけがない。

 邪魔立てされることなく暗殺阻止に向かうためには、彼女に黙って行動するべきだったのだ。


 だが、それはできなかった。


 きっともう、彼女に会えなくなると分かっていたから。


 だから、思いを告げた。

 あなたのためなら死ねると告白した。


 それは、本当の言葉。本当の気持ち。

 だが、伝えてはならなかったのだ。


「ミリアのことを大事だって思っているのなら、伝えてはいけなかったのです。何も告げずに、闇に消えるべきだったのです」


 思惑を悟られるような言葉を告げてはならなかった。

 だというのに、思いを抑えきれず、伝えてしまった。

 その結果、ゼロワンの代わりにミリアが死地に向かうという望まぬ事態が引き起こされた。

 依頼主とその居所については、ゼロワンが寝言で言っていたのを聞いたとかで知ったのだろう。


「ミリアはとっても強いです。並大抵の相手に負けることなんてきっとないです。でも、相手取るのは並大抵を大きく超えた、正体不明の暗殺者です」


 ムーが達成した任務の中には、聖騎士相手のものもあったと耳に挟んだことがある。

 きっと、このままではミリアは――


 ゼロワンは拳をぐっと握り、もう一度ミミックへ頼み込む。


「だからお願いです! ゼロワンのお願い、聞いてほしいのです!」


 熱意を伝えようと、応じてほしいと精一杯を込める。


「……ごめんなさい」


 だがそれも空しく、ミミックは申し訳なさそうに言うだけだった。

 ゼロワンはもちろん納得いかない。


「どうしてですか!? どうして聞いてもらえないのですか!?」

「あの子は、恩人だから。その人が命を懸けて守りたいあなたを、危険に晒すことなんてできないわ」


 恩人。

 またしてもそれが、ゼロワンの思いを妨げようとする。


「ゼロワンだって! ゼロワンだってミリアのこと、命懸けで守りたいですよ! 何を犠牲にしたって! どれだけ屍の山を築いても! 絶対に守り抜きたいですよ! だから!」


 感情のままに叫んでも、ミミックは首を縦に振ってくれない。


「要望には、応えられないわ」

「……あなたには感謝してるです。美味しいごはんとふかふかお布団、あったかいお風呂、ごちそうさまです。貴重なエリクサーでの看病なんてしていただいたみたいで、頭も上がらないのです」


 本当に感謝してもしきれない。

 ここでの生活は、温かで、柔らかで、とっても楽しかった。


「本当はこんなこと、しちゃダメだと思うです。でも……それでも今回ばかりは引けないのです!」



 ゼロワンが気勢をあげる。


 犬耳がピンと立ち、尻尾が揺れる。

 ふわりと黒髪が揺れ、その奥にある瞳が露わになる。


 真紅の瞳が怪しく輝く。


 その色は紫苑、そして水色へ。

 その力を最大に発揮する、決意の色へ。


「脅迫するです! 恫喝するです! 死の化身に葬られたくなければ! 唯々諾々と従ってほしいです!」


 全身から闇の気配を沸き立たせ、本領を発揮しようとするハウンドドッグ。

 しかし、ミミックは怯まない。

 少女を自身の背へと庇い、強く立つ。


「イヤよ。あの子のことを大事だと思っていればこそ、その気持ちを汲んであげなさい」

「聞けないです! 聞いてなどやるものかです!」


 ゼロワンは思いのままに吠え猛る。


「ゼロワンはミリアを連れ戻すのです! そしてゼロワンが! ゼロワンだけでやってやるです! ミリアに未来を繋ぐのです! 幸せでいれる未来を!」

「……聞き分けのない子には、お仕置きが必要みたいね」


 これ以上の言葉は不要。

 あとは、その力をもって、己が思いを貫き通すのみ。


 そうして互いが構え、激突せんとしたとき。



 ゴツンッ!



「です!?」

「え?」


 激しい打撃音の後、何かが床に倒れ込むような音が響いた。

 驚くゼロワンとミミックが視線を向ける先、ミミックの背後。

 そこには、目を回し昏倒する少女の姿が。



 ……ゼロワンは、確かに見ていた。

 ミミックの背後にいた少女がベッドの上に昇り、その上でぴょんぴょんとジャンプをしていたこと。

 それを繰り返し、最大の高さへと到達すると、勢いのままミミックの後頭部目掛けて渾身の頭突きを繰り出したこと。

 そして、自滅したことを。


 このように緊迫した場面でまさかそういう行動をとるとは思わず無視していたのだが、彼女が彼女だということを忘れてはいけなかったらしい。


「大丈夫!? ねえ、大丈夫なの!?」

「見るも無残なおっきいタンコブです!? 大丈夫ですか!?」


 戦闘態勢を解除し駆け寄るゼロワンたちに、少女は目を回しながら答える。


「や、やはりミミックの防御力は伊達じゃない。フライングヘッドバットを受けても無傷とは……」

「え? ふらいんぐ……?」

「ベッドの上で跳躍。最大点に達するや、勢いそのままあなたの後頭部に頭突きを繰り出したですよ……」

「!? おバカ! あなたほんとにおバカさんよ! なにしてるのよ!?」


 目を吊り上げて少女を糾弾しつつも薬草を額に張ってあげるあたり、ミミックは優しい。


「自覚はある。だけど、今回ばかりは、そちらの方がおバカさん」


 少女は珍しく不服そうな様子を見せ、口を尖らせる。

 そしてミミックに言う。

「大切だからこそ、どうやったって助けたいって気持ち、知ってるはず。感じたはず。思いのままに行動したから、だから、こうやって一緒に幸せになれた」

「そ、それはそうだけど。でも――」


 ミミックはゼロワンをちらりと見る。

 そして、ためらった様子を見せたが、少女へと言い放つ。


「お城なんかに乗り込んでみなさい! きっとただじゃすまないわ! たとえ目的を達成できたとして、きっと捕まって処刑される! だからこそ、ミリアはこの子を止めたんじゃない! この子を傷つけたくなかったから! 大切な人を、失いたくなかったから!」

「その気持ちは、ヤンデレさんも、ワンワンもおんなじ。なら、どちらかだけを応援するのはダメ。二人とも、応援してあげなきゃ」


 少女はゼロワンに謝罪する。


「ごめんね。ヤンデレさんが依頼に来たとき、ぐっすり寝てて。ワンワンに、お知らせできなかった」

「いえ、それは」

「でも、ダメだよ? 自己犠牲は、吐いて捨てなきゃ」

「です?」


 少女の目に、強い光が宿った。


「傷つけたくない、失いたくない。大切だったら、なおさら。でも、それは相手も同じ。失いたくない人を失って助かっても、助かりたくなかったって、思うよ?」

「で、です……」

「大切な人がいるのは幸せなこと。絶対に、どうやったって守りたいって思うのも分かる。でも、だからこそ、自分もその人の大切な人なんだってこと、忘れがち。曇りがち」


 少女は、ゼロワンをじっと見据えた。

 刹那、その瞳が悲しげに揺れたのを、ゼロワンは見逃さなかった。

 きっとこの少女は、大切な人を――


「あの……えっと……」


 ゼロワンは口を開こうとし、ためらう。

 そしてしばしの沈黙の後、ゼロワンはぺこりと頭を下げた。


「……その、ごめんなさいです。ゼロワンが、間違ってたです」

「ん。じゃあ、どうするの?」


 問われ、ゼロワンは拳を握る。

 

「幸せになるです! お城へ行って、ミリアと一緒に掴み取るです!」


 ゼロワンが間違っていたのだ。

 二人の未来のために、なんていうのなら、一人だけでは意味がないのだ。

 大切だと思えばこそ、一緒に頑張るべきだったのだ。


 二人一緒に、力を合わせて困難に立ち向かうこと。

 それこそが、本当に選ぶべき道。


 ゼロワンの決意に、少女は満足げにうなずいた。


「ん。それはいいかも。初めての共同作業は、嬉し恥ずかしとってもファイヤーだとのこと」

「あの、だからそういう言葉、いったいどこで覚えてくるです?」

「母様から。最近特に絶好調。数日前には、多勢に無勢な状況ながら、愛のために一歩も引かない聖騎士の姿に血が湧きたつのを抑えきれず、思わず国家への反逆を叫んだって、恥ずかしそうに語っていた」

「もしかしてあのときの子供連れ、お母様だったです!?」

「? よく分からないけど、妹と一緒に外出していたときに遭遇したとのこと」


 あの母にしてこの子ありということか。

 血の繋がり、その力にゼロワンは戦慄した。


 少女はミミックへと声をかける。


「さてさて、それではワンワンをお願い」

「分かったわよ。テレポートさせてあげる。だけど、申し訳ないけれど――」

「知ってるです。これはゼロワンたちの問題。ミミックさんたちは、久方ぶりの二人っきりを堪能していらしてくださいです」


 大切な人を傷つけたくないのは、誰だって同じだ。

 手を貸せないとしても、彼女たちのことを薄情などと思いはしない。匿ってくれただけで十分だ。


「ごめんなさいね。……ふう。これ、帰って来たあの子に粛清される流れよね。どうにか奮戦するけど、そのときは擁護頼むわよ? 恋人ちゃん?」


 無事に帰って来ること前提のその言葉に、ゼロワンは笑顔で返す。


「もちろんです」


 と、少女が小さな包みを持ってきた。

 それをゼロワンに手渡してくれる。


「餞別。そっと一包み」

「? なんですか?」

「開けてみる。事前確認は大切」


 言われ、袋の中を確認する。

 そこには何枚ものエリクサーが入っていた。

 激戦が予想される中、これはとてもありがたい。


「感謝感激です!」

「ん。ヤンデレさんにも渡しているとのこと。だから、今も元気いっぱいヤンデレてるはず」

「あ、あはは……」

「でも、ワンワンには大サービス。しばらくここに滞在するから、一時的な無用の長物をどうぞ?」

「え、えっと、なんだか、あまり期待できないですが……」


 そういえばエリクサーという葉っぱを包んだだけにしてはやけに重たい。

 不思議に思い袋の中を漁ってみると――


「! いいんですか!?」


 そこにあったものを見て驚くゼロワンに、少女はわずかに口元をほころばせる。


「ん。ワンワンたちは無事に帰って来る。だから、借りパクはしない。よって、モーマンタイ」

「ありがとうです! じゃあ頑張ってくるのです! ミミックさん!」

「はーい。気を付けていってくるのよ? ご馳走用意して待ってるからね? 『テレポート』!」


 瞬間、ゼロワンの身体は浮遊感に包まれ、転送された。


***


「……おかしいな」


 身を潜めていた洞窟からはるか遠くにある、闇夜に包まれた王城の中。

 一人歩を進めるミリアは困惑を露わにしていた。


 その身は全く疲労を覚えておらず、汗ひとつ掻いていない。

 最強クラスと名高い聖騎士である彼女は、人よりも強靭な肉体、そして力を持っているのだ。


 だが、王城とは国の一大拠点。王政であるこの国の中ではなによりも重要な場所だ。

 そこを守るは無数の優秀な騎士たち。

 クラスとしての騎士から、魔法使い、マジックナイトなど、様々なクラスの手練れたちが集っている。

 そしてその中には、最強クラスと呼ばれる聖騎士の姿も。


 だが、そうだとして今のミリアを止められなどしない。何百、何千人を相手にしても負けない自信がある。

 しかし人間である以上、疲労はする。だからそれを共としなければ本来こんな王城深くまで侵入することはできないはずなのだ。真正面から敵を斬り伏せる聖騎士は、身を隠す特技を持っていないのだし。


 だというのにミリアが披露していない理由。


「どうして誰にも出会わないの?」


 それは、相手に出会わなかったからだ。

 ミミックに城下町までテレポートさせてもらった後、王城へ向かったミリア。

 そこの正門は固く閉ざされ、門番が立っていた。


 真正面から突破するのもやぶさかではなかったが、きっと控えている激戦のためにもここで余計な力を使うのは望むところではない。そのためミリアは聖騎士としてこの王城で過ごした記憶をもとに、城の抜け道を使用した。


 抜け道を通り、出口が繋がる城の中庭へ入り込んだミリア。

 交戦必至と思われていたのだが、しかし意外なことに、そこには兵士どころか人っ子一人いなかったのだ。


 不審に思いながらも城内へ侵入してみたが、そこにも誰もいない。夜中だとして、これは明らかにおかしい。


「……一体、何を考えている?」


 ミリアの頭にとある人物の姿が浮かぶ。

 宝箱の異世界でゼロワンと話し込んでいたあのムーという女だ。


 ゼロワンとは違い、彼女は正真正銘、手練れの暗殺者。

 彼女を見ているだけで、どこまでも続く深い深い闇の洞を見ているようで吐き気を覚えたのが、それを如実に表していた。


 そのムーはゼロワンの前から姿を消した後、様子を窺っていたミリアの背後に現れた。

 彼女は剣を構えるミリアに攻撃することなく、暗殺の首謀者の名を伝えると、不敵な笑みを浮かべながら夜闇へと消えて行ったのである。


 語られたのはゼロワンが寝言で語っていた名前と一致していた。偽りではないのだろう。

 彼女がそうした目的は分からない。分からないが、ミリアを誘い出そうとしていることだけは理解できた。


「だとしても、問題はない。目的はなにも変わらないのだから」


 むしろ見張りがいない分、楽でいい。

 ミリアは警戒しつつも奥へ奥へと進んでいく。


 そうしてしばらく行くと、大きな扉の前に出た。

 ここは確か、王座の間だ。だだっ広い部屋の奥に王座が据えられていたと記憶している。

 目的としている『彼女』の部屋は、ここを通り過ぎてさらに奥へと行ったところだったはず。

 そうして道程を思い起こしながら扉の前を通りかかった時、


「お答えください! どうしてこのような真似を!?」


 切迫した女性の声が耳に届いた。

 覚えのある声に、ミリアは思わず眉根を寄せる。


 これはかつての上司、王国騎士団、その団長の声である。

 

 どうやら誰かと話し込んでいるようだが、彼女に用などない。

 ネチネチいびられ、揚げ足をとるような形で騎士団を辞めさせられ、思うところがないわけではないが、今はそんなことどうでもいい。


 ミリアは足音を殺したまま、そこを通り過ぎようとした。

 

 

「何故わらわの腹の内を、貴様ごときに語らねばならぬ? 分を弁えよ」



 だが、そこから聞こえてきた凛とした声に、思わず足が止まる。


(……見つけた)


 ミリアの瞳からハイライトが消える。


 彼女こそ、ミリア暗殺を企み、愛しの人との愛を阻んだ張本人。

 ハッピーエンドを迎えるために、消し去るべき障害。

 排除すべき、肉塊である。


「もちろん承知しておりますとも! ですが姫様! わたくしは御身のためを思って申し上げているのです!」



 セーラ姫。

 数多存在する王位継承者、序列第一位の姫君である。

 少女と呼ぶに値する年齢でありながら、大人びた美貌を携え、一目見れば頭を垂れずにはいられない、生まれながらに王たる風格を纏った美少女である。



 しかし、王は王でも、彼女が持ち合わせるは狂王としての素質であった。


 我儘で傲慢、人心を顧みない姫君として有名であり、人の皮を被った悪魔だと影で囁くものもいるほどだ。

 兵たちから信頼などされておらず、彼女の身命を我が身を賭して守ろうと思う者は一人もいないと評判だった。


 しかし、そこにその身を体面でなく、心より案ずる忠臣がいた。

 騎士団長は熱弁を奮う。


「嫌な予感を覚え、命じられた討伐任務より一足飛びに戻ってみれば! 唖然といたしました! 門番しかいないではありませぬか! なぜ兵たちを出払わせておられるのです!? お聞かせ願いたく存じます!」

「分を弁えよと言ったはずじゃが?」


 だが将来の狂王は取り合おうとはしない。

 それでも団長は諦めず、言葉をぶつけていく。


「いいえ弁えませぬ! 門番たちに話を聞くに、元騎士団員の少女の捜索に全兵を裂いているとのこと! そのようなことをして何になると言うのです! あのような空虚な輩、捨て置いておけばよいではありませぬか! 女王が外交にて不在であるとはいえ、お遊びがすぎますぞ!?」

「……ほう」


 そこでセーラが感心するような吐息を漏らした。


「貴様、よう見抜いたのう。他の誰一人気付かなんだアヤツの心根に。……ならばその瞳に、わらわはどのように映っておるのじゃろうな?」


 からかうような問いかけ。

 それに、団長は即答する。


「お優しい姫君です」


 真摯な言葉。

 扉の中がしんと静まり返った。


 だが、それを叩き壊すような、こらえきれぬと言わんばかりの笑い声が響き始める。


「ククク! クハハハ! わらわが!? このわらわがお優しい姫君!? 参った! これは参ったぞ! クハハ! 愉快すぎて腹がよじれる!」


 セーラはしばらく笑った後、団長へ話しかける。


「……はー、はー。まさかそのようなことを口走るとは思わなんだ。貴様、騎士団を辞めて漫才師にでもなるがよいぞ。どうじゃ、わらわが斡旋してやろうか?」

「姫様!」

「さあ用向きはそれだけか? ならば下がるがよい」


 煙たがっている様が目に浮かぶような気のない対応。

 だが、団長は引かない。


「お聞きください姫様! あなたはこの国の姫! 御身に万一のことあらば! 兵は! 民は! 悲しみにくれることとなるのですぞ!? それを分かっておられるのですか!?」


 伝わってくれと懇願するような、悲痛な進言。

 しかし、姫には届かない。


「世辞などいらぬ。さあ、下がれ」

「姫様! わたくしは――」

「『テレポート』ッ!」


 吐き捨てるような詠唱の後、騎士団長の声は聞こえなくなった。


 嫌な上司だと思っていたが、このように熱い一面もあったとは。

 ミリアは少しだけ考えを改めた。


「……さて、待たせたのう。入るがよい」


 どうやらばれていたらしい。

 ミリアは促されるままに扉を開け放った。


 王座の間。

 壁際に無数の鎧が飾られた、だだっ広い部屋。

 扉の前から長く長く伸びる赤色の絨毯の先、数段高くなった部屋の奥。

 そこにある玉座にセーラは座していた。


 自分こそがここにふさわしいというように悠々と腰を掛け、血で染めたかのような真紅のドレスに身を包み、こちらを睥睨する。


「久しいのう、ミリア」

「……覚えておいていただけて、光栄です」


 皮肉を込めて返せば、セーラは口の端を歪める。


「ククク。お主のような者、どうして忘れることができようか」


 セーラは獣のように目を細め、嘲るように言葉を放つ。



「お主のような欠陥品を」



 ピクリと反応するミリアへ、セーラは言う。


「お主を初めて見た時、瞳の奥に宿る空虚さに驚愕したわ。幸福を感じることのできぬ欠陥品が、まさか他にもおったとはな」


 欠陥品。

 完璧に取り繕っていたはずのミリアの在り方を、セーラは見抜いていた。


「名家に生まれながら。強力な力を簡単に手にしながら。凡人共が羨望し、一生かけても手に入らないだろうものすべてを、その手中に収めながら。そうでありながら、なんと贅沢なことよ。生きながらに死んでいるとはな」

「……それが、暗殺依頼を出されたのと、どう関係が?」


 ミリアが尋ね返せば、セーラは予想外の言葉を口にする。


「なに、難しいことではない。救ってやりたいのじゃよ」

「救う?」

「そうじゃ。どうやったって幸せになれないのならば、生きていたって仕方のないことじゃろう? 死こそが、虚無こそが安寧の楽園であろう? じゃから暗殺を依頼した。それだけのことよ。ああそうじゃ、お主を探すよう騎士たちに触書も出したのう」


 人の命を奪うことを救いと言い放ち、それをそれだけと抜かす彼女。

 その在り様は、間違いなく狂王のそれだった。


「もっともアヤツは、騎士団長だけはわらわの思惑に多少勘付いておったようで、理由をつけてお主を退団させようだったが。あれがなければ、もう少し早うにお主と再会できておったというに。まったく、聡いというのは面倒なものじゃ」


 先の様子を窺っていて、なんとなく気付いていたが、団長がミリアに接するときの嫌みったらしい物言いは、身を案じるが故だったらしい。

 そして団長が部下たちに反感を買いながらもミリアを退団させた原因。

 その少女へと、ミリアは所感を述べる。


「なるほど、分かりました。つまり姫様は、アタシに手を差し伸べてくださったのですか。これ以上苦しまぬようにと。思い悩むことないようにと。お心遣い、感謝いたします」

「よいよい。そうかしこまるでない。なに、同族のよしみというやつじゃ」


 頭を下げるミリアへ、セーラは言う。


「同じ在り様のお主ならば気付いておろうが、わらわもまた欠陥品よ。何をしても心弾んだことのない空瓶よ。なればこそ、その苦しみはよう分かるというわけ――」



「余計なお世話だよ。クソアマが」



「ク、クソアマ!?」


 嫌悪感丸出しで言い放たれた言葉に、セーラがぎょっとした。


「生憎ですが、アタシはもう、欠陥品をやめたのです。いえ、やめさせられたのです」

「なに?」

「姫様、あなたのおかげです。あなたが暗殺依頼を出してくださったおかげで、アタシはゼロワンちゃんと、運命の人と出会うことができたのですから。その点につきましては、心の底より感謝しております」

「ゼロワン、とな……?」 


 セーラは眉根を寄せていたが、やがてその名の主を思い出したのか、驚愕を露わにした。


「お、お主! それは暗殺者であろう!? お主の命を狙うアサシンのことであろうが!? それを運命の人なぞと抜かしおったか!?」

「もちろんです。姫様の仰られたとおり、アタシは生きながらに死んでおりました。産まれ落ちて十数年余り、ただの一度も幸福というものを実感することはありませんでした。ゆえに、いつこの身が朽ち果てようと構わない、一片の悔いすら残せない、そんな無為な日々を過ごしておりました」


 裕福な貴族の家に生まれ、優しい家族に囲まれ、何不自由ない生活を送っても。

 数十年の厳しい修行を経てそれでもなれるかどうかという上位職の聖騎士に、たったの数か月でクラスチェンジしても。

 女王より直々に懇願され、王国騎士団に鳴り物入りで入団。

 才能を遺憾なく発揮し、騎士団の仲間たちから賛美、羨望され、いくつもの褒章を授与されても。


 それでも、心が躍ることはなかった。


 だが、その日は突然やって来た。

 ミリアは瞳を無邪気に輝かせる。


「ですがあの日! 新月の交差路で出会ったゼロワンちゃんに、ハートを撃ち抜かれたのです! フォーリンラブとなったのです! 心が躍って弾み狂って! もうそれからは毎日が薔薇色で! ああもうゼロワンちゃん可愛いよう! 可愛すぎるよう!」


 きゃあきゃあと独りでに騒ぎ始めるミリア。


「え、えーと……」


 セーラがどう反応するべきか困惑していると、ミリアは突如ピタリと停止。

 見当違いな方向をまばたきすらせずに凝視し始める。


「な、なんじゃ?」

「……ゼロワンちゃん? わあ、やっぱりゼロワンちゃんだあ!」

「はあ!?」


 何もない空間を見て飛び上がるミリアに、セーラは思わず声を上げた。

 だが、自分の世界に入ったミリアは、そんなもの意に介さない。


「ふふっ! なーに? もじもじしながら上目遣いとか萌え殺す気ー? あ! もしかして甘えたいの? うんっ! もちろんいいよ! こっちおいでー? ナデナデしたげるよー?」


 幻覚を見て幸せそうにハイライトを消す姿に、未来の狂王はドン引きせずにはいられなかった。


「な、なにがやめたじゃ!? 幻覚を見、空をかき抱き撫でつけるその姿、まごうことなき欠陥品ではないか!? さらには自身の命を狙う暗殺者に恋するなど、人として、いや、生物として大切ななにかが欠けてはおらぬか!?」


 セーラ渾身のツッコみにより、ミリアは現実に引き戻された。

 やや不満を覚えてはいたが、ミリアは穏やかな顔で返答する。


「愛の前にはそんなの些末事ですよ。アタシはとっても幸せですし。……それを教えてくれたゼロワンちゃんには、酷い事をしてしまったけど」

「酷い事、じゃと?」

「決意を踏みにじってしまった。でもアタシは、あの子を絶対に守りたいって思っているから。……アタシの問題に巻き込むわけにはいかないから」


 狙われているのはミリア自身。

 だから、これは自分の問題。

 暗殺者をやめ、恋人となってくれたあの子を、巻き込むわけにはいかない。


「だから姫様、お願いします」


 ミリアは剣を引き抜き、姫へと向ける。


「暗殺依頼、引き下げてはいただけませんか?」


 だが、ターゲットの申し出に、依頼主はもちろん応じない。


「それがものを頼む態度か? そもそも、わらわは王族。一国の姫。下賜した言葉を、引っ込めると思――」

「いません。だから殺します」

「いや、ちょっと待――!?」


 言うや否や、ハイライトを消したミリアが玉座に座するセーラの元へ風の如く駆け寄った。そして反応できないセーラへ、振りかぶった剣を振り下ろす。


 逃げ出すことのできなかったセーラは、そのまま両断されるはずだった。

 だが、それを受け止める者がいた。



「にゃははっ。王族にさえ躊躇いのない真っ直ぐな一撃。ムーちゃん感心しちゃうなー」



 それは、深く暗い漆黒の闇。

 死を振りまく、正体不明の人外のモノ。


 突如として現れた羽衣の女性、ムーが、剣を受け止めていた。

 

 渾身の一撃を片手で止められながら、待ち望んだ相手の登場に、ミリアは凶悪に笑う。


「現れたね、クソアマその二」

「こんばんは、二度目ましてだねー? そして再会を喜ぶことにしたムーちゃんは、呼び方については気にしないことにするよー」 

「ひき肉になる準備はしてきたよね? 骨ごと五体を引き裂いて、野犬の餌にしてあげるッ!」

「にゃはは。いきなりそれかー。キミ、ホントに聖騎士? 姫さまよりも狂王っぽくない?」


 ムーの手から剣を引き戻し、ミリアは容赦のない連撃を打ち放つ。


「せいっ! はあっ! だあああっ!」

「ふっふふーん。風切り音が心地いいねー」


 そのすべてをムーは余裕の表情で回避していく。


「……チッ!」


 ミリアは後ろへ跳躍し、距離をとった。

 距離をとって気付いたが、ムーはミリアを引き離すように計算しながら回避したようだ。

 無傷のセーラがムーへと抗議する。


「ムーよ! なぜ邪魔をいたした!?」

「依頼主を守るのも、凄腕暗殺者としての務めですからねー」

「余計な真似を! あの程度、わらわにだって受け止められたわ!」

「もー嘘ついちゃってー。ざっくりぱっくり一刀両断されてたくせにー」

「そのようなことなど……!」

「はいはいはーい。とりあえず今は玉座で踏ん反りかえっていましょうねー。ムーちゃん手練れの暗殺者ですけどー、あの子も結構やるみたいですからー」


 ムーは自身の片腕をちらりと見やる。

 そこには僅かな傷ができており、出血していた。

 すべて回避されたように見えていたが、かすっていたらしい。


「キミ、なかなかやるねー? ムーちゃん、傷を負ったのいつぶりでしょー? ……精神的には、さっきクリティカルくらったけどさー……」


 何かを思い出しぶるぶる震えるムーだったが、そんなことなどどうでもいい。

 ミリアは怒りのままにムーを睨み付ける。


「ごちゃごちゃうるさいよ。黙ってくれるかな?」

「にゃははっ。そうカッカしないでよー。ここがキミのお墓になるんだからさ、最期の談笑を楽しもー? すまいるすまいるー」

「……そっか。うん、そうだよね」


 ムーの言葉に、ミリアは笑顔で応じる。


「おお、物わかりのいい子ー。ムーちゃんそういうの嫌いじゃないよー?」

「……黙らないなら、黙らせればいいよねッ!」


 ミリアはハイライトを消し、代わりに怨嗟、憎悪、暗いものすべてを宿して剣を構えた。


「……にゃはは。ムーちゃん、そういうのも嫌いじゃないよ?」


 迫りくる刃を前に、ムーは不敵に笑った。


***


 ゼロワンを城下町へとテレポートさせた直後、ミミックは部屋の中でうーんと背伸びをした。


「さて、それじゃあ頑張って作りましょうか」


 無事に帰って来る二人のために、ご馳走を作って待っておくのだ。

 買い置きしていた材料はたくさんある。

 二人だけじゃ食べきれないくらい、たくさん、たくさん作っておこう。

 

 と、腕が鳴ると意気込むミミックの袖を、愛しの少女が引いてくる。


「ん。お手伝いする」 

「ありがとね。でももう夜遅いし、お布団で休んでて? 夜更かしはお肌の大敵よ?」


 ミミックは彼女へ優しい眼差しを向け、その体をいたわった。

 しかし、少女は首を横に振る。


「大丈夫。ロリッ子さんにスキンケアは必要ない。むしろ……」

「な、なに!? どうしてそこでわたしを見るの!? わたしだってピチピチでアバンギャルドなナウイお嬢さんよっ!?」

「……」

「ちょ、ちょっと!? どうして黙るの!? どうしていつもみたいにツッコまないの!? 『言葉遣いがすでに……』って言ってちょうだい!」


 言葉にできないほど年老いて見えるということか!?

 いや、そうは見えないはず。確かに●●年生きているが、その見た目は人間で言えば十代後半のお姉さんにしか見えないのだから。そう、そのはずだ。絶対に。


「だうとっ」


 不安に汗をかき、化粧品を購入して、いっそギャルンギャルンになってやろうかと思案するミミックに、少女は鬼の首をとったとでも言うように得意げに胸を張った。


「え? なにが?」

「ふっふっふ。墓穴を掘った。指摘を求める、つまり、自身が老いさらばえているのを自覚してい――」



 ミミック、怒りのヘッドバット!

 会心の一撃!

 少女は昏倒した!



「……テ、テンドンを恐れないその姿勢、ぐっじょぶ」

「うるさい! 老いさらばえるは流石に言いすぎよ! ブチっときたわよ!」


 ミミックは薬草を投げつけ、部屋を後にしようとする。

 だが、気になることがあり、少女の元へ戻った。


「む? 追い打ち?」

「ち、違うわよ! えっとね? その、わたしはあなたのこと、大好きだから――」

「ちゅっ」

「!?」


 少女はミミックのそれと自分のそれを合わせた後、身を寄せながらほほ笑む。


「知ってる。こちらこそ、大好き」

「あ、ありがとう。でもその、今はそういうことしたいわけじゃなくて。いや、したくないわけじゃないけど!……最近、あんまり二人っきりになれなかったし」


 指を突き合わせて言えば、少女は小首を傾げる。


「たまってる?」

「ぶほっ!?」

「? どうして吹き出すの?」


 不思議そうな顔をする少女。

 どうやら言葉の意味を理解してはいないようだ。


「い、いや、なんでもないのよ。……お義母様め、また余計な言葉を教えたようね」


 これはヘッドバットものである。

 決意を新たにした後、ミミックは少女へ尋ねる。


「その、わたしはあなたのこと、大好きだから。大好きで、笑顔でいてほしいから。だから、なにか困っていることがあるのなら相談してほしいの」

「む? 急になぜ?」

「いやその、言い出せなかったんだけどね? 今日の夕方、ここに来たときにすごく難しそうな顔してたでしょ?」

「む?」


 少女はしばしの間考え込んだ。

 だが、どうにも思い当る節がないようだ。


「そんな顔、していない。ヤンデレさんとワンワンのやり取りがとっても愉快で、最近モチベがうなぎ登りの滝登り」

「そ、そうなのね……?」


 あの一歩間違えば不幸事が起こりそうなやりとりをみて心弾ませるとは、やはりこの子は変わっている。

 ……まあ、そういうところもひっくるめて大好きなのだが。

 気持ちを再認識し、ほっこりするミミックへと少女は説明する。


「そもそもここには、昨日から宿泊している。外になど出ていないから、戻ってくる必要はない。戻ってこれない」

「……え? でも、わたしは確かに」

「心配ない。勘違いは、誰にだってあること」


 少女以外の人をこんなに長く異世界に招くのが初めてだから、無意識のうちに気を張って、疲れていたのかもしれない。多少腑に落ちないものを覚えはしたが、そう考える方が妥当な気がした。


「そ、そうよね、うん」

「そう。……やはり、老いさらばえたか」

「聞こえてるわよ!? お仕置き執行!」

「痛恨の一撃!?」


***


 天窓より月光が差し込む、王座の間。

 未来の狂王の御前にて、聖騎士と暗殺者により激戦が繰り広げられていた。

 そしてそれは、終着の時を迎えんとしていた。


「にゃははは……。やっぱりやるねー、キミ」


 壁際にある柱だった瓦礫の中から、ボロボロのムーが立ち上がった。

 漆黒の羽衣はところどころ裂けており、褐色の肌が露わになっていた。

 

「これだけムーの動きを見切るとか。聖騎士って言うのは伊達じゃないかー」


 ムーは深々と負った腕の傷をふーふーと拭いてから、頬を膨らます。


「それにその剣、可愛くないよねー。数百年前に加護を受けたみたいだから、多少弱体化しているみたいだけど、『ラ・ピュセル』なんて厄介な激レア能力、付与されてるしー。とってもすごい闇の存在であるからこそ、ムーちゃんには大ダメージだよー」


 『ラ・ピュセル』とは、神より力を授かり、平和のために転生を繰り返していると伝えられる聖女の祈りにより、武器や防具に様々な神聖な加護を与えるというもの。

 その時の祈りの内容によって効果は違うが、共通した効果としては、悪しき闇を断つ力を付与するものであるとのことだ。


 確かにこの剣はミリアのご先祖が数百年前に祝福してもらったとのことだが、それを見抜いたこの女は一体……?

 

 ともあれ息を荒げるムー。

 対してミリアは無傷であった。


 かすり傷一つ負っていないその姿は、敵を圧倒し凱旋する誉れ高き騎士そのものであった。


「……」


 だが、ミリアの表情は晴れない。

 眉根を寄せ、納得がいかないものを腹のうちに抱えながらムーへと歩み寄っていく。


「ムーよ! 何を遊んでおる!? どうしてそやつを攻撃せぬのじゃ!」


 その心中を、玉座に座ったセーラが代弁した。

 

 彼女の言う通り、ムーはミリアに対して一度も攻撃していなかったのだ。

 何度斬撃を浴びせられようと、動きを見切られて身を裂かれようと、強烈な一撃を受け、柱に叩きつけられようとも、それでも決して手を出そうとしなかったのだ。

 

 依頼主の怒声をそよ風のように受け流し、ムーは恥ずかしそうに頭をかく。


「いやあ実はムーちゃん、大事な弟子ちゃんと約束してましてー。弟子ちゃんの依頼の期限までは、この子の暗殺、待っとこうかなーって」

「……生憎だけど。ゼロワンちゃんは来ないよ」

「あれれ? そうなのー?」


 胸が痛くなるのを隠して語った言葉に、ムーが不思議そうな顔をした。

 ミリアは応じて答える。


「だってあの子は、アタシが斬り伏せたから」

「な、なんじゃと?」


 その言葉に、セーラが動揺した。


「おぬし!? どういう了見をしておる!? そやつのために、王城へ乗り込むという暴挙を働いたのじゃろう!? だというのに、手にかけたじゃと!?」

「そうです。だってゼロワンちゃん、アタシのためなら死んじゃえるって言ってくれました。心の底から、アタシの恋人になってくれました」


 気恥ずかしそうに思いを告げてくれた愛しい少女。

 一目惚れしてからずっと、視界に入る彼女の姿はすべて脳裏に焼き付けてきた。

 その中でも一、二を争う、自身の胸を撃ち抜いたあの表情は、絶対に、どうやったって忘れることはないだろう。そのようなつもり、微塵もない。


「本当に嬉しかった。同じ気持ちなんだって分かったのが幸せでした。……でも、実際にあの子が行動を起こそうと、命を投げ出そうとしているのを見ると、苦しくなって。あの子の思いはなにより優先すべきことなのに、できなくて。それだけは許せなくて。だから、斬ったんです」


 守るために傷つける。

 それは、深い愛故の凶行。

 その身を案じればこその傷害。


 理解などされなくともよい。

 よいが、それを真に心の底から共感してくれる者が、世界に何人いることか。

 そしてそれは、自身のことを欠陥品などと呼ぶ者には、決して理解できるはずがないだろう。


「なんじゃ!? なんじゃその理屈は!? 意味が分からぬ! 得心いかぬ!」


 セーラは瞳を見開き、得体のしれぬものを垣間見てしまったと激しく動揺する。

 そんな彼女を見て、ムーが笑う。


「にゃははっ! 姫さま取り乱しすぎだよー? まあ気持ちは分かるよー? 確かにこれは愛だけど、重たくて相手を押しつぶしちゃうような病んだものだもんねー」

「どう思われても関係ないよ。ゼロワンちゃんは、アタシに応えてくれた。それだけで、アタシは幸せなの」

「にゃはははっ! そっかそっかー。弟子ちゃんも趣味が悪いよねー。こんな人にラブラブとかさー。まさに正気を疑うよー。でも、そっか。弟子ちゃんが来なかったのは、そういう理由だったんだねー」


 と、楽しげに笑っていたムーが、ぱたりと動きを止めた。


「……キミ、知ってるよね? あの子、ムーちゃんの大切な弟子ちゃんなんだよ?」


 その内から止めどない殺気があふれ出た。

 だがそれを、ミリアは真正面から受け止める。


「……誰のせいだと、思ってる?」


 どころか、押し返さんばかりに殺気を放つ。



 大切な弟子を傷つけられたと。

 愛する人を傷つけねばならなかったと。



 暗殺者と聖騎士は、互いへ殺意を募らせる。


「……月は、中天を下ったね」


 ムーは壊れた天井から覗く月を確認し、つぶやく。


「弟子ちゃんの依頼は失敗か。じゃあここからは……ムーの時間だ」


 言うや否や、その周囲にどす黒い、視認できるほどのナニカが現われた。

 大小さまざま、うねうねと蠢く不定形なソレらは、例えようのない、そして得体のしれない、人知を超えたモノ。


「!? そのどす黒いモノどもは一体!?」

「うーん、そーだね。狂気の顕現ってところかなー? だから姫さま、気にかけないで。直視を続ければ、気が狂うくらいわけもない」


 セーラを一瞥した後、ソレらを周囲に従えて、ムーは瞳を閉じる。



「にゃる、しゅたん。にゃる、がしゃんな。にゃる、しゅたん。にゃる、がしゃんな……」



 ミリアの耳に、聞きなれない詠唱が響く。

 いや、そもそも聞いたことのない、言語と呼べるとも分からないモノが。

 人間には理解の及ばない音を放った後、ムーは括目した。



「魅せてあげるよ。天より堕した、モノの力。無貌の神とそしられし、混沌の力をッ!」



 そして、死闘の幕が上がる。


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