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Lily×Monster ~モンスター娘と百合コメです!~  作者: 白猫くじら
ヤンデレ聖騎士×暗殺者ハウンドドッグ
20/58

わたしのために、死んでくれますか?

 宝箱の中の異世界、ミミックの家にて。

 少女たちは、お風呂でくつろぎタイムを迎えていた。


「ふぃー。極楽なのですよー」

「ん。とてもいい。お風呂は最高」


 湯船につかったゼロワンと少女が感嘆の吐息を漏らす。

 温かなお湯が全身を包み込み、一日の疲れを溶かしていった。


 現在台所では、ミリアとミミックが夕飯の準備をしている。

 その間にお風呂に入ってくるようにミリアに言われたのだ。


 だが、ミミックは少し不安そうにしていた。

 ゼロワンに敵意がないとは理解していても、大切な少女を死の化身と二人きりにするのは思うところがあったのだろう。その気持ちはよく分かる。

 結局、「友達にそれは失礼」と少女が押し切る形となり、現在の状況に至ったのだが。

 それを思い出したのだろう。少女はゼロワンに頭を下げた。


「さっきはとんだ失礼を。恋人として、もう一度謝罪」

「いやいや、その必要はないのですよ。むしろあれこそ普通の反応なのですから」


 一応ゼロワンは凶悪な力を持つ闇のモンスター。

 ハウンドドッグとは、本来畏怖されるべき存在だ。

 だからこそ、最近の自身への扱いについて、思うところがあったりするのだ。


「あの、聞いてもいいですか?」

「なに?」

「裸の付き合いをして今さらだとは思うのですが。ゼロワンのこと、怖くないです?」


 確かに目視するだけで命を奪うことはないと、また、現在力を使えないことを説明した。


 だが、それはそれ、これはこれ。

 

 だからといって、広く死の化身と呼ばれ恐れられてきた伝説級のモンスターと、文字通り丸腰で一緒に入浴なんて、一体どうしてできるのだろう。

 尋ねるゼロワンに対し、数日を共に過ごし、すっかり仲良しになった少女は、躊躇うことなく言葉を放つ。


「ない。ワンワンは、ただの友達」

「……友達、ですか」

「ん」


 そんな風に言ってもらったのは初めてで、ゼロワンは嬉しくなった。

 だが人間の、それも小さな女の子にそんな風に言われて喜ぶのはハウンドドッグ的に、暗殺者的に間違っている気がする。


(ダメダメですね……。こんな風に感じてしまうから、ゼロワンは……)


 悩んで、迷って、決断できない。


 嘆息するゼロワンを見て、少女はなぜか申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんね。それ以上は、ダメだよ?」 

「? なにがです?」


 ゼロワンが小首を傾げると、少女は頬を赤らめた。


「この心も、体も、あの人のものだから。ずっと先まで予約済み」

「ぶほっ!? な、なに言ってるですか!?」


 突然の爆弾発言に動揺するゼロワンへ、少女はもじもじしながら言う。


「物憂げな吐息。友達以上のステップアップを望んでいるように思えた。一夜限りのアバンチュール?」


 誰から影響を受けたのか知らないがやけに古臭い言葉を使う少女の推測を、ゼロワンは真っ向から否定する。


「ち、違うですよ!? 清廉潔白な恋人ゼロワンは、略奪愛なんて好まないのです!」

「ん。そもそもワンワン、ヤンデレさんの恋人だった」

「です。ゼロワンはあの人の、ミリアの……」


 言われ、言葉に詰まるゼロワン。


「? ワンワン?」


 そしてゼロワンは、先刻のことを思い出す。

 更に頭を悩ますこととなった原因――師匠、ムーと交わしたやりとりを。


***


 それは先ほどのこと。

 日の沈み切った宝箱の中の異世界、ミミックの家から離れた原っぱでの出来事。


 暗殺依頼を達成できずに悩むゼロワン、そんな彼女の前に突如として現れたのは、恩人であり尊敬する師匠でもある、ムーという女性だった。


「いやーほんとに久しぶりだねー。弟子ちゃん、元気してたー?」


 闇夜に溶ける漆黒の羽衣に身を包んだ彼女は、無邪気な笑顔を見せる。

 突然のことに驚いたゼロワンだったが、それも一瞬、尊敬する師匠との再会に喜びも露わに返答する。


「はいです! 師匠も元気そうでなによりです!」

「にゃはは。ありがとー。暗殺だって体が資本。健康管理は欠かさないからねー。適度な運動にバランスのとれたご飯! あとあとできれば十分な睡眠時間! そしてそして仕事とはまったく関係のない趣味をもってストレスを発散すること! これ、特に重要だよ!」

「さっすが師匠! ちょっとだけお待ちいただきたいのです! その金言、メモするのですよ!」


 ゼロワンは小さな冊子を取り出し、一字一句聞き漏らすまいとメモを取り始めた。

 その姿に、ムーは嬉しそうにうなずく。


「うんうん、その貪欲な姿勢素敵だよー! キミはいつか、師匠をも超える立派な暗殺者となることでしょー! ……ドジでさえなければ」

「お褒め頂き光栄なのです! それで恐縮なのですが、最期のところが聞こえなかったのでもう一度言っていただけませんでしょうか? 深く銘記しておくのですよ!」

「いやそこは失言だから気にしないで師匠からのお願い」

「そうですか? 了解いたしましたのですよっ」


 びしっと敬礼するゼロワン。ムーはうんうんと頷いた。


「その素直でバカ正直なところ、素敵だと思うなー。こういう時は特に」

「えへへー。ありがとうございます」


 何度も褒められ、ゼロワンは喜んだ。

 ムーが微妙な笑顔を浮かべているように見えるのは気のせいだろう。

 

「ところで師匠。どうしてこちらへ来られたですか?」

 

 ゼロワンは気になっていたことを尋ねる。


 ムーは組織の中でも一目置かれる存在。その立ち位置については詳しく知らないが、幹部クラスであるのは間違いないはずだ。舞い込む依頼の数は、ゼロワンなんかとはとても比べものにならないとのことらしいし。

 そんな多忙な彼女が、一体どうしてこんなところにやって来たのだろうか。


 ゼロワンの問いに、ムーは得意げに胸を張った。


「それはね? ムーちゃんがムーちゃんだからだよっ!」

「あの、師匠? 言ってる意味、全然分からないですよ?」


 素直に所感を述べれば、ムーは残念そうに答える。


「えー? ほんとー? 方法、目的、その二重の解を求める質問に対して一挙にお答えできる、パーフェクトアンサーだと思ったんだけどなあ」


 ゼロワンはムーの目的について聞いたつもりだったのだが、確かに侵入方法についても気になってはいた。この宝箱の異世界には、ミミックに招かれなければ入れないと聞いていたからだ。


 もしや、不可能を可能にできる凄腕暗殺者、その力の一端を垣間見せてくれるのだろうか。

 期待するゼロワンへ、ムーは語り始める。


「じゃあ一つずつ説明するねー。まず、侵入方法についてだけど……」

「はいです!」


 キラキラと瞳を輝かせ、ペンを走らせる準備をするゼロワン。


「でぃすいずしーくれっとっ。固有の力を使ったとだけ言っておくねー」

「がっくし、です」


 師匠の答えに、ゼロワンは肩を落とした。

 だが、それは大方の予想通りではあった。



 暗殺とは一撃必滅。

 対象を葬る牙がどのようなものであるか、その情報が事前に漏れてしまえば対策をとられ、成功率が下がってしまう。

 そのため暗殺者は自身の奥の手、特に固有の力を秘匿するのだ。


「ごめんねー。暗殺者には秘密がつきもの。それこそが最大の武器になるからねー」

「いえ、期待したゼロワンがいけないのです」


 ゼロワンはかつて危ういところをムーによって救われ、彼女のようになりたいと、彼女に恩を返したいと、立派な暗殺者になろうと望んだ。

 頼み込んで彼女に弟子入りした後、ゼロワンはしばらく彼女と行動を共にし、暗殺者としてのイロハを一つ一つ丁寧に教わった。

 だが、終ぞ固有の力も、その正体も知ることはなかった。それだけ彼女が暗殺者として凄腕だということだろう。


「えーっと確か」

「どうしたのー?」


 懐から古い冊子を取り出しめくるゼロワンをムーは不思議そうな顔で見ていた。

 その前で、ゼロワンは探していた文言を発見した。


「あ! あったのですよ! 『其を識るは哀れなる者。我欲、怨嗟、謀略の意思、意志を受諾し影に狙われし喪ノ。生を乞い、命乞い、叶うことなく果ててゆく、命失うその刹那のみ』――でしたよねっ!」

「ぶほっ!?」


 なぜか動揺したムーがゼロワンに詰め寄ってくる。


「弟子ちゃん弟子ちゃん!? なに言ってるの!?」

「なにって、師匠の金言じゃないですか!」


 ゼロワンは目をキラキラさせてその時を思い返す。


「満月の綺麗な夜でした! 小高い丘に立ち、怪我もしていないのに包帯で片腕をグルグル巻きにし、熱帯夜だというのに真っ黒く、無駄にぶ厚いコートを纏った師匠が、片目を抑えて不敵に笑いながら、暗殺者のなんたるかをご教授してくれた際に送ってくれた言葉ですよ!」


 あの常人には到底真似することのできない姿がカッコよくて、少しだけでも偉大な暗殺者に近づきたいと憧れたゼロワンは、真っ黒い服を着用するようになったのだ。


「『固有の力を知ることができるのは、標的とされた存在だけ』。それをわざわざ小難しい言葉で飾って長ったらしく言い回した意味は、数年経った今でも分からないのです。きっとそれは、ゼロワンがまだまだ未熟だから……。でもいつかその意味、師匠の深い考え、悟って見せます! ですからご期待を――」

「きゃー! やめてやめてー!」


 決意に燃えるゼロワンの前で、ムーは発火しそうなほど真っ赤になった。

 耐え切れないとばかりに顔を両手で押さえている。


「師匠? どうされたのです?」

「言わないで! もう言わないで! あれただの黒歴史だから! 焼却したい想い出だからぁー!」

「黒歴史? よく分かりませんが、それも偉大なる暗殺者にしか理解できない、難解用語でしょうか?」

「頭がどうかしてたとしか思えない恥ずかしい過去のことだよー!」


 ムーはやけくそ気味に叫んだ。

 なぜあれを恥ずかしいと思うのかよく分からないが、尊敬する師匠は過去を掘り返されるのを好まないらしい。


 というか、あれが恥ずかしいのなら、今の黒い羽衣を纏った姿も相当だと思うのだが。

 ともあれゼロワンはそれ以上触れないことにした。


「これだけのダメージを受けたのは久しぶりだよ……。弟子ちゃん、恐るべし」

「ありがとうございます。褒められたゼロワンは、無邪気にルンルンするのです」

「こちらこそありがとねー。じゃあムーは何事もなかったかのように次の話題に移りまーす」


 息を整えたムーは冷汗を拭ってから説明を続ける。


「ムーがここに来た目的。それは弟子ちゃんの進捗状況を確認するためなんだよー。久方ぶりに上から依頼貰ったんでしょー? これは師匠として応援せずにはいられないって思ってね、ちょっと来てみたの。察するに、上手くいっていないみたいだけど」

「仰る通りなのですよ……」


 ゼロワンは事情を説明した。

 ターゲットであるミリアの性格、ゼロワンに抱く印象。

 ゼロワンが好意を利用し、彼女を暗殺しようとしていること。

 だが、なかなかうまくいっていないことを。


「……間違い、ないんだね」

「師匠?」


 話を聞いたムーが、珍しく真剣な顔つきを見せた。

 だが、それも一瞬。すぐにお茶らけた態度に戻る。


「いやいや、なんでもないよー。というかね、弟子ちゃん。思ったんだけど、どこが難しいのかな?」

「いや、そりゃあ確かに師匠からすればどんな依頼だってベリーイージーでしょうが、ミリアは聖騎士で、正直ゼロワンの手には余ると言いますか……」

「でも、弟子ちゃんにゾッコンで、殺されるのさえご褒美だって言ってるんでしょー? チャンスはいくらでもあったはず。なのに、どうしてしなかったのかなー?」

「だって、殺してって言われて殺すのって、暗殺者的になにか違うじゃないですか」

「暗殺者に必要なのは、対象を葬ったという結果だけ。そのための手段は問わない。教えたはずだよね?」

「ですけど、今回みたいなのは今回だけでしょうし。だからゼロワンは暗殺者として、自身の力で立派に任務を達成したかったんです」


 ハウンドドッグの力だってもうすぐ再使用可能になるはずだ。

 そうなれば、今度こそ確実に暗殺できる。

 そう、今度こそ。


「ゼロワンはターゲットを、ミリアを――」


 だが、その先の言葉が、どうやったって出てこない。

 戸惑う弟子の姿を、ムーは黙って見ていたが、やがて背を向けてしまった。


 そして、口を開く。


「可愛い弟子ちゃんが困っている時、そっと背を押してあげるのも師匠のやさしさだよね。本当は秘密なんだけど……うんっ。弟子ちゃん、いい事教えてあげるっ」

「です?」


 ムーはくるりと元気よく振り返り、笑顔で口を開いた。



「ムーが受けた暗殺依頼。ターゲットは、聖騎士ミリア」



「!?」


 ゼロワンは驚愕に硬直した。


 今、師匠はなんと言った?

 この凄腕の暗殺者は、一体なんと言い放った!?

 あの人が、ミリアがターゲットだと!?


「で、でもそれは!?」

「そう、弟子ちゃんに課せられたもの。だけど、なかなかミッションコンプリートしないから、しびれを切らした依頼主ちゃんが追加オーダーを出しちゃったんだー」

 

 せっかちちゃんだよねーとムーは笑う。

 大きな衝撃に、ゼロワンは言葉を返すことができない。

 その姿にムーは感慨深げに頷いた。


「うんうん、そーだよねー。そりゃあそういう反応になるよねー。なんたってムーは、正真正銘凄腕の暗殺者! 依頼の達成率はほぼ百パーセントだもんっ! いやんっ、ムーちゃん強ーいっ! えっへへー」


 自画自賛して照れ笑うムー。

 

「でもでも、まだ取り掛からないよ? ムーは弟子ちゃんのカッコいいところ、見たいからねー。弟子ちゃんの依頼の期限は、今日の深夜までだったよね? もしもそれまでに達成できなかったら――」


 歴戦の暗殺者は、瞳を鋭く細めた。


「――ムーが、終わらせる」


 その一言は、大切な弟子であるはずのゼロワンを震わせる。

 それだけの凄みが、彼女の言葉には込められていた。

 ムーは震えるゼロワンを射すくめる。


「立ち止まるなんて許さない。ムーの弟子なら。凄腕だと、うそぶくのなら。本気の本気で、魅せてほしいな?」

「……ゼ、ゼロワンは」


 言葉に詰まるゼロワン。

 ムーは雰囲気一転、からっと笑う。


「うんうん、悩め悩めよ若人よー。実はもう一個、関係する依頼があるんだけど、これ以上は今は酷かな? あ、というかこれもナイショだったよー」


 くるりと回り、ムーはゼロワンに背を向けた。


「ま、待ってください師匠!」


 抗議しようとするゼロワンの声を、ムーは相手取らない。


「待ったなーい。じゃあね弟子ちゃん、キミの選択、期待してるよー?」


 言って、ムーは元気よく駆け出し、夜闇に消えて行った。


 ***


 場所は戻って、お風呂場の中。

 ゼロワンは状況を整理する。


 ミリア暗殺の期限は、今日の深夜まで。

 もし達成できなかった場合、師匠であるムーが依頼を引き継ぐ形となる。


 彼女自身が語っていたように、ムーは凄腕の暗殺者。

 暗殺の成功率はほぼ百パーセントに近い。ゼロワンが失敗した場合、彼女は確実に達成することだろう。


 きっとムーは不出来な弟子を鼓舞するために、わざわざやって来たのだろう。

 尊敬する師匠のためにも、ゼロワンはミリアを暗殺するべきだ。

 だが……。


(ミリア……)


 ゼロワンは、彼女のことを思い出す。


 新月の十字路で待ち伏せ、出会った聖騎士、ターゲット。

 自滅し、返り討ちに遭うと覚悟したゼロワンに対し、一目惚れしたと告白してきた変わり者。

 夢見る乙女かと思いきや、ゼロワンになら命さえ捧ぐことが出来ると心の底から言い放ち、愛を邪魔するものはすべて排除する、なんて言い出す危険人物。


(字面だけみれば、迷うことないんですけどね……)


 いろいろこんがらがって、ぐちゃぐちゃになって、どうすればいいか分からない。

 お風呂に入ってさっぱりすれば名案が思い付くかもなんて考えてもみたが、しかしどうやら甘かったらしい。


 と、悩んでいるのが顔に出ていたのだろう。

 同じく湯船につかっている少女が声をかけてくる。


「なにか、お悩み事?」

「何のことです? ゼロワン、全然、これっぽっちも思い悩んだりしていないのですよ? パーフェクトでインテリジェンスな恋人、ゼロワンが思い詰めるなんてこと、あるわけ――」

「……」

「……ごめんなさい。悩ましき恋人ゼロワンは、絶賛グルグル中なのですよ」


 じっと見据えられ、ゼロワンは白状した。


「ずっとずっと考えてたのです。でも、頭の中グチャグチャで。抜け出せなくて」

「一人で考え込んでも、いいことない。それは、誰だって同じはず」


 その言葉には、確かな実感が宿っている気がした。


「……そうですね。ほんとは、NGなんですけど」


 だけどもう、自分だけではどうしようもないから。

 どうすればいいのか、分からないから。

 暗殺者としてのプライドを捨て、縋りつこうとするゼロワンに、少女は優しく声をかける。


「吐け、楽になっちゃいな?」


 その言い方は、とても不安だったが。


「えっと、なんだか余計不安になったのですよ?」

「心配ご無用。個人情報は秘匿する。大丈夫、思わず口を塞がれるくらいだよ?」

「いやそれ、大丈夫じゃないですよね?」

「いいから言う。かもーん」


 相談相手を間違えたような気がしたが、今さら後に引くのも納まりがつかない。

 ゼロワンは渋々口を開くことにした。


「誰もが羨むスイートでラブリィーな恋人というのは仮の姿。実はゼロワン、現在進行形でダークでスパイシーな暗殺者なのです」

「おお、アサシン。しりあるきらー?」

「あの、ほんとにそういう言葉、どこで習ったんですか……? と、ともかく、現在ゼロワンは最強のクラスと名高い聖騎士がターゲットの、とってもハードなミッションに臨んでいるイケイケハウンドドッグなのです!」


 得意げになって言えば、少女もノリノリになった。


「コードネーム、ワンワンよ。経過は順調かね?」


 なにか組織のボスっぽい役に入ったらしい少女へ、ゼロワンも乗っかる。


「それがボス! 実は問題ばかりでして! 恋人のふりして懐に潜り込むのには成功したのですが、ヤツはイカれたサイコ野郎で! 人間離れした行動、言動、そしてなにより重過ぎる愛に振り回され、ちっとも隙が見当たらねえのです!」


 絶賛売り出し中、飛ぶ鳥を落とす勢いなルーキー暗殺者に成り切ったゼロワンを、ボスに成り切った少女が糾弾する。


「報告は正確に行うべきだと思わんかね? ターゲットは殺されてもいいと言っていたではないか」

「それはそうですがね!? ノリノリなターゲットをヤっちまうのは自分自身のプライドが許さねえのです!」

「プライドか。それは立派ではあるが、時に何よりの邪魔になる。今、それは必要かね?」

「ええ、師匠にだって言われたですよ! 過程は関係ない、結果がすべてだって! そうです、言われてみりゃ簡単な話! まったくもってそのとおりなのです! 依頼の期限はもう僅か。しかもそれまでに達成できなければ師匠が暗殺任務を引き継ぐときやがった! 弟子として一花咲かせる姿を見せて、師匠に喜んでもらいたいです! だから今夜、どうやったってヤツをヤらなければならねえのですよ!」


 意気揚々と宣言した後、ゼロワンはしゅんとした。


「……でも、本当にヤっちまっていいのか、分からねえんです」

「……続けたまえ」

「自分は今まで、依頼を達成したことがなかったんです。凄腕だカリスマだなんて強がっちゃいるが、その実、ポンコツでダメダメなハウンドドッグ。久々に上から来たヤマだ。必ず成し遂げたい。師匠を喜ばせたい。一流の暗殺者への足掛けにしたい。そのために、ヤツの恋人の演技を続けてきたのです」


 だけど、とゼロワンは続ける。


「最近、演技以上の感覚が、それ以上の感情が、心の中に浮かび上がってくるんです。ありえないと思うです。ヤンデレなんて論外だと思うです。師匠に受けた恩を仇で返すような真似はできないのに。でも、浮かんでくる気持ちに嘘はつけないんです。偽ることなんて、したくないんです。きっとこれは……」


 それ以上は言葉にするのが恥ずかしくて言い出せなかった。

 言いよどむゼロワン。


「……ふむ」


 少女は考え込む。

 そして、なにか思いついたのか、口を開いた。


「いいだろう、そんなキミに、この言葉を贈ろう」

「なんでしょう?」


 期待を込めて言葉を待てば、少女は見下しきった顔をした。



「雌犬。文字通りのビッチだね、キミは」



「ごふぅ!?」


 身も蓋もない言葉が、ゼロワンにクリティカルヒットした。


「暗殺者とは、私情を捨て、冷酷にミッションに臨むもの。それがターゲットに惑わされるとはなにごとか? キミは惑わす側だろう?」

「仰る通りです」

「しかも、ただの数日でほだされるなど。ソレと恩を受けた師匠の間で揺れ動くなど。恥知らずにもほどがあると思わんかね?」

「返す言葉も、ないのです……」

「そもそも出会ったばかりの相手に、秘匿するべき暗殺について語る時点から間違っている。もちろんこの後、ワタシの口を塞ぐ準備ぐらいしているのだろうな?」


 精神的にダメージを受け続け、小さくなっていたゼロワンだったが、それについては納得いかない。ここぞとばかりに食い下がろうとする。


「ボ、ボス! 吐けと言ったのはボスじゃ――」

「何か、言ったかね?」


 だが、ボスに成り切った少女の視線から発される強いプレッシャーに、黙らざるを得なかった。


「な、なんでもありません」

「ともかく、キミは落第だ。暗殺者を名乗るなどおこがましい」

「はい……」

「さて、ワタシからは以上だ。……ここからは、友達として」

「え?」


 ボスモードを解除した少女は、いつもの表情の読めない顔になった。


「ヤンデレさんとか、お師匠さんとか、色々なことの間で悩んで、迷って、ぐるぐるムズムズ。でもそれは、ワンワンが真剣に向き合ってる証。半端な気持ちじゃないって証。ワンワン自身が教えてくれたよ?」

「それは……」

「ヤンデレさんも、お師匠さんも、ワンワンのこと、大事に思ってくれているんだよね? なら、大事なワンワンが一生懸命考えて出した答えなら、どんなものでも受け止めてくれる。それは、絶対に絶対。断言できる」

「……」

「だからワンワンは、躊躇わなくてもいい。大切なのは、踏み出すこと。きっと、それだけ」

「……そう、ですよね。うん、そうなんですよね」


 ゼロワンは、ぽつりとつぶやいた。


 そうだ、本当は分かっていたのだ。

 暗殺者としてのプライド、恩を受けた身としての体面、重い愛を受けての困惑。

 色々なものが混ざり合わさり、複雑なように見えてはいたが、きっと、それだけなのだ。


 何も気にすることもなく、自身が一番いいと思った、したいと思った行動をとること。

 それこそが、ゼロワンが歩んでいくべき道。


「ゼロワン、決めたです。タイムオーバーなんてしょうもない真似は、絶対に絶対にしないのです」


 少女に背を押され、決意したゼロワンは拳を握った。

 もう、迷わないと。思いのままに、突き進むと。


 その姿に、少女は確かにほほ笑んだ。


「ん。それでこそ、イケイケなハウンドドッグ」

「えへへー。お蔭さまなのですよ。ありがとうですっ」


 照れつつも感謝の言葉を向けると、少女は自身の身体をかき抱き、ゼロワンから距離をとった。


「だから、ダメ。この体も、心も、あの人のもの。命果てたその後も。永遠、それよりも長く」

「だから違いますって! というか、愛が重くなってるですよ!?」


 危なげな雰囲気を醸し出した気がしてツッコめば、少女はおずおずと説明する。


「ヤンデレさんリスペクト。深い愛に、とっても感動。将来は、あの人みたいになりたいな」

「いやそれマジでやめるです! 愛されてる身としてはオススメするべきかもしれませんが、あんなの常人には耐えられないですよ!? 飾らないキミが一番素敵!」

「むむ。やっぱり口説いてる。いたいけな少女同士の甘酸っぱい恋愛。神秘的で背徳的。きゃーきゃー」

「あああああ! だから違うんですって!」


 頬を染める少女と取り乱すゼロワン。

 誰かこの場を収めて欲しいとゼロワンは助けを求めた。


 と、その思いが通じたのか、風呂場の扉越しに、件の少女の声が聞こえてくる。


「おーい! そろそろ晩御飯できるからねー! 今日は人間とモンスターによる、奇跡の合作料理だよー!」

「はーい。もうあがるのですよー」


 聞こえてくる声に、ゼロワンは胸がほかほかするのを感じながら答えた。

 それはきっと、お風呂で温まったからだけではないと、確かに感じる。


「期待しててね! ゼロワンちゃんの心臓、全力で鷲掴むこと間違いなしっ!」

「いやそれ胃袋の間違いですよね!? そうですよね!?」


 一瞬で青ざめるゼロワンの声に応えることなく、ミリアはその場を後にしたようだった。


 ほんとに、どうして自分はあんな人に……。


 自分自身にうんざりしつつ、しかし苦笑せずにはいられなかった。

 さておき、こうしていても仕方がないので、ゼロワンはお風呂からあがろうと少女に声をかける。


「さ、じゃああがりま――あ、あれ!?」


 そこで、湯船にぷかぷか浮かぶ少女の姿に、ゼロワンは驚愕した。

 慌てて彼女を湯船から引っ張り出し、洗い場に横たえさせる。


「ど、どうしたですか!? しっかりするです!」

「の、のぼせた……。長湯しすぎたのが、クリティカル」

「ごめんなさいです!」

「聞きたかったから聞いただけ。気にしないで。でも、息災、ではない」

「ど、どうしましょう!? 一体、どうすれば!?」

 

 ゼロワンが慌てふためいていると、お風呂場の扉が開かれた。


「まったくミリアは。おーい、着替え、外に置いてるからってきゃああ!?」


 大切な人の弱り切った姿に、ミミックは悲鳴をあげた。

 彼女は浴室内に飛び込み、目を回している少女に声をかける。


「し、しっかりして! 今エリクサーを持ってくるから!」

「そ、そこまででは。クールなお水と爽やかなそよ風を……」

「なに? 一体どうした――ねえ、なにシテルの?」


 そこへ悲鳴を聞いて駆け付けたミリアが、一瞬で黒化する。


「……おかしいな? なんでオバサンが、アタシの大好きな人のバスタイムに、突撃してるの? ちゃっかり、裸体を堪能しようと、シテルの? そんなの、許されることジャ、ないヨね?」

「ええい! 獣と堕ちたか!? 色々反論したいけど、だけど今はあなたの相手してる場合じゃないの! そこをどきなさい!」

「ダメだヨおバサン。まずハそのメ、くりヌカナイと」

「だから誰がオバサンか!? いいでしょう! 前は負けたけど、あれは力をセーブしてたから! 凶悪なミミックの本領、その身でとくと味わうといいわ!」

「ふフフふ! 闇ニ堕チタ聖騎士のちかラ! 甘ク見ないデもラおうカ?」

「いやそれもう聖騎士じゃないでしょおおお!?」


 勢いのまま激突した少女たちは、浴室から飛び出して行く。

 部屋の外から剣戟の音と爆発する魔法の音が激しく響き合う。


「……うん。まずは一つずつ処理していくです」


 頼りにならない年上のお姉さんたちの姿を見て、自分がしっかりしなければと冷静になったゼロワンは、少女を脱衣所へと連れて行き、タオルをかけ、いい感じの板があったので、それで少女を仰いであげた。


「大丈夫ですか? しっかりするです」

「……ん。お互い、苦労してるね」

「苦労してるのは、ミミックさんの気がするです」

「む、慧眼。よく見てる」


***

 

 夕食、そして就寝前の準備を終え、ゼロワンたちはそれぞれ床に就く。

 今日は少女も泊まっていくとのことで、ミミックと少女は一緒の部屋へと消えて行った。

 そしてゼロワンとミリアも、あてがわれている部屋に入室する。


 ベッドにもぐりこむゼロワンとミリア。

 ミリアは、満足げにゼロワンの頭を撫でてきた。


「ゼロワンちゃん、今日もとっても可愛かったよ? ありがとうございました」 

「どうもです。そう思ってもらえてゼロワンも嬉しいのです」

「あれ? 今日は照れないんだね」

「はいです。思いに素直に答えるというのも、大切なことだと思いますから」

「んー! 大人っぽいことを言う、背伸びしちゃう姿も可愛いよぉ!」

「……ど、どうもです」


 蕩けきった表情で思いのままに抱きしめてくるミリア。

 ゼロワンはその胸の中で、耳がぺたんと垂れ、尻尾を元気に振ってしまうのを恥ずかしくも、嬉しくも思った。


 しばらくゼロワンを抱きしめた後、一区切りつけるように、ミリアは腕を離す。


「さてさて。じゃあ、そろそろお休みしよっか? 今日も可愛い姿、堪能させてね?」


 ベッドの上に正座し、布団に入っているゼロワンの姿を見つめるミリア。

 その瞳はキラキラ輝いているが、いつの間にかまばたきを止めていた。

 

 ゼロワンの寝顔を楽しむための、ミリア不退転のオンユアマーク。

 もはや恒例ともなった就寝前のその姿に、ゼロワンは呆れつつ返答する。


「あの、ミリア? それお休みする気ないですよね?」

「うんっ! その、実を言うとね? なんだか最近、睡眠を必要としないっていうか。ゼロワンちゃんの可愛い寝顔を見ていると、ぐっすり快眠したとき以上に体がハイになってくるっていうか。んー! ふわふわして、とっても幸せっ!」

「いやそれヤバイですって!? 更に人間離れし始めてるですよ!? ゼロワンの隣でちゃんと寝るです!」


 夜中にトイレに起きるたびに、ハイライトを消した女が枕元でほほ笑んでいたのはそのためか。危うく粗相をしかけたことが何度あったか。

 声を荒げて指摘するゼロワンだが、しかしてミリアは応じない。むしろ絶好調である。


「ああ、これもきっと愛のなせる技! ゼロワンちゃんへの愛が人としての在り様すら変えてしまうほどに、強靭で! 無敵で! 最強だったってことだよ!」

「愛を表現するには物騒な言葉たちが羅列された気がするですよ!?」

「それだけ大好きだってこと! ああもう可愛いよう! 地獄に堕ちても愛してるっ!」


 ハイライトを消し、重過ぎる愛情を向けてくるその姿。

 いつもなら戦慄して終わるところではあるのだが……。


「ふふっ」


 ゼロワンは、思わず笑みをこぼしていた。

 その姿に、ミリアは小首を傾げる。


「? どうしたの?」

「なんだか、残念だなって思う自分がいるのがおかしくて」


 ゼロワンの言葉に不思議がるミリア。

 きょとんとする姿は、とっても可愛い。

 だからゼロワンは、思わず行動をとってしまった。


「ぎゅー」

「ゼ、ゼロワンちゃん!? なにしてるの!?」


 動揺するミリアへ、ゼロワンは悪戯っぽく笑いかける。


「ぎゅーですよ? 初めてで下手っぴかもしれないですけど。でも、ゼロワンからしてもいいでしょう?」

「そ、それはもちろんウェルカムだけど! でも、どうして急に!?」


 いつも愛情表現をする側だったため、そうされるのに驚いたのだろう。

 ミリアは真っ赤になっている。


 自分の行動が、彼女を照れさせ、慌てさせている。

 そう気付いた瞬間、ゼロワンの胸から熱いなにかが溢れそうになって、嬉しくなってくる。

 

 闇に生きる暗殺者が、そんなものに喜びを覚えるなど、あってはならない。

 まして暗殺対象によって心ほだされるなど、あってはならない。

 ゼロワンは、今もそう思っている。


 だから、決意したのだ。

 

「……ミリア、答えてほしいのです」

「う、うん。なにかな?」


 戸惑う彼女へ、ゼロワンは尋ねる。



「わたしのために、死んでくれますか?」


 

 甘い時を終わらせる、死を望む問いを。


 だが彼女は、動揺も、命乞いもすることなく、いつかのように満面の笑みを浮かべた。


「……はいっ」


 まるで、誓いの言葉に応える花嫁のように。

 ミリアは、嬉しそうに笑っていた。


「あなたのくれるすべてが、アタシの喜びですからっ」


 その言葉に嘘はない。

 死を恐れる様子もない。

 あるのは、ゼロワンに向けた愛情だけ。



 重い愛。

 それはきっと、どんな愛よりも強く。

 淀んでいながら、透明で。

 歪んでいながら、まっすぐで。

 

 なによりも純粋な、強い強い気持ち。

 


「……嬉しいです」


 彼女なら、きっとそう答えてくれると思っていた。

 ゼロワンはミリアを抱き寄せる手に力を込めた。


「アタシもだよ。こんな気持ちを、幸せを知ることができるなんて、ずっと思ってなかったから」


 穏やかな表情をしたミリアが、応えるように抱きしめ返してくれる。

 そしてミリアは、ぽつぽつと語り始めた。


「……ゼロワンちゃん。実はアタシ、あなたとあの女の話、聞いちゃってたんだ」

「えっと、師匠をあの女呼ばわりはちょっとアレなのですが……。そうですか、聞いちゃってたですか」

「うん、聞いちゃってたです。ゼロワンちゃんがずっと暗殺者だったってこと。アタシの恋人を演じていただけだってこと。全部、全部」

「……ごめんなさいです」


 ゼロワンは胸が苦しくなるのを覚えた。

 だが、ミリアは首を横に振る。


「ううん、いいんだよ。ゼロワンちゃんのくれるすべてが、アタシの喜びだから。……まあ、ちょっとだけ悔しいけどね」


 ミリアは苦笑した。


「ホントはね? 分かってたの。ゼロワンちゃんがアタシの告白に、含むものを持って応えていたこと。でも、アタシはゼロワンちゃんのこと、愛していたから。初めて幸せを感じたから。だから、どうしても諦められなかった。きっと一生懸命伝え続けていれば、いつかは振り向いてくれるんだって、そう信じてた」

「ミリア……」

「でも、ダメだったみたいだね。初恋は実らないって、本当だったみたい」


 夢は醒め、ままならない現実に直面したと、その瞳の端に涙が浮かぶ。

 

「あ、あの……!」


 思わずゼロワンは、彼女に言葉をかけようとするが――


「……ホント、ありえない」

「で、です!?」


 異様な雰囲気を感じ、二の足を踏んだ。

 その前でミリアは、ハイライトを消し、それだけでは収まらぬと、全身から怨嗟を立ち昇らせていく。それをゼロワンは、確かに視認した気がした。


「ゼロワンちゃんの望みはアタシの望み。あなたが望むのなら、命くらい、喜んで差し出すよ。愛する人に終焉を彩ってもらえること、それは本当に幸せなことだって思っているもの。でも、でもね? それってさ、ゼロワンちゃんが、あの女を選んだってことだよね……?」


 親指の爪を噛み、ミリアは嫉妬と殺意の入り混じった顔で恨み言を続ける。


「あんなヤツの何がいいの……? あんなイタいだけのクソ女の。 ムー? ムーちゃん? ……馬鹿じゃないの。一人称が自分の名前だとか、頭わいてるとしか思えないよね……?」

「え、えっと……」

「あ、ゼロワンちゃんはいいんだよ? まだちっちゃいし。むしろコードネームみたいで、暗殺者っぽくてカッコいいよ?」

「ど、どうもです……」

「いえいえー」


 一瞬だけ笑顔を見せたミリアは、すぐにハイライトを消し、ムーをこき下ろす作業に戻る。


「クソ女の分際でゼロワンちゃんに羨望の眼差し向けられてさ……。うん、分かってる。ゼロワンちゃん、よく寝言で言ってたもんね。『師匠、命の恩人のあなたのために、必ずミリアを暗殺してみせるですよっ!』……って」

「マジですか!?」


 暗殺のために恋人を演じるという思惑を見抜かれ、それが真実であるとターゲットに言い聞かせていたとか、最初から失敗していたということではないか。

 たしかに暗殺者には向いていないかもと思うことは多かったが、まさかここまでポンコツだったとは。ゼロワンは驚愕せざるをえなかった。


「でも、それがなんなの? たかだか命を助けた程度で、ゼロワンちゃんの心を独り占めとかさ、ふざけてない? 命は愛より重いってワケ? そんなものでゼロワンちゃんを縛るとかさ? ……あははっ! ぶった切って! 微塵にして! ぶっ殺してやるッ!」

「あ、あううう……」


 あまりの気迫にブルブル震えるゼロワン。

 その震えを感じたのだろう、現実に戻って来たミリアははっとした顔になった。


「どうしたのゼロワンちゃん!? ああ可哀想にこんなに震えて! 誰! 誰のせいなの!?」

「え、えっと……」


 目の前にいるミリアという暗黒騎士なんですが、などとは口が裂けても言えない。

 言いよどむゼロワンを抱きしめながら、ミリアは周囲を見渡した。

 

「……ねえ、まだ遠くに行ってないんでしょ? すぐそこにいるんでしょ? 怒らないからでてきてよ? 怖くない怖くない、その命で、償ってもらうだけだから……」


 聖騎士であるはずの少女が剣を引き抜き、進んで冤罪を作り出そうとしている様にゼロワンは危機感を覚える。

 このまま放っておけば、罪なきミミックが犠牲になってしまうのは想像に難くない。

 

「ミリア! その、いいですから! もう大丈夫ですから!」


 どうにか彼女を落ち着かせようと声をかける。

 彼女は自分の言葉なら聞いてくれるはずだからだ。

 その考えは的中したようだったが、ミリアは素直すぎるくらい素直に剣を仕舞った。


「……そう、だよね」


 意外に思うゼロワンの前で、ミリアはがっくしと肩を落とした。


「負け犬のアタシが、ゼロワンちゃんのナイトを気取るなって話だよね。でしゃばるなって、話だよね」

「いや、そういう意味では」

「ゼロワンちゃんは優しいね。そんなあなたの隣に、ずっと、ずーっといたかったな」


 ミリアは悲しそうに笑う。


「ゼロワンちゃんの一番に、なりたかったな」

「……ミリア」

「ごめんね、困らせちゃって。でも、あなたへの愛は本物だから、なしになんてするものか」


 ミリアはせめてもの反撃とでも言うように悔しそうに言った後、ベッドの上に横たわり、瞳を瞑った。


「最初で最期の幸せをありがとう。せめて全力で、偽りのない殺意を、アタシにください」



 ゼロワンは、暗殺者だ。

 暗殺者であり、死の化身と呼ばれるハウンドドッグ。

 その力はとても強力で、だからこそ扱いが難しく、今までまともに扱いきれたことはなかった。


 だが、今なら。

 確かな気持ちを抱き、導とすると決意した、今であるなら。

 

(……やって、やるです)


 もう、ハウンドドッグとしての力は戻った。

 十全に、振るうことが出来る。



 だからゼロワンは――ミリアにデコピンをした。



「あいたっ」


 意表を突かれたミリアは、驚き目を開いた。


「え? え?」

「もう、なに早とちりしてるですか?」

「だ、だって、ゼロワンちゃんによる甘美な殺意が降りかかってこないから。……もしかして、死の幸福さえ与えてくれないの……?」

「ち、違うですよ! そうじゃないですから! はいっ! ハイライトに光あれ! です!」

「……もうっ。じゃあなんなのっ?」


 不満そうに眉根を寄せる姿を可愛く思いながら、ゼロワンは告げる。



「ゼロワンだって、ミリアのためなら死んじゃえるってことなのですよ」



「……え?」


 硬直するミリア。

 病んでいる彼女だからこそ、その言葉の意味は一瞬で分かったようだ。

 その顔が、未だかつてないほど真っ赤に染まる。


「……え! え!? それって、そういうこと!? 嘘偽りなく!?」

「ですよ。ゼロワンの一番は、ミリアだってことなのです」

「でも、ホントにいいの!? あのクソアマは!?」

「えっと、師匠をクソアマ扱いは、流石にやめていただきたいのですが……」


 おずおずと指摘してからゼロワンは続ける。


「確かに師匠のことはとっても尊敬していますし、感謝御礼だって思っているです。本当なら、あの人の弟子として、暗殺者としてミリアを暗殺するべきなのだと思うのです」

「なのに、どうして?」

「でも、それはいやだなってゼロワンは思ったのです。恩を仇で返しているのはわかっているです。尻軽だとそしられても仕方ないです。でも、それでもゼロワンは、ミリアのこと、一番に思うようになったのです」


 ゼロワンは照れ笑う。


「だってしょうがないじゃないですか。いっぱいいっぱい、溢れるくらいの愛を注がれたんですよ? こんなに愛されちゃったら、暗殺者だって、ただの女の子に戻っちゃうですよ。大切に可愛がられたいって、思っちゃうですよ」

「ゼロワンちゃん!」


 ミリアはゼロワンに抱き付き、涙を流し始めた。


「ありがとう。アタシのこと、一番にしてくれて。選んでくれて、ありがとぉ……」

「ミリアって、意外に泣き虫さんですよね。でも、いいのです。ゼロワンだって、なでなでしてあげるのですから」

「うんっ! うんっ! 一緒に、一緒に幸せになろうねっ!」

「もちろんなのですよっ」


 自身の小さな胸の中で、聖騎士が――自身だけを全身全霊で愛してくれた少女が、子供のように泣きじゃくっている。

 そんな、ただの女の子となったミリアを、同じくただの女の子になったゼロワンは、感謝と思いをその手に込めて、優しく優しく撫で続けてあげたのだった。


***


 やがて泣きやんだミリアは、幸せの余韻を楽しむかのように、ベッドに腰かけ、ゼロワンへと寄り添い続けていた。


「はああ……。幸せ……。こんなに幸せでいいのかな? アタシみたいな欠陥品が」

「です!」

「あいたっ!」


 勢いよく立ち上がったゼロワンは、その拍子に床に転がったミリアを睨み糾弾する。


「ゼロワンの望んだ人のことを、そういう風に言わないで欲しいのですっ」

「……うん、ごめんなさい」

「分かってもらえて、なによりなのです」


 ゼロワンはミリアの傍へと寄り添った。

 そして、頬を朱に染める。


「ゼロワンはミリアのものですが、ミリアだってゼロワンのものなのです。それを自覚していて欲しいのですよ」

「そうだよね。……ゼロワンちゃんを悲しませるとか、許せない。誰であろうと葬らなくちゃ……」

「ちょ、ちょっと待つです! 大切に思ってくれているのは嬉しいですが、なに自分を葬ろうとしてるですか!? いったん冷静になるです!」


 剣を引き抜き自身の首を叩き落そうと構える姿に、ゼロワンは驚愕しつつツッコんだ。


「ごめんごめん。幸せすぎて、錯乱しちゃった。いやあ、珍しくお恥ずかしい姿、お見せしました」

「……珍しくは、ないですよ?」

「嘘!?」

 

そうしてしばし談笑した後、ゼロワンは立ち上がった。


「ゼロワンちゃん?」

「きっと舌の根も乾かぬうちにと、思われてしまうと思うです。だけどゼロワン、ちょっとだけ危ない橋、渡らないといけないのです」


 部屋の外に繋がる扉の前に立ち、ゼロワンは言った。

 

「……それは、何のために?」


 瞬間、不穏な雰囲気を纏ったミリアが、ゼロワンの背後に詰め寄っていた。

 だが、ゼロワンは怯まない。

 これは、自分たちの未来のために、必要なことなのだ。


「ゼロワンとミリアが、ずっとずっと一緒に、幸せにいるためなのです」


 そのために、ゼロワンが負わなければいけない責任。

 終わらせなければならないことが、確かに残っていた。


「……」


 ミリアは無言で、じっとゼロワンを見据えていた。

 ゼロワンも、強い決意を乗せて、彼女の瞳を見つめ返す。

 

 部屋の中に緊張感が漂う。

 それは永遠に続くかに思われたが、やがて、ミリアは諦めるように肩を落とした。


「……そっか。それだけアタシのこと、アタシたちの未来を、大切に思ってくれているんだね?」

「もちろんです」

「……分かった。ゼロワンちゃんが真剣なこと、引けないこと、凄く伝わったよ」


 ミリアは笑った。

 どうやら、納得してくれたようだ。

 ゼロワンは、ほっと胸を撫で下ろす。


「信じてもらえて、とっても嬉しいです。ゼロワンは今、確かに幸せの渦中にいるのですよ」

「ふふ。喜んでもらえて、アタシ嬉しいな」


 彼女の考えは到底理解できないと思っていたが、今、ゼロワンは確かに実感した。

 愛する人に見送られるというのは、なんて幸せなことなのだろう。


「それじゃ、ちょっと行ってくるのですよ。あったかいご飯作ってもらえたら、ゼロワン、とっても喜びますっ」

「うん」


 たとえ敵わないと、叶わないと分かっていても、それでも可能性にゼロはないから。

 だからゼロワンは、この命を懸けると誓ったのだ。

 彼女と一緒にいられる、未来を夢見て。


(もしもダメでも、せめて、ミリアだけでも幸せでいれるように……)


 最期に、振り返る。

 その姿を、地獄の底でも思い出すことができるように。





 瞬間、鮮血が部屋を染めた。





「……え?」


 何が起きたのか分からなかった。


 一瞬遅れ、ゼロワンは体を袈裟懸けに切り裂かれたこと、そして吹き出した鮮血が自分のものであることを理解する。


 その眼前には、血に濡れた剣を手に、返り血を浴びて真っ赤に染まるミリアの姿。


「……」


 彼女はハイライトの消えた瞳で、悲しそうに唇を引き結んでいた。


「……ミリ、ア?」


 そんな顔なんて、見たくなかったのに。

 幸せな笑顔で、いてほしかったのに。



 大量に出血し、ゼロワンの意識が遠のく。

 力が抜け、血だまりの中に崩れ落ちる。


「……ごめんね」


 薄れゆく意識。暗転する視界。

 ゼロワンが闇に沈む直前、耳に届いたのは、


「……やっぱり、許せないよ」


 そんな、悲哀に満ちた声だった。


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