脅迫すればいいよね!
「見て見てゼロワンちゃん! ほら! すごく綺麗!」
薄暗い洞窟の中。
宝箱から大粒の宝石を取り出したミリアが嬉しそうに笑った。
「うん、やっぱりここはいいね! 冒険しに来る人がほとんどいないから、お宝取り放題だよ!」
「いや、それはそうですよ」
ゼロワンは歩いてきた方を振り返る。
そこには骸骨の剣士やうにゃうにゃとした不気味な色をしたスライム、毒毒しい色をした鳥と獅子、大蛇などを合成したような何かなど、凶悪なモンスターたちの死屍累々が転がっていた。
「こんな死の溢れた場所に入り込む命知らずなんて、そういてたまるかです」
ここは高難度ダンジョン。推奨レベル80以上の洞窟だ。
洞窟の入り口には、
『この先危険! 間違ってもレベル1の冒険者は入らないこと! いい、絶対だからね!? 絶対だよ!? テレポートさせるわよ!?』と、看板が立っていた。
だが、そのギャグのような文言とは裏腹、洞窟の中には死と恐怖が溢れていた。
モンスターたちはミリアの姿を見ると、その見た目から聖騎士だと分かっただろうに、躊躇うことなく襲い掛かってきたのだ。最強のクラスだとして、たったの一人くらいなら問題ないとでも言うように。
普通の冒険者たちであれば、逃亡を望みたくなるようなモンスターたち。
しかし、ミリアはそうすることなく、むしろ瞳に凶悪な光を宿し、襲い来るモンスターたちを次々と切り伏せていった。
凄まじい気迫で無感情に相手を切り捨てるその姿は聖騎士というより暗殺者。
ゼロワンは彼女を暗殺できるのか更に不安になった。
そして、それとは別の不安を覚えたゼロワンは、ミリアに尋ねる。
「あの、ミリア。もしかして、もしかしてですけど、ここに隠れるつもりです? 確かにここならばれにくいとは思いますが、隠れ続けるのは無理ですよ?」
街で騎士たちと一騒動起こした後、どこへ逃走するべきか焦るゼロワンを連れ、ミリアは街からほど近い森の奥、そこにあるこの洞窟へやって来たのだった。
ここはモンスターよけの聖水など意味をなさない、凶悪なモンスターが生息する場所。
こんな場所に身を潜めるなど、正気の沙汰とは思えないだろう。
だからこそ、ここを選べば発見される可能性は低くなると考えられる。
たった今、肌で感じたミリアの強さは本物だ。どんなモンスターが現われたって遅れをとるようには思えない。
だが、鬼神の如き強さを発揮する彼女ではあるが、その身は人間である。
こんなところではおちおち休むこともできない。
休みもとらずに戦い続ければ、いずれじり貧となってしまうのは明らかであった。
しかし、ミリアはどこ吹く風。不安など微塵も感じていない様子だった。
「いいからいいから。それよりここ、お宝取り放題だよ? ゼロワンちゃん金欠なんでしょ? ほら、稼ぎ放題ザックザク!」
「いや、ですけど……」
「うわああ! すごいすごい! 黄金の剣だ! 売ったらいくらするんだろ?」
「ふっふっふ! その程度がなんですか! 凄腕トレジャーハンターと自負しているゼロワンが、今に目にもの見せてやるのですよ!」
「ゼロワンちゃん乗せられやすいんだね。そういうとこも好きだよ?」
次々と財宝を発見する姿に触発され、ゼロワンもその気になった。
今のゼロワンの戦闘力は皆無に等しいが、辺り一帯のモンスターはミリアが殲滅しているため、少しくらいなら自由に動いても問題ない。
周辺の捜索に移ろうとするゼロワンの背に、ミリアから声がかかる。
「ゼロワンちゃん! あんまり遠くに行っちゃダメだよ? なにかあったら大声あげること!」
「分かってるですよー」
ミリアから離れ、ゼロワンは周囲の探索を開始する。
だが、なにか気にかけるべきことが他にもあったような気がする。
ダンジョンを探索するうえで油断してはならないことが。
その何かを思い出しかけたゼロワンだったが、発見した宝箱を見て忘れてしまう。
「おお!? これはなかなか素晴らしいのです! この豪奢な装飾! 絶対に大当たりなのですよ!」
喜び勇んでゼロワンは宝箱へと近づく。
一体何だろうか? なんだとして、今月の月給より高いのは明白だ。
「さよなら貧乏! ようこそ傲慢!」
惨めな自分との決別を宣言し、宝箱に触れる。
そして、蓋を開けようとする。
その時、開いた箱の隙間から、死人のような真っ白い腕が伸び、ゼロワンの腕をしかと握った。
「です!?」
そして、ゼロワンは思い出す。
財宝に目がくらんだ愚か者を狙う、モンスターの名前を。
「み、ミミックです!?」
一発ドローで大当たりを引き当ててしまい、ゼロワンは戦慄した。
本来なら、最凶の力で屠れるだろう相手。
だが今のゼロワンは、見た目通りの幼い女の子でしかない。
「ミ、ミリむぐっ!?」
助けを呼ぼうとするが、それは叶わない。
もう片方の手を伸ばしたミミックに口を塞がれてしまった。
「むー!? むむー!?」
ゼロワンは必死に暴れるが、しかしその抵抗は全くのムダ。
拘束は解けず、その間にも身体は宝箱の中へと引き込まれていく。
そして、箱の中に広がる闇の中、ゼロワンは怪しく輝く双眸を確かに見た。
(ああ、もうダメです。さよなら現世。ようこそ冥界)
今ここに、カリスマ暗殺者の命運が尽きようとしていた。
だが、
「でやああああ!」
そこに響く清廉な声。
ゼロワンの横に、輝く聖剣が差し入れられた。
「ひうっ!?」
宝箱の中から声が漏れる。同時に、拘束が解けた。
ゼロワンを宝箱の中から引っ張り出し、現れた少女、ミリアはミミックに対峙する。
「わたくしは聖騎士! 愛する人の窮地を感知し、この場に駆けつけました! ……というか。ねえ? ゼロワンちゃんを傷つけようとか許せないんだけど。覚悟はできてるよね? もちろん、簡単には死なせないよ……?」
「ま、待って! ちょっと待ってちょうだい!」
ハイライトを消すミリア。
対して聖剣が差し込まれた宝箱の中から、怯えるような声が聞こえる。
「そんなつもりないから! あまりにも油断が過ぎるからお仕置きくらいはしようと思ったけど!」
「……お仕置き? 小さな女の子に、いったいナニをしようとしていたのかな? 『あの子』とはプラトニックな関係だって散々叫んでおいて、その実、抑えきれない劣情を他の子に向けるとか。そんな淫婦、滅べばいいよ」
「いや変な意味じゃないから! というかあなた闇堕ちしてない!? 纏う雰囲気が尋常じゃないんだけど!?」
一方的に押されるミミック。
恐ろしい目にあったとはいえ、少し援護してあげたくなってしまう。
「あの、えっと――!?」
その時、ゼロワンの身体を神聖さが貫いた。
身体を穿たれたと錯覚するほどのこの感覚。
これは、いったいなんだ。
「? ゼロワンちゃん?」
その様に気付いたのか、ミリアはゼロワンに駆け寄る。
「こ、怖いです! 怖いのですミリア!」
身震いを抑えることができず、膝をつく。
あふれる涙を抑えることができず、ミリアに抱き付かずにはいられない。
これは演技などではない。心の底から、体が恐怖しているのだ。
泣きじゃくるゼロワンを、ミリアがしかと抱きしめる。
「よしよし。大丈夫、大丈夫だからね。何が来ようと、ぶっ殺してあげるからッ!」
「とうとう殺意を明確に口にしたです!? でも頼もしいのですよ!」
聖騎士とは思えない凶悪さを放ちながら立つミリア。
だが、それが今は頼もしい。
「だから待って! そんなに警戒しなくても大丈夫だから!」
ミミックがなぜかそんなことを言っているが、気にしている余裕などない。
暗い洞窟の先。ゼロワンたちが歩いてきた方から、ランタンらしき光が見える。
それは徐々にこちらへ近づいてきて、その度に神聖さが強くなってくる。
震えを抑えられないゼロワン、ハイライトを消すミリア。慌てるミミック。
その三者の前に現れたのは――
「む? お客様? こんなところまで、ご足労様」
光り輝くナイフを携えた、幼い顔立ちの女の子だった。
***
「あったかいもの、どうぞ」
とある家の中。
ソファに座ったゼロワンに、少女がお茶を出してくれた。
「あったかいもの、どうもです」
礼を言うゼロワン。
少女はミリアにもお茶を出した後、ゼロワンにぺこりと頭を下げた。
「怖がらせて申し訳なかった。おもらししてない? お風呂沸かす?」
「し、してないですよ! 数えきれないほどの窮地を潜り抜けて来た奇跡の人、ゼロワンにとって、あのくらいなんでもないのですよ!」
正直、危なかったのは口が裂けても言えない。
ゼロワンは、粗相をしなかった自分を心の底から褒めちぎった。
「そっか」
少女はこくりと頷いた。
表情がよく読めないが、安心したのだろうか。
「それにしても、あのナイフはなんなのですか? あの神聖さ、それこそ神か天使にしか発揮できないようなものだと見受けられましたが……」
「ん、よく分からない。あれはロリッ子好きな修道女さんにお祈りしてもらった結果。でも、モンスターが近寄らなくなるから、レベル1の冒険者が洞窟に潜るのに重宝する」
「え!? ま、まさかあなた……」
ありえない予想に顔を青くするゼロワンに、少女はピースサインを向ける。
「ん。レベル1。ナンバーワン。いえ――」
「お仕置き執行!」
「デジャヴ!?」
言いかけた少女が、ヘッドバットを受けて昏倒した。
床を転がる彼女を見下ろすのは、豊満なボディラインをした女性、ミミックだ。
大きな音が聞こえるほどの渾身の一撃を見舞っておいて、彼女はまったく痛がる素振りを魅せない。流石は防御力の高いミミックと言ったところだろうか。
「あなたまだそんなだったの!? 少しずつ頑張ってるなんて言ってたくせに! 嘘つくなんてポリシーに反することまでして!」
額に青筋を浮かべて言った後、ミミックは少女へ薬草を投げつけた。
床を転がっていた少女はそれを額に張り付け、抑えながらミミックを見る。
「ごめんなさい。でも、頑張ってるのは本当。元気になった母様が無理なく働きに出ている間、妹たちのお姉ちゃん頑張ってる」
「……あ、そうよね。冒険者として生きるより、大切なこともあるわよね」
「ん。いつもお手伝いに来ていただき、美味しい料理は妹たちに大好評。その節は、とっても感謝」
「あ、いえいえ。それはしたくてしてることだから」
「今、頑張って経験値貯めてるから、期待しててね?」
「? どういう意味?」
ミミックが小首を傾げると、少女はわずかに頬を染めた。
「面倒見つつの花嫁修業、母様がお休みの日の通い妻。経験値貯めてマックスになったら、新妻な幼な妻へとクラスチェンジ」
「嬉しいっ!」
ミミックは少女へ抱き付いた。
「待ってる! わたし待ってるからね!」
「……ん。こうご期待」
まんざらでもない様子で少女は成すがままにスリスリされていた。
「あ、あのー」
「……ハッ!?」
ゼロワンに声をかけられ、ミミックは人前であるというのを思い出したようだ。
真っ赤な顔で慌て始めた。
「ご、ごめんなさい! そういうの家でやれって話よね!?」
「ううん、ここあなたの家だし。まあ、なんというか……色々、お邪魔してまーす」
ミリアがちょっとだけ照れて言った。
今、ゼロワンたちがいるのは、ミミックの家だ。
とりあえず、洞窟での立ち話もなんだからとミミックに促され、恐る恐る宝箱に入ると、そこには平和そうな異世界が広がっていた。
一体どんな原理になっているのかはまったく見当がつかなかったが、とにかくそこの森の中にあった一軒家がミミックの住まいらしく、現在ゼロワンたちはそこで話をしているのだった。
「えっと、じゃあいただくのですよ?」
幸せオーラに充てられ、なんとも言えない気分になったのを落ち着けようと、ゼロワンは受け取っていたお茶を口にした。
なんだか不思議な味だ。たった一口すすっただけで、体中から元気が溢れてくるようだ。
「美味しいです。なんだか元気いっぱいになってくる気がするです。なんのお茶ですか?」
「ふっふっふ。聞いてびっくりエリクサー百パーセント」
「です!?」
ゼロワンは飛び上がった。
エリクサーと言えば天然の秘薬とも呼ばれる幻の薬草である。
市場に出回るのは稀であり、売れば高値が付く事間違いなしの代物だ。
「な、なななんてものを!? 今日のご飯にも事欠くありさまなケモ耳少女ゼロワンの財布には、これっぽっちしか入ってないですよ!?」
硬貨が二枚しか入っていない財布を開き、中身を見せつけるゼロワン。
その惨状を目の当たりにして、ミミックは引きつった笑みを見せた。
「別にいらないわ。むしろ不憫でとれないし。あとそれ、天然ものじゃないから希少じゃないし」
「ですです!?」
「栽培に成功したの。まあ効果は天然ものと変わりないけどね」
「お金が必要な時は少しずつ売りに出す。市場価格、大暴落させない程度に」
「そ、そうなのですか。こんな一軒家に住んで、愛する人もいて、そしてそういう生活。なんだか、勝ち組って雰囲気がすごいのですよ……」
「ゼロワンちゃん!? なんか出てる! 口から魂っぽいものでてるから!」
「……ハッ!?」
ミリアの声を受けゼロワンは我に返った。
それを見届け胸を撫で下ろした後、ミリアはミミックを睨み付ける。
「アタシのゼロワンちゃんに精神ダメージ与えるとか、いい度胸してるね。そんなに死にたいなら、言ってくれればいいのに……」
打って変わって邪悪なオーラを纏う姿に、ミミックは少女を庇いながら取り乱す。
「ちょ、ちょっと!? なんでそうすぐ黒化するの!? あなた前に出会った時、聖騎士の鏡っぽい感じだったわよね!?」
「あんなの、死んでたも同じだよ。ゼロワンちゃんが、アタシに命をくれたの。変えてくれたの。この子のためならなんだってできるよ? 国ひとつくらい、潰してみせるんだから……」
「聖騎士からテロリストに!? ちょっとお嬢ちゃん! 一体なにしたのよ!?」
「ゼロワンこそ聞きたいですよ! いっつもこの調子なんですから! 落ち着いてくださいミリア! ゼロワンは気にしてないです! それに精神ダメージなんて今さらですよ! 伊達にあなたの恋人やってないです!」
「ゼロワンちゃんがそう言うのなら……。ん? 今なんて?」
首を傾げるミリアを放ってミミックは頭を下げる。
「ごめんなさい。気分を害するつもりはなかったの。こんなところまで来て、きっと疲れてるだろうなって思ったから……」
「そ、そんなお構いなくです! あなたも、ありがとうでした」
ミミックの傍らに座る少女は、わずかながら口角を上げた。
「ん。どういたしまして。せっかくだから、遠慮せず飲んで?」
「あ、はいです。いただくのですよ」
お茶を飲む傍らで、ミミックはミリアに向き直った。
「それでミリア。尋ねて来たってことは、なにか用があるのよね?」
「あ、そうだった。実はお願いがあるの。散々殺気を放った手前、聞いてもらえるか不安なんだけど……」
「自覚はあるのね……」
「まあ、聞いてもらえなかったら脅迫すればいいよね!」
「こっちも不安になったわよ!?」
「その姿勢、嫌いじゃない。ぐっど」
「ノーグッド! お願いだから見習わないでちょうだい!?」
少女を諌めるミミックに、ミリアが提案する。
「あのね? アタシたちを、しばらく匿ってほしいんだ」
***
ミリアは、ミミックに事情を説明した。
ミリアとゼロワンが恋人同士であること。
デート中騎士に取り囲まれ、しかし何らかの理由で騎士たちが出直したこと。
恐らくそれはミリアに関係があること。
そして再び襲われる可能性があるため、ほとぼりが冷めるまでどこかに隠れる必要があることなど。
事情を聞いたミミックは、ふむふむと頷いた。
「なるほど、そんなことがあったのね。でも、一番気になるのは……」
ミミックはゼロワンに向き直る。
その表情には、鬼気迫るものがあった。
「お嬢ちゃん、正直に話して? あなた、ほんとにこんな闇に沈み切った暗黒騎士みたいなやつが好きなの? 愛してるの? 脅されてるんじゃないの?」
「ち、違うですよ! ゼロワンは正真正銘、ミリアの恋人なのです! 確かに最初はミリアのこと、暗殺しようと思ったですが、でも、今はそんな気、全然まったくないのですよ! ほ、ほんとですよ!?」
「そうなの?」
「はいです! 蓼食う虫も好き好きです!」
「いや、散々怯えたわたしが言うなって話だろうけど、それは本人前にして言う言葉じゃ――」
「難しい言葉知ってるゼロワンちゃん可愛い! ぎゅー!」
「あなたはそれでいいのね……」
好き好きオーラ全開のミリアの姿に、ミミックは呆れるように肩を落とした。
そんな様子を意に介すことなく、ミリアはゼロワンへ好意をぶつけ続ける。
「ゼロワンちゃん! 絶対に幸せにしてあげるからねっ!」
ここは皆を信用させるため、見せつけるようにイチャイチャするべきだろう。
ゼロワンはいつも以上にラブラブカップルっぷりに磨きをかける。
「はいです。ゼロワンたちはナイスカップルなのですよー。イチャイチャですー」
「……でも、殺されたっていいんだよ? あなたのくれるすべては、アタシの幸せだから」
「ほ、ほら、ナイスカップルです。あうう……」
「声、震えてるわよ?」
何とも言えない顔をするミミック。
その傍らで少女が小首を傾げた。
「ところでワンワン。モンスターなの?」
「あ、ゼロワンのことですか? はいです。クールビューティーな恋人ゼロワンは、ハウンドドッグなのですよ」
「なんですって!?」
ミミックは途端に顔色を変え、ゼロワンの視線から庇うように少女を抱きしめた。
腕の中の少女は不思議そうな声をあげる。
「む? どうしたの? 見せつけるようにイチャイチャする?」
この少女は、もしかしてゼロワンの思惑を見抜いているのだろうか? それともただの軽口なのだろうか?
ともあれミミックはそれに応じず、少女の身を案じ続ける。
「大丈夫!? なにかおかしなところはない!? 胸が苦しいとか、気分が悪いとか!」
「? なにもない」
「ほんとに!? ほんとに大丈夫!?」
「ご心配痛み入る。でも、息災」
「ほんとに!? ほんとなの!?」
必死に身を案じる姿から、ミミックが少女のことをとても大切にしていることが分かる。
ゼロワンは微笑ましく思いながら、安心するよう言葉をかける。
「あの、見ただけで死ぬとか、そういうのは迷信ですので。大丈夫ですよ?」
「そ、そうなの?」
「はいです。それに今、訳あって力を使えないので。今のゼロワンは愛らしすぎるケモ耳少女でしかないのですよ。ご迷惑、おかけしたです」
「良かった……」
ミミックはほっと胸を撫で下ろす。
「まさかハウンドドッグだなんて思わなかったもの。ちいとばかし闇の気配は感じるけど、まるで死の気配がしないから……」
「う!? サイレントな暗殺者であったゼロワンは、隠しえぬ死の香りをもばっちり隠す力を持っているのです! ほ、ほんとですよ!?」
「うんうん。ゼロワンちゃんは、自称凄腕暗殺者だったもんねー」
「ミリア!? 今自称って言ったですか!? 言ったですよね!?」
「おおっと。さてと、それよりどう? 匿ってもらえる?」
追いすがるゼロワンをいなしつつ、ミリアはミミックに言う
「もし二人ともが無理だっていうなら、ゼロワンちゃんだけでもお願い。いらないだろうけど、アタシの全財産も差し出すよ。それじゃ足りないっていうなら、クエストで稼いで持ってくる。できることならなんだってする。それでもダメなら――」
「うん、まずはそのよく切れそうな剣をしまいましょうか?」
「え? でもアタシ、ゼロワンちゃんのためならなんだってするし……」
「困ったように眉根寄せても怖いからね!? というか、なに盛り上がってるのよ。ダメだなんて言ってないでしょう?」
ミミックはミリアを制し、言う。
「あの日、力及ばず敗北したわたし。ミミックなんて討伐されるべきモンスターなのに、この子が悲しむだろうからって、あなたは助けてくれた。その恩、今が返す時じゃないかしら?」
「それじゃあ……!」
ミミックはにっこりと笑う。
「ええ。好きなだけいるといいわ」
途端、ミリアがミミックに抱き付く。
「ありがとう! ほんとにありがとう!」
「ちょ、ちょっと!? なに抱き付いてるの!?」
ミリアに抱き付かれ、ミミックは真っ赤になる。
「だって嬉しいんだもの! よかった! よかったよお! ゼロワンちゃん、守れたよお!」
「まったく。……よしよし。もう、大丈夫だから」
ミミックは母のような眼差しで抱き付くミリアを優しく撫でた。
二人の様子を見て、ゼロワンは思う。
ミリアは別に、ミミックに対してそういう意味で抱き付いているわけではない。
彼女の重過ぎる、ほんとに重過ぎる愛情は、そのすべてがゼロワンに捧げられているのだ。
それは嫌というほど分かっている。それを利用して暗殺しようとしているのだし。
だが、なぜだろう。
偽りの恋人関係だというのに、この、胸に浮かび上がるモヤモヤした気持ちは……?
釈然としない気持ちを覚えるゼロワン。
その隣に、いつの間にか少女が立っていた。
「? どうしたですか?」
「ん。なんだか、ちょっとだけムズムズする」
少女は眉をしかめていた。
自身が感じる気持ちがなんなのか分からないと、小さな胸を痛めているようだ。
ゼロワンは、彼女に微笑む。
「心配いらないですよ。それは、あなたがミミックさんを大好きな証ですから」
「……ん。再認識できた。これは、よかった」
少女は頬を染め、言う。
「……ネトラレも、案外悪くない?」
「!? そんな言葉、一体どこで習ったですか!? 悪いです! 悪いですからね!?」
***
ゼロワンとミリアは、ミミックの言葉に甘えて宝箱の世界で数日を過ごした。
この異世界にはミミックが認めた相手、それも招きいれなければ入れないということで、騎士の襲撃に晒されることはなかった。
また、ここにはモンスターも存在せず、なにに怯えることもなく、無防備に散歩することだってできた。
時折やってくる少女は家族の許可を得ているらしく、泊まっていくこともあった。
彼女や、買い出しに出かけたミミック(宝箱と分離することができたらしい。力もほぼそのまま使用可能だとのこと)から外の世界の様子を聞くに、やはり騎士たちが周囲を捜索しているらしかったが、ここにいることに感づいた様子はないとのことだった。
そうして、ゼロワンは平和を満喫していたのだが――
「このままじゃマズいのですよ!」
宝箱の異世界にも夜が訪れる。
ミミックの家、そこから少し離れた原っぱに一人佇み、ゼロワンは現状を嘆いた。
「ゼロワン、進行形で暗殺者です! ですが、未だにミッションインポッシブル! これはちょいとマズいのですよ!」
暗殺依頼にも期限がある。
そして宝箱の中でも、時間は現実と同じように流れるよう設定してあるとミミックは語っていた。
なら、もうすぐその期限がやってくるはず。
幸いと言っていいのか分からないが、ミリアにはゼロワンに対する敵意も殺意もない。
だから、返り討ちに遭うことはないのだが、しかし、このままではまずい。
上の方が久々に振ってくれた暗殺依頼。
きっと失敗すれば、もう依頼をくれなくなるだろう。
それは、暗殺者生命の終わりを意味する。
そうなれば、きっとあの人を悲しませることに……。
しかし、ミリアを暗殺するのはとても難しかった。
相も変わらず夜はずっとゼロワンの寝入る姿を監視、もとい見守っており、一体いつ眠っているのか見当がつかない。
食事に毒を混ぜてやろうと自作の料理を振舞えば、「すごい! 刺激的でいい味付けだね!」と平気な顔してバクバク食べた。
毒を入れ忘れたかと味見させてもらえばそんなことはなく、猛毒を受け、ゼロワンは数日生死の境をさまよった(ミリアは「材料が古くなってたのかな?」 と暗殺を全く疑わなかった。後ほど話を聞くと、聖騎士ははほとんどの状態異常を無効化するとのことで、毒が効かなかったのはそのせいらしい。反則だ)。
他にもいくつか策を弄したというに、反則気味な聖騎士とヤンデレのコラボした力、さらにはゼロワンのドジさも合わさり、全く暗殺できなかった。
だがその半面、そうできずにホッとしている自分がいるのにも気付く。
なぜだか、こうして彼女と過ごすのが、楽しくなっているような――
「ニ、ニコニコ禁止です! しゃんとするですよ暗殺者ゼロワン!」
ゼロワンはほっぺたを引っ張りキリッとした表情になるよう努めた。
いったい自分はどうしてしまったのか……。
「ああうう。ゼロワン、どうすればいいのですか?」
がっくしと肩を落とす。
きっとあの人なら――師匠ならこんな風に悩むことなく、スムーズに依頼を達成するのだろうが――
「にゃははっ。眉をしかめちゃって。可愛い顔に、ハの字は似合わないぞ?」
突如、闇の中に響くお茶らけた声。
この声、聴き間違えるはずはない。
驚くゼロワンが視線を向ける先、そこには一人の女性が立っていた。
「きゃっほー。元気してたー?」
ひらひらと手をふる女性。
「し、師匠!?」
「ぴんぽーんっ。だいせいかーい。暗殺者にして、偉大なる師匠、ムーちゃんですよー」
ムーと名乗った女性は、ぶいっとピースサインを作った。
***
「……」
そして、ゼロワンたちの姿を、影からじっと見据えるものが、一人。




