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Lily×Monster ~モンスター娘と百合コメです!~  作者: 白猫くじら
ヤンデレ聖騎士×暗殺者ハウンドドッグ
17/58

死んだって離れないよ?

 闇が世界を覆いつくす、新月の夜。

 その少女は、夜道を進んでいた。


 歩を進めるのは、平野を縦断する、馬車が離合できるほどの大きな道だ。

 主要な街道のひとつでもあるこの道は、日中は多くの冒険者や商人たちが利用する。

 だが真夜中になろうという今、辺りに他の人の気配はない。


 夜道を歩くのは危険を伴う。

 それは視界が危ういからという理由だけによるものではない。


 夜闇は、モンスターの力を増幅させるのだ。

 満月の輝く夜、そして完全なる夜の帳が降りる新月の夜、それは顕著になると言われており、腕に覚えがない限り不要不急の外出は避けるよう、国よりお達しが出ていたりするのだ。


 だから今日のような新月の夜には、街の外を出歩く人間はほとんどいない。

 この少女だって、ギルドより受注した討伐クエストに手こずったりしていなければ、今頃は宿で眠りについているはずだったのだ。


「はああ。街、まだ見えないよー。テレポートが使えれば一発なんだけどなあ。でも、アタシのクラスじゃ覚えられないし……」


 テレポートとは術を掛けられる者(術者本人かどうかは問わない)が訪れたことのある街へ転送する特技であるが、それを習得できるのは魔法使い系のクラスに限られている。

 だが生憎彼女はそういったクラスではなく、使用することができないのだ。


 この辺りには凶暴なモンスターは生息していない。

 新月によって多少昂っていはするだろうが、仮に襲われたとしても、打ち倒す自信はある。

 あるが、だとしても夜の道を一人歩くというのは気分のいいものではない。

 

 寂しげな夜風に草木が揺れる中、少女は足早に街を目指す。

 やがて、視線の先に十字路が見えてきた。

 その先の方には、いくつかの光が集まっているのが見える。

 それは人の営みの証。街の灯りだ。


「ああ、やっと見えたよ。よし、もうちょっとだから走っちゃおっ」


 思わず駆けだそうとする少女。

 

「……ん?」

 

 だが、あることに気付き、ぴたりと足を止めた。

 眉を潜め、正面を見据える。



 十字路のど真ん中。

 そこに、なにかがいる。

 


 新月の夜。夜道に佇む黒き影。

 モンスターの可能性が高いだろう。

 

 辺りが暗いこともあり、もっと近づかないと、それが何であるのかは判断できない。

 だが、その輪郭から、犬のような耳と尻尾のようなものが生えているのが分かった。


 犬耳と尻尾の生えたモンスター。

 真っ先に思い浮かんだのはウルフだった。

 それらはこの近くの森の中に多く生息している。

 まろびでてきたとして、なんら不思議はない。

 しかし、ウルフたちは群れを成すはず。一匹だけというのは少々腑に落ちない。

 ならあれは、群れからはぐれてしまった愚かなウルフか、はたまた単なる野犬だろうか。


 どちらにしろ、その程度の相手ならば問題ない。

 道を外れて大きく迂回することもできなくはないが、正直面倒だ。早く宿で休みたい。

 少女は腰に差した剣を引き抜き、歩を進める。


 ランタンの灯は、影に気付いた時点で消している。

 息を殺し、足音を殺し。

 夜闇の中を、ゆっくり、ゆっくりと近づいていく。

 

 影はこちらのことに気付いていないのか、動く気配を見せない。

 ウルフにしてはおかしい。この距離なら、鋭敏な嗅覚で獲物のことを探知するはずだ。

 

 なら、やはり野犬だろうか?

 推察しつつ、じりじりと近づく。

 

 やがて距離が近づき、影の正体が判明した。



 それは、子供だった。

 ウルフでもなく、野犬でもなく、ボロボロの外套を纏った子供が、十字路の真ん中にうずくまっていたのだ。



 外套のフードを目深にかぶっているため、表情は分からない。

 だが、肩を小刻みに揺らしていることと、嗚咽を漏らしていることから、泣いているのが窺い知れた。

 

  真夜中に子供が一人街の外にいるというのは気になったが、この辺りには、このようにして人を惑わすモンスターは生息していない。犬耳と尻尾があるように見えたのは、暗い中であったが故の見間違いだったのだろう。

 家族と喧嘩して家を飛び出し迷子になったか、パーティメンバーに置いていかれたりしたのか、事情は分からないが放っておくのはかわいそうだ。

 

「ねえ、大丈夫?」


 目線を合わせるようにしゃがみ込んで声をかければ、その子はびくりと震えた後、飛びついてきた。


「うえええん! 怖かったです! 怖かったですよー!」


 泣きじゃくる子供。声音から察するにどうやら女の子のようだ。

 少女は安心させてあげようとその子を優しく抱きすくめ、不安を和らげるように背中をゆっくりと撫でてあげた。


「よしよし。怖かったね? 寂しかったね? でもね、もう大丈夫だよ? お姉ちゃんがいるからね?」

「ううう、お姉ちゃん、ありがとうです」

「どういたしまして。よしよーし。なでなでー」

「お姉ちゃん。うう、お姉ちゃん……」


 そうしてしばらくの間撫でてあげる。

 やがて落ち着いたのを見計らってから質問した。


「ところで、どうしてこんなところにいたの? パパやママは?」

「! うう、分からないのです……。パパぁ、ママぁ」

「ごめんね、悲しくさせちゃって。でも大丈夫。アタシが一緒に探してあげるから」

「ほ、ほんとですか……?」


 少女は彼女を安心させるよう、大仰に胸を張る。


「うん。お姉ちゃんこう見えて結構強いからね! 頼りにしてもらっていいよ?」

「……ふうん。そうですか」


 少女は嬉しそうな様子を見せる。

 だが、それは心強い味方を得たというよりは、むしろ強敵を前にして喜ぶような……?


「? まあいっか。ところでキミ、お名前言える?」

「うん、言えるのですよ」

「すごいねー。じゃあ、教えてくれるかな?」


 なんだか微笑ましいやりとりをしているのを自覚し、頬が緩む。

 ほんわかしながら女の子の二の句を待っていると、



「――ドッグ」


「……え?」



 瞬間、なにが起こったのか分からなかった。

 気付けば少女は地面に転がっており、それを女の子が見下ろしていた。


「……あ、あれ?」

「意識があり、口を動かす……。ちいと下手うったみたいですね」


 泣きじゃくっていた姿が嘘だったかのように、女の子は冷たい声音で言い放った。

 

 今の彼女からは明確な敵意を、そして、殺気を感じる

 状況は不明だが、このままではまずいというのは確かだった。


 少女は起き上がろうとするが、しかし、それはできなかった。

 意識は確かにある。口も動く。指先など、末梢も動く。

 だが、体の中心に見えない重しでも仕込まれたかのように、身を起こすことはできなかった。

 

 多くの戦闘経験の中から、少女は自身を襲っている異常を分析する。

 毒ではない、麻痺でもない。

 混乱なら視界が大きく歪んでいるはず。

 鈍重の呪い? いや違う、あれは動作が緩慢になるだけ。そうであるなら時間はかかるが起き上がることはできるはずだ。


 彼女は下手を打ったと言った。つまり満足な異常を引き起こせなかったということ。

 だが、そうだとしてこれだけの脅威。いったいこれはなんなのか。

 思いつく限りの状態異常を頭に浮かべるが、しかし、そのどれにも当てはまらなかった。

 

 というか、先ほどこの子はなんと言った?

 聞いてはならないはずの名前を耳にした気がするが。


 思い出そうと頭を巡らせ、しかし気付いてはならぬと本能が警告する。

 そんな少女の前で、女の子は外套を脱いだ。

 

 そうして、彼女の肢体が露わになる。


 その身に纏うは闇夜に溶ける漆黒の衣装。

 それは人間たちが葬儀の際に身に纏う漆黒の礼装を想起させる。


 愛らしい顔立ち、その頭の上には三角の耳がピンと立ち、

 闇色の黒髪の間からは、血のように残虐な色の瞳が覗き、

 膝丈のスカートの中からは、真っ黒い尻尾がにょろりと伸びる。


 人間の女の子が犬耳と尻尾を生やし、仮装しているように見えなくもない。

 だが、それはありえない。

 彼女が纏う闇の気配が、そう思うことを許さなかった。


「嘘、でしょ……?」


 少女は思わず声を漏らした。

 

 出遭ってしまったのは、禁忌の存在。

 聞き逃していたのは、死の化身の名。

 邂逅した者すべてを葬ると言われる、不幸そのもの。

 

 身動き取れない少女に向かい、女の子、いや、ソレは口元を歪める。


「油断したのが運の尽き。ハウンドドッグの力を前に、無様に呆けて果てるといいです」


 そうして声高に、冷酷に。

 ハウンドドッグは、命を絶つと宣言した。


***


 ハウンドドッグ。

 黒妖犬とも呼ばれる幻のモンスター。

 その生態はおろか、姿形すら知られていない希少な存在である。

 詳細不明な存在ながら、そのモンスターは冒険者たちに確かな恐怖を植え付けていた。

 

 それは、ただ一つだけ知られている事実によるもの。

 

 

 出遭った者は、死ぬ。

 


 ハウンドドッグは即死の力を操るということのみが、広く知られていたのだ。

 それも、蘇生アイテムや魔法で回復する隙も、一時撤退して立て直す隙も与えてくれず、出遭った次の瞬間には全滅させられてしまうことがあるという。

 それがどのような所業によるものなのか、検討すらつけさせてくれずに。


 とはいえ、対峙して帰ってきた者がいないため、本当にそんな力を持っているのかについては実のところ分からない。

 力の有無云々どころか、そもそもそんなモンスターなど実際おらず、どこかの誰かが考えた、空想上の存在ではないかと疑問視する声もあった。



 だが、それは確かに実在した。

 新月の夜である今、とある主要な街道のその十字路に。


 

 そして、哀れにもその死の化身に対峙してしまった不幸な少女が今ここに。

 彼女は恐ろしい話の通り、成す術なく、若い命を散ら――さなかった。


「いやあ、ホントにびっくりしたあ。もうダメかと思ったよ」


 確かに地を踏みしめる少女は、額に浮かんだ冷汗を拭った。

 対して地面に倒れ伏すのは闇色の服を纏ったケモ耳少女。


「お、おのれです。凄腕暗殺者のゼロワンが、土の味を知る日が来ようとは……」


 敗北を喫したハウンドドッグ、ゼロワンは悔しげにつぶやいた。


「あの状況から逆転するとは、流石は聖騎士と言ったところでしょうか。ゼロワンはプライドの高いカリスマ暗殺者です。ですが、だからこそ勝者には敬意を払うのです。ナイスファイトです」

「えっと、ありがとね?」


 しかし称賛したというのに、少女は戸惑いを露わにしていた。

 避けえぬ死をもたらす存在に相対し、しかしてそれをほぼ無傷で返り討ちにし、生命の鼓動を感じ続けることのできる奇跡に戸惑っているのだろう。

 もしゼロワンが同じ立場に立たされたら、きっと同じような反応をしていたことだと思う。


「でもその、ゼロワンちゃん?」

「ふ、ゼロワンの名を呼ぶのですか。慣れぬことをされ、この身が打ち震えているのです。それも当然です。なぜならゼロワンに出会った者は、誰一人の例外なく、このカリスマな死の力を受けてこの世を去るのですから。そもそも我が名を知ること叶わず……」

「あのね? アタシ、何もしていないんだけど……?」

「……」


 その場に、静寂が満ちる。

 だがそれも一瞬。すぐさま硬直から復帰したゼロワンは涼しい顔になった。


「遠慮、謙遜は無用なのです。死という忌避したくも避けえぬ運命、それをはねのけてしまったことに罪悪感を覚えているのでしょうが、そのような必要はないのです。むしろ、エクセレントな死出の旅先案内人ゼロワンを返り討ちにしたことに胸を張ってほしいのです」

「あの、でも実際、アタシ何もしてないし」


 少女は、言うべきか言わざるべきか少し迷う素振りを見せた後、口を開いた。


「だってゼロワンちゃん、自滅したじゃない?」

「……」

 

 その場に、静寂が満ちる。

 長き硬直よりどうにかこうにか復帰したゼロワンは、真っ赤な顔で反論した。


「ま、またまたご冗談を! 死の化身を前にして、あまりの圧倒的邪悪オーラに、現実を正しく認識することができなくなっているようですね! そのような状態で、よくも勝利を収めたものです。グレートなのです! 褒めて遣わすのですよ!」

「いや、ほんとのことだよ? ゼロワンちゃん、念には念をって言って状態異常を確実なものにしようとしたみたいだったけど。でも力を制御できずに暴発させて、ばーんってなって倒れたし。あれを自滅と言わずになんと言えば――」

「ゼロワンが悪かったのです! カリスマの塊のようなゼロワンですが、人並みの恥ずかしさは感じるのでそっとしておいてほしいのです! お願いなのです!」


 ゼロワンは少女の足に縋り付いて懇願した。


 そう、聖騎士の彼女の言う通り、ゼロワンは自滅したのだ。

 ハウンドドッグの力を十全に発揮し、彼女を闇に葬り去ろうとしたのだが、しかし、力んでしまったためだろう。

 制御を誤り、暴発。自分自身が戦闘不能に陥ったのだった。

 改めて思い返すと恥ずかしくて死にたくなる。


「ああもういっつもこうなのです! いい感じに相手の懐に潜り込めるのに、オールミッション、インポッシブルなのです! 必殺技がまったく決まらなくて、ほんと盛り上がりにかけるのですよ!」


 えぐえぐと子供のように涙を流すゼロワン。

 その姿に感じるものがあったのか、少女は優しく声をかけてきた。


「その、ごめんね? アタシも無神経だったよ。もう言わないから、だから泣かないで?」

「うう、ほんとですか?」

「うん、こんな可愛い子泣かせるなんて、趣味じゃないし」


 思いがけない言葉に、ゼロワンは動揺する。


「か、可愛いだなんて!? 確かにゼロワンは、蝶よ花よと可愛がられるべき、神に二物も三物も与えられた、可憐でキュートな暗殺者ですが……! で、でもそうダイレクトに言われると照れるのですよ!?」

「うん、だから照れてほしいな? そういう姿も可愛いから」

「は、はうう……」


 頭を優しく撫でられ、ゼロワンの胸が温かいもので満たされる。


 こんな心地よさを感じたのはいつ以来だろう。

 ピンと立っていた犬耳はペタンとお辞儀し、ふさふさの尻尾も、餌を前にしたおバカな犬がそうするように、元気いっぱいフリフリ動いてしまう。


「……はっ!?」


 立場を忘れ、温かな気持ちに全力で甘えかけたゼロワンだったが、気を取り直す。

 自分は暗殺者。そして彼女は暗殺対象だ。

 ゼロワンは地面をころりと転がり、彼女から距離をとって温かさを振り切った。


「撫でられただけで懐柔されそうになるとは、流石は最強と呼ばれる聖騎士です。ですが、ゼロワンは何物にも屈さぬ心を持った難攻不落の暗殺者! そう簡単にはいかないのですよ!」


 聖騎士とは全クラス中、最強とも呼ばれる存在。

 その力を見込まれて国に召し抱えられることも多い、エリート中のエリートである。

 身構えるゼロワンに対し、少女は困ったように頬をかく。


「うーん、たった今、眼前で屈してたような? というか懐柔する気なんてなかったんだけど。それにしてもハウンドドッグってケモ耳っ子だったんだね。死の化身なんて呼ばれてるから、もっとこう、グギャーッ! って見た目だと思ってたよ」

「ですが相手を油断させるにはもってこいの姿なのです。まさか暗殺者がこんな子供なんて誰も思わないのですよ」

「暗殺かあ。アタシ、そういうのに狙われるほど大物じゃないと思うんだけどなあ……」


 ターゲットにされているというのに少女は恐れることなく現状を分析した。

 その姿が、すでに大物だと示しているようなものだ。


「詳しい事情を知りませんが、実際依頼が出ているのだから、何かしら思うところのある相手がいるということです」

「まあそうだよねー。うーん、一体誰だろ? ゼロワンちゃん、教えてくれない?」

「ダ、ダメです! ゼロワンは今からノーマウスとなるのですよ! しーん、です」

「まあまあ、そこをなんとか。ね?」

「返事がない。ただのだんまりなゼロワンのようなのです。しーん、です」


 たとえ何をされたって、依頼主の情報は漏らさない。

 黙秘するゼロワンの姿に、少女は諦めるように肩をすくめた。


「あはは、やっぱりダメかあ。障害は排除したいんだけどなあ」


 意外とすんなり諦めてくれたが、その言葉遣いがやや気になった。

 命を守るための自衛ではなく、障害となるものを排除する?

 障害というからには、なにかの目的の邪魔になるという意味だろうが、それは一体……?


「まあ、今はいっか。まずは目の前のことから片付けよっと」


 突如、少女の雰囲気が変わる。

 その目に、仄暗いものが宿った。

 聖騎士というより歴戦の暗殺者のような凄みを垣間見て、ゼロワンは息をのんだ。

 その目が、ゼロワンを捉えて離さない。

 

 任務に失敗した暗殺者。その末路など決まっている。

 ついにこの時が来たかと、ゼロワンは覚悟した。


 今までは任務に失敗しても、返り討ちに遭うことはなかった。

 ハウンドドッグなんて得体のしれない死の化身を殺せるわけがないと怯えられたり、殺したら祟られて呪い殺されると戦慄されたり、ともかくターゲットが一目散に逃走したからだ。

 だが、そんなことなどない。ハウンドドッグだってモンスターだ。

 死の化身なんて呼ばれはするが、生きている以上死にもするし、祟って呪うなんて力はない。

 確かに対象を死に誘うための凶悪な力は持っているが、それも望まなければ使えない。

 そしてその力には制限があり、先ほどと違い、今は使用不可能なのだ。


 抵抗する術のないゼロワンは、せめてカリスマ暗殺者らしくと、努めて平静を装った。


「まずは手近な脅威から対処する。理にかなっているのです。さ、やるがいいですよ」

「うん、ありがとね。これが終わり、そして始まりになるの。だから、手なんて抜かないよ?」


 言って、聖騎士は暗殺者の少女へ――



「お願いしますっ。アタシ、ミリアと、結婚を前提にお付き合いしてくださいっ」



 深々と頭を下げて、思いを告白したのだった。


「……です?」


***


 深夜。

 とある街の、とある宿。

 

 そこの離れの部屋に、おずおずと入る者が一人。


「あの、これは一体どういうことですか?」


 脱衣所の扉を開け室内に入るゼロワン。

 対して部屋にいた少女、聖騎士のミリアが意外そうな顔をした。


「あれ、もうお風呂あがったんだ? お湯加減どうだった?」

「それはですね、とってもとっても良かったのです。どうもありがとうなのです。着替えまで用意していただきまして」

 

 ミリアが用意してくれていたのは、漆黒の寝巻だった。

 ふわふわとした肌触りは、心地よく、快眠は約束されたようなものである。


「寝巻だとして、やはり漆黒の衣装はテンションあがるのですよ、暗殺者的に。インナー、ショーツまでブラックで統一していただけたのがさらに心憎いっ」

「まあ、真夜中にたたき起こされて、服屋のおばちゃんは迷惑そうだったけどね。今度、お詫びにいかなくちゃ。さてと、それじゃあアタシもお風呂入ってくるね」

「どうぞどうぞ冷めないうちに。あ、でもゼロワン、ちょっとぬる好きですから、薪を足した方がいいかも……って、違うのですよ!」


 雰囲気に流されそうになったが、彼女には言うべきことがある。

 力強いノリツッコミに、ミリアは小首を傾げた。


「なあに? あ、ご飯かな? ほら、そこの机の上に用意しといたから、先に食べちゃってていいよ?」

「まあ、なにからなにまでお世話さまで……って、それも違うのです! 確かにお腹はペコペコですが!」


 ゼロワンは疑問を口にする。


「どうしてスーパークールな暗殺者のゼロワンが、一人、宿のお風呂でビバノンしてたですか!?」

「あれ? 一人は怖かったりした? それなら先に言ってくれればいいのに。ちょっとだけ恥ずかしいけど、一緒に入ったのに……」

「いやいやそうじゃないのですよ! まあ、確かに今のはゼロワンの言い方が悪かったかもですが!」


 不可思議な状況に言うべき言葉を間違えたか。

 ゼロワンは一度状況を整理するため、ここにいたるまでの経緯を思い返す。


 真夜中の街道にて待ち伏せていたターゲット、ミリアの暗殺に失敗したゼロワンは、とどめを刺されると覚悟した。

 だが、ミリアはそうすることなく、なぜかゼロワンに愛を告白し、戸惑う彼女を勢いのまま宿へと連れ込んだのだ。

 そして彼女に、「お風呂でゆっくりしてくるといいよ」と言われ、言われるがまま、ゼロワンはお風呂へ入ったのだ。

 そしてリラックスし、湯船の中で鼻歌を歌いかけたとき、この状況が不可思議であることにようやく気付き、慌ててお風呂をあがったという展開である。

 

 スーパークールでビバノン云々は、されるがまま、成すがままに暗殺対象の意向に従い、リラックスしてしまった自分自身に対しての問いかけでもあったのだ。

 

「あなた、どういうつもりなんですか? その、こ、告白するような真似をしたり、宿に連れ込んだり。ゼロワンのベリィースマートなブレインをフル稼働させても、答えが導けないのですよ?」

「そうだね、改めて聞かれると少し恥ずかしいけど。でも、大事なことだし。もう一回言うね?」


 ミリアは照れながらも、ゼロワンに向き直り、口を開く。



「アタシ、ゼロワンちゃんのこと、好きになっちゃったんだ!」



「で、です!?」


 真剣な眼差しに真っ赤になるゼロワン。

 ミリアは夢見心地のように蕩けた表情となり、その瞳を輝かせた。


「あなたの姿を見てビビっときたの! 感じたことのない甘さに、胸がドキドキしたの! 電流走るってこういうことなんだってこの身をもって理解したんだ! 一目惚れってこういうことだよね!?」


 告白にフリーズ中のゼロワンへ、ミリアは思いの丈をぶつけ続ける。


「アタシ、あなたと幸せになりたいなって思ったの! 是が非でも! 何を犠牲にしたって! どれだけ屍の山を築いても! だってこんな気持ち初めてなんだもの!」


 物騒な単語が聞こえた気がするのはきっと気のせいだろう。

 恋する乙女モード全開のミリアは嬉しそうに言った後、慌てて手をぶんぶん振る。


「あ、でも誤解しないでね!? その、確かに状況が状況だけど、ゼロワンちゃんにイケないことする気はないから! そういうのは、その、結婚してからだと思うし! その、ゼロワンちゃんのこと、大切にしたいし。心の準備とか、色々あるし……。で、でも、ゼロワンちゃんがしたければ、その、頑張るけど……」

「し、しないですっ! 清純派な暗殺者、ゼロワンには刺激強すぎなのです!」

「だ、だよねっ? ごめんね、変な事言っちゃって」

「いえいえそんな。……って、ちょっと待つです! 告白って、本気なのですか!?」

「? そうだよ? 好きでもないのに、どうして愛を語らなくちゃいけないの……?」


 ゆらりと小首を傾げるミリア。

 黒いオーラを漂わせる姿に、ゼロワンは思わず後ずさった。

 先ほどの物騒な単語は、やはり聞き間違いではなかったのか。

 風呂上がりで火照った体が急速に冷めていくのを感じるゼロワンに、ミリアは語る。


「ゼロワンちゃん、疲れているみたいだったし、色々ゆっくり考える時間も必要だったろうから、お風呂に入ってもらったの。アタシはアタシで、夜ご飯の準備、しておきたかったし。ほら、もう真夜中でしょ? 宿の料理人さん帰っちゃったらしいから。ここのお料理美味しいらしいのに、ちょっと残念だったなあ」

「いやいや料理とか以前に! ちょいとシンキングするですよ! ゼロワンは暗殺者! それもあなたの命を狙っているのですよ!? ゆー、あんだすたんっ!?」


 当然の疑問をぶつけるが、しかし、ミリアは意に介さない。


「……だから?」


(ひぃ!? ハイライトが消えたですよ!?)


「暗殺者だからなに? 命を狙っているからなに? その程度で躊躇するなら、それは本当の愛じゃないよね? そんなの、許されないよね……?」 


 異様な雰囲気が、さらに増す。

 神聖なはずの聖騎士は、仄暗いオーラを隠すことなく全開にした。


「そもそも暗殺者って言うけど、アタシたちとなにが違うの? 王国の騎士は国の、冒険者はギルドの依頼を受けてモンスターを狩る。対して、暗殺者は依頼を受けて人を狩る。ほら、狩るのが人かモンスターかの違いだけでしょ?」

「いやいやいや! 確かにゼロワンもそう思いますが! でも、人間であるあなたがそういうこと言ってはダメな気がするのです!」

「そうかなあ? うーん、確かに王国騎士団の中では浮いてて、騎士団長から騎士道不覚悟って辞めさせられちゃったけど。でも、考えなんて人に言われて変わるものじゃないし」


 そして、彼女は瞳を輝かせ、



「それに、殺されたって別にいいの。むしろイイの! 大好きな人にピリオドを打たれるって、とても素晴らしいことだと思わない!?」



 頬を上気させて言い切った。

 

「あ、あなた!? なんだかとってもヤバくないですか!?」


 狂気を肌で感じ、ゼロワンは恐怖した。


 恋愛感情、そしてその慕情の中には、俗に『重い』と呼ばれるものもあるらしいが、ミリアのそれはその範疇に収まっていない。闇の底へ沈みきり、そこを更に穿たんばかりの勢いだ。自身の命を狙う暗殺者に恋している時点でそもそもアウトだし。

 戦慄するゼロワン。対してミリアはからっと笑う。


「うん、よく言われるよ。小さい頃、年子の妹から『おねえちゃんアタマのネジぶっとんでるよー! にんげんとして、けっかんひんだよー!』って大泣きされたことあるし。あれはショックだったなー」


 ミリアはしゅんとした後、ゼロワンに向き直る。


「でもね、ゼロワンちゃん。よく考えてみて? 恋とか愛って、好きな人と幸せになりたいって気持ちだよね? つまり、好きな人の手で運命を変えられたいって意味になるよね?」

「ラブビギナーな暗殺者ゼロワンにはよく分からないですが、そういうものなのでしょうか?」

「そうだと思うな。そして、人間は生き物。生き物の一生の中でさ、最大の運命の変化ってなんだと思う?」

「え、えーっと……結婚式?」

「可愛い正解っ! って言いたいところだけど、アタシはそう思わないな。最大の運命の変化、それは、死を迎えることじゃないかな? そして最大の変化、それは最大の見せ場でもある。それを愛する人の手で迎えることができるなんて、彩ってもらえるなんて、とっても幸せなことだと思わない!? ああ、考えただけで体が火照って……」

「あ、あなたやっぱりヤバイです! 『惚れるな危険! 恋愛注意!』って札下げておくべきですよ!」

「あはは、ゼロワンちゃん面白いねー。ユーモアのセンスあるよ?」

「ユーモア違うです! 本気と書いてマジなのですよ!」

「そっかあ。ふふ、ゼロワンちゃんのいいところ、また一つ知れた。思いを偽らないところ、好きだよ?」

「どう転んでもプラス思考!? 幸せそうでなによりですよ!」


 ツッコみの腕を磨くゼロワンの前で、ハイライトの消えた目を継続するミリアは艶っぽい吐息を漏らす。


「うん、大好き……。ほんとに大好き……。ゼロワンちゃんに出会えたのは、奇跡だよ。ううん、この出会いを奇跡なんかで片付けるのは違うかな? もっといい感じの言葉は……まあ、いっか」


 ミリアは、すーはーと気持ちを落ち着けるように深呼吸した。

 そして、突如彼女は腰に下げた剣を抜き放った。


「なるほど、なんやかんや言っていましたが、やはりゼロワンを片付けますか。いい選択なのです。素晴らしき闇の暗殺者、ゼロワンを放っておけば、きっと寝首をかかれることになるのですから」

「違うって。ゼロワンちゃんの手にかかるのはいいけど、手にかけるなんて、アタシ、絶対にしないから。二人の間に立ちはだかる者は、なんであっても叩き潰すけど」

「今、確かにゼロワンの背筋を、戦慄が駆けあがったのですよ!?」

「不思議だねえ。それでねゼロワンちゃん、返事を聞かせてほしいんだ」


 ミリアは剣を持ち直し、ゼロワンに柄を握らせる。



「告白。受けてもらえるのなら、そのまま返して。そうでなければ、わたしを殺して?」



「!? な、なにを言ってるですか!?」

「だって、ゼロワンちゃんに拒絶されたら、生きていても仕方ないし。なら、殺される喜びに浸るしかないよね?」

「いやいやいや! 生きていればいいことありますよ! 生きてるだけで丸儲け! 命あっての物種ですよ!?」


 暗殺者が暗殺対象に死んではだめだと言い聞かせる。

 自分でもおかしいと思ったが、そう言わずにはいられなかった。


「ゼロワンちゃん、可愛くて、面白くて、いい子だね。ますます殺されたくなっちゃったかも」

「いやいやいや! いのちをだいじに! いのちをだいじに!」

「お願い、アタシに思いをください。でも、気負わないで。ゼロワンちゃんの選択なら、どんなものだってアタシ、嬉しいから」


 両腕を伸ばし、愛する人を迎え入れようとするミリア。

 その姿は無防備で、このまま剣を振りかざせば、確実に殺せるだろう。

 

 すなわち、任務達成できる。

 

 そうすれば、初の任務達成。

 それも、聖騎士なんて最強クラスの相手を打ち倒しての大金星だ。

 

 今回の任務、そのターゲットが聖騎士だと聞いたとき、絶対無理だと絶望した。

 組織が久々にあてがってくれたミッションが、どうしてこんなに激ムズなのかと打ちひしがれたが、今ならやれる。

 

 そうすれば、きっとあの人も喜んでくれる。

 よくやったと褒めてくれるだろう。

 それは、なによりも望むこと。

 だが……。


「……はい、です」


 ゼロワンは、ミリアに剣を返却した。


「……え?」


 きょとんとするミリア。

 それが信じられないといった様子だ。

 そんな彼女の目をしかと見据え、ゼロワンは告白する。



「その申し出、受けさせてほしいのです」



 思いを受け入れると、確かに口にする。

 

 ミリアは目に見えて動揺した。

 そしてどうにかこうにか声を絞り出すようにゼロワンへ声をかけてくる。


「え、えっと、それは嬉しいんだけど、どうして?」

「あなたの性格、恋愛観には正直びっくりで、心底ドン引きしてるのです。ですけど、なんだか楽しそうな気がしたのです。あなたのもとで、普通の女の子みたいに、恋とか愛に生きるのって、なぜだか魅力的な気がしたのですよ。それこそ、一目惚れってやつなのです?」


 ゼロワンはミリアに向き直り、ほほ笑んだ。


「ゼロワンに、女の子の幸せ、教えてください」


「ゼロワンちゃんっ!」


 ミリアはゼロワンを抱きしめた。


「ごめんね! まだお風呂入ってないからイヤだよね!? でもごめん、嬉しくて!」

「別にいいのです。嬉しいのは、お互いさまなのです」

「受けてもらえるなんて思わなくって……。ほんとに嬉しい! 初恋って、実るんだね!」


 ミリアは喜びにあふれんばかりの様子だ。

 


 ……だが、彼女には悪いが、これは演技だ。



 卑怯、卑劣が褒め言葉の暗殺者ではあるが、あんな情けをかけてもらうようなやり方で殺すのは、気が引けた。

 あんなので任務を達成したとして、暗殺者としての経験値にはならない。

 どころかモチベーションが下がり、マイナスになってしまうだろう。

 だからゼロワンは、自分自身の手で隙をつき、達成したいと思ったのだ。

 そのためには恋人を演じるのが都合がいいと判断したのである。

 

(正直、気は引けるのです。でも、ゼロワンは立派な暗殺者になりたいのです。恩に報いるためにも、です)


「これからよろしくね! ゼロワンちゃん!」

「はい、ミリア。よろしくです」

「ずっと、ずーっとよろしくね!」

「です。……死が、二人を別つまで」

 

 それは暗殺するという誓いの言葉。

 確かに覚えてしまった罪悪感を噛み潰しながら、ゼロワンはそう口にした。


 だが、ミリアは心底不思議そうな顔をする。


「なに言ってるの? 死んだって離れないよ?」

「……です?」


 意図することが分からないゼロワン。

 彼女へ、ミリアは元気いっぱいに主張する。


「たとえ死んだとしても、閻魔様に土下座して、いや、むしろ土下座させてでも蘇るから!でなくとも、ゴーストくらいになら自力でなれる気がするし! もちろんそうなったら憑りつくよ! 絶対に、寂しい思いはさせないからね! ええ。愛、ですよ!」

「いやそれ執念じゃないです!? 怨念とも呼べそうな気もするですよ!?」

「ああもうなんでもいーよっ! はあああ、嬉しいなぁ!」

「いやよくないです! ああああ! ゼロワン、なんか色々マズったですか!?」


 そう思っても後の祭り。


 自称凄腕の暗殺者ゼロワン。

 一世一代の任務が、今、ここに幕を開けたのだった。


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