おこがましいのっ
その子と出会ったのは、十数年前。
まだ、小さかった頃の話だ。
探検ごっこをしていた時、訪れたそこ。
町はずれにある、だだっ広い荒野みたいな、何もないところだった。
教会の人たちが連れ立ってお祈りしに行くのを見ていたから、なにか不思議なことがあるのかな、なんて思っていたが、両親から絶対に行ってはいけないと釘を刺されていた。
なんでも、怖いお化けがでるのだとか。
でも、お化けなら昼間は出ないよね?
そう思って友達を誘って探検に行こうと思ったのだが、みんな怖がって誰も行こうとはしなかった。
だから仕方なく、一人でそこに行くことにした。
そこで、ぴょこぴょこと揺れる、不思議な葉っぱさんを見つけたのだ。
その様がすごく可愛くて、育てることにした。
どんな花を咲かせてくれるのかな? って、期待しながら。
歌を歌ったり、声をかけたり。
ちょっとだけ失敗して、枯らしそうになったこともあったけど。
泣いて謝ると、葉っぱさんはいいよと言うようにぴょこぴょこ揺れてくれた。
そうしているうち、葉っぱさんはどんどん大きくなり、やがて、元気よく飛び出した。
なんと葉っぱさんは可愛い女の子で、わたしは途端に目を奪われた。
だけど、とっても恥ずかしがり屋さんだったみたいで。
その子は真っ赤な顔で大声をあげて。
わたしはびっくりして気を失った。
目覚めた時には家のベッドの上。その子はどこにもいなかった。
両親に話したら、とっても叱られた。
それはきっとアルラウネという恐ろしいモンスターだと。
だから怖いお化けがでると言ったじゃないかと。
たくさん叱られた後、だけどよく無事に帰って来たと、涙ながらに抱き寄せられた。
でも、納得できなかった。
あの子はきっと優しい子だ。
優しく育った、いい子なのだ。
だけど、きっと恥ずかしがり屋ださんから、友達を作るのが下手かもしれない。
だから、友達になってあげたい。
いや、なりたいなって、思ったのだ。
その時は気付かなかったけれど、あの瞬間、恋に落ちていたのだろう。
あの子を探すため、森の中を駆けまわることが得意なレンジャーとなり、各地を巡った。
色々な場所を巡り、草の根かき分けても、その子の姿は見当たらなかった。
でも、本当はなんとなく分かっていた。
処刑場跡の近く、その森の中にいるんじゃないかって。
でも、怖かったのだ。
彼女は忘れているかもしれない。
なんとも思っていないかもしれない。
そう、尻込みしていたのだ。
そして、勇気を振り絞り、ようやくその森を訪れた。
そこで、あの子だと分からずに出会った彼女は、とても優しくて。
ああ、あの子もきっとこんな風に育ってるんだろうなって思って。
惹かれていくのが分かって。
だから、いけないいけない、あの子に叱られちゃうなんて、勝手に思い込んだ。
でも、彼女があの子だと分かって。
それに、同じ気持ちだと分かって、嬉しくて。
命がけで、とても大変だったけど。
彼女を、頑張って助けた。
助けることができた。
きっとこれから、上手くいく。
一緒に幸せになれるんだって。
そう、思った。
思ったのに。
***
「育ててくれて、ありがとう。生まれたときから愛していたの」
泣き笑い、眼前で消えようとする一人の少女。
助けたい。
そう願うのに、シトラスの身体は動かない。
蔦に絡み取られ、限界を超え。
動きたくないと体は絶叫する。
ようやく出会えた、初恋の人。
その子が悲しみの内に、幕を下ろそうとしているのに、自分はなにもできないのか。
シトラスは、悔しさに泣きそうになる。
だが、気付く。
そんなものに費やす余力があるのなら、まだ、いけると。
シトラスは、確かにここに存在して、生きている。
死んでいるわけではない。生きているのだ。
なら、動ける。
干渉できる。
そして、救える。
体が限界?
もう動けない?
そんな甘え、聞いてやるものか。
動いて。
動け。
動きなさい。
彼女に再び会いまみえる。
それこそ、シトラスの目的。生きる意味だった。
ならば、ここで彼女を救えなければ。
この先に、自身の生に、意味などないッ!
「滾れッ! 爆ぜてよッ! 『エンチャント』ォォォオッ!」
魂の底から、すべてを投げ打つ覚悟で叫ぶ。
瞬間、シトラスの体は豪炎に包まれ、燃え上がる。
本気を超えた、本気の出力。
本来すぐさま武器に付与しなければ、体が燃え尽きてしまってもおかしくない、危険な行動だ。
服は煤となり、皮膚は焼け、肉はおろか骨まで燃え尽きそうな高熱に包まれる。
体が崩れそうになる感覚。
だが、そんなの些末事。
この心が、思いが、熱く滾っているのだからッ!
(あの子以上に気にするものなど、何もないッ!)
邪魔する蔦を燃え尽きさせ、愛しい彼女の許へと駆ける。
「来ないで! もう、死なせてほしいの!」
悲痛な叫び。
応じ、助けさせぬと、終わらせると。
彼女に終止符を打とうと蔦が迫る。
(それこそさせるか!)
シトラスは鋭利な蔦を目掛けて飛び上がる。
「どけえええええッ!」
今だけは、天然などと呼ばせない。
彼女へ仇成すすべてを消し去り、守るため。
迫りくる蔦を殴り、千切り、ブチ破った。
邪魔するすべてを燃やし尽くし、地面へ降り立つシトラス。
「はあ、はあ、はあ……」
『エンチャント』を解除。
シトラスは、荒い息をつく。
ニョッキは生ある現実に茫然としているように見えたが、やがてその顔に、怒りが宿った。
「バカなの!? 一体なにをやっているの!?」
「はあ、はあ……。シトラスさん、決死のレスキューダンスよ? いやあ、なかなかに、疲れるわねー……」
「養殖はいいの! なんでなの!? どうして死なせてくれないの!?」
彼女は泣く。
しかし、それは彼女が生きている証。生きているからできること。
シトラスは、嬉しくなった。
「うふふ。頑張ったかいがあったわねえ」
「なに笑ってるの!? ウチを生かしちゃダメなの! ここで終わらなきゃダメなの!」
ニョッキはシトラスに飛びつき、服を引っ張り抗議する。
「また暴走するかもしれないの! シトラスの幸せを奪うかもしれないの! なのに、どうして助けたの!? いいことなんて、お互いにないの――」
シトラスは、彼女を抱き寄せた。
「いいことなら、一つあるわよ?」
「嘘! そんなの嘘なの! そんなの、あるわけ――」
「わたしとあなた、結婚できるわ」
「なの!?」
ニョッキは飛び上がり、目を白黒させた。
「な、なな何言ってるの!? そう言ってまたウチを惑わそうとしているの!? どうせ、お互いに別々の人とって意味なの! ウチはもう惑わされないの!」
「紛れもなく。わたしとニョッキちゃんが、互いに永遠の愛を誓うって意味よ?」
「……!」
ニョッキはそっぽを向き、頬を抑えた。
その顔は真っ赤になっていて、とても可愛い。
「で、でもでも! シトラス、別の相手がいるの! それに、でき婚なの! その上結婚前から別の相手と不倫とか! ぽわぽわした見た目の癖に、その実とんでもないクサレビッチなの! ……ああ、でもそんなビッチに惚れたウチも、きっと大概なの……」
「あの、ニョッキちゃん? わたしの評価、酷すぎない?」
「当然なの! まだ言い足りないぐらいなの!」
「えーと、その、今回の件は、わたしに大きな問題があると思うわ。ほんとにごめんなさい。でも、一つだけ言わせてもらっていいかしら?」
「ふんっ、言ってみるの」
「わたし、結婚する予定なんて、なかったわよ?」
「……は?」
ニョッキは、今までにないくらい、大口を開けた。
***
とある夜、とある森の中。
「まったく。いきなり呼び出されたから何事かと思いきや。結婚式とかびっくりよ」
ゴスロリ服の銀髪少女がからかうように言ってきた。
ニョッキはぺこりと頭を下げる。
「ごめんなの。でもウチは礼儀知らずじゃないから、ちゃんと親友を結婚式にお招きするの」
「う!? し、仕方ないじゃない! だって、その……」
もにょもにょと言いよどんだ後、彼女は話題を替えるように声をかけてきた。
「ところで、どうしてこんなところで?」
ここは、ニョッキの暮らす森の中にある、秘密の花園。
真っ白い百合が咲き誇る、清廉な雰囲気に包まれた場所だ。
「なんだか肌がピリピリするのだけど」
「それは、偉大な闇の化身の証だから、心配することないの。ここは、思い出と、反省の場所だから、なの」
「?」
あの日、彼女と激しくぶつかり、命をかけ、そして、分かりあった場所。
なによりここは、プロポーズされた場所だから。
百合たちは、ニョッキたちを祝うように、元気に咲き誇っていた。
祝いの花と呼ばれるそれらは、生命力がとても強く、少々蹂躙されたところで、次の日には何事もなかったかのように凛々しく咲き誇る。
何度苦境に立たされても必ず未来は輝く。
明るい未来を体現しているようなのも、祝いの花と呼ばれる所以らしい。
「しかしまあ、またぞろたくさんいるものね……」
周囲を見渡す親友。
あたりには、人型から獣型、鳥型から爬虫類型、果ては不定形まで、さまざまなモンスターたちがうようよしていた。
それらはみな、とあるド天然が式への客として招いたらしいが……。
「なの。なんか危険そうなのもいるの……」
「あらあら、大丈夫よ? みんなソウルフルないい子たちだから」
突如、声をかけられ振り返る。
そこには花嫁衣裳を身に纏ったド天然、もとい、思い人の姿があった。
「……綺麗、なの」
思わず言葉を漏らせば、シトラスは嬉しそうに頬を染めた。
「ありがと。そういうニョッキちゃんもとってもキュートよ? 祝いの花をモチーフにしたドレス、とっても似合っているわ。我ながら、よく頑張ったわあ」
「う、嬉しいの……」
それは、シトラスが作ってくれたウェディングドレスだ。
衣装を買う金も、さらにはレンタルする余裕もない。
だが、式は開きたいと、シトラスが己の用いる技術の粋を結集し、作成したのだ。
世界に二着だけのオーダーメイド。
お揃いで着ることができて、ニョッキはとても嬉しかった。
「お招きしたみんなは心の通じ合ったダンス仲間だからね。優しい子たちよ? 結婚するって連絡したら、お祝いにきてくれて。嬉しいわあ」
「モ、モンスターとダンス仲間とか……。なかなかね……」
口元を引きつらせる親友。
きっと今、ニョッキ自身も同じような顔をしているだろう。
そしてシトラスは、ニョッキの親友に目を向ける。
「ところで、あなたがニョッキちゃんの親友さん? 初めまして。わたし、結婚相手のシトラスといいます」
礼儀正しく挨拶するシトラスを、親友は無下に扱う。
「ふんっ。人間風情に名乗る名などないわ」
小馬鹿にするようにそっぽを向く姿に、ニョッキは思わずムカッとしてしまう。
「む。いくら親友とは言え、ウチのシトラスにそういう言い方は――」
「……必ず。必ずこの子を幸せにしなさい。そして、お前もなりなさい。それができたら、名乗ってやるわ」
「もちろんっ。この命、全部使って成し遂げるわっ」
シトラスは嬉しそうにほほ笑んだ。
間近でそんなことを言われ、ニョッキは照れてしまう。
「あ、ミノタウロスちゃんがきたみたい! わたし、挨拶してくるわね」
言って、シトラスは駆けて行った。
親友は呆れるように、感心するように息をつく。
「お前、なかなかいい趣味してるわね」
「なの。自慢の妻なの。まあド天然で、ウチの溜息も増えたけど、なの」
ニョッキは、あの日の出来事を思い返す。
***
「はあ!? 結婚するのはシトラスじゃなくて、ウルフの夫妻なの!?」
激戦の直後。花園にて。
温かな感情を持つ異端のアルラウネに戻ったことで、使用できるようになった回復魔法をシトラスにかけてあげながら、ニョッキは呆れかえった。
「そうなのよ。実はニョッキちゃんと知り合ったときの群れの中に、わたしのダンスを気に入ってくれたカップルがいてね? 森でさまよっている時に声を掛けられたの。それでね、今お腹に子供がいて、わたしたち結婚しますワンって言われて。だから、お祝いしてあげようと思ったのよー」
「ちょ、ちょっと待つの! いや、色々理解したくないけど、そもそもどうして話が分かるの!?」
「あらあら? ダンスで心まで通じ合った相手なら、言葉なんて必要ないわ。互いのダンスは、言葉より雄弁に物を語るのよ?」
人間とは思えない理屈を言い放つシトラス。
モンスターのニョッキにだって、そんなことはできないのだが。
というか、そのウルフたちも何者だ。
「じゃあ、幸せにしたいし、してほしいって言ったのは?」
「だから、お祝いしてあげたいなって。あと、幸せそうな二人を見て、わたしも幸せを分けてもらいたいなーって」
「じゃ、じゃあ! 優しい母のようなまなざしで、自分のお腹を撫でたのは!?」
「あ、あらあら。見られていたのね。あの時、お腹がクルルル……って、小さく鳴ってね? 恥ずかしくなって思わず」
「……」
「あらあら? どうしたのニョッキちゃグフッ!?」
ニョッキは蔦を現し、無言でシトラスを締め上げる。
「ほ、ほんとにどうしたの? ま、まさか、またヤンデレて!?」
「うるさいの! ああもう最悪なの! そんなしょうもないのを勘違いして、馬鹿みたいに狂ってしまったウチの恥ずかしさはどうすればいいの!? うん、どうしようもないの! だからお前を殺してウチも死ぬの!」
「ちょ、ちょっと待って! せっかく気持ちが通じ合ったのに、それはないわよ!? そ、そうだ、わたしのアポロジャイズダンス、見せてあげるから!」
「うるさいの! ダンスはもういいの!」
***
「……はああああ」
「突然なによ? 今日の主役が不幸そうな顔してるんじゃないわよ」
「女には、溜息をつきたい日もあるの……」
「う、嘘!? お前もう!? あたしだってまだなのに!?」
何を慌てふためいているのかしらないが、ぺーぺーのニョッキには既婚者先輩の考えなど到底分からない。
あだるとな親友を放って、ニョッキは愛しい人の姿を探す。
そして、見つけ、すぐ目を背けた。
「ん? どうしたのよ?」
「……」
親友に問われ、無言で指差す。
その先では、
「へいっ。れっつだんしん、だんしーんっ。ちぇけらっ」
「ガウッ!」
「ブモオォォォ!」
「●▽ゥエギ□―!!!」
「ビャギャアアアア!」
モンスターたちと一緒に、ノリノリでダンスにいそしむド天然の姿が。
「……マンティコアって、あんな風に笑うのね。数百年生きたあたしでさえ、初めて見たわ」
「……お恥ずかしいの」
ニョッキは消えてしまいたくなる。
世界はこんなにメルヘンチックだったのか……。
「ま、まあ気にすることないわよ。うん、誰にだって一つや二つ、欠点はあるわ。それを包み込み、許してあげるのが、愛ってやつだから」
「……あの、アレも?」
「ん?」
ニョッキが指差す先、親友が目を向ける。
そこには、
「ほ、ほほ本物のシルフィーちゃん、だとォォ!? 初めまして! そのスカートの下がどうなっているのか、気になっていた者です!」
「やあぁ! この変態なんなのぉ!?」
風の精霊らしき少女のスカートを興奮した目で引っ張る、親友の妃、改め、変態の姿が。
「……アレも、包み込むの?」
「……」
親友は顔を覆って小さくなった。
ニョッキが初めて会った時に感じた違和感は、どうやら気のせいではなかったようだ。
どうもあの妃、ロリッ子好きのド変態だったらしい。
どうして親友が結婚したのを隠していたのか、ニョッキは理解した。
そして、その上で彼女に優しく声をかける。
「頑張れ、なの☆」
「なにを!? ううう! もうやだっ! もうお家帰るぅう!」
幼児退行する親友。
そんな彼女を追撃するように変態と被害者のやりとりが響く。
「誰か助けてー! どうしてそんな素知らぬ顔してるのよぉ!?」
「ふふ、きっとみなさん、二次元で出会い、三次元で再会したわたしたちの運命を、祝福してくださっているのですよ。ハアハア……。あの、萌えてきたので、もっと人気のないところに行きません? それとも、ここでイキます?」
「「!」」
そのセリフに、反応するものが、二人。
「『再会』を、汚すんじゃないのおおおお!」
「お前の『運命』は、あたしでしょうがああああ!」
「幼女のワンツーパンチ!? なんて幸せグホォオ!?」
ド変態を物理的に黙らせ、ニョッキと親友が互いの絆をより強固なものとしていると、シトラスが近づいてきた。
「ニョッキちゃん。招待したみんな、集まってくれたみたいよ? そろそろ始めましょうか?」
「分かったの。じゃあ、またなの」
ニョッキは頷き、親友に手を振る。
「安心しなさい。このド変態の手綱は、しっかり、ぎっちり握っといてやるから」
「……え? でもその方、本日の司会進行じゃありませんでした?」
「……」
「……」
「あらあら? よく見ればその人、幸せそうな顔で眠って――」
「必要ない! 愛さえあれば、すべては重畳ッ!」
「もちろんなの! 愛の力は無限大なのッ!」
「あらあら、仲良しさんなのねー」
***
そうして、ニョッキとシトラスは、客たちの前に立った。
その隣には……ウルフ夫妻の姿も。
ニョッキの姿を見て、ウルフは小さく会釈した。
やや怯えが宿っているのは、攻撃された群れの中にいたからだろう。
「ど、どうもなの」
ニョッキは会釈した後、隣のシトラスへ小声で尋ねる。
「……あのなの。どうしてウルフたちがいるの?」
「あらあら、言い忘れていたわ。これ、わたしたちとウルフちゃんたちの合同結婚式なの」
「獣とごった煮!? それはあんまりなの!」
思わずツッコめば、客席からワオオオンと悲しげな遠吠えが響く。
そこにはウルフたちの集団が。その先頭に立つ一匹のウルフ。
獣ゆえの聴力で、抗議の声を聞きとっていたのかと、ニョッキは焦る。
だがなぜか、隣のシトラスが涙ぐむ。
「ふふ。お父さんったら……。娘さんの晴れ姿に、感じ入るものがあったのね……」
「あれお父さんなの!? なんで家族把握してるの!?」
ワンワオオオン。
ツッコむニョッキの横で、ウルフ夫婦はそろって遠吠えを返した。
「『ボクたち、わたしたち、必ず幸せになります。だからお父さん、安心して見守っていてくださいね? あ、ちなみに子供は四頭、可愛い女の子みたいですよ? 名前は、ハナ、ポチ、マーガレット、マリアンヌです』か。ふふ、四姉妹かあ。にぎやかになるわねえ」
「一吠えでそれだけ長文なの!?」
というかダンスなんてしていないのに、ウルフ語を解す思い人。
いやそもそもダンスで理解するのもどうかと思うが、どんどん人間離れしていくさまが、恐ろしい。
というか、だめだ。このままでは式が進まない。
助けてほしいと、ニョッキは親友の姿を探すが……。
「ちょ、ちょっとこら! ダメよ、こんなところで」
「ふふ。そう言っても、体は正直ですよ? ほら、可愛いお顔が、こんなに真っ赤になっていますけど?」
「……し、しらないっ」
手綱を握るどころか逆に握られ、絶賛イチャつき中の姿を見つけた。
何を言っているのか分からないが、きっと甘い言葉をささやかれ、吸血されそうになっているのだろう。
興奮するようにざわつくモンスターたちは、ニョッキたちそっちのけでそちらを見ていた。それでいいのか、片割れはさっきの変態なのに。ロリっ子ヴァンパイアのそんな姿がよっぽど魅力的なのだろう。このロリコンどもが。
「……お前ら、もう帰れなの」
「あらあら? ニョッキちゃんどうしたの?」
「もうこっちも好き勝手させてもらうのっ」
ニョッキは何本もの蔦を出現させ、シトラスと自分を囲うように覆い隠す。
「あらあら。ニョッキちゃんったらはしゃいじゃって。二人っきりで踊りたくなったのね?いいわよ? れっつ、だんしーんっ。ぱみゅぱみゅー」
「ぱみゅぱみゅー♪ ――じゃ、ないの! 違うの!」
「あらあら? そうなの?」
自分のためだけに踊ってくれたのを嬉しく感じてしまい、釣られそうになりつつツッコむニョッキ。
「周りが頼りにならないから。もう二人っきりで愛を誓うの」
「うふふ。そうね、踊りもいいけど、今はそっちがいいかもねえ」
二人は歩み寄り、手を絡み合わせる。
互いの頬に、朱が差した。
「……その、シトラス。やっぱり、聞いてほしいの」
「うん。なんでも?」
「ほんとはウチ、今も怖いの。シトラスのこと、特別なの。大好きで、大好きなの。だからまた、狂って、泣いて、傷つけてしまうかもしれないの」
気持ちも、思いも通じ合い。
二人の大好きは、互いの心に伝わった。
でも、それでもニョッキは不安でならない。
大切だからこそ、傷つけたくないと。
震えるニョッキの小さな手。
その手を、強く、優しく、シトラスは握る。
「大丈夫。雨降って地固まるっていうでしょ? 多少のスパイスは、大切だと思うなあ」
「で、でも!」
「心配しないで。その時は、また頑張るから。愛するあなたを、絶対救い出すから」
「……う、うん」
強い決意を露わにされ、ニョッキは嬉しさに俯いた。
だが、それでもまだ、不安はぬぐえない。
しかし、シトラスは笑い飛ばす。
「うふふ。まあ、そもそもそんな心配いらないわ。不安を打ち消す、特別な栄養剤、知ってるもの」
思いがけないことを口にするシトラス。
そんな便利なものがあるなんて。
ぜひとも教えていただきたい。
「そうなの!? 教えて! 教えてほしいの!」
「うん。じゃあ目を瞑ってもらえる?」
「なの!」
天然なのに、えらく準備がいいではないか。
ニョッキは感心しつつ、目を閉じる。
閉じて、不安を感じた。
(いや、待つの。上げて落とすのがシトラスのやり方なの! これまた除草剤のまされるパターンなの!)
心配になり、ニョッキは目を開いた。
「ちょ、ちょっと待――!?」
開くと同時、
唇に触れる。
「!?!?」
目を白黒させるニョッキ。
眼前には、穏やかに目を閉じ、愛を伝える少女の姿。
「……ふう。なんかちょっと、恥ずかしいわね」
やがてそれを終え、触れていた唇を離し、シトラスは照笑う。
「な、なな!?」
「栄養剤は、強い愛情。そしてそれを伝える行為よ」
シトラスは頬を染めて言う。
「ごめんね。わたし、年上だけど。ニョッキちゃん一筋で、経験ないから。だからその、偉そうなこと言ったけど、上手く伝えられるかはまだ不安で」
「……それを言ったら、ウチだって初めてだったの」
「そ、そうなんだ。あらあら。なんか、とっても嬉しいわ」
「ウチだって……嬉しいの」
ニョッキはうるんだ目をシトラスに向ける。
「その、でも、大丈夫なの。今からは、いっぱい経験できるから、なの」
「そうね。うふふ、ニョッキちゃん可愛いから、わたし、どうなっちゃうか心配だわあ」
「! そ、そういうこと言うななの! まったくもう……」
ニョッキは真っ赤になって。
でも、嬉しさを溢れさせ、
「ほんと、妖花を惑わそうとかおこがましいのっ」
咲き誇るように、喜び笑った。




