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Lily×Monster ~モンスター娘と百合コメです!~  作者: 白猫くじら
天然レンジャー×世話焼きアルラウネ
15/58

絶対に、認めないッ!

 妖しい月光が、一人の少女を狂わせる。


 悲哀と狂気に包まれた、とある森の秘密の花園。


 清廉な花々を刈り飛ばし、地中から現れる、木の幹のように太い蔦。

 いくつものそれらが、一人の少女目掛けて襲い掛かる。


 シトラスは、それらをレンジャー故の俊敏さを生かして、しかして危なげに回避する。


 心が、体が、彼女との戦闘を嫌がっているのだ。

 彼女は視線の先、不気味に揺れる大輪から咲き誇る少女へと叫ぶ。


「ニョッキちゃんお願い! わたしの話を聞いて!」

「……シトラス。シトラス大好きなの。ねえ、早く一緒になるの。一緒に、一緒になるの」


 だが、歪な愛を囁き続ける少女に、その言葉は届かない。

 不気味に笑うその姿は、闇に染まって生きるアルラウネのそれだった。


「ねえ、どうして逃げるの? ウチのこと、嫌いなの?」

「そんなこと! わたしはあなたを――」

「うるさい! うるさいの! そんな偽りは! 慰めはいらないの!」


 怒りに連動するように激しく蠢く巨大な蔦が、シトラスを叩き潰そうと迫る。


「くっ!?」


 紙一重のところで蔦を回避し、地面を転がる。

 息つく間もなく立ち上がり、その場を素早く飛び退る。


 紙一重のタイミング。

 立っていた場所に、別の蔦による強烈な一撃が振るわれた。

 

 清楚に咲き誇っていた祝福の花は無残にも散らされ、地面ごとズタズタに引き裂かれていく。

 散っていく花々。

 優しい彼女は、普段ならば嘆き、悲しみ、謝るだろう。

 だが、そんなことなど些事でもないと、気にも留めない彼女の瞳。

 そこには、シトラスのみしか映っていない。


「シトラスすごいの! カッコイイの! さすがウチの愛する人なの!」

 

 ニョッキは興奮から手を握り合わせ、目を輝かせた。

 だが、次の瞬間には光が消える。


「……でも、ウチを裏切ったの。でき婚とか最悪なの。そんな尻軽、死んじゃえばいいの」


 怨嗟の声を漏らして、ニョッキは口角を吊り上げる。



 彼女は、本気だ。

 本気でシトラスのことを殺そうとしている。



「やめて! どうしてそんなこと言うの! また一緒に踊りましょうよ!」

「黙るの! 踊ったことなんて、一度もないの!」

「くっ!? そういえばそうだったわ!?」


 彼女と、また前みたいに過ごしたい。

 のんびり踊って、日向ぼっこをして、たくさん笑って、怒られて。

 あの夢のような日々を、この手に取り戻したい。

 そう思うのに、シトラスの言葉は、届かない。


 それはとても悲しい現実。

 だが、悲しむだけでは、救えない。


(でも、だから、戦うわ……!)


 シトラスは、拳を握り、覚悟を決める。


 言葉が通じないならば、ぶつかろう。


 すべての思いを、この身に込めて。

 本気の本気でぶつかって、彼女を闇から解き放つ。

 

 そう、固く決意した。


 ……とはいえ、『ウィンディ』が使えない以上、状態異常の花粉が飛び交う彼女の傍には近寄れない。

 このまま突っ込めば、やがて侵され、息絶えるだろう。


 だが、それがどうした?



 シトラスはレンジャー。

 遠距離攻撃こそ、彼女の真骨頂!



 シトラスは背負っている矢を弓につがえ、叫ぶ。



「『エンチャント』!」



唱えると同時、彼女の身体を一瞬緑色の光が包んだ後、燃えるような赤に変化する。


『エンチャント』。

 術者やその武器に、属性や特殊な能力を付与する特技。


 魔法の専門でないレンジャーの場合、付与できる属性は炎のみ。

 だが彼女らには、それで充分。

 雑草とケダモノを相手取るなら、それだけで事足りる!


 シトラスは、体に宿った力を武器に流し込む。

 そして弓を構え、


「たあっ!」


 赤く煌く矢を、迫りくる蔦目掛けて打ち放った。


 矢は蔦の中心を穿つ。

 相性の悪い炎の攻撃に、蔦は大穴を開け、大きな音と共に地面に倒れ込んだ。


 レンジャーとは、対自然のエキスパート。

 植物や獣のモンスターを相手どった場合、聖騎士にだって負けはしない。

 それらへの特攻のある特技、補助魔法を覚えているからだ。 


 その上、シトラスはレベル50を越えている。

 その抜けている性格が幸いしたと言っていいのか、彼女は他のレンジャーよりも敵との遭遇率が極端に高く、加えてパーティを組めず一人で冒険することばかりだったので、自然と経験値を稼ぐ形となったのだ。

 

 普段のニョッキがこのことを知れば、

「ならどうして討伐クエストを受けないの!?」

 なんてツッコんできそうだが、金のために命を刈り取るのは、なんだか嫌だったのだ。

 武器を忘れることも多いし。

「じゃあ植物ならいいの? そういうの理不尽なの!」とも言われてしまいそうだが。そこは罪悪感がちょっと薄くて済むからという訳で。


 さておき、この森に暮らすモンスターたちはシトラスよりも低レベル。

 それらをあしらうことのできるニョッキは、それよりもレベルは上であろう。

 だが、きっとシトラスには及ばない。


(普通に考えれば、ニョッキちゃんに勝ち目はないわ。……でも!)


 視線の先で、穿たれた蔦は瞬時に傷を塞ぎ、生長。

 再びシトラスに牙を剥く。

 迫りくる蔦の群れを回避しつつ、レンジャーのみが扱える瞬足の射で穿ち続けるが、しかし、それでも終わりは見えない。きっと矢が尽きるのが先だろう。


(この回復力……。普通じゃない!)



 今夜は満月。

 モンスターたちが高揚し、強化される夜。



 加えて、アルラウネとは負の感情を月光の下で増幅すると聞く。

 増幅された感情は、そのまま凶悪な力へと。


 異端の存在であるとはいえ、その本質は心の奥底に眠っていたのだろう。

 恋を叫び、愛に狂った少女は、呪われた植物モンスターに他ならない。


(効果が出てくれればいいのだけど……あまり、期待はできないかしら)


 眉根を寄せるシトラスに対し、ニョッキは瞳を見開き、喜び跳ねる。


「楽しいの! ねえシトラス! ウチ、とっても楽しいの! 大好きな人との大喧嘩とか、ちょっと憧れてたの! だって本気で喧嘩するってことは、気の置けない、誰よりも通じ合った二人だってことなの! ああ、これこそ恋! これこそ愛なの!」

「あらあら? 痴話喧嘩ってしたことなかったけど、こんなに過激なものだったかしら?」


 蔦を相手取るうちに、矢は尽きた。

 弓はもう使い物にならない。

 邪魔になったそれを放り捨て、先を見据える。



 目指すは、邪悪な花粉が優雅に舞い散る穢れた聖地。

 そこに佇む少女の御許。



 レンジャーの使用できる魔法の中に、炎弾や水流を放つような、強力な攻撃魔法はない。

 あるのはちょっとした攻撃魔法か、『エンチャント』や『ヒール』、『リフレッシュ』など、簡単な補助や回復魔法くらい。これだけの遠距離を攻撃できるものはない。


 状態異常に対して多少の抵抗を持ち合わせているとはいえ、あれだけ濃い花粉の中に飛び込んで戦いを続ければ、きっと異常を受けてしまう。


『リフレッシュ』は状態異常から回復する特技だが、回復本職の修道女や司祭などではないため、その発動には少し時間がかかる。


 それは、この激戦の中では命取り。使えないと思った方がいいだろう。

 

 なら、すぐに使用できるアイテムであれば。


 若干の期待を込めて、隙をうかがいポーチの中から薬草を取り出す。

 毒消し、麻痺治し、混乱治し。

 珍しく準備万端の薬草たちは、しかし、しおれており、使い物にならなかった。


(当然か。ニョッキちゃん、辺り一帯から『ドレイン』してるみたいだし……)


 相手の生命力を吸い取る特技。

 それは動物はおろか、植物に対しても発動する。

 

 踏み潰されずにすんでいた祝いの花たちは、生命力を吸収され、無残に枯れ落ちていた。

 そして、ただ立っているだけだというのに、シトラスの身体にも疲労が蓄積。

 体力が奪われ続けていることが分かる。

 ドレイン耐性がなければ、すでに干乾びていただろう。


(時間は限られている。そして、それはあまり多くない)



 ならば、この身は顧みず。

 彼女を救うことだけを、誓う。



 シトラスは両もものベルトに差した双剣を引き抜き、逆手に持つ。

『エンチャント』を受けた剣は、緑、赤と色を変え、燃え煌く。


「さてさて。それじゃあシトラスさんの特別ダンス、双剣演舞の開幕ですよ? 染まった闇も、悲しみも。二刀の下に、切り伏せるわー」


 シトラスは、ニョッキ目掛けて駆けだした。


「そうなの! 早く来てなの! 一緒になるの、シトラス!」


 目を見開き、大口を開けて叫ぶニョッキ。

 興奮と狂気で、その頬は上気する。


(……もしわたしが、この子を育てなかったら。きっと、これよりひどいことになってたのよね)


 喜びも、楽しみも、そして、恋を知ることもなく。

 悲哀と憎悪、憤怒の泥沼で、それが不幸だとも分からずに、生ある限りのたうち回る。

 そんなもの、生きていると言えようか。


 迫りくる蔦を華麗にかわし、斬り払いながら、シトラスはニョッキに迫る。

 花粉を吸った。だが、体は動く。まだいける。



 速く、速く。彼女の許へ。



(今は、わたしが不甲斐なかったせいでこんな風にさせているけど……)


 何度も再生する蔦。

 回復ができない今、一撃でも喰らってしまえば文字通り命取り。

 そして、その場ですべてが終わる。

 

 自分の生も。

 そして、あの子のソレも。


 シトラスが敗北し、養分となっても、きっと彼女は止まらないだろう。

 そうなれば、きっとギルドに討伐依頼が出され、彼女は一モンスターとして処理される。


(でも、だからこそ彼女を救うべきは……ううん、救いたいのは、わたしだから!)


 決意と共に蔦を切り伏せ、生じた一瞬の隙を逃さず、シトラスの許へ疾走する。

 その雄姿を、狂った声で称賛するニョッキ。


「嬉しい! 嬉しいのシトラス! シトラスー!」

「声援ありがと。さあさ、これにて終幕よ? 今度は楽しいダンス、披露するからねッ!」


 シトラスは短刀を振りかぶり、肉薄したニョッキへ、狂気を断つと斬撃を見舞う。

 

 だが、


「……かかったの」


 まるで葉っぱを切るかのように、ニョッキの身体はいともたやすく両断された。


「……え?」


 驚くシトラス。



「残念。それは葉っぱで出来た偽物なの」



 どこからか聞こえる、嬉しそうな笑い声。


 ニョッキは、シトラスの背後に咲き誇った。

 大輪の傍から蔦を伸ばし、養分にすると迫り狂う。


 不意をつかれたシトラスは、当然反応できない――はずだったが。


「あらあら?」



 彼女は即座に反応。

 振り向きざま、予期していたかのように蔦を叩き切った。



「!?」


 驚くニョッキ。

 硬直したその隙を逃さず、肉薄。

 彼女を守ろうと反応する別の蔦を切り伏せ、

 

「はあっ!」


 勢いそのまま、回し蹴りを打ち放つ。


「ぐ!?」


 腹部を撃ち据えられ、声をあげるニョッキ。

 痛む心を封じ込め、シトラスは追撃を掛けようとさらに迫った。


「させ、ないのッ!」


 ニョッキは歯を食いしばり、地中より多数の蔦を現出させ、シトラスを攻撃させる。

 シトラスは双剣で蔦を切り伏せ、彼女のもとへ辿りつこうとしたが、しかし、一歩及ばない。

 自身を守るように蠢く蔦の中心で、ニョッキは苦々しげに口を開いた。


「どうして、分かったの?」

「言ったでしょ? アルラウネちゃんと出遭ったことがあったって。性根が腐ったあの子たち、いろんな搦め手を使ってきたからね。それこそ変わり身とか」


 闇に染まった今ならば、そういった行動をするかもと思っていたが、その通りだった。

 勝利したと一撃を振り下ろした直後、油断しきった背後に、地中から現れるかもと。

 嫌な予感が的中しても、まったく嬉しく思えないが。


「ニョッキちゃんのこと、見間違えるはずないでしょ? ……なーんて、言えれば良かったんだけどね」


 こうなってしまうまで、『あの子』だと気付かなかった自分が、嘘でもそんなことを言ってはいけない。


「……いいの。もう、いいの! ウチのものにならないのなら! シトラスなんていらないの! グチャグチャにして、ポイしてやるの!」


 ニョッキは黒い感情すべてを込めるように叫ぶ。




「『パンデミック・パーティー』ッ!」




 声に応え、蔦たちは不気味に震えて夜闇に猛る。

 そして、まるで産毛のように、蔦全体に何本もの腕をびっしりと生えさせた。

 毒毒しい色をしたその腕はうにゃうにゃと、それぞれが意思を持っているとでもいうように、表出することができた喜びを露わにする。

 そして、その手は握っていた何かを、辺り一帯に放り投げ始めた。

 シトラスはぶつかりそうになったそれらを回避したり、叩き割ったりする。


 それは、こぶし大ほどある、何かの種。


 地面に落下したそれは、ねじり込むように土の中に埋まっていき、そこら一体の養分を吸い取るかのように、しぶとく生き残っていた周囲の草花を枯らせていく。

 そしてすぐさま双葉となり、茎が伸び、葉が生え――不気味な大輪が咲き誇った。



 それら一輪一輪から、真っ黒い少女が生まれてくる。



 それは、妖花アルラウネの呪われし奥の手。

 種子を周囲に放ち、自身の分身を創造。

 周囲一帯の生物という生物から生命力を奪い取るまで止まらない、貪欲と傲慢の権化。


 しかも、それらの分身は、猛毒、痺れ、呪い、混乱など、本体と同じ状態異常を振りまくことができるのだ。

 一体一体の力は、もちろん本体に劣る。

 だが、数十、数百と増えるそれらが、重なり合い、混ざりあった力は――。


 これは、敵対者を再起不能に追い込む、禁忌の技であった。


「あらあら。可愛いお客さんがいっぱい。そんなにわたしと踊りたいの?」


 シトラスがアルラウネと対峙したときは発動させる前に倒すか、できなければ、全力で逃走していた。


 だが、そのどちらも不可能だ。



 この子はここで、わたしが止める。

 それ以外の選択肢など、あり得ない。



「置いていくなんて、できないものねえ」

「情けなんていらないの! 逃げたきゃ逃げるの! 逃がさないけどッ!」


 ニョッキは号令するように腕を上げる。


「早い者勝ちなの! 手でも、腕でも、顔でも! 好きなところをグチャグチャにするのッ!」

「「「「なの!」」」」


 それに従い、影ニョッキは行動を開始する。

 周囲に花粉をまき散らし、幾百、幾千もの蔦が、たった一人に猛威を奮う。


「さあ、ラストダンスといきましょう。れっつ、だんしーんっ」


 シトラスは双剣を手に地を駆ける。

 濃霧のような花粉の中、彼女は、彼女へ向かって駆ける。

 回避不能と思われる蔦。

 次々に振り下ろされるそれらの間、僅かな隙間を通り抜け、作り出し、時には蔦に飛び移って回避する。


「そんなにウチが嫌なの!? そんなに触れたくないの!? ウチは、ウチはこんなに愛しているのに!」

「正面からぶつかってくるニョッキちゃん、とっても素敵だと思うわ。でも、これはちょっと派手すぎない? わたし、びっくりで尻込みしちゃうわあ」

「なら引っ張るの! 引っ張って、引っ張って、引き千切れる位に! そうして引きずり出してやるの!」


 ニョッキたちは、どんどん花粉を吹き散らし、蔦をやたらめったら振り回す。

 何十、何百、何千と振るわれる瞬足の鞭。

 当たってもおかしくないそれらを、しかしてシトラスはすべて回避する。

 ありえない姿に、ニョッキは声をさらに荒げる。


「どうしてなの!? どうしてあたらないの!? もうとっくに状態異常にかかっているはずなの! もう動くのもやっとのはずなの! ねえ、ウチの愛が足りないの!? だから寝取られたっていうの!?」

「可愛い子がそういうこと、言っちゃダメよ?」


 ニョッキの言う通り、毅然に振舞っているシトラスは、しかしすでに虫の息。

 毒、麻痺、混乱など、放たれるすべての状態異常を受け、本来なら戦闘不能の状態だ。



 そんな彼女に、どうして攻撃が当たらないのか。

 そんなの簡単だ。



 救いたいからだ。



 彼女のことを救い出したい。

 そう、強く願っているからこそ。


 動きは機敏に、頭は俊敏に、仇なす害を足蹴にする。


 猛烈な痛みと苦しみに衰弱し、吐き気と震えに目を回し、狂ってしまいそうになる。

 だがシトラスは、彼女のことを強く思い、身を奮い立たせ、行動の理由を明確化する。


 視界はすでに暗くなりかけている。

 その中、一つだけ。

 助けを求めるように、小さく輝く光が。

 そこだけを、シトラスは目指す。


「引き下がってあげないわ。だって、わたしの生きる意味は、あなただから」

「! 情けなの? 憐れみなの!? そんな感情、向けるななのッ!」


 激しさを増す攻撃。

 かいくぐり、前へ。


 倒れそうになる。

 意識を手放しそうになる。


 だが、徐々に、少しずつ。


(諦めない。なにより大切な思いが、願いが……叶おうとしているのだから!)


 前へ前へと進んでいく。


 蔦を裂き、分身を切り進み、光のもとへ。

 

 そして、遂にその手は彼女へ近づき――



 直前で、膝が折れた。



「あ!?」


 限界を超えた体が、願いに届くと、先立って安堵したのか。

 全身から力が抜け、身体が地面に吸い寄せられる。



「うふふ! やったの! さあ、一緒になるの!」




 だが、闇に落ちた彼女の声。

 そんな声を聞いて……そんなままにさせて――



(このまま終わるなんて、絶対に、認めないッ!)



「燃えろッ! 『エンチャント』オオオッ!」


 声の限りに叫ぶ。


 その思いに答えるように、体が煌き、燃え上がる。。

 その力、すべてを武器へ叩き込む。


 双剣は火を噴き、火炎の翼となり。

 迫る蔦と分身を焼き払い、推進力で身を起こしたシトラスは、彼女へ跳んだ。



「なの!?」

「届けえええええええええッ!」


 驚くニョッキに飛び掛かり、全部を込めて、振り下ろした。



 その切っ先は、今度こそ、届いた。



「あああああ!?」


 肩口を裂かれ、ニョッキは苦悶の声をあげる。

 痛覚を共有しているのか、周囲の影ニョッキたちも苦しそうにあえぐ。


「……はあ、はあ、はあ。悪い子は、ちゃんと叱ってあげないと、ね」


 限界を超えたシトラスは、その場に倒れ込んだ。

 そのすぐ前で、うずくまったニョッキが激痛に喘ぐ。


「痛い! 痛いの! 助けてなの、シトラス!」

「ごめんね。……どうしましょ。小さな女の子に手をあげるとか、考えてみれば最低よね」

 

 呻くニョッキの姿に、シトラスは胸を痛める。

 だけども、今回だけは許してほしい。

 彼女が、こうして元に戻ってくれ――


「……だから、一緒になって、共に生きるの!」

「ッ!? あなたまだ!?」


 動けないシトラスへ、ニョッキは蔦を伸ばした。

 成す術なく、蹂躙されようとするシトラス。



 だが、眼前で蔦は停止する。



「ぐ!? う、うぐ……!」



 ニョッキは青い顔をして、口元を抑える。

 同様に、残っていた影ニョッキたちも苦しそうに顔を歪め、そしてしおれた。

 シトラスは安堵する。


「よかった。効果はあったのね……」


 『エンチャント』に付与したのは、炎属性だけではない。


 植物の生長を阻害、鎮静化する作用のある、レンジャーのみが持つ独自の特性を付与させていたのだ。

 まったく効いていないように見えたが、蓄積された効果が、この土壇場で発動したらしい。


 仕込まれた毒に、ニョッキは呼吸も荒く肩を揺らした。

 ジト目で、シトラスを睨む。


「はあ、はあ……。せこいこと、するの。シトラスこそ、性根が腐ってるの」

「あなたのために、甘んじて。頭は冷えた?」

「……うん。ありがとう、なの」


 ニョッキは、恥ずかしそうに俯いた。

 どうやら、正気に戻ったらしい。



「――だから」



 だが再び、彼女の周囲の地面から、蔦が出現する。


「!」


 高く高く伸びる蔦。

 その先が、鋭利に尖る。


 警戒するシトラス。


 だが、その標的は、彼女ではなかった。



 狙い定めたのは――ニョッキ自身。



「!? ニョッキちゃん、なにを――グッ!?」


 気付いたシトラスが止めようとするが、その身体を背後から現れた蔦が、邪魔させまいと絡めとる。

 全身を縛りあげられ、剣を取りあげられる。

 苦痛に顔を歪めるシトラスへ、ニョッキは言う。


「シトラス。ご結婚、おめでとうなの。幸せになってくれて、ウチは嬉しいの。……そう心から祝いたいけど、やっぱりダメなの。ウチ、できないの」

「そんなの……!」

「ううん、ダメなの。シトラスは、ウチの恩人。特別で、大切な人。そんな人のこと、素直に祝えなくて、暴走して、傷つけて……。ウチ、最低なの」

「ニョッキちゃんッ! ニョッキちゃんッ!」


 身動き取れず、叫ぶことしかできないシトラス。


 その前で、ニョッキは泣き笑い、




「育ててくれて、ありがとう。生まれたときから、愛していたの」




 思いを殺し、幕を引くと、鋭利な蔦を殺到させた。



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