絶対に、認めないッ!
妖しい月光が、一人の少女を狂わせる。
悲哀と狂気に包まれた、とある森の秘密の花園。
清廉な花々を刈り飛ばし、地中から現れる、木の幹のように太い蔦。
いくつものそれらが、一人の少女目掛けて襲い掛かる。
シトラスは、それらをレンジャー故の俊敏さを生かして、しかして危なげに回避する。
心が、体が、彼女との戦闘を嫌がっているのだ。
彼女は視線の先、不気味に揺れる大輪から咲き誇る少女へと叫ぶ。
「ニョッキちゃんお願い! わたしの話を聞いて!」
「……シトラス。シトラス大好きなの。ねえ、早く一緒になるの。一緒に、一緒になるの」
だが、歪な愛を囁き続ける少女に、その言葉は届かない。
不気味に笑うその姿は、闇に染まって生きるアルラウネのそれだった。
「ねえ、どうして逃げるの? ウチのこと、嫌いなの?」
「そんなこと! わたしはあなたを――」
「うるさい! うるさいの! そんな偽りは! 慰めはいらないの!」
怒りに連動するように激しく蠢く巨大な蔦が、シトラスを叩き潰そうと迫る。
「くっ!?」
紙一重のところで蔦を回避し、地面を転がる。
息つく間もなく立ち上がり、その場を素早く飛び退る。
紙一重のタイミング。
立っていた場所に、別の蔦による強烈な一撃が振るわれた。
清楚に咲き誇っていた祝福の花は無残にも散らされ、地面ごとズタズタに引き裂かれていく。
散っていく花々。
優しい彼女は、普段ならば嘆き、悲しみ、謝るだろう。
だが、そんなことなど些事でもないと、気にも留めない彼女の瞳。
そこには、シトラスのみしか映っていない。
「シトラスすごいの! カッコイイの! さすがウチの愛する人なの!」
ニョッキは興奮から手を握り合わせ、目を輝かせた。
だが、次の瞬間には光が消える。
「……でも、ウチを裏切ったの。でき婚とか最悪なの。そんな尻軽、死んじゃえばいいの」
怨嗟の声を漏らして、ニョッキは口角を吊り上げる。
彼女は、本気だ。
本気でシトラスのことを殺そうとしている。
「やめて! どうしてそんなこと言うの! また一緒に踊りましょうよ!」
「黙るの! 踊ったことなんて、一度もないの!」
「くっ!? そういえばそうだったわ!?」
彼女と、また前みたいに過ごしたい。
のんびり踊って、日向ぼっこをして、たくさん笑って、怒られて。
あの夢のような日々を、この手に取り戻したい。
そう思うのに、シトラスの言葉は、届かない。
それはとても悲しい現実。
だが、悲しむだけでは、救えない。
(でも、だから、戦うわ……!)
シトラスは、拳を握り、覚悟を決める。
言葉が通じないならば、ぶつかろう。
すべての思いを、この身に込めて。
本気の本気でぶつかって、彼女を闇から解き放つ。
そう、固く決意した。
……とはいえ、『ウィンディ』が使えない以上、状態異常の花粉が飛び交う彼女の傍には近寄れない。
このまま突っ込めば、やがて侵され、息絶えるだろう。
だが、それがどうした?
シトラスはレンジャー。
遠距離攻撃こそ、彼女の真骨頂!
シトラスは背負っている矢を弓につがえ、叫ぶ。
「『エンチャント』!」
唱えると同時、彼女の身体を一瞬緑色の光が包んだ後、燃えるような赤に変化する。
『エンチャント』。
術者やその武器に、属性や特殊な能力を付与する特技。
魔法の専門でないレンジャーの場合、付与できる属性は炎のみ。
だが彼女らには、それで充分。
雑草とケダモノを相手取るなら、それだけで事足りる!
シトラスは、体に宿った力を武器に流し込む。
そして弓を構え、
「たあっ!」
赤く煌く矢を、迫りくる蔦目掛けて打ち放った。
矢は蔦の中心を穿つ。
相性の悪い炎の攻撃に、蔦は大穴を開け、大きな音と共に地面に倒れ込んだ。
レンジャーとは、対自然のエキスパート。
植物や獣のモンスターを相手どった場合、聖騎士にだって負けはしない。
それらへの特攻のある特技、補助魔法を覚えているからだ。
その上、シトラスはレベル50を越えている。
その抜けている性格が幸いしたと言っていいのか、彼女は他のレンジャーよりも敵との遭遇率が極端に高く、加えてパーティを組めず一人で冒険することばかりだったので、自然と経験値を稼ぐ形となったのだ。
普段のニョッキがこのことを知れば、
「ならどうして討伐クエストを受けないの!?」
なんてツッコんできそうだが、金のために命を刈り取るのは、なんだか嫌だったのだ。
武器を忘れることも多いし。
「じゃあ植物ならいいの? そういうの理不尽なの!」とも言われてしまいそうだが。そこは罪悪感がちょっと薄くて済むからという訳で。
さておき、この森に暮らすモンスターたちはシトラスよりも低レベル。
それらをあしらうことのできるニョッキは、それよりもレベルは上であろう。
だが、きっとシトラスには及ばない。
(普通に考えれば、ニョッキちゃんに勝ち目はないわ。……でも!)
視線の先で、穿たれた蔦は瞬時に傷を塞ぎ、生長。
再びシトラスに牙を剥く。
迫りくる蔦の群れを回避しつつ、レンジャーのみが扱える瞬足の射で穿ち続けるが、しかし、それでも終わりは見えない。きっと矢が尽きるのが先だろう。
(この回復力……。普通じゃない!)
今夜は満月。
モンスターたちが高揚し、強化される夜。
加えて、アルラウネとは負の感情を月光の下で増幅すると聞く。
増幅された感情は、そのまま凶悪な力へと。
異端の存在であるとはいえ、その本質は心の奥底に眠っていたのだろう。
恋を叫び、愛に狂った少女は、呪われた植物モンスターに他ならない。
(効果が出てくれればいいのだけど……あまり、期待はできないかしら)
眉根を寄せるシトラスに対し、ニョッキは瞳を見開き、喜び跳ねる。
「楽しいの! ねえシトラス! ウチ、とっても楽しいの! 大好きな人との大喧嘩とか、ちょっと憧れてたの! だって本気で喧嘩するってことは、気の置けない、誰よりも通じ合った二人だってことなの! ああ、これこそ恋! これこそ愛なの!」
「あらあら? 痴話喧嘩ってしたことなかったけど、こんなに過激なものだったかしら?」
蔦を相手取るうちに、矢は尽きた。
弓はもう使い物にならない。
邪魔になったそれを放り捨て、先を見据える。
目指すは、邪悪な花粉が優雅に舞い散る穢れた聖地。
そこに佇む少女の御許。
レンジャーの使用できる魔法の中に、炎弾や水流を放つような、強力な攻撃魔法はない。
あるのはちょっとした攻撃魔法か、『エンチャント』や『ヒール』、『リフレッシュ』など、簡単な補助や回復魔法くらい。これだけの遠距離を攻撃できるものはない。
状態異常に対して多少の抵抗を持ち合わせているとはいえ、あれだけ濃い花粉の中に飛び込んで戦いを続ければ、きっと異常を受けてしまう。
『リフレッシュ』は状態異常から回復する特技だが、回復本職の修道女や司祭などではないため、その発動には少し時間がかかる。
それは、この激戦の中では命取り。使えないと思った方がいいだろう。
なら、すぐに使用できるアイテムであれば。
若干の期待を込めて、隙をうかがいポーチの中から薬草を取り出す。
毒消し、麻痺治し、混乱治し。
珍しく準備万端の薬草たちは、しかし、しおれており、使い物にならなかった。
(当然か。ニョッキちゃん、辺り一帯から『ドレイン』してるみたいだし……)
相手の生命力を吸い取る特技。
それは動物はおろか、植物に対しても発動する。
踏み潰されずにすんでいた祝いの花たちは、生命力を吸収され、無残に枯れ落ちていた。
そして、ただ立っているだけだというのに、シトラスの身体にも疲労が蓄積。
体力が奪われ続けていることが分かる。
ドレイン耐性がなければ、すでに干乾びていただろう。
(時間は限られている。そして、それはあまり多くない)
ならば、この身は顧みず。
彼女を救うことだけを、誓う。
シトラスは両もものベルトに差した双剣を引き抜き、逆手に持つ。
『エンチャント』を受けた剣は、緑、赤と色を変え、燃え煌く。
「さてさて。それじゃあシトラスさんの特別ダンス、双剣演舞の開幕ですよ? 染まった闇も、悲しみも。二刀の下に、切り伏せるわー」
シトラスは、ニョッキ目掛けて駆けだした。
「そうなの! 早く来てなの! 一緒になるの、シトラス!」
目を見開き、大口を開けて叫ぶニョッキ。
興奮と狂気で、その頬は上気する。
(……もしわたしが、この子を育てなかったら。きっと、これよりひどいことになってたのよね)
喜びも、楽しみも、そして、恋を知ることもなく。
悲哀と憎悪、憤怒の泥沼で、それが不幸だとも分からずに、生ある限りのたうち回る。
そんなもの、生きていると言えようか。
迫りくる蔦を華麗にかわし、斬り払いながら、シトラスはニョッキに迫る。
花粉を吸った。だが、体は動く。まだいける。
速く、速く。彼女の許へ。
(今は、わたしが不甲斐なかったせいでこんな風にさせているけど……)
何度も再生する蔦。
回復ができない今、一撃でも喰らってしまえば文字通り命取り。
そして、その場ですべてが終わる。
自分の生も。
そして、あの子のソレも。
シトラスが敗北し、養分となっても、きっと彼女は止まらないだろう。
そうなれば、きっとギルドに討伐依頼が出され、彼女は一モンスターとして処理される。
(でも、だからこそ彼女を救うべきは……ううん、救いたいのは、わたしだから!)
決意と共に蔦を切り伏せ、生じた一瞬の隙を逃さず、シトラスの許へ疾走する。
その雄姿を、狂った声で称賛するニョッキ。
「嬉しい! 嬉しいのシトラス! シトラスー!」
「声援ありがと。さあさ、これにて終幕よ? 今度は楽しいダンス、披露するからねッ!」
シトラスは短刀を振りかぶり、肉薄したニョッキへ、狂気を断つと斬撃を見舞う。
だが、
「……かかったの」
まるで葉っぱを切るかのように、ニョッキの身体はいともたやすく両断された。
「……え?」
驚くシトラス。
「残念。それは葉っぱで出来た偽物なの」
どこからか聞こえる、嬉しそうな笑い声。
ニョッキは、シトラスの背後に咲き誇った。
大輪の傍から蔦を伸ばし、養分にすると迫り狂う。
不意をつかれたシトラスは、当然反応できない――はずだったが。
「あらあら?」
彼女は即座に反応。
振り向きざま、予期していたかのように蔦を叩き切った。
「!?」
驚くニョッキ。
硬直したその隙を逃さず、肉薄。
彼女を守ろうと反応する別の蔦を切り伏せ、
「はあっ!」
勢いそのまま、回し蹴りを打ち放つ。
「ぐ!?」
腹部を撃ち据えられ、声をあげるニョッキ。
痛む心を封じ込め、シトラスは追撃を掛けようとさらに迫った。
「させ、ないのッ!」
ニョッキは歯を食いしばり、地中より多数の蔦を現出させ、シトラスを攻撃させる。
シトラスは双剣で蔦を切り伏せ、彼女のもとへ辿りつこうとしたが、しかし、一歩及ばない。
自身を守るように蠢く蔦の中心で、ニョッキは苦々しげに口を開いた。
「どうして、分かったの?」
「言ったでしょ? アルラウネちゃんと出遭ったことがあったって。性根が腐ったあの子たち、いろんな搦め手を使ってきたからね。それこそ変わり身とか」
闇に染まった今ならば、そういった行動をするかもと思っていたが、その通りだった。
勝利したと一撃を振り下ろした直後、油断しきった背後に、地中から現れるかもと。
嫌な予感が的中しても、まったく嬉しく思えないが。
「ニョッキちゃんのこと、見間違えるはずないでしょ? ……なーんて、言えれば良かったんだけどね」
こうなってしまうまで、『あの子』だと気付かなかった自分が、嘘でもそんなことを言ってはいけない。
「……いいの。もう、いいの! ウチのものにならないのなら! シトラスなんていらないの! グチャグチャにして、ポイしてやるの!」
ニョッキは黒い感情すべてを込めるように叫ぶ。
「『パンデミック・パーティー』ッ!」
声に応え、蔦たちは不気味に震えて夜闇に猛る。
そして、まるで産毛のように、蔦全体に何本もの腕をびっしりと生えさせた。
毒毒しい色をしたその腕はうにゃうにゃと、それぞれが意思を持っているとでもいうように、表出することができた喜びを露わにする。
そして、その手は握っていた何かを、辺り一帯に放り投げ始めた。
シトラスはぶつかりそうになったそれらを回避したり、叩き割ったりする。
それは、こぶし大ほどある、何かの種。
地面に落下したそれは、ねじり込むように土の中に埋まっていき、そこら一体の養分を吸い取るかのように、しぶとく生き残っていた周囲の草花を枯らせていく。
そしてすぐさま双葉となり、茎が伸び、葉が生え――不気味な大輪が咲き誇った。
それら一輪一輪から、真っ黒い少女が生まれてくる。
それは、妖花アルラウネの呪われし奥の手。
種子を周囲に放ち、自身の分身を創造。
周囲一帯の生物という生物から生命力を奪い取るまで止まらない、貪欲と傲慢の権化。
しかも、それらの分身は、猛毒、痺れ、呪い、混乱など、本体と同じ状態異常を振りまくことができるのだ。
一体一体の力は、もちろん本体に劣る。
だが、数十、数百と増えるそれらが、重なり合い、混ざりあった力は――。
これは、敵対者を再起不能に追い込む、禁忌の技であった。
「あらあら。可愛いお客さんがいっぱい。そんなにわたしと踊りたいの?」
シトラスがアルラウネと対峙したときは発動させる前に倒すか、できなければ、全力で逃走していた。
だが、そのどちらも不可能だ。
この子はここで、わたしが止める。
それ以外の選択肢など、あり得ない。
「置いていくなんて、できないものねえ」
「情けなんていらないの! 逃げたきゃ逃げるの! 逃がさないけどッ!」
ニョッキは号令するように腕を上げる。
「早い者勝ちなの! 手でも、腕でも、顔でも! 好きなところをグチャグチャにするのッ!」
「「「「なの!」」」」
それに従い、影ニョッキは行動を開始する。
周囲に花粉をまき散らし、幾百、幾千もの蔦が、たった一人に猛威を奮う。
「さあ、ラストダンスといきましょう。れっつ、だんしーんっ」
シトラスは双剣を手に地を駆ける。
濃霧のような花粉の中、彼女は、彼女へ向かって駆ける。
回避不能と思われる蔦。
次々に振り下ろされるそれらの間、僅かな隙間を通り抜け、作り出し、時には蔦に飛び移って回避する。
「そんなにウチが嫌なの!? そんなに触れたくないの!? ウチは、ウチはこんなに愛しているのに!」
「正面からぶつかってくるニョッキちゃん、とっても素敵だと思うわ。でも、これはちょっと派手すぎない? わたし、びっくりで尻込みしちゃうわあ」
「なら引っ張るの! 引っ張って、引っ張って、引き千切れる位に! そうして引きずり出してやるの!」
ニョッキたちは、どんどん花粉を吹き散らし、蔦をやたらめったら振り回す。
何十、何百、何千と振るわれる瞬足の鞭。
当たってもおかしくないそれらを、しかしてシトラスはすべて回避する。
ありえない姿に、ニョッキは声をさらに荒げる。
「どうしてなの!? どうしてあたらないの!? もうとっくに状態異常にかかっているはずなの! もう動くのもやっとのはずなの! ねえ、ウチの愛が足りないの!? だから寝取られたっていうの!?」
「可愛い子がそういうこと、言っちゃダメよ?」
ニョッキの言う通り、毅然に振舞っているシトラスは、しかしすでに虫の息。
毒、麻痺、混乱など、放たれるすべての状態異常を受け、本来なら戦闘不能の状態だ。
そんな彼女に、どうして攻撃が当たらないのか。
そんなの簡単だ。
救いたいからだ。
彼女のことを救い出したい。
そう、強く願っているからこそ。
動きは機敏に、頭は俊敏に、仇なす害を足蹴にする。
猛烈な痛みと苦しみに衰弱し、吐き気と震えに目を回し、狂ってしまいそうになる。
だがシトラスは、彼女のことを強く思い、身を奮い立たせ、行動の理由を明確化する。
視界はすでに暗くなりかけている。
その中、一つだけ。
助けを求めるように、小さく輝く光が。
そこだけを、シトラスは目指す。
「引き下がってあげないわ。だって、わたしの生きる意味は、あなただから」
「! 情けなの? 憐れみなの!? そんな感情、向けるななのッ!」
激しさを増す攻撃。
かいくぐり、前へ。
倒れそうになる。
意識を手放しそうになる。
だが、徐々に、少しずつ。
(諦めない。なにより大切な思いが、願いが……叶おうとしているのだから!)
前へ前へと進んでいく。
蔦を裂き、分身を切り進み、光のもとへ。
そして、遂にその手は彼女へ近づき――
直前で、膝が折れた。
「あ!?」
限界を超えた体が、願いに届くと、先立って安堵したのか。
全身から力が抜け、身体が地面に吸い寄せられる。
「うふふ! やったの! さあ、一緒になるの!」
だが、闇に落ちた彼女の声。
そんな声を聞いて……そんなままにさせて――
(このまま終わるなんて、絶対に、認めないッ!)
「燃えろッ! 『エンチャント』オオオッ!」
声の限りに叫ぶ。
その思いに答えるように、体が煌き、燃え上がる。。
その力、すべてを武器へ叩き込む。
双剣は火を噴き、火炎の翼となり。
迫る蔦と分身を焼き払い、推進力で身を起こしたシトラスは、彼女へ跳んだ。
「なの!?」
「届けえええええええええッ!」
驚くニョッキに飛び掛かり、全部を込めて、振り下ろした。
その切っ先は、今度こそ、届いた。
「あああああ!?」
肩口を裂かれ、ニョッキは苦悶の声をあげる。
痛覚を共有しているのか、周囲の影ニョッキたちも苦しそうにあえぐ。
「……はあ、はあ、はあ。悪い子は、ちゃんと叱ってあげないと、ね」
限界を超えたシトラスは、その場に倒れ込んだ。
そのすぐ前で、うずくまったニョッキが激痛に喘ぐ。
「痛い! 痛いの! 助けてなの、シトラス!」
「ごめんね。……どうしましょ。小さな女の子に手をあげるとか、考えてみれば最低よね」
呻くニョッキの姿に、シトラスは胸を痛める。
だけども、今回だけは許してほしい。
彼女が、こうして元に戻ってくれ――
「……だから、一緒になって、共に生きるの!」
「ッ!? あなたまだ!?」
動けないシトラスへ、ニョッキは蔦を伸ばした。
成す術なく、蹂躙されようとするシトラス。
だが、眼前で蔦は停止する。
「ぐ!? う、うぐ……!」
ニョッキは青い顔をして、口元を抑える。
同様に、残っていた影ニョッキたちも苦しそうに顔を歪め、そしてしおれた。
シトラスは安堵する。
「よかった。効果はあったのね……」
『エンチャント』に付与したのは、炎属性だけではない。
植物の生長を阻害、鎮静化する作用のある、レンジャーのみが持つ独自の特性を付与させていたのだ。
まったく効いていないように見えたが、蓄積された効果が、この土壇場で発動したらしい。
仕込まれた毒に、ニョッキは呼吸も荒く肩を揺らした。
ジト目で、シトラスを睨む。
「はあ、はあ……。せこいこと、するの。シトラスこそ、性根が腐ってるの」
「あなたのために、甘んじて。頭は冷えた?」
「……うん。ありがとう、なの」
ニョッキは、恥ずかしそうに俯いた。
どうやら、正気に戻ったらしい。
「――だから」
だが再び、彼女の周囲の地面から、蔦が出現する。
「!」
高く高く伸びる蔦。
その先が、鋭利に尖る。
警戒するシトラス。
だが、その標的は、彼女ではなかった。
狙い定めたのは――ニョッキ自身。
「!? ニョッキちゃん、なにを――グッ!?」
気付いたシトラスが止めようとするが、その身体を背後から現れた蔦が、邪魔させまいと絡めとる。
全身を縛りあげられ、剣を取りあげられる。
苦痛に顔を歪めるシトラスへ、ニョッキは言う。
「シトラス。ご結婚、おめでとうなの。幸せになってくれて、ウチは嬉しいの。……そう心から祝いたいけど、やっぱりダメなの。ウチ、できないの」
「そんなの……!」
「ううん、ダメなの。シトラスは、ウチの恩人。特別で、大切な人。そんな人のこと、素直に祝えなくて、暴走して、傷つけて……。ウチ、最低なの」
「ニョッキちゃんッ! ニョッキちゃんッ!」
身動き取れず、叫ぶことしかできないシトラス。
その前で、ニョッキは泣き笑い、
「育ててくれて、ありがとう。生まれたときから、愛していたの」
思いを殺し、幕を引くと、鋭利な蔦を殺到させた。




