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Lily×Monster ~モンスター娘と百合コメです!~  作者: 白猫くじら
天然レンジャー×世話焼きアルラウネ
12/58

誰だってドン引くに決まってるの!

 太陽が中天へと差し掛かり、森の中に温かな木洩れ日が降り注ぐ。

 普段なら、ぽかぽか日向ぼっこで気分がよくなるはずのいい天気。

 

 だが、ここにご機嫌斜めのアルラウネが一人。


「……遅いの」


 ニョッキは、不満顔で呟いた。

 

 今日は、昨日出会った天然レンジャー、シトラスの採集クエストに付き合う日。


 彼女のポンコツな性質を考慮し、さまよい、出会えないということがないよう、森の入り口で待ち合わせる約束をしていた。


 待ち合わせは、一番鶏が鳴いて、少しした後。

 モンスターたちが眠気にまどろみ、活発に動かない時刻なら危険は少ないため、そう提案していた。

 ニョッキは眠い目をこすり、森の入口へ向かい、他の人間たちに見つかることのないよう、茂みに隠れて待っていた。

 

 だが、約束の時刻になっても彼女は現れず、とうとう昼になってしまったという訳で。

 待ちぼうけをくらった彼女は、現在すこぶるご機嫌斜めなのだ。


「なかなか、いい度胸なの」


 クエストに付き合うと言い出したのはニョッキの方だ。

 そして危険を少なくするために早朝と設定したわけだが、早かったかなとも思う。

 そのため、多少の遅刻くらい許そうとも思っていた。

 見た感じ、朝に強そうな風には見えなかったし。

 だが、流石に昼過ぎても現れないというのは遅すぎる。いったいどういう了見だ。

 

「……いや、でも待つの」


 これだけの大遅刻、糾弾する材料としては十分すぎる。

 だが、もしかしたら彼女にも理由があるのかもしれない。


「昨日大失敗したから、入念に準備しているとかなの?」


 昨日、武器を忘れるという致命的なミスを犯したため、抜けがないように、しっかりとチェックしているのかもしれない。

 それか、店に行って、より良い装備品を買いそろえているのかもしれない。

 

 昨日、帰り際にもぎ取られた、ニョッキの頭部に生えていた貴重な花。

 放っておいても枯れるだけだったので、ニョッキはやけくそ気味に彼女に与えてやったのだ。

 あれを売れば、かなりの蓄えが手に入るはず。

 それを有効活用しているのかもしれない。


「うん、きっとそうなの。これだけ遅いのはアレだけど、ちゃんと準備するのはいいことなの」

 

 天然マイペースだから、人より時間がかかるのだろう。

 理由が推察でき、多少気持ちが楽になった。


 まあ、そう短気になることもない。

 自分はモンスターで、人間のように仕事をしなくてもいい。

 おまけにニョッキは、雨や川からの水分摂取と、日光での光合成だけで生きていけるから、空腹に飢えることもない。 

 そう、だから気長に待てば――



「……もしかして、怖くなったとか……なの?」



 ニョッキの頭に、もう一つの考えが浮かんだ。

 それは、彼女がここに来る気がないというもの。


 そもそも、モンスターがクエストの手助けをするなんておかしな話だ。

 提案したニョッキ自身でさえおかしいと思っている。何かの罠だと疑うのが当然だ。

 加えて、アルラウネとは本来、性根の腐りきったモンスター。

 そんなモンスターが待ち構えているところに、わざわざ出向く人間など、いやしない。


 あの人間も、森を出て一息ついた後、冷静になった頭でとんでもない約束をさせられたことに気付き、逃げ出したのだろう。

 そうに違いない。自分が逆の立場でもきっとそうする。


「それが正しいの。よかったの。あの子にだって、危険を判断することくらいできたの」


 抜けているようでいて、最低限の危機意識は持っていたか。

 ニョッキはほっと胸を撫で下ろす。


「そうと分かれば一安心なの。ウチは、ぽかぽか日向ぼっこに行くの」


 今日はいいお天気だ、お日様をいっぱい浴びて、リラックスしよう。

 ニョッキは、お気に入りのお昼寝スポットへと戻ろうと決めた。


「……こんなモヤモヤ、いらないの」



 なぜか感じる負の感情を、お日様に浄化してもらおうと考えながら。



 そんな時、


「あらあら」


 微かな声が聞こえた。

 このぽわぽわとした天然ボイスを聞き間違うはずはない。


「まったく。ほんとに来たの。冒険者失格なの」


 悪態をつくニョッキ。

 だが言葉とは裏腹、その口元に笑みが浮かぶ。


 よくもまあ凶悪と名高いアルラウネの下へノコノコやってきたものだ。

 約束を守ってくれたことは嬉しいが、まずは注意が必要だろう。

 ニョッキは茂みの中から飛び出すと、浮かんだ笑顔をどうにか取り繕いながら、森の入り口へ顔を向ける。


 だが、そこには誰もいなかった。


「? おかしいの。誰もいないの」


 待ちぼうけるあまり、空耳が聞こえたのだろうか。


「あらあら」


 再び聞こえる声。

 いや、空耳などではない。確かにこの耳に届いた。

 

 届いたが、それは入口からではない。

 ニョッキはその方角に顔を向け、青ざめる。


「これ……森の奥からなの?」


 気付いたニョッキの耳に、今度は違う声が届く。


 ブモォォオ!


「あらあら?」


 興奮したモンスターの声と、困った様子のド天然の声が。


「これまた囲まれてる感じなの!? 性懲りもないの!」


 ニョッキはうんざりしつつ、声のする方へと急ぐのだった。


***


「あらあら。また助けられちゃったみたいね。ありがとう」


 シトラスは、ぺこりと頭を下げた。

 ほんわかなオーラを漂わせる彼女の周囲には、血錆で鈍く光る巨大な斧が何本も転がっていた。


「でも楽しかったわあ。わたしも久々に熱くなっちゃったわよー」

「お前頭おかしいの! 斧をぶん回すミノタウロスの群れの真ん中で踊り狂うとか!? ほんと意味不明なの!」


 ニョッキが現場へ駆けつけると、筋骨隆々のウシ型モンスター、ミノタウロスの群れの真ん中で、手や頭、背中を使い、地面の上で回転するように踊るシトラスの姿があった。


 猪突猛進のミノタウロスたちですら、妙な行動をする女の姿に二の足を踏み、混乱した様子を見せ、その場で回転しながら斧を頭上で振り回すというおかしな行動をとっていた。

 さらにそれに負けじと、シトラスの踊りも激しさを増し、ミノタウロスたちも対抗し……なんていう、頭の痛くなる空間が出来上がっていたのだ。

 

 帰りたくなったニョッキだったが、見て見ぬふりもアレなので、しぶしぶ状況へ介入した。

 第三者の登場で我にかえったミノタウロスたちは斧を放り捨て、逃げるように森の中へと帰って行った。

 目が合った一頭が去り際に頭を下げたように見えたのは、気のせいではないだろう。


「あの熱いダンスバトル。言葉が通じなくても、ハートは伝わるのねえ。わたし、感動しちゃったわ」

「伝わるというより伝染なの! あとハートじゃなくてマッドなの!」


 もう、ほんとに意味が分からない。一回医者に診てもらうべきだろう。

 いや無駄か。さじを投げるのが目に見えているし。

 

 気を取り直し、ニョッキはシトラスに尋ねる。


「シトラス、お前の踊りって、もしかしてなにかの特技なの?」


 相手の闘争心を忘れさせて踊り狂わせる、いざなう踊りや、魔力を奪い取る不気味な踊りなど、モンスターや踊り子の中には、そのような特技を覚えているものがいると聞く。

 もしや彼女は踊り子からレンジャーにクラスチェンジし、特技を引き継いだのではないだろうか。それならこの馬鹿げた行動にも納得がいく。というか、納得させてほしい。


 そんな期待を込めた質問だったのだが、しかし彼女は首を横に振った。


「ううん。これはただの趣味よ。踊りって楽しいじゃない?」

「人の趣味に口出しはしないけど、それは時と場所を弁えてほしいの」


 大方の予想通りの回答に、ニョッキは溜息をついた。


「ところで、どうしてこんなところにいたの? 森の入り口にいたけど、ウチ、全然気付かなかったの」

「ごめんなさい。実は今朝、楽しみで早起きしちゃって。それで約束の時間にはだいぶ早かったけど、さくっと採集クエスト終わらせて、その後でニョッキちゃんと遊ぼうかなって思ったの」

「ふ、ふうん、なの」


 楽しみで早起きとか、なかなか嬉しいことを言ってくれるではないか。

 実はニョッキも少しだけ楽しみにしていたので、そう言ってもらって嬉しい。

 

「それで探索をしていたんだけど、目的のものが全然見つからなくて。入口への戻り方もわからなくなってさまよっていたの。そうしているうちに、ミノタウロスちゃんたちの群れに遭遇して。斧を持って襲い掛かってきたから、仕方ないけど戦わなきゃと思ったんだけど……その、武器がなくてね?」

「お、お前また忘れたの!?」

「ううん。今日はちゃんと持ってきてたわよ?」


 言葉の通り、シトラスは弓を手にしていた。

 だが、肝心の矢を持っていない。

 加えて、ミノタウロスたちに攻撃した様子もなかった。


 ならば道中で打ち尽くしたのだろうか。

 そうだとしても、打ち尽くす程度しか持っていかないのも問題だが。

 

 予想するニョッキに、シトラスは恥ずかしそうに答える。


「実は、探索するうちにどこかに落としてきたみたいで……」

「バカなの!? もうレンジャー辞めろなの!」


 命を守るための武器を落とすなんて、信じられない。

 ニョッキは頭が痛くなる。


 もうこの方には引退して頂いて、街の定食屋さんなどで働いていただきたいものだ。


「心配ありがとね。でも、それはできないの。わたしには、叶えたい夢があるから」


 彼女のほんわかとした目に、強い決意が宿る。

 それはどこか懐かしむような、夢見るような、前向きな光。

 それだけは絶対に譲れないと、その目が雄弁に語っていた。


(いや、なんでこのギャク展開でほんのりシリアスが混ざるの……?)


 図らずも彼女の大切な願いの片鱗を垣間見ることになったのだが、こんな流れで知っても良かったのだろうか。

 とりあえず気付かなかったフリをしておこうと判断するニョッキに、シトラスは笑顔を作る。


「まあ、それはいいとして。武器がなかったからね、いっそ武器なんて捨てて、ダンスバトルで決着をつけましょうって、激しく踊ってみたの。そしたらミノタウロスちゃんたちもノリノリで。いやあ、いい汗流したわー」

「血が流れなかったのはほんとに奇跡なの……」


 ツッコんだ後、ニョッキは前から気になっていたことを指摘する。


「というか、その。そんな恰好で踊りなんて、しない方がいいの。色々、まずいの」


 指摘したのは彼女の身なりについてだ。

 身軽に動くことに特化したレンジャーということもあり、シトラスはなかなかの軽装に身を包んでいる。布面積はニョッキほどとは言わないまでも、割とすごい感じだ。

 下なんて太ももが露わになるような短いスカートを履いているし。

 そんな恰好で踊られては、ドキドキして心臓に悪い。

 赤面するニョッキ。だがシトラスは余裕そうな笑顔を浮かべる。


「大丈夫よ。ほら」


 彼女は、躊躇なくスカートをたくし上げた。


「なのっ!?」


 ニョッキは思わず目を背け、ドキドキしながら横目でその様子を盗み見る。


 スカートをたくし上げた先には、極短の黒いズボンのようなものが履かれてあった。


「わたし、ダンスが好きだからね。武器は忘れても、これだけは忘れたことがないのよ? うふふ、偉いでしょ?」

「だ、大事だけど、武器こそ忘れるななの」


 動揺しているため、指摘する声が震えてしまう。

 ショーツではなかったとはいえ、いきなりそういうことされると、困る。

 熱に酔いそうになるニョッキを置いて、シトラスは元気よく腕を振り上げる。


「さて、それでは探索に向かいましょー……って、武器がないんだったわ。やっぱりまた明日にしましょうか?」

「と言ってもまた忘れる可能性が高いの。持ってきても落とす可能性が高いの。奇跡的にそうでなくても役に立たない気がするの。永遠にクエストが終わらない気がするからもうこのまま行くの。ついてくるの」

「ねえニョッキちゃん、わたしだって傷つくことがあるのよ?」

「ふうんなの。さあ、さくっと終わらせるの」


 糾弾するシトラスを放って、ニョッキは探索を開始した。


***


 十数分後、探していたものはあっさりと発見された。

 指定されていたものを革袋へ詰め込み、シトラスはニョッキに礼を言う。


「一週間かかっても見つけられなかったものをいとも簡単に……。ニョッキちゃん、本当にありがとう!」

「……いや、その。感謝されるほどのことではないの」

「そんなことないわ! わたし、本当に感激しているもの!」


 目を輝かせるシトラス。

 だが、ニョッキは気まずい思いを感じる。



 このくらいの採集クエスト、駆け出しだって一日で達成可能なの……。



 先ほどシトラスから聞かされた指定の植物は、それほど珍しいものではなかった。

 この森にのみ自生する草ではあるが、ちょっと分け入ればそこら中に生えている。

 生息しているモンスターも強いものはほとんどいない。

 ミノタウロスは多少厄介ではあるが、戦う必要がない分、危険は少ない。

 そもそも討伐クエストではないのだし、魔物の気分が昂る満月の夜でもなければ、簡単に達成できるはずなのだ。


 そして、達成したところで小銭稼ぎ程度にしかならないだろうクエストに、ここまで手間取るとは。

 ニョッキは、とあることが気になった。


「つかぬことを聞いてもいいの?」

「ええ、なんでも!」


 未だ興奮冷めやらぬ様子のシトラスが、キラキラした瞳を向けてくる。


「シトラス、冒険者としての生活は成り立っているの?」

「……」


 キラキラを途端に消失させ、シトラスは目を逸らした。

 ニョッキは、それ以上聞かないことにした。


 気まずい空気を作ったのを悪いと思ったのか、少ししてからシトラスの方から声がかかる。


「ところでニョッキちゃん。実は気になることがあったのだけど、いいかしら?」

「ドンと来いなの」

 

 ニョッキは罪滅ぼしとして、どんなことにでも答えてあげようと構える。


「ニョッキちゃんってアルラウネなのよね? なのにどうしてこんなに親切なの?」

 

 冒険者として当然の疑問を、シトラスは浮かべた。


「昨日、帰ってから色々調べ直したの。アルラウネっていうのは人間の怨嗟から生まれたモンスターで、湿地とか、お参りに来る人のいない集合墓地の茂みの中とか、薄暗くて、闇の力の吹き溜まった場所に多く生息している。太陽の光を嫌い、月光を浴びて不気味に笑う。そして攻撃的で、襲った人間を養分にしてしまうって」


 一般的なアルラウネのことを語るシトラス。


「実際わたしも探索中に出遭ったことがあったけど、正直、震えたわ。不気味に笑いながら狂気を宿した目で攻撃してくる……。ダンスに誘えなかった相手は、彼女たちが初めてだったもの」


 よほど恐ろしかったのだろう。シトラスは身を震わせた。


「そういうこともあって、ニョッキちゃんをアルラウネだなんて思えなかったの。のんびり屋さんで世話好きで、日向ぼっこが大好きな女の子。どうして、こんなに優しい子なのかなって」

「最近はツッコみが忙しくて、あまりのんびりできていないの。けどまあ、その、ありがとうなの」


 褒められ慣れておらず、ニョッキは照れてしまった。


 シトラスの指摘の通り、アルラウネとは本来、負の感情を具現化したモンスター。

 ニョッキのようなアルラウネは、存在するはずがないのだ。


 喜んだり、恥ずかしがったり。

 そして、恋したり。

 

 そんな感情とは無縁であるはずなのに、ニョッキには、それがある。

 その奇跡が起きたのは、とある人物のおかげなのだ。


「それは、恩人のおかげなの」

「恩人?」


 ニョッキは説明する。


「ウチは、処刑場の跡地で生まれたの。無念と怨嗟を種として。血と激情がしみ込んだ土を養分として。恨みつらみの渦の中で、ウチは普通のアルラウネたちのように、負の感情を具現化し、形を成すはずだった」

 

 でも、とニョッキは続ける。


「ある時、女の子が現われたの。ウチはまだ双葉だったから、顔は見えなかったけど。ウチのところにやってきたその子は、優しい声音で言ってくれたの。可愛い葉っぱさんだあって」


 処刑場跡地なんて誰も立ち寄らないところに、彼女はやってきた。

 子供故の好奇心だったのだろうが、彼女はその日からニョッキの下に足を運ぶようになった。


「大きくなあれって毎日水やりしてくれたの。綺麗なお花を咲かせてねって歌を歌ってくれたの。ニョッキって名前も、その子がくれたの。にょきにょき大きくなあれって名付けてくれて」


 子供ながらの安直なネーミングだが、ニョッキはとても嬉しかった。


「ただ、その子はちょっとドジで。栄養剤と間違えて除草剤を使うこともあって。枯れそうになるウチに、涙を流しながらごめんなさいしてくれたの」

「あらあら。普通そんな失敗しないわよ? 天然さんだったのねー」

「……」

「あらあら? どうしてそんな目で見るの? わたし、何かおかしなこと言ったかしら?」

「……話を戻すの。本来アルラウネは負の感情を養分として成長する。でも、彼女の温かな優しさを受け、ウチは思ったの。彼女に感謝したい、彼女のことを、綺麗な心で見てみたいって」


 感謝、そして希望。

 本来なら抱くはずのない感情を、彼女のおかげで抱くことができた。

 それを、伝えたくなったのだ。


「慟哭、混沌、煉獄。流れ込んでくる激情に、何度も押しつぶされそうになったの。闇に沈みそうになったの。でも、彼女の優しさが、何度もウチを救ってくれて。それを、忘れたくなくて。ウチは頑張ったの。頑張って頑張って頑張って……。そしてウチは、異端のアルラウネとして誕生したの」


 すべては、彼女に感謝するため。

 彼女のために、ニョッキは生まれたのだ。


 ニョッキの話を、シトラスは優しい顔で聞いてくれていた。


「そっか……。それで、その子にありがとうはできたの?」


 ニョッキは照れと後悔を感じながら、俯き、指を合わせる。


「実は、恥ずかしくなって。成長して、土の中から飛び出した瞬間、叫び声をあげて気絶させちゃったの」

「あらあら……」


 アルラウネの『リスキーシャウト』。


 マンドラゴラのそれとは違い、即死させるほどの威力はなく、相手を気絶させたり、使用した特技を一つだけ、一定時間封印したりする呪いをかけるもの。


 闇を排したニョッキのそれには、そんな凶悪な力は宿っていないが、それでも子供相手に至近距離でぶっぱなしたのは、反省すべき過ちだ。

 

「処刑場跡のすぐ近くに街があったから、そこ出身だと思うの。人目を盗んでそこの教会に迷子ですって札を下げて送り届けた後、ウチはこの森へ居を移したの。それで、落ち着いてから変装して街に行ってみたんだけど、その子、引っ越していたみたいで。とっても残念だったの」


 がっくしと肩を落とすニョッキ。

 その様から感じるものがあったのだろう。

 シトラスは彼女にしては珍しく、ちょっとだけ悪戯っぽい顔をした。


「もしかして、初恋だったの?」


 途端、真っ赤になるニョッキ。


「そ、そんなのじゃ!? ウ、ウチはただ、その子にありがとうを言って、一緒に遊んで、それから、その……ずっと、一緒にいてほしいなって……」


 生まれたばかりのニョッキに、恋なんて難しいものは分からない。

 そして、それは今も同じだ。

 ただ、彼女と同じ時間を過ごしたいなと、そう感じたのは確かだった。


「ふふ。甘酸っぱいわねえ。……その子、元気にしてたらいいわね」

「……うん。いつも、願っているの。幸せに暮らすのって」


 そして、いつかまた、と。


「さて。そんなニョッキちゃんに、実はプレゼントがあるのです」

「な、なんなの?」


 しみじみとした雰囲気一転、不穏なものを感じたニョッキは後ずさった。


「そんなに身構えないでよ。クエストに付き合ってもらったお礼。ちょっと待ってねー」

 

 プレゼントとかお礼とか、本来嬉しいもののはずなのに、シトラスからのそれは警戒せずにはいられない。逃げ出さないだけいい方だ。

 シトラスは鼻歌を歌いながら荷物の中からあるものを取り出した。


「あったあった。どう? 可愛いでしょー?」


 それは小さな革袋だった。

 いかにも小さな女の子が好みそうな感じに可愛らしくラッピングされているのは、ニョッキのためのものだと分かる。

 その気遣いに、ニョッキはちょっとだけ期待しそうになる。


「なかなか、いかすの。それで、中身はなんなの?」

「うふふ、開けて見てのお楽しみ。どうぞ?」

「あ、ありがとなの」


 小声で礼を言い、袋を受け取る。

 触った感じ、なんだかふにふにしている。

 ぬいぐるみか何かだろうか。アルラウネには必要のないものではあるが、でも、嬉しい。


「きっとお気に召すと思うわ。わたし、頑張って選んだもの」


 自信満々の様子で言い切るシトラス。

 選んだということは、店で買ったものだろう。

 ならば、少なくとも危害は加えられないはず。

 

 ニョッキはワクワクしながら袋の口を開ける。

 なぜか口は厳重に縛られており、なかなか開かない。

 どう間違っても中身が飛び出さないようにとでもいった感じだ。

 それだけ素晴らしいプレゼントなのだろう。

 ニョッキの期待に拍車が掛かる。


「あ、開いたの! さてさて、いったい何が入って――」


 期待に輝く瞳で中を覗き込む。

 そこには――



 むにむに。



 むしむし。



 虫虫虫虫。


「!!!」


 詳細を記載したくない地獄絵図を目にし、ニョッキは光よりも早く袋を放り投げた。


「なのなのなのなの……」


 青ざめ、震えあがるニョッキ。

 モザイク必須な光景を無修正で見せられてしまった。

 動悸が、震えが、治まらない。

 

「あらあら。元気でねー。達者で暮らすのよー?」


 少しだけ残念そうな様子でシトラスは袋の飛んで行った方へと声をかけた。

 その呑気な様子が、とても腹立たしい。


「お、お前! な、なな、なんてものをプレゼントしてくるの!? あ、あれ! あれは!?」

「シトラスさんの気まぐれ詰め合わせよ? 探索ついでに、いい感じのインセクトさんたちをキャッチしてたの。ほら、ニョッキちゃんって植物でしょ? お口に合うかなーって」

「食虫はつかないの! あ、あんなもの見せてくれて……! あ、ああ。に、握っちゃったの……」


 袋越しに、うにうにと握った感触が、今もこの手に残っている。

 なんとなくひんやりして気持ちよかったのは、それゆえの低体温というやつだったのか。


 というか、あの、何十匹ものソレらが、いもいも蠢く様とか……!


「うーん。でも、ニョッキちゃん森の中で暮らしているのよね? なのに苦手なの?」

「あんなグロ袋、誰だってドン引くに決まってるの!」


 アルラウネたちは、月光での光合成の他、動植物、昆虫からの栄養吸収で生を保っている。

 だが、異端のニョッキは、より強力な日光で光合成することができるので、他の生命から栄養吸収する必要はないのだ。

 だから、獲物としない分、他のアルラウネと比べれば多少昆虫が苦手なのかもしれないが、そんなもの関係なしに、さっきのプレゼントは衝撃的だった。

 

 涙目で抗議するニョッキ。

 だが、


「そう? みんなで楽しそうにダンスしてるみたいで、とっても微笑ましかったけどなあ」


 強がりでもなんでもなく、シトラスはそう言ってほほ笑んだ。


「……」



 こいつ、絶対どうかしてるだろ……。



 ニョッキは言葉を失った。

 よくあんな光景を見て――


「うう、また思い出してしまったの。コレ完全に夢に出る感じなの。それは嫌なの、徹夜コース決定なの……」


 あんなものを再び目にしてしまった日には森の中にいられな――


「うう、ウチはバカなの。延々とあの光景が頭の中を……」


 思い返して何度も気分を害する。

 脳裏にこびりついて離れない。考えまい考えまいとするほど、狂気が頭を駆け巡る。


「あらあら。そんなに喜んでもらえて嬉しいわ」

「んなわけあるかなの!」

「あらあら。まあそう熱くならないで。実はもう一ついいものがあるの」

「ウチは絶対受け取らないの! ウチは絶対許さないの!」

「まあまあ。きっとこれは気に入ってくれるわ」


 警戒するニョッキの前で、シトラスはあるものを取り出した。


「じゃーん。植物用栄養剤―」


 それは緑色をした小瓶だった。


「クエストに付き合ってもらったお礼として、買ってきてたの。きっとよく効くわよ」

「ふ、ふうんなの。まあ、それなら受け取ってあげてもいいの」


 ニョッキは途端に掌を返し、小瓶を受け取った。

 森で暮らすモンスターのニョッキにとって、滅多にお目にかかれないモノだ。

 図らずも思い出の品をプレゼントされることとなったが、なかなか粋ではないか。


 ニョッキはそれを一気にあおった。


「おお、いい飲みっぷりねー」

「ブーッ!?」

「あらあら!?」


 薬を吹き出し、緑色の顔を真っ青にするニョッキ。

 口腔内に感じる異質な味に悶えながら、シトラスへと抗議する。


「こ、これ除草剤なの! お前殺す気なの!?」

「あ、あら? そうなの?」

「見てみるの! 『しつこい植物も一瞬で撃滅! プラントオーバーキル!』 ってでっかい文字で書いてるの!」


 怒りと共に小瓶を突き返す。


「あらあらほんと。ごめんなさい、カッコいい文字で力強く書かれていたから、よく効くのねってところだけしか気にしてなかったわ」


 少し口にしただけだというのに鉛でも流し込まれたかのように体が重い。

 アルラウネでなければ、文字通りオーバーキルされていただろう。


「お前、ウチになにか恨みでもあるの!? 華麗なツーコンボ喰らって、バイタル、メンタル共にズタボロなの!」


 涙ながらに糾弾すれば、流石に罪悪感が覚えたのだろう、シトラスは気まずそうに目を逸らす。


「え、えーっと、まあその、ねえ? 思い出のあの子の失敗をなぞったということで。その、昔を懐かしむいい機会だったということで」

「命がけで懐かしむとか、それもう走馬灯なの!」


 たった十数年しか生きてないのだ、そういうのは早すぎる。


「そ、そうよねえ。……どうしよう、まだ宿に数千本あるのに」

「お、お前今なんて言ったの!?」


 ぼそっと聞こえた不吉な言葉に、ニョッキは青ざめる。


「あ、あらあら。な、なんでもないわよー」

「嘘言うななの! なんか数千本とか聞こえたの!」


 詳しい単価は知らないが、除草剤数千本ともなれば、かなり高額なはずだ。

 だが、簡単な採集クエストすら、ろくにこなせないシトラスに、そんなものを買うお金などないはず。

 と、そこで、ニョッキは昨日の出来事を思い出した。


「ま、まさか! ウチのお花を売ったお金で!?」

「え、えーっと……」

「お、お前! ふざけるななの! 恩を仇で返すとはまさにこのことなの!」

「ごめんなさい! でもその、ニョッキちゃんから半ば奪ったようなもので豊かになるとか、それはそれで納得いかないでしょ? だから喜びそうなもの――栄養剤をたくさん買ってプレゼントしようっていう、ささやかな心配りをね?」

「うるさいの! そう思うならさっさと返品して、別のモノを寄越すの!」

「そ、それはちょっと無理よ。だって、雑貨屋のおじさん、大喜びしていたもの。

 これで念願の『王都へ行く! サキュバスちゃんとドキドキ☆一週間ツアー!』に申し込めるって!」

「そんないかがわしいヤツ知るかなの! 返品に応じなかったら言うの! 

 ウチが代わりに『冥府へ逝けッ! アルラウネちゃんの怒鬼怒鬼☆一瞬ツアー!』を開いてやるの!」

「お、落ち着いてニョッキちゃん! あなたにそんな物騒なの似合わないから!」


 取り乱すニョッキを落ち着かせようとシトラスが宥めてくる。


 ああもう、最悪だ。


 さきほど述べたが、確かに思い出のあの子も、シトラスのように天然で、栄養剤と除草剤を間違えたことがあった。

 そして枯れそうになるニョッキへ、謝りながら、カッコいい文字で力強く書かれてたからそこしか見てなかったと弁解したことがあった。

 

 ド天然からのプレゼントだ、もう少し警戒するべきだったとニョッキは後悔する。

 それに、苦々しくはあったが、あの子との思い出を汚さないで――


「……あれ?」


 ふと、気付く。


 どうしてか気になってしょうがなかった、人間の女性、シトラス。

 なんとなく、あの子に雰囲気が似ているからかもと思っていた。


 だが、似ているではないとしたら?

 それ以上だとしたら?


 もしかして、


 もしかすると。


 ニョッキはじっとシトラスのことを見る。


「お、落ち着いてくれたかしら? よ、良かったあ」


 昔、出会った女の子。

 思い出の中で、ずっと成長することのなかったその子。

 だから、気付かなかった。


「……え、なの。あれ、なの! 嘘、なの!?」

「ニョッキちゃん? なのなのどうしたの?」


 きょとんとするシトラス。



 その姿が、彼女と、重なる。



「やっと……やっと会えたの!」



 運命の再会に、ニョッキの目から、温かな滴が零れるのだった。


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