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短編11(前)

 


 かつて詰め所がまだ『聖騎士団詰め所』だった頃は、夏は暑く冬は寒く、まともに仕事が出来る環境ではなかった。

 原因は多々あるが、あえてあげるならば二つ。


 一つ目は建物と高い壁の間という立地。

 このせいで夏はじめっとした空気が漂い湿度が高く、周囲どころか詰め所内にすらもカビとキノコが生えそうなほどだった。

 冬になれば今度は隙間風が吹き、雪が降ろうものなら背の高い建物からの落雪が直撃してくる。


 二つ目は建物の劣化。

 かつての英雄とはいえ時代の変化で聖騎士は道化になり果てた。そんな聖騎士の詰め所が手入れされるわけがない。

 そもそも聖騎士が道化になり始めた頃に与えられた詰め所なのだ、当時からすでにボロがきていたのだろう。

 壁にはヒビが入り、夏は湿度の高い生ぬるい隙間風が、冬は凍てつくような隙間風が入り込む。


 そんな劣悪環境なのだ、当然だが寒暖の対策なんてされているわけがない。


 ……以前までは。




「あー、寒かった」


 今日は一段と冷える、と独り言ちながらアランが詰め所に入れば、既に他の者達は揃っていた。

 もっとも、揃ってはいるが仕事をしているわけではない。


「今日は夜になると雪がふるらしいな」


 とは、出勤後の朝食中のデルドア。

 彼は朝起きると自宅で朝食を食べ、その後詰め所で二度目の朝食を摂っているのだが、今更その燃費の悪さに言及する者はいない。

 そんなデルドアの隣では、ヴィグが出勤したはいいもののウトウトとしている。


「こうも寒いと昨日の酒が抜けなくて眠いな……」


 という主張はまったくもって理屈が分からないのだが、これも言及する者はいない。

 いそいそと毛布を用意しだすあたり寝るつもりなのだろう。アランが見守っているとあっという間にソファに寝床を作ってしまった。慣れたものである。


「あ、アランちゃんおはよう! ジェラート食べよ! ジェラート!!」


 勢いよく詰め所の奥から現れたのはロッカ。

 彼の提案にアランは「ジェラート?」と首を傾げた。

 寒い中ようやく詰め所に辿り着いた身にはあまり聞きたくない単語である。想像しただけでふるりと震えてしまう。


「行きに喫茶店に寄ったらジェラート売ってたから買ってきたの! 詰め所の中は温かくて溶けちゃうからどうしようと思ってたら、モズさんが外に置いたら良いって教えてくれてね、窓の外につるしてあるよ!」

「はやにえかぁ」

「試食させてもらったら凄く美味しかったんだ! ビスケットと食べても美味しいって言うからビスケットも買って来たの。早く食べよう!」


 ねぇ!ねぇ! とロッカが強請ってくる。それほどに美味しいジェラートだったのだろう。

 この話と、それと室内の暖かにすっかりとアランもその気になり「食べよう!」と返した。ロッカの顔がパァッと明るくなり、さっそくと外に取りに行った。



 そうして本日のアランの最初の仕事は『ロッカとジェラートを堪能する』に決まった。

 ヴィグの毛布に包まっての睡眠よりはマシだが、デルドアの銃の手入れには劣る気がする。

 まぁ深くは考えるまい。担った仕事をまっとうするのみ。そう自分に言い聞かせ、さっそくとジェラートを一口食べた。


 ヒヤリとした冷たさと甘さが同時に口の中に広がる。

 ベリーの甘酸っぱさと冷たさは相性抜群だ。飲み込んだあとでさえ程よい酸味と香りが残る。


 なにより………。


「あたたかい部屋で食べる冷たいジェラート……。最高……」

「これぞ贅沢だよねぇ」


 うっとりとアランが語れば、同じようにジェラートの美味しさに表情を蕩けさせていたロッカが同意する。

 暖めた部屋の中で敢えて冷たい物を食べる。矛盾にも思えるが、この矛盾こそ至高の贅沢なのだ。

 更に暖かな紅茶を飲んで寒々しい窓の外の景色を眺めれば、もう体内温度と体感温度はめちゃくちゃである。


「こんな贅沢が出来るなんて、詰め所の防寒対策をしてもらって正解だね。交渉したかいがあったなぁ」

「交渉、か……」

「どうしました、デルドアさん」


 横から物言いたげに割って入ってきたデルドアに、アランは何が言いたいのかと尋ねた。ジェラートを一口差し出しつつ。

 彼は差し出されたジェラートを一口食べ、「うまいな」と感想を漏らし、ついでにもう一口と強請ったうえに堪能したあと、ようやく「懐かしいと思って」と本題に入った。


「確かに懐かしいですね。私達の汗と涙の交渉です」

「涙は知らないが汗は確かにかいてたな。俺達じゃないが」

「なんにせよ、今のぬくぬくがあるなら正義ですよ」


 もう一口とジェラートを差し出すことでデルドアを黙らせてアランが結論付ければ、向かいに座っていたロッカが「ぬくぬくこそ正義!」と後押ししてくれた。



 ◆◆◆



 今から半年ほど前。

 日中の気温が高くなり、誰もが薄手の衣類を纏い、畏まった制服に身を包む騎士隊がうんざりし始める頃。すでに零騎士隊の詰め所は酷暑となっていた。

 立地の悪さ、建物の劣化、それと数日前から降ったりやんだりを繰り返す天候の悪さ。それらが詰め所を極悪な環境にさせていた。


 当然、零騎士団がそんな環境に耐えられるわけがない。そもそも耐えようとする気があるわけがない。

 詰め所に一歩足を踏み入れるや「出勤完了!」と高らかに宣言し、川に遊びに行ったり大衆食堂に飲みに行ったりしていた。


 だけど、どうしても詰め所内で行わなければならない仕事は出てきてしまう。


「なにか対処しないといけませんねぇ。この暑さじゃ溶けちゃう」

「嫁が溶けたら困るな」

「そうですよ、デルドアさん。大事なお嫁さんが溶けちゃいますよぉ。液体でも愛してくれますか?」

「液体でも愛してることに変わりはないが、できれば固形であってほしいな」


 と、そんな会話を交わす。

 これに対してヴィグからは「熱苦しく惚気るんじゃない」と指摘が入り、ロッカに至っては床に寝そべって唸っている。


「何とかしないといけないな」


 ふむ、とデルドアが悩む。

 それにつられてアランも真剣に考え始めれば、つられたのかヴィグもテーブルにつき、床に突っ伏していたロッカもゆるゆると起き出した。

 零騎士団の緊急会議である。

 もっともすぐさま「こう暑いと考えが纏まらない」と大衆食堂に直行するのだが。



 そんな緊急会議から数日後、零騎士団の詰め所に向かう数人の集団がいた。

 先頭を歩くのはヴィグとデルドア。それと………。


「嫌な予感しかしない、嫌な予感しかしない、嫌な予感しかしない……」


 と青ざめた顔でぶつぶつと呟くジャルダン。全身から漂う絶望感と言ったらない。

 もはや死地に赴くかのようではないか。両側をヴィグとデルドアに挟まれているから猶の事、死地への連行感が増している。


 だがジャルダンがいかに絶望感を漂わせようと、呟こうと、詰め所に到着してしまう。

 青ざめていたジャルダンの表情がより渋いものへと変わった。


「……何を企んでいる」

「失礼な奴だな。企んでなんかいるわけないだろ。なぁヴィグ?」

「本当だよ。清廉潔白な第一騎士団の団長様が同じ騎士を疑うなんて酷い話だ」

「好きに言いやがって。そもそも、俺だけならまだしも……、いや、俺だけでも嫌な予感はするし面倒で嫌なんだが、どうして今日に限って他の方まで詰め所に案内するんだ」


 忌々しいと言いたげにジャルダンが唸るような声で尋ね、次いで後ろを歩く者達にちらと視線をやった。

 後ろを歩いてくるのは五人の男性。誰もがジャルダン達より年上で、尚且つ階級も高く重鎮と言える者達だ。

 この急な呼び出しに怪訝な顔をしてはいるものの文句を言ってくる様子は無い。

 零騎士団に対しての物珍しさからか、あるいは、ここで不満を言って零騎士団から不評を買うのは避けようと考えたのか。どちらにせよ大人しく着いてきている。


「何をするつもりか知らんが、頼むから失礼なことだけはするなよ」


 念を押すようなジャルダンの言及に、デルドアがまったくと言いたげに溜息を吐いた。


「だからそんなに心配するな。俺達は交渉したいだけだ」

「……交渉?」

「あぁ、詰め所の環境改善のための交渉だ。夏は暑いし冬は寒い、こんな状況でまともに仕事が出来るわけがないだろ」

「夏はしょっちゅう川にザリガニ釣りに行って、冬は真昼間から酒を飲みに行くくせに、よく真顔で『まともに仕事ができない』なんてほざけるな」

「そう睨むな。俺達だって環境がよくなれば今より少しは真面目に働く気になる。今日はそのための大事な交渉だ」


 話しつつデルドアが詰め所の扉を開け、ヴィグが「どうぞ中へ」と恭しく重鎮達を屋内と促した。

 ぞろぞろと一行が詰め所へと入っていく。一人が小声で「暑いな」と呟いた。

 そんな中、ジャルダンだけは出入り口の前で立ち止まっていた。物珍しさから詰め所内を見回す重鎮達を前にしつつ、怪訝な顔で動こうとしない。


「ジャルダン、お前も入れよ」

「……嫌な予感が刻一刻と増していって、今この詰め所の扉が開かれた瞬間に頂点に達した。ヴィグ、お前が先に入ったら俺も入る」

「さすが第一騎士団の団長、勘が良いな」

「なっ……! お前達、やっぱり何かっ……!」


 ジャルダンの言葉が途切れる。ヴィグと話している隙をついて、デルドアが蹴り飛ばしたからだ。

 企んでいるのは分かったがまさかシンプルな蹴りがくるとは思っていなかったようで、哀れジャルダンは盛大にバランスを崩し、くぐもった声と共に詰め所の中へと入っていった。片足が義足なうえにこの不意打ち、それでも転ばないあたりはさすが精鋭部隊の長である。

 もっとも、今それを褒める者はいない。重鎮達はデルドアの突然のこの行動にぎょっとしており、そしてデルドアとヴィグはと言えば……。


「よし、全員入った。じゃぁな」

「素晴らしい我が詰め所をどうぞご堪能ください」


 と告げて、ジャルダンの制止と怒りの声を無視して扉を閉めた。




「ロッカが出したチンアナゴ達が中を見張ってるんだよな、それなら六時間ぐらい放っておいても平気か」

「さすがに六時間はきついだろ。一時間毎に様子を見て交渉、四時間耐えたら別の手段を考えよう。念のため途中から三十分毎、十五分毎に刻んだ方が良いかもしれないな」

「限度が四時間か。ヴィグ、お前は優しい男だな」

「なんだよ褒めるなよ、照れるだろ。俺はただ出来るだけ平和的に話を進めたいだけさ」


 そんな話をしつつ、ヴィグとデルドアが詰め所から去っていく。


 ……扉も窓も、白靄の大型獣がしっかりと押さえ込んで脱出不可能となった詰め所と、そこに閉じ込められた六人を残して。




後編は16時更新予定です。

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― 新着の感想 ―
草ァ! でも、無茶苦茶言って不条理にもぎ取ってくるのではなく、正確な現状把握の上での対策要求なので、ここまでは手っ取り早さに重きを置きすぎて事前通知無しになってる点以外何も問題ないですね。 更新あり…
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