短編10(4)
目の前ではヴィグがエミールに抱き着いて泣いており、そんなエミールとアランが握手を交わす。……そしてエミールとヴィグの間に頭から突っ込んで割り込もうとしているのがロッカだ。
それはもう遠慮なしに、ぐいぐいと強引に押し入っている。だというのにヴィグはいまだ泣いているしアランは手を握ったまま話を続けるしで、エミールの表情には困惑の色が強くなっていた。
「ロッカは狭い所に入りたがるんだ」
「なるほど、確かにあいつはよくダンボール箱に入ってたりするな。……こういう所で理解するから仲介役を押し付けられてるんだろうな俺は」
「ところでジャルダ……、番の尻に敷かれてるの」
「お前いま俺の名前呼びかけただろ」
眼前の光景を眺めていたジャルダンがじろりと鋭く隣に立つデルドアを睨みつける。
だがもちろんデルドアが睨まれた程度で動じるわけがなく、ジャルダンからの言及に対して「さぁな」と白々しく返した。
それをジャルダンが更に厳しく睨み……、だが次の瞬間にガクリと肩を落とした。「もう今その程度はどうでもいい」という声には諦めと落胆の色が混ざり合っている。
「それで、なんだ?」
「目の前の光景だ。あれはむしろ俺が割って入って仕切り直しするべきな気もするんだが」
「そうだな。よし、行ってこい」
先程まで落胆していたジャルダンがあっさりと持ち直し、デルドアの背中を押して挙げ句に「落ち着いたらこっちに声を掛けろ」とまで言ってくる。
勝手な、と今度はデルドアがじろりと一度ジャルダンを睨み、それでもアラン達の元へと向かう。
そうして挨拶を……、ではなく、いまだエミールと握手を交わすアランの手を奪うように取った。
「デルドアさん」
アランがパッと顔を上げてデルドアを見る。
だがそれでもデルドアの気は晴れないのか、アランの腰に手を添えるとぐいと己の方へと引き寄せた。ぴったりと寄り添い、それだけでは足りないと抱きしめて更にロングコートで包もうとしてくる。
これにはアランも驚き……、はしないが、「さすがに叔父様の前ですから」と告げて彼のコートからするりと抜けだした。手は繋いだままだし、ぴったりと寄り添ったままではあるが。
「デルドアさん、こちらエミール叔父様です。叔父様、彼がデルドアさんです。あとエミール叔父様とヴィグ団長の間に割り込んだうえに暖かくなったからか立ったまま寝ようとしてるのがロッカちゃんです」
「そうか、君達が魔物の……。ヴィグ、とりあえずそろそろ離れてくれないか? これじゃぁ話が出来ないよ」
「エミールさん……、俺、アランと一緒に全部終わらせようって決めて……、それでっ、それで……」
エミールに諭されてもヴィグは泣き止まず、それでもそっと肩を押されて促されるとエミールから離れた。
そのままふらふらとデルドアへと近付くと彼の背にぶつかるようにポスンと顔を寄せた。一見するとデルドアに縋っているように見えるだろう。もっとも、よく見ればコートを掴んで微かに手を動かしているのだが。
「拭いてますね」
「あぁ、拭いてるな。洗ったばっかなんだけどなぁ」
アランとデルドアがそんな会話を交わしている間にも、ヴィグはデルドアのコートで顔を拭う。
そうしてパッと離れた彼は随分と晴れ晴れしている。目元はまだ赤いが胸の内をすべて吐き出したと言いたげな表情だ。――ちなみにロッカはヴィグが離れたことで目を覚ましたのか、「寝ちゃったぁ」と愛らしい照れ笑いをしながらデルドアのコートで涎を拭った――
「エミールさん、詰め所を案内するよ。エミールさんが居た時から随分と変わったんだ。夏も冬も快適で、それに部屋の中もだいぶ変わったし」
「エミール叔父様。もしも時間があればお父様に会ってくれませんか? 出来るなら顔を見て謝りたいと言っていたんです。もちろん私も一緒に行きます」
アランとヴィグがエミールを誘う。だがそこに待ったが掛かった。デルドアだ。アランとヴィグを「落ち着け」と一言で宥め、次いで後方を見ろと促すように視線をやった。
そこに居たのは一部始終を眺めていた騎士達。もちろんジャルダンの姿もある。
アラン達のやりとりを黙って見ていた彼等はまるで己の出番を待つかのようで、デルドアからの視線に気付くと僅かに安堵の表情を浮かべた。きっとこのままの流れでアラン達が移動してしまったらどうしようと考えていたのだろう。
「エミール・コートレスに会えて嬉しいのは分かるが、先に済ませる用事があるだろう。詰め所に案内するのもコートレス家に連れて行くのも、それが終わったらにしろ」
「デルドアが空気を読んだ!?」
「文句があるなら、お前がエミール・コートレスに抱き着いて大泣きしたことを出来得る限り言い触らしてやってもいいんだぞ、ヴィグ」
「……悪かった。確かにお前の言う通りだ。ひとまずジャルダン達にこの場は譲ろう」
デルドアの脅しで冷静になったのか、ヴィグが素直に頷いて応じる。
次いでアランに対して「良いよな?」と尋ねてくるので、これにはもちろんアランも頷いて返した。エミールに会えたことで嬉しくなって忘れていたが、今回は一応いままでの非礼を詫びる場なのだ。
一度この場は譲ろうと話せば、ロッカがぴょんと跳ね上がって「お茶にしよう!」と声をあげた。
「それなら詰め所でお茶をして待ってよう!」
「お茶?」
「うん。だってこの後って人間のおっさん達がなんか堅苦しい話をするでしょ? それなら僕達は詰め所でお茶して、アランちゃんの叔父さんを待ってた方が良いよね」
「なんという言い草……。でも私達も同席した方が良いんじゃないかな」
「えぇー、僕、堅苦しい話は嫌いだよぉ。それに、さっき嫁さんがおっかないジャルダンさんからケーキ貰ったんだよ! 食べて待ってようよ!」
ねぇ! とロッカが腕を引っ張ってくる。
――ちなみにロッカは『貰った』と言っているが、正確には『ケーキをやるからエミール殿が滞在中は大人しくしていてくれ』と頼まれてその際にケーキを貰ったのだ。――
この話にすでにデルドアは乗り気で「なんのケーキだ?」とロッカに聞いている。
だけど、とアランとヴィグが顔を見合わせた。
「駄目ですよ。そりゃただの堅苦しい話なら出たくないしお茶とケーキを優先しますが、今回はエミール叔父様が居るんですよ。元聖騎士が同席しないと」
「そうそう。普段なら堅苦しい話なんて同席する気もないし、詰め所でお茶を飲んでケーキを食って昼寝をするに決まってる。でもエミールさんが居るなら一緒に行かないと」
説得するアランとヴィグの話からは日頃の怠慢な姿勢が漏れ出ているが、それでもこの話にデルドアとロッカが頷いた。
「そっか、それならお話の場でケーキを食べよう。僕、堅苦しい話は嫌いで聞く気ないからケーキ食べてる!!」
「話ってのは相応の部屋なんだろう。それなら紅茶も出るだろうな」
「まぁでも確かに同席はしても話を聞く必要はないんだよな。それならケーキを食ってても問題ないか」
「そうですね。なんのケーキかなぁ、私、今イチゴのケーキな気分です」
同席さえすればケーキを食べていても良いという結論を出し、アラン達がさっそくと歩き出す。
その自由さに誰もが口を挟めずにいる。さすがにエミールもどう反応して良いのか分からず苦笑を浮かべるだけだ。
それでもとエミールがアランとヴィグを呼んだ。歩いていた二人が足を止めて振り返れば、つられるようにデルドアとロッカも立ち止まった。
二人の聖騎士と、二人の魔物。
だがそこに区別はなく、同じように並んで歩く……。
「ヴィグ、アラン、良かったな」
穏やかに告げるエミールに、ヴィグとアランが頷いて返した。
……end……
予定をずれた更新になりましたが、今回の短編はこれにて完結です!
また書きたい話が思いつきましたらお届けしますので、その際はお付き合いいただけると幸いです。