短編10(3)
アランとヴィグの説得によりエミール・コートレスの出迎えは少数でとなった。
他にも、対応する人数は極力少なくし、勲章の授与や表彰などもってのほか。宿泊は一般的な宿のグレードの高めな部屋、滞在中の主な居場所は零騎士団の詰め所、話をしたい者は事前相談が必要……、と再考に再考を重ねる。
これにはアランとヴィグの「私はまだ五人以上の慣れない人と同時に話をすると鼻血が出ます」「俺がこのあいだ会議の最中に気絶したのを忘れたのか」という言葉がよく効いた。
そんな協議を重ねてようやく迎えた当日、アランはそわそわと落ち着きなくエミールの到着を待っていた。
場所は王宮の正門前。本来ならば騎士が総出で到着を待つ予定だったが、そこは譲歩に譲歩を重ねて人払いがされている。居るのは聖騎士と、数名に絞られた上層部。彼等の護衛を兼ねた僅かな騎士達。
重要な人物――それもかつては無礼な対応をしていた――の出迎えと考えれば人数が少なく歓迎の意があるのかと問われかねない対応だが、これこそアランとヴィグが求めた状況だ。もっと少なくたって良いくらいである。
そうしてしばらく待つと一台の馬車が姿を現した。
緩やかに走りながら正門を抜けて王宮の敷地内へと入り、そしてゆっくりと速度を落として優雅とさえ言える動きで止まる。王宮所有の馬車だ。もっとも、その中でもアランとヴィグの意見を元に若干グレードを落とした物になっている。
まず御者が台から降りると待ち構える一同に深く頭を下げ、次いでコーチの扉を開けた。
人影が扉の奥に見え、赤い髪がチラと覗く……。
「エミールさん……、エミールさん!!」
その姿を見た瞬間、名前を呼んで駆け出したのはヴィグだ。
馬車から降りてきたエミール・コートレスに駆け寄り、それだけでは足りないと勢いよく抱き着いた。
本来であれば、まずは国の上層部が代表してエミールを迎え入れ挨拶をする手筈だった。ヴィグ達が彼と話すのは諸々が終わってからだ。
それを無視して駆け寄りあまつ抱き着くなどもっての外。
だが他でもないヴィグだ。エミール・コートレスの聖騎士時代を共に過ごした人物。聖騎士の務めを終えた彼を見送り、そして新たに聖騎士という泥沼に落とされたアランと共に全ての間違いを正して世界を救った。
そんな彼がエミールとの再会を喜ぶのをどうして止められようか。誰もがひとまずヴィグが落ち着くまで待とうと見守りの姿勢を取った。
「エミールさん、俺、ちゃんとやりきったよ……。エミールさんと別れてから、アランが来て、それで……っ!」
「あぁ、分かってるよヴィグ。ありがとう」
感極まって泣きながら話すヴィグはまるで子供のようだ。だがもちろんそれを指摘する野暮な者もここには居ない。
抱き着かれているエミールもまた父親のようにヴィグの背中を軽く叩きながら宥めている。穏やかで優しい声色、そこには友情と感謝が込められている。
「私もエミール叔父様に挨拶をしてきます」
二人の邪魔をするのは気が引けるが、それでもエミールの後を継いだ騎士として、そして親族として、このまま傍観もしていられないだろう。
そう考えてアランがデルドアとロッカに告げる。ロッカは「僕も挨拶する!」と乗り気だが、対してデルドアはなぜかムスとした表情で眉間に皺を寄せていた。不機嫌が露わな表情である。そのうえアランの上着の裾を掴んでくるではないか。
引き留められたアランがきょとんと目を丸くさせ、デルドアの顔を見上げ、次いで上着を掴む彼の手へと視線を落とし、もう一度彼を見上げた。
「別に私はエミール叔父様には抱き着きませんよ」
「そうか、それなら良い。行ってこい」
アランが説明すればデルドアの表情がパッと晴れ、上着の裾を掴んでいた手もあっさりと放す。
なんとも分かりやすい態度ではないか。この正直すぎる反応にアランも思わず頬を染め、ロッカがフヒュウと音にはならない冷やかしの口笛を吹いた。
「それじゃぁ行ってきますね」
そう一言告げて、デルドアの元からエミールとヴィグ達のところへと向かう。
もっとも距離と言えるほどのものでもない。数歩近付くだけだ。
「あの……、エミール叔父様」
恐る恐るアランが声を掛ける。
今まで親族に声を掛けるのにこれほど緊張した事はあっただろうか……。
と考え、聖騎士になってからは両親に声を掛ける事すら緊張と不安だらけだったのを思い出した。割と、というか、だいぶある。むしろ未だに家族相手でも緊張する。
だが今はそんな事は考えるまいとアランが己の中で割り切れば、いまだ泣いているヴィグを宥めていたエミールがこちらを向いた。
アランと同じ、そしてアランの父であるコートレス家当主と同じ真っ赤な髪。顔付きもどことなく父に似ている。
だけど父のような威厳さは無く、よく言えば温和、悪く言えば気弱な雰囲気を纏っている。それがアランがエミールに抱いた第一印象だ。
「アラン……」
「あ、あの、はじめまして……、っていうのもなんだか変な気がしますけど」
「話は聞いていた。なのに何も出来ずにすまなかった」
エミールの謝罪は見当違いだ。他の誰でも無く彼だけは、当時まだ蔑まれるだけの道化だった聖騎士を勤めきった彼だけは、聖騎士を押し付けられたアランに非を感じる必要は無い。
だがそれでもエミールには自分の後に年若いアランが苛酷な状況に晒された事が申し訳なく思えたのだろう、伸ばされる手はまるで許しを乞うような動きだ。
その手をアランはしっかりと強く握った。心を交わすように両手で包み込む。
大丈夫。恨んでいない。恨むわけがない。
むしろ聖騎士の勤めを果たした貴方に、ヴィグを支え続けてくれた貴方に、感謝と敬意を抱いている。
そんな思いを込めて強く握れば、伝わったのだろうエミールの表情が和らいだ。
彼の手もまたアランの手を優しく握り返してくれる。大きく、温かく、優しい手だ。
先代の聖騎士と今代の聖騎士。
廃れた称号を押し付けられた二人が、間違いを正した今ようやく手を取り合う。
その光景には誰もが思う所があるのだろう。口を挟むことなく見守っている。
……もっとも、
「手を握るとは聞いてない」
と不満を隠さぬ声で文句を言い、挙げ句に割って入ろうとするデルドアだけは別である。
慌ててジャルダンがそれを止めた。
「なに嫉妬心丸出しにしてるんだ。今ぐらいは空気を読め」
「俺はエミール・コートレスのことは知らないし、あいつに苦境を強いていたのは人間だろう。それなのになんで俺がこの場でエミール・コートレスを気遣って空気を読まなきゃいけない」
「正論で駄々こねやがって……。それならせめてアランとヴィグのために友好的に接するぐらいはしてやれ。あいつらの為なら良いだろう?」
「……アランとヴィグのためなら」
「よし。ほらロッカを見習ってみろ、あいつはエミール殿に対して友好的に……」
話しながら視線を向けていたジャルダンが言葉を止めた。
「……なんであいつはエミール殿とヴィグの間に割り込もうとしてるんだ」