短編10(2)
「はぁい、どなたで……、あれ、嫁さんおっかない人だ!」
「最悪だ!」
「失礼な!」
ロッカが出てくるなりジャルダンが嘆けば、間髪を容れぬ速さでロッカがフーッ!と威嚇の声と共に怒りだした。
「……そ、そうだな、最悪は失礼だった。ところで今お前以外に他に詰め所にいるのか?」
「お話できるのは僕だけだよ」
「やっぱり最悪だ!!」
「やっぱり失礼な!!」
ロッカが更に怒りの声をあげる。少女のような愛らしい外見ながらに眼光は鋭く、更には白靄のクマとゴリラを出すのだが、これ以上の暴言を吐くなら武力行使に出るという脅しだろうか。
さすがに不味いとジャルダンは己を落ち着かせ、「悪かった」と素直に非を認めた。確かに顔を合わせるなり開口一番「最悪だ」は失礼である。
「そんな失礼な人にはヴィグさんがブレンドした紅茶しか出してやらないんだから! 茶葉と共に殺されるが良い!」
「悪かった、そう怒るな。というか変な怒り方をするな。だが今の時間は全員詰め所に居るはずだろう。他の奴等はどうした」
「デルドアは奥のお部屋で銃の手入れ。魔銃も普段使いの銃も予備のも全部出して徹底的にやるって気合い入れてたから、呼んでも部屋から出てこないと思うよ」
「それならアランとヴィグは」
「お昼寝してるよ!」
「よし、叩き起こそう」
あいつらめ……、と唸りながらジャルダンが詰め所へと入ろうとする。もちろん片手は腰からさげている長剣の柄に触れながら。
これに対してロッカが「だめ!」と声を上げてジャルダンの腕を掴んだ。鍛えられた男の腕を掴む細い腕……、なのだが、掴まれたジャルダンの腕がピクリとも動かせなくなったのは言うまでもない。どんなに細腕だろうとロッカは獣王の末裔、人間の男の腕を掴んで止めるなど造作ない。
「ぐっすり眠ってるから起こしちゃ可哀想だよ!」
「今は勤務時間なんだが」
「嫁さんおっかないさんの所だってお昼寝してるじゃん。ヴィグさんとアランちゃんだけ起こすなんて可哀想だよ」
「うちが? 馬鹿を言うな、騎士が勤務中に寝たりするわけないだろ」
「お昼寝ルームあるじゃん」
「あれは仮眠室だ!」
言い争いながらそれでも詰め所の中へと入る。
外観こそぼろいがそれでも中は一応の広さがあり、二人の執務机、テーブルと向かい合うように座るソファ。それと本棚。必要最低限だが物は揃っている。
そんな室内の、対になるように置かれたソファ。
そこで、アランとヴィグがタオルケットを掛けてスヤスヤと眠っていた。
ぐっすりである。
あまりの長閑な光景に、ジャルダンが怒りを露わに「こいつら……!」と唸りをあげた。
だがアランとヴィグを起こすより先に「寝かせてやれ」と覚えのある声が割って入ってきた。
デルドアだ。銃の手入れの途中だったが煩くて出て来たという。
「午前中に外に出て疲れたんだ。休ませてやれ」
「疲れた? 特殊な任務でもしてたのか?」
「ザリガニ釣りだ」
「だから……!! ぐぅう、もう良い……、この話は終わりだ。お前達との話は長引かせても無駄なだけだ」
怒鳴りつけたいのをすんでのところで堪える。
そうして改めてアランとヴィグへと視線をやった。午前中に水遊びをしたからか随分とぐっすりである。
「今回俺が来たのは任務のためじゃない。ヴィグとアランに話があるんだ」
「俺達が代わりに聞いておくのは駄目なのか?」
「そういうことは一度でもまともに話を聞いてから……、いや、なんでもない。内容自体は言伝でも問題は無いんだが、さすがに事が事だから直接伝えた方が良いだろう。そっちの方が二人のためだ、とにかく起こすぞ」
さっさと話を終わりにしてアランとヴィグを起こしに掛かれば、さすがにここまで言われれば止める気もないのか、デルドアとロッカも首を傾げながら黙って見守っていた。
そうして二人を起こして、改めて話の場を設け……、
「近く、エミール・コートレスが戻ってくる」
ジャルダンが告げると、アランとヴィグが揃えて息を呑んだ。
◆◆◆
エミール・コートレスはコートレス家当主の弟、アランにとっては叔父にあたる。
そして先代の聖騎士である。
「エミール叔父様……」
シンと静まった詰め所の中、アランは小さくその名を呼んだ。
だがいまいちピンとこないのは、親戚とはいえその男に会った記憶がないからだ。
なにせ彼もまた聖騎士。蔑まれるべき道化だった。
気の弱い性格ゆえに聖騎士の称号を押し付けられていた彼は、周りから拒否されてか、それとも自身が他者と関わるまいと決めたからか、コートレス家にも顔を出すことは滅多になかった。
そしてエミールが聖騎士だった頃、アランはまだ『コートレス家の大事な令嬢アルネリア』であり、両親をはじめとする周りの大人達が意図的に会わせるまいとしていたのだ。
ゆえにアランは彼の名前を聞いてもあまり懐かしさは無かった。
むしろ胸に湧くのは罪悪感と後ろめたさ。まだアルネリアと呼ばれていた頃の自分は、あえて聖騎士を蔑むようなことこそしなかったが、それでも苦境に立たされた叔父を救おうとはしなかったのだ。
だけど……、とアランは視線を隣へと向けた。
そこに居るのはヴィグだ。
彼は聞かされた話にいまだ言葉を紡げずにおり、アランの視線に気付くとようやく我に返ったのか「そうか……」と上擦った声を出した。
「エミールさんが帰ってくるのか……」
「聖騎士の在り方が見直され、彼等への対応は間違いであったと国が認めた。正式に謝罪の場をと以前から動いていたんだ。色好い返事は貰えていなかったが……。ヴィグ、お前、エミール殿に手紙を出してただろう」
ジャルダンに問われたヴィグが首肯する。
「団長、手紙なんて出してたんですか?」
「手紙って言ってもそんな畏まったもんじゃないし、それに聖騎士の事が片付いてからだ。ただ、一連の事や、こっちでの扱いは昔と変わったことを伝えておこうと思って。エミールさんには世話になってたし、別れ際に俺の聖騎士の勤めが終わったら自分の所に来れるようにしておくって言ってくれたからな」
「自分の所に?」
エミール・コートレスは聖騎士の勤めを終えた後、王都を離れ、誰も自分を知らない遠い地へと向かった。
そこがどこなのかはアランも知らず、そしてヴィグさえも聖騎士に纏わる全てが終わるまで知らされていなかったという。その間はエミールの居場所を探ることもせず、手紙に至っては出す術も無かった。
曰く、居場所を明かして密にやりとりをするのは互いのためにならないとエミールが判断したらしい。手紙を交わすたび、ヴィグは置いていかれたという孤独が、エミールは置いていったという罪悪感が増すだけだから……と。
だがヴィグが勤めを終えた際には必ず連絡を寄越すと約束し、その際には自分の居る地に招けるようにしておくと約束していったという。
「そんな約束をしてたんですね」
「あの時は務めを終えることだけを考えてたからな。でもアランが来て、二人で終わらせようと決めた。まさかこんな形の終わりになるとは思ってなかったけど。……でも、そうか、エミールさんが来てくれるんだな」
元々はヴィグの方が彼に会いに行く予定だったという。
だがエミールはヴィグだけではなく、自分の後を継がされたアランや、二人を支えたデルドアとロッカにも会ってみたくなったらしい。
そのため今までは断っていた国からの招待に応じることにしたという。
「ヴィグのおかげだ」と断言するジャルダンの話を聞き、ヴィグが満更でも無さそうに笑った。
「エミール殿が滞在するのは長くても数日らしい。詳細が決まったらまた連絡を入れる」
「あぁ、よろしく頼む」
「エミール殿が来られる際には騎士隊総出で出迎える予定だ」
「……総出で?」
ジャルダンの言葉にヴィグが眉根を寄せ、アランもまた「……総出」と小さく呟いた。
だがジャルダンは二人の反応に疑問を抱き、怪訝な表情で「それがどうした」と尋ね返してきた。
「かつての扱いを詫びるための場だぞ。それにわざわざ来て頂くんだから歓迎の意を示すのは当然だろう」
「……他には何を予定してる」
「俺は詳しくは知らされていないが、食事会の場は設けられてるとは聞いてるな。宿泊は当然だが王宮の客室。あとは過去の功績を称えて勲章の授与と表彰と……」
あとは……、とジャルダンが思い出しながら話す。
その話を聞き、アランは己の中でサァと血の気が引くのを感じた。見ればヴィグも顔を青ざめさせている。
震え出しかねない二人を見兼ねたのか、デルドアがアランとヴィグの頭に手を置きぐりぐりと強めに撫でて宥める。そしてロッカはと言えば、他に何があったかと記憶を引っ繰り返しているジャルダンの肩をポンと叩いた。
「やめてあげなよ」
「ま、真顔のロッカに諭された……!?」
それほどなのかとジャルダンが驚愕し……、次の瞬間、ロッカが出したゴリラによって詰め所の外へと放り出された。