短編10(1)
零騎士団に仕事を依頼する方法はいくつかある。
以前から彼等を頼っていた者達は今も変わらず詰め所を訪れ、やれハイキングの同行だの店の手伝いだの、果てにはお祭りのポスター作製だのと依頼を掛けてくる。聖騎士への認識は改まったはずなのだが、なぜかそこは変わらない。もちろん大衆食堂の手伝いもまださせられている。
だが何もまったく変わっていないわけではなく、彼等は依頼を掛けてくる時に手土産を持ってきてくれるようになっていた。ケーキやタルト、総菜、時には酒。大衆食堂の依頼は帰りに酒とつまみの詰め合わせだ。
本来ならば手土産があろうと無かろうと騎士の仕事ではないと断るべきなのかもしれないが、アランもヴィグも長年の聖騎士生活で感覚がおおいに鈍っているため「ここが落としどころか」と考えて依頼を受けている。
だがさすがに国内の、それも騎士隊内の依頼ともなれば手土産どうこうとはいかない。
その場合はどうするか……、
「……どうして俺が毎回仲介をさせられるんだ」
唸るような声で呟きながら敷地内を歩くのはジャルダン・スタルス。
隣には部下のクロードも居り、彼を気遣うような表情を浮かべている。
「いまや騎士隊内、それどころか王宮関係で零騎士団に依頼をする際には、ジャルダン様を通すのが常になっていますので……」
「くそ、なぜ俺がそんな役目を……」
あのジャルダン・スタルスが部下に不平不満を愚痴るのは滅多にない事だ。むしろ今も昔もこの一件のみである。
だからこそクロードは「お労しい」と心の中で上官を憐れんだ。だが憐れみこそすれども自分がどうこうしてやれることもない。なにせ今まさに零騎士団のもとへと向かっており、それを止めてやる術はないのだ。
更には自分の同行は途中までのため、最後までそばで支えてやることが出来ない。それがまたクロードの中で申し訳なさを募らせる。
「俺が居たところで何も出来るわけでもありませんが、せめて同行ぐらいできれば……」
「いや、気にするな。心労を抱えるのは俺一人で良い。……しかし、せめて、か」
何かを考え込むようにジャルダンが視線を他所に向ける。
次いでポツリと「せめてアランが居れば」と呟いた。
「アランですか?」
「あぁ、あいつは話が通じる。軽口を叩いてくるが他の奴等に比べればマシだ。最近俺はあいつらの詰め所を訪問して、アランが出てきた時は勝ったとさえ思えるようになってきた」
はたしてそれは本当に勝利と言えるのかは定かではないが、それでも零騎士団の中でアランが一番話が通じるのは確かだ。
話の最中に軽口を叩いてくるし、重役達を連れていった際には窓から逃げようとしたり「怖い人は連れてこないでください」と文句を言ってくるが、その程度の問題は他の面子に比べれば些細なものだ。
それにアランはこちらが話し始めればちゃんと聞き、依頼内容を把握しようとする。……難しい話が続くと首を傾げて不思議そうな顔をする事もあるが、それでも依頼を理解しようとしているのだ。分からない時はちゃんと分からないと言ってくるのも有難い。
「次点はヴィグだ。あいつはアランよりも軽口が多いし隙あらばサボろうとするところが難だが、それでもこっちの話を聞いて会話も出来る。アランが居なくてもヴィグが居れば勝ちと考えて良いだろうな」
アランよりは軽口が多く不真面目な態度を取る事が多いとはいえ、ヴィグもまともに話が通じる。なんだかんだ言いつつ騎士としての自覚はあるし、先日は話をもっていったジャルダンですら面倒だと思う依頼を「個別に剣の指導をしてやる」という条件で受けてくれた。
一筋縄ではいかないが、それでも話は通じる。
……ただ、話が長くなると途中で昼寝タイムを挟もうとしたり、勤務終了時になると酒を飲もうとしだすのは問題だ。あとどれだけ重要な依頼であっても「その日は虫相撲大会の警備の依頼が入ってる」だの「子供会で使うプールを洗う日だ」だのと優先順位を譲らないところも問題と言えるだろう。
だがそれを踏まえてもヴィグはまともな方だ。アランが不在でヴィグが居る場合も、ジャルダンは安堵を覚えるようになっていた。
……なにせ後の二人が酷すぎる。
「その後はかなり差をあけてデルドアだ。むしろここから先は話にならん。疲労がたまるだけだ。時間の無駄、出直した方が利口だ」
「……断言しますね」
「この間、俺が二時間かけて説明したのにあいつは堂々と真顔で『よく分からんし腹が減ったから飯食いに行こう』と言い切ったからな」
あの時のジャルダンの絶望と言ったらない。
溜息と共に盛大に肩を落とした。椅子に座っていたから事なきを得たが、立っていたら多分その場に頽れていただろう。しかもそのまま引きずるように大衆食堂に連行させられたのだ。
デルドアは見目が良く凛々しいだけに、黙っていると真面目に考えている印象を受ける。だが実際は話の三分の一程度しか理解していない事が多い。
といってもデルドアの知能がどうのの問題ではなく、単純に魔物ゆえの価値観の違いだ。
国の騎士団に所属してはいるものの、零騎士団という身内への意識が強すぎる。そもそも騎士団に所属しているのも「アランとヴィグがいるから」なのだ。国からの命令に対して「なんで俺が」と面倒臭そうな顔をすることも少なくない。
あと依頼書の畏まった文面を理解しようという意思がそもそも無い。
お堅い書類を一瞥し「甲とか乙とか失礼だな、人の名前はちゃんと呼べ」と言い切ったこともあるのだ。――あれが会議の場でなければ「お前だけはそれを言うな」と反論してやっただろう――
加えてデルドアは茶化すような態度や言動が多く、そして話の最中に立ち上がったかと思えばどこからともなく食べ物を持ってきて周囲の唖然とした空気もお構いなしに食べ出すことも珍しくない。
それでもデルドアは三番だ。
ならば最後はと言えば……。
「一番たちが悪いのはロッカだ。あれはもはや別次元だ。奴等の詰め所に行ってロッカしか居なかったらもう終わりだ」
最悪なパターンになった時の事を思い出し、ジャルダンが唸り声をあげる。それだけでは足りないとこめかみを押さえた。蘇った記憶の辛さに頭痛が起こりかけない。
なにせそれほどまでに酷いのだ。
会話が通じない、依頼内容を理解しない。といってもデルドアのようにやる気の無さやひとを茶化そうとする悪意からくるものでもない。あくまでロッカ本人は話を聞く気であり、そして話の最中にもふむふむと頷いたりするのだ。
そして「分かった!」と威勢よく返事をすると共に、全く掠りすらしていない独自解釈の結論を繰り出してくる。
難しい書類に対しても同様、眉間に皺を寄せながら眺め、こちらが読み上げると真剣な顔つきで聞く。……が、やはり理解はしておらず、頓珍漢な返事を寄越す。――しかも甲と乙を読み上げるたびに亀とオットセイを出してくる――
「理想はアランだ。せめてヴィグ。二人が居ない場合、時間も労力も精神的疲労も桁が変わる」
「ジャルダン様……」
「クロード、三時間経っても俺が執務室に戻って来なかったら残りの仕事の分配を頼んだ。俺のことは今日一日は戻って来ないと思ってくれ」
「どうかご武運を……。お戻りを信じております」
二人のやりとりはまるで死地に赴くかの如く。
そんな別れの言葉を交わして別々の道へと歩いていく。クロードは王宮へ、ジャルダンは零騎士団の詰め所のある方へと……。
零騎士団の詰め所は聖騎士団時代のものを継続して利用している。
人気のない場所に建てられたぼろい建物だ。施設というよりはこじんまりとした平屋と呼んだ方が適している。
最近は設備の修繕がされているがそれでも騎士の詰め所とは思えない外観をしており、こんな建物の影に隠れた建物に国内で群を抜いた戦力を持つ騎士団が居るとは誰も思うまい。
「アラン、アランが居てくれ……、せめてヴィグだ。それ以外だと俺の今日一日が終わる……」
零騎士団の詰め所の入り口。
陰鬱とした空気を纏いブツブツと独り言を呟きながら、それでもジャルダンは覚悟を決めると扉を叩いた。
ゴンゴンと大きく二度。若干ノックの威力が強くなってしまうのだが、これは後々負わされるであろうストレスの前払いである。
どうやらちょうど扉の向こうに誰か居たらしく、ノックの音が消えるやガチャと扉が開かれた。
※短編の予定が思ったより長くなったので全4話になります。