短編7
聖騎士団が廃止され零騎士団となってしばらく。粗方のことが落ち着いてようやく一段落……という夜。
魔物コンビの家で夕飯を食べていたアランが帰ろうとしたところ、扉のノブに掛けた手をデルドアに掴まれた。
ドキリと胸が高鳴るのは、彼と両想いになって以降キスは幾度となくしたがその先に進んでいないからだ。今まで通り四人で居るからかそういった流れにならず、今日のように夕飯を共にしても普通に寮に帰っている。
だからこそ引き留める彼の行動にドキリとしてしまう。
……正確に言えば「ロッカ!ヴィグを寮に連れてけ!」というデルドアの声と「あいさー!」というロッカの威勢の良い返事、何かを察したヴィグの怒声……と、怒涛とすら言えるこの展開に恋愛めいたものも含めて色々と心拍数が上がる。
「くそ、さすが父親状態だ。酔い潰したと思ったが……」
甘かったか、とヴィグとロッカが去っていった――ヴィグに関しては無理矢理連れ出された――扉を眺め、デルドアがフゥと一息つく。
その表情に色恋の情事を仄めかすものはなく、ロッカに担がれ連れ去られたヴィグを案じてアランが切なげにデルドアに倣って扉を眺めた。
あれはきっと寮に戻って更に酒を飲まされて潰されるだろう。事が事なだけに明日もし二日酔いになっていたら優しくしてあげよう……と、そんなことすら思う。
だが次の瞬間にアランが目を丸くさせたのはヒョイと自分の体が抱き上げられたからだ。
背と足の膝裏を腕で支える……所謂お姫様抱っこ。
「……デ、デルドアさん?」
「さ、ベッド行くぞ。ベッド」
「ベッド!?」
思わずアランが甲高い悲鳴をあげる。いや、もちろん何となくだが予想はしていたのだが、それでもこうも直球で言われては赤面するなという方が無理な話。
せめてもう少しオブラートに包むとか遠回しな表現でスマートに誘うとか……と、そこまで考えて彼の腕の中で小さく首を横に振った。
何を期待しているんだ、アラン・コートレス。
相手はデルドアさんだ。空気を読まない事に定評のあるデルドアさんだ。
今更スマートな誘われ方をされてもそれはそれで困る。下手すれば笑ってしまうかもしれない。
そんなことを考えている間に彼の部屋に運ばれ、ゴロンとベッドに転がされた。
彼のベッド。仮眠で借りたことは何度かあるが、こんな用途で横になるのはもちろん初めてである。
思わずあわあわとアランが慌てふためけば、まるで逃がすまいとデルドアが覆いかぶさってきた。見上げれば彼の赤い瞳。見つめられると体の奥から熱が灯る。
胸が高鳴るが、それと同時に湧くのは不安。
男性と触れ合ったことも無いし、そのうえ相手は魔物だ。人間と魔物が番うとどうなるかなど前例も無ければ文献にも書かれていない。その第一人者になるのかと考えれば恐怖ともいえる感覚が募る。
嫌なわけではない。嫌なわけがない。
それでも踏み出すには少し怖い。せめてもう少し時間を……。
「あ、あの……まだ心の準備が」
「準備? 分かった、何秒待てばいい」
「秒!? もうちょっと待ってもらえません!?」
「分かった、それなら何十秒だ?」
「譲歩が小刻みすぎやしませんか!?」
デルドアに覆い被さられながらアランが喚く。
そんな必死な訴えもあってかデルドアが「分かった、待ってる」と頷いて身を起こすように離れた。これにはアランがホッと一息吐きつつ、申し訳なさで彼を見て……顔を赤くさせた。
なにせ「待ってる」と言ったデルドアがシャツを脱ぎだしたのだ。鍛えられた上半身が露わになる。
そりゃ何度か四人で――勤務時間中に――水遊びをして彼の肌は見たことがあるが、それとこれとは別である。
思わずあわあわと再び慌てだし、そうしてまたも覆い被さられてしまった。どうやらデルドアなりに待っていたらしい。果たしてこれを待つと言っていいのか微妙なところである。
「あの……」
「なんだ、まだ心の準備が必要か?」
「いえ、その……妙にがっつきますね」
「そりゃな。番と繋がりたがるのは生き物全ての本能だろ」
当然だとでも言いたげなデルドアの直球な発言に、いよいよをもってアランがギュウと目を瞑った。完敗だ、いやそもそも勝てる相手ではないのだけれど。
そうして覚悟を決めたと彼へと腕を伸ばし、
「お待たせいたしました」
と抱きついた。
生き物全ての本能だと言われたら反論のしようがない、なにせ人間もまた生き物。
つまり、彼の直球がすぎる発言に、不安は消え去りただ繋がりたいと思ってしまったのだ。
そんな夜が明けて翌朝。
「いや、何も言わなくて良い」
とニヤニヤと笑うジャルダンをアランが頬を赤くさせながら睨みつけた。
だが着ているものはデルドアのシャツで、しかも彼と一緒に部屋から出てきたところを見られたのだ。それこそ何も言わなくて良いどころか誤魔化す術も文句すらも思いつかない。
嫌なタイミングで……と睨み続ければその反応すら楽しいのかジャルダンの笑みが強まる。もっとも、楽しい反応をしているのはアランだけでデルドアは食料棚に向かってしまった。彼が冷やかし一つ効かないのは言うまでもなく、だからこそアランに集中砲火である。
「それで、ジャルダン様はどうしてここにいるんですか? 冷やかすためですか? ご立派な騎士団長のお勤めですこと!」
「そう拗ねるな。俺が来たのは……この家の屋根で変な鳥が鳴いてるだろ」
「ロッカちゃんが冷やかしの口笛を吹きたいけど鳴らないからって呼んだ怪鳥ですか? けたたましく鳴いてますね」
「森から変な鳴き声がするって問い合わせが相次いだ」
「なるほど」
そういうことか……とアランが納得して頷く。
その間も屋根では怪鳥が奇っ怪な鳴き声を響かせているのだ。獣王の冷やかし心を汲んでかそれとも元よりそんな鳴き声なのか、なかなかに威勢のよい怪鳥である。
それを聞いた住民の問い合わせによりジャルダンがこの家を訪れ今に至るのだから、結果的に見ればロッカの冷やかしは成功と言えるのかもしれない。天井を見上げながらそんなことを考え、改めてジャルダンのニヤニヤとした笑いを睨みつけた。そうしてコホンと咳払いをする。
「そもそもですね、私が休みの日にどこで何をしようが自由じゃないですか。スタルス家の騎士ともあろうものが無粋ですよ」
「だから拗ねるなって。でも確かにそうだな、休みならな……。ところでヴィグはどこだ?」
周囲を見回すジャルダンに、キッチンからヒョコとロッカが顔を出した。
手にしているトレーにはホカホカと湯気を立てるじゃがいもが見え、思わずアランの腹がグゥと鳴る。
茹でられたじゃがいもはてっぺんに十字の切り込みがされ、乗せられたバターが調度良い具合に溶け落ちている。あれに塩胡椒をかけて……とついつい想像すれば再び腹が鳴った。
「ヴィグさんね、今日は傷心デイだからお部屋に引き篭もるって。だから僕あとでご飯持って行ってあげるの」
「そうかなるほど傷心か。……あいつは今日は仕事だ!!」
威勢よく声を荒らげジャルダンが立ち上がるや家を飛び出していった。おおかたこのまま男性寮に駆け込んでヴィグの部屋の扉を蹴破るのだろう。
自分に原因があるだけにアランも申し訳なさが勝り、彼の去っていった後を眺める。
「ありゃま行っちゃった。嫁さんおっかないさんの分のご飯も用意したんだけど、どうしよう」
「怪鳥が鳴き続ければまた来るんじゃない? もしかしたら団長を連れてきてくれるかも」
「そっか。それなら先に食べてよう!」
楽しそうに配膳を始めるロッカを手伝うべく、アランも立ち上がり……フラとバランスを崩して再び椅子に座り込んだ。
一瞬目を丸くさせるも、すぐさま理由を察して頬が赤くなる。
「ロッカちゃんごめんね、手伝えないや」
「構わないけど、どうしたの? 大丈夫?」
「大丈夫。原因はそこでパン食べてる人だから、倍働かせていいよ」
そう頬を赤くさせながらアランがデルドアを指差せば、彼は誇らしげに「そういうことなら」と配膳をしはじめた。
ロッカが唇を尖らせ、ひゅーと鳴らし……は出来ず、ふすぅーと間の抜けた音を出す。それに代わるように怪鳥の鳴き声がより一層増した。
このまま鳴き続ければ近々ジャルダンもヴィグを連れて戻ってくるだろう。
それまでにせめてこの熱だけは引かせなきゃ、そう考えてアランがペチペチと己の頬を叩いた。
…end…