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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第一章『ふたりぼっちの聖騎士団』
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「と、いうわけであの熊は魔物であって魔物ではない『亜種』である。という結論でした」

「……その報告の前になにかフォローしておくことはないのか?」

「何が?」


 純粋に疑問符を頭上に浮かべるアランに、デルドアが盛大に溜息をついた。その隣ではロッカが「そういうのシノビって言うんだよね!」と頓珍漢な興奮を見せている。

 ちなみに場所は城下にある大衆食堂。「ベテランの店員が休みで店が回らない。その慌ただしい店内に魔物が現れたらどうしよう」というあさってな依頼を受けて働くヴィグに同行して今に至る。

 ちなみにデルドアとロッカがいる理由は、単純に彼等が客として店にきたからだ。この二人、魔物のくせに人間に混ざって堂々と食事をし、あまつ酒まで飲む始末。そういう意味では、店長の「魔物が現れたら…」という発言は的中していた。まぁ、その魔物も大人しく席についてるのだが。


 その姿はまったくもって人間そのもの……もっとも、その見目の良さから言えばこんな大衆食堂は似合わず、現にロッカは周囲の酔っぱらいから「そこの可愛いお嬢ちゃん、奢ってあげるからこっちきてお酌してよ」と、典型的すぎる絡まれ方をしていた。

 ちなみに、そんな酔っぱらいに対してロッカは「きゃー! このお店の一番高いお肉とお酒を箱で持ってきてー!」と可愛らしい声をあげ、今は山のように盛られた肉料理をひたすら食べ続けている。

 おっかない……とはそんなロッカと、その背後で空になった財布を握りしめ膝から崩れ落ちた男を眺めてポツリと呟いたアランの言葉である。このパッションピンク、可愛い顔してなかなかにえげつない。


「盗み聞きって、ばれたらどうするんだ」

「教えてくれない方が悪いんです!」

「堂々と開き直るな」


 まったく、と言いたげにデルドアが酒の入ったグラスをあおる。だが本気で咎めないのは、彼もアランとヴィグが仕入れた情報を欲しているからだ。


「で、亜種ってのはあの熊だけなのか?」

「そこまでは流石に分かりませんよ。そもそも、今まで居たとしても虫とか小動物なら気付いていない可能性もありますし」

「難しいところだな。それで、ヴィグはどう考えてるんだ? そもそも、あいつどこだ?」


 ヴィグを探すように店内を見回すデルドアに、アランが答えるように厨房を指さした。

 昼食と夕食の境目にあたるこの時間、今は厨房も落ち着きを見せており、これから勃発する夕方から夜にかけての一戦争のため下準備をしているところである。この店は昼も賑わうが夜の方が客の入りもよく、作れるものは作りだめしておくのだ。

 ……ちなみに、なぜこんなに店事情に詳しいのかと言えば、ベテラン店員が休むたびにアランとヴィグが雇われているからである。おかげで二人ともメニューはもちろん、作る手順まで覚えてしまった。……切なくなるから言わないけれど。


「ヴィグ団長なら、今まかないを作ってますよ。勝手に」

「勝手にか……」


 呆れた、と言わんばかりのデルドアの声に、被さるように厨房から「ヴィグ!おまえさっきからずっと何か作ってると思ったら、また勝手にまかない作ってるのか!」と店長の怒声が聞こえてきた。

 それに対して「うるせぇ!こちとらほぼ無償で働いてるんだ、飯ぐらい食わせろ!」という怒声が返されるのだが、彼が元気に働いている証なのでさして気にもせず聞き流した。


「凄いんですよ、ヴィグ団長のまかない。どの食材を使おうが全て同じ味付けで炒めますからね。ついた渾名が『食材殺し』」

「食材殺し……」


 もはや呆れすら感じないのかオウム返しで呟くデルドアに、対してアランはフォローを入れるどころか「あれは凄い」と頷いた。なにせ凄いのだ、ヴィグのまかないは食材そのものの味を完全否定する代物、料理人が振りかぶって殴っても罪に問えないレベルである。

 ちなみに、まるでそんな会話に加わるかのように厨房から「ヴィグ! お前なんでいつも高い食材を使うんだ!」という店長の悲鳴があがったが、これもまた彼が元気に――そして反骨精神をもって――仕事に励んでいる証である。なにより、食材殺しが高級食材に目をつけるのは今日に始まったことではないのだから、隠しておけばいいのに……とアランは常に思っていた。

 まぁ、隠しても見つけるけど。見つけて殺すけど。


 そうしてしばらくすると。ドン!と勢いよく机に皿が置かれた。

 大きな白い皿。その上には野菜やら肉やらが一緒くたに炒められ大きな山をつくっている。お世辞にも品があるとは言えない、大雑把にも程がある料理である。


「わーい! ヴィグ団長のまかないだー! このいかにも食材ぶったぎって炒めるしかしてない見た目が食欲を誘う!」

「鼻が! 僕の自慢の嗅覚が何の食材も感知できない! ひたすら調味料だけを訴えている!」

「ロッカの嗅覚をもってしても感知不能か……凄いな食材殺し」


 一人は喜び、一人はスンスンとしきりに鼻をならし、一人は呆れ……まさに三者三様といったその反応に、ヴィグが「食べたくない奴は食べなくて結構」とピシャリと言い放って席につく。

 そうして改めて四人で顔を付き合わせて食材殺しの作品を突っつけば、話題は自然と先日の熊の……魔物の亜種に戻る。


「それで、聖騎士としてはどうするんだ? 亜種の繁殖能力によっては森一帯を立ち入り禁止にして、おまえ達が……うわ、本当にどれも同じ味しかしないな。俺、いま肉とキャベツの芯を食ったはずだぞ」

「どうと言われましても、私達は正式な依頼や命令がない限り動けないんですよ。聖騎士といっても所詮はお役所仕事、そもそも亜種のことだって盗み聞きしただけで、ちゃんと説明されたわけじゃ……あれ、いま何食べたんだろう。全てまったく均等に同じ味しかしないから分からなかったけど、食感が良かった」

「でも、なんか変なんだよねぇ。あの熊さん、フレーメン反応しちゃうくらい匂いがきつかったんだけど、その奥に嫌な匂いがしてて、なんか腐ってるみたいな……あ、凄い! 他の料理と一緒に食べても味が変わらない! 全力で他を殺しにきてる! 相殺なんていう甘い道は許さない、揺るぎない料理への殺意!」

「まぁ、他に亜種がいても探しようがないし、俺達は聖騎士として普段通りに仕事するしかないよな。……あと、おまえら文句言うなら食わなくていいんだからな」


 睨むようにヴィグが一瞥するが、毎度のことであるアランはもちろんデルドアもロッカも今更かれの眼光に臆することもなく、凄いだの理屈が分からないだの、果てには食材が哀れすぎるだのと好き放題言いつつ山を突っついた。



 あの熊は魔物でありながら今まで確認されていた魔物ではない、というのが研究員達の出した結論である。

 国に仕えるトップクラスの研究員達にしては些かお粗末な結論にも思えるが、前例もなく、それどころか人を襲う魔物ですらここ百年出没していない状態なのだから仕方あるまい。

 そのうえ、亜種と名付けられたその魔物は外観と中身が一致しないという、盗み聞きしていたアランとヴィグが思わず顔を見合わせて首を傾げる代物なのだ。器はすでに死んだ魔物、だが中身はまだ別の生きているなにか……前例のない常識外。もはや生き物と定義していいのかすら怪しい。


「魔物の中には、死んだ同胞の魂を呼び出し……っていうのも居たらしいんですけど、それと逆ってことなんですかねぇ」

「ほぉ、詳しいな」

「そりゃ、色々と読み漁ってますから。といっても所詮は文献の中のこと、魂を呼び出す魔物なんて信じられませんよね。薄気味悪いし」

「ぷぅ」

「ロッカちゃん、なんで膨れっ面してるんだ?」


 途端にプクと頬を膨らませるロッカに、ヴィグが不思議そうにその顔を覗き込む。

 いったい何が不満なのか、膨れっ面で食事をすすめているし「あんな変な匂いしないもん!」とわけの分からないことを言っているので、アランもヴィグも首を傾げるしかない。唯一事情を知っていそうなデルドアもクツクツと笑うだけで説明してくれる気はないようだ。


「つまりあまりに前例がなくて突拍子もない話だから、他に亜種がいるのかも分からないんです。あの熊は二匹ともオスだったから別に番がいるかもしれないけど……」


 と、そこまで言いかけアランがふと顔をあげた。「どうした?」と言いたげに魔物二人が目を丸くさせる。

 そもそも、オスが二匹だから番ではない、ほかにメスの番がいるかもしれない、という考えはあまりに人間の思考に偏りすぎではなかろうか? 世の中には雌雄同体の生き物もいるし、過去の文献では分裂する魔物も居たと記されている。

 だから例えば、オス同士でも繁殖可能な魔物だっているのかもしれない……。


「……二匹ともオスだから番じゃない、なんて失礼な発言をして申し訳ありませんでした」

「気持ち悪い気の使い方をするな」

「いや、でもほら魔物ですから人間の作りとは違うわけで。ところでデルドアさん、出産のご予定は?」

「よりによって俺の方」


 呆れたと言わんばかりのデルドアに、もちろん冗談で言ったアランが小さく舌を出す。

 デルドアとロッカが見た目こそまさに美男美女のカップルであったとしても中身はまったくの別物、そういった感情が一切無い純粋な友情であると知っているのだ。だからこその冗談であり、これに対してデルドアからは「ポンコツ夫婦」という反撃がある。これもまた、アランとヴィグが見た目こそ美男美女のカップルであり、それでいて男女の情が一切ないと知っていてのことである。

 そんな毎度のやりとりを交わしつつ、アランが溜息をついて天井を見上げた。


 結局のところアランは聖騎士。国に忠誠を誓い、国民の為に働く身。国の指示がなければ大きな行動は出来ず、そして聖騎士とはそんな国から見放された称号なのだ。

 出来ることと言えば精々情報を集めることくらいか。世界を救った聖騎士の末路がこれではあんまりではないか……そんなことを考えていると、休憩も終わりだと厨房から呼ぶ声が聞こえてきた。

「ヴィグ! アラン! さっさと仕事に戻れ!」

 と……。


「私、今日休みですけど!」

「よし行くぞアラン。客が増える前に皿を洗いきってくれ」

「だから今日休みなんですってば!」

「頑張れよー」

「アランちゃん、がんばってねぇー。あとデザートよろしくね!」

「だから休み……もういい! 一時間に一枚、高そうな皿から割ってやる! 皿は割るけどよく働く、ドジだけど健気な看板娘になってやる!」


 自棄になったように――というか、これを自棄と言わずになんと言うのか――叫びつつ厨房へと向かうアランに、デルドアがクツクツと笑いながら

「しっかり働けよ、聖騎士様」

 と嫌みったらしく言ってよこした。

 その楽しそうな表情に、アランはエプロンをつけながらベェと舌を出して応戦した。




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