短編3
「お前達がどれほど二人に酷いことをしたか、分からせてやろう」
零騎士団の詰所を訪れるなりデルドアに言われ、ついにこの時がきたかとジャルダンが眉を顰めた。
彼の言う二人とはアランとヴィグのことだ。
今は零騎士団を名乗り活動している二人だが、かつては聖騎士団と名乗っていた。否、聖騎士の称号を押し付けられ、名乗らされていたと言った方が正しいだろう。辞退も出来ず逃げることも出来ず、そしてまともな活動すらも許されず、謂れのない迫害を受け続けるためだけの称号……。
道化だ、と、そうヴィグが吐き捨てるように呟いていたのを思い出す。
今ならばそう思うし、彼等の扱いが不等だと分かる。
だが当時はそういうものだと考えていた。聖騎士は蔑んでいい道化だと一切の疑問も抱かず、誰もがみな意識下で決めつけていたのだ。
全ての面倒事を二人に押し付け、憂さ晴らしに使う……改めて考えれば我ながら外道な行いだと反吐が出そうな程だ。
そんな中でも、周囲の目も聖騎士の称号も気にせず聖騎士団に寄り添っていたのが彼とロッカ。魔物の二人だ。魔物を倒して栄光を極めた騎士の末裔が魔物を唯一の友とするとはなんとも皮肉な話ではないか。
だが彼等がアランとヴィグを支えていたからこそ、窮地で聖騎士は聖武器を手に人間のために戦う道を選べた。もしもデルドアとロッカが居らず、聖騎士二人が心の底から外界を憎んで聖武器と共に人間を見限っていたらどうなっていたことか……。
そんなことを考え、ジャルダンが改めてデルドアに向き直った。魔物らしい赤い瞳がジッと見据えてくる。
彼の言う通り、自分はアランとヴィグに酷い行いをしてきた。同じ騎士の身でありながら彼等を虐げ、騎士達の憂さ晴らしにと無理に訓練に連れ出し戦えない姿を嘲笑い、身を挺して守ってくれたと感謝もせずに「化け物」と罵った……。
それら全て謝罪をしたが、謝ったからといって過去が変わるわけではない。だからこそ彼等が謝罪以上のことを……それこそ以前の聖騎士と同じような目にあうことを望むのなら、抗うことなく受け入れよう。そう考えていた。
なにより、彼等が一度でもそれを願い、そして魔物二人に伝えたならば人間如きでは逃げようがないのだ。
そんな覚悟を胸に、ジャルダンがデルドアに視線をやり……次いで、背後からロッカが顔を覗かせたことに目を丸くさせた。正確に言うのであれば、口元に人差し指を添えて「静かにこっち来て!」とパタパタと手招きをするロッカの姿に。
「……嫁さん・おっかない・スタル・スさん、静かにこっち来て!」
「せめてスタルスはぶつ切りにするな。じゃなくて、いったい何があるんだ?」
「良いから、静かに! しーだよ、騒いじゃ駄目だよ!」
「今はお前が一番煩いけどな」
「きゃっ!」
ジャルダンの一言に、ロッカがパタと口元を手で覆う。そうしてクルリと振り返ると足音を潜めてそろりそろりと歩き出した。
彼の腰元から垂れている尻尾がゆっくりと動いている。まるで手招きするかのような動きは「ついてこい」ということなのだろうか……。
まったくもって緊張感のないその動きに先程の覚悟も緊張も見事なまでに打ち砕かれジャルダンがデルドアを見れば、デルドアはデルドアでしれっと「行くぞ」と返して――その瞬間ロッカに「静かに!」と叱咤された。相変わらずロッカが一番煩いのだが――歩き出した。
そうしてロッカは口を押さえて足音すらも潜めてそろりそろりと、デルドアとジャルダンは普通に歩きながら詰所の奥にある応接間へと向かい……。
「ジャルダンに、ビアンカ嬢、レリウス……」
と、聞こえてきた声にいったい何だと扉の隙間から中を覗き込んだ。
見れば一枚の用紙を間に置いて向かい合って座るアランとヴィグの姿。何の話をしているのか彼等らしくなく真剣な顔つきで、ヴィグが挙げた人名をアランが復唱しながら用紙に書き留めている。
自分と妻と、そして弟……スタルス家絡みの事か?とジャルダンが頭上に疑問符を浮かべるも、次いでヴィグがクロードの名をあげた。どうやら家絡みのことではないようだ。となれば騎士か、だが騎士絡みならばビアンカは当てはまらない……。
「駄目ですよ団長、身内は数えないって決めたじゃないですか」
「そっか、そうだったな。それじゃあとは、俺が寮に二人と、アランもフィアーナ嬢ともう一人だろ」
「はい、シャーリーさんです。それと店長も!」
アランが食堂の店長の名を書き留める。どうやらそれで最後だったらしく、書き終えるや用紙をパッと掲げた。
そこに載るのは8人の名前。ジャルダンの名前から始まり大衆食堂の店長で絞めるそれは何かのリストであることは分かるが関連性は一切見えない。
何かを依頼するつもりか? それともどこかへ呼ぶためのリストか……?
どれだけ考えても人名に繋がりが見出せず、この光景を見てどうしろと言うのかとジャルダンがデルドアに尋ねようとし……。
「怖がらずに話しかけられる人が8人も!」
というアランの嬉しそうな言葉に凍り付いた。
「やったなアラン、話してても胃が痛くならない奴が8人も! 俺達ようやく周囲に馴染んできたな!」
「はい! 最近は寮の階段も時々使えるようになったし、順調ですよ私達!」
キャッキャと嬉しそうにはしゃぐ二人に、ジャルダンの表情は凍り付く一方である。
なにせ彼等があの用紙に書き記した人物は怯えることなく胃痛を覚えることなく話しかけられる人物……。それが8人、たった8人……。
あぁ、そういやアランは俺が他の騎士と話をしてると遠くからジッと見つめてきて話が終わってから近付いて声をかけてくるな……。
ヴィグはヴィグで数人と話してると途中で腹を押さえてそそくさと離れていく……。
そうか、お前ら怯えてたんだな……胃が痛かったんだな……。
「8人もいる!」と用紙を掲げて喜ぶ二人の姿はジャルダンからしてみれば涙しか誘わず、見てられないと思わず顔を背けた。
さすがのデルドアもこれには赤い瞳を細め、ロッカに至っては切なげにキューンと高い鳴き声をあげている。
「ヴィグさん、アランちゃん……最近ポジティブになったって言ってるけど、まだまだ精神は崖っぷちどころか崖の下だよ……。むしろ崖の下で快適生活始めただけだよ……」
「見てみろあんなに喜んで。あいつらの今年の目標は『緊張しないで朝の挨拶が出来る人を十人』だからな」
そう話す魔物二人に、ジャルダンは切なげに瞳を細め、なんとか目の前の光景を直視しようとし……、
「罪悪感で胸が痛い……」
と呟いて再び顔を背けた。
…end…