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短編2



「零騎士団に仕事を頼みたい?」


 そうジャルダンがオウム返しで首を傾げれば、目の前に立つ重鎮達が揃って頷いて返した。


「それなら直接命じた方がよろしいのでは?」

「それがだな……捕まらないんだ」

「捕まらないとは、どこか遠方に行っているんですか?」


 任務か旅行か、どちらにせよ遠くに行って連絡がとれないというのであれば、それこそ「捕まらない」と自分に言われてもどうしようもない。

 やたらめったらちょっかいを出されてはいるが自分はあくまで第一騎士団で、彼等は零騎士団。所属が違うし、なによりあんな厄介な集団を管理する能力は持ち合わせていない。――この『厄介』とはけして魔物だの聖騎士だのといった理由ではない。たんに性格のことである――

 むしろ性格が厄介だからこそ関わりたくないとジャルダンは常日頃訴えているのだが、さすがに今目の前にしている重鎮達を無碍にも出来ず、先を促すように視線を向けた。


「別に遠方に出ているわけではない。居るには居るんだが……逃げるんだ」

「逃げる?」

「ヴィグとアランは声を掛けようにも逃げるし、そもそも近付けない。魔物二人に至っては我々の前に姿をあらわしもしない」

「……なるほど、畏まりました」


 捕まえます、とジャルダンが溜息をつきつつ立ち上がれば、周囲から同情の視線が注がれた。




 聖騎士団が廃止され零騎士団となり、アランとヴィグを取り巻く環境が変わった。

 誰もが己の考えを改め今までの非礼を詫び、これからは心を入れ替えて誠意的に接すると誓ってくれた……のだが、それを聞いてはいそうですかと二人の人間不信が治るわけがない。

 詰所に応接間を作ったり魔物絡みの相談を受けたり寮に玄関から入ってみたりと徐々に外界に心を開こうとはしているのだが、いかんせん聖騎士であった時の傷が深すぎるのだ。とりわけ、騎士団の重鎮達が相手となればアランとヴィグはいまだ名前を聞いただけで震え上がってしまう。

 もちろん重鎮達もそれは分かっており、無礼だ職務怠慢だのと咎める気はない。だからこそ自ら彼等のもとへと赴こうとしているのだが、詰所で待てども戻ってこない、寮で待てども戻ってこない、居たと情報を聞いて駆けつけてももぬけの殻という状態らしい。

 ならばとコートレス家でアランを待とうとするも、

「今のアランは迷いなく縁を断つから、うちを当てにしないでくれ」

 とコートレス家の当主に追い出されてしまう。

 図書館で待ち構えようとも責任者は美しく冷ややかに微笑むだけ……。


「すまないとは思っているが、彼等とまともにコンタクトを取れて我々の話を聞いてくれる者がお前しかいないんだ」


 疲労すら感じさせる重鎮達の声に、ジャルダンが視線をそらして了承の言葉を返した。

 だがふと気が付いて顔を上げたのは、前方にアランの姿を見つけたからだ。赤い髪は遠目でも分かるほどに目を引く。彼女もまたこちらに気が付いたのだろうか、ピタと足を止めた。

 向こうから来てくれるのなら話は早いとジャルダンが近付こうとし……グイと腕を取られて制止された。


「ジャルダン、近付くと逃げられるぞ」

「いや、でも目の前に居ますし。それにここからでは声も届きませんよ」

「いいか、見ていろ」


 そう告げ一人が一歩前に進み出れば、それを見たアランがゆっくりと足を動かし二歩下がった。

 もとよりあった距離が更に開く。そうして続いて一歩近付けば、アランが再び二歩後ろへ……。


「こうやって近付けば近付くたびに距離を開けて、最後には走って逃げてしまうんだ」

「……全力で警戒してますね。申し訳ありませんがここでお待ちください、俺が行ってみます」


 そう重鎮達を止めて試しにとジャルダンが一歩進みでれば、それを見たアランがピクと体を揺らし、様子を伺うようにジッと見つめてきた。

 相変わらず警戒している様子ではあるが、それでも下がる気はないのだろう。次いでジャルダンがもう一歩、更に一歩と足を進め、次第に足早にアランの元へと向かった。


「ごきげんよう、ジャルダン様」

「何一つごきげんなものか、仕事があるらしいから近付いて話を聞け」

「嫌です」

「お前……。あ、おい、分かった待て逃げるな、俺が聞いてくるからそこで待ってろ」


 逃げるなよ、と念を押してジャルダンが再び重鎮達のもとへと足早に戻っていく。

 そこでアランの拒否ぶりを説明し、仕事の内容を自分が伝えると告げるも、ここでは話が出来ないと断られてしまった。そもそも、探してまで零騎士団に依頼をするのだ、よっぽど深刻かつ”人ならざる者”の能力を必要としているのだろう。迂闊に話せる内容ではあるまい。

 そこまで考えれば無理に聞き出すことも出来ず、ジャルダンが頷いて再びアランへと駆け寄った。


「どうしてもこの場では話せない仕事らしい」

「嫌です」

「そう言うな。わざわざコートレス家にまで足を運んでくださったんだぞ」

「あ、次それやったら私コートレス家から抜けますから。それも伝えておいてください」

「……分かった」


 溜息をつきつつ、再びジャルダンが戻る。

 そうしてアランが近付く気がないことと、次コートレス家で待ち構えていたら縁切りするとまで言っていることを告げ……再度アランの元へと向かった。


「どこでも良いから場所を設けてくれ、だそうだ」

「えぇー……それなら二時に詰所で。何人で来ます?」

「十人くらいだな。それに各護衛が」

「多い! やだ、怖い!」

「……待ってろ」


 アランの拒否ぶりに項垂れつつ、更に一往復。


「五人と各護衛の騎士でどうだ」

「我々四人とライオンさんとゴリラさん」

「……勘弁してくれ」


 盛大な溜息と共に一往復。

 そうして、譲歩に譲歩を重ね、


「五人と、護衛は俺とクロード」


 という条件で頷くアランに、ジャルダンが安堵と共に再度溜息をついた。


「今日は皆出払ってます。私も探しますけど、ジャルダン様も皆に伝えてください」

「そういうことを言うなら、伝えられる範囲内の行動をとってくれ」

「徘徊するワニさんとシロクマさん」

「分かった、善処する」

「あと、私この道を真っ直ぐに行きたいんであの人達どっかやってください」


 唸るように重鎮達に警戒の視線を向けるアランに、ジャルダンはまだ一人目だというのに言いようのない疲労を感じて項垂れるように頷いた。



 そうして次を探そうと歩き……進路を詰所へと変えた。

 時刻は昼過ぎ、アラン曰く今日の零騎士団はそれぞれ別の用事で出払っており、全員揃うのが二時だという。聞けばヴィグは午前中は市街地で近隣住民達と草むしりに励み、午後は詰所で子供会のキャンプ用のしおり作りらしい。


「しかし彼の予定が分かっても詰所に近付くと逃げられてしまうぞ」

「えぇ、なので申し訳ありませんがまたここで待っていてもらえますか?」


 重鎮達を制して、ジャルダンだけが詰所へと向かう。

 そうして扉の前で一度立ち止まり、周囲を見回し一点に視線を止めた。「つくしみたいだな」と呟くのは、視界の先、点々と草の生えた何もないそこに白靄のチンアナゴがいるからだ。地面から細長い体を伸ばし、まっすぐに佇むその姿はまるでつくし。

 地上にいるはずのない生き物なのだ、重鎮達が気が付かないのも仕方あるまい。だがこれこそが「詰所に近付いただけで逃げられる」という彼等の訴えのからくりである。

 つまり、詰所に人が近付くとチンアナゴが中にいる人物に知らせ、そして逃げる……と。

 それほどまでかとジャルダンが溜息をつきつつ、扉をノックする。

 ……が、待てども返事はない。

 不在か察して逃げたか、もしくは……、


「仕事に集中して気付いてない……なんてことは在り得ないな」


 そうチンアナゴに話しかけ、ジャルダンが扉のノブに手をかけた。

 ゆっくりと押し開き中を伺う。その際に一応「邪魔するぞ」と声をかえるもやはり返事はなく、シンと静まっている。

 その静けさにあてられ、ジャルダンは息を潜め足音を立てないようにとそっと室内に入り……、


 ソファーに四肢を預け、スゥと寝息をたてるヴィグの姿に肩を落とした。


 午前中は草むしりに励み、お昼を食べて午後はグッスリ……である。

 その分かりやすい光景にジャルダンが頬を引きつらせ、おもむろに腰に下げていた長剣に触れた。手早く指の長さ程度に抜き、再び鞘に戻す。

 その際に響いたガチャン!という音は、剣の扱いに長けたジャルダンが普段ならばけして鳴らさない音である。今ここであえて鳴らしたのは言うまでもなく、ヴィグを起こすためなのも言うまでもない。

 案の定ヴィグは間の抜けた声と共にビクリと跳ねるように起き上がり、そしてジャルダンに視線をやると事態を察して顔色を青ざめさせた。


「ヴィグ、目覚めはどうだ?」

「よ、よぉジャルダン。いらっしゃ……ごめんなさい」


 長剣をゆっくりと抜いて刀身を見せつければ、ヴィグがソファーの上で後ずさる。

 詰所の明かりを消してタオルケットをかけてグッスリモードだったのだから、流石にこれは誤魔化しがきかないと察したのだろう。それを見てとり、ジャルダンがニヤリと口角を上げた。


「選べ、今ここで俺に怠慢を罰せられるか、二時からの来客を受け入れて仕事の話をするか」

「来客?」


 いったい誰だと視線で訴えるヴィグに、ジャルダンが外で待たせている者達の名前を告げる。次いで上がる拒否の悲鳴は長剣に手を添えることで黙らせた。


「アランはもう知ってるが、デルドアとロッカにはまだ伝えてない。お前も二人を探して伝えておけ」

「よし、分かった任せろ」

「そう言うならソファーに寝転がるな、タオルケットをかけるな」

「二人にはちゃんと伝えておく。……夢の中でな!」


 おやすみーとヴィグがヒラヒラと手を振るのを眺めて、ジャルダンが溜息と共に詰所を出ようとし……、


「やっぱ皆でやると早いよな」


 という言葉に足を止めた。

 今日のヴィグの午前中の仕事は市街地での草むしり。以前までは魔物が出そうだなんだと適当な理由をもとに彼とアランの二人だけに押しつけられていた仕事だ。どれだけの範囲かは分からないが、それでもヴィグが「今までは一週間かかってたのに」と苦笑を浮かべるほどには広いのだろう。

 いや、もしかしたら範囲だけで考えるのならそう広くもないのかもしれない。複数で取りかかれば容易に終わる程度で、現に今日は午前中で終わっているのだ。

 二人に押しつけなければ……。


「……ヴィグ」

「んー?」

「二時にはちゃんと起きてろよ。寝癖なんてつけてたら叩き切るからな」


 そう告げてジャルダンが扉に手をかけ、まどろむような返事を背中に受けて詰所を後にした。




「アランとヴィグには伝えたので……」


 話しながら重鎮達を先導していたジャルダンがふと足を止めたのは、道の隅に箱が置いてあるのを見つけたからだ。

 紙で出来た簡易的な箱。大きさは両手で抱え上げられる程度、中身は無く覗いても別段汚れている様子もない。

 突然箱を吟味しだすジャルダンに誰もが疑問を抱けば、割って入るように一人の騎士が駆け寄ってきた。


「申し訳ありません、すぐに破棄します」


 ゴミを放置していたことを叱られるとでも思っているのか慌てて駆け寄ってくる騎士に、それでもジャルダンは箱を覗いたままである。


「何を入れてたんだ?」

「騎士寮に住む者達への備品です。その箱は確かタオルが入っていたかと」

「そうか。それならこの箱貰ってもいいか?」

「え、えぇ……構いません」


 箱を欲しがるジャルダンに、騎士が不思議そうに首を傾げ何に使うのかと問う。

 だがそれに対してジャルダンはニヤリと笑うと、「獣王を捕まえるんだ」とだけ答えた。



「あれで獣王が来るのか?」


 そう怪訝そうに問われ、ジャルダンが平然と頷いて返した。

 ちなみに重鎮達の言う「あれ」とは先程の箱のことである。譲り受けてそのまま道の端に置いてきたのだ。設置というほどでもなく、まさに放置という状態である。

 そうして適当な場所に移動して今に至るのだから、これを疑問に思うなという方が無理な話。だがジャルダンはのんびりとしたもので「不安があるとすれば、箱が誰かに捨てられることくらいですね」とあっさりと言いのける。

 これには誰もが眉を潜めるも、それでも彼の言うとおり大人しく待つことにした。


 そうして近場の休憩所で待つこと一時間、ジャルダンが「そろそろ参りましょう」と席を立った。

 いよいよかと誰もが顔を見合わせ、いったいあの箱でどう魔物を捕まえるのかと期待を抱きつつジャルダンを追い……、


 そして、頭に箱を被せてうつ伏せに寝転がるロッカの姿に唖然とした。


「抗えないの!」

「そうか。ところでロッカ、お前達に任せたい仕事があるんだが」


 ロッカの状態には一切触れず箱の横にしゃがみこんでジャルダンが話しかければ、ロッカも箱から出てくる気は無いようで、箱を被ったまま話を聞き時折はパタパタと尻尾を揺らしてスカートからパンツを覗かせている。

 それに対してもジャルダンは徹底して触れることなく説明を続けており、その光景に誰もが「さすが第一騎士隊の隊長だ」と彼を見直していた。


「そういうわけで、二時に詰所に来客がある。失礼のないようにな」

「任せて、僕おもてなしは得意だよ! それで何人で来やがりますか?」

「……五人と俺とクロードで来やがりますよ」


 のっけから失礼なロッカにジャルダンが溜息と共に返す。

 それでも人数を聞くあたりお茶の用意ぐらいはしてくれるのだろうと、そんなことを考えた矢先、

「美味しいケーキが食べたいなぁ」

 と強請られた。


「……分かった。持っていく」

「僕ね、チョコレートケーキの気分なの」

「はいはい。ところでデルドアはどこだ? まだあいつに伝えられてないんだが」

「デルドアなら銃のメンテナンスだよ。いくつかお店をまわるはずだから、探すのは難しいんじゃないかなぁ」

「どうにか伝える術は」


 術はないかと言いかけ、ジャルダンが言葉を飲み込んだ。

 ロッカが被っている箱の隙間から白い靄が出てきたのだ。それは次第に形をつくりカサカサと動くダイオウグソクムシへと変わり、かと思えば再び白靄に戻って周囲に溶けていく。残ったのはカサカサという足音だけ。


「ダイオウグソクムシさんが伝えに行ってくれるって」

「……ありがたいな」


 白靄が消えていった先を眺め、ジャルダンがおもむろに立ち上がった。

 ダイオウグソクムシがデルドアに伝えてくれるとなると、これで連絡完了である。


「それじゃ、二時に邪魔するぞ」

「はーい。そうだ、ジャルダン・嫁さんおっかない・スタルスさん!」

「嫌なミドルネームをつけるな。で、何だ?」

「この箱貰っていい?」

「お好きにどうぞ」


 盛大に溜息をつきつつ歩き出すジャルダンに、一連の流れに唖然として何も言えずにいた重鎮達がその後を追う。

 ロッカだけが箱を被ったまま、パッタンパッタンと尻尾を左右に揺らしていた。



「あとは魔銃の魔物だけか……」


 そう呟かれた声に、ジャルダンが答えようと振り返った瞬間……耳をつんざくような轟音が周囲一帯に響き渡った。

 獣の咆哮のように荒々しい銃声。ジャルダン以外の誰もが身構えて周囲を伺う。


「ジャルダン、今のは!?」

「まさか奇襲か!」


 慌てて駆け寄ってくる重鎮達に、対してジャルダンは冷静を保ったまま彼等を宥め、己の上着のポケットに手を突っ込んだ。

 そこから取り出したのは銀色に輝く銃弾。それを眺め、ジャルダンが今度は重鎮達へと差し出した。誰もが怪訝そうに眺め、躊躇われるのか手を伸ばすことなくそれでも覗いてくる。

 そうしてジッと見つめた末、誰からともなく小さく感嘆の声をもらした。


「最近あいつはこの連絡手段が好きらしいんです。俺の耳がどうにかなるまえに飽きてくれると良いんですが」


 困ったものだと言いたげにジャルダンが再び銃弾に……銃弾に彫り込まれた二時の収集に応じるというメッセージを眺めて溜息をついた。



 ………



 そうして時刻は二時。重鎮達を詰所にまで案内し、扉の前でジャルダンが足を止めた。


「クロード、分かってるな」

「畏まりました。皆様、申し訳ございませんがしばしここでお待ちください。ジャルダン様、お願いします」

「……よし」


 一言二言交わし、ジャルダンが扉に手をかけ一人で詰所へと入る。

 これには置いて行かれた者達が目を丸くさせた。……のだが、当然だが理由があってのことだ。

 そを唯一知っているクロードだけが案じるような表情を浮かべ、一人果敢に挑んでいった上官に心の中でエールを送った。



 さて詰所の中はと言えば、


「アラン、大丈夫だ。怖くないから窓から逃げようとするな」

「あわわわ、想像以上に精神的なプレッシャーがあわあわ」


 と、詰所の扉が開いた隙間から見えた顔触れに恐れを抱いて窓から飛び出たアランをジャルダンが宥める。縁にしがみついて警戒の色を見せるアランはまさに怯える小動物そのもので、刺激しないよう「大丈夫、大丈夫だからな」と声をかけて落ち着かせて室内へと戻す。

 そうしてアランを椅子に誘導し一息つき、次いで、


「ヴィグ、さっさと寝ぐせを直してこい」


 と声色を低くして長剣に手をかけた。


「嘘! どこだ!?」

「後頭部だ。思いっきり逆立たせやがって……」

「直してくる!」


 慌ただしく席を立つヴィグを見送れば、まるで入れ替わるようにロッカがヒョコと顔を出した。


「ようこそいらしゃいやがりました! せいぜいゆっくりしていきやがってください!」

「……お前は頼むから黙っててくれ」

「あれ、ジャルダン・Y・スタルスさん一人だけ? 他の人はいやがらないの?」

「そのYはあれか、嫁さんおっかないのYか」

「うん! ところでジャルダン・Y・スタルスさん、れいのものは!? れいのもの!!」

「はいはい、ケーキな」


 買ってきたケーキを手渡せば、ロッカが受け取って嬉しそうに台所へと向かう。寝癖を直して戻ってきたヴィグが彼に続くのはお茶の手伝いをするつもりなのだろう。

 そんな二人の姿を見送り、ジャルダンが盛大に溜息をついた。話し合いどころかまだ自分一人しか詰所に入っていないのにこの有り様なのだ。

 先が思いやられる……と項垂れるも、クツクツと聞こえてくる笑い声に触発されるように顔を上げた。

 もちろんデルドアである。彼は一人涼しい表情で椅子に座り、楽しげに笑みを浮かべていた。それに対してジャルダンが睨んで返すも、彼の笑みが消えるわけがない。


「随分と楽しそうだな」

「お前が困ってる姿を見るのは楽しい」

「ハッキリと言い切りやがって……」


 ニマニマと笑うデルドアには何を言っても無駄だと考え、ひとまず未だあわあわしているアランをデルドアの膝に座らせておく。途端、


「アラン」

「デルドアさーん」


 とひしと抱きしめ合うのだから参ってしまう……が、アランが膝に乗っている以上デルドアもたいした悪さはしないだろうと踏んで放っておくことにした、

 とにかく、これでようやく話が出来る環境にまで整えることが出来たのだ。そう考えてジャルダンがひと息つき、扉の外で待たせていた者達を招き入れる。

 この際「よぉし、話を聞くぞ!」とロッカが意気込むと共に箱を被ったことに関しては何も言うまい。




「つまり、俺達にその人物を見つけろってことですか」


 そう結論付けるヴィグに、重鎮達が頷いて返す。

 言い渡された仕事内容はまさに零騎士団向けの仕事。指名手配されている人物を秘密裏に見つけ出し、出来ることならば連行、最悪でも殺して遺体の確認……というものであった。随分と血生臭い内容に、おまけに詳細は話せないときた、

 その胡散臭さにデルドアが眉間にしわを寄せ、ロッカが箱の中から「秘密なんて嫌ねぇ」と文句を言う。

 ジャルダンもまた同様、彼等ほど露骨ではないが疑いの気持ちを抱いていた。だが騎士としての精神か忠誠心か、上層部が隠していることを無理に暴くことは躊躇われる。


「確かに、俺達なら長期で捜索に出ても大事にはならないし誰も怪しくは思わないな。秘密裏に動くっていうなら適任だ」


 納得するようにヴィグが告げれば、了承の意味と取って重鎮達が安堵の息を漏らした。

 ――そんな話し合いの最中、アランはすでにケーキを食べ終え、同じく食べ終えたロッカと共に誰のケーキを狙おうかと計画を立てていた――

 そんな既に話し合いから離脱したアランとロッカを他所に、ヴィグとデルドアは真剣な面持ちで話を聞いていた。


「それで、期間はどれだけ頂けるんですか?」

「消息がまったくつかめていない状態だ。まず一ヶ月捜索にあて、その後は状況に応じて動いてもらう」

「おい、デルドア」


 チラとヴィグがデルドアに視線を向ける。

 言わんとしていることを察したのか、デルドアも「任せろ」と頷いて返し、おもむろに己のコートに腕を突っ込んだ。

 ――ここらへんからジャルダンは薄々と嫌な予感を感じ取り、目の前の光景を眺めつつも自分の膝に乗る三毛猫の背を撫ではじめた。ロッカ曰く獣王のおもてなし部隊とのことで、もしやと三毛猫をひっくり返せば股座にフカフカのふぐりがついている。隣に座るクロードも膝に乗るサビ柄の猫をひっくり返せば、こちらも股座にふかふかのふぐり。これには二人揃って「特上のおもてなしだ」と顔を見合わせた。もちろん、現実逃避である――

 だが流石にデルドアが取り出した魔銃の引き金を引けば現実を見ざるを得なく、頬を引きつらせながら「何を撃った」と尋ねた。もとよりまっとうな返事など期待していないが、それでも返ってきたのが悪戯気な笑みと「時期にわかる、大人しく待ってろ」という勿体振った言葉なのだから溜息しか出ない。

 ここは文句の一つでも言ってやりたいところだが、あくまで今日は護衛で来たのだ。重鎮達に危害が及ばない限り傍観に徹しようと膝の上の猫を撫でた。いつの間にやら猫が二匹に増えており、どうやら重鎮達の膝に乗ったは良いがあっさりと降ろされてしまった猫達のおもてなしターゲットにされたらしい。

 そのうえ更に猫が一匹ひょいと飛び乗り、見ればクロードもたかられている。現実逃避にはもってこいの環境ではないか。


「凄いなクロード、こっちも三毛のオスだ。こいつは鍵尻尾の二股……二股?」


 本当に猫か?と膝の上に乗る一匹を撫でつつ問えば、それに被さるようにヴィグがロッカに支持を出した。


「ロッカちゃん、鳥さんよろしく!」

「あいさー、鳥さんみんな出てきてー! 魔銃の追跡、よーいドン!」


 ロッカの合図と共に大量の白靄が湧き上がり、さながら突風に煽られたかのように一斉に窓の外へと抜けていく。

 ……もっとも、一部はもわもわと床や机の上に残っているのだが、そんな些細なことを気にする余裕はないと誰もが目を丸くさせた。ジャルダンもこれには説明が必要だとヴィグを呼ぶ。


「おいヴィグ、いい加減なにを考えてるのか説明しろ」

「あぁ、分かっ……ロッカちゃん!」


 突然声を上げるヴィグにジャルダンが目を見張った。

 何か耐え難いことがあったのかワナワナと震える彼の目の前には白靄の鳥。随分とズングリムックリとした丸っこい体にぴょんと伸びた(くちばし)、なんとも言えない不思議な形の鳥がジッとヴィグと見つめ合っている。


「おい、どうしたヴィグ……」

「ロッカちゃん、この愛らしいお方はどなたかな!?」

「キーウィさんだよ」

「キーウィさんかぁ」


 うっとりとした表情で目の前の白靄を眺めるヴィグに、ジャルダンが心底呆れたと言いたげな表情で「おい、おい戻ってこい」と声をかける。

 だがよっぽどキーウィに心を奪われたようでヴィグに話を再開させる様子はなく、ならばとジャルダンは標的を変え、お茶のおかわりを置こうと横からそっと伸ばされたアランの腕を掴んだ。


「きゃっ、ご無体!」

「変な悲鳴をあげるな。いい加減説明しろ」

「説明って、この状況で分からないんですか?」

「ヴィグはキーウィに夢中でいまだロッカは箱を被っていてデルドアはいつの間にかメシを食い始め、俺の膝には猫が四匹、おまけに一匹は頭に登ろうとしてくる。この状況で分かってたまるか」


 痺れをきらして唸るように問えば、アランが仕方ないと言いたげに肩を竦めた。


「デルドアさんが撃ったんです」

「なにを」

「その人を」


 そういう仕事じゃないですか、とアランが言葉尻に含めるように訴えれば、意図を察したジャルダンが慌ててデルドアに視線を向けた。相変わらず平然とした態度で、それどころか手元の魔銃をわざとらしくカチャリと鳴らして見せつけてくる。

 つまり、そういうことなのだろう。魔銃の弾丸は相手がどこに居ようとその間に何があろうと撃ちぬくことが出来る、あの瞬間デルドアは所在の分からないターゲットをそれでも撃ちぬいたのだ。


「それなら、どうしてロッカは鳥を」

「魔銃の弾丸は相手の詳細や居場所が分からなくても撃ち抜けますが、連れてくることはできません。対して獣王が呼ぶ白靄の獣は連れてくることは出来ても標的の情報が無ければ追えません」

「そうか、だからデルドアが撃って、その弾道を追わせたのか」

「そういうことです」


 あっさりとアランが言い切り、お茶を配り終えると元の席へ……デルドアの膝に戻った。――その瞬間に再び二人が抱き合うのだが、もはやこの場において言及するほどのことでもない――


「安心しろ、撃ち殺しはしていない。まぁ白靄の鳥に連れられて空の旅となれば数日はまともに喋れないかもしれないけどな」

「さらっと恐ろしいことを……」

「ロッカちゃん、キーウィさんはどうして行かなかったんだ?」

「恐ろしい? 俺達は出来ることをしたまでだ」

「その感覚が恐ろしいんだ」

「キーウィさんねぇ、飛べないの」

「魔物といえど出来ることと出来ないことがある。だが俺とロッカが組めば”どこにいるか分からない誰か”を連れてくるのは造作ないことだ」

「人間離れなんて話じゃないな。お前たちを敵視してた頃の自分を命知らずと殴りたくなってくる」

「ねぇねぇロッカちゃん、あの部屋の隅にジッと立って物凄い眼光でこっちを見てくる鳥さんはどなた? 同族を数羽殺していてもおかしくない威圧感だね」


 ……と、そんな入り混じった会話を交わす。

 それを眺めていた重鎮達が「さすが第一騎士隊の隊長だ」と本日二度目の感嘆の声を漏らした。


 だがこんな有り様でも仕事の依頼は終わったのだ。ロッカが暢気に「明日ぐらいには鳥さん戻ってくるよ」と言っているあたり、依頼どころか仕事も時期に終わるだろう。

 ジャルダンが疲れたと言いたげに溜息をついて立ち上がれば、重鎮達もそれに続き、クロードもまた倣うように立ち上がり……、


「アラン、ちょっと良いかな。少し話がしたい」


 と立ち止まった。


「別に良いけど、夫婦喧嘩の仲裁はしないよ」

「いや違うんだ。……その、少し」


 らしくなく言い淀むクロードにアランが首を傾げる。

 そうしてジャルダンが先に行くと告げ、彼に続くように重鎮達が詰所を出て行くのを見届け、クロードが神妙な面持ちで話しだした。

 獣王の獣を一匹ジャルダンにつけて欲しい……と。



 ………



「なるほど、あいつらじゃなくて俺が狙いだったのか……」


 そうジャルダンが呻くように呟いた。庇う右脇腹からは血が滴り、強引に手で傷口を押さえつければ生暖かい液体の感触と共にぬるりと指が滑り激痛が襲う。

 すれ違い様に刺されてこのざまだ。油断していたと己を悔やむも遅く、十を超える人数に囲まれては逃げるのも難しい。日が変わろうとするこの時間では偶然誰かが通りかかって……などということも望めないだろう。

 まさに万事休す。自分の置かれた状態を自覚すればするほどジャルタンの額に汗が伝う。

 そのうえ、囲む男達の中にちらほらと見覚えのある顔が……それも国の重要人物の護衛や右腕として覚えのある顔があるのだ。それが日中自分に声をかけ、それどころか零騎士団に仕事の依頼をした者達の関係者であることは言うまでもない。

 合点がいったとジャルダンが溜息をついた。


 第一騎士隊の隊長でありスタルス家の次男。家を継ぐ気はないがジャルダンの立ち位置は現状でも既に高く、今後もより高みに上るだろうと誰もが考えていた。……ゆえに狙われたのだ。

 出る杭はなんとやら。とりわけ清い騎士精神をもち不正に一切手をかけず断とうとしているジャルダンの存在は、後ろ暗いところのある者からしてみれば何より排除すべきものである。


「本来であれば魔物達が遠方に行ったらとの命令だったが、予定が早まった。運がなかったな」

「わざわざあいつらを遠ざける必要なんてないだろ……」


 溜息混じりに告げ、その場に座り込む。随分と深く抉られたようで、脇腹からの出血がひどく次第に意識が靄かかり立ってられなくなったのだ。

 情けないと思いつつも地面に腰をつけて項垂れる。もはや頭を上げていることも辛い。


「魔物達は今日から一ヶ月休みだなんだと酒場で飲んでるからな、助けは望めないだろう」

「なにが休みだあの馬鹿共……くそ、まずいな眠くなってきた」


 出血しすぎたからか意識が朦朧とし、負傷の痛みすらも遠ざかり眠気に似た微睡みが思考を包む。

 その微睡みに従ってはいけないと分かっていても引くものではなく、せめて男達を睨みつけようとするも倦怠感が勝る。押さえていられないと手を降ろせば、指先が血だまりに落ち不快な水音を響かせ……ツンと細長い嘴に突かれた。


「……ん!?」


 ぼんやりとそれを眺めていたジャルダンが次の瞬間には目を見張る。

 なにせ自分の指を突くのは白靄のキーウィ。そしてその嘴に挟まれているのはダイオウグソクムシ。――捕食されている可能性は否めない――

 とにかく、その光景にいったいどうしてとジャルダンが驚愕の色を浮かべるも、掻き消すように男達の悲鳴が響き渡った。それと同時にへたりこむ自分に影がかかる……まるで、ゆっくりと巨大な何かが現れたかのように。


「あのねぇー、僕いつもこの時間は寝てるのぉー」


 そう頭上から降り注いでくる間延びした声にジャルダンが頭上を仰ぎ見た。

 なにか白く巨大なものが自分の頭上を覆っている。そのてっぺんからは細い手足がだらしなく垂れ、尻尾がパタパタと揺れている。

 その光景に理解が追いつかないと数度瞬きを繰り返し、ようやくそれが蛇の腹であることを。自分の体の倍以上はある大蛇が背後に構え、頭を上げているのだと察した。そしてその頭部に体を預けているのは……。


「……ロッカ」

「この時間はねぇー、シンデレラタイムって言ってねぇー、プリプリのお肌を保つためには大事な時間なのぉー」


 頭上から聞こえてくるロッカの声は聞いている者まで眠りについてしまいそうなほど間延びしている。これが仮に彼等の家や詰所であったなら迷わず寝てしまえと言っていただろう。

 だが状況が状況なだけにそんなことを言ってやる気にもならず、ジャルダンが唖然としながら頭上の蛇の腹を見上げ……視界の隅に茶色の布がはためくのをとらえて溜息と共に口角を上げた。

 誰かなどと確認するまでもない。次いで響くこの轟音の銃声が名乗っているようなものだ。


「ジャルダン様!」

「ジャルダン!」


 轟音と蛇の威嚇の声の中、パタパタと駆け寄ってくるのはアランとヴィグ。


「ひぁー、怪我してる! 怪我!」

「ロッカちゃん、止血だ! ヒルを呼んでくれ!」

「落ち着け」

「痛そう! 凄く痛そう!」

「大量のヒルを!」

「落ち着け酔っ払いども! ……っと」


 ピィピィ喚く二人を制止しようとした瞬間、ジャルダンの視界がぐらりと揺らいだ。

 バランスを立てなおそうと堪えるも脇腹に激痛が走る。しまったと思っても遅く、体が地面に引き寄せられるように大きく揺れ……ガシと何かに強く支えられた。

 慌てて振り返れば、そこには見慣れた部下の姿。


「クロード」

「ジャルダン様、ご無事ですか?」

「あ、あぁ……よくここが分かったな」

「それが、寝ようとしたところ枕元に白靄のゴリラが現れまして、担がれて運ばれました」

「……大丈夫だったのか?」

「安定感と速度は馬より優れています。とにかく、今医者が来ますので無理に動かず……」


 言いかけたクロードの言葉に銃声と悲鳴が被さった。見れば眼前はまさに地獄絵図、白靄の大蛇が男達を次々と丸呑みにし、逃れた者達も突然現れ足を撃ち抜く弾丸に怯えの悲鳴をあげている。

 もっとも、その地獄絵図の元凶はといえば、


「モグモグしてもいいけど、溶かして殺しちゃ駄目だよ。ちょっと溶け始めたらペッしてね」

「殺しちゃ駄目なんだろ、つまんねぇな……。ピンポイントで踝だけ狙うか」


 この有り様である。

 おまけに唯一彼等のやる気を左右できるアランとヴィグはといえば、


「戦うキーウィさん勇ましい!恰好良い!好き!」

「デルドアさん気をつけてください、ゴリラさんが! ……おぉ、よく飛ぶ」


 と、終始この調子である。


 こんなのが背後にいると思われてたのか……。

 そうジャルダンが考えた瞬間、暗殺の標的であった男が悲鳴と共に空から地に落ちてきて、ついには限界を迎えたと意識を手放した。



 ………


 そんなことがあって数日後、ジャルダンは重苦しい空気が漂う議会室を訪れていた。

 並ぶのは国内でもトップを誇る人物達、それに他家の当主……とその顔触れは尋常ではなく、給仕が手を震わせながら机にカップを並べている。その様は哀れみを誘うが、それだけの人物が揃うほどことは重大なのだ。

 なにせ、あの夜道の地獄絵図から日を跨いですぐ、国内の重要人物が数名、謎の襲撃を受けた。それも固く警備の張られた屋敷に居ながら。誰一人として犯人を見た者もおらず、尋常ではない方法で……となればこの重苦しい空気も当然である。


 ……そして、零騎士団が呼び出され疑いをかけられるのも当然である。


 もっとも、当人達はと言えばそんな事にも顔触れにも臆することなく、給仕にお茶を貰うと律儀に礼を告げ、それぞれ鞄からお茶請けのクッキーを取り出して食べだす始末。


「その日は図書館で読み聞かせがあるからアランちゃんと一緒に行ってきたよ。楽しかったよね」


 そうロッカが隣に……隣に座るデルドアのコートの中に入ってカンガルー状態で顔を覗かせるアランに話しかけた。次いで部屋の一角に視線を向ければ、証人として呼ばれていたフィアーナが頷いて返す。

 次いで部屋中の視線がデルドアに向かう。もちろんそれに彼が動じるわけがなく、こちらもまた平然と、


「その日はヴィグと市街地の祭りの打ち合わせに出てた」


 と部屋の隅に居た証人達に「だよな」と声をかけた。これにも頷きという肯定が返ってくる。


 つまり二人にはしっかりとしたアリバイがあるのだ。

 これ以上なにを話せば良いというのか。もはや決議すら終わったような空気を感じ取り、部屋の一角でやりとりを眺めていたジャルダンが溜息をついた。

 脇腹の傷は深く数日の入院を余儀なくされていたが、それでもと頼み込んで今日の外出許可を得たのだが、病室で寝ていればよかったとさえ思えてくる。


 どうして彼等の行動を人間が訴えられると思ったのだろうか。

 命のない大蛇を白靄にして屋敷に入らせてターゲットに噛み付かせた?

 まったく検討違いな場所に居ながら窓を割ることも弾丸を残すこともなくターゲットだけを撃ち抜いた?

 そんなこと夢物語もいいところだ。……少なくとも人間には。


「僕達がやったっていう証拠があるなら見せてほしいなぁ」


 ロッカがニンマリと笑って赤い瞳を細める。


「人間の法律で裁くっていうんなら、人間の道理で証明してくれるんだろ?」


 クツクツと笑みをこぼし、デルドアが瞳の赤色を更に濃くさせる。

 人間には不可能だと分かっているからこそ楽しげに煽っているのだ。魔物の能力は人間の把握できる域を超えている。彼等の仕業だと証明することなど出来やしない。


 つまり絶対的な強者を前に人間は成すすべもなく、そして一度でも彼等の標的になった者は逃げようの無さを知り震えるしかない。

 彼等は柵に囚われぬ魔物ゆえ権威だ地位だのといった護りも効かず、いかに歴史ある家の者だろうと国の重役だろうと等しく獲物でしかないのだ。

 現に後ろ暗いところのある一人が震えながらコートレス家との繋がりを口に出して助けを求めるも、彼等の返事は「だから?」である。おまけにアランがカンガルー状態で「家から抜けようかなぁ」と呟けば、それを聞いたコートレス家当主が慌てて家名を話に出すなと男を咎める。

 つまり、彼等に対して温情を求める術は何も無い。何もかもすべて、生かすも殺すも彼等の魔物としての采配にかかっている。……人間とは違ったものに采配が掛けられているのだ。


 その絶望さと言ったらなく、ジャルダンがゴクリと生唾を飲んだ。自分も一歩間違えれば彼等と同じようになっていだろう……いや『間違えれば』ではなく、間違えていたのだ。自分も彼等に対して非道な扱いをし恨まれていたのだから、同じように大蛇の牙に晒され魔銃の弾丸に怯えていてもおかしくはなかった。

 それを考えれば、彼等に対しての感謝も募るが同時にかつての自分がいかに命知らずだったかを思いしらされ、ジャルダンの額に汗が伝い……頭上でくつろぐ二股尻尾の猫にベロリと舐められた。





…end…


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