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短編

※注意※

今回の話はBL的な展開になります。

男同士の話は苦手、読めない、そういった展開は望んでいない、という方は申し訳ありませんがお戻りください。




 零騎士団団長ヴィグは自分の置かれた状況に混乱し、声も出せずに立ち尽くしていた。

 ロブスワーク家の“聖騎士用の子供”として生まれ、相応の扱いを受け、そして聖騎士になって全てを終わらせると同時に家名を捨て……おおよそ他人と比べ物にならない波乱万丈な人生を送ってきたヴィグでも、今の状況は理解が追いつかないのだ。

 周囲を見回せば何百着の煌びやかな純白のドレスが並び、美しい会場や幸せそうな新郎新婦の絵がいくつも飾られている。ニコニコと穏やかかつ仮面のような笑みを浮かべる店員は何かあれば「お似合いです」だの「お美しい」だのと褒めそやし、レースならこちらが形はこちらがと徐々にドレスの値段を上げて薦めてくる。だが薦めてくるだけあってどのウエディングドレスも美しく、仮にこれがアランのドレス選びであったなら目移りしていただろう……と、ヴィグが死んだ魚のような瞳で考えた。


 そう、これはウエディングドレス選びだ。

 何百着とあるドレスの中から式で着るたった一着を選ぶ、大事な過程……。

 それは分かる。さすがに自分の置かれている状況を大まかには把握できる、ならば何が理解できないのかと言えば……。


「なんで俺がウエディングドレスを着てるんだ!」


 と、こういうことである。


 己の体を純白のドレスが纏う光景は筆舌に尽くしがたく、というか悲惨でしかなくヴィグが悲鳴を上げる。騎士の中でずば抜けた……とまではいかないがそれでも体は鍛えているし、逞しさもあると思う。少なくともドレスは似合わない程度の男らしさは持ち合わせているつもりだ。

 だが店員はいまだ笑顔を保ったまま「そちらのドレスもお美しい」と言って寄越してくる。それどころか何百着とあるドレスの海からアランとデルドアがそれぞれ純白のドレスを片手に「次はこれを着てみましょう」「こっちはどうだ」と顔を出してくるのだ。

 これにはヴィグも溜息すら出ず、それどころか眩暈を覚えて額を押さえた。



「まさか団長と一緒にウエディングドレスを着れるなんて思いもしませんでした」

「奇遇だな、俺も思いもしなかっ……うぐぅ……やめろコルセットを絞めるな……!」


 吐きそう!と悲鳴をあげるヴィグに、アランがドレスあるあるだと笑う。唯一苦しさの分からないデルドアはそれでもヴィグが苦しむ様子を見て、腰回りの緩いドレスを探してやろうと再び純白の海へと戻って行った。

 なんて優しい、とはそんなデルドアをうっとりと見つめるアラン。自分とヴィグとの共同式を前にすっかり脳内はお花畑である。そんな花畑の中ではたと我に返り、ホワホワと浮かれた表情のまま眉間に皺を寄せるヴィグへと向き直った。


「団長、さっき係りの人が“新郎の衣装も決まりましたよ”って言ってましたけど、見ます? それとも当日の楽しみにします?」

「新郎は誰だ」

「私ね、デルドアさんのタキシード姿は当日の楽しみにとってあるんです。きっと格好いいだろうなぁ」

「アラン、頼むから俺の問いに応えてくれ。新郎は誰なんだ」

「やだなぁ、決まってるじゃないですか」


 焦らすようにアランが笑い、そうして新郎の名前を口にしようとした瞬間……、


「ねぇねぇ、嫁さんおっかない人! この騎士のサーベルってどうしても着けなきゃいけないの? 僕ひきずっちゃいそうだよ!」


 と隣の部屋から声が聞こえてきた。

 元気よく、愛らしい声……それが誰のものかなど言うまでもなく、察したヴィグが悲鳴をあげた。




 話は昨夜に遡る。

 普段通り大衆食堂で飲み食いしていた零騎士団だが、その日は普段より酒の進みが早く深酒をしてしまった。大きな仕事をやりおえた疲労と高揚感が休む間もなくグラスを空けさせるのだ。

 といっても魔物コンビはようやく人並みに酔っぱらった程度なのだが、対して人間二人は目も当てられないほどであった。

 そんな中、幾度となくフォークを落としグラスを持つ手を危なっかしく揺らし、ヴィグがポツリと呟いた。


「誰の家族でもないんだなぁ……」


 それはロブスワーク家との縁を断ったヴィグだからこその台詞。

 再びコートレス家と関係を持とうとしているアランとも、遠く離れどこに居るのかすら分からないがそれこそが互いに認め合っている証とするデルドアとロッカとも違う。

 自ら捨てた。そこに迷いもなく後悔も無かったが、時折ふと考えるのだ。

 とりわけ、ヴィグはまっとうな家族愛に恵まれず、ゆえに人よりそういったものへの憧れが強かった。といっても特定の相手を想っていたわけではなくむしろ他人との接触は苦手としているのだが、それでも『生涯添い遂げる』という結婚には憧れを抱いていたのだ。世界が彼に辛く当たり、独りになることを恐れていたから尚の事。


 そうウツラウツラと頭を揺らしながらたどたどしい言葉で話すヴィグに、デルドアとロッカが顔を見合わせ、


「ならヴィグさん僕の番になってよ。結婚しよう」

「お、良かったな。解決したぞ」


 これである。

 そうしてあれよと言う間に……どころか一晩のうちにトントン拍子に話がすすみ、ウェディングドレスを選ぶ今に至る。




 そう淡々と説明するデルドアに、話を聞き終えたヴィグが言葉もないと口を半開きにした。この際、彼が手にしている腰回りが緩やかなドレスに対して反応する余裕も無く、「では次はこちらですね」と準備をしだす店員に抗う余力もない。


「な、な……」

「ここは俺とアランも世話になってるし、商魂逞しいから急な話でも受けてくれると思ったんだ」

「な……そんな! なに勝手に決めてるんだ、俺の意思はどうなる!」

「意思も何もお前『そっかー、じゃぁロッカちゃんと結婚しちゃおっかな!』って返事しただろ」

「酔っぱらった時の俺ぇ……なに買物奮発する気分で返事してるんだよ、もっと人生真面目に考えろ……!」


 自分のあんまりな返答に思わずヴィグが頭を抱える。だが次の瞬間には標準をアランに変更し、ガシとその肩を掴んだ。


「アラン! どうして止めてくれなかったんだ!」

「どうしてって……」

「普通に考えれば俺が拒否するって分かるだろ!? なのになんで!」

「なんでもなにも、私その話が出る三十分ほど前に団長によって酔い潰されてたからです」

「……うん、すみませんでした」


 二日酔い大丈夫か?とヴィグが問えば、アランが眉を顰めてこめかみを押さえる。少し痛いのだ。

 それに対してヴィグもまた額を押さえるのは、思い返せば確かにアランを酔い潰した記憶があるからで、つまりこれは自業自得かとさえ思い始めてきたからである。

 そんな二人に対して相変わらずデルドアは空気を読まず、その後のことを話し出した。



 ヴィグが『ロッカちゃんと結婚しちゃおっかな!』と能天気な返事をした後、それを聞いたロッカがキャー!と声をあげ、そのまま夜更けだと言うのに役所に突撃し届けを強奪し、式場に飛び込んで酒瓶片手に無理矢理ドレス試着の予約を入れ、ついでにスタルス家に突撃してジャルダンを叩き起こし……そして詰所のソファーで寝潰れたのだ。


「……見事なまでに駄目な大人だ」

「俺もアランを担ぎながら追いかけてたけど、あの勢いは凄かった」

「頼むから止めてくれよ! もう結婚とかの前に人として恥かしい!」

「悪いなヴィグ、俺は目を覚ましてムニャムニャ煩いアランの口にパンケーキを入れるのに忙しかったんだ。あとスタルス家に誘導したのは俺だ」


 しれっと言い切るデルドアにヴィグが溜息で返す。

 彼に何を言っても無駄だと知っているからだ。というか今更昨夜のことをどうこう言っても手遅れだろう、あとやっぱり自業自得なのだ。

 ――そんなデルドアとヴィグを眺めつつ、アランはどうりで朝から酷い胃もたれを起こしているわけだと頷いた――


「それで俺がドレスを着てるわけか……というか何で俺なんだ。ここはロッカちゃんがウェディングドレスを着る流れじゃないのか?」

「僕いつでもドレス着れるから、今回はヴィグさんが着たらいいと思ったの!」


 そうご機嫌な声色で現れたのはもちろんロッカ。

 濃紺のタキシードに白いサーベルがなんとも挙式の装いらしい……のだが、いかんせん元が愛らしい美少女といった風貌なだけに違和感が勝ってしまう。幼い少女が無理に男装をしているような、着ているというより着させられているような、そんな引っ掛かりを覚えるのだ。これがウエディングドレスならばさぞや絵になっていただろうに。

 おまけに腰から下げたサーベルは小柄な彼には長く、見ればズボンの一部に穴が設けられそこから伸びる尻尾でサーベルが床に着かないようにと持ち上げている。

 だが本人はご満悦のようで、三人の前に立つとクルリと華麗に回った。


「どう!? 格好いいでしょ!」


 ムフー!と興奮気味にロッカが胸を張る。

 そんな姿も傍目から見れば可愛いとしか言えないのだが、店員は営業スマイルで「格好いい」「凛々しい」と褒めちぎっていた。もちろんロッカ自身が「格好いい」という言葉を望んでいるのだから、その意図を汲んで褒めるのがプロというものだ。……たとえ微塵も思っていなくても。


「さっきね、このタキシードで動けるかどうか確認するために外に行ってみたの。そしたら騎士さん達が何人かいてね『格好いいでしょ!』って見せたらみんな笑い出してからかってきたんだよ。だから……」

「だから?」

「全員ぶん投げてきた」

「相変わらず勇ましい」

「漏れなく全員木に引っ掛けてきたから、たぶん今頃嫁さんおっかない人が梯子もって助けに行ってると思う」


 からかわれたことを思い出したのかプクと頬を膨らませるロッカにアランとデルドアが肩を竦める。――ちなみに外ではジャルダンが木に梯子をかけて登りながら「だからあいつの見た目に騙されるなって言ってるだろ!」と救助活動に励んでいた――

 そんなロッカに対し、ヴィグが溜息混じりにその名を呼ぶ。


「ロッカちゃん、ご存じだろうけど俺は男だからね……」

「存じておりますよ!」

「普通、結婚っていうのは男と女でするもんだから」

「僕は魔物だもーん、人間の決まりごとは知らないもーん」


 ロッカがプイとそっぽを向いて分かりやすく知らんぷりをする。それを見てヴィグが深い溜息をつき、どうしたものかと頭を掻いた。こうなるとロッカは頑として譲らないのだ。

 そんな二人のやりとりを聞いていたアランがふと疑問を抱き、隣に立つデルドアの袖をクイと掴んだ。「ん?」と彼がこちらに赤い瞳を向け、次いで上着から袋入りのパンケーキを取り出す。


「違いますよ、パンケーキ要求じゃありません」

「そう言わず、ほら一口」

「モグモグ……聞きたいんですが、魔物って……ムグムグ……オスとメスで番うんじゃ……モグモグ……もしかして同性でムグムグ……このペースで食べさせられてたのかぁ」


 そりゃ胃ももたれるはずだとアランが呟けば、一袋分食べさせ終えたデルドアが満足そうに頷いた。


「俺達は番になるが、人間の結婚のように手続きだなんだと面倒なことはしない。せいぜい群に知らせるだけだし、中には二匹だけで暮らしてそのまま番になって生涯誰にも知らせない奴らだっている」

「そういうものなんですか」

「誰の許可もいらないし決まりなんてない、もちろん性別なんて関係ない。そもそも雌雄のない魔物だっているんだ。軟体の奴らなんて殆ど雌雄が無いがちゃんと番になってるだろ」

「確かに」

「男と女だから結婚するなんてのは人間の決まり事だ。俺達は生涯添い遂げたい相手と番になる」


 ハッキリと告げるデルドアの言葉を聞き、アランが頬を赤くさせた。彼の番は自分なのだ、こうも熱意的に語られて胸を高鳴らせるなというのが無理な話。

 思わず再び彼の袖を引っ張り「パンケーキもう一枚」と甘えてみる。


 そんな甘ったるい空気を漂わせ二人の世界を展開するアランとデルドアを横目に、いまだウエディングドレスを纏ったヴィグが盛大に溜息をついた。

 デルドアの語った番という考え方は素晴らしいと思う。自由でいて根本はしっかりと芯の通った、なんとも彼等らしい話だ。

 ……だけど、


「だからってロッカちゃん……」

「でもヴィグさん寂しいんでしょ? 家族も居なくてひとりぼっちになるかもって不安なんでしょ?」

「……それは」

「だから、僕が番になって生涯ずっとそばにいるよ。人間の結婚っていう方法で約束してあげる!」


 ね!とキラキラの笑顔で話すロッカにヴィグが数度瞬きを繰り返す。

 そうして本日一番深く長い溜息をつくと共にしゃがみこみ、そのまま項垂れ……、


「幸せにしてください」


 と左手をロッカに差し出した。

 それを手に取り「任せて!」と笑うロッカは相変わらず可愛いが、思えばヴィグにとって彼は誰より男らしく勇ましい存在なのだ。敵うわけがない、そう心の中で呟いて、コルセットをもう一段きつく絞ってもらおうと覚悟を決めた。



 

…end…


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