11
アランが聖武器を手にしてしばらく、スタルス家の聖武器だけではなく各家の聖武器までもが力を取り戻して輝きだした。
その光景はまさに圧巻の一言につき、あちこちから呼ばれて「これはどういうことだ」だの「どう使えば良い」だのと質問攻めにあいうんざりしはじめていたアランも流石に見惚れてしまう。輝く聖武器を手にする騎士達の姿のなんと美しく頼もしいことか。
そしてそれを支えようと他の者達も力を合わせ、皆がひとつになって戦況を切り開いていく。文献には一度足りともなかった光景に、思わず感嘆の声が漏れる。
「すごいな」
とは、アランの隣でその光景を眺めるヴィグ。彼の拳にも聖武器がはめられており、今が使い時だと訴えるように煌々と輝いていた。もちろん、アランの対の短剣もだ。
それに視線を落とし、アランが抱きしめるように聖武器を持ち直した。まるで生き物を抱きしめているかのようなほのかな熱が伝い、それが肌を通して安堵感として胸に染みこんでいく。
「私達も間違えてたんです」
「アラン?」
「残された聖武器だと思ってた……でも本当は最後まで私達を見捨てずに残っていてくれてたんです」
「……そうだな」
対の短剣を抱きしめながら話すアランに、ヴィグもまた拳にはめたナックルを眺めて返す。……が、次の瞬間に「ん!?」と勢いよく顔を上げるのだから、これにはアランもキョトンと目を丸くさせて彼を見上げた。
まさに驚愕と言ったその表情。鳩が豆鉄砲をくらったとしても、むしろダチョウが魔銃の散弾銃をくらったとしてももう少し落ち着きがあるというものだ。
「ヴィグ団長、どうしました?」
「俺の気のせいだろうか……店長の肉叩きが光ってるように見える……」
唖然としながらヴィグが前方を指さす。
その指が、それどころか腕までもがフルフルと震えているのはそれほどまでに信じ難い光景だからなのだろう。アランも同様に「そんな馬鹿な!」と慌ててヴィグが指さす先を視線で追いかけ……。
光り輝く肉叩きを振り回す店長の姿に眩暈を覚えた。
「聖騎士の家系じゃないですか!」
「なんだアラン、どうした。腹減ったか?」
「そういうことは言えよ! というか聖武器を厨房にかけておくなよ!」
「落ち着けヴィグ、ハム食べるか?」
「「食べない!」」
キィキィと揃って喚く聖騎士二人に、店長が鞄から徐ろにハムを取り出した。なぜ持ってきたのかは定かではないが、紐がギッチリと食い込んだ肉厚な外観は食欲を誘う。こんな状況でなければ迷わず口を開いて待ち構えただろう……いや、今だって少しくらいなら……。
と、そんな誘惑に抗いつつもアランがなんとか視線をハムから店長に戻した。――対してヴィグは視線をハムに奪われたまま口を噤んで沈黙しているあたり八割方陥落していると言える――
そんなヴィグを横目に、アランが誘惑に負けそうになる自分を叱咤する。ここに来てまさかの伏兵が現れた気分だ。
冷静に考えろアラン・コートレス。
今はハムを食べてる場合じゃない。それにほら、聖武器が聖武器なだけにハムが入ってた鞄は返り血で汚れている、いくら肉厚で美味しそうだからってそこから出したものは……。いや、でも切り込みを見るに味もしっかり着いてそうでやっぱりちょっとぐらいなら……。
と、そんな己との葛藤に苦戦していると「美味しそうな匂いがする!」とロッカが駆け寄ってきた。ちゃっかりと隣にデルドアもいるあたり、魔物を誘き寄せるには美味しい食べ物が良いのかもしれないとアランがごちる。美味しい肉料理を置いてカゴでも仕掛けていれば捕まえられそうではないか。
……聖騎士も捕まえられそうだけれど。
「あれ、店長さんの肉叩きも光ってるの?」
ムグムグとハムを租借しながらロッカが問えば、同じようにハムを食べていたデルドアが「うわぁ、本当だ……」と呟いた。呆れを通り越したようなその声色にアランとヴィグがそうだそうだと便乗して煽る。……ハムを食べながら。
――後方からジャルダンの凄まじい視線を感じるのだが、考えてみれば聖騎士団には三時のおやつ制度が設けられているのだから仕方あるまい。おやつ休憩ならぬハム休憩だ――
「確かにかつて聖騎士団に属していた家系の中には、称号を返還して以降消息の掴めない家や没落して家名を変えた家もありますよ。だからって店長が……」
「しかも聖武器を厨房に置くし。俺、何回かあれで肉叩いたことあるぞ」
ムグムグとハムを食べながら――とても美味しい――話せば店長が豪快に笑う。そうしてデルドアとロッカに向き直ると、その笑みを柔らかなものに変えた。
「聖騎士の家系と言っても返還したのは六百年以上も前のことだからな。今は魔物も入店歓迎なしがない大衆食堂の店長だ」
「……店長さん」
「無事に戻れたらまた店に来いよ。よく食ってよく飲む金払いの良い客は大歓迎だ。それに、お前達のエプロンも用意しておくから」
「組み込まれる! 僕たちもシフトに組み込まれる!」
魔物遣いも荒い!とロッカが楽しげに声を荒らげる。
そうして最後の一口を食べきるとペロリと舌なめずりをして、充填完了!と元気よく駆け出した。デルドアもまた最後の一欠片を口に放り込むと、ギュウと一度アランを抱きしめて亜種の群れへと駆けて行く。
それを見届け、改めてこちらを向く店長の視線の生暖かさと言ったらない。対してヴィグが纏うオーラのこの冷ややかさ。
どちらも居心地が悪いと頬を赤くさせたアランが話を変えようと周囲を見回せば、抱きしめたことで充填が出来たのか、散弾銃であちこちに色々なものを飛び散らせていたデルドアが何かに気付いたのか片手をあげて手招きしてきた。
どうしたのかとアランが首を傾げる。それでもデルドアはこっちに来いと手招きを続けているので、仕方なくそれに応じて彼に駆け寄った。
だがその足が途中で止まったのは、ゾワリと不快な感覚が体を走り抜けたからだ。
なにかが足元から這い上がってくるような、指先から染み込むように蝕まれていくような悪寒。胸の中を引っくり返して掻きまわされているかのような圧迫感にアランが本能的に聖武器を握りなおす。
ヴィグ団長に伝えなければ……そう考えていまだ店長と話してる彼へと声をかけようとするも、それより先にデルドアが腕を掴んできた。
「デルドアさん、これは……」
「アラン、上を見ろ」
戸惑うアランに対し、デルドアが頭上を指さす。
促されるままに見上げれば、高くとられた天上すれすれの位置を白靄の鳥が旋回しているのが見えた。その数、およそ十数羽。まるで獲物を探すかのように悠然と廻り、時折は一匹が降り立って再びまた天上へと飛び上がる。
その動きから見るに、戦うつもりもましてや一斉に降りてくる気もないのだろう。
「……あれは?」
「ロッカが呼び出したハゲタカだ。あれが群がって食べた亡骸が一番美味い」
「結構おぞましい勝敗の付け方ですね……」
「そのハゲタカ達がさっきから一点を気にしている」
「亜種も戦況がまずいと分かってからそこに向かおうとしてますね……」
「つまり、分かるな?」
ニヤリとデルドアが笑う。
赤い瞳が普段よりその色味を増し、燃え盛る炎より色濃くアランを捕える。彼の言わんとしていることを察し、アランもまた頷いて返した。
「つまり、そこに『亜種を総べるもの』がいるんですね」
「つまり、そこに一番美味いやつがいるってことだ」
……。
…………。
「デルドアさん、この期に及んで……!」
「一番美味い奴は聖武器でしか殺せないんだろ? アラン、俺と組んでロッカとヴィグに奢らせよう」
「わぁ、悪い顔」
まったく、とアランが溜息をつく。
だがそんなデルドアの企みも、気配を察したのか亜種の動きを感じ取ったか、駆けつけてくるロッカとヴィグによって破談となった。
惜しかった、と言いたげな彼の表情と言ったらない。
「アラン、あっちに……」
「はい、間違いなくいます」
アランとヴィグが顔を見合わせて頷きあう。その表情が今までになく強張っているのは、伸し掛かる威圧感が今までの比ではないからだ。
もっとも、その背後では
「えぇー、一番美味しいのって聖武器でしか倒せないの? それじゃ負けちゃうじゃん」
とロッカがブゥと頬を膨らませている。デルドアだけに限らず、彼もまたこの期に及んで頭の中は夕飯なのだ。
もっとも、夕飯の心配をしているのが二人だけなのは言うまでもなく、事態を察してかジャルダンとクロードが駆け寄ってきた。この重圧的な気配と尋常ではない寒気、そして亜種の動きに対していったい何事かと尋ねてくる二人に、いよいよだとアランが説明する。
「つまり、この奥にいるのは聖武器じゃないと倒せないんだな」
「はい。でもさすがに守りがかたくて……」
敗戦の色を感じ取ったのか、攻撃一辺倒だった亜種達が守りに徹し始める。”そこ”を守るように、”そこにいる何か”が無事であればまだ立て直せるとでも言いたげに。その動きは分かりやすくもあるのだが、守りに徹した亜種達の覚悟を見るに容易に割って入れるとは思えない。
かといって少しずつ崩していこうにも亜種より人間のほうが先に体力の限界が来るだろうし、その実態が分からない以上改めるのも得策とは思えない。
出来るならば、この流れのまま一気に……。
それを話せばジャルダンが「そうか」と小さく呟いてアランとヴィグを見据えた。
「囲んでいる亜種は俺達が全て蹴散らす。お前達は中に入って片を付けろ」
「……ジャルダン様」
「クロード、聖騎士も騎士もギルドも何も関係ない、一斉に攻撃して道を開けるよう全員に伝えろ」
「はい」
ジャルダンの命令を受けクロードが駆けていく。
それを見送り、ジャルダンが今度はデルドアとロッカに向き直った。
「俺が言うまでもなく、お前達は二人を守るんだろ」
「当たり前だ。そのためにここに来た」
当然とでも言いたげなデルドアの返答にジャルダンが満足げに頷く。そうして一言「しくじるなよ」と告げると部下の元へと向かっていった。
その背にアランが小さく吐息を漏らすのは、第一騎士団団長であるジャルダンからこんな重要な役割を任される等と今まででは到底考えられなかったからだ。蔑まれるだけの聖騎士と国内一を誇る騎士団の団長では格が違いすぎる、喋ることも烏滸がましいと過去の自分ならば思っただろう。
そうしてジャルダンが部下に指示を出す姿を眺め、改めて四人が顔を見合わせた。
誰からともなく頷き合うのは考えを確認せずとも通じあっているからだ。この状況下、考えることなど只一つ。
「なんだか知らないが勝手に決めた以上、あいつも参戦だな」
「よし、夕飯はジャルダンに奢らせよう」
「第一騎士団の団長様ですからね、きっと良いお店を知ってるはずですよ」
「いつもより豪華なご飯とお酒!? いっぱい動いてお腹すかせておかなきゃ!」
と、この通り心は一つである。
そうしてジャルダンの――カモにされている等とは微塵も思っていないであろう――合図を聞くや、二人の聖騎士に道を開くべく一斉攻撃が開始された。
その道を違えぬよう途絶えさせぬよう、アランが三人と頷きあうと共に駆けだした。
襲いかかろうとする獣人を統率のとれた動きで数人の騎士が押さえ込み、咆哮をあげて獣が立ち塞がれば黄金の光を放つ聖武器が容赦なくその牙を砕きにかかる。獣とも獣人とも言えぬ亜種に対し臆することなく迎え撃つギルドの戦士達は流石といえる戦法の多さである。
互いが危機にあれば互いを助け、聖騎士と言えど時に背を預け他者の力を借りる。その光景を横目に、アランがデルドア達と共に徐々に崩れていく壁を押し進んでいった。
次第に濃くなる不快感。だがそれと同時に手にする聖武器の光が増していくのは、この戦いこそ、聖騎士団の聖武器ではなく一人の騎士の一つの武器として戦うこの戦いこそが先年前に望んだものだと訴えているのだろう。
強く握れば脈打つような熱が伝い、軽く振るうだけで亜種の体が切り崩れていく。文献の記録を遙かに越えるこの威力こそ、聖武器が歓喜している証だ。加護を受けるアランとヴィグの身体能力も以前の非ではないほどに向上し、亜種や獣達の動きが容易に目で追える。
だが流石に最後の望みを守ろうとする壁は厚く、騎士も戦士も、ましてやレリウスが放つ黄金の矢でさえも届かなくなった。
覆う毛を己の血で赤く染めた獣がそれでもと追い縋ってくる。四肢を失った獣人が這い蹲りながら唸り、溶けかけた軟体の亜種が地面に水跡をつけながら追ってくる……。満身創痍どころではなく死を厭わぬその姿に、彼等もまたこれが最後だと分かっているのだと知る。
だからこそ譲れない。
「ロッカ、行くぞ」
とは、それを察しアランとヴィグを庇うように前に出たデルドア。
ロッカもそれに倣い「あいさー!」と元気の良い声で返すと先頭に踊りでた。
そうしてあと一枚でありながら何より厚いその守りの壁に対し、片や咆哮をあげて飛びかかり片や轟音と共に魔銃を放つ。
「アランちゃん、ヴィグさん!」
「行け! 全部終わらせてこい!」
二人の声に背を押され、僅かに開いた隙間へとアランとヴィグが駆け込む。
引き留めようとする獣人の腕が突如現れた銃弾によって四散し、食いつき縋ろうと飛びかかってくる獣を獣王がその細腕で地に叩きつける。寸でのところまで脅威は迫るがそれでいて指一本触れることはないこの絶対的な守りに、アランもヴィグも信じて前だけを見据えた。
亜種に襲われながらそれらを統べるものへと向かっているというのに恐怖も迷いもなく、蹴散らされる亜種達の壁を抜けてその先へと視線をやる。
なんて禍々しい。
腐敗した肉が呻くようでそれでいて個体の意志を感じさせる。甘ったるい匂いを突き詰めたような悪臭が鼻を掠める。一人でこれと対峙しすれば気が狂っていてもおかしくないほどの奇異な風貌。
だがそれを前にしても尚アランの胸は恐怖の欠片もなく、手にする聖武器が歓喜で震えている。
「行くぞアラン!」
「はい、私達で終わらせましょう!」
迷いもなくそれへと向かうヴィグに、アランもまた対の短剣を握りしめて強く地を蹴った。
聖武器がかつてないほどに眩く光る。
どちらともなく声をあげ、迷いも恐怖も躊躇いもなく、ただ信じて武器を振り上げた。
その瞬間の周囲の輝きようといったらなく、一瞬にして甘ったるい匂いと不穏な空気が晴れ、誰もが「終わった」と察した。
逃げに転じる残党を追う者、負傷者の手当をする者、現状を把握するべく走る者……誰もが未だ慌ただしげにしているが表情は晴れやかで、久方ぶりの清らかな空気を肺に吸い込む。労い合う仲に最早聖騎士も所属も関係なく、それぞれが個々の役割を全うしたと誇らしげである。
それと同時に、皆がこの大事を乗り切った四人を感謝の気持ちで迎えようとしていた。
彼等が居たから危機を脱することができた、彼等が居たから戦えた、彼等が居たから終わらせることができた……と、今まで聖騎士を軽んじていたとはいえ流石にこれは目を背けられるわけがない。誰もが心の中で感謝と今までの罪悪感を抱き、だからこそ許しを乞い感謝を伝えようと考えていたのだ。
もっとも、山のように連なる亜種の遺体の隙間から出てきた四人が、
「まさか最期の最期で爆ぜるなんて……臭い、自分が満遍なく臭い……こんなドロドロでグチャグチャで悪臭放つ姿を見られたらもうお嫁にいけない……」
「おい待て俺の嫁、どこに嫁に行くつもりだ。ほら俺のコートで拭いて良いから、そう喚くな」
「ふにゃにゃ、ふがふが、ふかー!」
「あぁ、ロッカちゃんがフレーメン反応……ちょっとナックル拭くから尻尾借りるよ」
と、相変わらず緊迫感のない会話と共にダラダラと歩きながら現れたのだから、尊敬も感謝も労いも一瞬にして消え去って冷ややかなものへと変わった。