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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
最終章『むかしむかしの大間違い』
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10


 ジャルダンの後を追って進めば、そこでは数人の騎士達が困惑の表情を浮かべて待ちかまえていた。見ればレリウスの姿もある。

 彼等が戸惑いつつも囲むのは他でもなくスタルス家の聖武器である弓……だが以前に見せて貰った時とは比べものにならないほど今は目映く輝き、一目見ただけで『生きている』ことが分かった。


「……これは」

「さっき突然光り出したんだ。何が起こってるのか、俺にはさっぱりだ」

「力を取り戻した……聖武器が戻ってきてくれたんです。ジャルダン様、射ってみてください!」

「射る? だが矢がないだろ」


 突然聖武器が光り出し、かと思えば射ろと急かされ、ジャルダンが分けがわからないと言いたげに眉間に皺を寄せる。

 だがそれに対しての返答はアランからではなく、聖武器を手にし、そしてそれを兄に差し出すレリウスからだった。


「スタルス家の聖武器に矢は必要ありません。兄上、どうぞ」

「……そうか」


 レリウスに促されるままジャルダンが弓を構える。

 表情こそいまだ信じきれないと言いたげなものだが、それでも真似事のように番える動作をとれば様になっているあたり流石ジャルダンである。

 そうして彼が矢を引くように腕を引いた瞬間、張りつめていた弦が小さく震え、黄金に輝く矢がまるで最初からそこにあったかのように現れた。何もなかったはずの空間だが、今ではハッキリとその姿がみてとれる。誰よりジャルダンが目を丸くさせるあたり、触れている感触や引く手応えもあるのだろう。

 だが次の瞬間には彼はジッと前を見据え「外しても文句を言うなよ」と小さく呟くと解き放つように掴んでいた矢を離した。


 風を切るような高い音をたてて黄金の矢が走る。

 まるで流星の尾のように黄金があとを引く……。


 それも他の騎士を避け、入り組んだ人と獣人の合間を縫い、そして今まさに騎士の一人が獣人に押し負けようとしているところに駆けつけると、猪を模した獣人の頭部を跳ね上がるように射抜いた。

 うねるようなその動きは従来の矢のものではない。ましてや弓を放つ一連の動きからは到底考えられるものではない。まるで意志を持ち自ら判断し仲間の危機に駆けつけたようで、美しいとさえ言える黄金の道筋にアランが吐息を漏らした。

 スタルス家の聖武器に刻まれた文面『放つ矢は民を抜け悪しき者だけを討つ』これがまさにそのことなのだ。

 アランの隣に立つヴィグもまた見惚れるように呆然としていた。だがその拳が強く握られ小さく震えているのは、いまこの瞬間に己の聖武器が拳にはめられていないことを悔やんでいるのか……。


「今のが聖武器の力か……」


 圧倒されるようにジャルダンが矢のあとを眺める。


「ジャルダン様、どんどん放ってください! 大丈夫、気力と根性があれば無制限です!」

「なんだその漠然とした表現は」

「弓の聖武器は持ち主の体力と気力を糧にするので、射手次第では永遠に射ることができます。兄上であればかつての聖騎士に劣らぬ射手になれるでしょう」


 まるでフォローするかのようにレリウスが告げれば―――それを聞いたアランが「そういうことです!」と胸を張るのは、的確なレリウスの説明への便乗である――それに納得したのかジャルダンが頷く。

 そうして己の手に持つ弓をジッと見据え……


「レリウス、弓は扱えるか」


 と、隣に立つ弟を一瞥した。


「兄上?」

「お前は聖騎士に夢を見すぎた。そして俺は聖騎士を過小評価していた。国から処罰されたのはお前だけだが、俺に咎がないわけではない」

「それは……」

「レリウス、共に償おう。俺は第一騎士団を率いる騎士として、そしてお前はかつて聖騎士であったスタルス家の騎士として」

「……はい!」


 まるで意志を継ぐようにジャルダンから弓を受け取り、レリウスが愛おしむようにそれを眺める。

 彼は確かに道を間違えた、だが間違えたのは彼だけではないのだ。

 それを認め合う兄弟の姿を眺めていると、アランとヴィグに声がかかった。振り返ればデルドアが「そんなまさか」とでも言いたげな表情を浮かべている。


「今のがスタルス家の聖武器……俺の魔銃と性能が被ってる!」

「そういうことはまともに魔銃を使ってから言ってください。デルドアさんが獣人にマウントとって額に銃口押しつけている限り、スタルス家の聖武器の方が優れてるかもしれませんよ」

「楽しいんだから仕方ないだろ。この混戦、接射し放題だからな!」

「この接射至上主義(トリガーハッピー)め、テンションあげやがって……」


 いまだかつてない程にいきいきとした表情を浮かべるデルドアにアランとヴィグが文句を言う。もっとも、返事は言い訳でもなくまして開き直りですらなく銃声なのだから呆れて溜息しかでない。

 だが右に構える魔銃を接射用に、左の魔銃を遠距離用にと使い分けているあたり彼なりに戦況を考えているのだろう。ならば良いかと二人で顔を見合わせ、好きにさせることにした。

 彼等(魔物)は思いのまま自由に戦ってこそなのだ。人間のように柵に捕らわれることなく、戦うべきと判断したものを倒し、救いたいものを救う……。それもまた『やる気』という糧に繋がるのだから、口を挟んで戦い方にあれこれ文句を言うのは野暮どころか逆に戦力を削ぎかねない。

 ……だから、


「ねぇ、今の何!? 今のヒューンって飛んだキラキラの何!? 猫科の血が!僕の中の猫科の血があれを追えと訴えてる!」


 と、身を低く構えてお尻と尻尾を振るロッカもまたこれで良いのだ。

 ――今の彼はまるで玩具を前にする子猫のようだが、その白く細い指やワンピースに返り血がついているあたりやはり獣王である――


「ロッカちゃん、あれはスタルス家の聖武器だから後で遊んで貰おうな」

「うん!」


 ヴィグに宥められ、ロッカが落ち着きを見せる。どうやら彼の中で訴えていた猫科の血は素直に納得してくれたようだ……その瞳がレリウスが持つ弓に固定されたままなのは些か気になるが。

 だが次の瞬間、ロッカが「あっ!」と声をあげて両頬を押さえた。いったい突然どうしたのか……ニンマリと嬉しそうに笑っているあたり何か喜ばしいことがあったのだろう。だが何がそこまで彼を笑顔にさせているのかが分からず、駆け寄ってくるロッカをアランが不思議そうに眺めれば隣に立つヴィグが「まさか!」と声をあげた。


「まさかロッカちゃん、ヒゲが!?」

「ヒゲ!?」

「えへへ、そうなの! 今生えたの!」


 相変わらずの可愛らしさで得意げに笑うロッカと『ヒゲ』とは不釣り合いにも程がある。だが本人はまんざらでもないようで得意気に胸を張っているではないか。

 そうしてもったいぶるように両頬からそっと手を離せば……ロッカの柔らかな頬からピョンと三本の毛が左右それぞれ対になるように伸びていた。


 まぎれもなくヒゲである。

 だが動物のヒゲである。


「ロッカちゃん、それ……」

「しなやかで長くて立派でしょ! こんなに立派なヒゲが生えてる獣な男……これからはワイルド系でいった方がいいかな!?」


 キャッキャとワイルド系とは縁遠い黄色い声でロッカが歓喜する。その興奮のしようから、獣王の中でヒゲが生えるということが特別なことだと分かる。……が、それが分かったからといってどう答えればいいのか分からず――少なくともワイルド系はおすすめできない――アランとヴィグが言い淀んだ。

 確かにヒゲが生えたが、ピョンと伸びる猫のヒゲのような代物だ。獣の耳と尻尾、それに胸元のフカフカの毛と併せて考えても、どうにもワイルドとは思えない。むしろヒゲが生えることによって可愛さが増している。

 だがそんなことを言えるわけがなく乾いた笑いで誤魔化せば、やりとりに気付いたデルドアが亜種の額に押しつけていた魔銃を放ってロッカの顔を覗き込んだ。この際、亜種の頭が弾け飛ぶことによって近くにいた騎士に色々なものが飛び散ったのは気にするまい。本人に訴えたところで「うわ、きたねぇ」しか言わないのは分かりきっている。


「風格がでたな」

「でしょ! 戦ってたら興奮してきて『皆を守るんだ!』って決めたら生えたの!」

「そうか、獣王らしいな」


 獣を率いて守る王だからこそ、その対象に人間を含めることによって獣王としての威厳が深まったのだろう。外観こそ可愛いの一言につきるが、高揚のままにあげる咆哮は以前より迫力があり、重圧感と同時に守られている者には安堵を与える。

 それを眺めるデルドアが「ふむ」と小さく呟き、次いでアランの名を呼んだ。


「俺はロッカとは違う。あいつは獣を統べて獣を守る獣王だ。俺は群は守るが統べることはしないし、守ることに対する意識はあいつの方が高い」

「そうですね。獣王の末裔と魔銃の魔物ですし」

「俺がロッカのように抱え込む腕を広げてもきっと何も起こらない。だから……」

「だから?」


 何ですか?と尋ねようとしたアランの視界で銀色が揺れ、赤い瞳が目の前に映りこむ。視界いっぱいに赤が覆ってようやく彼が身を屈めているのだと分かるが、それさえも近すぎてボヤケてしまう。

 そうして次の瞬間、柔らかな感触が唇に伝い……数秒、世界が停止したかのような錯覚の後ゆっくりと唇に触れていたものが離れていった。


「俺の糧はお前だ、アラン」


 そう告げてデルドアが微笑む。蠱惑的に弧を描く唇、先程まで触れていたのは間違いなく……そう理解した瞬間、アランが真っ赤になって悲鳴をあげた。だが次いで聞こえてきた轟音にその悲鳴すらも掻き消されてしまう。

 魔銃の銃口から硝煙があがっている。だが先程の轟音は魔銃の銃声ですら非ではないものだった。地を揺るがさんほどに荒々しく、それでいて爆ぜるような高さもあった。

 その音を探るように慌てて周囲を見回せば、無惨に半壊する亡骸。上半身を四散させたその死に様は辛うじて獣人だと分かる程度で、魔銃で撃たれたにしても剣で斬り殺されたにしても壮絶すぎる。

 さらに周囲では、まるで獣の亡骸が爆ぜて巻き込んだかのように亜種や獣人達が負傷し崩れ呻いているのだ。難を逃れた――逃れた、というよりは元より獲物ではない――騎士達ですら何があったのか理解できないと驚愕の表情で立ち尽くしている。


「散弾銃か、悪くないな」


 満足そうにその惨状を眺めるデルドアに対し、アランは全てを理解すると惨状に青ざめさせていた顔を今度はフツフツと湯気が立ちそうなほどに真っ赤に染めた。


「あ、あの……」

「うん?」

「今の、その、今のは……キ、キスしたから、でしょうか」

「あぁ、そうだ。また補充させてもらうからな」


 よろしく、と頬を擽るように撫でてデルドアが魔銃を構える。そうして返事も聞かずにロングコートを翻して戦場へと戻ってしまうのだ。

 なんて身勝手……と、真っ赤になりつつアランが呟けば、一部始終を見ていたヴィグがフッと小さな笑みをこぼし、


「ロッカちゃん、ちょっとアランを頼む! ロブスワーク家から聖武器を奪ってくる!」


 と、不穏な発言と共に駆けだした。

 それがデルドアを殴るためなのは言うまでもなく、ポッポッと頭上に湯気を飛ばしながらもアランが引き留めようとし……再びグイと肩を捕まれ尻餅をついた。

 本日三度目であり、これにはアランも「ジャルダン様!」と怒りを露わにする。だが振り返った先の人物を見て慌てて立ち上がったのは、そこに居たのがジャルダンではなくコートレス家当主、他でもなくアランの父親だからである。


「お、お父様?」

「……あぁ、すまない」


 アランが尻餅をついたことに驚いたのかそれともジャルダンの名を喚いたことに驚いたのか、らしくなく勢いのない声で返す父にアランも気まずそうに俯く。

 彼の手にはコートレス家の聖武器があり、それがどうにも気になってしまうのだ。あんなに要らないと、返したいと、壊してしまいたいと思っていたのに、今の自分の視線に物欲しそうな色が含まれているのが自分のことながらに分かる。

 そんなアランに対し、コートレス家当主は僅かに考えを巡らせるような様子を見せた後、対の剣を差し出してきた。まるで受け取れと言いたげなその動きにアランが目を丸くさせて彼を見上げる。父の言わんとしていることが分からない。


「……お父様?」

「これを持つべきはお前だ、アルネリア」

「でも、私よりお父様やお兄様の方が戦えるし……」

「私は間違えていた」


 そう自分の非を認める父の言葉にアランが聖武器に視線を向ける。

 彼の言う『間違い』が何のことかは分からない。聖武器が必要となったからと無理矢理に取り上げたことか、守るどころか見向きもせずに聖騎士の柵で縛り続けたことか、アルネリアに聖騎士を押しつけたことか……。

 だがそれを今確認してどうするとアランが自分に言い聞かせ、そっと対の短剣に手を伸ばした。受け取れば馴染みのある重さが伝う。

 徐々に思考がクリアになっていくのは聖武器の加護が働き始めたからだろうか。浸透していく感覚に「これだ」と体が安堵を覚える。


「ありがとうございます、お父様」

「いや、かまわない」

「……あの、一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「どうか私のことはアルネリアではなく『アラン』と呼んでください。私はコートレス家のアルネリアではなく彼等の群のアランです」

「……そうか」


 ポツリと返された父の声がどこか切なげなのは気のせいだろうか。

 だが次いで「アラン」と小さく名を呼ぶあたり了承してくれたのだろう。それを察して、アランが一礼すると踵を返してデルドア達の所へと走っていった。後ろ髪引かれる様子もなく、ましてや振り返ることもない。

 それどころか、


「デルドアさーん、ロッカちゃーん! 見て見てー!返して貰いましたー!」


 と聖武器を見せつけるようにブンブンと振り回すご機嫌ぶりである。

 そうして聖武器を手にしたアランが駆け寄れば、ロッカは抱きついて喜んでくれたのだが、デルドアとヴィグからの返答はなかった。なにせ二人は両手を合わせるようにして力比べの真っ直中なのだ。もちろん、ヴィグの両手には聖武器がはめられているので力は均衡している。



 そんなアランを見送り、コートレス家当主が小さく「間違えていた」と呟いた。

 たまたま近くにいたジャルダンがそれを聞き取り問うように彼を覗き込む。


「私は息子を呼ぶように肩を掴んだ」

「それが、どうなさいました?」

「息子のように掴んだら、倒れてしまった」

「それは……あぁ、だから」


 ジャルダンもまた呟くように返す。彼もまた部下や同僚の騎士を呼ぶようにアランの肩を掴み、そして尻餅をつかせてしまったのだ。

 だが考えてみれば当然、アランは只の少女で鍛え上げられた騎士とは違う。体力も何もかも、体格も身長も全てが劣る。とりわけこの緊迫した中では呼ぶ方も無意識に力が入ってしまうと言うもので、それにアランが耐えられるわけがない。

 不意をついて後ろから肩を掴まれればバランスを崩し、そのまま尻餅をつく。考えてみればどころか考えるまでもなく分かることだ。

 だからあの時、とジャルダンがアランの背を眺めつつ思えば、コートレス家当主が再び「間違えていた」と呟いた。

 その言葉は切なげで悔恨の色を含んでいたが、生憎アランの耳には届かず、ジャルダンだけが溜息と共に自分もですと返した。




 その言葉をアランは聞いていなかった。

 なにせヴィグパパを止めるのに必死で、止めたかと思えばデルドアが再びキスしようと迫ってきて、おまけにロッカが「キャー、破廉恥なのはいけないことだと……は思いません!本能のままに生きるべし!」と煽るのだから、そんなこと聞いている場合ではなかったのだ。




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