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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第一章『ふたりぼっちの聖騎士団』

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7/90

 

 王宮に着くや何十人もの研究員や騎士がアラン達を出迎えてくれた。

 ……といっても彼等の目当てが熊なのは言うまでもなく、労いの言葉もなしにまるで奪うかのように持っていかれてしまう。それどころかデルドアに担がれているアランには視線すら寄越さない――もしかしたら「見ちゃいけない」と考えたのかもしれないが――

 とにかくその態度の悪さと言ったらなく、せめて一言くれてもいいのにと思わずアランが不満そうに頬を膨らませた。聖騎士とは思えない大人気ない態度ではあるが、それほどまでに彼等は横暴過ぎるのだ。あと、フー!と甲高い音を出しながら「なにあいつら!」と威嚇するロッカよりかはマシだろう。

 そんな中、ヴィグは怒ることも不満を訴えることもなく、ただ冷やかに去っていく研究員達の背中を見送っていた。それに気付いたデルドアが小さく感嘆の声をあげるのは、さすが聖騎士団の団長とでも言いたいのか。


「落ち着いてるな」

「どのみち奴らじゃないと調べられないからな。俺達が出来るのはここまでだ」

「ほぉ、案外に冷静だな。見てみろ、お前の可愛い部下は俺に担がれながら膨れっ面だぞ」

「いい加減おろせ。あとアラン、お前もそう露骨に不満そうにするな。どこで誰が見てるか分からないんだぞ」


 まったく、と言いつつヴィグが両手を差し出す。もちろんデルドアから降りるアランがふらつかないように支えるためである。

 その過保護さにアランが苦笑を浮かべつつ、ゆっくりと体を傾けるデルドアにしがみつきながら地面に足をつけた。もうフラつかない、大丈夫だ。

 それを伝える代わりに「運賃は?」と彼を見上げれば、クツクツと楽しげな笑い声と「ご馳走様」という簡素な言葉だけが返ってきた。つまり食事を奢れということなのだろう。なんとも分かりやすく、彼らしい。


「普通、こういう時は遠慮するものじゃありませんか? それが少女を助ける男の魅力ってやつですよ」

「体重ばらしてやろうか」

「ひぃっ! まっ、待って! なんで分かるんですか!?」

「担いだものの重さは大体だが分かる」

「はかり!? やだ、この魔物要らん機能がついてる!」


 キィキィとアランが喚けば、それが回復の証だとヴィグとロッカが肩を竦めて苦笑を浮かべ合う。

 そんなまるで愛でるような視線が妙にばつが悪く、アランが誤魔化すようにコホンと咳払いをした。そうして、さも先程の騒ぎが無かったように「ところで」とヴィグに向き直る。……が、そんなアランの心情など手に取るように分かるのだろう、「どうした」と返すヴィグの瞳のなんと生暖かいことか。思わずアランが「ぐぬぬ」とおかしな声を漏らすほどである。


「と、ところで、ヴィグ団長はあっさりと彼等を見送りましたね。てっきり文句の一つでも言ってやるのかと思いましたよ」

「いや、適材適所だからな。あとは彼等に託そうとおもったんだ」

「……さすが団長」


 ホゥ…とアランが間の抜けた吐息を漏らすのは彼の言葉に心から感心しているからである。

 あんな態度を取られたというのにこの落ち着き、懐の深さ、そして彼等への揺るがぬ信頼。さすが聖騎士団の団長!


「そ、そうですね! あとは彼等に」

「それに、さっき荷台に例の触ると悪臭のつくリスが三匹乗ってきてたからな! あのリスごと研究所に向かうがいい!」

「うわぁ」


 どん引きである。


「せめて一言でも寄越せば追い払ってやったのに、自業自得だな! いやー、この後のあいつらの惨状を考えると気分がいい!」


 ケラケラと笑うヴィグに、アランはもちろんデルドアもロッカも何も言えず「おつかれさま」とポツリと交わし合ってその場を後にした。




「なんか引っかかるんですよね」


 頭に巻いた包帯を――聖武器の加護は適当なもので、完治まではしてくれない――さすりながらアランが呟けば、報告書に黒い塊を描いていたヴィグが「うん?」と首を傾げた。


「なんかって、何がだ?」

「あの熊、妙に甘い匂いがしませんでしたか?」

「そういや、ロッカちゃんが熊の匂い嗅いだあとフレーメン反応だって口開いてたな」

「猫か」

「可愛かったぞ、しばらく口半開きでふがふが言ってた」

「猫か!」


 呆れるようなアランの言葉に、対してヴィグがクツクツと笑う。

 だが彼もまた何かしら思うところがあるのか、一息つくと真剣な面持ちに戻り「だけど確かに」と続けた。


「デルドアもおかしいって言ってたな」

「デルドアさんも?」

「見た目は魔物(同族)なんだが、何か違うって……」


 聞けば、デルドアは感知や何かを探ることは得意ではないらしい。気配を察したり五感で何かを感じ取ったり、そういったことに関しては人間と同程度だという。

 それを聞き「人型だからでしょうか?」とアランが返すもヴィグが首を横に振るう。同じ人型でもロッカはそういったことに特化しているらしい。


「同じ人型でも能力に差があるんですね」

「らしいな。でもロッカちゃんは自慢の鼻がフレーメン反応で馬鹿になって匂いが探れないって」

「やっぱり猫だ!」

「とにかくだな、あいつらも何かしらおかしいと思ってるってことだ」


 そう結論付け、ヴィグが机へと向かう。あれこれ深く考えることを嫌う彼は、今回の件も「何かおかしいけど分からない。分からないものは仕方ない」とでも片付けたのだろう。あっさりと話を切り替えてしまうその姿にアランが彼らしいと苦笑を浮かべつつ、自分も研究員達の結果を待つかとこの話を終いにした。

 ――聖騎士の蔑ろ具合から、研究結果が出ても教えてもらえない可能性があるのだが、その点に関しては問題ない。なに、教えてくれないのであれば結果ごと盗み聞けばいいだけの話……。こういったことに関して、アランとヴィグは逞しいまでの開き直りをみせていた――



 そんな熊騒ぎから数日。アランはたまの休みを自室で快適に過ごし……はしていなかった。布団を頭から被って見事な籠城の姿勢である。

 アランの自室は女性寮にある。これがまた非常に居心地が悪い。

 扉から漏れ聞こえてくる女性達の声がキリキリと胃を痛め、とりわけ昼過ぎのこの時間では一歩廊下に出るだけで誰かしらに遭遇してしまうのだ。アランにとってそれは絶対に避けたい事態である。

 なにせこの寮には王宮内で働く女性がわんさといるのだ。華やかで美しく、品があり、王宮の顔である花達。常に美を保ち、そのうえ聡明。いわば女性のエリートである。

 そんな彼女達に対して、女だてらに騎士の服を纏い、騎士のくせに土掘りハイキング、挙げ句に熊に襲われ荷台で運ばれ……と、エリートとは真逆のアランが気後れしないわけがない。とりわけ女学校も途中までしか出ていないのだからなおのこと。華やかに人生を謳歌する彼女達を見るだけで、アランのコンプレックスに拍車がかかるのだ。


 聖騎士というだけで針のむしろ。その中でも、この寮はとびきり美しく磨かれた針が構えている。


 そんなアランの部屋に、コンコン…と軽快なノック音が響いた。

 次いでガチャリと音がして、ゆっくりと開かれた隙間から顔を出したのは……。


「アラン、生きてるー? それとも死んだー?」


 と、物騒な発言をしてくる女性。アランより七つ年上の王立図書館責任者フィアーナ。

 金の髪は見惚れるほど美しく、黒色の瞳と落ち着いた雰囲気が凛々しさすら感じさせる。非の打ち所のない外観、更に性格は才女であり気っ風のよさから老若男女問わず慕われるという、まさに完璧を突き詰めたような女性。

 そしてこの寮において、唯一アランの気の許せる相手であり、その姿を見てアランが小さく息をつくと同時に「フィアーナさぁん……」と情けない声をあげた。


「砂糖で出来た熊にぶん投げられる夢を見たよぉ……」

「熊って……貴女、やっぱり頭を打って」

「違うの、いろいろとあったの……」


 情けない声で訴えるアランに、フィアーナが溜息をつきつつ部屋に入る。

 手にしているトレーには暖かな湯気をあげるシチューと丸く柔らかそうなパン。それを見た瞬間アランの腹がグゥと空腹を訴えた。


「朝は寝てるだろうと思ったけど昼になっても食堂に来ないし、本当に死んでるんじゃないかと思ったわ」

「……だって食堂には人がいるし」

「あいかわらずね」


 仕方ない、と言いたげにフィアーナがトレーを差し出せば、アランがそれを受け取る。そうしてムグムグと食べ始めれば、フィアーナが苦笑を漏らしつつアランの頭に手をおいた。

 優しく撫でる彼女はまるで姉のようで、そのくすぐったさにシチューを食べつつもアランが小さく笑みをこぼし……


「くまっ!」


 と声をあげて立ち上がった。

 これには流石のフィアーナも目を丸くさせると言うもの。

 もっともアランはそれに対して説明することなく、洋服ダンスから騎士服をひっつかみ羽織ると三つ編みを手早く結び直してブーツに足を突っ込む。そうして最後に枕元に置いてある聖武器と長剣を腰にさし、トンと一度ブーツの爪先で床を叩いて整えた。

 この間わずか数分。年頃の少女の身支度としてはあまりに早く、王宮で働く女性としては品がなさすぎる。

 だがアランはそんなこと気にかける様子なく、残ったパンを口に放り込むとシチューで流し込んだ。


「アラン、今日は休みじゃないの?」

「休みだよ」

「どうして騎士服着るのよ、それに熊?」

「詰め所に行くの。この間の熊の研究結果が今日でるらしく、団長と盗みぎ……聞きみ……し、調べようって話をしてて」

「誰にも言わないから正直に言いなさい」

「団長と盗み聞きしにいく」


 あっさりと認めるアランに、フィアーナが本日何度目かの溜息をつく。

 それに対してアランは咎められているような――まぁ、事実盗み聞きするわけなので咎められるべきなのだろうが――居心地の悪さを感じ、思わず頭を掻いた。姉のように優しい彼女を困らせるのは、やはり実の姉を困らせているようで申し訳なさが募るのだ。


「あの、フィアーナさんごめんなさい……せっかく来てくれたのに」

「いいのよ、私が来たかっただけだから」


 苦笑を浮かべつつゆっくりと腰をあげるフィアーナはまさに姉……どころか母性すら感じさせる。

 そうしてアランの頭を撫で「もう傷は平気なの?」「無理をしちゃだめよ」とあれこれと言ってくるのだ、まるで子供扱いにアランもまた子供のように素直に頷いて返す。


「たまには食堂に顔を出しなさい。みんな心配してるから」


 トレーを片しながら告げるフィアーナに、アランが肩を竦めて返す。

 みんな心配してる?そんなまさか。

 と、だがそれを口にするのは、唯一本当に心配してくれるフィアーナに失礼だし、なによりあまりにも自分が惨めすぎた。




 そうして詰め所に向かい、ヴィグと共に盗み聞き……もとい、調査に励む。

 聖騎士としてあちこちから雑用を押しつけられ動き回っているアランとヴィグからしてみれば、研究所の議会室で行われる報告会を盗み聞くなど造作ないこと。雑用中に見つけた抜け道や隠し通路は全て頭に入っており、倉庫の荷物をずらして壁際に陣取れば議会室の声が聞こえることも随分と前から知っているのだ。

 とりわけ、今回はコップ持参。もちろん逆さにして音を拾うのである。

 古典的ではあるが効果は抜群、壁の向こうで聖騎士二人が聞き耳をたてているなど考えもせず、研究員達が熊の調査結果を報告し始めた。


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