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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
最終章『むかしむかしの大間違い』
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 デルドアの隣を走るアランの胸中は嬉しいやら緊張やらで混乱状態にあった。

 彼が自分を番と認識し、生涯そばにいると言ってくれたことが嬉しく、そんな状況ではないと分かっていても幸福感が胸を暖める。だがその反面ヴィグとロッカと未だ合流できていないことが不安でもあり、ゆえにどちらにも浸れぬ複雑な状況であった。

 そんなアランを察したのか、デルドアの小脇に抱えられたアデリーが光のない瞳で「クァ!」と声をかけてきた。冷やかしているのか励ましているのかわからないが、対してアランは誤魔化すことも取り繕うこともなくホゥと深い息を吐いた。


「嬉しさと不安で土に還っちゃいそう……」

「全ての感情の到達点が土か」


 呆れたと言いたげにデルドアが溜息をつく。それでも時折はアランを気遣って心配そうに視線を向けてくるのだ。もっとも「いざとなったらお前も抱えてやる」という優しさは謹んで辞退申し上げたのだが。

 とにかく、そんな状態で走り――背後からついてくる騎士達から「なんであいつはペンギンを抱えてるんだ?」と疑問が上がってはいるが――出会す亜種達を軒並み魔銃の餌食にしつつ進む。デルドアの絶対的な強さといったらなく、それに続かんと騎士達に瞳にも闘志が宿り始めていた。



「アランちゃん、みーっけた!」


 と、そんな声と同時になにかがアランに抱きついてきたのは城の中を走ってしばらく。思わずアランが悲鳴をあげてしまいそうな突然のこの登場に、誰もが驚いて足を止めた。

 ただ、主の居場所を関知していたアデリーと彼の指示を聞きながら走っていたデルドアだけは平然としているが。


「ロッカちゃん!?」

「アランちゃん無事だったんだねー。良かった、心配したよぉ」

「ロ、ロッカちゃんも無事で良かった……」


 抱きつくだけでは足りないのかまるで小動物のように頬をすり寄せてテンション高く再会を喜ぶロッカに圧倒されつつ、それでもアランが彼の背後にいる人物に視線をとめた。

 白靄のライオンに跨がる藍色の髪の騎士……。


「……団長、ヴィグ団長!」

「アラン!」


 その名を呼び、互いに駆け寄る。

 数時間までは共にいたというのにその姿がひどく懐かしく、あちこちに見える負傷のあとに思わずアランの視界が揺らぐ。


「ヴィグ団長ぉ、良かったぁ!」

「アラン、頑張ったな!」


 互いの無事を確かめるように抱きしめあえば、アランが子供のようにわんわんと泣きだした。ヴィグもつられたのかグズグズと洟をすすり、その再会は劇的と言えば劇的なのだがどうにも子供っぽさを感じさせる。それほどの泣きっぷりである。

 だがそれを誰も口に出さず、危機どころか絶望的ですらあるこの状況を二人だけで乗り切った聖騎士の再会を見守っていた。


「アランちゃん、ヴィグさん良かったね……」


 とは、思わず赤い瞳に涙を溜めるロッカ。ついついホロリときてしまったが、そこを白靄がふわりと浮かんで拭い去ってくれた。

 ――「ありがとうスカイフィッシュさん」というロッカの感謝の言葉に、あいにくと誰も気づかずにいた。この未知の新参者に対して唯一反応してくれそうな二人は今目の前で泣きじゃくっているのだ――

 そんなロッカの隣ではアデリーを降ろしたデルドアが、貰い泣きするロッカとは反対に不満だと言いたげに眉間に皺を寄せていた。そうしておもむろに抱き合う二人に近づくと、ベリと音がしそうなほど豪快に引き剥がして間に割って入った。


「良かったぁー、団長が無事でよかったぁー」


 デルドアが割って入ってきたことを理解していないのか、もはやそれどころではないのか、アランが今度はデルドアに抱きついてわんわんと泣きじゃくる。

 それに対するデルドアの満足そうな表情と言ったら無い。

 ……が、続いて、


「アラン、一人にしてごめんな!」


 と、ヴィグが背後から勢いよく抱きついてくるものだから、これには流石の魔銃の魔物も「うぐっ」とくぐもった声をあげた。


「お、お前等は磁石か……!」


 自分を挟んでわんわんと泣く聖騎士二人に対し、このままでは埒があかないと――あと二人とも結構強くしめつけてくるので――デルドアが引き剥がしにかかる。

 だが次の瞬間、


「僕もひっつくー!」


 と元気よくロッカが飛びついてきて、再び「うぐっ」とくぐもった声をあげる羽目になった。



 そんな相変わらず緊迫感のない再会を果たし、改めて体勢を立て直す。

 幸い周囲に獣人や亜種はいないようで、しばらくは立ち止まって話をしても平気だろうと判断したのだ。そのうえロッカが白靄の獣を数匹呼び出して見張りを命じてくれた。死という柵から脱した獣、とりわけ偵察や見張りに適した獣を呼び出したのだから蟻の子一匹通ることはできないだろう。

 ――そんな話をしたところ、ロッカが得意げにアリクイを呼び出してくれた。そういう意味ではないんだけど……とアランが言い掛けるも、ドヤ顔でペロリと長い舌をだすアリクイの姿に言葉を濁す――

 そうして獣達を見張りへと向かわせるのだが、ヨタヨタとペンギンらしく歩いて見張りに向かうアデリーの後ろ姿の頼もしさと言ったらない。思わずアランがうっとりと見つめれば、足元をやる気に満ちた――満ちているのだと思う――ダイオウグソクムシがカサカサと駆けていった。



「ねぇねぇ、それでどうするの?」


 そう尋ねつつ服の裾を掴んでくるロッカに、アランが彼と少し離れた場所で行われている話し合いを交互に見やった。

 各騎士団の団長や重鎮達、騎士達を率いる者達が今後の動きを話し合っている。もちろんそこに聖騎士は呼ばれていないのだが、それでもアランは口を挟むタイミングはないものかと彼等に視線をやっていた。

 それを察してヴィグが肩を叩いてくる。見上げれば青い瞳がジッと見据え、一度深く頷いてくれた。


「行こうアラン」

「でも、私のあの話は推測でしかなくて……」

「理解して貰えないならそこまで、ってことで良いじゃねぇか」


 な、と和らげに微笑んで同意を求められてアランが素直に頷く。

 そうして重鎮達の輪へと向かえば、いったい何のようかと視線が集められた。聖騎士のアランではとうてい適わない面々。その中には自分の父であるコートレス家当主の姿もあり、彼の瞳に見つめられてアランの緊張が増す。

 この状況で判断を迫られ彼等も余裕がないのだろう、注がれる視線は随分と冷ややかだ。だが彼等も流石に助けて貰った手前、以前のように無碍に扱うこともできないのか「どうした」と声をかけてきた。

 その言葉にアランとヴィグが「お話があります」と恭しく頭を下げて輪に入る。

 ――その背後では自由の国の住人達(デルドアとロッカ)が「どうしたもこうしたも感謝ぐらいしろ」「一人あたりホールケーキ3つ寄越してくれてもいいよ!」と堂々と恩を着せにかかっていた――


「あの、もしかしたら、あくまで私の推測なんですが……亜種がかつての魔物をなぞっている存在だとすると、この城には『魔物を統べるもの』の亜種がいるかもしれません」


 かつて人々を恐怖に陥れ、そして聖騎士に倒された『魔物を統べるもの』

 亜種が全て当時の魔物を模しているのだとしたら、それもまた存在しているはずだとアランは考えていた。少なくとも、城に根付いて人間を捕らえたところを見るにある程度の統率はとられいる、つまり指示を出しているものがいるということだ。

 かつて倒したはずの『魔物を統べるもの』の亜種。この際『亜種を統べるもの』と言った方が正しいか。

 それがいるのだとすれば、聖武器は必須。ほかの獣人達とは格が違い、正真正銘聖武器でしか倒せないのだ。そう訴えればほかの面々も予想はしていたのか、言われなくともと言いたげに頷いて返してきた。


「その時になればコートレス家とロブスワーク家に討ってもらう」

「で、でも……もしかしたら、その二つの聖武器も……」


 確証のない話をすることにアランが戸惑えば、何かに気づいたロッカが「あれ」と声をあげて振り返った。

 誰もがつられて彼の視線を追えば、廊下の先から白靄が近づいてくるのが見える。ライオンと豹と、それに大蛇……と、かなりの戦力ではないか。唸りをあげているところを見るに、獣人を数人倒してきたのかもしれない。


「みんなどうしたの? なんでフーフー(威嚇)してるの?」


 ほかの騎士達が白靄の面子に臆するのに対して、迎えるロッカはこの脳天気さである。

 だがその白靄の中にまるで獣達に守られるように佇む男達の姿を見つけ、キョトンと目を丸くさせた。「どうしたの?」と首を傾げる姿は愛らしいが、ライオンと鼻をくっつけて情報交換する様はなかなかに大胆である。

 もっとも、ロッカが疑問を問うより先に、話し合いの輪にいた各騎士団の団長達が「おまえたち」だの「どうしてここに」だのと声をあげた。城と城下の警備のために置いてきた部下達が追いかけてきたのだから驚くのも無理はないだろう。

 その反応に、アランが居心地悪そうに「呼んだのは私です」と呟くように話しだした。


「あの、勝手な判断で申し訳ないのですが、彼等には各家の聖武器を持ってきていただきました」

「各家の?」


 どういうことだ?と尋ねるジャルダンに、一人の男が弓を手渡す。スタルス家の聖武器、それと交互に視線を向けられてアランが臆するように再び口を開いた。



 ここに来る前、共に戦うと言ってくれたフィアーナに頼んだことこそ、各家を回って誰かに聖武器を持ってきてもらうことだった。騎士の行軍に使えない武器など不要、力を失った聖武器を彼等が持って行っていないことなど容易に予想でき、だからこそ説得をかねて彼女に頼んだのだ。

 王立図書館の責任者であるフィアーナは他家から信頼を寄せられているし、頭も回る。少なくとも聖騎士よりは有効なはず。そう考えての人選だったが、どうやら彼女は見事にアランの期待を果たしてくれたようだ。

 だがそれを説明してもまだ彼等は分からないようで、むしろ力を失った聖武器がどうして今必要なのかと言いたげに怪訝に己の手元の武器を眺めていた。それを見てアランが躊躇うのは、いよいよをもって自分の考えを話す時がきたからだ。


「あ、あの……各家の聖武器は確かに力を失ってしまっています。だから持ってこないのも、いざというときに残った二つの聖武器に任せるのも分かります。でも、もしも私の考えが正しかったら……残った二つの聖武器も力を失ってしまうかもしれない」


 そう呟くようなアランの言葉に誰もが息を呑んだのは、この状況で聖武器が力を失えば討伐隊の壊滅どころか世界の終わりを意味するからである。

 亜種を倒す聖武器、魔物との絶対的な戦力差に対する人間の唯一の武器。だからこそ失う可能性があると分かれば冷静ではいられないのか、数人が問いただすように「どういうことだ」とアランに尋ねた。その緊迫した声色に思わずアランが後ずさるのは、いまだ確証一つなく馬鹿な話だと笑い飛ばされる可能性もあるからだ。

 だがそれでも話さないわけにはいかない。たとえアランの考える粗末な仮説だとしても、思い描く最悪のパターンはそれこそ『最悪』等という表現ではすまされないのだ。聖武器が無くなれば混沌の世界が再び蘇る。それも、もう救いの手が伸ばされることはないだろう。


「聖武器の文面を考えていたんです。そこには『力無きもの』とか『弱き者』とか、まるで普通の人と一緒に戦うようなことが書かれてました」


 同意を求めるようにジャルダンに視線を向ければ、スタルス家の聖武器である弓を手にしていた彼が頷いて返してきた。

 他家の騎士達も同意を示し、なかにはその文面を伝えあっている者もいる。


「だけどおかしいと思いませんか? 聖騎士団は聖騎士だけで組まれた騎士団、ずっと聖騎士だけで戦ってきたんです。ほかの人達と戦ったなんて記録はありません」

「だがそれが聖騎士のあるべき姿だろう。魔物と戦う唯一の武器を持つ者として魔物と戦うのが役目だ」

「その役割は誰が決めたんでしょうか」


 ジャルダンの問いかけにアランが返す。重鎮達の圧迫感にアランが折れかねないと判断してこの場を代表して尋ねてくれているのか、それとも単純に疑問を抱いたのか、怪訝な口調で「それは……」と言葉を濁した。

 そんなジャルダンをはじめ誰もが的確な回答を返せずにいるのは、役割への認識が意識の根底にあるものの理由までは添えられていないからだ。聖騎士団は魔物を倒す集団、ずっと昔から……それこそ文献はおろか物語じみたお話でさえもそうだった。

『そういうものだと』そう考えてきた。


「それは、聖騎士だけが魔物と戦えるから……」

「私はここに来る前に亜種の獣人を殺しました。聖武器ではなく、この代替の剣で」


 そう話しつつ、アランが柄に差しこんだ対の短刀に視線を向ける。

 あの時、獣人の隙をついたとは言えアランは確かにこの短刀で獣人を刺し殺したのだ。聖武器は魔物を殺す術であっても唯一ではない。


「私も団長もいつも『どうして自分達だけ』って思ってました。何かを押し付けられても誰も手伝ってくれない、押し付けた人達でさえ手伝いもしない……。一緒にやれば楽なのに、早く済むのに、どうしてって。その『どうして』が大事だったんです」

「大事って、どういうことだ」

「どうして聖騎士団だけが魔物を討伐しなきゃいけなかったんですか? 確かに聖武器を持っていたけど、でも他の人達だって手伝えることはあったかもしれない、弱い魔物相手なら戦えたし魔物避けだって開発を進めていれば聖騎士が戦う手伝いになれた。なのに皆『魔物と戦うのは聖騎士団』って決めつけて押し付けた」


 捲し立てるようなアランの訴えに誰もが口を挟めずに言葉を飲み込む。ジャルダンも、ましてや現状残っている聖騎士の家系の両当主でさえこの話には何も言えず、それでも難しそうな表情でアランに視線を向けていた。

 彼等の中でも『魔物を倒すのは聖騎士団』という考えがあるのだ。だからこそ聖騎士の家系としてこの戦いに参戦し、いざという時は自分達だけで『統べるもの』を討とうと考えていた。それが聖騎士を継ぐ家系の役割だと。

 だからこそそれを問うアランの話が理解できず、代表してかジャルダンが発言の許可を求めるようにアランの名を呼んだ。


「確かにそうかもしれない。だがそれで聖武器の力が失われたってことか?」

「聖武器の文面は、力無いものと一緒に(・・・)戦うことを訴えてます。強い敵にそれでも抗おうとする人達を守って、共に戦って、一緒に戦場に立つことを望んでいたんです。それなのに魔物の討伐を押し付けられて、それが当り前のようになって誰も手伝わなくなった……」

「それで聖武器が力を失ったっていうのか?」

「失ったというより、もしかしたら人間を見限ったのかもしれません。力を貸そうとしたのに人間は押し付けるだけで一緒に戦わない、って……」


 項垂れるアランの話に誰もが目を丸くさせる。その表情こそ「いったい何の話だ」とでも言いたげだが、それでも何も言えずに居るのは、現に自分達が『聖騎士』に全て押し付けて何一つ手伝わずにいたことは自覚しているからだろう。


「一緒に居てくれたら頑張れたのに」


 そう切なげに呟くアランの声に気まずそうに視線をそらす。唯一同じ境遇のヴィグと、そして聖騎士であろうと構わず一緒にいたデルドアとロッカだけがその姿を見つめている。

 そんな中、ジャルダンが気まずそうに口を開いた。彼もまた聖騎士に何もかも押し付けた身であり、それが愚行であったと知ったからこそ申し訳なさが募るのだろう。


「アラン、だが聖騎士団は」

「その聖騎士団はどうして作られたんでしょう。一番最初に名乗ったのは誰でしょう」

「それは……どの書物でも最初から聖騎士団として在るだろう『聖武器を手に戦う聖騎士団』と……」

「そうです。私達はずっと聖武器と聖騎士を繋げて考えていました。でも違う、聖武器を持たされて、そして奪われて分かりました。(聖騎士)と聖武器は別物です。望むものはまったく違う」

「……それなら聖騎士団は」

「そもそも最初から間違えてたんです。きっと聖騎士なんて特別な名前を名乗っちゃいけなかった、聖武器は『一緒に戦う一人』の武器でありたかった。だから本当は……」


 僅かに瞳を細め、アランがゆっくりと噛みしめるように口を開く。



「本当は、聖騎士団なんて作っちゃいけなかったんです」



 溜息のように吐かれた言葉に、誰もが唖然とするようにアランに視線を向けた。



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