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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
最終章『むかしむかしの大間違い』
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「夕飯なに食おうかな……」


 とは、牢屋の壁に背を預けて座るデルドア。

 その隣ではジャルダンが「お前は本当に自由の国に生きてるな」と呆れたように返した。


「そもそも、魔物であるお前がなんで捕まってるんだ。獣王の末裔も随分と大人しく捕まってただろ」

「何故かって? 理由は簡単だ、やる気が出ない」

「この野郎」


 ひきつった表情を浮かべるジャルダンに、対してデルドアはしれっと「そういうものだ」と告げた。

 第一騎士団のジャルダンからしてみれば戦う力があるのに「やる気が出ない」と戦わず牢屋に閉じこめられているデルドアの存在は不満どころか怒りでしかないのだろう。そんなジャルダンの気持ちが理解でき、それでいてデルドアに文句を言えるわけでもなく、彼等の向かいに座るクロードが困ったように二人を宥めた。

 ――余談だが、後にこの牢屋の割り振りに関してロッカが「えー、そっちなんか若いのばっかじゃん。こっちおじさんばっかで加齢臭で満ち溢れてたのに」と堂々と重鎮(おじさん)達の前で言ってのけ、ジャルダンとクロードを青ざめさせた――


「やる気も何も、それにしたってもう少し抗うとかあっただろ」

「やる気さえ出れば戦えるしここからだって出られるんだが、どうにもなぁ……。やる気も出ないし腹も減ったし微妙に眠いし、全ての要因で魔銃が出ない」

「悉く自由の国の住人だな……」


 呆れを通りこしたとジャルダンが隣を睨みつける。もっとも、例え第一騎士団団長といえど只の人間であるジャルダンに睨みつけられたところでデルドア(魔銃の魔物)が臆するわけがなく、まるで先程の焼き直しのようにわざとらしく「そういうものだ」と返した。

 からかうようなその態度にジャルダンの頬がひきつり、クロードの困惑が増す。おまけにデルドアが欠伸をするやモゾモゾと動いて眠りの体勢をとりはじめたのだ。自由どころではないこの緊迫感の無さに、ジャルダンが一言いってやろうとし……


「アラン」


 と呟かれたデルドアの声と、深く色濃い瞳に言葉を飲み込んだ。

 つい数分前、それどころか数秒前の瞳とはどこか違う赤色。それがどこをというわけでもなく宙を、それでもジッと見つめている。


「ど、どうした……」

「アラン……そうか、来たのか」

「あいつが? どこにいる」


 ジャルダンとクロードが慌てて周囲を伺うもアランの姿はない。この会話を怪訝そうに眺めている仲間と、そして格子の向こうで威嚇するように睨みつけてくる獣人だけだ。

 だがデルドアはそんな二人の疑問に答える素振りなく、己の背中に手を回した。

「何を」とジャルダンが言い掛ける。だがその言葉が途中で止まってしまったのは、骨がきしむ歪な音を聞いたからだ。音の発生源は紛れもなく目の前にいるデルドア。彼の背が歪み、ロングコートの上からだというのにそこでナニカが(うごめ)いているのが分かる。


「おい、それは……」


 尋ねかけたジャルダンの言葉に、まるで回答を示すかのようにデルドアがコートから二丁の銃を引き抜いた。

 背に隠し持っていたにしては大きすぎる銃。赤いグリップには黒の模様が浮かび、なによりその禍々しさと大きさが目を奪う。とうてい一人の男が背中から取り出せるような代物ではない。

 誰もがその光景に唖然とするなか、それでもデルドアだけが平然としながら引金(ひきがね)に指をはわせた。それに対してジャルダンが慌てて制止をかけるのは、こんな狭い牢屋の中で銃を放たれたら大惨事になるのが目に見えているからである。誰を狙うでなくとも壁に当たった跳弾が掠める恐れがあるし、なにより監視に見つかれば良いことにならないのは明白。だからこそ制止をかけるが、デルドアは一つとして聞くことなく引金を引いた。


 その瞬間、轟音が響く。

 だがそれは格子の外、更に奥にある厚い扉の向こうからだ。予想だにしない方向から聞こえてきた銃声に誰もが戸惑いの色を浮かべるが、それでもデルドアが引き金をひくたびに聞こえてくるのだから無関係とは思えない。なにより、引金がひかれ銃声が響く度に銃口から硝煙が上っているのだ。……硝煙だけが(・・・・・)、と言ったほうが正しいか。

 ジャルダンとクロードが分けがわからないと目を丸くさせる。二人だけではなく周囲で絶望に打ちひしがれていた者達もこの事態には顔を上げた。……もちろん、監視の獣人も異変を感じ取って近付いてくる。


「おい、やめろ。近付いてくる」


 慌てて腕を掴んでくるジャルダンをデルドアがチラと一瞥しふいに銃を揺らした。……その先が、まだ細く硝煙があがる銃口がジャルダンの眉間に向けられる。


「……え」


 と小さな声があがる。

 だがそれに対してデルドアは口角を上げたまま、見せつけるように指で引金を叩いた。


(魔物)を信じられるか、ジャルダン・スタルス」

「……デルドア、お前」

「約束しよう、俺はお前を撃たない。だが魔銃の銃口はお前に向いている。さぁどうする?」

「……悪趣味な奴め。良いだろう、引金をひけ」


 覚悟を決めたとジャルダンが了承を告げる。それに対して周囲の騎士達が彼を止めようとするも、ジャルダンは応えることなくただ真っ直ぐにデルドアを見据えて返した。

 その視線を受け、デルドアが赤い瞳を楽しげに細めて引金をひいた。


 轟音が響き、なにかが地に崩れる音がする。


 殆どの騎士達が顔を背けたのは、第一騎士団を率いるジャルダンが撃ち殺される姿など見るに耐えられないからだ。ギルドの戦士達も人の死ぬさまは直視し難いと目を瞑る。

 だが次いで聞こえてきた「ジャルダン様、落ち着いてください!」というクロードの声に誰もが慌てて目を開けた。


 ……目の前ではジャルダンがデルドアの首を絞めている。

 それはそれは怒りを露わにしており「貴様というやつは……!」という彼の掠れるような怒声に怒気が押さえきれないのが分かる。

 対してデルドアはガクガクと揺さぶられつつ「だから撃たないって言ったろ」と平然としていた。彼の手元では未だガチガチと魔銃の引金が引かれて轟音が遠くから聞こえてくるのだが、もはやそれを気にかけている余裕など誰にもない。

 そんな緊迫感皆無な二人に対して、ジャルダンにしがみついて彼を止めるクロードの必死さといったらない。


 なにより周囲の言葉を奪ったのが、格子の向こうで倒れている獣人である。徐々に滲むように広がる血溜まりとピクリともしないその体躯から、この獣人がすでに事切れているのは誰の目にも分かる。

 だがそれが分かったところで理由が分からないのだ。

 デルドアの持つ魔銃は間違いなくジャルダンの眉間に突きつけられていた。獣人とは明後日な方向である。だというのにそれが放たれたあともジャルダンは倒れることも負傷することもなく健在で、それどころか恨めしそうにデルドアの首をしめているではないか。

 意味が分からない。そしてそれはジャルダンにしがみつくクロードも同じなのだろう、皆の意見を代表するかのように「あの……」と恐る恐るデルドアに話しかけた。……ジャルダンを彼から引きはがしつつ。


「あの……どういう仕組みなんでしょうか」

「仕組みもなにも、必ずしも銃口の先にいる奴を撃ち抜かなきゃいけない道理はないだろ」


 さも当然のことだと言いたげなデルドアの発言にクロードが不思議そうな表情で返した。ジャルダンに至っては眉間に皺を寄せて露骨に不快を訴えているが、それでもデルドアは二人に気遣うことなく魔銃の引金を引き続けている。

「近付いてくる……」とクロードが気付いたのは、響く銃声が徐々に大きくなっていることに気付いたからだ。


「俺は俺の撃ちたいものだけを撃ち抜く。今はアランを守るために『アランに仇なすもの』だけを撃ち抜いている」

「アランに仇なす……どこかにいる亜種を撃ってるということか? 間にあるものはどうなる、線上に居ない奴をどうやって撃ちぬく?」

「さぁな、理屈は知らないが理由は俺が撃ち殺したいからってことだけだ。ところで……」


 詳しく説明する気もないのだろうデルドアがさっさと話題を変える。

 その空気の読まなさと身勝手さと言ったらないが、彼の赤い瞳が鋭さを増したのを見て誰もが口を挟めずにいた。冷ややかな空気があたりを包み、獣人から流れる血の生臭くそれでいて甘い香りが漂う。


「ジャルダン、魔銃の銃口から逃げなかったことを評してお前に忠告してやろう」

「今度はなんだ……」

「お前は亜種を撃っていると言ったが、それは間違いだ。俺は今『アランに仇なすもの』を撃っている。それは亜種も人間も関係ない」


 そう告げて、デルドアがチラと牢の一角を一瞥する。

 つられてジャルダンも視線を向ければ、そこには部下に囲まれこちらを見る一人の騎士の姿。訝しげにそれでも視線を向けてくるその男が動くたび、誰かを彷彿とさせる赤い髪が微かに揺れる。

 真っ赤な、まるで赤い海のような髪。その人物が誰かを見間違うわけが無く、そしてデルドアの視線の意味を察してジャルダンが小さく息を呑んだ。


「あの男を俺の視界に入らないようにしろ。そうすれば、お前に免じて魔銃の魔物の(見ずとも撃ち殺せる)この俺が見逃してやる」


 そう凍てつくような冷ややかさで告げるデルドアの言葉に、ジャルダンとクロードが表情を強張らせる。次いでクロードが慌てて騎士達の中に駆け込んで目的の人物に事の次第を告げるのは、その男を失うわけにはいかないからだ。騎士としても貴族としても、そして義父としても……。

 そんな二人のやりとりを横目にデルドアがふんと不満げにそっぽを向いた。視界に少しでも赤髪が映れば目で追ってしまう、だというのにその先にいるのがよりにもよってな人物なのだから不快感は募り、魔銃の弾丸が進路を変えかねないのだ。

 それを聞いたジャルダンが驚いたと言いたげにデルドアの顔を覗きこんだ。


「なんだ?」

「いや、魔物でもそういうことがあるんだなと」


 意外だったと告げるジャルダンの言葉にデルドアが怪訝そうに眉間に皺を寄せる。いったい何が『意外』なのかさっぱり分からないのだ。逆にデルドアからしてみればジャルダンの態度こそ問いたいくらいである。

 だが互いのこの認識の違いを正す間もなく、ガゴン!と今までで一番大きく轟音が響いた。音は変わらず扉の外、だが今の音を聞くに扉のすぐ裏側、それどころか弾丸が扉に向かって放たれたとさえ言える音である。

 現に分厚いはずの扉がギシと歪み、続いて二発三発と轟音が続けばついにはギチギチと音を立てて開かぬはずの方向へと扉が倒れていった。

 その先にいたのは、息を荒くさせるアラン。


「デルドアさん……!」


 その名を呼ぶアランの声には既に安堵が混ざっており、デルドアしか見えていないのだろう何度もその名を呼んで駆け寄る。それを迎えるデルドアも先程までの凍てつくような空気をどこかへ消し去り、柔らかな微笑みすら浮かべていた。


 ……そうして、おもむろに魔銃を取り出すと牢屋の錠を撃ち抜いた。


 豪快な音をたてて錠が壊れ、格子の一部であった扉が易々と開かれる。

 そのあまりにあっさりとした脱出に「最初からそうしろ!」と誰もが思っただろうが勿論いまは口になど出せるわけがなく、ひきつった表情で再会する二人を見守っていた。


「デルドアさん……」

「アラン」


 互いに安堵を浮かべて二人が見つめ合う。

 その光景の美しさと言ったらない。片や赤髪の麗しい少女、片や蠱惑的な魅力の美丈夫、こんな殺風景な――殺風景どころか獣人が死んでいる――牢屋ではなく手入れのされた庭園が背景であったならさぞや絵になっただろう。

 助かったことへの安堵と感謝で誰もがその光景を見守り、一部は苦笑すら浮かべていた。そんな暖かな視線に気付いたアランがはたと我に返り、慌てて捕らわれている者達を確認する。


「ロッカちゃんは別の場所ですか?」

「あぁ、捕まる時に分かれた」

「そっか、それならロッカちゃんとヴィグ団長が上手く合流出来れば……。他の人は? みなさん怪我はありませんか?」


 負傷者はいないかと心配しだすアランに、デルドアが苦笑を浮かべてその頭を叩いた。大丈夫だ、と、そう言葉にしないが伝える。


「少なくともここに捕まっていた奴は大丈夫だ。(つがい)の尻にしかれてる奴に至ってはずっと俺に文句を言ってたくらいだからな」

「そっか、ジャルダン様もここに捕らわれてたんですね」


「その発言でどうして俺の名前が出てくるのか、詳しく聞かせて貰おうか」


 低く地をはうようなジャルダンの声色と、そして首元にあてられた長剣の刃先にアランが思わず悲鳴をあげる。ヒャーと甲高いその声の情けなさといったら無い。


「ジャ、ジャルダン様、ご無事でなにより……」

「俺の質問に答えろ。今のデルドアの発言で、どうして俺の名前を口にした」

「……そ、そんなこと話してる場合じゃありません! もう一カ所にはヴィグ団長が向かっています、急いで合流しましょう!」

「白々しく誤魔化しやがって……」


 チッと舌打ちしつつ剣をしまうジャルダンの姿にアランがホッと胸を撫でおろす。危なかった、恐れるべき最大の存在がここに居た……自業自得なのは否めないが。

 そうして改めて周囲を見回し、そこに自分の父の姿を見て僅かに目を見開いた。兄に囲まれて話をしていた棘の城の王は、視線に気付くと瞳を細めてこちらを見つめ返してくる。

 その手には見覚えのある対の短剣。お父様が……とアランが切なげに呟けば、隣にいたデルドアがグイと肩を掴んできた。抱き寄せられるような体勢に、胸の痛みを覚えたかと思うと一瞬にして鼓動が跳ね上がる。ふわりと漂う硝煙の香りは、ここまで導いてくれたものと同じ香りだ。


「デ、デルドアさん……!?」

「傷つくくらいなら余所を見るな、俺だけを見てろ」

「えっ……!」


 意味深な発言にアランの頬が一瞬にして赤く染まる。そんな場合ではないと分かっていても、彼の纏う空気が、緊迫感のない穏やかな声色が、こんな状況下でも優しげな眼差しが、胸に熱を灯らせ鼓動を高めていくのだ。

 慌ててアランが首を横に振るのは頬に集まる熱を少しでも和らげるためである。そうしてペチペチと両手で頬を軽く叩いて己の思考に冷静を取り戻させる。


 落ち着けアラン・コートレス。

 これはきっといつも通り、他意のない言葉だ。勘違いしてはいけない。


 ……でも。


「あ、あの、デルドアさん!」


 身形や武器を整える面々を横目に、アランが意を決して彼の名を呼んだ。

 それに対して返ってくる「ん?」という声は相変わらず緊張感がなく、まるでいつもの大衆食堂や彼等の家にいるような気軽さではないか。背後の騎士や、観察される獣人の遺体がまるで別世界のようである。

 だがそんなチグハグさも今のアランには関係なく、訴えるように跳ねる心臓を首から下げた弾丸を握ることで押さえつけ口を開いた。


「あの……こ、こんなところで言う話ではないのは分かっています。でも、もしかしたら……こ、これが、こうやって話すのが最後になっちゃうかもしれないから……」

「何言ってるんだ。お前は俺が守るんだから最後になんてなるわけないだろ」

「うぅ……。それはとても嬉しいんですが、でも……その、い、今お伝えしたいことがあってですね……」

「……そうか、ついに気付いたか。確かにマフィンを食べたのは俺達だ」

「いつの話ですか! そうじゃなくて、私が貴方を好きだって話ですよ!」


 勢いのままに告げ、アランの顔がいよいよをもって髪色以上の赤に染まる。周囲では小さなざわつきが上がるが、空気を読んだジャルダンとクロードが外野を余所へとやってくれた。といっても彼等だけで行動できるわけがなく、おおかた壊れた扉の向こうで待機でもしてくれるのだろう。それでも久々にまっとうな空気を読むフォローをされてアランの頬がより赤くなる。

 だがここで誤魔化すわけにはいかないと、意を決するようにデルドアを見上げた。

 彼は赤い瞳でジッと見つめ返してくる。その瞳に、表情に、「アラン?」と呼ぶその声に、彼の気持ちは伺えない。


「人間と魔物では違いがあるのかもしれません、もしかしたら私の言う感覚は理解してもらえないかもしれない。でも、私は貴方が好きなんです。男の人として……人じゃないけど、異性として、特別な感情を抱いてるんです」

「アラン……」

「人間は番とは言わないし、もしかしたら人間と魔物とでは番の意味が違うのかもしれない。でも私は……違いがあっても、それでも私は……」

「アラン、おいアラン」

「私は、貴方のことが……!」



「好きも何も、お前は俺の番だろ」



 ……その瞬間、二人の間に流れた空気と言ったらない。

 アランは言われたことが分からずポカンと間の抜けた表情をし、デルドアは首を傾げている。告白とは思えない二人の様子に生憎と説明をしてやれるものはおらず、おかしな沈黙が漂う。

 だがそんな二人の間に「クェ!」と威勢の良い声が割って入ったのは、いつのまにやらデルドアの足下に白靄のペンギンが現れていたからである。言わずもがなアデリーであり、彼は相変わらず光のない瞳でそれでもクェクェと訴え続けてデルドアのコートの裾を短い羽で叩いた。


「以前にお前に銃弾をやっただろう。それを受け取ったってことは、お前は俺の番ってことだろ?」

「り、理屈が今一つ理解できないのですが……。あれは知人に聞いたって……」

「あぁ、こいつ(アデリー)に聞いた。『添い遂げたい相手がいるんだがどうすればいいのか分からない』って話したら、石をやれば良いって」

「ペンギンの求婚行動じゃないですか! なんでアデリーさんを参考にしちゃったんですか!?」

「飛べない二足歩行だからいけるだろうと思った」

「生き物の分類が大雑把すぎます!」


 キィキィとアランが喚く。だがその頬は相変わらず赤く、それを見たデルドアが苦笑を浮かべて腕をのばしてきた。

 アランの体がなにかにぶつかる、なにかが体を締め付けて包み込んでくる。鼻先をくすぐるような硝煙の香りに抱きしめられているのだと理解し、アランが深く息を吐くと応えるように彼の背に腕を回した。ギュウと強く抱きつけば同じくらいに返してくれる、この応酬がなんとも愛しい。


「安心しろ、何があろうと生涯そばに居て守り抜いてやる」


 そう頭上から降り注ぐデルドアの声に、アランが瞳を細めて頷いて返した。

 群を重視し、それでいて自由。後腐れなく分かれることこそ相手への最大の敬意とし、たとえ親や友人との別れですら惜しまず見送り見送られる。

 そんな魔物である彼が「生涯そばにいる」と言ってくれたのだ。今までは優しくて頼りがいのある言葉だと受け取り勘違いするなと自分に言い聞かせていたが、勘違いも何も言葉通りの、それどころか彼にとっては最上級のプロポーズなのだ。


「魔物と人間が番うなんて、どの文献にも載ってませんよ」


 そうクスクスと笑いながらアランが一際強く抱きつき、かと思えば一転して「さぁ行きましょう!」と踵を返してデルドアの腕からすり抜ける。瞳に浮かべていたハートマークを燃える闘志に切り替えるその変わり様に、デルドアがクツクツと笑いながら頷いて返した。



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