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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
最終章『むかしむかしの大間違い』
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「夕飯何にしようかなー」


 とは、牢屋に入れられてなお緊迫感のないロッカ。

 亜種に捕まり牢に閉じ込められ悲壮感と絶望感を漂わせる騎士やギルドの者達の空気などお構いなしと寝転がってこの調子である。


「せめてデルドアと一緒だったらなぁー、どうしようかなぁー、暇だから帰っちゃおうかなぁー、でも鼻が馬鹿になってて帰り道分かるかなぁー」


 コロンコロンと転がってのこの余裕ぶり、さすが獣王の末裔である。

 やる気が出ずに捕まりこそしたもののロッカからしてみれば獣人の亜種など恐れるに足らず、今だって帰ろうと思えば牢屋など破壊してさっさと帰路につけるのだ。甘ったるい匂いでフレーメン反応どころか鼻が馬鹿になっており迷子になる可能性は高いが。

 ただそれすらもやる気が出ず、コロンコロンと転がって今に至る。ちなみにコロンコロンしているおかげでスカートが捲れてパンツが丸見えになっているのだが、あいにくとそれを指摘してやれる者はこの場にいない。


「あーあ、アランちゃんとヴィグさんが居てくれればなぁー」

「……ヴィグ?」

「うん?」


 項垂れる者達の中から小さく声が上がり、ロッカがキョトンと目を丸くさせて起き上った。

 その声を辿るように騎士達の中に割り込み、声の主である男の目の前で座り込む。他の騎士とは格段に違う上質の服、階級の高さを現す数々の勲章。胸元には家名を誇る刺繍が施され、それを見たロッカがパチンと瞳を瞬かせた。

 男の胸元にある刺繍に見覚えがある……と記憶を辿れば、以前に潜入捜査したパーティーで見た正装姿のヴィグが思い出された。あの時の彼の服に施されていた刺繍と同じだ。


「なんでヴィグさんとおじさんが同じ刺繍なの? 御揃いなの?」

「これはロブスワーク家の家紋だ」

「……ロブスワーク」


 先程までまるで子供のような声色で尋ねていたロッカが家名を聞くや途端にその声色を低くさせた。不機嫌を訴えるように細まる瞳の変わりように、ロブスワーク家の男が僅かながら驚きの色を見せる 。

 彼の人生では今まで一度たりとも家名を名乗ってこんな負の態度を取られたことが無いのだ。大概は敬意を払うか、恐れるか。仮にロッカが外観の通りだったなら後者に分類され、スカートの裾を摘んで慌てて挨拶をしていただろう。


「おじさん、ロブスワーク家なの?」

「あぁそうだ」


 低く警戒するようなロッカの声に、対してロブスワーク家の男が頷いて返す。

 その横から顔を出し「なんて失礼な」とロッカを窘めるのは彼の部下なのだろう。騎士の服、幾つかの勲章。この牢において隣に置くあたり信頼が伺えるが、それすらもロッカを不機嫌にさせた。


「ヴィグさんと同じロブスワーク家……もしかしてヴィグさんのお父さん?」

「この方はロブスワーク家の当主だ」


 だから敬え、とでも言いたいのか嗜める男の言葉に、それでもロッカは態度を改めることなく「ふぅん」と軽く流した。

 それどころかジッとロブスワーク家当主を見据えるのだ。その瞳に敬意の色はなく、睨みつける敵意すら見える。

 例え少女と言えどこの態度は許されないと判断したのか、部下の男が「おい」とロッカを制止しようとし……言葉を飲み込んだ。愛らしい赤い瞳が、長い睫毛を揺らす人形のような瞳が、まるで獲物を前にした獣のような獰猛さを放っている。狭い牢屋に入れられ暑苦しいはずなのに、ロッカの纏う空気にあてられ数人がフルリと体を震わせた。


「ロブスワーク家の当主ってことは、ロブスワーク家の王様?」

「あぁ、そんなところだ」

「なんでヴィグさんに意地悪するの!」


 途端に訴えるように声を荒らげるロッカに周囲が息を呑んだ。ロブスワーク家において、それどころか社交界において、聖騎士の話題を両家にふるのは禁忌となっており、この状況下に陥ってもなお誰一人として二人の騎士の名を口にすることはなかったのだ。

 それはロブスワーク家とコートレス家に睨まれることを恐れてだの口止めされているからだのといった理由ではなく、ただ『そういうもの』なのだと、聖騎士の家系に聖騎士の話を振ってはいけないという暗黙のルールが受け継がれていたからである。

 だが所詮は人間の、それも正式な規約ですらないルール。何十年何百年と受け継がれていようと、獣王が気にかけてやることではない。

 だからこそロッカが「ねぇ、なんで!」と責めるように問えば、周囲が気まずそうに視線を逸らした。だがその白々しい空気すらもロッカの苛立ちを募らせる。

 (むれ)を何より大事とし不要な柵を嫌う魔物にとって理解し難い人間の聖騎士に対する扱い、とりわけ獣を総べる獣王からしてみればロブスワーク家とコートレス家の対応は不満や怒り以上のものを抱かせた。


「なんでヴィグさんを自由にしてあげないの。聖騎士で縛り付けて、それで守らないなんておかしいじゃん!」


 口調こそまるで子供のようだが、臆することもなくロッカが責め立てる。

 グルル…と小さく響く音は彼の中の怒りが熱を持ち始めていることを訴え、赤い瞳の中ではゆっくりと瞳孔が開かれる。


「そうか、君はヴィグと親しくしている魔物の子か……。魔物には分からないだろうが、世間との体裁を守るためにヴィグには」

「魔物も人間も関係ない!」


 続く言葉を聞きたくないと遮るようにロッカが吠える。赤い瞳が獰猛としか言いようのない鋭さでロブスワーク家当主だけを睨みつければ、その青い瞳が僅かに見開かれた。

 目の前の愛らしい少女は、それでいて圧倒的な威圧感を与えるのだ。獅子が狙いを定めたと唸りをあげるような、牙を剥いた大蛇がゆっくりと(うね)って距離を詰めてくるような、真綿で首を絞められているような悪寒すら伝う。

 誰もがその空気に当てられ言葉を無くし、中には額に汗の玉を浮かべている者すら居た。だがそれも仕方あるまい、今の今までその外観に錯覚を覚えていたが、実際はこの狭い牢屋の中に唸る獅子と閉じ込められているようなものなのだ。

 だがそんな人間の怯えも獣王の前には些細なもの。情をかけるに値しないのだろうロッカの唸りが強まり瞳が色濃く開かれる。


「世間とか体裁じゃなくて、腕の中のものを守るのが王様なんだよ! おじさんがロブスワーク家の王様なら、世界中を敵に回したってヴィグさんを守らなきゃいけなかったんだ!それが王様だから!……だから」


 ふいにロッカが言葉尻を弱める。

 そうしてスッ…と小さく息を吸うと、その赤い瞳でロブスワーク家の当主を睨みつけた。愛らしい唇がゆっくりと開かれる。



「お前如きが王を名乗るな」



 その言葉は警告の色もましてや敵意もなく、絶対的な強者が非力な下等生物を踏みつぶすかのような冷ややかさを感じさせた。

 だが次の瞬間その空気すらも一瞬にして掻き消されたのは、扉から一人の騎士が転がり込んできたからだ。転んだのか、それとも獣人にでも投げられたのか、随分と派手な音をたてて壁にぶつかっていったが、それでも当人は無事だったようで「いてて…」と唸りながら軽く頭を振った。藍色の髪が揺れる。


「……ヴィグ」

「ヴィグさんっ!」


 息子を呼ぶ父の声に、ロッカの元気の良い声が被さる。

 それを聞いたヴィグが頭を押さえながら顔を上げ、牢屋へと視線を向け……


「ロッカちゃん!」


 と嬉しそうに駆け寄った。


「ヴィグさん来たんだね! アランちゃんも一緒?」

「アランとは城に入ってから別方向に分かれたんだ。ロッカちゃん、デルドアは? あいつはどこにいる?」

「デルドアとは捕まった時に別れちゃった」

「そうか、別の方か……やっぱりあいつがアランを呼んだんだ。よし、いける。いけるかもしれない!」


 ブツブツと呟きつつ、それでもヴィグの瞳に光が灯る。だがその顔や体はどこも傷だらけでまさに満身創痍といった状態で、ここまで辿りつくのがいかに苦難であったかを物語っている。

 それを見てロッカが格子の隙間から腕を伸ばし、薄く血を流すヴィグの頬に触れた。


「ヴィグさん、ボロボロだぁ」

「そりゃ、俺は碌に戦えないし隠れるの苦手だし。殴られて蹴られて殺される前に逃げてでボロボロだよ。ロッカちゃんかデルドアと会えなきゃ俺の人生終わると思いながらここまで走ってきたし。見よ、この走りながら書いた遺書!」

「走りながら書いたの!? ちょっと余裕あったんじゃない!?」

「ここらへん血が飛び散ってる」

「うわぁ、ミミズだってこんなにのたくらないよ。遺書はビリビリしまーす!」


 キャッキャとはしゃぎながらヴィグの遺書を破くロッカに先程までの絶対的強者のオーラは無い。まるで幼い少女のようで相変わらずの愛らしさ、そうしてニンマリと笑うと格子を掴んだ。

 ロッカの細い腕が鉄の格子に敵うわけがない、そう誰もが思ったことだろう。だがヴィグだけはロッカの手元をチラと一瞥するだけで「やっぱり鍵を探さなくて正解だった」と格子から数歩後退って傍観の姿勢をとった。


 ミシッ……


 と音がする。それを切欠にまるで鉄が軋むような耳障りの悪い音が周囲に響き、その場に居た――ヴィグ以外の――全ての者が表情に驚愕の色を浮かべはじめた。ロッカの手から鉄の格子にヒビが走っているのだ。それどころかギチギチと歪に歪みだし、そうしてロッカが獣らしい咆哮をあげた瞬間、派手な音をたてて格子が砕けちった。

 誰もが息を呑み、鉄の欠片がカラカラと落ちる音を聞きつつも目の前の光景に圧倒されていた。もっとも、当のロッカはと言えばその細く少女のような手をヴィグに突き付け、


「図書館のお姉さんに塗ってもらったマニキュアが剥がれちゃった」


 と訴えていた。


「ロッカちゃん、マニキュアなんて塗ってたんだ」

「出来る獣王は爪にも拘るものなのだよ」


 ドヤと得意げな表情と勿体ぶった口調で自慢するロッカにヴィグがクツクツと笑う。

 そうして改めてヴィグが牢屋へと視線を向けた。そしてそこに見覚えのある人物を見つけ表情を強張らせかけ……ヒョイとロッカに持ち上げられた。

 さすが獣王、片腕で軽々である。


「ロ、ロッカちゃん!?」

「ヴィグさんボロボロだから誰かに運んでもらいなよ」

「ノーダチョウ、ノーゴリラ!」

「こんな時までトラウマが! それじゃライオンさんに……」


 言い掛け、ロッカがジっと一点を見つめる。ヴィグよりも向こう、何もないはずの場所。

 いったい何だとヴィグがその顔を覗きこみ、赤い瞳の中に獣人の姿を見て慌てて背後を振り返った。その瞬間、獣人の大木のような腕が振り下ろされるのを見て誰もが――流石に今回はヴィグでさえも――駄目だと脳裏に悲惨な光景を描く。

 ……が、その腕がロッカを切り裂くでもなくヴィグを薙払うでもなく宙で止まったのは、比べものにならない白く細い腕が止めたからだ。言わずもがなロッカの腕であり、おおよそ捕まったどの面々よりも頼りなげな腕をしている。普通に考えれば折れてしまいそうなその差に、それでも白い腕はビクともせずに大木を押しとどめていた。

 獣人の赤い瞳が揺らぎ、力を込めているのだろう獣らしい腕が震える。

 だがロッカはそれを許す気もないと、片腕でヴィグを持ち上げたまま獣人を睨み上げた。獣人よりも色濃い赤い瞳は彼が獣王の末裔である証、その獣王に危害を加えようとした以上、もはや獣人の中に獣本来の忠義はないのだろう。つまり目の前の亜種は獣王が統べる獣にあらず。だからこそロッカは赤い瞳で獣人を睨みつけ、


「わきまえろ、畜生が」


 と告げた。

 その冷ややかで彼らしからぬ低い声に威圧され、獣人の唸りが小さくなっていく。そうしてついには唸りではなく臆する犬のような甲高い声をあげると、踵を返して走り去ってしまった。


「あ、逃がしちゃった」


 いっけなーい!と脳天気な声でロッカがペロと舌をだす。そのうっかり感の軽さといったら無いが、これこそまさにロッカだとヴィグが笑った。


「ロッカちゃんは相変わらずかっこいいなぁ」

「きゃっ! そんなに誉めないでよー! 誉めても何も出ないよ、ヒゲくらいしか出ないよ!」

「また謙遜を……ヒゲ!? ちょっと待ってヒゲ出るの!?」

「それはさておき、ライオンさん呼ぶからヴィグさん乗せてもらいなよ」

「さておけない! 流石にさておけないだろ!」

「ゴリラさんとダチョウさんがヴィグさんを運びたがってるけど」

「さておこうか!」


 失礼しまーす!と白靄のライオンの背にヴィグが飛び乗れば、それを見たロッカが満足そうに頷いた。

 そうして背後をチラと一瞥すれば、ロッカが砕いた格子の隙間から一人また一人と騎士達が出てくる。もちろんロブスワーク家の当主もそれらに倣い、彼は部下や息子であろう同じ刺繍を纏った者達に囲まれ、それでもこちらに視線を向けていた。

 それに対してロッカがベェと舌をだせば、先程の威圧感も強さも何一つ感じさせない子供らしい態度に誰もが表情を引き攣らせる。

 だが今のロッカからしてみればそんな反応も不満でしかなく、ふんとそっぽを向いて歩き出した。


「行こ、ヴィグさん。早くアランちゃん見つけなきゃ」

「ん……あぁ、そうだな」

「ヴィグさんもアランちゃんも僕が守ってあげる! だって僕は王様だもん!」


 ね!とロッカが満面の笑みを浮かべた瞬間、甘ったるい匂いを掻き消すように周囲に白靄が溢れ、王の呼びかけに呼応する幾百の獣の咆哮が響き渡った。




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