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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
最終章『むかしむかしの大間違い』
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 そんなことが女性・男性それぞれの寮であった翌日、アランは自室のベッドで心地よく目を覚ました。

 この寮を棘の城と考えていた頃には有り得なかった落ち着いた目覚めである。うとうとと微睡む意識と昨夜のフィアーナとシャーリーの就寝の挨拶が脳裏に蘇る。ついつい、

「食堂に行ってシャーリーさんに朝の挨拶をしようかな」

 と、そんなことを考えてしまうくらいにご機嫌なのだ。――これをフィアーナは「アランの懐き始め」と呼ぶ――それと同時に思い出されるのは、昨夜ロッカに言われた、

「一緒に居ようね!」

 という言葉。これもまたアランの胸を暖かくさせる。

 今までの関係を見直して歩み寄ってくれる人がいる、共に居ようとしてくれる人がいる。それがどんなに嬉しいことか……。


 それを思い出しながら身嗜みを整える。

 その最中にポツリと「一緒かぁ……」と呟くのは、純粋な嬉しさもあるがそれとは別に気になることもあるからだ。

 デルドアとロッカは一緒に居ることを望んでくれた。それどころかアランとヴィグが居ないとやる気が出ないとさえ言っていた。だが確かに群を重視し群のために戦う彼等にとって、騎士団だの家系だからだのといった人間の戦う理由は行動するに値せず、『そばに誰がいるか』が最大の理由になるのだろう。

 以前にデルドアが『魔銃はそう簡単に出せるものじゃない。気分と、昼食を食べているか否かによる』と言っていた。あの時はそんな軽いものなのかと驚いたが、彼等の考えに近付けた今なら分かる。名誉や使命感など関係なく、柵に囚われず、自由で、自分の思いのままに彼等は戦うのだ。

 だからこそ、そばに居て共に戦うことを望んでくれた。弱くても、力がなくても……。


「……ん?」


 自分の考えに引っかかりを覚え、アランがふと髪をとかしていた手を止めた。真っ赤な髪が櫛の合間を滑ってサラリと落ちる。

 何か今、大事なことに気付きかけたような……。


 彼等は弱くても良いと言ってくれた、弱くても一緒にいれば『やる気』になるといっていた。

 ならば逆に、自分が「弱いし役に立たない、彼等が戦ってくれるから良いや」と安全な場所に退いてしまったら?

 彼等のやる気は削がれ、それでも戦うことを強いられたら?

 使命だの命令だのと言った柵は何より彼等の嫌うところだ。いや、魔物に限らず誰だって他者が自分の能力をあてにして楽をしていれば良い気分はしない。例え相手が弱くても力が無くても、それが常になれば不満に繋がる。

 そのうえ、見返りもなく感謝も次第に薄れ、いつしかそれが当然のように、そのための集団のように扱われていったら……?


 そこまで考え、アランがゆっくりと、頭の中で今まさに嵌ろうとしているパズルのピースを崩さないようそっと立ち上がった。

 そうして机の上に置いてあった鞄から1冊のノートを取り出す。レリウスから貰ったノート。聖武器と聖騎士団について調べたあげたノート……。

 分厚いそのページをめくり、聖武器に彫り込まれた文面と力を失っていった頃の記述を辿る。聖武器が力を失ったのは世界が平和になった頃、聖騎士団が魔物の討伐を進め、残党を狩り、魔物絡みの小事を片付け……。


 全ての文献は『世界が平和になって倒すべきものがなくなり、聖武器は力を失っていった』とある。アラン自身そう信じていたし、アルネリア時代にもそう言い聞かされていた。このノートにだってそう記されている。だがその一文に視線を止めつつ、アランがふと眉間に皺を寄せた。今更な疑問が浮かびあがる。

 本当にそうなのか? 世界が平和になって倒すべきものが無くなり、だから(・・・)聖武器は力を失ったのか? もっと前に、何か別のことが、もっと分かりやすく単純で、それでいて気付けないことがあるんじゃないか……?


 グルグルと思考が回り、はまりかけのパズルのピースがほんの少しの所で掠めて嵌りきらない。

 そのもどかしさにアランが自棄になりガタンと強めにノートを閉じれば、その衝撃でそばに置いてあった短剣が床に落ちた。


「あっ……」


 しまった、と咄嗟ながらに手を伸ばす。そうして拾い上げ、有り得ないと分かっていても鞘から引き抜いて刃毀れしていないかを確認する。もちろん千年以上錆びることも欠けることもなかった聖武器がこの程度で破損するわけがないのだが、それが分かっていても念のためにと見てしまうのは騎士としての習慣である。そうして案の定傷一つない刃をゆっくりと撫でれば、指先が彫り込まれた文面のわずかな凹凸を伝えてくる。

『対の剣は力無き者を守り悪しき者を断つ』

 それを思い出した瞬間、アランの中でロッカの声が響いた。


「一緒にいようね!」


 と……。

 頭の中でパズルのピースが嵌る。聖武器の文面に書かれている『弱きもの』『民』『力なき者』。それらを時に守り時に庇いそして戦うと聖武器は訴えている。

 もしもそれが聖武器の望みなら。そしてそれが敵わなかったから今があるのだとしたら。



「そうか……もうずっと前から、最初から全部間違えていたんだ。聖騎士団なんて、本当は……」



 言いかけたアランの言葉にノック音が被さる。

 はたと我に返って慌てて扉へと向えば、フィアーナが困ったような表情で佇んでいた。普段ならば入室の許可も窺わずに部屋に入ってくるというのに、今日に限っては視線をそらすように他所を向いて小さくアランの名を呼ぶだけだ。


「フィアーナさん、どうしたの?」

「アラン……今、玄関にね。貴女のお父様がみえてるの」


 その言葉にアランは小さく息を呑み、それでも「聖武器を持って来なさいって」と伝えるフィアーナの言う通り、机の上の短剣を引っ掴んで部屋を出た。




 まるで数年前の焼き直しのようだ……と、そんなことをアランが考えたのは玄関先に立つ父の姿を見たからだ。周囲には異変を感じ取った数人の女性達が伺うようにその姿を眺め、コートレス家当主が女性寮にいったい何の用かと小声で話し合っている。それすらもあの日を思い出させ、短剣を握る手に自然と力が入る。

 連絡もなしに突然女学校に姿を現した父により、聖騎士を押し付けられたあの忌まわしい日。コートレス家の令嬢(アルネリア)として過ごした最後の日……。


「あの……いったい何の用でしょうか。連絡を頂けたら私から御伺いしましたのに……」


 父へと向けられるアランの言葉に警戒と怯えが混ざり、あの日のような親しみはない。

 だがそれに対して気遣う様子も無く、父はアランを見るや直ぐに視線を手元の聖武器へと移した。


「アルネリア、聖武器を返しなさい」

「……え?」

「事情が変わった。聖武器を返しなさい」

「……なんで、お父様……どうして?」

「アルネリア」


 アランの問い掛けに、まるで尋ねることも許さぬと重苦しい声色で父が名前を呼んでくる。

『アルネリア』と。その名前にアランが言葉を飲み込み、それでも顔色を探るように父を見上げた。理由もなしには渡さない、そう睨みつけるような視線と聖武器を握る手に一層力を入れることで訴える。

 それを察したのか「事情が変わった」と再び口にし、コートレス家当主がゆっくりと話し出した。



 亜種の発生源が発見され、その討伐隊が組まれたという。当然聖騎士であるコートレス家にも召集が掛かった。

 だがアランは少女。聖騎士の役割が道化だからこそ聖武器を持たされてはいるが、本来の聖騎士としての役目が必要となればアランは役不足なのだ。地力も経験も何もかも他者より劣り、聖武器を手にし加護を受けて戦うのなら適任は他に居る。それこそ、騎士として名を馳せる次兄のような適任が。

 所詮は代替騎、本来の主演が壇上に上がれば不要の存在なのだ。


「なんて身勝手な……!」


 話を聞いたアランが恨めしいと父を睨みつける。

 だがコートレス家当主(棘の城の王)がたかが一人の道化に臆するわけがなく、淡々と説明をするや「早くしろ」と急かすような視線でアランを見下してくる。例え聖騎士であれど、娘であれど、自分が泥沼に突き落としそのうえ更に棘で射抜かんとしていても、彼はアランに対し威圧的に構え、改めるように「聖武器を返しなさい」と告げるだけなのだ。

 青い瞳に一切の情はなく、風が吹くと赤い髪が揺れる。アランと同じ、燃え盛る炎のように真っ赤な髪……。

 それを眺め、アランがそっと短剣の柄を撫でた。今更ながらに柄が手に馴染んでいることに気付くが、それでも鞘から引き抜く。


「貴方と……」


 小さく呟かれたアランの声に、眼前の男がピクリと眉を動かす。

 だが今のアランにとってはその顔も姿すらも見るのが辛く、向き合うことから逃げるように俯くと引き抜いた短剣をそっと差し出した。


「貴方と同じ髪色が、昔はとても嬉しかった……」


 押し付けるように短剣を手渡し、踵を返して寮へと戻る。

 情けなさと屈辱とそして途方もない喪失感が胸をしめ、頭の中がグルグルと回る。だからこそ、引き留めるようなフィアーナの声も、周囲のざわつきも、そして小さくも漏らされた「すまない」という父の声も、何一つアランの耳には届かなかった。




『なにも理解できない』というわけではない。理屈は分かる。

 道理を考えればコートレス家の判断は至極真っ当と言え、アランとて何事も無くアルネリア(第三者)としてこの決断を聞かされたのなら、そうするのが当然だとすら考えただろう。だからこそ父に聖武器を返したのだ。だけど、こんな不条理があるだろうか。


「でも、亜種の発生源は見つかったんだ……」


 自室のベッドに寝転がり、枕に顔を埋めてしばらく。悔し涙なのかすら分からない混乱した感情を吐き出すように涙を流していたアランがポツリと呟いて顔を上げた。

 ボンヤリとする頭ながらに手早く出かける準備に取り掛かる。着るのはもちろん騎士の服、空の鞘を腰に構えればその軽さに胸が痛む。

 だけど……


「弱くても力がなくても戦わなきゃ……」


 そう泣きそうになる自分を鼓舞し、窓から部屋を飛び出した。




 そうして向かった先は聖騎士の詰所。

 ヴィグは聖騎士として召集を掛けられたのか、それとも自分のように聖武器だけを取り上げられたのか……コートレス家とロブスワーク家が必ずしも同じ判断をしたとは限らず、だからこそ何かあればヴィグは詰所に来るはず。そう考えたのだ。前者であれば一言残すため、そして後者であれば……。せめてヴィグだけでも騎士として召集を掛けられているように、と願ってしまう。コートレス家の令嬢として生まれたアランとは違い、彼は聖騎士のために産み落とされ、そしてそれを知る前は騎士を目指していたのだ。だからせめて、聖騎士を求めるこの召集には……。

 だがそんなアランの願いも、詰所の扉を開けた瞬間、荒れ狂ったその光景を見た瞬間に覆されてしまった。

 椅子が転がり、書類が散らばっている。まさに何者かが暴れたかのようなその光景の中央に立つのは……ヴィグだ。息を切らせ、悔しさも憎悪も何もかも綯い交ぜにしたような苦渋の表情を浮かべている。

 その表情に、その姿に、小さくもらされた声に、憤りを正面からぶつけられたこの部屋の惨状に、彼もまた聖武器だけを取り上げられたのだと知る。

 そのために産み落とされ、そのために生きて、そうして今この時になって聖騎士の称号を奪われたのだ。その不条理さはアランの胸に湧くものとは比べ物にならないだろう。


「……アラン、これは」

「良いですよ。備品なんていくら壊れても、私達にはジャルダン様(お財布)がいますからね」


 そう冗談めいて返し、足元に散らばる書類を靴の先で端に寄せる。

 魔物がどうのと呆れてしまうような理由で押し付けられた仕事だ、書類を紛失したところでさして気にするまでもない。もちろん足跡がついても同じこと。それが嫌なら、そもそも他人に押し付けなければいい話だ。

 そう割り切り、散らばる書類を適当に避けて時に踏んでヴィグに近寄る。まだ少し呼吸が荒れているのか肩が揺れ、青い瞳はアランを見つめつつもそれでもどこか虚空を見ているように虚ろに思える。

 そんなヴィグにアランはそっと手を伸ばし、両手で包むように彼の頬に触れた。ほんの少し熱いのは暴れていたからか、それとも怒りが熱に変わったか、もしくはその両方か。


「聖武器は渡しましたが、私はまだ聖騎士を辞めたわけじゃありません」

「……アラン?」

「あの時の私とは違います。私はもうアルネリアじゃない。大人しく振り回されてなんかやらない!」


 吼えるように訴えるアランの言葉に、僅かにヴィグが目を見開く。

 だが次第にその瞳の色が濃くなり、深く一度頷いて返すとハッキリとアランを見据えて「そうだな」と返した。その声に迷いはなく、それを察したアランがそっと手を離す。


「……そうだ、そうだな。命令だろうが何だろうが、俺達はまだ聖騎士だ。終わらせるのは俺達だ!」

「はいっ!」


 ヴィグの瞳に闘志が宿ったのを見て取り、アランの胸に安堵とそして更なる決意が湧く。


「アラン、準備が出来たらデルドア達のところに行くぞ。もしかしたらギルドからも要請が出てるかもしれない」


 机の引き出しから鉄製のナックルを取り出すヴィグに、アランもまた短剣を取り出して腰の鞘に差し込む。

 もちろん聖武器ではなく、似せて作られた模造品である。「何かあったら」と聖武器と一緒に先代から渡された代物で、いったいどんな『何か』があるのかと自嘲しながら受け取って以降ずっと机の引き出しにしまっていた。

 それがまさかこんな使い時がくるなんて……と、埃を拭き取る。シンプルな柄には細工も何もなく、もちろん刃にも文字は彫り込まれていない。本物の聖武器とは違い質素とさえ言え、それどころか永く使われずにいたため所々に錆や刃毀れが見える。

 だが今はこの対の剣が頼りなのだ。それを考えればなんとも代替騎らしく、アランがそっと柄を撫でると今まで引き出しに眠らせていたことを心の中で詫びた。戻ってこれたら手入れをしよう、刃を打ち直して柄にも細工を彫り込んで、聖武器の代替えではなくこの短剣として在れるように……。


「よしアラン、行くぞ」

「はい」


 そう互いに頷きあい、詰所を出る。

 ……と、扉を開けた瞬間「きゃっ!」と甲高い悲鳴があがった。

 そこに居たのはフィアーナ。突然扉があいたことに驚いたと青い瞳を丸くさせて体を強張らせている。


「フィアーナさん、どうしたの?」

「どうしたのはこっちの台詞よ! 部屋に行ったら貴女はいないし、それに鞄も騎士の服もないし……」


 フィアーナの声が徐々に消えかけ、ついには言葉も紡げずアランを包むように抱きしめた。

 金の髪が柔らかく頬を擽り、仄かに感じる香水の香りと柔らかさにアランが瞳を細めた。自分を包む腕が、触れる体が、小さく震えている。


「アラン、行っちゃ駄目よ。……行かないで」

「フィアーナさん……」

「聖武器は無いのよ? 怪我をしたら……いいえ、怪我じゃすまないかもしれないじゃない」


 行かせまいとしているのか、体に絡まるフィアーナの腕に力が入る。

 ギュッとしがみつくように抱き付かれ、アランもまた応えるように彼女の背を撫でた。


「フィアーナさんごめんね。私、行くよ」

「駄目よアラン、ようやく聖武器から離れられたじゃない。あんなに嫌がって、あんなに苦しんで……ようやく。それなのにどうして……」

「私は私のために行く。代替騎じゃなくて、私のために。絶対に帰ってくるから、だから待ってて」

「アラン……分かったわ。それなら私も行く!」


 決意を新たに、と言った凛々しい表情で宣言するフィアーナに、アランとヴィグは数秒唖然としたのち……。


「「はい?」」


 と間の抜けた声をあげた。


「な、なに言ってるんだフィアーナ嬢! バカなこと言うな!」

「そうだよフィアーナさん、危ないよ!」

「危ないのは貴女達も同じでしょ! 毎日何十何百の本を上げ下げしている王立図書館責任者の腕力をなめないでちょうだい!」


 涙目ながらに得意気に語るフィアーナに、思わずアランとヴィグが顔を見合わせた。

 これはマズい、彼女は本気だ……と。だがもちろんフィアーナを同行させるわけにはいかず、アランが宥めるように彼女の肩を擦った。


「アラン、私足手まといにはならないようにする。だから貴女達と一緒に」

「フィアーナさん、ありがとう。足手まといなんて思わないよ。一緒に戦うって言ってくれて嬉しい……」

「なら私も」

「だからこそ、フィアーナさんにお願いしたいことがあるの。きっと私達よりもフィアーナさんの方が上手く説得できるはず」

「……私が説得?」


 どういうこと?と首を傾げるフィアーナに、つられるようにヴィグも不思議そうな表情を浮かべる。

 そんな二人に対してアランは「ちょっと考えてることがあるんだ……」と前置きをして、自分の考えを話しだした。



 弱くても一緒が良いと言ってくれた。力が無くても一緒に戦うと言ってくれた。

 それを嬉しいと思うゆえのこの考えは、確証も実証もなく単なる推測でしかない。

 だけどもし、その推測が当たっていたのなら……。

 昔々のお話の、その時すでに始まっていた間違いを正せるかもしれない。




9時更新のはずが遅くなり申し訳ありません

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