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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
最終章『むかしむかしの大間違い』
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「亜種の発生源……ですか?」


 不思議そうなアランの問いかけに、隣に座るデルドアが頷いて返す。向かいではヴィグが怪訝そうに眉間に皺を寄せて話を聞いているが、その隣では酒樽に頭を突っ込んでいたロッカが「そうだよー」と間の抜けた声を響かせた。

 場所は今日も今日とて変わらぬ大衆食堂。夕食時を過ぎたこの時間でも店内は人の姿が絶えず、むしろ酒が回り始めたのか喧しさが増して込み入った話をするにはちょうど良い。

 

 現に周囲はこの卓の会話など気にもかけず騒ぎだし、中には騒ぐどころか喧嘩を売って買ってと不穏な空気を醸し出しつつあった。

 といっても、この店において乱闘騒ぎなど日常的なことに過ぎず、誰も止めることなくそれどころか「いいぞ、もっとやれ!」と煽る野次まで飛ぶのだ。

 なんともガラが悪い。今だって殴り合いに何人もが加わり、発端が誰だったか分からぬ状態だ。果には店の椅子やテーブルを引っくり返し、誰からともなく己の武器まで手にし……。


「さすがにガラが悪すぎやしませんか?」


 割れるグラスの音と殴り合いの喧噪にアランが周囲を見回す。

 以前だってお世辞にも品がよいとは言えない店だったが、さすがにこの荒れようは尋常ではない。改めてみれば見覚えのない顔もあり、いかにも流れの者といった風貌の男も少なくない。もちろんそういった輩が観光ではないのは明らかで、自分の実力を見せつけるように喧噪に乗り込んだり警戒するように他者を睨みつけたりと随分と物騒な空気を漂わせていた。

 普段ならば客に負け時と怒鳴り散らし時には喧嘩を売り買いして迷惑な客を蹴り出す店長も、今は大人しく『店長』を勤めていた。彼なりにつきあいきれない連中と考えたのか、どんな喧噪にも無視を決め込んでいるがこめかみに浮かんだ青筋を見るに相当我慢しているのが分かる。

 

 思えばここ最近、アランは給仕ではなく厨房の仕事ばかり任されていた。店内に出るのは決まって昼まで、それが過ぎて酒が注文の(メイン)になるころには皿洗いや明日の仕込みで厨房に戻されてしまうのだ。聖騎士とはいえ娘程の年齢のアランをゴロツキ共の群にやるのは忍びないと思ったのだろうか。

 ――そう思うならそもそも仕事を押し付けないでくれと言いたいところだが、相変わらずそこはそこらしい。聖騎士団を取り巻く環境は変わってきても、飲食業の世界は変わらずシビアなのだ――

 

 とにかく、そんな空気の悪さを感じ取ってアランが不安げに店内に視線をやれば、それを察したデルドアがチラと周囲を一瞥した。どうやら魔物の彼にもこの変化は感じ取れたらしい。


「ここらへんは亜種の出没が多くて発生源が近くにあるんじゃないかと言われてる。それで遠くからも腕利きの奴らが集まってきてるんだろ」

「最近ギルドも人がいっぱいで高額のお仕事は直ぐになくなっちゃうもんね」

「え、それってロッカちゃん達は大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。僕達最近はもっぱら迷い猫と迷い犬探ししてるから!」

「特Sランクなのに!?」


 もったいない、と思わずアランとヴィグが顔を見合わせる。魔銃の魔物と獣王の末裔という世界中の腕利きが束になっても敵わないコンビがペット探し……これを勿体無いと言わずに何を勿体無いと言うのか。

 もっとも、ロッカが獣王であることを考えれば人間より早く迷子の動物を探しだせるのかもしれない――なにせ獣王。彼にかかれば迷い猫や迷い犬どころか海に逃げた迷い魚や森に逃げた迷い虫だって探し出せるだろう――だがそれにしたってあんまりな話だ。まさに宝の持ち腐れ。

 だが本人達は今の仕事で満足しているらしく、迷い猫を捕まえ、その悩みを聞き出しアフターケアまでこなしていると誇らしげに話している。

 そんな話を聞きつつ、アランがポツリと


「亜種の発生源か……」


 と呟いたのは、もしそんなものが実際にあるのだとしたらそれこそ聖騎士の出番だからである。

 そんな囁くような小さな声を聞きとったか、デルドアがアランの名を呼び、返事もましてや自分の方に向くのも待たずに


「なにかあれば必ずそばにいるから、そんな不安そうにするな」


 と、さらりと言いのけた。

 それを聞いたアランの頬がポッと赤く灯る。慌てて俯き、持っていたオレンジジュースのグラスを揺らしてカラカラと氷を鳴らすのは動揺を隠すためである。そうして赤くなりつつも小さく「……はい」と答えれば、それを聞いて頷くデルドアの満足そうな表情といったらない。

 ニマニマとロッカが笑う。いつの間にか出てきていたアデリーも興奮を隠しきれぬと短い手をバタバタと動かしている。――興奮していてもアデリーの瞳は真っ黒で一筋の光も見られない。やはり怖い――

 対してヴィグだけがにこやかに微笑みつつナックルを嵌めて一瞬即発のオーラを醸し出していた。

 そんな三人と一匹の視線に耐えかね、アランがコホンと咳払いをして話を改める。


「でも、私がいると足手まといじゃありませんか?」


 そう尋ねるのは謙遜でも自虐ではなく、アラン自身己の弱さを自覚しているからだ。

 デルドアやロッカのような強さは勿論、ヴィグのような騎士らしい体格すらない。守られて支えられて、ようやく戦いの場に立っていられるのだ。

 デルドアはそばに居てくれると言ってくれたが、逆に考えればアランという守るべき存在がいなければ彼等はもっと自由に己の強さのままに戦えるのではないか……。

 それを訴えれば、ヴィグも言葉尻を濁らせながらも「俺もそうだな」と呟いた。所詮彼も『アランよりは戦える』という程度なのだ。黒騎士と戦った時がそうであったように、デルドアとロッカのフォローがあってロブスワーク家の聖武器を使えている。結局のところ、アランもヴィグも騎士としての地力は他者に劣るのだ。


 だからこそ考える。もしも仮に亜種の発生源とやらがあったとして、それを討ちに行くのであればもっと他に適任がいるのではないか……。コートレス家もロブスワーク家も騎士の名家、現に兄達は家名を名乗るに値する優れた騎士なのだ。

 そうすればデルドアとロッカも自由に戦える。足手まといは大人しくどこかで待っていれば……。

 それを説明するも、どういうわけかデルドアとロッカが怪訝な表情で固まってしまった。その表情が、眉間に寄った皺が、


「こいつらは何の話をしてるんだ?」

「さっぱり理解できないね」


 と訴えている。

 というより、怪訝な表情のままハッキリと「なに馬鹿なこと言ってるんだ」「言ってることが分からないよ」と言ってよこしてきた。

 そこにアランとヴィグを気遣うような色は欠片もなく、本当に心の底から理解出来ないと言いたげである。胸のうちに秘めていた考えを打ち明けたアランとしては、多少なりオブラートが欲しいくらいだ。


「そもそもね、僕達はアランちゃんとヴィグさんがいるから戦うんだよ。逆に言えば、二人が居ないと戦わないし、もし戦わなきゃいけなくなってもめっぽうやる気が出ないし、戦ってる最中でも帰るよ」

「それは相当なレベルでやる気が出てないね……」

「ロッカの言うとおり、尋常じゃなくやる気が出ない。むしろサボる方向で動く、どんなに呼ばれても行かないかもしれない」

「やる気が無いにも程があるだろ」

「だって本当にアランちゃんとヴィグさんが居ないとやる気でないんだもん。第一騎士団の人達がいくら強くて一緒に戦うって言っても無理だし、骨抜いて帰る」


 骨付き肉にかぶり付きながら話すロッカに、デルドアが頷いて同意を示す。

 そうして空いた皿に骨を投げ入れたロッカがペロリと舌で口元を拭うと共に、

「だから一緒に居ようね!」

 と満面の笑みで告げれば、アランとヴィグが顔を見合わせて苦笑を浮かべた。



 そうして夜もふけ寮へと戻る。

 周囲は既に暗く、手持ちのランタンを口に咥えて壁をよじ登ろうと手をかけ……「アラン!」と聞こえてきた声に慌てて振り返った。


「フィアーナふぁん(さん)

「アラン、また壁をよじ登ろうとしてたのね。もう寮は怖くないんだから玄関から入りなさいよ」

「だって玄関から入ると階段を登るのが面倒で……」

「階段より壁の方が良いの!? あなた最近ネコどころかヤモリって呼ばれてるのよ!」

「ヤモリ!?」


 それは酷い!と思わず声を荒らげる。年頃の少女に対して猫扱いならばまだしもヤモリ扱いなのだ。

 ちなみにフィアーナ曰くアランが赤ヤモリでヴィグが青ヤモリらしい。もちろんそれが二人の髪色と壁をよじ登る帰宅方法から来ているのは言うまでもない。


「……ヤモリかぁ」


 予想外の扱いにアランが項垂れれば、フィアーナが小さく溜息をついた。「まったくもう」とでも言いたげな表情だが、その反面彼女の瞳にはアランを愛しむような色も見える。

 そんな二人に声がかかり、見上げればシャーリーが窓からこちらを見下ろしていた。


「フィアーナ、アランを捕まえたの?」

「捕まえたって……」

「えぇ、壁をよじ登る前に捕まえたわ」

「フィアーナさん!?」


 フィアーナにまで物騒な物言いをされ、アランが疑惑の視線を向ける。もしや彼女までヤモリ扱いしているんじゃ……と、だがそんなアランの猜疑心などお構いなしとフィアーナとシャーリーが会話を交わし、それどころか就寝の挨拶にまで至ってしまった。

 本人を前にしてもなおアランの扱いを改める気は無いらしい。

 それでもシャーリーに「おやすみアラン」と声を掛けられれば、例え赤ヤモリだ何だと言われてもアランは嬉しくなって応えてしまうのだ。なんてお手軽。

 そうしてシャーリーが窓を閉めるのを見届ければ、

「さぁアラン、私達も部屋に戻りましょ。玄関から入って、ね」

 とフィアーナに肩を掴まれた。



 そんなやりとりが女性寮であった同時刻、男性寮の壁に並ぶ窓が一つ開かれた。顔を出したのはその部屋の主、極平凡な騎士である。

 そんな彼は不思議そうに周囲を見回し……ギョッと目を丸くさせた。


「ま、魔物の子」


 と、そう呟く彼の視線の先にいるのは、もちろんロッカ。壁をせっせと登っていたところだが、それでも声を掛けられたと気付くや愛らしい満面の笑みで「こんばんは!」と挨拶をするあたり余裕を感じさせる。

 汗一つかかず、それどころか道で出会したかのような爽やかさ。だがロッカがいるのは平坦な道ではなく壁、それもロッカの背にはヴィグが背負われている。背合わせの体勢で腰と胸元をロープで固定し、グースカ寝こけているのだ。

 見かけた男が困惑するのも仕方あるまい。まさに少女といった小柄さと儚さのロッカがヴィグを背負っているというだけで違和感を感じさせるのに、そのうえ壁をよじ登っているのだ。それも平然と。


「えっと……聞いても良いかな、なんでそんなことに?」

「あのね、ヴィグさんが酔っ払って寝ちゃったから運んでるの」

「……なるほど。…って納得していいのかな」

「普段はお店に置いていっちゃうんだけどね、明日朝からお店のお掃除で虫退治の煙を撒くんだって。ヴィグさん虫じゃないから大丈夫だろうけど、起きて煙だらけで虫が死んでたらまたトラウマになっちゃいそうだから僕がお部屋までお届けしてあげるの」

「あ、あぁ……そうなんだ。大変だね」

「どうってことないね! それじゃおやすみなさーい!」

「う、うん、おやすみ……気を付けて」


 元気に挨拶するやワシワシと豪快に登っていくロッカに、残された男は呆然とその姿を見送り、やがてパタンと窓を閉めた。

 赤ヤモリ青ヤモリに続き、子持ち茶ヤモリが発生した……と、そんな噂が流れたのはそれから数日後のこと。


 翌日の大事件が明け、聖騎士団が廃止されて直ぐである。




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