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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第四章『聖騎士団の本当の話』
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 デルドア達の家へと近付けば近付くほど道の途中に転がる白靄が増え、揺らぎながら緩慢な動きをとる獣の姿を映し出していた。魂のない獣だ、そこに苦痛はないのだろう、それでも動きたいように四肢が動いてくれず藻掻く様は見ていて気分の良いものではない。

 なにより、その獣達全てが詰所へと向いているのだ。王のために馳せ参じ、そして体の自由が利かなくなってもなお王のために動こうとしている……その光景と、そして導くように木に撃ち込まれている銃弾の跡に自然とアランとヴィグの足が速まる。

 間違いない、なにかがあった。それもよっぽどの何か……。


 そうして息を切らせながら辿り着いた彼等の家。先日は動物達と仲良く生活し、洗濯物が風にはためくという長閑な光景が広がっていたそこには、

「半端なくもたれる……胃がもたれる……」

 と、木にもたれ掛かって胃を押さえるデルドアと、

「ヘナ、ヘナナナ、モカァー……」

 と、もはや人語ですらない声をあげて地に伏せるロッカの姿があった。


「デルドアさん! ロッカちゃん!」

「アラン! デルドアを看ろ!」


 ヴィグが声を荒らげてロッカの元へと駆け寄る。アランもまた彼の指示に応えるようにデルドアの元へと向かえば、力なく地に腰を落とし背を木に預けていた彼がひどく緩慢に顔を上げた。顔色は悪く、額に汗が浮かんでいる。赤い瞳は力なく揺らぎ、誰が見ても異常事態だと分かる。

 その様子にアランの胸が押しつぶされそうな程にしめあげられ、しきりに彼の名を呼ぶと共に肩をさすった。

 ボンヤリと虚ろな瞳が痛々しい。だがそれでも「アラン」と名を呼ばれれば僅かな安堵が胸に浮かぶ。不安で涙ぐんでいたのか、そっと伸ばされた手が頬に触れ、彼の指先が目尻を拭ってくる。微かに香る硝煙の香りがなんとも彼らしい。


「大丈夫ですか?」

「あぁ、少し……怠いだけだ」

「ヴィグ団長、ロッカちゃんの様子は?」

「モカモカしてヘナヘナしてるらしい。とりあえず立てないって」

「それってまさか……」


 妙な予感が胸を過ぎり小さく呟いたアランの言葉に、カサと葉を踏みつぶす音が被さった。慌てて顔を上げて振り返れば、そこにいたのは……フレグル。

 普段通り仕立ての良い服装は森の中ではひどく浮いて見え、磨かれた靴に付着する土汚れがより場違い感を際立たせている。


「フレグル様、どうしてここに……」


 言い掛け、アランが彼の手元に視線を止めた。小さな陶器、そこから細く長い煙がのぼっている。

 お香だろうか、しかし森の中で香など無意味なはずだ。……只の香であれば。


「……まさか、魔物避け」

「やはり気付きましたか。ですがこれは貴女の大事な本に書かれているものより優れているんですよ。ほら、見てください」


 得意げに話すフレグルをアランが忌々しげに睨みつけ、それでも促されるままに周囲を見回した。

 デルドアが木にもたれかかって項垂れている。ロッカは座ることも出来ないのか地にうずくまり、その周囲を囲う白靄も力なく漂っている。強い風が一度吹き抜けば掻き消されてしまいそうなほどだ。

 魔銃の魔物と獣王の末裔がこの有様……。確かに、千年前の子供騙しとは比べられない。


「成果が分かったならそれで良いじゃないですか。早くそれをどこかに持って行ってください」

「何を言ってるんですか。これはもう『魔物避け』等というレベルではありません。魔物を弱めて、そして打ち倒すまでに至ったのです」

「……え」


 聞こえてきた不穏な単語に、アランが言葉もないと小さな声を漏らす。

 腰にさした対の短剣にそっと手を伸ばすのは、フレグルの目が少しも笑っていないからだ。品が良く、いかにも研究員といった物腰で話しているのに、言葉の端々や僅かな視線の動きが寒気を呼ぶ。


「う、打ち倒すって……この二人は害のない魔物です。そんな……」

「害があろうが無かろうが関係ありません。魔物も、亜種も、全てこの香が弱体化してくれますから」

「魔物も亜種も、どっちも聖騎士(俺達)の分野だ。王立研究員ごときが勝手に動くんじゃねぇ」


 怒気を含んだヴィグの言葉にアランが振り返れば、今まで一度たりとも見たことのない冷ややかな表情でヴィグがフレグルを睨みつけていた。その手にはナックルが握られており、傍らでは彼の上着を体にかけたロッカがまるで弱った猫のように体を丸めている。


「ひとの土俵に土足で踏み込みやがって、魔物を打ち倒すだと? 英雄にでもなるつもりか」

「あなた方には関係のない話でしょう」

「……はぁ?」


 どういう意味だ、と嫌悪と疑問を綯い交ぜにした表情を浮かべるヴィグに、対してアランは「やっぱり」と小さく呟いた。

 ヴィグが説明を求めるように視線を向けてくる。その瞳はまだ怒気が消しきれておらず、彼らしくないその重圧にそれでもアランは頷いて返した。


「最近、魔物も亜種も多く出没するようになってきました。そのぶん聖騎士の活躍の場が増えてきて、今までの『倒すべき相手を失った役立たず』の汚名が拭われてきた」


 ほんの少しだが、聖騎士団を包む世界が変わりつつあった。

 洞窟での一件以降、第一騎士団からの嫌がらせや嘲笑はなくなり、ストレス発散の合同訓練に至っては二度と行わないと騎士団長のジャルダンが約束してくれた。国のトップを誇る第一騎士団が変われば他の者達も変わらざるをえないのだろう、第二騎士団、第三騎士団とそれに続いてくれた。

 棘が抜け始めたのは寮だけではないのだ。小さな交流が、ゆっくりとだが全体に伝わりはじめている……。


「だからこそ、それが都合が悪かったんじゃないですか? 聖騎士が役目を全うしなくなって、だからこそ自分達で魔物や亜種を倒そうと考えた、そうじゃありませんか!?」

「アラン、なにを……聖騎士(俺達)の役目は魔物を倒すことだろ」

「ずっとそうだと思ってた、ずっと昔はそうだった。でも今は違う、今の聖騎士(私達)は『そういうもの』であることを押しつけられた。聖騎士なんて聞こえは良いけど、結局は只の道化なんです!」


 ハッキリと――それでもヴィグからの視線には逃げるように顔をそらし――アランが告げれば、フレグルが冷ややかな笑みを浮かべた。

 何も答えない、だがその嘲笑を濃くした笑みが何よりの肯定である。


 何年も、何十年も……いや、何百年もかけて聖騎士は『そういうもの』に上書きされてきた。

 仮にも名家出身、ゆえに殺されるような大事には至らず、それでいて家の名誉の為にと途中で途絶えさせることもない。一人に押しつけ割り切ることで家名には傷がつかず周囲には一切の害が及ばず、そうして聖騎士という的を得て周囲の考えが一つになる。あざ笑うことでストレスを発散させ、あれ(聖騎士)よりマシだと不満を宥め下を見て安堵する。

 皆やっているから、昔からそうだったから、家族だって見限っているから、そういうものだから。

 その感覚が何百年もの間にゆっくりと蔓延し、それが当然となってしまった。最早そこに明確な悪意や罪悪感等なく『そういうもの』を『そういうもの』として扱ったに過ぎない。子供の苛めのような幼稚な悪循環は、深い裏も緻密な企みもなく人間の薄汚れた薄情さだけで繋がれてきたのだ。

「くだらねぇ」とは、木にもたれ掛かるデルドアの言葉。いまだ体の不調は重いのだろう、吐き出される言葉は嫌悪感を隠そうともしていない。


「だけど、亜種が出没したことでその悪循環が壊れ掛けている。道化が聖騎士に戻り掛けて、聖騎士に道化を押し付けて保っていた秩序が崩れてきた……だからこんなことをしたんじゃありませんか?」


 まくし立てるようなアランの問いかけに、それでもフレグルは笑みを浮かべたままだ。その変わらぬ態度が妙に薄ら寒く、アランの背に冷たいものが走る。

 例えばこの世界が一つの教室だとして、聖騎士という虐められっ子がいて他の生徒が団結していた。なかには数人、この虐め(悪循環)について疑問を抱く者がいたかもしれないが、教室中に異論を訴えることなど容易に出来るわけがない。標的に至っては尚更、必死の訴えは更なる嘲笑を呼び、虐め(悪循環)がエスカレートするだけだ。


「くっだらねぇ、なぁロッカ……」

「ねぇ、本当に……メダカさんの学校の方がもっと知的で平和だよ。まぁ、たまに大きなお魚さんとかザリガニさんが来て生徒が食べられちゃうけど……」

「嫌な学級崩壊だな……」


 ゼェゼェと呼吸も荒く不調を隠しきれず、それでデルドアとロッカが間の抜けた会話を交わす。彼等からしてみれば、何百年もかけて悪意を繋げるというこの人間臭さは心底呆れてしまうものなのだろう。

 だがフレグルにしてみれば「くだらない」等という魔物からの批判は不快でしかないようで、顔に張り付けた笑みはそのままにチッと響くような舌打ちをしてきた。きっと彼からしてみれば、魔物からの批判も、それに対して苦笑を浮かべて返すアランとヴィグも『何百年も続いていた秩序』を乱すものでしかないのだ。


「アランちゃん、近くの小川にメダカさんの学校があるから、そこに転入しなよぉ……」

「いや、別に本当に学校で起こってる問題ってわけじゃないからね。例えだよ」

「おいデルドア、小川のメダカの学校って……」

「なるほど、どうりでザリガニ釣りしてるのにメダカが入れ食いだったわけだ」

「学級崩壊してたぁー……」


 メダカさんごめんねぇー、と力なく謝罪するロッカに、デルドアが「キャッチ&リリース主義だ」と明後日な言い訳をする。――この際だから何故デルドアとヴィグがザリガニ釣りなんかしていたのかは尋ねるまい。多分暇すぎたのだろう――

 とにかく、デルドアとロッカの会話は――内容こそ普段通り空気を読んでいないが――随分と力ないもので、だいぶ参っているようだとアランとヴィグが顔を見合わせて頷きあった。


「フレグル様、王立研究所が魔物避けを開発していようがどうしようが、私達にだって関係ありません。だからさっさと、その香を持ってどこかへ行ってください」


 アランの声にも自然と怒気が混ざる。辛うじて敬語を保ててはいるが今すぐにでも怒鳴りつけてやりたいぐらいなのだ。なにせ背後ではデルドアとロッカが苦しそうに呻いている。

 だがフレグルにはそんなアランの怒気が伝わっていないのか、チッと再び舌打ちが響いた。


「分かっているんですか? 私は王立研究所の代表、そのうえ魔物避けの開発にも成功した身。私が働きかければ貴方達の立場はおろか、家にだって」

「関係ない」


 フレグルの言葉を遮るようにヴィグが呟き、両の拳にはめたナックルをぶつけ合う。その瞬間に響く固い鉄の音は彼なりの警告である。アランもそれに負けじと腰元から対の短剣を引き抜けば、刃が鞘を抜ける小気味よい音が周囲に響いた。

 それを見て、はじめてフレグルの表情に焦りの色が浮かびはじめた。二人の聖騎士が自分に向けて(・・・・・・)武器を構えていることに、そしてその意味に、ようやく気付いたのだ。それでも家名がどうのと訴えれば、再びヴィグがナックルを打ち鳴らした。甲高く響く最終警告の音に、フレグルが息を呑むのがアランにも分かった。


「家名も何も関係ない。群の仲間が危機にあるんだ、道化のままじゃいられねぇ」


 吐き捨てるようなヴィグの言葉を聞いてフレグルが青ざめる。

 だが最終警告を鳴らしたヴィグは既に話し合う気も失ったのか、彼の焦りの様子にもお構いなしにと歩き出した。アランもそれに倣い、ヴィグの歩幅に合わせてフレグルへと歩み寄る。もちろん、短剣を握ったまま。


「せ、聖騎士ごときが王立研究所の代表に暴力を振るってたたで済むと思ってるのか!」

「アラン、今何時だ」

「六時を過ぎました

 葉を踏みつぶす音をたてながらアランとヴィグが足早に進む。

 二人の気迫を感じ取ったのかフレグルが後ずさるが、歩む速度が違うため距離はすぐに詰まってしまう。アランもヴィグも、彼の制止を聞く気もなければ聖武器を握る拳を緩める気もないのだ。もちろん、今更な「話し合おう」等という言葉にいたっては欠片も耳に入ってこない。


「聖騎士のくせに、魔物の肩をもって人間を襲うのか!」

「アラン、聖騎士団の勤務時間は?」

「九時から六時です」

「そういうわけだ、フレグル」

「本日の聖騎士団の営業は終了いたしました」


 喚くフレグルの声を聞きつつ、アランとヴィグがゆっくりと腕を上げる。

 そうして、


「「おつかれさまでした!」」


 と声を揃えて勢いよくフレグルの顔面へと拳を振り下ろした。


 ゴッと鈍い音が響き、衝撃で気を失ったフレグルが白目を向いて背中から倒れていく。その瞬間に香の陶器が割れ、ヴィグが靴裏で擦り潰すようにして燻りを消す。――その後「靴が汚れた」とフレグルの服に靴裏の泥を擦り付けているのだが、もちろん誰も咎めたりなどしない――


「そいつ、殴って大丈夫なのか……?」


 とは、香が消えて幾分調子が戻ったのか木に手をつきつつも立ち上がりフレグルに視線をやるデルドア。その言葉にアランとヴィグは顔を見合わせ、


「人間に咎められたっていいさ」

「えぇ、もういいんです」


 と肩を竦めて見せた。



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