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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第四章『聖騎士団の本当の話』
59/90

12

 

 その翌日、アランとヴィグは一通りの仕事を終えると優雅に紅茶を飲みつつ昨夜シャーリー達から貰ったクッキーを食べていた。

 さすが名店だけあり紅茶と良く合い、クッキーを一口かじっただけで濃厚なバターの甘さが口に広がる。今日も今日とて雑用に励んでいた身には染み込むような美味さである。――余談だが、三時のおやつは別に食べている。ジャルダン・スタルスという巨大な後ろ盾(お財布)を得た今、聖騎士団にとって三時のおやつも立派な業務内容の一つ。そのためのお菓子は費用として処理されるため、自前のこの焼き菓子はまた別腹なのだ。この理屈が通るのだから、ジャルダン(ナイス)スタルス(お財布)様様である――

 そうして紅茶とクッキーを堪能しつつ雑談を続ける。話題が何度も昨夜のことに戻ってしまうのはシャーリー達に理解して貰えたことへの嬉しさと、あとやはりクッキーが美味しいからだ。「デルドアさんとロッカちゃんの分を先に取り分けておいて良かった」と、思わずそんなことを考えてしまうくらいである。


「良かったなアラン、寮で過ごしやすくなったじゃないか」

「はい、本当に嬉しくて……。ところで団長の方はどうだったんですか?」

「……部屋の前にいかがわしい本が置いてあった」

「なんとも男性寮らしい」

「それも何か、こう……色々とな。それで、どうすれば良いのか分からなかったから、さっきお前の巣に放り込んでおいた」

「ひとの巣に何てものを!」


 思わずアランが声を荒らげる。神聖な――雪崩は起こるが――資料室に不謹慎極まりないものが投下されてしまった、そうアランが責めるように睨みつければ、ヴィグがバツが悪そうに「本当にどうすれば良いのか分からなかったんだ」と言い訳をしだした。拗ねるようなその表情は元々の凛々しさと見目の良さが相まって妙な情けなさを感じさせる。気まずそうに視線を逸らせばまるで叱られる子供のようではないか。

 だがそんなヴィグに対してアランが溜息をつきつつ許してしまうのは、他でもなくヴィグの事情(・・・・・・)を知っているからである。

 その為に産み落とされその為の人生を歩んできた彼は、周囲からも“その為用”として扱われてきた。どこまでも浅く、ゼロに近しい人間関係。親しい者を作ろうにも誰もが一定の距離を保って離れてしまい、結果的に彼の対人感覚は少しばかりおかしな方向に曲がってしまい今に至るのだ。

 ――アランに対して「俺の可愛いアラン」と宣言し独占欲を見せつつも恋愛感情に至らないのが良い例である。その口振りこそ陽気に聞こえるが、依存とも言えるだろう。父親状態(ヴィグパパ)もしかり――

 といっても、他者との距離がとれないだの対人恐怖症だのといったレベルではないのだが、少なくともいかがわしい本の処理について話を出来るような人間関係は築けなかったのだろう。とりわけ、唯一親しくしているのがデルドアとロッカなのだから一般的な感覚と差が出るのも仕方あるまい。それを思えば「自分でどうにかしてください」等と突き放したことを言えるわけがない。

 もっとも、アランとてヴィグのことを言えるほど俗世に長けているわけではない。――流石にアランはいかがわしい本を他人の部屋に放り込むほど歪んではいないが――普通の少女として過ごしたアルネリア時代と、その後もフィアーナが居てくれたおかげで多少マシなぐらいだ。

 例えば、聖夜だのといった煌びやかな日は決まって寮には独り身がばかりが残りお通夜ムードになる。それを汲んで恋人のいる者は予定が無くとも一日外出しなければならない……といった仕来りなどは、フィアーナに教えてもらうまで気付かなかった。……気付きたくもなかったが。


「クロードやジャルダン様に教えて貰ったらどうですか? 二人とも結婚するまで寮に住んでたはずですし、そういうの知ってるはずですよ」

「なんて言い出せばいいんだ?」

「『こういう本ってどう処理すれば良い?』って……うん、気まずいですね」

「だろ。そういうわけで、俺はお前の巣に放り込んだ」


 自分は間違っていないとでも言いたげに胸を張るヴィグに、アランが忌々しげに睨んで返す。だが次いで「私がクロードに話してあげますよ」と妥協案を見せるのは、他でもなくアランにフィアーナが居てくれたようにヴィグにも誰かと願うからだ。寮で生活するため、今まで嫌われそして嫌っていた世間に受け入れられるため、その第一歩として手を取ってくれる相手……。その相手候補がクロードやジャルダンだと言うのならば、喜んで「ヴィグ団長にいかがわしい本の処理の仕方を教えてあげて!」と彼等に申し出てみせよう。

 ――きっとクロードは困惑しつつ了承し、ジャルダンは心底呆れたと言いたげな表情を浮かべることだろう。フィアーナは「アランと私の仲はいかがわしい本なんかで繋がってないわ!」と怒りだしそうだ――

 そんなことを話しながら互いに空になったカップに紅茶を注ぎ合う。

 今まで寮での暮らし方などまったく考えず、誰にも出くわさない深夜に壁をよじ登って帰宅し、誰にも出くわさない早朝に窓から出かける……それが常であった聖騎士団にとって初めて直面する問題である。


「まぁ、俺はアランの巣に放り込めば良いから大丈夫なんだけど、お前がそこまで言うなら」

「何一つ大丈夫じゃないですし。今度どっちかに話しておきますから、ちゃんと聞いておいてくださいね」

「はいはい分かりまし……うわっ!」


 微妙にやる気のない返しをしていたヴィグが慌てて立ち上がる。突然のその反応にアランも驚いて彼に視線をやり……目を丸くさせた。

 ヴィグのカップに何かが突き刺さっている。……いや、突き刺さるというよりはカップの中からそそり立っていると言った方が正しいか。ユラユラと揺れる小指サイズの白靄は……。


「チンアナゴ?」


 なんでここに?とアランが疑問符を頭上に浮かべれば、次いで彼女の手元のカップがカタンと揺れた。

 今度はいったい何だと視線を落とせば、カップの中で(うごめ)く巨大なダンゴムシ……もとい、ダイオウグソクムシ。カップにジャストフィットで嵌っているのは百歩譲って良いとして、どうして裏返しなのか。数多の足が忙しなく蠢くその光景に思わず悲鳴があがる。


「ロ、ロッカちゃんなんでよりによってこの組み合わせを……!」


 もう少しマシな選出をしてくれればいいのに、と、そう嘆きながら刺激しないようそっとカップを視界の外へと移す。ただでさえダイオウグソクムシは見た目のインパクトが強いと言うのに、そのうえ裏面はワサワサと無数の足が動いているのだ、視界の隅に置いておくのも厳しい。もっとも、助けてもらった恩があるので口にはしないし、一応クッキーの欠片をカップに投げ込むことで歓迎の意思を示してみる。

 だがそんな長閑な――ダイオウグソクムシの裏面にはちょっと背筋に寒いものが走るが――空気を破ったのは、高く弾けるような轟音と、室内にあった掛け時計が甲高い音と共に弾け地面に落下する衝撃音だった。


「な、なに……!?」

「おい何だ、どうして時計が!」


 ヴィグが慌てて地面に転がる掛け時計へと駆け寄る。

 アランもそれに続けば、多数の破片や金具を床に散らばり衝撃がどれほどだったかを物語っている。


「……おい、アランこれ」


 呟くように話しかけ、ヴィグが振り返るように掛け時計を見せつけてきた。

 突然耳をつんざくような轟音と共に弾け床へと落ちていった掛け時計は、短針こそ5と6の間に止まっているが長針は無くなっている。衝撃で外れてどこかに飛んでしまったのか、露見するバネや小さなパーツが機械と分かっていても痛々しい。

 なにより、その文字盤には黒い焦げ跡と硝煙が細く立ち込めており、その陰惨な有様にアランが小さく息を呑んだ。

 銃弾だ。それがまるで目の前で放たれたかのように時計を貫通している。だが詰所にいるアランとヴィグに気付かれず掛け時計だけを撃ちぬくなど出来るわけがない。

 外からならば壁や窓を貫通させなければならず、だが見たところ掛け時計に繋がる線上にそんな跡は一つとしてなかった。もちろん、窓や扉は閉まっている。

 つまりこの状況において掛け時計だけを撃ち落とすなど、どんなに銃の名手であろうと人間の出来る技ではないのだ。……あくまで、人間の(・・・)常識の範囲内ではあるが。


「……デルドアさん。どうして」


 ポツリとその名を口にし、アランが我に返るや慌ててテーブルへと視線を向けた。

 アランのカップではいまだ裏返ったダイオウグソクムシが蠢いているし、ヴィグの飲んでいたコップからはチンアナゴが顔を出してユラユラと揺れながらこちらを見ている。

 傍から見れば深海面白生物大集合といった光景ではあるが、その組み合わせにアランは以前に聞いたロッカの言葉を思い出した。



『ダイオウグソクムシさん達がね、一番反応早かったんだよ。次点はチンアナゴさん』



 以前に洞窟の落盤に巻き込まれ、ジャルダンと共に濁流を流された時だ。その時にロッカの呼んだダイオウグソクムシが助けてくれ、後にこの生物が一番反応が早く次いでチンアナゴだったと聞いた。

 つまり咄嗟にこの二種が何かに反応し、詰め所まで来たのだ。いや、もしかしたらこの二種だけ(・・・・)が詰所まで来られたのかもしれない。

 そこまで考え、アランは己の中でサァと血の気がひいていくのを感じた。


 例えば、ロッカが何かしらの危機にあり、反応の早い二種が助けを求めるべく詰所を訪れたとか。

 例えば、デルドアが何かしらの危機にあり、それを伝えるために魔銃で掛け時計だけを撃ちぬいたとか。


「……団長、なにかあったのかもしれません」

「よし、アラン聖武器を持て。二人の家に行くぞ!」

「はい!」


 互いに声を掛けあい、掛け時計もカップも何もかもそのままに詰所を飛び出す。

 そうして何度も通った彼等の家へと駆け出せば、その途中あちこちに白靄の動物達が倒れ込んでいるのを見つけ、アランが焦燥感に耐え切れないと下唇を噛んだ。





時間がずれてしまい申し訳ありませんでした。

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