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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第四章『聖騎士団の本当の話』
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11

 

 魔物避けのリスクが広まった頃、現れたのが聖騎士団である。

 魔物を倒す聖武器をもつ騎士達。彼らの登場により人々は希望を抱き、そして世界は救われ今に至る。結果的に見れば魔物避けは十数年程度の代物でしかなく、あえて語る価値もない些末な事柄として数千年の歴史の中で黙殺されていた。

 今残されている文献や物語もそのすべてが聖騎士に注視しているため、ろくに記載が残されていない。アランとて、文献を読みあさって初めて知ったぐらいなのだ。


「それでも、なかには詳しく書かれているものもあるんです。まぁ、本当に片手の冊数ですけど」

「それをフレグルが持って行ったと」


 ヴィグが先を促すように尋ねれば、アランが頷いて返す。フレグルが二日間にわたって資料室から持ち去っていった本はどれも魔物避けについての記載がある本だ。仮にも巣の主。探せと命じられれば記憶にも残るし、なにより日頃雪崩を起こしてはいるが手元の本の把握はしている。

 それに加えて先日と先程のデルドアとロッカの反応……。王立研究所が魔物避けの開発を進めていると考えて間違いないだろう。向こうは向こうでなにかしらの資料があり、息詰まったか最後の一押しか更なる資料を求めて詰め所を訪れたに違いない。

 ……というのがアランの推測である。あくまで確証はないが、それでも突飛な発想というほど見当違いではないと踏んでいる。


「王立研究所は早くから亜種の存在を知っていますし、それで開発をしていたのかも」

「でもそれなら俺達に話をしても良いはずだよな。さすがに聖騎士を爪弾きにして良いレベルの問題じゃないし」

「そこなんですよねぇ。亜種のことをよく分かってない騎士達ならまだしも、王立研究所だし。冷静に考えれば聖騎士と組んだ方が効率的って分かるはずなんですけど……」


 アランとヴィグが互いに首を傾げあう。

 日頃から軽んじられ呼ばれずが常の聖騎士ではあるが、さすがに魔物避けとなれば話は別だ。魔物に関してならば第一人者という自負がある。

 だからこそ、どうして……と埒のあかない疑問を交わしていると、デルドアが紅茶を一口飲んで「それにしても」と話しだした。いつの間にやらパンを持ってきているあたりお腹がすいたらしく、ロッカが「燃費が悪い」と文句を言っている。


「その魔物避けってのはなんで開発を止めたんだ?」

「だから聖騎士が現れたからですよ」

「開発は続けて、聖騎士と一緒に戦えば良かったじゃないか」


 パンを一口放り込みながら話すデルドアに、ロッカが「ねぇ」と頷く。ちゃっかりとパンを半分千切って奪っているあたり、どうやらこちらも燃費が悪いようだ。


「その魔物避けって、さっきのみたいに僕達がヘナヘナのモカモカになっちゃうんでしょ? それ使って聖騎士と一緒に戦えばもっと楽に魔物退治できたかもしれないじゃん」

「まぁ、俺達が言う話でもないけどな。退治される側だし」

「それは確かに」


 うん、と二人が頷きあう。なにせデルドアもロッカも魔物、それも魔銃の魔物と獣王の末裔という魔物の中でもトップクラスの存在なのだ。千年前ならば誰もが彼等を恐れ、目の前にすれば魔物避けも効果がないと絶望を抱いただろう。

 それが今や「魔物避けで協力出来たかもしれない」だの「一緒に戦う方法があったかもしれない」だのと、魔物退治の効率性を問うている。それに対してアランもヴィグもなにも返せずに唖然としているのは『聖騎士と力を合わせる』等と考えもしなかったからだ。

 そんな話はどの文献をさかのぼっても一つとして残されていない。どの話でもどの戦いの記録でも、聖騎士団は聖武器を持つ騎士達だけで形成されて戦ってきた。聖騎士以外は魔物に抗う術もない、ただの足手まといでしかない。


 だが確かに、デルドアやロッカの言うとおり魔物避けの開発が進んでいればそれなりに使える物になっていたかもしれない。聖騎士と並んで……とまではいかずとも、戦場に立ちサポートするぐらいならば可能だっただろう。

 魔物の動きを制限させるなり、弱い魔物を引受けるなりできたはずだ。弱くても、聖武器の加護がなくても、それでも一緒に……。


「……ん?」


 あれ、とアランが首を傾げる。今なにか引っかかったような、なにか思い出しかけたような何とも言えない感覚がしたのだ。

 だがそれがいったい何なのか探ったところで明確なものはなく、なにかが胸につかえているようなもどかしさすらしてくる。


「アラン、どうした?」

「いえ、なんか引っかかるような……」

「アランちゃん大丈夫? パン丸飲みする?」

「別に魚の骨が引っかかったわけじゃないよ」


 大丈夫、とロッカを安心させるもデルドアがパンを千切って差し出してきた。丸飲みしろ、ということなのだろうか。無言の優しさが今は邪魔でしかない。

 だが説明しようにも胸のつかえはアラン自身理解できないもので、ならばとパンを受け取り大人しく口に放り込む。そうして芳ばしくフカフカとモチモチ具合を堪能するも、やはり何かがつっかえたような気がしてならかなった。




 魔物避けの研究が今になって再会することはおかしなことではない。亜種の出没が増えているし、先日の第一騎士団との件では魔物の狼が群で生息していることが判明した。

 国民の安全のために……と動くのはむしろ当然のことである。


 だけど何かが引っかかる、だけどいったい何が引っかかっているのか……。


 結局判明しなかったもどかしさを抱えたままアランは寮へと戻り、普段通り壁に足をかけて登りはじめた。時には並列して生えている木に足をかけたりと、毎日辿っているコースなだけに最早考えるまでもなく手足が動く。……誇れることではないけれど。

 だがその途中でガラリと窓が開く音が聞こえ、アランが慌ててベランダの影に身を隠した。


「あら、いないわよ」


 とは、窓から身を乗り出すシャーリー。

 随分とラフな寝間着姿を見るに、あの部屋が彼女の自室なのだろうか。次いで「今足音がしたわよ」と別の女性が身を乗り出してきた。

 幸いアランが身を隠した場所は彼女達から死角になっているようで、「見えない、居ない」と交わされる言葉に思わずホッと胸をなで下ろす。だが、


「……チッチッチッチ」

「流石に出てこないわね」


 と、そんな会話が聞こえてきて思わず「猫扱いか!」と立ち上がりかけた。だが寸でのところで思い留まったのは、この流れで姿を現せば明日あたりは猫じゃらしで誘い出されかねないからだ。

 だからこそ文句を飲み込み、再び聞こえてきた「魚を焼いてくれば良かったわ」という声にも無視を決め込みベランダの影に身を寄せる。


「ねぇ、シャーリー。やっぱり会うのは無理なんじゃない? あれは猫か忍びの類よ」

「でも部屋の前で陣取ってたらあの子察して野営しそうじゃない」

「そうね、早く渡さないとクッキーがしけっちゃうし……」


 そんな二人の会話に、アランが「クッキー?」と首を傾げた……と、同時にズリと足がすべり暗い中に靴底が擦れる音が響く。

 しまったと自分の迂闊さを悔やむが遅い。靴裏についていた小石が転がり、まるで「ここに居るぞ」と訴えているかのようにカンカンと細い音をあげて落ちていった。


「今の!」

「いるわ!」

「……チチチチ」

「それじゃ駄目よシャーリー、ここは鰹節で!」


「あの、流石にここまで来れば大人しく出てきますから」


 これにはアランも姿を出さざるを得ない。

 やりとりの間抜けさを強調するかのように窓から垂れ下がったリボンが風に揺れているが、もしやあれで吊り上げようとしていたのだろうか。鰹節がフワと風に乗って舞う光景がさらに場の空気を言い得ぬものに変えていく。

 そんなアランの呆れを察したのか、シャーリーとその隣で鰹節を撒いていた女性がひきつった笑みを浮かべた。


「じょ、冗談よ……」

「ねぇ……」


 という乾いた笑いが本気だったと物語っている。


「そ、それよりアランに渡す物があるのよ!」

「……鰹節ですか?」

「違うわよ、鰹節から離れて! はいこれ!」


 そう勢いよく渡されたのは小さな袋。

 赤いリボンを口に捲いた、薄いピンク色の可愛い袋だ。中には紙のレースが敷かれており、クッキーをはじめとする焼き菓子が詰められている。オーソドックスなものからチョコと合わせて柄のはいったもの、ドライフルーツの飾られたもの……と、随分とバリエーション豊かだ。

 どこかの店の菓子だろうか、そう考えてアランが袋を眺めれば、赤いリボンに白抜きの店名が印字されているのが見えた。その店名に思わず目を丸くさせてしまうのは、それ程までに有名な店だからである。

 国外からシェフを呼び寄せたその焼き菓子屋は、味も値段も一級品。アルネリアだった頃はよく取り寄せたし、誰かに贈りもした。……つまり、貴族御用達の店というわけだ。

 そんな店の菓子を渡され、アランがわけが分からず手元の袋とシャーリー達に交互に視線を向けた。

 クッキーが数十枚と焼き菓子のセット、店名と量を考えるに相当な値段の品物だろう。菓子に興味のない者が聞けば、一度では信じられず二度三度と聞き返すくらいに違いない。

 少なくとも、こんな窓辺で「はいこれ」と渡されるようなものではない。

 ――もっとも、アランとてアルネリア時代はさして気にすることもなくこの店の菓子を人に贈り贈られもしたのだが、聖騎士になり雑用の果てに金を得るようになって価値観が変わってきた。というより、大衆食堂で食べて市街地のタルトを買って……と価値観がだいぶ庶民的になったと言える――

 とにかく、受け取ったもののどうすれば良いのか分からずにいると、シャーリーが少し臆したように「昨日……」と話しだした。


「昨日、私達あなたに酷いことしちゃったじゃない?」

「鳥黐と投網?」

「結構根に持ってるのね」

「対策に手袋を用意するぐらいには」


 ほら、とアランが両手を見せれば、その手には薄い手袋。

 鳥黐にはまったら手袋を脱いで逃げようと考えていたのだ。それを察してシャーリーが「もうやらないわよ」と呟くのは、彼女なりにやりすぎたと自覚があるからか。


「それで、どうしてお菓子を?」

「その……私達ようやく気付いたの」

「気付いた?」

「私達、ずっと聖騎士はそういうものだって……その、下に見て良いものっていうか……」


 本人を前に「蔑む」とは口に出せないのか、シャーリー達が言葉を濁しながら申し訳なさそうに顔を見合わせる。


「でも、気付いたの。貴女は聖騎士である前に一人の女の子だって……」

「どうして今まで気付かなかったのかしら。……ごめんなさい、アラン」

「みんな貴女に謝ろうと思ってるの。でもほら、大勢で詰め寄るとあなた鼻血出しそうだから、それで……」


 チラとシャーリーがアランの手元へと視線を向ける。

 そこにあるのは勿論、菓子だ。

 つまりこれは詫びの品ということなのだろう。まさかそんなものを貰えるとは思っていなかったアランが慌てて手の中に視線を落とした。


「そんな……そんな風に思ってくれていたなんて……」

「アラン、すぐに信用してくれなんて言える立場じゃないのは分かってる。でも、これからはちゃんと寮で休んでちょうだい」

「フィアーナに聞いたの、ここは貴女にとって棘の城だって。でももう大丈夫だから」


 今までの後ろめたさがあるからか、遠回しに、それでも信頼を得ようとしてくる二人にアランが頷いて返し、菓子の包みを抱きしめるように持ち直すと礼を告げて返した。「明日、皆で食べる」と、その言葉に自分たちの気持ちが伝わったことに安堵したのか二人の表情が和らぐ。そうして互いに就寝の挨拶を交わしあい、アランは彼女達に見送られるように壁をよじ登って自室へと戻っていった。

 ……壁をよじ登って。


「あれは直らないわね」

「そうね」


 と、そんな会話が交わされたのだが、生憎とご機嫌で雨樋の縁を歩くアランの耳には届かなかった。





「玄関のここらへんに…」

「もう少し上の方が良いんじゃない?」

「二人共、何を話してるの? 玄関の工事?」

「あらフィアーナ。調度いいわ、貴女も一緒に考えて」

「ほら、扉の下に動物用の扉を付けるのってペット愛好家の間であるじゃない?」

「えぇ、猫や犬が通れるようにするやつね」


「「それをアランのために作ってあげようと思って」」


「……待って」

「あんまり大きな扉にすると警戒して使わなさそうだから、ぎりぎりアランと荷物が通れるくらいが良いわね」

「色は扉と同じ色にしましょう。多分目立つ色にすると近付かないわ」

「あのね、あなたたち……アランは玄関だけじゃなくて廊下も全てが怖いのよ。だから……」

「「だから?」」



「そういうわけで、貴女の通り道を補整したり壁に手をかける部分をつくったの。安心して壁を登って雨樋を走り抜けてちょうだい」

「わぁいありがとう……」



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