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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第四章『聖騎士団の本当の話』
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「そんなことがあって昨夜は大変だったんですが……団長のほうが大変だったみたいですね」


 とは、詰所にて昨夜のことを話すアラン。

 向かいに座るのはもちろんヴィグなのだが、彼は机に突っ伏してグデンとダラケた姿勢をとっていた。騎士とは思えないだらしなさだが、昨夜男性寮でも一悶着あったというではないか。その疲労がいまだ残っているらしく、目の前に置かれたタルトが一口も減っていないあたり相当だと分かる。

 聞けば、昨夜ヴィグが自室に戻るべく屋根を歩いていると煌々と光る人工的な明かりが追いかけてきたという。


「それで、逃げるまもなくデカイ野郎に担がれて椅子に縛り上げられて尋問だ……くそ、まだ関節がいてぇ」


 悔しげに唸るヴィグの手首には真っ赤なロープのあと。それどころか足やら肩やらあちこちに縄の跡があるではないか。いったいどんな縛られ方をされたのやら……男性寮のノリは女性寮とは勝手が違うらしい。

 居た堪れない……と思わずアランが 目をそらし、一口大にカットしたタルトをヴィグの口元に運んでやる。


 これは要介護だ。主に心の面で。


 なにせ女性寮においてアランにはフィアーナという強い味方がいて助けてくれたが、男性寮のヴィグには味方がいない。ジャルダンもクロードも妻帯者故に寮には住んでおらず、独身者の集まりだからこそ誰も止めることなく尋問会が盛り上がったのだろう。しかも男性寮にはロッカが骨抜きにした者達が大量にいるのだから、問いただす熱は女性寮の比ではなかったはずだ。

 ヴィグ曰く、ひたすら質問攻めにあったがその九割以上がロッカについてだったらしい。試しにデルドアに関しての質問はないのかと尋ねたところ、男には興味がないと断言されたという。

 なんとも男性寮らしい話ではあるが、よくよく考えてみればロッカも男。それも内面は大分男らしい。


「もちろんそれは説明した。ロッカちゃんは見た目は可愛いが男だ、それもかなり男らしい、むしろ雄だって何度も言ってやった」

「だいぶ推しますね」

「俺はロッカちゃんが木にくくりつけた痴漢に蜜ぶちまけて捕まえたクワガタで虫相撲大会に優勝したあの日から男扱いを徹底してる」

「あぁ、あの時の」


 懐かしい。確かあれは暑い夏の日……。とアランが思い出に耽るも、コホンと聞こえてきたヴィグの咳払いで我に返った。


「それで、俺はしきりにロッカちゃんは男だと訴えたわけだ。で、どうなったと思う?」

「どうって……」

「諦めたのが四割、頑なに信じないのが一割、『それでもあの可愛さなら』って迷いだすのが二割だ」

「団長、計算おかしいですよ。あと三割残ってます」

「……残りの三割は、男だと知ったら逆に熱意的に食いついてきた」

「……うわぁ」


 それは……と思わずアランが顔を背ける。ヴィグの窶れさえ感じさせる様子を見るに残り三割の食い付きはかなりの勢いだったのだろう。思わず鳥黐に文句を言っていた自分を恥じてしまう。

 そうして再びゴンと机に額をつけて無気力ポーズをとるヴィグに、アランが労いの視線を向け……コンコンと聞こえてきたノック音に揃って顔を上げた。

 この音は……と自然と昨日の記憶が蘇り慌てて扉を開ければ、案の定昨日と同じ男が立っていた。

 王立研究所代表、名前は確かフレグルといったか。今日も今日とて堅苦しい正装に身を包んでいる。


「あ、あの、おはようございます。本日は……」

「またいくつか本をお借りしたいのですが」

「えぇ、構いませんけど……」


 相変わらず淡々と要件だけを告げてくるフレグルをアランが窺うように見上げる。紫がかった瞳は何を考えているのか分からず、それでいて「なにか不満でもあるのか」と言いたげな色合いでアランを見下ろして返す。堂々としている、というよりは威圧的と言ったほうが正しいだろう。

 ちらと一瞥すればヴィグは変わらずテーブルに突っ伏したままだ。その態度にアランは溜息をつきつつ、それでもフレグルを資料室へと案内した。


 そうして数十分後、相変わらず長居はするまいと言いたげにフレグルか詰所を去って行く。先日と寸分違わぬ挨拶はいかにも定型文といったもので心など微塵も込められておらず、何を調べているのかというアランの質問にもやはり返事はない。

 それでも……とアランが手元のスカーフに視線を落とす。本で指を切ったアランにフレグルが差し出してくれたものだ。いかに王立研究所の代表様といえど指が痛いと悄気げるアランを無視するほどの非道ではなかったようだ。もっとも、礼を言うアランに対しての「返していただかなくて結構」という言葉は柔からな布質のスカーフが凍りつかんばかりに冷ややかだったのだが。


「で、そのスカーフをどうするんだ?」

「ヴィグ団長、ちょっと出掛けませんか?」


 王立研究所じゃ出来ない実験をしましょう、と誘ってくるアランに、ヴィグが分からないながらも頷いて立ち上がった。




「テルドアー、屋根の穴塞がったー?」

「あぁ、今終わっ……まだだ」

「さては踏み抜いたな!」


 壊してどうするのさ!とピィピィと怒りをあらわにしつつ洗濯物を干すロッカ、彼が見上げる屋根の上には木板を打ち付けるデルドア。

 二人の頭上をチチと鳥が歌うように鳴きながらクルクルと飛び回り、まるでロッカを手伝うようにリスが彼の足元にある洗濯かごを覗きこんでいる。その横を走り回る野うさぎのなんと愛らしいことか。ゆっくりと草場から現れた小鹿の背には野ねずみが二匹乗っており、ロッカからチーズを貰うとご機嫌にそれを齧りだした。

 その光景はなんとも長閑で微笑ましく……、


「想像以上にメルヘンだな」


 と、ポツリと呟かれたヴィグの言葉にアランも思わず頷いてしまう。

 そんな二人に気付いたのか、頭上を飛んでいた小鳥がチチッと鳴いてロッカの肩にとまると彼の耳へと嘴を寄せた。まるで内緒話をしているかのような姿は相変わらずメルヘンである。 

 もっとも、そんなメルヘンぶりを抜きにして実際に会話が行われていたのだろう、ロッカが嬉しそうな表情で振り返った。


「アランちゃん!ヴィグさん!」

「ロッカちゃんこんにちは、ちょっと確認したいことがあるんだけどお邪魔して良いかな?」

「確認したいこと? ……このあいだアランちゃんが買ってテーブルに置いておいたマフィンを食べたのは僕じゃないよ! ヴィグさんが紅茶いれてくれて美味しく食べたなんてこと、断じてあり得ないからね!?」

「……団長、その件について後で詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか」

「きょ、今日は別の件で来たんだろ。ほらケーキも買ってきたし、中にいれて貰おうぜ」

「ケーキ二つ買って貰えば良かった」


 ムゥと唇を尖らせるアランをヴィグが宥める。

 そんなやりとりの中、トンッと聞こえてきた軽い音はデルドアが屋根から降りてきた音だ。さすが魔銃の魔物、屋根からだろうと臆さず飛び降りて余裕の着地である。もちろん着地の後に足が痺れる……なんて無様なこともなく平然と近付き、そっとアランの肩に手を置いた。

 そうして、


「大丈夫だ、断じて誰も食べていない。俺達を信じろ」


 これである。


「その態度が逆に肯定してるようなものなんですよ! 三人で食べたんですね!」

「マフィンをテーブルに置いてグースカ寝てるほうが悪い」

「悪くない!」


 喚くアランを残して三人がさっさと家へと向かう。一人置いて行かれたアランも「マフィン泥棒!」と声を荒らげながらもそれを追おうとし……足を止めた。

 前を歩く三人が立ち止まって振り返るのは、本気でアランを置いていこうなどとは思っていないからだ。だからこそ誰からともなく首を傾げてアランの様子を窺う。対してアランは鞄の中からスカーフを取り出すや三人に駆け寄った。

 ここに来る前にフレグルから貰ったスカーフである。男が持っても華美には感じられない程度の透かし柄がセンスの良さを感じさせ、布質も肌触りだけで上質とわかる。まさに王立研究所の代表様が持つに値するスカーフ……というのがアランの見立てである。少なくとも、アランにとっては(・・・・・・・)高価なスカーフでしかない。

 だがそれをデルドアの前に差し出せば、彼はいったい何だと不議そうにアランとスカーフを今後に見やり……。


「……土に埋めろ」


 と眉をしかめて顔を背けた。


「予想以上に露骨な態度取りますね」

「土に埋めるか燃やすかしろ」

「うーん、やっぱりこれは……ねぇロッカちゃんこれ」

「なぁにそのスカーフ……ヘナッ!」


 キャー!と悲鳴を上げてロッカが鼻を押さえる。いやいやと首を横に振っているあたりよっぽどなのだろう。だがヴィグだけはスカーフに対して無反応で、鼻先に突きつけても首を傾げるだけだ。

 あからさまなその反応の差にアランが「やっぱり」と小さく呟きつつ、スカーフを二重三重にと袋に詰めて土に埋めておいた。後で燃やしておこう、と心の中で予定を立てるのはフレグルのスカーフなんぞ頼まれたって持ちたくないからだ。



「魔物避け?」

「はい、魔物が近付けないようにする道具がずっと昔に開発されていたんです」


 アランの説明にデルドアとロッカが顔を見合わせる。魔物である彼らからしたら随分と物騒な話に聞こえたのだろう。

 それに対してアランが「開発途中で中止になったんですけどね」とフォローを入れておく。そもそも、開発途中もなにも千年も昔の信憑性のかなり薄い話なのだ。



 昔々の、魔物が蔓延っていた時代。

 人間は絶望の中で生まれ死んでいくのが常であったが、それでもほんの一部の人間は抗おうと道を探していた。いや、抗う等と云うほど強い意識でもなく「せめて、死なないように努めていた」という方が正しいか。自分の身の周りを守り、今日を生き抜くためだけの策を練る……。

 そうして開発されたのが『魔物避け』である。

 魔物にとって害に感じる物質を身に纏い軒下に吊るすことで魔物の襲撃を防ぐのだ。単純でまるで子供騙しのような理屈だが、実際に開発するのは困難を極めた。とりわけ当時は生きるだけで精一杯の時代だったのだ、開発は亀の歩みより遅く実現は夢のまた夢とさえいわれていたという。


「それでも、弱い魔物対策用にぐらいなら開発できたらしいんです。でも強い魔物には効果がなくて、むしろ魔物避けを掲げることが反逆の証みたいに思われて的にされていた時期もあったみたいです」


『魔物避けを吊るす家の人間は活きが良く殺しがいがある』

 と、そう思われたのだろうか。残虐性の高い黒騎士は魔物避けを吊るす家を重点的に狙っていたとも書かれていた。

 結局のところ、赤子の手をひねるより楽に殺せる人間が子供騙しの魔物避けを開発するなど、魔物からしてみれば自ら殺してくれと名乗りを上げているようなものなのだ。


「そういう悪目立ちのリスクが高くて、開発は途中で中断されたそうです。なにより、魔物避けなんて脆いものに頼る必要がなくなった」

「……聖騎士か」


 ポツリと呟かれたヴィグの言葉にアランが正解だと頷く。テーブルを囲むテルドアとロッカも真剣な表情で話を聞き、時には相槌も返してくる。

 聖騎士と魔物が顔を突き合わせて千年前の暗黒の時代を話す、

「この光景を、千年前に魔物避けを開発していた人達が見たらどう思うだうか……」

 そんなことを考えつつアランが再び話しだした。



『ロッカちゃんが木にくくりつけた痴漢に蜜ぶちまけて捕まえたクワガタで虫相撲大会に優勝したあの日』は本編完結後の短編5に収録されております。

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